幸運なノービス物語   作:うぼのき

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第8話 エーラさん

 冒険者ギルド1階に受付がある。

 外から入ってきたら一番最初にこの受付がある。

 僕は通っていない。

 だってオーディンに飛ばされてきたから。

 

「本当に? 本当に受付しました!?」

 

 もう何度目の質問だろうか。

 冒険者ギルド受付のエーラさん。

 今日の新人冒険者研修の人数を間違えたことになっている可哀相なお姉さんだ。

 

 黒茶色の長くて綺麗な髪に、清楚で可愛らしい顔。

 スタイルも良くスリムなモデル体型だ。

 白とピンクを基調とした制服に身を包んでいる。

 

「ほ、本当ですよ。僕はエーラさんに受付してもらった記憶ありますから。

 たくさんの人達を相手にしていたから、忘れたんじゃないですか」

 

「う~ん、自分で言うのもあれですけど、私、冒険者の方の顔と名前って1回で全部覚えられるんですよね。絶対に忘れたりしないんだけどな……」

 

 冷や汗が流れる。

 本当は受付通っていないから!

 

「そ、それよりアルディさんからエーラさんが何か説明してくれるって聞いているんですけど」

 

 話題を切り替える。

 

「ええ、グライアさんは前代未聞の1次天職ノービスですからね。

 それで冒険者を続けるつもりがあるんですね?」

 

「え、いや。そのことなんですけど。

 仮に冒険者をやめるとしたら、どんな職につくことができるのでしょうか?」

 

「ご実家は何か商売とかされていないのですか? グライアさんってどこ出身です?」

 

 ぐっ! またも出身を聞かれてしまった!

 アルデバランはまずい。

 ど、ど、どうしよう!

 

「え、えっと、ここプロンテラですけど。

 あ、でも両親はいなくて、兄弟もいなくて、そ、その……」

 

 咄嗟にプロンテラと答えてしまう。

 とりあえず身寄りがないことをアピールしなくては!

 

「……なんかすごく嘘くさいですけど。

 とにかく当てがないってことですね?」

 

 ズバリ嘘だと言われてしまう。

 

「は、はい」

 

「そうですね。力がないってことですから、力関係の仕事は無理ですよね。

 器用さもないってことですから、細かな作業関係も無理と。

 魔力も大してないってことですから、魔道具関係の仕事も無理と」

 

 グサグサとエーラさんの言葉が心に突き刺さる。

 ダメ人間と言われている気がしてくるぞ。

 

「唯一の取り柄の素早さを生かして、荷物届けの仕事とかどうですか?

 手紙や荷物を各地に運ぶ仕事ですよ。

 ボット帝国が各地に出没するようになったので、遠隔地に届けるならそれなりのゼニーを得られる仕事になっていますよ」

 

「え? ボット帝国ってどこにでも出没するんですか?」

 

「え? 知らないんですか? ボット帝国の戦士はどこにでも、突然現れるんですよ。だから恐ろしいんじゃないですか。ハエの羽で移動して、獲物を探し回っているそうですよ。今のところアルデバラン以外の街中に現れたという情報はありませんが、いつ街中に現れてもおかしくない状況です」

 

 まさにBOTだな。

 

「ボット帝国からアルデバランを取り返すために、オーディン様の神力範囲外での戦闘訓練場として地下に洞窟を作っているんですよ。

 ダンジョンの深層に挑むなんて、一部の命知らずな冒険者だけですからね。

 みんなオーディン様の神力範囲外での戦闘に慣れていないのが問題だったんです。

 まあ、その洞窟に迷い込んでしまって、しかもHP0なんていう恐ろしい状況から生還してきた奇跡のノービスがいるとかいないとか……」

 

 見た目は清楚で可愛らしいのに、エーラさんの言葉はけっこうトゲがある。

 エーラさんの言葉は華麗にスルーすることにして、疑問に思ったことを聞いてみた。

 

「なるほど、それで荷物を届けるのが大変になっているんですね。でもワープポタールを使えば一瞬じゃないんですか?」

 

「はぁ~本当に何を言っているんですか。貴重なワープポタール使いのアコライトやプリーストが荷物運びの仕事なんてするわけないじゃないですか。

 彼らは日々モンスターと戦い経験値を得て、さらなる高みを目指しているんですから」

 

