12月24日
世間一般がクリスマスイブで浮かれ盛り上がるこの日。
僕達は霧島さんのご好意で霧島さんの家で泊りがけのクリスマスパーティを執り行っていた。
参加メンバーは僕、雄二、秀吉、ムッツリーニの男子勢。
女子には木下さん、姫路さん、美波、工藤さん、そして霧島さんという豪華で色取々メンバーだ。
お昼から集合し、これまでの出来事を振り返る雑談に耽った後、豪勢な夕食を頂き、そして入浴が終わり、最後には工藤さん主体で始まった王様ゲームで大変な目にあったりした。
そんな急がしすぎるも楽しくて、一生残るであろう思い出になるこの日。
その夜。24日から25日に日付が変わる一時間前に僕、秀吉、ムッツリーニの三人は割り当てられた部屋の中で顔を突き合わせていた。
「……ついに、この時が来たね」
僕は両隣の二人に向かい小さい声で宣言するように告げる。
「うむ」
「…………(こくん)」
「ムッツリーニ。準備は?」
「…………ぬかりはない」
低い声で肯定するムッツリーニの傍には3つの紙袋がある。
恐らくその中に例のブツがあるのだろう。
「秀吉、今の時間は?」
「23:00時。作戦決行まであと一時間じゃ」
「オッケー。じゃあ開始前に中身の確認をしておこうか。ムッツリーニ、お願い」
「…………承知」
ムッツリーニは紙袋の一つを持ち袋の中に手を突っ込んだ。
そしてガサゴソという音を立てながら、中から赤と白の何かを取り出す。
広げると、正体は先端に白くて丸い綿が付けられた尖がり帽子と白ひげのような大きな綿だった。
それらを床に置きながらムッツリーニはどんどん袋に手を入れて中身を取り出していく。
すべて出し終えて確認すると、それは、まごうことなきサンタクロースの衣装だった。
「…………不足なし。きちんと三人分用意してある」
「おお、すごいね」
「元はワシの演劇用の衣装なのじゃがの。顧問にお願いして少しだけ借りる事ができたのじゃ。しかし驚いたのう。まさか明久が皆に内緒でサンタクロースになってプレゼントを贈ろうなどと言い出すとは」
「あはは、せっかくこうしてみんな集まれたからさ。何かあっと驚かせるイベントをしてみかったんだよね」
照れくさくなって秀吉の視線を受け流しながら言う僕。
そう、これはクリスマスという年の一回の一大イベントに僕が発案した題して『クリスマスプレゼントを贈ろうトin霧島家』なのだ!
秀吉は衣装担当。ムッツリーニは女子の可愛い寝顔の撮影を取引条件に協力を取り付けたというわけだ。
「ところで明久よ。雄二の姿が見えぬがどうしたのじゃ?」
いつものバカ4人組の一人がいないことに首を傾げる秀吉。
「うん? 雄二はもう霧島さんにプレゼントを渡しに行ったよ」
「ほう、まだイブの夜は終わっておらぬのに気が早いのう。普段はそっけなく接してもおってもやはり心の奥では霧島のことを大事にしておるのじゃな」
「いやいや秀吉。プレゼントは雄二だよ」
「なぬ?」
今回のクリスマスイベント。
寝室は女子は女子部屋。男子は男子部屋に分かれてるんだけど、霧島さんだけは自室で睡眠をとっているのだ。
その理由は簡単。
僕がこの企画を思いついたときに霧島さんに相談した際、何かほしいものを尋ねたとき、
『……雄二の愛がほしい。それ以外はいらない』
と答えたからだ。
さすがに男子と女子が一緒の部屋で寝るのは反対意見が出るだろうと踏んだ僕は交換条件として霧島さんには雄二と自室で一夜を過ごすこと条件に合意した。
きっと今頃はムッツリーニが持ってきたスタンガンで気絶させられた雄二を抱き枕に霧島さんは幸せな夢を見ている事だろう。
「なるほどの。なんというか、クリスマスでも雄二の不憫さは変わらんの」
「なに言ってるのさ秀吉。あんな美人で可愛い霧島さんと一緒に一夜を過ごせるなんて幸せなことじゃないか」
「…………(こくん)羨ましい」
「そう思うなら明久は霧島と交渉して姉上と同室してしてもらえばよかったじゃろうに」
「うっ、それは……」
「何せ明久と姉上と正真正銘の”恋人同士”なのじゃからな」
「うわぁっ!? そんな大声で言わないで! 羞恥心に殺される!」
全身駆け巡る鳥肌に身悶える。痒い! 体がむず痒い!
