幸運なノービス物語   作:うぼのき

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第42話 ユミルの書

 政府庁舎は広場から北に真っ直ぐ向かったところにある。

 大統領がいる建物だけあって大きくて目立つため分かりやすい。

 大統領を洗脳状態にしておくには、ここに洗脳装置を置くのが一番だろうけど、ジュノーの人達を全員洗脳状態にするためにはもっと街の中心地点の方がいい気もする。

 アルデバランより高性能な洗脳装置なのかもしれないので、何とも言えないが、こんな目立つところに果たして本当に置いてあるのだろうか?

 

「ありました」

 

 置いてあった。

 ボット戦士達を倒しながら政府庁舎に到着すると、建物の上に奇妙な機械が置いてあるのが見える。

 あれが洗脳装置らしい。

 あんな小さな装置1つでジュノーの人達を全員洗脳状態にしてしまえるなんて、恐ろしい機械である。

 

「妙ですね。もっと大きいと思っていたのですが……これは他にも洗脳装置があるかもしれません」

 

 カプラーさんが洗脳装置を見ると疑問を持った。

 大きさが足らないらしい。

 アルデバランでは洗脳装置が自爆したらしく、遠目から魔法で壊すことにした。

 

「まだ他の建物の上にも洗脳装置が置いてある可能性があります。

 手分けして探しましょう」

 

 カプラーさんとナディアさんは政府庁舎の中にいる大統領と会うために中に入っていった。

 僕達は街中に残ったボット戦士を倒しながら、他の建物の上にも洗脳装置がないか探すことになった。

 跳躍スキルで飛んで建物の屋根に昇り、高い位置から建物を見下ろすように観察する。

 すると同じような奇妙な小さな装置が、いくつかの建物の屋根の上に見えたので、それを破壊していった。

 

 跳躍と残影を使って移動する僕についてこれる人はいない。

 1人で建物の屋根の上を移動しながら洗脳装置を破壊し続けていると、ふと1つの建物に目が止まった。

 洗脳装置が置いてあったわけじゃない。

 何となくその建物の中から魔力に似た力を感じたのだ。

 

 屋根から地面に降りてその建物の中に入っていく。

 建物の中は本だらけだった。

 図書館か?

 

 ならここにユミルの書があるのだろうか。

 僕が感じた力とはユミルの書かもしれない。

 

 入口の先には受付と思われるテーブルがあり、その先には円形に広がる部屋の中に本棚がいくつも置かれている。

 上への階段もあれば、下への階段もある。

 立ち止まり意識を集中してみる。力を感じるのはどちらか?

 

 僕は下への階段を降りていった。

 下も同じく円形の部屋にいくつも本棚が置かれている。

 そして部屋の一番奥の小さなテーブルの上に1冊の本が置かれていた。

 

 これだ。

 この本から力を感じる。

 これがユミルの書なのか。

 

 おそるおそる僕はその本を手に取る。

 本は理解できない文字で書かれていた。

 この世界で見て理解できた言語とは違う。

 

 でも文字を追うごとに、その文字が輝き始める。

 そしてその輝きが増していくと、本から文字が浮かびあがってきた。

 やがて本の中に書いてあった全ての文字が輝き浮かび上がり、僕の周りをぐるぐると飛び回った。

 

 次の瞬間、僕の目の前には天使がいた。

 背中から真っ白な翼を生やした天使だ。

 雰囲気がランドグリスに似ている。

 この人がスクルドなのか?

 

「オーディン様に選ばれしグライア。

 私はスクルド。ランドグリスと同じワルキューレです」

 

 やっぱりスクルドか。

 ってあれ? 声がでないぞ?

 

「私に残された最後の力を貴方に託します。

 この世界に残されてしまった神なる心臓を集めて下さい。

 オーディン様も貴方が全ての心臓を持つことを望んでいます」

 

 神の心臓を僕が? どうして?

 

「神の時代から生き続ける彼の者に、神なる心臓を渡してなりません」

 

 神の時代から生き続ける?

 

 スクルドはランドグリスと同じく、その手に持つ槍を僕の心臓に突き刺した。

 その槍からスクルドの力が流れ込んでくるのが分かる。

 ランドグリスと同じく、僕に力を流したことでスクルドの肉体は崩壊を始めた。

 

「私の力は、貴方の力を分け与える力……魂を分け与える力……」

 

 ま、待って!

 彼の者って誰なんですか!?

 

 

「ラグナロクを生き延びた者……いくつもの名を持ち、姿を変え生き続ける者……ス、ス……」

 

 

 スクルドの肉体は塵となって消えていった。

 僕の手には全ての文字が消え去った1冊の本だけが残っていった。

 

「喋れるか」

 

 声を発することができるようになった。

 スクルドとはこの図書館で会っていたはずなのだが、さっきまで本当にこの場所に僕はいたのか?

