うう……。
口の中にくちゅくちゅと何かが差し込まれる。
とても苦い何か。
でもその苦さが僕を救ってくれる。
突き刺さるような鋭い痛みを和らげてくれる。
またくちゅくちゅと口の中に差し込まれる。
口の中に入ってくるそれを、僕は貪るように自らの舌で舐める。
痛みからの解放される苦さが嬉しくて仕方ない。
涙が流れそうだ。
くちゅくちゅ。
夢中で舌を動かす。
すると、舌に絡みついてくる温かい何かがある。
苦くない。
苦くないそれは、僕の舌に絡みつくと蠢いていく。
やがて僕の舌から離れていくけど、また口の中に苦い何かを差し込んでくる。
痛みはほとんど感じなくなった。
あれ? 何の痛みだっけ?
あの鋭い痛み……そうだ、あれは毒だ。
ポイズンスポアのスキルなのか、毒の息を吸い込んでしまったんだ。
動けなくなった僕を見下ろすポイズンスポアの最後のうすら笑いが思い出される。
はっ! ティアさんは!?
ゆっくりと目を開ける。
すると視界に映ったのは真紅の髪。
良い匂いがする。
女の人の匂いだ。
甘くて優しくて官能的な匂いだ。
そして僕にキスをしながら口の中に苦い何かを入れている。
真紅の髪の女性とキスをしている。
この状況はいったい……。
「んん……くちゅくちゅくちゅ」
舌と舌を濃厚に絡める。
洞窟の中にくちゅくちゅといやらしい音が響く。
女性はひょいっと頭を上げて舌を抜き取る。
見えた顔は……プーさんだ。
真紅の髪のプーさんだった。
え? どうしてプーさんとキスしているの?
プーさんは手に持つ緑色の草を口に咥えると、くちゃくちゃと口の中で噛み砕いている。
目と目が合った。
「くちゃくちゃ、あれ、グラちゃん気付いた?」
プーさんに膝枕してもらっていることにも気付いた。
状況を理解できないまま、声を出そうとする。
「う……あ、あ、あ、」
「うんうん。まだ声は出せないみたいだね~。でも意識が戻って本当に良かったよ。あのまま死んじゃうかと思ったからね~。くちゃくちゃ」
そしてまた唇を重ねて舌を入れてくる。
プーさんの舌にこびり付いた緑色の草を、僕の舌が絡め取っていく。
これは緑ハーブだ。
毒を回復してくる効果があるから、ポイズンスポアの毒に効いているのか。
まだ身体は痺れて声も上手く出せない。
でも痛みはなくなった。
死なずに済んだのか。
プーさんの舌を求めて僕の舌が動く。
初めてのキス。
それがこんなにも濃厚なディープキスになろうとは。
しかし、自分の命を助けるためと思えば自然と変な気持にはならなかった。
プーさんの美巨乳の谷間がくっきり見えていたとしても……。
あれ? なんでこんなに露出高いんだ?
プーさんが顔を上げる。
衣装が変わっている。
この衣装……マジシャンだ。
間違いない、マジシャンの衣装だ。
プーさんはマジシャンの天職を得たのか。
あっ! もしかして意識を失う前の最後の記憶にある真っ赤な何かは、プーさんがファイアーボルトを唱えたのか!?
首をゆっくりと動かして、顔を横に向ける。
そこには涙目で僕を見つめるティアさんがいた。
よかった。
無事だったんだね。
プーさんのファイアーボルトでポイズンスポアは倒れたのだろう。
たった一発で?
いや、ティアさんが頑張って短剣で突いていたんだ。
HPは削られていたのだから、一発で倒れたとしても不思議じゃない。
「時間になってもグラちゃん達が戻ってこないから、みんなで探していたんだよ~。そしたら井戸の方に向かったって教えてくれた人がいてね。
井戸に行ってみたら、あら不思議。
こんな洞窟の中にワープしちゃったじゃない。
それで進んでいったらグラちゃん達の声が聞こえて、慌てて駆けつけたんだ~。
ポイズンスポアはプーちゃんのファイアーボルトで倒したから大丈夫だよ。
いや~プーちゃんが緑ハーブ持っててよかったよ。
本当にたまたま持っていたんだよね~。
なかったらグラちゃん死んでたよ。
まさかHP0で毒状態なんて夢にも思わないからさ。
あ、私はマジシャンの天職を得たんだ~。
すぐにポリンちゃん達を倒してジョブレベル上げしていたから、いくつか魔法を覚えているんだよ~。
先に戻った人から神官ちゃんに祈りを捧げて、天職を得られる人はどんどん得ているよ。
ナディアちゃんとカリスちゃんはソードマンになったし、グリちゃんはシーフになったよ。
マルちゃんは残念ながらアコライトじゃなくて、マーチャントだったけど。
ま~あのムキムキ筋肉で武器を作れば強い武器ができそうだよね~」
プーさんは僕の頭を撫でながら話してくれた。
みんな天職を得ていたのか。
たまたまプーさんが井戸からワープしてきて助けてくれたのか。
プーさんは命の恩人だ。
「あ、ありが、と、う」
「うんうん。グラちゃんもよく頑張ったね~。ティアちゃんのために頑張るなんて男だね~。でも死んだらだめだよ? 命は大事にしないとね。アルデバランの生き残りなんだから尚更ね」
アルデバランの生き残り?
