予定より少し早めの再開となりました。
楽しんで頂ければ幸いです。
第33話 開戦
「これはすごい……」
そう言わずにはいられなかった。
見渡す限り、人、人、人、人。
その全員が戦士なのである。
格好は様々だ。
大抵の人は天職の衣装を着ているが、貴族はやはり高貴な鎧に身を包んでいた。
その中にカリス君の姿が見える。
僕達に気付いたカリス君は笑みを浮かべながら近づいてきた。
「やぁ、久しぶりだな。カプラサービスと一緒に後方支援だって? ま~それがいいと思うよ。せいぜい頑張って働いてくれ」
「ええ。皆さんが戦闘に集中できるように後方支援頑張ります」
「ナディアも賢明な判断だと思うよ。本当の砦戦前に君が傷ついてはいけないからね」
「ふん!」
カリス君は満足そうに部隊に戻っていった。
国が率いる部隊の1つを任されているらしい。
皮肉ではなく、本当に彼らにも活躍してもらいたいので応援している。
彼らが城門まで辿り着けることができなければ、僕達の……いや、僕の仕事が増えるのだから。
アルデバラン奪還作戦当日。
プロンテラで行われる偽りの砦戦の開始時刻に合わせて、アルデバランのフィールドに突入する。
姑息な陽動作戦なんぞいるか! と叫んでいた貴族の人達もいたそうだが、相手さんが勝手に勘違いするだけなのだからと、カプラーさんが上手く話を纏めたそうだ。
実際、この陽動がどれだけ意味を成すのかなんて誰にも分からないけどね。
国の部隊は正面から突入する。
僕達は後方支援となっているが、時計塔に突入する2つのPTはフィールドの左側から突入することになっている。
ダンデリオンの人達は右側から突入だ。
彼らはアルデバランに入れた際には、街中に潜んでいるボット戦士を倒すようお願いしている。
洗脳を解いた住民たちがボット戦士の攻撃対象とならないように。
ダンデリオンの人達とは国の部隊を間に距離が離れたので、宝剣スキルを使うこともできる。でも、出来れば時計塔の中に入るまで使いたくないので、国の部隊には是非とも城門まで辿り着いてもらいたい!
アルデバランのフィールド突入までもう時間がないのだが、1つだけ問題が。
グリームさんとお師匠さんがまだきていないのだ。
時計塔最上階を目指すカプラーさんのPTは、グリームさんとお師匠さんをかなり当てにしていたので、これはちょっと問題だ。
最悪、僕のPTから数名を異動させることに……。
「遅れてすんませ~ん!」
カプラーさんがPT編成を本当に悩み始めていた時、グリームさんの陽気な声が響いた。
その声にほっと安堵と共に柔らかい笑みをカプラーさんが浮かべる。
「よくきて下さいました」
「本当にすんません! 師匠が朝寝坊して……」
「クリーム! それは言わない約束だったろう!」
グリームさんをクリームと呼び間違えている人がお師匠さんだろう。
ゲフェンで一緒の部屋で泊まった時、師匠はいつまで経っても自分の名前を間違えるので、もうクリームで良いことにしたってぼやいていたからな。
お師匠さんは一見すると、ただのおじさんに見えた。
本当に強いのかな? と疑ってしまう。
事実、グリームさんはお師匠さんの強さを見誤ったそうだ。
一緒にダンジョンを回っていた時、逃げ惑うお師匠さんを見てまったく戦力にならないと思ったそうだが、グラストヘイム最下層では別人のような動きを見せてくれたらしい。
結局、僕やグリームさんではお師匠さんの“擬態”を見破れる観察力がないっていうことだ。
とにかく、これで役者は揃った。
あとは開始の合図を待つばかりだ。
国の部隊の総指揮を執るお偉いさんが、集まった人達を鼓舞しようと声を上げる。
そして空に向かって一斉に雄叫びを上げると、次々とワープポイントの中に突入していった。
その数およそ千人。
80を超えるフルPTが次々とアルデバランのフィールドに消えていった。
国の部隊の全PTがワープポイントに入ると、続いて僕達も入っていく。
カプラサービスの人達は本当に後方支援も担当している。
僕達以外の人達は国の部隊の後ろについていくのだ。
アルデバランのフィールドに入るとダンデリオンのPTがいた。
グラストヘイムで狩りをした時よりも、さらに大人数になっており3PTぐらいいるかな。
そしてプーさんの姿も見えた。
プーさんは僕の顔を見ると、笑顔で手を振ってきた。
僕も笑顔で手を振るけど、あまりグラリスさん達がいい顔しないのですぐに持ち場に向かった。
僕達は左。プーさん達は右なのだ。
「戦況は?」
「最初の橋にボット帝国はいなかったそうです。そのまま部隊は進行しており、城門前の橋に到着するまでもう10分もかからないと思われます」
「待っているならそこですね~。私達も急ぎましょうか」
僕達も最初の橋を渡ると、左側から迂回するようにアルデバランを目指す。
そんな僕の目に映るのは、泉を駆け抜けるボートの群れ。
このボート、カプラ社が用意したもので“ある物”を積んでいるのだ。
エンジンのようなものがついていて、泉を大回りしながら僕達と同じ場所に向かっている。このボートを守るために、わざわざこうして迂回しているのだ。