秀吉の言うとおり、実は僕と秀吉のお姉さんである木下優子さんは紆余曲折あり彼氏彼女の、いわゆる恋人関係にある。
その詳細について仔細に説明すると長くなるのでここでは割愛させてもらう。
最初は恋人であることを隠していたのでそれほどでもなかったんだけど、すでに広く知れ渡ってしまった今ではそれを突かれる度に羞恥に身を悶えさせていた。
勿論、彼女である木下さんのことは、その………………好きだけど……。だからって同室になるのとそれは話が別だ。
ただでさえ普段一緒にいるだけでえも言われぬ緊張感で体が凍ってしまうのに、同じ部屋で身心を共にするなんて羞恥と興奮でどうなってしまうかわからない。
だ、大体僕達はまだ高校生なんだから、そういうのはまだ早いよ!
「何を今更。すでに実質同棲状態まで発展しておるくせに」
「しー! 駄目だよ秀吉! それは重大なネタバレだから!」
「…………挽肉にしてしまいたいほど妬ましい」
隣では歯を噛み砕く勢いで口を噛み締めているムッツリーニが怨念の言葉を唱えていた。
「し、しない! 木下さんと同室になんてなってないから! 大体それ言うならムッツリーニだって最近工藤さんと良い関係じゃないか!」
「…………(ぶんぶん)そんなことはない」
「そんなこと言って。この前だって二人で喫茶店でデートしたっていう情報はすでに僕達に耳に届いているんだ!」
「…………あれは新しいカメラのレンズを買うついでに寄ったにすぎない」
ふっ。甘いよムッツリーニ。そんな言い訳が僕達に通用する訳ないじゃないか。
休日に女の子と二人で出かけるという行為。それだけで立派なデートだ。
「落ち着くのじゃ二人とも。もう二人には意中の相手がおるのじゃから女がどうとかの恨み妬みは卒業せい」
「た、確かに。それもそうだね。ごめんムッツリーニ」
「…………お互い様」
秀吉の言うとおりだ。危ない。危うく不毛な言い争いをするところだった。想い人がいる同士嫉妬し合ってもお互いブーメランにしかならないのに。
「まったく、彼女ができてもお主らは変わらんのう。…………ん? そうなると独り身の男子はワシだけなのか?」
「…………彼女じゃない」
「そんなことないよ。秀吉は僕の愛人だよ」
「やめてくれ! そんなこともし誰かに聞かれたらワシが姉上に殺される。というか明久よ。お主には姉上がおるのにまだ諦めておらぬのか!」
「…………秀吉はFクラスの共有財産。特定個人のものになることは俺が認めない」
「なんでそうなるのじゃ!」
すでに僕達の中で秀吉は象徴的存在へと昇華されつつあった。
そもそも木下さんと秀吉は双子だけど別人なんだから同列に扱うなんてできないよね。
好きなのはお姉さんの方でも、それで秀吉は可愛さが上下するわけではないし。
秀吉には秀吉の。木下さんには木下さんのそれぞれ違う魅力があるんだから。
閑話休題。
「まあその話はまた折を見て議論するとして、とりあえず今は秀吉の用意してくれたサンタの衣装を着てみようよ。直前でサイズが合わないなんてなったら困るし」
「そ、そうじゃな」
「…………秀吉はこっちを、明久はこれで。俺は床に広げた衣装を着る」
「了解」
「わかったのじゃ」
ムッツリーニからそれぞれ衣装の入った紙袋を受ける僕達。
「それじゃさっそく試着してみようかの」
「そう? なら僕達は廊下に出てるね」
