"みんなで起こした、奇跡だよ"――魔法少女まどか☆マギカ×オルフェノク――   作:ありがとうございました。

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三週間空きまして、次話の投稿となります。
本編よりは少々短い幕間ではありますが、どうかお楽しみいただければと。


幕間―そのための、力―

 閃光。

 

 

 

 ――ここは………どこ、だろう。

 

 

 鹿目まどかは疑問を抱いた。

 

 

 目の前にに広がるのは、白と黒のタイルのみに囲まれた、長い、長い、どこまでも長い、廊下。モノクロのチェックに包まれたその空間は、上下左右の認識を曖昧にさせる。理解できるのは前後だけ。流れてゆく黒白の模様だけが、その感覚を自らに与えてくれる。

 そんな不気味な空間を、まどかはただ一心に走り続けていた。

 どうやってここにやって来たのかも、何故自分が走っているのかも、この先に何があるのかも分からなかった。ましてや、この空間が何であるかなど、一切分からない。 だが、まどかは走っていた。理由も分からず、走り続けていた。

 だが、いくら走ったところで、風景は全く変化を見せない。延々と続く黒と白と黒と白と黒と白とのコントラストが、まどかの距離感を麻痺させる。果たして自分は前に進んでいるのだろうか。分からなかった。前に進むことに意味があるのかすら、分からなかった。

 既に何千キロもの距離をも走ったような気がしていた。だが、まだ数メートルしか走っていないような気もしていた。何時から走っているのか。自分が走っていることを認識した瞬間すら、どれほど前の出来事か分からなくなってしまった。

 それでも、彼女は走り続けた。

 走らなければならないような気がした。

 止まってはいけないような気がした。

 止まることができないような気がした。

 まどかは走る。

 いつになっても、息は切れない。

 いつになっても、足は疲れない。

 訳も分からず、出口も見えず、ただ無為に走り続ける。

 

 

 まるで、存在しない出口を探すように。

 

 

 出口のない迷路に、迷い混んでしまったかのように。

 

 

 

 どのくらい、走り続けただろう。

 不意に、このまま永遠に続くかと思われた廊下が途切れた。あまりにも唐突に。

 まどかは、広い空間に立っていた。

 まるで劇場のように広い空間。

 入口は遥か後ろに存在していたが、自分がそこからこの空間に入ったという認識はなかった。

 むしろ、気づいたらこの空間にいた、という感覚だった。

 いつの間にか、足は止まっていた。

 まどかの眼前には、廊下と同じモノトーンの模様に包まれた、広いホールのような場所が広がっていた。白と黒だけの、ただ広いだけの空間。あまりにも広く、あまりにも高い。その全てが、白と黒と白と黒と白と黒と白と黒とのチェックに覆われている。

 恐る恐る、まどかは止まっていた足を動かす。

 自らの靴は学校指定のローファーだった。

 自らの服は学校の制服だった。

 固いローファーの靴底が、無機質な地面を打つ。

 自らの靴音が、何重にも反響する。きっと高い天井も高いのだろうと、まどかは頭上を見上げた。

 

 

 まどかは絶句した。

 

 

 頭上には、天井など存在しなかった。

 

 そこに存在したのは、何重にも絡み合った、白と黒と白と黒と白と黒と白と黒と白と黒と白と黒と白のチューブ。複雑に組み合わされた管が、どこまでも高く延びている。その様相は、まるで動物の腸のようだった。チューブ同士が絡み合い螺旋を描き、その螺旋が螺旋を描き、その螺旋が螺旋を描く。二重、三重、四重、五重――。数多の螺旋が複雑に絡み合い、捻れ、歪んでいた。

 始め、まどかはそれが無数のチェックのチューブで構成されていると思った。

 だが、違う。

 よく見ると、この混沌を構成しているチューブは僅か1本しか存在していなかった。たった1本のチューブがどこまでも上向きに天へと駆け上り、途中で急に下向きへ方向転換してまどかのすぐ頭上にまで迫る。だがそれは再び折り返して空を目指し、再び強制的に地面へ向けさせられる。チューブはその道中で歪み、捻れ、折れ、絡み合う。