 どこか別次元の空間という感じがしてならなかったな。

 

 とにかく、ランドグリスに言われた通りスクルドには会えた。

 そして力を与えられた。

 

 新たな力は魂を分け与えるとか言っていたな。

 スキル欄に変化がないかチェックしてみると、

 

「お?」

 

 なんとも分かりやすい変化があった。

 天職ごとにタブが出来ているスキルなのだが、その天職名が変わっていたのだ。

 

 ナイトはロードナイトに、ウィザードはハイウィザードにという感じで、全ての天職の名前が変わっている。

 上位職だ。間違いない。

 スキル欄の中も、新しいスキルが追加されている。

 

 さらに魂を分け与えるというスクルドの言葉から、気になっていた天職のスキルをチェックした。

 それはソウルリンカーという天職だ。

 ゲームには存在しなかった職だけど、スキルの中に「ナイトの魂」といった魂という言葉がつくスキルがあったからだ。

 そしてこの予感は的中した。

 

 ナイトの魂はロードナイトの魂と名称が変わっていた。

 この魂系スキルはランドグリスとの戦いで試せなかったスキルなので、どのような効果があるのか分からない。

 だがスクルドの言葉から推測するに、僕の力を分け与えるのだから、ロードナイトの魂を例えばナディアさんに使えば、ナディアさんはロードナイトになれるのではないか。

 その場合、僕はロードナイトのスキルを使えなくなる可能性が高いな。

 

 僕1人がこんなにたくさんのスキルを持っているより、ナディアさんやティアさん達に分け与える方が効果的だろう。

 いや、待てよ。

 例えばナディアさんにハイウィザードの魂を使うとどうなるんだ?

 ナイトの天職の上にハイウィザードが上書きされるのか?

 使用できない可能性もあるな。

 対象者が持つ天職の上位職だけが適用できるとか。

 

 

 新たな力の考察をしていると、突然図書館が揺らぎ始めた。

 本棚が機械仕掛けのように動き始めたのだ。

 

「おお……うおおおお!」

 

 揺れが納まると、奥の棚が扉のように開いていった。

 隠し通路だ。

 

「この先に行けってことなのか」

 

 ユミルの書をアイテムボックスの中に入れると、僕は開いた隠し通路の先へと進んでいった。

 僕が中に入ると、後ろの入り口が閉じていった。

 中は一本道がどこまで続いていた。

 ジュノーのどこを歩いていることになるのか分からないが、道以外に見えてくるのは生きているかのような機械装置。

 太い血管のような線は、血液が流れているかのように脈を打つ。

 その度に生きているような機械装置は唸りをあげる。

 プシューと時々蒸気を吐きだす通気口は、人の口のように見えた。

 

「ちょっと気持ち悪いな」

 

 壁一面にグロテスクな機械が張り巡らされた一本道を歩き続ける。

 感覚的に少しずつ下っているような気もするな。

 いくつかのワープポイントに入りながら、奥へ奥へと歩いていった。

 

 そしてその部屋に辿り着いた。

 

「なんだこれは……」

 

 巨大な丸い塊の機械? いや機械の中から“生命”の力を感じる。

 ドクドクと血管のように脈を打っていた機械の線には、ここから血液が流れていたのか?

 丸い塊はまるで心臓のように脈を打ち、機械の線に血液を流しているのだ。

 それが血液なのか、魔力なのか、それとも違う何かなのか分からないが。

 

「それにしても大きい」

 

 丸い塊の大きさは、僕が軽く10人以上入れそうな大きさだ。

 ここまできて、これが何なのか推測できないほど僕も馬鹿ではないつもりだ。

 

 

 ユミルの心臓

 

 

 これがジュノーを空に浮かしている動力源なのだろう。

 しかしいったい誰がこんな超文明の技術と思われる機械を作り出したんだ?

 この世界の人達に作れるとは思えないが。

 

 神々の時代からジュノーが浮いていたとしたら、過去に存在した神が作り出したのかもしれない。

 今はそれはいいか。

 

 問題は僕をこの部屋に導いてどうしたかったのか。

 スクルドは、残された神なる心臓を集めろと言った。

 これがユミルの心臓なら、僕に確保しておけってことなのだろう。

 

 でもこんな大きな心臓、確保するも何も動かせないし。

 動かしたらジュノーって空から落ちちゃうだろうし。

 いったいどうしろっていうんだよ。

 

 僕がここにユミルの心臓があると知っていればいいのか?

 それだけでOKなら見たんだから、もう戻ればいいのかな?