「…………グッドラック」
「待つのじゃ。どうして男同士なのに出て行こうとしてるのじゃ」
背中を向ける僕たちを引き止める。
何を言ってるのだろう秀吉は。そんなの当たり前じゃないか。
「そりゃあそうだよ。だっていくら秀吉とお姉さんが別人って言っても顔はそっくりなんだから僕としてはいろいろな意味で恥ずかしいというかなんというか……」
「…………右に同じ」
「む、むぅ。そう言われると納得じゃが。なんだか腑に落ちぬのう」
「じゃ、がんばってね」
「…………応援している」
納得いかないような顔で紙袋を見つめている秀吉をおいて、僕達は廊下へ出てきた。
☆
そんなこんなで全員の着替えが終わり、決行の時間となったので僕達は女子が眠る寝室の前に立っていた。
「ふぅ、なんかドキドキするね」
「…………焦りは禁物。平常心を保て」
「そうじゃの。……ところで、どうしてワシの衣装だけ丈が短いのじゃ?」
それに関しては持ってきた秀吉の自業自得だと思う。
赤い服に三角の帽子、それに白いひげを付けた僕達はそれぞれプレゼントの入った白い袋を肩に背負っている。
これならどこからどう見たって立派なサンタクローズだ。疑われる箇所などどこにもない。
僕は浮きたつを気持ちを抑えながら静かな声でムッツリーニに言った。
「じゃあムッツリーニ。鍵をお願い」
「…………十秒待て」
懐から銀色に光る何か何かを取り出したムッツリーニは、それを鍵穴に差込んで上下左右に動かす。
ほどなくして、扉はカチャンという音が鳴り開錠に成功した。
「…………クリア」
「よし」
「全員寝ておるかのう……」
「しっ。開けるよ……」
先陣を切った僕はノブに手を掛けて慎重に回す。
そして針の穴に糸を通すかのように、ゆっくり、繊細な動作で扉を押し開けた。
キィー……と心臓に悪いを音を立てながら、扉は完全に開ききり、ついに女子の寝室に足を踏み入れる。
当然ながら、中は真っ暗だった。
視線を左右に向けて中の状態を確認する。よし、無事全員眠っているようだ
……さあ、ここから勝負だ。
「(それじゃあ各自それぞれの担当の人にプレゼントを置こう。健康を祈る)」
「(…………ラジャー)」
「(了解じゃ)」
3手に分かれて行動を開始する。
僕の担当は当然ながら彼女である木下さんだ。
今回は隠密ということでこういった仕事に慣れたムッツリーニが姫路さんと工藤さんの二人を担当することになっている。
きっとあの寡黙なる性識者なら完璧に任務を遂行するだろう。
『…………っ!!!!(パシャパシャパシャ)』
『(む、ムッツリーニ! シャッターを切る前に鼻血を抑えるのじゃ)』
『…………この血は名誉の出血だ』
『(言っておる場合か!)』
配役をミスったかもしれない。
どうでもいいけど、フラッシュも焚かずこんな暗がりで撮ってきちんと写るのだろうか。
「(……と言っても、これだけ暗いと誰が誰だか……)」
つま先立ちで進みながらなるべく音を立てずに寝顔を確認していく。
通り過ぎていく度見える寝顔は、皆天使ように純真で可愛らしい顔で寝息を立てていた。
……あー。みんなの寝顔可愛いな。許されるならずっと見ていたいぐらいだ。
思わず見惚れそうなって、僕は慌てて頭を振った。
っていけないいけない! 僕にはちゃんと将来を誓い合った人がいるんだ。こんな煩悩に負けていられない!
