幸運なノービス物語   作:うぼのき

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第36話 彗星

「重力魔法か」

 

 プーさんのグラビテーションフィールドをもらってもウィンザーは平然と立っていた。

 どうしてここにいるのか、そしてどこからやってきたのか分からないけど、プーさんの登場でみんなが逃げる時間を稼げたのはありがたい。

 でもプーさんも逃げないと。こいつはプーさんでも無理だ。

 

「改造人間には重力も関係ないのかな~」

 

「なかなか効いているよ。お前は確か……教皇の犬、いや猫か」

 

「プーちゃんだよ~」

 

「俺達がジュノーを攻めた時にユミルの書を読んでいたウィザードだな。転生の儀式の最中に殺しておきたかったが、そのままどこかへワープしたのはワルキューレの計らいか」

 

「そうかもね~。あのワープはプーちゃんにとっても想定外だったから」

 

「まあどうでもいい。お前もここで殺す」

 

 ウィンザーの姿が再びぶれて、今度は4重に見えた。

 プーさんの真後ろにワープしたかのように現れたウィンザーだが、プーさんが背後にファイアーウォールを3枚展開していたため、ノックバックと共に弾き出される。

 

「アイスウォール」

 

「マグナムブレイク」

 

 ウィンザーとの間に氷の壁を展開するも、マグナムブレイクにより一瞬で氷の壁は融けて消えてしまう。

 

「バッシュ!」

 

「セイフティウォール! ユピテルサンダー!!」

 

 ユピテルサンダーで後方に飛ばされたウィンザーに向かって、僕も2本の剣を宝剣スキルで飛ばした。

 

「プーさん逃げて! こいつは危険です!」

 

「強いね~。でもいずれ倒さなくちゃいけない敵だから~ここで逃げても仕方ないのよ」

 

 ウィンザーは2本の宝剣を掻い潜り僕らに近づくと、両手剣を床に突き刺す。

 衝撃破だ。

 

「グラビテーションシールド!」

 

 僕とプーさんの前に、歪んだ空間が盾のように現れる。

 ウィンザーが放つ衝撃破は、四方に流れるように散っていった。

 重力の盾か。

 

 

 キュイイイイン!!!

 

 

 ツーハンドクイッケンの音だ!

 衝撃破の爆風と歪んだ空間を切り裂くように、黄金のオーラを纏ったウィンザーが突っ込んできた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!」

 

 その斬撃は僕の目では追うことすら出来ないほどの速度だった。

 圧倒的な速度で繰り出される両手剣の斬撃。

 しかしプーさんはそれに反応していく。

 

「セイフティウォール! ファイアーウォール! アイスウォール! クァグマイア! アイスウォール! マジッククラッシャー!」

 

 神速の斬撃と、神速の詠唱。

 プーさんはセイフティウォールと移動妨害魔法でウィンザーの動きを抑えている。

 すごい……凄すぎる。

 

 神技を繰り出す2人に僕は遠く及ばないだろう。

 それでも、例え飛び回る蚊のように振り払われる存在でしかなくとも、ウィンザーに一撃入れてみせる!

 

 再びウィンザーに向かって駆けだした。

 2本の宝剣も飛ばす。

 

「ははっ! いいぞ! もっとこい!」

 

 ウィンザーは僕達2人を相手にして、心の底から嬉しそうに笑っている。

 強い奴と戦う、それこそがこいつの存在意義なのだろう。

 

「2人ともついてこいよ? 本気でいくぞ!」

 

 キュィィィィィィィィィン!!

 

 ツーハンドクイッケンの音が再び響いた。

 黄金のオーラが、白銀のオーラへと変わる。

 な、なんだれこれ? ツーハンドクイッケンなのか!?

 

「限界を超えたスキル……本当に人ではないのですね」

 

「はっはっは! 神から制御されなければ、人を超えればこうなれるのだよ!

 教皇の猫よ! いつまでお前は神にすがるのだ? いつまで神に管理されるつもりなのだ!?」

 

「……神が創りし螺旋の中から人を救うのはお前達ではないわ」

 

「教皇が導くとでもいうのか!? フレイヤの操り人形が!」

 

 僕にはウィンザーの動きがぶれる動作すら確認できなかった。

 気付いた時には、ウィンザーの両手剣がプーさんの胸を貫いていた。

 

「ああ……あああああ!」

 

 宝剣をウィンザーに飛ばすも、見ることのできない斬撃に弾かれる。

 

「マジッククラッシャー!」

 

 プーさんの声が響いた。

 胸を貫かれたはずのプーさんは、何事も無かったように超至近距離からウィンザーにマジッククラッシャーをぶち込んだ。

 

「エナジーコートか」

 

「貫いたのは残像ですよ~」

 

「しかし俺の動きを追えていたわけではないだろう」

 

「それはどうかしら~。メテオストーム!!」

 

 炎を纏った隕石がウィンザーに降り注ぐ。

 その隕石をウィンザーはいとも簡単に真っ二つに斬り捨てると、また消えるように移動して……。

 

「ぐおっ!」

 

 プーさんの後ろに現れたウィンザーだったが、地面から巻き上がる炎にふき飛ばされる。

 

「ファイアーピラーか!」

 

 いつの間にか、地面のあちこちに淡く輝く罠が張り巡らされていた。

 これだけのファイアーピラーをいつの間に置いていたんだ!?

