ハリー・ポッター ~ほんとはただ寝たいだけ~ 作:真暇 日間
side エリー・ポッター
「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受想行識亦復如是。舎利子……」
「ギィィヤァァァァァ!?」
大広間から寮へと移動するまでの間に現れた、ポルターガイストのピーブス。そして現れた直後にハリーさんが手を合わせて何かを呟き始めると、ただそれだけでピーブスが悶え苦しんでしまう。
ゴーストやポルターガイストに言葉だけで影響を与えるなんて、いったいどんな方法なのかと思いはするけど……まあ、いいや。お腹一杯で気分がいいから今回はつっこまないでおく。
「……不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色無受想行識、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法。無眼界、乃至、無意識界。無無明亦無無明尽……」
「ヒギィィィアァァァ!!」
そのうちピーブスが溶け始めた。外側の輪郭が奇妙にぼやけ、ゆっくりと大気に溶けていこうとしている。
頭に杖の束を落とされた私としては若干いい気味だとも思ってしまうけれど、それでもちょびっとかわいそうだと思う。
「あ……あの……」
「乃至無老死、亦無老死尽……ん? どうしたね娘っ子」
私に話しかけられて、ハリーさんの妙な呪文が止まった。すると崩れていっていたピーブスの輪郭が少しずつはっきりとした形に戻っていく。
ゼイゼイと荒い息をついているようにも見えるピーブスを横目で眺めながら、私は満腹のお陰でちょっと回転が鈍くなった頭で考える。どうすればハリーさんをこうやって大人しいままに寮まで連れていくことができるのか。
「……ハリーさん? ちょっとしたおしおきは、もう終わりにして……寮に行ってゆっくりしませんか?」
「…………そうするか」
正面から言ってみたら割とあっさり聞き入れてくれた。直後に大あくびしたことを考えると、汽車の中であれだけ寝ていたのにまだ眠いのかもしれない。
そしてハリーさんは大あくびを続けながら何事もなかったかのように監督生のパーシーを抜いて歩いていった。ピーブスは憎々しげにハリーさんを睨んでいたけれど、結局何も言わずにどこかに消えていった。
「……驚いたな。ピーブスをあんな風に撃退するだなんて……ああ君!そこだ!」
ハリーさんが歩いていったその廊下の突き当たりには、とても太った婦人の肖像画がかかっていた。その肖像画は、ハリーさんが目の前に立つと口を開いて問いかけてきた。
「合言葉は?」
パーシーがふふんと笑って前に出ようとしたが、その前にハリーさんが答えた。
「カプート ドラコニス」
「何で新入生の君が知っているんだ!?」
「あんたと寮官が話してるのが聞こえた。昔から耳が良くてな。俺の半径400km内で内緒話ができるとは思わないことだ」
「プライバシーってものを知っているかい?」
「普段は集中してないとそこまで聞こえないから安心するといい。精々200m位だ」
「それは十分広いですハリーさん」
「知り合いの一人はブラジルから魔法省の機密を知ることができるくらい耳が良いから俺なんて大したこと無い。普通だ」
「比べる相手が悪すぎるだけでハリーさんも十分に異常です」
私がツッコミをする度に周囲の人達が頷きを返す。このままだと私の役割にハリーさんへのツッコミ役と言うのが定着してしまうかもしれない。
……私を私として受け入れてくれる人の近くにいられるのは良いことだけれど、それはちょっと苦労の割に合わないような気がする。そんなことになったら間違いなく凄まじい苦労を強いられることになるだろうし、間違いなくだんだん私自身がハリーさん常識に染められていってしまうだろう。それは御免被りたい。
私は普通だ。普通でありたい。今まで普通にすらなれなかった私は、これからは普通の魔法使いとして生きていきたい。
……だから、ちょっとハリーさんに染められちゃうのは…………。
「なのに普通だと言う相手を否定するんだな」
「……え?」
「どうかしたか? 娘っ子」
一瞬、ハリーさんの声が妙に冷たくなったような気がしたが、ハリーさんはいつも通りの面倒臭そうな無表情のまま私の事を談話室に繋がる穴の上から見下ろしていた。
両目は閉じられていて何を見ているのかわからない。何を考えているのかもわからない。私にとってハリーさんは、奇妙なほどに私に近しく感じる……私を偽る必要の無い人。ただそれだけのはず。
……なのに、どうしてハリーさんに冷たくされるのがこんなに悲しくなるんだろう?
「……なぜ泣く?」
「……え?」
気が付いたらぽろぽろと涙を流していた。なんだか魔法の事を知ってからと言うもの、涙脆くなってしまったような気がする。
ハグリッドに魔法使いの事を教えてもらった時にも泣いてしまったし、ハリーさんの事を初めて見た時にもなんでか泣きそうになってしまったし、ホグワーツに来てご飯を食べた時にも泣いてしまった。ダーズリー家に居た時には、こんなに簡単に泣くようなことは無かったのに……。
「……人間の身体には無数のツボと言うものがある。今すぐ泣くのをやめなければそのうちの一つ、『定点』を突いて未来永劫何をしても涙が一滴も出ず、確実にドライアイになるツボを……」
「やめてくださいよ!?」
「バカめ、そんなツボは無い」
「無いの!?」
「あるのは未来永劫ではなく3年と3ヶ月と3日と3時間と33分35秒涙を出させないようにする『三点』と言うツボだ」
「そこはきっちり全部3で統一しましょう!? と言うか似たような効果のあるツボがあるんですか!?」
「ちなみに2連続で押しても何もないが、3連続で押すと効果が3乗にちょっと色がつく感じになる」
「無駄な情報が追加された!?」
「ところでさっきの効果時間が統一されて5年と5ヶ月と5日と5時間と55分55秒55になってる『五点』って言うツボがあるんだけど、そっちなら押していい?」
「小数点が付いた!? いい訳がないですよね!?」
「なお、こっちは5連続で押すと効果時間が5555555555555倍になる」
「倍率高っ!?」
「もう5回押すとさらに5555555555555倍になるお得なツボだ」
「お得じゃなくて悪夢ですよ!?」
ああ……なんだか疲れた…………確か割と重い話を考えてた筈なのに……何を考えてたか忘れちゃったし……。
……あ、でも気は楽になった……かな?
「それじゃあさっさと寝に行くか。婦人もいつまでも開きっぱなしでいる訳にはいかないだろうし」
「気を使ってくれてありがと!でも次からはもう少し早く気が付いて欲しいわ」
「サーセン」
「……何かしら、謝られている気が欠片もしないのだけど」
「気のせいだよ。じゃ、お休み」
ハリーさんはひらひらと手を振って奥の方に消えていった。
…………凄く、疲れた。
へたり込んだ私の肩を、何人かの人がポンポンと叩いていくのが嬉しかったようなそうでないような……。
次回作は……?
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鬼滅の刃
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鋼の錬金術師
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金色のガッシュ
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BLEACHの続き
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他の止まってるやつの続き