「(煩悩退散悪霊退散……性欲よ今だけ消え去れ)」
精神を清めながら目的の場所まで歩く。
そうして部屋まで端まで行くと、ようやく目当ての人物の姿を見つけた。
「(いた……)」
恐る恐る顔を近づけると、布団から顔だけ出して、すーすーと寝息を立てて木下さんは静かに眠っていた。
思わず安堵の溜息を吐く。
長い睫毛に、普段は強気なイメージを醸し出す大きな瞳が今は閉じられている。すごく綺麗な顔だ。
意識は完全に落ちているようで掛け布団の上から胸が上下しているのが分かる。
「…………(ごくんっ)」
その寝顔になんとも言えない気持ちが湧いてきて無意識に生唾を飲み込んでしまった。
うう、やっぱりこういうのは心臓に悪いよ。
規則正しい寝息を立てるその唇を見てると脳裏にいけない考えが浮かんでしまう。
僕は知っている。
その唇の感触も、柔らかさも、味も……。
考える度、だんだんと僕の中に『キスがしたい』という欲求が理性を飲み込んでいく。
「だ。駄目だ駄目だ! そんな不意打ち卑怯じゃないか。どうせやるなら正々堂々──ってああ。これは別にそういう意味じゃなくて──!」
「(明久! 声が大きいぞい!)」
「っ!?」
しまった。つい我を忘れて。
は、早く枕元にプレゼントを置いて退散しよう。でないと僕の中の本能が暴れだしてしまう──っ!
気分を紛らわす意味も込めて、肩に担いでいた袋を下ろして中身を確認する。
そういえば木下さんって何がほしいんだっけ。
「えーと、よいしょっ」
→明利と康二の男の友情(ラブ)→BL本
とても複雑な気分だ。
「(ま、まあ木下さんの趣味を理解した上で僕はこの人が好きになったんだし。今更びっくりするようなこともないよね)」
内心の気持ちをぐっと飲み込んで僕は包装されたままの本を枕元にそっと近づける。
その時、気配に気づいたのか木下さんは「ん」と寝言のような呟きと共に寝返りを打った。
「!!!!」
き、気づかれた!?
心臓が爆発しそうなぐらい驚き中腰のまま全身が硬直する。
「ん、……すー」
「…………」
お、起きてない。起きてないよね?
まあ起きてたらその時点で叫び声を上げられて僕の人生はゲームオーバーになるだろうけど。
大丈夫だと心の中で唱えつつ念のため回りこんで顔を確認する。
「き、木下さ~ん……?」
「────」
返事はない。よし、大丈夫だ!
後はプレゼントを置けば任務完了だ。
きっと翌朝になって枕下にプレゼントが置いてあるのがわかったらみんな驚いて喜ぶに違いない。
その時の表情が今から楽しみだ。
すでの確定された未来予想に声が出ないよう俯きながら微笑む。
その時。
むくり
木下さんの隣で眠っていた姫路さんが突然起き上がった。
「……ん、誰かいるんですか?」
「!?!?!?」
姫路さん──っっっ!?!? どうしてこのタイミングで起きるの!?
まさかムッツリーニがしくったのか!
急いで周囲を見回し奴の姿を探す。どこだ。どこに行った!
必死に視線を回すも暗闇の所為もあって中々見つからない。くそっ! あの野郎!
「あれ、今人影が……」
「──っ!」
咄嗟に目の前の布団に飛び込む。そして掛け布団顔まで被った。
とにかく今だけでも姫路さんの視界から離れないと!
お願い姫路さん。こっちに気づかないで!
胸中の不安と恐怖から逃れる為目の前の何かに必死にしがみ付きながら何度も祈る。
「んぎゅっ」
そうしている、突然抱き枕が呻き声を上げた。
こら、音を立てると姫路さんにバレちゃうじゃないか。
「??」
──って、ちょっと待って。
僕は今何にしがみ付いているんだ?
確かにこれはすごく柔らかいけど抱き枕の感触とはまた違う柔らかさだ。
そもそも抱き枕が声を出すなんておかしいしそれ以前にこの部屋に抱き枕なんてあったっけ?
「(違う。これは抱き枕じゃないぞ)」
冷静になって目の前の物体を恐る恐る確認する。
カバーにしては異様に薄い布切れは上下に揺れていて、視線を上に辿っていくと途中で低い山のような凹凸があった。
これは抱き枕というより、人肌の感触。
ああそうか。これは抱き枕じゃなくて僕の恋人の木下優子さんじゃないか。
まったく、僕ったら急いでたからって自分の彼女に抱きつくなんてどれだけ欲求不満なんだよ。あははは。
……………。
嫌な汗が全身に流れ始める。
僕の中の危険信号が逃げろ逃げろと緊急サイレンを鳴らしている。
やばい。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!!