 何度も。

 何度も、何度も。

 何度も、何度も、何度も。

 何度も、何度も、何度も、何度も。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。

 登り、降り、延び、捻れ、また登る。

 複雑に乱雑に歪に絡み合うチューブの一端は遙かなる繰り返しに飲み込まれ、闇の中へ飲み込まれていた。

 

 

 そして――もう片方は。

 

 

 たった今、まどかが入ってきただろう背後の入り口から、この広いホールへと繋がっていた。

 即ち。

 彼女の走ってきたその廊下とは、絡み付き、曲がり、ぶつかりながら延びている、あのチューブの螺旋ではなかったのか。

 進み、戻り、曲がり、曲がり、戻り、戻り、進み――無限に無意味な逆転を繰り返す、あのチューブの螺旋ではなかったのか。

 

 まどかの歩んできた道のりは、無意味だったのか。

 

 そして、彼女は発見する。

 決して見つけたくはなかったものを。

 

 まどかの正面にある、この空間の、この劇場の、このホールの、まどかが入ってきたであろう入口とは、反対側にある、同じく白と黒と白と黒と白と黒と白と黒と白と黒と白と黒とのチェックの、壁。

 そこにぽっかりと口を開けた、廊下――。

 

 チューブの続きの、入り口を。

 果てぬ連鎖の、継続の印を。

 

 まどかは恐ろしくなった。

 むしろ、今まで恐怖を感じていなかったこと自体が、おかしかったのだろう。

 この迷路からは、一生出ることはできない――。

 そして、たとえ死んだとしても、逃れることはできない――。

 まるで、このホールはそんな事実を象徴する為にのみに存在しているようですらあった。

 果てなき連鎖を。

 無意味な空転を。

 象徴している。

 いくら前へ進んだところで、至る結末は同じであると。

 ここから――出たい。

 この連鎖から――抜け出したい。

 

 恐怖のうちに生じるそんな感情を、嘲笑うかの如く。

 

 

 まどかは辺りを見回した。

 あのチューブの入口の他に。

 あの螺旋の入口の他に。

 どこかに、別の道は存在しないのか、と。

 

 そして、見えた。

 遥か彼方に、まどかの左に。

 微かな光が見えた。

 走る。光へ向かって、走る。

 その光が希望であると信じて、まどかは走る。

 そして、見えた。

 高い、高い階段の先に。

 微かな光が見えた。

 

 一言で言えば、それは"非常口"だった。

 何もかもが非現実的な世界で、あまりも拍子抜けするほどに見慣れたデザイン。ライトグリーンの輝きが、扉を開き逃げ出してゆくヒトガタの印を照らし出している。その上には、アルファベットで綴られた『EXIT』と言う表記。 おかしな点といえば、その印がクレヨンで描かれたような掠れ具合を見せていたことと、ヒトガタの頭から長い髪のようなものが伸びているということだけ。

 安堵の嘆息が、まどかの口から漏れた。

 ――ここからなら。

 

 必死の思いで階段を駆け上る。

 階段はまるで劇場の舞台へ上るように、非常口の扉を取り巻いていた。まどかが一歩上るごとに、ライトグリーンの光が薄くなって、暗くなってゆく。

 まるで、この出口がまやかしであると告げるが如く。

 だが、出口はここしかない。

 この先にある、扉しかない。

 もうひとつは、再び無限の螺旋へ接続しているのだから。

 だから、まどかは"今度こそ"ここが出口だと信じ、

 

 扉を、開けた。

 

 非常口のヒトガタが、涙を流していることには気づかずに。

 

 そして、扉を開いた、その刹那。

 

 全てが、崩れた。

 

 

 

 

 

 

 そこは、巨大な木の虚だった。

 大きな、大きな、とても大きな、木。

 だが、その木はたった1枚の葉すら身に纏ってはいなかった。枯木。死した大樹。命持たぬ巨木。それは半ばで、まるで雷にでも撃たれたように二つに分かれている。まどかが立っていたのは、その分岐の発端だった。