 この場所にずっといるわけにもいかないしね。

 

 外はどうなっているだろうか。

 カプラーさん達は洗脳から解かれた大統領と会って、事態の収拾を始めているだろう。

 街に潜んでいるボット戦士を全て倒して、洗脳装置を全て破壊すれば僕達の勝ちだ。

 失われてしまった地上へのワープポイントも、きっとボット戦士達を倒せば復活するに決まっている。

 神力遮断スキルか何かで、ワープポイントを消しているのだろう。

 

 僕も外に戻ってみんなと一緒に動こう。

 僕だけこの部屋でずっと待っていてもどうしようもないしね。

 そう思って、来た道を引き返そうとした。

 すぐ目の前にあるワープポイントに入って戻ろうとした。

 

 そのワープポイントから男女が出てきた。

 どちらも赤い髪をしている。

 

 女性はプーさんだ。

 美しい真紅の髪をなびかせながら、その姿はハイウィザードの姿だった。

 

 もう1人の男性もプーさんと同じ赤い髪をしていた。

 姿からアサシンのように見える。

 

「やぁ」

 

 レイヤンさんだ。

 いつもはターバンと外套で容姿を隠していたので、髪がプーさんと同じ赤だとは知らなかった。

 

「ついに見つけた。これでビルド様の計画が一気に進むな」

 

「計画?」

 

 ユミルの心臓を嬉々として見つめるレイヤンさん。

 満面の笑顔を僕に向ける。

 

「グライア君のおかげで、こうして我々はユミルの心臓を手に入れることができた。

 本当にありがとう。

 君が何者なのか、興味は尽きないが、今はそれよりもユミルの心臓を持ち帰るのが先だ」

 

「これだけ巨大なものをどうやって持ち帰るのですか?

 それに、僕がそれを許すとでも?」

 

 即座に宝剣スキルを発動。

 新たなスキル「錬気功」で一気に5個の気も貯める。

 

「さらに多くの力を手に入れたのかい?

 グラストヘイムでフレイの心臓を手に入れただけでなく、さらに別の神なる心臓を手に入れたのか?

 はっ! まさかユミルの心臓を……いや、それはないか。

 現にこうしてジュノーは浮いているわけだし、君がユミルの心臓までその身に宿したわけではないか」

 

 レイヤンさんの隣でプーさんは黙ったまま、じっと僕を見つめている。

 その表情はどこか寂しげだ。

 

「いずれにしても、グライア君にも我が国に来てもらうことになるんだがね。

 君の体内からフレイの心臓を取り出さないと」

 

「神なる心臓を集めて何をするつもりなんですか?」

 

「気になるかい?

 でもどうせ君は死ぬんだ。知る必要はないよ」

 

 レイヤンさんはかなりの実力者のはずだ。

 それにプーさんもいる。

 この2人を相手にすれば、僕も無傷ではいられないだろう。

 

 でも逃げることだけを考えれば、問題なく逃げられると思う。

 現に、錬気功で僕に気を貯めさせた時点で僕の勝ちだ。

 残影でワープポイントの中に入ってしまえば、もう僕に追いつくことは不可能なのだから。

 レイヤンさん達は残影を知らないのだから、対処できなくて当然だけど。

 

 これだけ巨大なユミルの心臓をすぐに持ち出すのは不可能だ。

 カプラーさん達と連絡を取って……。

 いや、ここはどうにかして、もう少し情報を引き出せないか。

 

「レイヤンさん達の国が困っていて、僕に出来ることがあるなら力になれるかもしれないじゃないですか。

 そもそもレイヤンさん達の国ってどこの国なんですか?」

 

「アルナベルツ教国さ」

 

 アルナベルツ教国。

 ボット帝国と交戦状態になっているはずだ。

 レイヤンさんとプーさんは、アルナベルツ教国の人だったのか。

 

 いや、まだプーさんがそうだと決まったわけじゃない……なんて思うのは甘い考えだろうな。

 

 レイヤンさんとプーさんだけじゃないだろう。

 タンデリオンそのものが、アルナベルツ教国に属していると考えた方がよさそうだ。

 

「グライア君のせっかくの申し出だが、君が我が国に出来ることなんて何もない。

 いや何もして欲しくない。

 君の身に宿っているフレイの心臓を差し出すことこそが、我が国のために出来る唯一のことさ」

 

「そうですか。

 それは残念です。でも僕もちょっとやらなくてはいけないことがありまして……ここで捕まるわけにはいきません」

 

 どうする、逃げるか?

 今の僕ならこの2人を相手して勝てるかもしれない。

 できればプーさんとは戦いたくないけど。

 

「私達と戦うというわけか。

 なるほど、今の君なら私達2人を相手しても、十分に戦って勝利を得ることができるかもしれない。

 なぁプー?」

 

 レイヤンさんが不敵な笑みを浮かべてプーさんを見つめる。

 僕も視線をプーさんに向ける。

 

 プーさんは下を向いて微かに震えている。

 

「おいプー……聞いているのか!? さっさと発動しろ!」

 


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