幸運なノービス物語   作:うぼのき

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第38話 ワープポタール

 戦いは終わった。

 ルーンミッドガッズ王国の完全勝利で幕を閉じた。

 でも僕達にとってそれは、完全勝利とは言い難かった。

 

 グリームさんの師匠さんが死んだ。

 相手はかつてルーンミッドガッズにその名を轟かせたアサシン、ガイル。

 師匠さんとは兄弟弟子の間柄だったそうだ。

 

 グリームさんは最上階の洗脳装置が爆発した時に姿を消してしまった。

 どれほど心を痛めていることか。

 どんな言葉をかければいいのか分からないけど、それでも会って慰めて励ましてあげたい。

 一緒に泣くことぐらいしかできないけど。

 

 

 ウィンザーとの戦いが終わり時計塔の出口へと向かっていると、地下1階でナディアさん達がダンデリオンの人達まで連れて大勢で走ってきた。

 僕を見つけると、みんなの緊張が一気に解けたのか、ナディアさんは大泣きしちゃうし、ティアさんは僕に密着して離れないしと大変だった。

 細かな説明は省いて、とにかくウィンザーを退けて装置は破壊したことをカプラーさんに報告して、みんなで外に出た。

 アルデバランに残ったボット戦士を1時間ほど探し回ったところで、僕達はカプラ本社に向かった。

 

 洗脳装置の破壊(自爆)により、カプラ本社の人達も正常に戻っていた。

 カプラ嬢のダブリューさんも無事で、ディフォルテーさんがダブリューさんを抱きしめて泣いて喜んだ。

 

 そしてアルデバランを奪還して5日が経過した。

 カプラーさん達は戦後処理で忙しく働いていた。

 僕も雑用ぐらいならできるけど、何かしようとすると逆にみんなの効率を落としてしまいそうだったし、みんなもゆっくり休んで下さいと言ってくれたので、この2日間はのんびりと過ごしていた。

 

 5日が経過してみんなが落ち着いたところで、会議室のような場所に主要なメンバーが集まると、カプラーさんから戦いの成果と被害状況が伝えられた。

 ルーンミッドガッズ王国の戦死者は40人に及んだ。

 重傷者は100人近い。

 ダンデリオンに戦死者はでなかった。重傷者といえる者もおらず、軽傷者が数名出ているぐらいだ。

 

 国はすぐにシュバルツバルド共和国及びボット帝国の情報を探るべく、偵察要員を派遣して情報収集を始めているそうだ。

 そのため、ここアルデバランがしばらくは前線基地となる。

 

 ナディアさんがアルナベルツ教国の情報も探るべきだと進言したが、アルナベルツ教国は遠く、ボット帝国の本拠地と思われる街の近くを通過しないといけないため、今はそこまで手を回すことはできないと言われた。

 

 いずれはアルナベルツ教国の情報も探るし、シュバルツバルド共和国とボット帝国の情報を探る中で、アルナベルツ教国の情報も入ってくるので焦る必要はない、というのがカプラーさんの考えだ。

 今はとにかくシュバルツバルド共和国の首都ジュノーの情報が最優先だ。

 

 ジュノーは間違いなくボット帝国の手に落ちている。

 問題はボット帝国がジュノーで何をしているかだ。

 

 ウィンザーの言葉を思い出すのなら、ジュノーで何かを探している。

 そしてそれは、ジュノーを浮かしている動力源とも言っていた。

 シュバルツバルド共和国の首都ジュノーは、天空に浮かぶ空飛ぶ都市である。

 巨大な都市を天空に浮かべさせているのは、神の奇跡の力と言われている。

 その神の力の源をボット帝国は探しているはずだ。

 

「ジュノーを浮かしている動力源ですか……」

 

 カプラーさんは何か心当たりがあるのか考え込むと、

 

「これは私も噂話として聞いたものなのですが……“ユミルの力”がジュノーを浮かしているという話があります」

 

 ユミル!?

 プーさんが言っていた「ユミルの書」がジュノーを浮かしているのか!?

 

「ユミルとはかつて存在した神々の中でも“原初神”と呼ばれる巨人の神です。その神の力がジュノーにはあると言われているのです」

 

「ユミルの書という書物がジュノーにあると聞いたことがあるのですが、それではないのですか?」

 

「おお、グライア様は博識ですね。ジュノーの図書館には“ユミルの書”と呼ばれる書物が確かにあります。ですがあれは神話が書かれたただの書物です。あれがジュノーを浮かしているユミルの力ではないでしょう」

 

 違うのか。

 プーさんもユミルの書は「上位職」を得るために必要なものだと言っていたっけ。

 僕が読めばノービスの上位職になれるのか? それってスーパーノービスのこと?