 墓標のように。

 雨ざらしになった骨のように。

 干魃の大地に走るひび割れのように。

 その木は、不吉で、脆弱そうに見えた。 だが、やはりその木は巨大だった。

 その木からは、眼下を一望できた。

 眼下には街が広がっていた。

 近未来的な発展を見せる地方都市。

 一方で、古風な異国情緒をも漂わせる地方都市。

 街自体の面積に対し、過剰なほどの発展を見せる中心部。

 見違えようもない。

 まどかにとってはあまりにも見慣れたその風景は、ここが見滝原市であることを示していた。

 目を凝らせば、まどかの通う見滝原中学校が見える。まどかの家も、さやかのマンションやあかりのマンション、仁美のお屋敷だって見える。昔通っていた幼稚園や小学校。母から行くなと固く止められている繁華街。その母の働く会社があるオフィス街。七五三の写真を撮った神社。毎年お花見に行く公園。

 

 そんな、まどかにとってはあまりにも身近なそれらが。

 

 それら全てが――瓦礫と化していた。

 

 それだけではない。よく見れば、幼稚園の遠足で行った公園は炎に包まれており、小学校の社会科見学で訪れたお菓子工場のあったところには、巨大なクレーターがあるだけだ。いつもの通学路にある信号は道路に倒れて火花を上げており、昨日さやかや仁美と買い物にいったショッピングモールはもはや跡形もなくなっていた。

 

 ――そんな……っ。

 まどかの口から、小さな声が漏れた。何が起きているのか、自らが見ている光景は何であるのか、何故こんなことが起きているのか、全く理解できない。

 強い風が吹いていた。

 激しい雨が降っていた。

 故郷の、大好きな街の、大切な景色の見るに耐えない惨状に、まどかはすがるように空を見上げた。

 夜、だった。

 空には、星1つない。月も輝いていない。陰鬱な暗雲が天を覆い隠し、どす黒い闇が街全体を包み込んでいた。あちこちで雷鳴が轟き、青白い稲妻が漆黒を引き裂く。その1つが黄色の光を纏いながら瓦礫の中へと落雷し、赤々とした炎が巻き上がる。

 

 

 世界の終末のような、その光景。

 そして。

 

 

 その中央に浮遊し、この破壊と破滅と退廃と惨状と――全ての悲劇を統べるように手を広げるその存在を、まどかは見た。

 

 まどかの口から、小さく言葉が溢れた。

 

 「魔、女――?」

 

 

 ――――魔女?

 まどかは、自らの発した言葉に違和感を覚えた。

 今、見滝原の街の上空に浮遊し、破壊と混沌の渦の中心に座する"それ"を『魔女』と形容するのは、一般常識から考えて、あまりにも不適切であったからである。

 確かに、一見ドレスを着た逆さまの女のような姿をしてはいる。だが、スカートの中から覗いているのは、白い足ではなく、軋みながら回転する無数の歯車だった。レースのような意匠に包まれた両腕は、大きく広げられたままマネキンのように制止している。胴体に当たる部分はとても細く、あの筒の中を通るものはそれこそ歯車の軸くらいのものであろう。人間では顔に当たるだろう部分は、上半分――即ち"それ"にとっては最下端にあたる――がすっぱりと斬り落とされたかの如く存在しない。残された半休は芸術品のように白く、嘲笑う口のような赤いラインが1本、不気味に走っているのみだ。

 そして、もしその姿を人間と捉えるならば、然るべき転地が反転していた。頭のような部分を下に、スカートから覗く歯車を上に向けて、空中に制止している。

 あれのおぞましい姿を目にして、『魔女』と形容できる人間など存在しないだろう。

 だが、まどかにはあれが"魔女"と呼ばれる存在だと言うことを"知っていた"。

 まるで、以前からその名称を用いていたかのように。元来その知識を持っていたかのように。この"魔女"の存在は、まどかの頭の中にインプットされていたような――そんな違和感。

 

 そして。

 

 ――どうして……?

 ――どうして、わたしは。

 

 

 

 ――わたしは、この景色を"知っている"の?