国の部隊が城門に辿り着けなかった時のためにある物を運んでいるのだが、僕としてはこれの出番がないことを祈る。
アルデバランまであと半分といった地点に差し掛かった時だ。
どうやらアルデバラン前の橋にボット戦士達が待ち構えていたらしく、国の部隊とボット戦士達が交戦状態に入ったとの情報が入ってきた。
橋を突破できなければ、泉の中を泳いで渡ることになるのだが、水の中に入れば動きが鈍るのでなるべく橋は占領してしまいたい。
ダンデリオンの人達には万が一のためにボートを渡してあるので、ボートがおいつけばそれに乗って一気に泉を渡ってしまうことはできるだろう。
そのために彼らもわざわざ右に迂回しながら進んでいる。
そしてそれは僕達も同じことだけど、僕達のボートには秘密兵器が積んであるのだ。
「今のところ戦況は五分五分だそうです。
どうもボット戦士の中に住民が紛れていることはないそうです。
その方がこちらも安心して戦えるので好都合ですね」
半年以上前に行われたアルデバラン奪還作戦の時には、ボット戦士に紛れてアルデバランの住民達が洗脳された状態で戦いに参加していた。
しかし、今回の戦いに住民の姿は見られない。
カプラーさんは安心して戦えるから好都合なんて言ったけど、それって住民を戦いに参加させる必要がないほど、ボット戦士の数が増えたってことじゃないのか?
国の部隊より左に迂回しながら進み、遅れること15分。
僕達も戦場となっている橋の入り口が見えてきた。
「ちょっと旗色悪くないですか?」
僕の目にはそう映った。
橋を埋め尽くすボット戦士達。その後ろからは大魔法が降り注いでいる。
国の部隊も魔法と弓で応戦しているけど、橋の中に突入できていない。
泉を泳いで渡ろうとする者達も見受けられる。
しかし、ボット戦士達の数も十分なようで左右に戦線を伸ばして対応されてしまっている
ボット戦士達の統率が取れた動きに驚きだ。
もっと知能が低いモンスターのような行動しか取れないと思っていたから。
ボット戦士達を統率する強力な何かがアルデバランにあるのか?
「どうもさきほど、初めての戦死者が出てしまったようです」
ここは神力範囲外だ。
HPが0になれば、後ろに退いてプリーストからリザレクションをかけてもらい、HPを回復して戦線に復帰する。
それを繰り返そうにも、HP0になった瞬間に攻撃を受ければ身体は損傷して死に至ることだってある。
しかもこの世界の人達……ルーンミッドガッズ王国の人達は戦死に慣れていない。特に貴族や騎士達は。
神力範囲内では死ぬことなく戦うことが出来る。それが当たり前だったのだから。
「さて、これでは膠着状態が続いてしまいますので……グライア様」
呼ばれてしまった。
「は、はい」
「特訓の成果、見せて頂いてもよろしいでしょうか」
やっぱりこうなったか。
そしてタイミングを計ったように、ボートが僕達の場所に追いついてきた。
「敵です」
ナディアさんの冷静な声が響く。
ボートに引き寄せられたのか、ボット戦士達がボートを警戒して向こう岸に集まっていた。
その数8人。
「とりあえずあれを」
「わかりました」
僕はボートに積まれていた“ナイフ”に宝剣を発動。
その数……8本。
宝剣スキルは2本の剣まで……と思っていたのだが、プロンテラに戻ってきて宝剣スキルを研究していったところ、そうではなかった。
2本までなら自動で勝手に戦ってくれる。
3本以上に発動するなら、それを僕の精神集中力で制御しなくてはいけない。
宝剣スキルを覚えた当初はこの制御が分からず、3本目以降に宝剣スキルを使うことができなかったが、今では可能となっている。
もちろん、数が増えれば増えるほど、制御が難しくなって複雑な動きをすることはできない。
数が多くなれば、“真っ直ぐ飛ばす”だけとなってしまう。
ボートに積まれていたナイフはただのナイフではない。
その短い刃には、簡単には切れない丈夫な紐で瓶が吊るされている。
その瓶の中身は「ファイヤーボトル」と「アシッドボトル」と呼ばれる特殊な液体が入っている。
ファイヤーボトルは瓶が割れれば、その中の液体が急激に燃焼して火柱を発生させる。
アシッドボトルは瓶の中身の液体が「硫酸」のようなもので、装備品を破壊したり、ダメージを与えることができる。
どちらもカプラーさんが用意したもので、製法に関しては秘密だそうだ。
宙に浮かぶ8本のナイフが真っ直ぐボット戦士達に向かって飛んでいく。
射程距離も20mではない。20mは2本の宝剣が勝手に戦ってくれる距離なのだ。
僕が制御することができれば、どれだけ離れたところまでも飛んでいってくれる。
ナイフがボット戦士達の真上付近まで飛んだところで、僕はナイフ同士を衝突させる。
狙いはナイフに吊るされている瓶の破壊。
ボット戦士達の頭の上に火柱や硫酸が襲いかかる。
「まぁまぁですね~」
カプラーさんが嬉しそうにその様子を見ながら、
「では本番いってみましょうか?」
ニコリと僕に笑顔を向けてさらっと言ってくれる。
まったく、これ本当に疲れるんですからね!