 そりゃ~そうか。

 ステータスのベースレベルやジョブレベルの横には経験値バーがある。

 ここで次のレベルまで後どのくらいか分かるようになっている。

 

 ちなみに、レベルが高くなっていくと雑魚モンスターを倒しても経験値を得られなくなる。

 これもゲームとは違う仕様だ。

 永遠とポリンだけを狩ってレベル99にするのは無理なのである。

 

「そうですね。では荷物運びの仕事をしながら生活していきたいと思います。

 冒険者を続けながらでも大丈夫ですか?」

 

「それは構わないです。

 運び屋フェイさんへの紹介状を書いておきますね。

 冒険者も続けるとのことなら、いまお持ちの初心者用装備一式はそのままお持ちになって頂いて構いません。

 その装備は精練することはできませんし、カードスロットもありません。

 そしてノービスしか装備することができません。

 これらの制限によって基本数値は高くなっていますから」

 

 制限によって基本数値が高くなる?

 頭の上に? のエモが出ていたのだろうか。

 エーラさんが説明を補足してくれる。

 

「オーディン様の加護を得ている装備、アイテムなどは使用に制限を設けて作成することで、何らかの効果を得ることになるんですよ。

 初心者用装備は基本数値が高めになっていますし、初心者用ポーションは作成するための赤ハーブの量が半分で済みます。回復量も高いですし、重量も軽くなっていますね。

 あ、そうそう忘れるところでした。

 赤ハーブを持ってきてくだされば、グライアさんには特別に初心者用ポーションを作成してあげますので。

 本来は新人研修でしか使わない物なのですが、グライアさんにとっては最も効率良い回復ポーションでしょうから。

 また材料を持ってきてくだされば、初心者用の各種ポーションも作成しますよ。

 黄ポーションとか緑ポーションとか。

 さすがに白と青は勿体ない気がしますけど、グライアさんがお望みなら作りますよ」

 

 なるほどね。

 装備やアイテムに使用制限をつけると何かしら良い効果を得るのか。

 ポーションの重量が軽くなるのは嬉しいな。

 初心者用白ポーションとか初心者用青ポーションとか作ってもらえるわけか。

 

「では冒険者カードを作りましょう。

 こちらのカードに血を一滴垂らしてもらえますか?」

 

 エーラさんは針と共にカードを1枚渡してきた。

 チクッと指に針を刺して、カードに血を一滴垂らす。

 

「はい、大丈夫ですよ。

 冒険者カードはグライアさんの身分証明書にもなります。

 討伐系の依頼などはカードに討伐数が記録されるようになっていますので。

 いまは初級冒険者ですが、中級、上級と上がっていけば、名指しでの依頼が来たりします。

 また購入できる装備類も冒険者のランクが上がれば良い者を購入できるようになりますからね」

 

「あれ? ランクの低い冒険者は良い装備買えないのですか?」

 

「はい。ギルドに所属すればそのギルドの信頼でお売りすることはありますが、基本的にはランクによってお売りしています。

 未熟な冒険者に良い装備を売っても、宝の持ち腐れですから。

 ホルグレンさんの方針です」

 

 ホルグレンか。

 待てよ。商人組合があるって言っていたな。

 装備ってそこで買うのか?

 ゲームでいう店売り装備じゃなくて、商人達の露店で売られるような装備品のことなのかもしれない。

 露店スキルもあるって言っていたしな。

 

 またも頭の上に? マークが見えたのだろう。

 エーラさんが話を続けてくれた。

 

「マーチャントの天職を持つ者は、必ず商人組合に入ります。

 これは絶対です。

 マーチャントの間はホルグレンさんの元で修行することになります。

 ブラックスミスになっても所属は商人組合で、各ギルドに在中するという形を取ります。

 商人組合で作られる強力な装備品は国が買うことになります。

 そして国から認められたランクの冒険者達に売っているのです。

 ま~裏でこっそり在中しているギルドのために装備作っている人もいるそうですけど」

 

 なるほど。

 

「露店ってどんなスキルがご存知ですか?」

 

「露店は商人が売りたい物、買いたい物を登録するスキルですね。

 商人組合のお店にいけば、露店によって売り買いに出ているリストを見ることができますよ。

 ここでも見ることができます。

 あそこに置いてある水晶に触れてみてください」

 