あまりのバカさ加減に泣きそうになる。ここまでくるともう尊敬ものだ。
震えながら視線を顔の方へやると。
「……吉井君、何、やってるの…………?」
ほんの一センチ先に細目で僕を見る──否。睨む彼女の姿があった。
「(ききききき木下さん──っっ!?!? 違うんだ。これには深い事情があって!!)」
「事情ね。なら教えてくれない。こんな夜中に女の子の部屋に入ってしかも恋人に抱きついている理由を。その姿と合わせて」
「(え、えっと……)」
くっ、うまい言い回しが思いつかない。
かといってここで『吉井サンタです♪』なんてふざけたら確実に僕の社会生命は死に絶える。
落ち着け。まだ回避ポイントはあるはずだ。
冷静になって自分の現状を俯瞰的に確認するんだ。
僕の姿→サンクロースの衣装。
状態→起き上がった姫路さんから隠れるために愛しの彼女に抱きついている。
木下さん→現状は理解できてないが取り合えず怒ってる。
結論→救いがたい変態による強行。
あれ、回避ポイントなし?
「こ、これは」
「?? 優子ちゃん? どうかしたんですか?」
────っ!?!?
木下さんの体越しに姫路さんの寝ぼけた声が聞こえてきた。
「ひめじさむぐっ!?」
声を出しそうになった木下さんの口を慌てて手で塞ぐ。
ああ。余計誤解を招く状況になってるぅっ!
「(お願いしますお願いします。後で何でもしますから今だけは黙っててください!)」
「──っ! ──っ!」
「(痛っ! 痛いっ つねらないで!)」
くっ。片手は木下さんの体を抑えるのに使ってもう片方の手は口を押さえてるからつねる手を止める手段がない。
かといって口を塞いでいる手を離したら絶対大声を出されて終わりだ。
どうしたらいいんだ──っ!
何か、何か変わりに木下さんの口を塞ぐものは。
絶望的な未来を認めかけた時、そこで暗闇に一筋の光が差し込むように、僕の脳裏で一つの解決策が浮かび上がった。
…………けど、いいのかな? これをやったら後でなんて言われるか。
「……? 優子ちゃん? 寝てるのでしょうか?」
「!?」
駄目だ。このままじゃ気づかれる! ええい迷ってる時間はない!
怒られて鉄拳制裁ならまだよし。もしこれを気に別れ話を持ち出されたら何が何でも許してもらうよう懇願する。
今は一分一秒が惜しい! こうなったらやるしかない!
心の中でカウントを取り、それが0になると同時に僕は口を塞いでいた手を離した。
「──ぷはっ。ちょ、よし──んむ──っ!?!?!?」
同時に、僕は手を入れ替わるように自分の唇を木下さんの柔らかい唇に押し当てた。
「あ、よしい……くん。……んんっ」
「んっ」
繋がれた部分から暖かくて柔らかくて、甘い感触が僕の唇を通して脳の隅から隅まで伝わってくる。
ああ、今キスしてるんだ。僕の好きな。大好きな木下さんと。
ただ無理やり唇を押し付けただけのロマンのカケラもない力任せのキスだけど、体のほうはどうしようもない興奮と歓喜に震えている。
うっすらと目を開けると、目の前には長い睫毛と大きな瞳を丸めて顔を真っ赤にした木下さんがいた。
今の自分の状態をゆっくり整理、理解していっているのか、驚き丸くなっていた瞳はだんだんと薄く──やがて完全に閉じられる。
僕の行動によほど驚いたのか、さっきまで釣られた魚のように暴れていた体が凍ったように身じろぎしない。
それでも僕はこの人がどこにもいかないように、両手でしっかりと彼女の姿を抱きしめた。
「ふぁ──ん、……んふ」
喘ぎ声にも似た音が目の前から発せられる。
次の瞬間、背中に暖かい何かが当たった。
どうやら木下さんの手が僕の背中に回されているらしい。
「……気のせいみたいですね」
そんな声が部屋の奥の方から聞こえ、そして体を横にする気配が感じる。
ふぅ、どうやら気づかれなかったようだ。
姫路さんの寝息を確認した後で、僕は背中に回した手はそのままゆっくりと唇を離した。
「……よ、吉井……君」
息切れしたのか、顔を真っ赤したまま僕の名前を途切れ途切れに紡ぐ。
「ごめん、こんなことするつもりじゃなかったんだけど……」
「…………バカ。い、いきなり……しておいて何言ってるのよ……」
「うっ」
「それに……この手も」
「手? あっ」
そういえば僕木下さんのこと抱きしめっぱなしだった!