ボットに積まれたナイフは1000本。
正確にはいま8本使ったので992本だけど。
宝剣スキルの使用SPは1。
複数の剣に同時に宝剣スキルを発動すればSP消費1で可能なのだ。
本当に優秀なスキルだ。
優秀過ぎて、こんな無茶な作戦が立案されてしまうわけだけど。
「ふぅぅ……はぁぁぁぁぁ!」
ボートからゆらゆらと宙に浮かんでいくナイフ達。
命を与えられた剣が、泉の上に浮かびその姿を水面に映し出していく。
グリームさんとお師匠さんは僕の宝剣スキルを初めて見るので驚きの声を上げていた。
「グラっちすげ~な」
「これはいったい……」
水面に浮かぶナイフの数100。
真っ直ぐ飛ばすだけの制御、加えて僕が一切他の行動を取ることなく集中した場合の限界の数だ。
100本のナイフが橋に向かって飛んでいく。
その距離、およそ100mか。
「ぐ……」
今にも鼻血がふき出しそうだ。
精神を集中して感覚を研ぎ澄まし、橋の上でナイフを衝突させる。
後方から大魔法を唱えていたウィザードのボット戦士を狙った。
突然、頭の上から振ってきた火柱と硫酸に、大魔法が途切れる。
「次です」
カプラーさんの合図で宝剣スキルを解除。
そして再び100本のナイフを宙に浮かべる。
「ぐぉぉぉ……」
今度はボット戦士の前衛達の頭の上にナイフを飛ばし衝突させる。
突然の火柱と硫酸にボット戦士達の動きが止まる。
好機と見た国の部隊が一気に突撃を仕掛けた。
そこから後衛に向かって100本のナイフを飛ばし続ける。
大魔法や支援魔法が途切れることで、国の部隊が徐々に押し込み始めた。
「最後ですよ!」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
92本のナイフを浮かべると、後衛を狙って飛ばしていく。
詠唱に入っていたウィザードやプリースト達は、度重なる火柱と硫酸で詠唱が中断していく。
逆に国のウィザードの範囲魔法が、ボット戦士の後衛陣を襲った。
形勢は一気に傾く。
国の部隊が雪崩のようにボット戦士達の中に突撃していった。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
「お疲れ様です。大成功ですね」
カプラーさんの爽やかな笑顔がちょっとだけ憎らしく思えるも、状況は好転したのだ。
国はどうしてボット戦士達の動きが止まったり、大魔法が止んだのか理由は分からないだろう。
別に彼らに僕の成果を知って欲しいわけではないのでいいけど。
「橋を突破します!」
ディフォルテーさんが叫ぶ。
国の部隊がどうやら橋を突破してアルデバランの城門に向かっているようだ。
「急ぎましょう!」
僕達は橋を渡ると、閉ざされた城門に向かって突撃する国の部隊の後を追うことなく、左側の城壁に向かって走り出す。
城壁を上り内部に侵入するためにボートに積んでいたハシゴをホルグレンさんやマルダックさん達が運び出している。
しかし、当然ように城壁の上にはボット戦士が待ち構えている。
「グライア様! 頼みました!」
「はい!」
カプラーさん僕に頼り過ぎじゃない!?
僕はホルグレンさんが用意してくれたフランベルジュとサーベルに宝剣スキルを発動する。
「ディボーション!」
ソリンさんが僕にディボーションをかけてくれる。
僕が城壁の真下まで近づき、宝剣で城壁の上のボット戦士を倒す作戦だ。
しかし、予想以上に数が多い。
「クリーム!」
「あいさ!」
後ろからグリームさんとお師匠さんの声が聞こえたと思うと、グリームさんの両手にお師匠さんが足を乗せ、
「うおおおおおおおおおお!」
そのままお師匠さんを城壁の上に放り投げた!
10mを超える高さの城壁の上まで到達したお師匠さん。
姿は見えないけど、次々とボット戦士を倒しているに違いない。
たった数分で左側の城壁に集まっていたボット戦士の姿は見えなくなってしまったのだから。