 

 

 

 "嵐"や"竜巻"等という次元には留まらない、"滅亡"や"終末"という単語を連想させる、謂わば"厄災"という言葉の象徴とすら思える、"魔女"の威容。

 

 

 

 その"魔女"に立ち向かう、1つの小さな影があった。

 その影は脆弱で矮小。まるで巨獣へ集る蚤の如き塵芥としか捉えられなかった。

 その影は、鮮烈な美貌を備えた少女であった。巻き上がる煙にまみれ、煤けた粉塵の舞う闇の中で、僅かに煌めく光を反射する。その艶やかに輝く長い黒髪は、荒れ狂う嵐の中でもなお天の羽衣のごとく美しい。見に纏う装束は意匠こそ御伽噺の世界で縫製されたが如き美麗さだが、灰色と黒という配色により、寧ろ引き締まった印象を与えていた。菱形の模様の並ぶストッキングに包まれた足は、小枝のように細い。 少女は、瓦礫の中より立ち上がり、ただの一跳びで高層ビルの上へと飛び乗った。それを足掛かりとして、"魔女"へ向かって跳躍する。 その姿を認めた"魔女"の"口"が開く。そこから霧とも炎ともつかない、毒々しい紫の"何か"が放たれる。

 咄嗟に左手で自らの身体を庇う少女。その手首に嵌められているのは、精巧な砂時計の彫刻が成された(バックラー)である。そこから紫の障壁が展開し、"魔女"の放つ"何か"を受け止めた。傷だらけの美貌が、痛苦に歪む。

 思わず、まどかは叫んでいた。

 「――ら、ちゃん!」

 それは建造物が破壊されてゆく轟音にかき消され、自らも自分の発言を認識できなかった。だが、まどかは間違いなく少女の名前を呼んでいた。

 まどかはあの少女の名を知らない。

 "魔女"という名称と同様に、まどかは自ら知らぬ名を口にしていたのである。そして。既にその名は思い出せなかった。

 

 跳躍の勢いの大半を打ち消されながらも、"何か"を防ぎきった少女は、直線的に"魔女"へ突っ込んでゆく。勇敢に、しかし、悲壮に。

 だが、"魔女"は少女に牙を剥く。

 "魔女"の周囲には、ビル群が浮遊していた。"魔女"を守護せんと言わんが如く、円を描いて踊っていた。

 迫る少女に対し、"魔女"が嘲笑のような気味の悪い音を放つ。浮遊するビル群の内の1つが円を外れた。彼女の数百倍以上の質量が、彼女を押し潰す弾丸と化して少女に襲いかかった。その速度は、もはや弾道ミサイルにも肉薄する。

 巨大な石塊が空気を引き裂く轟音が、嵐の音を打ち消して、雷雨の音を飲み込んで、まどかの鼓膜を震わせる。

 肉薄する、あまりにも巨大すぎる弾丸。だが、少女は後数メートルで衝突するだろうという瞬間に、まるで駒落ちしたように消失した。虚空を押し潰す石塊。少女は、いつの間にか近くのビルの壁面に立っていた。目にも止まらぬ高速で動いたのか、瞬間移動したのか。それは分からなかった。目標を逃した"魔女"の弾丸は異なるマンションに激突。もろとも粉塵と瓦礫の集合体へ崩壊する。

 少女の周囲を取り巻く炎があった。その全てが、空中を飛行するナパーム弾のバックファイアであった。その一つ一つが家を一棟焼き払うことすら造作もない威力を備えている。少女が放つ破壊の炎が、"魔女"へと殺到する。

 閃光。爆発。轟音。辺りを昼のように照し上げる、鼓膜が痺れるような振動を放つ火球が"魔女"の全身を包み込んだ。

 だが。

 不気味な笑い声が一帯に響き渡ると、爆炎はいとも簡単に四散した。"魔女"は揺らめくことすらなく、圧倒的な威容を保ったまま虚空に存在し続ける。煙が晴れれば、そこに存在するのは着弾する前と何も変わらず浮遊する"魔女"の姿。