 

「グライア様達が聞いたウィンザーさ……ウィンザーの言葉通りなら、ボット帝国もジュノーを浮かしているユミルの力をまだ見つけていないということになります」

 

「ちょっと待て。ウィンザーとボルセブは、間違いなくグライアの宝剣スキルを見て態度を変えていた。ボット帝国がルーンミッドガッズ王国内で探していたのは、グライアの宝剣スキルってことになる。それとジュノーのユミルの力は何か関係するのか?」

 

 

 ホルグレンさんの言葉に沈黙が流れ、みんなの視線が僕に突き刺さる。

 ウィンザー達が探していたもの、それは僕の宝剣スキル。

 そしてこの宝剣スキルは筋肉鎧を倒した時に得られたものだ。

 そう考えると、最終的には筋肉鎧を探していたってことになる。

 ボット帝国はグラストヘイム騎士団1階の隠し通路の存在を知らなかったのだろう。

 

「グライア様の宝剣スキルが、ボット帝国の狙いと関係していることは間違いないでしょう」

 

「国にそのことは?」

 

「報告する予定はありません。国が知ったところで、話がややこしくなるだけです。グライア様のことも、宝剣スキルのことも、私達だけが知ることになります」

 

 ほっと安堵した。

 国に連行されるよりも、カプラーさん達と一緒の方がいいからね。

 

「問題は今後グライア様をどうするかですね」

 

 え? 僕をどうするの?

 

「正直申し上げますよ、ウィンザーを独りで退けたグライア様は戦力として考えたいのですが、相手の狙いがグライア様の宝剣スキルとなれば、グライア様を簡単に戦場に送っていいものかどうか」

 

「大人しくどこかに身を潜めているのがいいだろうな」

 

「え!?」

 

 正確には独りでウィンザーを退けたわけじゃないけど、プーさんのことを内緒にする以上は自分独りでウィンザーを退けたことになる。

 時計塔最下層のクレーターも宝剣スキルでやりました、と報告しちゃってるしね。

 しかし僕が身を潜めるなんて展開になるとは思っていなかった。

 

「僕がどこに隠れていようと、ウィンザーは必ずきます。あいつとはいずれ決着をつけなくてはいけないんです。だから隠れるよりも、戦場に出て少しでも戦いの経験を積みたいんです」

 

「お気持ちは分かります。何よりグライア様に戦って欲しいと願ったのは私達でもあります。ですが、ボット帝国が探しているものと、それによる本当の狙いが何か分からない以上は、迂闊な行動はできません。

 グライア様を隠すことで世界が救われる、という可能性があるなら、グライア様にはぜひとも隠れて頂きたいのです。

 勝手な都合で申し訳ありませんが……」

 

「ウィンザーに勝つための鍛錬なら、戦場に出なくとも積むことはできるだろ。

 お前の強さなら神力範囲外での狩りも問題ない。

 隠れるからといって、何も狩りをするなと言っているわけじゃない」

 

 カプラーさんとホルグレンさんの意見は一致してしまっているようだ。

 僕を戦場から遠ざける気だな。

 

「私も、グライア君はアルデバランから戻るべきだと思う」

 

「ナディアさんまで!?」

 

「私もそう思うわ」

 

「アイリスさん……」

 

「私も社長の考えに賛成です」「わ、私も……」

 

 グラリスさんが眼鏡をくいっ! と上げ、ソリンさんは若干俯きながらカプラーさんに同調する。

 そして次々とみんながカプラーさんの意見に同調していった。

 唯一、ティアさんだけが無言のままだった。

 

「本当に申し訳ありません。

 グライア様には護衛のカプラ嬢を付けさせて頂き、プロンテラに戻って頂くということでよろしいでしょうか?」

 

 ここで僕が嫌だと言ったところでどうにもならない。

 カプラ社と秘密の羽の支援を受けながら活動していたわけで、その支援無しに僕が勝手に戦っても仕方ない。

 プロンテラに戻って、幸運ドロップ率を使った狩りでカプラーさん達に貴重なアイテムやカードを供給する方がいいのだろうか。

 それも十分に大事な役割だし、みんなのためになることだと思う。

 

 でも、

 

「わ、わかりました……戻った後もみんなの役に立つアイテムやカードを送れるように、鍛錬を兼ねた狩りを頑張ります」

 

「ありがとうございます」

 

 カプラーさんが柔らかい笑みを向けてくれるも、僕の心はもやもやしたままだ。

 我儘を言うことができず、僕はアルデバランからプロンテラに戻ることになった。

 

 カプラ本社を出た僕は、泊まっている宿の部屋に戻り荷物を纏めることにした。

 ただプロンテラに戻るのだから、プーさんに挨拶しておこうと思い手紙スキルで会えませんか? と送ってみた。

 すると、「時計塔最下層で待ってるね」と返事がきた。

 

 時計塔にはすでにモンスターが戻ってきている。

 そのため最下層に行くのはまぁまぁ大変だけど、今の僕なら問題ない。

 それに1人だからハエの羽も使えるしね。

 

 小1時間ほどで最下層に到着した。

 プーさんはクレーターの場所で待っていた。周りにモンスターがいないけど、プーさんがきっと倒したのだろう。

 綺麗な真紅の髪をいじりながら、笑顔で僕に手を振ってくれた。

 

「お待たせしました」

 

「女性を待たせるなんて、グラちゃんは罪な男だね~」

 

 いつだったか、こんなやりとりをしたような気が……あれ? どこでだっけ?