 

「はぁはぁ……ストームガスト!」

 

 ウィンザーを白い世界が包んでいく。しかしお構いなしに、ウィンザーはプーさんに突っ込んだ。地面に置かれたファイアーピラーの全てを踏みながら。

 

「くっ!」

 

 ガキン! と逃げ切れないプーさんを宝剣が守った。

 2本ともプーさんを守るように指示しておいたのだ。

 僕は後ろからウィンザーに斬りかかるが、またも消えるようにウィンザーの姿を見失ってしまう。

 どうやら後方に距離を取ったらしい。

 

「はぁはぁ……ちょっと疲れるわね~」

 

「プーさん逃げましょう!」

 

「グラちゃん、さっきあいつに向かってすんごい数の短剣を飛ばしていたでしょ? あれもう1回できる?」

 

 地面に転がる50本のスティレット。

 もう1度宝剣スキルで制御することは可能だろうけど、ウィンザーにはまったく効かなかった。

 

「できますけど、でも!」

 

「プーちゃんが支えてあげる。グラちゃんに足りないものをプーちゃんが支えてあげるから」

 

 プーさんは僕の背中に抱きついてきた。

 柔らかい感触が背中に広がるも、今はそんなことしている場合じゃ!

 

「大丈夫よ。私達ならできるわ。私達だからこそできるわ」

 

 プーさんの柔らかい身体から、僕の中に何かが流れ込んでくる。

 魔力?

 とても温かくて、とても優しくて、とても力強い何かが流れ込んでくる。

 

「奥の手か?」

 

 ウィンザーは僕達の様子を楽しそうに見ている。

 何をしてくれるのか楽しみで仕方がないといった感じだ。

 

「プーさん……いきます。」

 

「う、うん。一緒に……2人で……」

 

 地面に転がる50本のスティレットに宝剣スキルを発動する。

 再び宙に浮かんだスティレットを制御すると、僕に流れてくる何かが宝剣スキルに干渉した。

 

「うおおおおお!」

 

 その温かく優しく力強いものが、僕に力を与えてくれる。

 50本のスティレット1本1本に己の意識が宿っていく。

 

「さっきと何か違うのか?」

 

 ウィンザーは一度見た技に興味を失ったような声をもらす。

 

「何が違うのか……お前の身体で確かめろよ!」

 

 50本のスティレットが複雑な軌道を描きながらも、ウィンザーを中心に嵐を巻きあげた。

 50本のスティレットが高速で回り、刃の中にウィンザーを閉じ込める。

 まだ斬りかかっていない。スティレットはウィンザーを取り囲んでいるだけだ。

 

「これで閉じ込めたつもりか?」

 

 自らの周りを回るスティレットを眺めるウィンザーは余裕の表情だ。

 この後の僕達の攻撃を受けても同じように余裕でいられるかな?

 

 プーさんの柔らかな身体から流れてくる魔力。

 同時に僕の魔力もプーさんに流れていくのが分かる。

 混ざり合う2つの魔力はやがて1つの大きな力となる。

 

 プーさんは僕の背中に抱きついて何とか立っている状態だろう。

 胸に回された両手には力が入り、背中に全体重を預けてきている。

 

 次はない。

 全てをこの一撃に!

 

 50本のスティレットが光り輝く。

 僕とプーさんの力が注ぎ込まれたスティレットが一斉に動きを止め、その刃をウィンザーに向ける。

 

 自然とその言霊が頭の中に浮かんできた。

 そして僕とプーさんは同時に詠唱した。

 

 

「「コメット!」」

 

 

 50本のスティレットが彗星の如く、ウィンザーに向かって解き放たれる。

 圧倒的な力の奔流に押されて、僕達も吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐっ……プーさん!」

 

 咄嗟にプーさんの手を掴む。

 その姿はハイウィザードとはまた違った姿になっていたが、吹き飛ばされている間にただのウィザードの姿に戻っていくのが見えた。

 

 30mほど吹き飛ばされただろうか。

 顔を上げると、ウィンザーのいた場所はクレーターのように地面がくり抜かれた状態になっていた。

 横で倒れているプーさんは動かない。意識を失っているようだ。

 

「プ、プーさん……」

 

 よろける身体にどうにか力を入れて手を伸ばす。

 女性らしい細い肩に手が触れた時だ。

 

 

「い、今のは危なかったぞ……」

 

 

 見たくない手がクレーターの底から這い上がってきた。

 あれをくらって生きているのか。

 かなりのダメージを負ったようだが、クレーターから這い上がってきたウィンザーは立ち上がると、確かな足取りで歩き始める。

 手に両手剣を握りしめながら。

 

「はぁはぁ……いまのスキルはなんだ? お前達2人で唱えたように見えたが……まあいい。楽しませてもらった。その女は殺すつもりだったが、また今度の楽しみに取っておくことにする。再会の時まで鍛錬を怠るなよ」

 

 両手剣が光の粒子となって消える。

 どうやら見逃してくれるようだ。

 僕はプーさんを優しく抱きしめた。

 

「俺だ。自力での転送が不可能な状態だ。本部に戻してくれ」

 

 ウィンザーは懐から取り出した小さなガラス玉のようなものに話しかけている。

 通信機か?