 その光景に唖然としたのは、まどかだけではなかったようだ。驚愕と恐怖にその美貌を歪め、少女は空中で動きを止める。刹那、飛来したビルが今度こそ少女に真正面から激突した。少女を捉えた悪魔の手はそのまま空を引き裂き、辛うじて立っていたビルへと衝突する。為す術もなく、少女は巨大な質量により押し潰された。

 「そんな、酷いよ……っ!こんなのってないよっ!」

 思わず、まどかは叫んだ。嘆きに包まれた彼女の言葉は、街を覆う漆黒の深淵へと飲み込まれてゆく。崩れ落ち、残骸と化したビルから、あの少女が大地へと墜ちてゆく。両足は奇妙な形に歪み、顔の右半分は鮮血で真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 『――仕方がないよ』

 

 

 

 まどかの脳裏に、見知らぬ声が響いた。初めて聞くのに、嫌というほど聞いた気がする声。明るく陽気な印象があるのに、どこか感情が欠如した声が、まどかには聞こえた。だが、耳で聞いているわけではない。その声は音とは認識されていない。脳の内側に、直接的に音の信号を流し込まれたような感覚。精神感応(テレパシー)、とでも呼べばよいのだろうか。

 

 『あれだけの敵に、彼女だけでは荷が重すぎた。けれど、彼女も覚悟の上だ』

 

 だが、その声には指向性があった。慌てて、まどかは声が放たれた方向へと視線を向けた。

 先程までは何もなかった、枯木の瘤。

 そこに、いつの間にか白い小動物が座っていた。

 その姿は、如何程にも形容しづらいものだった。如何なる生物であるか判別がつかない。強いて言えば猫やウサギに近いが、間違いなくその一品種ではなかった。猫であれば耳に当たるであろう、頭部に備わった三角形の器官から、ウサギのように長い突起が垂れ下がっている。それは終端へ向かうに従い広く平たく展開し、羽根のような印象を与えていた。先端が淡い桃色に染まるその周囲をふわりと囲むように、如何なる原理を以てしてか、黄金色のリングが浮かんでいる。顔はまるでぬいぐるみのように可愛らしく、ぬいぐるみのように無表情だ。鮮やかなルビー色の目は、微かに光を放っているように見えた。純白の童話の狐のようにしなやかだ。背中にある赤いリング状の模様が唯一の装飾らしい装飾である。尻尾は体とひかくしてもかなり大きく、太い。胴体と同程度のそれは、機械的に一定のリズムを刻んでいた。

 まるで、おとぎ話から抜け出してきたようだ。まるでチェシャ猫や時計兎のようで、どこか非現実感を与えてくる。

 「…………っ!」

 その小動物の背後で、ようやく意識を取り戻したのか、あの少女が瓦礫の中から再び跳び上がった。勇猛果敢に、巨大な敵へ立ち向かってゆく。その衣装はあちこちが破け、脇腹には血が滲んでいた。額からも一筋の赤い線が顔を横切っている。だらりと下がった右腕は満足に動いてはいないようだった。それでも彼女は、迫り来る瓦礫を左手の盾で防ぎながら勇壮に挑みかかる。

 それに対抗するように、"魔女"もまた少女の方へ近づいてゆく。スカートのような意匠の中の歯車が高速で回転し、激しい火花を散らした。"魔女"からすれば、それはただの小さな火花に過ぎぬだろう。

 だが、少女にとってみればそれは巨大な火の玉に等しかった。盾から展開するアメジスト色の壁が、その火球を受け止める。だが、その程度で止まる筈がない。みるみるうちにその大きさを縮小させながらも、少女の壁を削り取ってゆく。そして、前触れもなく爆発した。防御壁は完全に粉砕され、衝撃波が少女の華奢で小さな体を吹き飛ばす。その小柄な体は減速することなく一直線に曇天を横切り、ビルの残骸へと衝突した。同時に巻き起こった爆煙が晴れたときには、少女はふたたびぐったりと気を失っていた。

 「そんな……!こんなのってないよ!あんまりだよっ!」

 

 まどかの目の前で繰り広げられる、余りにも一方的な戦い。 ――否、もはやこれは戦いと呼ぶべきではないだろう。 そう、これは。

 