 

「待たせてしまったからには、お詫びをしないといけませんよね。

 プーさんがプロンテラに戻ったら僕の奢りで何か美味しいものでも食べにいくとかどうですか?」

 

「う~ん、とっても素敵なお詫びだけど、その時間があるかな~」

 

「そうですよね……プーさん達はまだこれからも戦いが続きますしね」

 

「グラちゃんはプロンテラに戻るの?」

 

「はい。実は、ウィンザーとの戦いの時に僕が使っていた宝剣スキルなんですけど、あのスキルをウィンザー達はルーンミッドガッズ王国で探していたようなんです。

 だから僕をボット帝国から遠ざける……という判断になっちゃいました」

 

「グラちゃんの宝剣スキルをね~」

 

 宝剣スキルはダンデリオンの人達にも秘密にするはずだったけど、ウィンザーとの戦いでプーさんには見せてしまった。

 あの状況で宝剣スキルを秘密にすることなんて無理。

 最後はその宝剣スキルとプーさんの魔力が融合してウィンザーを退けたわけだし。

 

「グラちゃんがどこに隠れても、きっとボット帝国は見つけちゃうと思うな。

 ま~それはプーちゃんも同じだけどね。

 グラちゃんがどこにいても、プーちゃんには分かるから」

 

「あはは。プーさんにならいつでも見つかりたいですよ」

 

 光りの粒子が集まりモンスターが現れる。

 すぐに宝剣が飛んでいってモンスターを斬り倒す。

 

「いつボット帝国に襲われても大丈夫なように、プロンテラに戻っても鍛錬を続けます」

 

「うん、それがいいね~」

 

 プーさんは僕に近づいてくると、すっと当たり前のように抱きついてきた。

 柔らかい身体からは良い匂いがした。

 

「しばらくのお別れだね~」

 

「はい……プーさんに会えないのは寂しいですね」

 

「私も……」

 

 

 僕達の影はしばらくの間、重なり合った。

 

 

 

 

 

 

 荷物を纏めて部屋でぼ~っとしていると、その日の夕方前にカプラーさんとティアさんが僕の部屋にやってきた。

 ティアさんのワープポタールでプロンテラに送ってくれるのか。

 他のみんなは忙しいし見送りはいりません、と僕から伝えておいたので、荷物を纏めている時に挨拶を済ませてある。

 

「グライア様、本当に申し訳ありません。

 プロンテラに戻りましたら今日はゆっくりして下さい。

 明日の朝、カプラ社に行って頂ければ護衛のカプラ嬢が待っておりますので」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「……ワープポタール出します」

 

「うん。ティアさん無理しないでね……はぐっ!」

 

 ティアさんが抱きついてきた。

 力強く僕を抱きしめるティアさん。

 ちょっと痛いです。

 

「私が主の敵を全て抹殺します。ですから主はどうぞ心安らかにプロンテラでお待ち下さい」

 

「あはは、ありがとう。ティアさんの役に立つようなカードをたくさん送るからね」

 

「できれば主の匂いがついたハンカチなども送って頂けると嬉しいです」

 

「う、うん……考えておくよ」

 

 僕から離れると、ちょっと涙声でティアさんは詠唱した。

 

「ワープポタール」

 

 地面に光り輝く渦。

 僕はカプラーさんとティアさんに笑顔を向けて、その渦の中に入っていった。

 

 

 

 次の瞬間にはプロンテラの教会に出た……はずだった。

 しかしそこは見知らぬ場所。

 どこだここは?

 

「ティアさん出すワープポタール間違えた? でもプロンテラ以外の教会でもなさそうだな」

 

 ワープした先は、今にも朽ちて崩れそうな教会だったのだ。

 ひび割れたステンドグラス。

 ほこりと蜘蛛の巣だらけの椅子と壁。

 そして上半身が崩れ落ちている神の彫刻。

 

 人の気配はない。

 モンスターの気配もない。

 ただの寂れた教会だ。

 

 何もない教会を出ると、そこは見たこともない場所だった。

 どこかの島のようだが、島全体が1つの建物ようにも見える。

 夕方前ですでに日は暮れ始めていた。

 

 そしてモンスターの姿も見える。

 何やら色とりどりの電流? プラズマ? と言えばいいのか、見たことのないプラズマモンスターが漂っている。

 その先にワープポイントが微かに見えた。

 

「あそこに向かうしかなさそうだけど……」

 

 こうして突然の転移を味わうのは2度目だ。

 1度目はこの世界に来た時だ。

 つまり、

 

「この先で待っているのかな……オーディン」

 


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