 受付の横に置かれている水晶。

 10個ぐらい置かれている。

 その1つに触れると、空間にウィンドウが表示される。

 

 なるほど。

 確かに売り買いの情報が見える。

 これに触れて取引するのか。

 

「常時必要とするゼロピーや空き瓶などは、ホルグレンさんが買いの注文を常に出していますよ」

 

「空き瓶も買うんですか? 作ったりしないのです?」

 

「一般生活に使う空き瓶は職人さん達が作りますけど、オーディン様の加護を得るアイテムを作るには、ポリンなどがドロップする空き瓶が必要なんです」

 

 上手くできているわけか。

 

「さきほど、マーチャントは必ず商人組合に所属するといいましたが、一部所属していない者達もいます。

 その者達は詐欺露店や詐欺取引を行ってきますので注意して下さいね

 スキルを使えれば登録はできてしまいますので。

 もちろん見つけ次第、対処はしていますが24時間見ているわけではありませんので」

 

 僕に話し続けながら、手を動かしているエーラさん。

 運び屋フェイさんという方への紹介状を書いていた。

 

「はい、こちらが運び屋フェイさんへの紹介状です。

 冒険者ギルドを出て、大通りを真っ直ぐ南に進んでいけば大きな建物に「運び屋」という看板が出ているはずです。

 そこでこの紹介状を見せて下さいね。

 何かあればいつでも相談に乗りますので来て下さい」

 

「ありがとうございます」

 

 冒険者兼運び屋の生活が始まるのか。

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

「な、なんだ……」

 

 エーラさんに見送られながら冒険者ギルドから外に出た。

 それはある意味見慣れた街並み。

 しかし同時に想像を超える街並み。

 

 いや、当然か。

 ここはゲームではないのだから。

 

「ひ、広い」

 

 人が住んでいる街なんだ。

 何人の人が住んでいるのか知らないが、数千人ってことはないだろう。

 首都プロンテラなら何万? 何十万人ぐらいは住んでいてもおかしくない。

 

 街の端から端まで1分なんてことはない。

 

 とりあえず真っ直ぐ南に向かって歩きたいのだが、どっちが南なのか分からない。

 仕方ないので、道行く人に運び屋はどっちですか? と聞いてしまった。

 

 大通りを歩くこと10分。

 運び屋の看板が見えてきた。

 看板に書かれていた文字は一瞬だけ訳わからない文字に見えた。

 しかしすぐに翻訳されたかのように、日本語の文字になる。

 自動翻訳されていたのか。

 

 大きな建物だった。

 入口のドアを開けると、中ではたくさんの人達が忙しなく動き回っている。

 受付のお姉さん的存在はいない。

 代わりにちょっと軽そうな感じのお兄ちゃんが受付ぽかったので、声をかけてみた。

 

「すみません。冒険者ギルドからの紹介でやってきました。

 フェイさんにこの紹介状を見せたいのですが」

 

「ん? 俺がフェイだよ。

 冒険者ギルドからの紹介?

 あんた運び屋なんてやりたいのかい。

 見たところ……ノービスみたいだけど、資格なし?」

 

「え、ええ。そうです」

 

 説明するのが面倒なので、資格なしでいいや。

 フェイさんに紹介状を渡す。

 

「ふむふむ。ほ~! なるほどね……ふむふむ。

 分かった!

 今日からあんたを雇う。

 名前はグライアだな? 働きに期待するよ。

 うちは完全歩合制だ。

 依頼の来ている荷物を運んだ分だけ賃金を渡す。

 特に遠隔地への依頼は割高だぞ。

 というか、捌き切れずに困っている。

 みんなボット帝国が怖くてね。

 紹介状には、グライアは逃げ足だけは一級品と書いてある。

 遠隔地への荷物を運んでくれるのを期待しているぞ!」

 

 エーラさん紹介状に何書いているんですか!

 

 フェイさんがその場にいる人達に大声で新入りのグライアだ! と叫んでいた。

 紹介はそれだけで、後は仕事の手順を教えてもらいさっそく荷物を運ぶことに。

 

 ものすごい体育会系の匂いのするこの場所で、僕の物語は続いていく。

 


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