 純然たる、蹂躙――。

 

 「酷いよ……!こんなの……酷すぎるよぉっ!」

 本能的に悟る。きっと、彼女こそが最後の希望なのだと。この滅びと嘆きに立ち向かえる、唯一の存在。それが、あの少女であるのだと。

 即ち、彼女が敗れれば、きっと――。

 

 

 『諦めたら、そこまでだ』

 

 

 まどかの思考を遮るように、あの頭の中に小動物の声が響いた。

 無感情で無機質なその声は、それでも彼女に力を与えた。聞き覚えない言葉であるのにも関わらず、その言葉はすんなりとまどかの中に馴染んでくれる。活力を与えてくれる。そんな不思議な魔力を備えていた。

 不自然なほどにまで、心地よい。頼もしい。

 そして、小動物はさらに言葉を繋ぐ。

 

 『避けようもない"滅び"も、"嘆き"も、全て君が覆せばいい――。そのための力が、君には備わっているんだから』

 

 ――そのための、力。

 ――この悲劇に立ち向かうための、力。 ――世界を救うことのできる、力。

 ――そんな力が。

 

 

 ――わたし、に?

 

 

 ――こんな、何の取り柄もない、わたしに?

 ――そんな力が、備わっているというの? ――本当に?

 ――本当に、できるの?

 ――こんな結末を、変えられるの?

 

 

 粉塵に包まれ、雷撃に砕かれ、雨水に水没し、濁流に飲まれ、無惨にも崩れ落ちた、自分の生まれ故郷――見滝原を。

 ――この街を。

 そして、その街に息づく友達、家族、先生、そしてまだ名前も知らない人々も。

 ――みんなを。

 

 

 ――全てを救える力が、わたしにはある。

 

 ――本当に、そうなのだとしたら。

 

 決意に満ちた目で、振り返る。背後から、絹を引き裂くような叫び声が聞こえた。恐らくは、あの少女のものだろう。悲痛で絶望に満ちた、目の前で全てが奪われたような、そんな、叫び声。

 彼女もまた、みんなを守るために戦っているに違いない。

 だから、あんなに苦しんで。傷だらけになって。

 

 

 ――でも、もういい。

 ――もう、いいんだよ。

 

 

 ――こんなわたしでも、誰かを助けられるなら。

 ――みんな、を助けられるなら。

 

 

 「どうしたら、いいの?」

 

 まどかは問う。

 

 「どうしたら、みんな救うことができるの?」

 

 小動物の尻尾が、ぴょこりと弾んだ。

 ぬいぐるみのように無表情だった顔に、はじめて、笑顔を浮かべて。

 

 

 ――そして。

 

 

 

 

 

 「僕と契約して、"魔法少女"になってほしいんだ!」

 

 

 

 

 

 

 ――閃光。

 

 

 

 

 

 

 ベッドの中で、目が覚めた。

 なにも変わらない、いつも通りの、鹿目まどかの部屋。

 棚いっぱいのぬいぐるみも、パステルカラーのカーテンも、なにも変わらない。

 いつも通りの、まどかの部屋。

 ――つまり、わたしの見ていた、あの世界は。

 ――わたしが見た、あの世界の結末は。 ――けっきょく。

 

 

 「ふぁうう……夢オチ……?」

 

 

 

 

 

 鹿目まどか14歳。

 今日はなんだか、変な夢を見ました。

 




今回の更新分は以上となります。

今回の幕間は、アニメ第1話アバンタイトルにあたる、まどかの夢の中の物語の部分に当たります。いまいち違いを出しづらい場面ですので、描写や表現方法の修正に力を入れてみました。結果、文章量が1.5倍になってしまいましたが……。
今回の修正量はかなり多岐に渡る結果となりました。

次回の更新日も再び未定とさせていただきます。こういう時期ですので、どうにも先の予定が読めず、執筆が滞る可能性があるためです。どうか見捨てないでいただければと思います。

それでは、また次回、貴方がこの小説を読んでくださることを願って。


明暗

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