慌てて手を離そうとすると。
「はーいそこまでー」
途端、パッと部屋の照明が付きいきなり目の前が明るくなった。
「え?」
「んふふー。中々面白い催しだったけどボクを驚かせるには少しだけ力不足だったカナー」
「やられたのじゃ……」
「…………無念だ」
「ん~? ……眠ぅ。もう、なんなのよ」
「あれ? 土屋君? それに木下君も。どうしたんですかサンタの格好なんてして」
あちこちからいろいろな声が飛び交う。
どうやらこの明かりでみんな起きてしまったらしい。
顔まで布団を被っている僕では何が起きてるのかさっぱり分からない。
静かに成り行きを見守っていると、また工藤さんの陽気な声が聞こえてきた。
「まあやり方は駄目だけどプレゼント自体は嬉しかったよ。ありがとうね」
「え? あっほんとだ。何よこれ」
「わぁっ。これ私のほしかった調理器具のセットです。土屋君、木下君。ありがとうございます」
「ふぅ、計画には失敗じゃが、そう言ってくれると嬉しいのじゃ」
「だからって無断で女の子の部屋に忍び込んだ罪は軽減されないけどネー」
「…………非常な!」
どうやらプレゼントは喜んでくれたらしい。良かった。
密かに安心していると、眼前の木下さんがボソボソと小さい声で言った。
「(その姿からある程度察してたけど、ほんとにプレゼントを配ってたのね)」
「(ま、まあね。それが目的だったし。木下さんにも一応あるんだよ)」
「(…………それって、さっきのキス?)」
「(いや、そうじゃなくて)」
バサリ
続きを言おうとした瞬間、突然僕達の頭上を覆っていた布団が捲くれ上がった。
「じゃーん。おはよう吉井君。優子?」
「あれ? ……工藤さん?」
「あ、愛子?」
「うん。ボクは工藤愛子ダヨ。良かった。きちんと意識はあるんだね二人とも。……で、君達はボクらを置いて何してるのカナ?」
「「え?」」
工藤さんはニマニマといたずらっ子のような笑みを浮かべて問うてくる。
一体何を言ってるんだろうか。
「な、何やってるのよアキ!」
「ゆ、優子ちゃんっ。明久君っ。そ、そんな大胆な──っ」
「ほう、姉上もやる時はやるのじゃな」
「…………残飯にしてゴミ箱に捨ててしまいたいほど妬ましい」
部屋にいるみんなは僕たちを見て各々の感想を言っている。
訳の分からない僕はそんな様子を見て首を傾げるしかない。
?? よくわからないけどとりあえず立とう。そう思い体を動かそうとしたところでようやく自分がどういう状態なのか気がついた。
僕の両手は木下さんの背中。木下の手は僕の背中に回されている。
ああ。そういえば僕と木下さん。あれからずっと抱き合いっぱなしだったんだ。
なるほど、それなら確かにみんなが僕達を見て驚くのも無理はない。そうかそうか。
「二人の関係はもう周知の事実だけど、なるべくそういうのは二人きりの時にね。新婚さん」
「「誤解だぁ(よぉ)ーーーーー!!!!!!」」
草木も眠る深夜の霧島家に一対の悲鳴が鳴り響く。
24日のクリスマスイブ。そして25日のこの日。
……いろんな意味で、今日は僕にとって忘れられない日となった。