 

「ふぅ、それでは……いや、待て。お前の名前は? 俺の名前がウィンザーだということは分かっているだろう。お前の名前も教えろ」

 

「グライア、僕の名前はグライアだ」

 

「グライア……印はつけた。お前がどこにいようと俺には分かる。また会おう」

 

 ウィンザーの身体が蜃気楼のように揺れ始める。

 表情を伺うことはできないが、僕は消え行くウィンザーを睨み付けてその姿を目に焼き付けた。

 こいつは、絶対に僕が倒す!

 

 

♦♦♦

 

 

 ウィンザーが消えたことで、消費アイテムが使用できるようになった。

僕はプーさんを膝枕すると、口の中に「ユグドラシルの実」を入れて噛み潰す。

 そしてその実をプーさんの口の中に、口移しで入れると飲み込ませていった。

 

 新人研修の時にプーさんが毒を受けた僕に緑ハーブを飲ませてくれたのと同じように、僕はユグドラシルの実をプーさんに飲ませていった。

 プーさんの舌はユグドラシルの実を求めて、僕の口の中にまで入ってくる。

 しばらくそうしてプーさんを介抱していたのだが、そのうち異変に気付く。

 

 

 僕の口の中に入ってくるプーさんの舌がやけにエロティックに動き始めた。

 

 

 僕は一度プーさんの口から顔を上げると、ユグドラシルの実を噛み潰しながらプーさんの表情をじっと見た。

 何か笑っている。

 これ完全に起きてますね? だってユグドラシルの実だもん。ちょっと食べたら全快のはずだもん!

 

 ユグドラシルの実を噛み潰すも、いつまで経ってもプーさんの口にそれが入ることはない。僕は顔を上げた状態でじっとプーさんを見つめているのだから。

 やがて、痺れを切らしたプーさんの片目が薄っすらと開いた。

 そしてすぐに閉じた。

 いやいや、見えてますから。片目が開いたの見えてますから!

 

「プーさん見えましたよ」

 

 そう言っても起きる気配を見せないプーさん。

 どうやら狸根入りを決めたらしい。

 

 目覚めることのない眠りに捕われたお姫様をキスで救うなんていうのは、こっちの世界でも憧れのシチュエーションなんだろうか?

 

 プーさんには何度も命を救ってもらっているんだ。

 それで恩返しになるならと、都合の良い言い訳で自分を納得させて唇を重ねた。

 

 

「う~ん役得、役得~」

 

 たっぷりと僕のキスを堪能したプーさんは上機嫌で目を開けた。

 結局プーさんが満足するまで何度もキスをさせられることになった。

 純情な童貞の僕を弄ぶとは!

 

 ユグドラシルの実で回復しても、体力や疲れが完全に癒されるわけではない。

 ナディアさん達はどうなったのか、ティアさんの傷は大丈夫か、最上階に向かったカプラーさん達は無事に装置を破壊することができたのか。

 いろいろ知りたいことはあるが、今は動く気になれない。

 プーさんも同じなのか、僕の膝枕から動く気配はない。

 そっとプーさんの綺麗な紅い髪を指でとくように撫でた。

 

「う~ん、気持ちいい~。頭も撫でてくれるともっと嬉しいな~」

 

「はいはい」

 

 子供のように甘えてくる。

 プーさんに甘えられると、なぜかとても嬉しい。

 

「最後の魔法……あれって何だったんですか?」

 

「グラちゃんとプーちゃんの愛の力ってところかな」

 

「なるほど」

 

「あれ? 納得しちゃうんだ~」

 

「納得できちゃうほど、すごかったですから」

 

「あはは。確かにね~」

 

 静寂の中、壮絶な戦いの跡を見つめながら、僕とプーさんは2人だけの穏やかな時間を少しだけ過ごした。

 

 

「プーちゃんは戻っておくね。またグラちゃんと一緒にいるところを見られると、いろいろ言われそうだから」

 

「はい。プーさんが助けてくれたことは言わない方がいいですか?」

 

「できれば内緒で~」

 

「分かりました」

 

 このクレーターを僕1人でやったことになるのか。

 カプラーさん納得してくれるかな?

 

「ありがとうございます」

 

「うふふ~。グラちゃんが危ない時はいつだってプーちゃんが助けてあげるからね」

 

「僕も、プーさんが危ない時はいつでも助けにいきますよ」

 

「ありがとう♪」

 

 

 蝶の羽を使ったプーさんは、光りの粒子となって消えていった。

 

 プーさんが戻るのを見届けた後、僕は何とか力が入るようになった身体を引きずって、時計塔の出口へと向かった。

 


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