気になる言葉だけど、アルデバラン出身と言いながら知らないのはまずいだろう。
どこかで情報を得る必要があるな。
「私がもっとしっかりしていれば……もっとちゃんと攻撃できていれば……」
「自分を責めたらだめだよ~。元はと言えばグラちゃんがオーディンちゃまの神力範囲外だと気付かないでHP0にしたのがダメだったんだから~。ティアちゃんはな~んにも悪くないよ。悪いのはグラちゃんだよ~」
ぐっ……耳が痛い。
くそ~アルディさんを恨むしかないのか!?
「ぼ、僕が馬鹿なだけです。てぃ、ティアさんが頑張って攻撃してくれたから、プーさんの魔法ですぐにポイズンスポアが倒れたんです。ありがとうございます」
声がきちんと出るようになってきた。
「お、グラちゃん喋れるようになったね。それじゃ~これ使って戻ろうか」
プーさんはアイテムボックスから羽を3枚取り出した。
蝶の羽だな。
僕の手に蝶の羽を握らせてくれる。
「それじゃ~グラちゃんから戻ってね。グラちゃんが戻ったのを確認してから私達は戻るから」
「は、はい……」
蝶の羽ってどうやって使うんだ?
アイテムショートカットに登録すれば念じるだけなんだろうけど。
手に持ちながらアイテム名を言うのかな?
「ちょ、蝶の羽」
その瞬間、僕の身体を浮遊感が包み込む。
ぐらりと視界が崩れていく。
そして気がつけば、僕は部屋の中にいた。
目の前にはワープポイント。
戻ってきたんだ。
続いてティアさんが戻ってきた。
僕がきちんと戻っているのを見ると、満面の笑顔だ。
可愛い。
「よかった。プーさんはセーブポイントを向こうの建物の中に記憶しているそうです。
グライアさんの身体のこともありますし、あの井戸のワープのことも、プーさんが冒険者ギルドの方達に伝えてくれるそうです」
ティアさんが僕の首に手を添えて抱えてくれる。
そして顔を赤くしながら、そっと僕の首を膝の上に置いた。
本日2人目の膝枕。
しかもティアさんの顔がビックマウンテンで隠れてしまうようなアングル。
こ、これは……すごい。
ちょっとこれはまずいですね。
毒で弱っている身体にこれはまずいですね。
よからぬ箇所が元気になってしまうかもしれん!
ティアさんが僕の頭を撫でてくれる。
撫でるためには手を動かす。
手を動かすためには腕を動かす。
腕を動かすためには肩が動く。
肩が動くと……山が動く。
かつて武田信玄は、風林火山の山は「動かざること山の如し」と言ったそうだ。
言ったかどうか知らないけど。
が、しかし! それは間違いであると言わざるを得ない。
動くよ。
めっちゃ動くよ。
山は動くよ!
ビックマウンテンは動くし揺れるよ!
僕の邪な視線に気付かずティアさんは優しい微笑みを向けてくれる。
「グライアさんのHPが0になった時、本当にどうしたらいいのか分からなくて頭の中が真っ白になっちゃったんです。
私がどうにかしないと、って頭では分かっても身体が全然動いてくれませんでした。
グライアさんがポイズンスポアを蹴り飛ばすのを、ただただ見ているだけでした。
でもその後、HPが0なのに、ポイズンスポアの攻撃を避け続けて、しかも私に背後を取らせてくれて……私が動かなかったらグライアさんは死んじゃうんだって、死と向き合いながらグライアさんは頑張っているんだって思ったら、身体に力が湧いてきました。
頑張ってポイズンスポアを刺したけど、結局プーさんに助けられちゃいましたけどね。
でもいいんです。
グライアさんが生きてくれたから」
そこまで話すとティアさんはぐっと何かを堪えるような表情になって……。
「グライアさんが毒息を吸いこんじゃって、そ、その、プーさんに助けてもらったのは、ほ、本当は私が助けたかったんですけど、私は緑ハーブ持っていなかったんです……。
わ、私だって! そ、その……あ、いえ……グライアさんの苦しみを思ったらこんなこと、どうでもいいことですよね。
HP0の状態で毒にかかるなんて、想像しただけで胸が痛みます。
もうそんな危険な状態にならないのが一番ですけど、も、もしですよ? もし万が一またそんな状態になった時は、その時は私が……!」
暴走するティアさんが何かに気付いたかのように、いきなり止まる。
ワープからプーさん達が出てきたのだ。
あのままティアさんが暴走を続けていたら、この場で僕の唇を奪いにかかってきたかもしれない。
それはそれで嬉しい展開だけど。
「グラっち大丈夫か~!? まったくお前って奴は……無茶しやがって!」
グリームさんが過剰な芝居でかっこつけながら心配してくれる。
その姿は身軽なシーフになっていた。
「いや~無事で良かった。ティアさんも無事で何よりです」
爽やかイケメンだけど、たぶんむっつりスケベのカリス君が白い歯を見せつけてくる。
姿はソードマンだ。
「2人とも無事で良かったわ」
ナディアさんは本当に心配してくれていたのだろう。
安堵の表情だ。
「HP0で戦ったと聞くぞ。グライア、お前は男だな!」
筋肉ムキムキのマーチャントのマルダックさんが、うんうんと頷いている。
その姿を見てグリームさんが、またぷっと吹き出しそうになっている。
正直、僕も毒で弱っていなかったら吹き出していたと思う。
アコライトも、マーチャントも、どっちも似合わね~!
いや、ブラックスミスになれば似合うはずだ!
筋肉ムキムキなブラックスミスで鉄を叩く姿は様になるはずだよ!
2次天職を得るまで頑張って下さい、マルダックさん。
騎士アルディさんが、緑ポーションを持ってきて飲んでおけと言われ渡された。
生身の身体に毒が入ったのなら、直接飲む必要がある。
飲んだらめちゃめちゃ苦い。
できればティアさんかプーさんに口移しで飲ませてもらいたいところだ。
言ったらただの変態になるから言わないけど。
その後、プリーストの人が来て僕にリザレクションをかけてくれた。
ヒールもかけてくれて、僕のHPは復活したのであった。
歩けるようになったので、場所を向こう側の建物に移す。
そこに神官さんがいるからだ。
もうすぐ13時。
お腹も空いている。
この世界の1日は24時間だ。
週の概念はなく、30日で1ヶ月となっている。
建物に着くと、昼飯前に先に天職の祈りを捧げることになった。
神官さんが忙しいらしい。
「2人ともジョブレベルは10だな? どっちからでもいいぞ」
「ティアさんからどうぞ」
こういう時はレディーファーストだろう。
神官さんの前で膝をつき祈りを捧げるティアさん。
うん、様になっている。
さすがはプリーストを希望するだけある。
神官さんも同じく祈りを捧げる。
すると、むむむ! と何かを感じて両手を広げる。
その瞬間、ティアさんの身体を天使の羽が包み込んだように見えた。
レベルアップの時のエフェクトか!?
そしてティアさんの衣装が変わっている。
これはジョブが変わると自動で変わるのか。
アコライトだ。
可愛らしいアコライトのティアさんがそこにいた。
雄大なビックマウンテンの存在感が半端ないけどね。
とりあえず、希望通りのアコライトになれたわけだ、おめでとう!
「アコライト……」
「おめでとうございます。無事に1次天職のアコライトを得られましたね。しかしこれは始まりに過ぎません。プリーストを目指し、日々の鍛錬と努力を重ね、神聖なる癒しの力により多くの者を救うのですぞ」
「はい……救います。必ず救います!」
さて次は僕の番だ。
笑顔でティアさんと交代すると、神官さんの前で膝をついて祈りを捧げる。
あの老人オーディンに祈りを捧げるのだろう。
天職スーパーノービスが何なのか気になるけど、とりあえずマーチャントでお願いします。
加速で速く動けるけど、やっぱり剣を振ったり戦ったりするの厳しいです。
商人としてのんびり過ごしていきます。
ミルク転売してのんびり過ごしますから!
目をつぶり祈りを捧げながら待つも、いつまで経っても何も変化が起きない。
あれ?
どうなってるの?
あ……もしかして、資格なし?
僕は1次天職の資格なしなのか?
目をちょこっと開けてみる。
神官さんが僕を困惑の表情で見ている。
やっぱり資格なしだったのか。
「ブロア神官。この者は資格なしということですか?」
沈黙に耐えかねたアルディさんが神官さんに尋ねる。
「い、いや、その……これはいったい、こんなこと今までなかったのですが……」
焦る神官さん。
何かあったのか?
もしかして、老人オーディンの言った通り、スーパーノービスなんて天職がきちゃったのか!?
期待の眼差しで神官さんを見つめると、その口から出た答えは、
「この者の天職は……ノービスとのお告げです」
スーパーが抜けてるぞ?