グラストヘイムでの狩り最終日。
ナディアさんをリーダーとした僕達のPTは順調に狩りを続けていた。
僕以外の全員が本気で戦うPT。
うん、すごくいいです。
3日目、4日目の騎士団での狩りは、あくまでも僕がモンスターを倒すためにみんなが動いていたので、グラリスさん、ソリンさんもこうして本気で戦える方がストレスは少ないだろう。
そしてティアさんも……支援をローラさんに任せて、嬉々としてチェインをぶん回している。
ホルグレンさんを除けば、このPTでもっとも強い前衛はティアさんかもしれない。
マルダックさんもグラストヘイム初とは思えないほど思い切りよく動いている、
今朝話した通り、割り切って暴れているのが良い結果に繋がったようだ。
師匠のホルグレンさんも、マルダックさんを見る度に満足そうに笑っていた。
ホルグレンさんは強かった。
僕の想像を超えて強かった。クホルスマッシュ! とか叫んで斧を敵に叩きつけていたけど、あれは特にスキルではないようだ。
一撃がとてつもなく重くてモンスターがふっ飛ぶほどである。
でもモンスターの群れの中に飛び込んでカートをぶん回していると、ナディアさんやローラさんに怒られてちょっとしょんぼりしていた。
ちゃんと指示通り動いて下さい、と。
ローラさんとロドリゲスさんは夫婦だけあって息がピッタリだ。
ローラさんのサフラ(詠唱時間短縮)に合わせてロドリゲスさんが適切な魔法を唱えていく。ロドリゲスさんの魔法はプーさんには負けるけど十分な威力で頼りになる。
しかし一番驚いたのは、ナディアさんとアイリスさんだ。
この2人いつの間にこんなに仲良く? というか、連携を深めていたのか、目と目の合図だけでアイリスさんはナディアさんの意図を理解して動いている。
アイリスさんは弓だけじゃなく、罠も使う。
何の罠をどこに置くのかナディアさんに言われなくとも解って罠を置いていくのだ。
ナディアさんもアイリスさんの動きに満足、といった感じである。
ナディアさんもリーダーとして指揮する姿が凛々しく頼もしい。
もともとは砦戦に向けて指揮を勉強していたので、複数のPTに指示を出せないことが本人はちょっと物足りないらしい。
僕はナディアさんの指示に遅れないよう必死です。
宝剣スキルがあるから、と浮かれていた自分が恥ずかしい。
3日目、4日目の時はみんなが僕のために動いてくれていたので、好き勝手出来たけど、こうしてリーダーの指示に従って全体の中の個として動くのがいかに難しいか痛感している。
まず行進速度が全然違う。すごく速いのだ。
常に前に進みながらモンスターを倒している。一歩間違えたらトレイン状態(多数のモンスターを引っ張っていくこと)だけど、群がってくるモンスターをナディアさんの指示のもと次々と倒していく。
休みなく行進しながら、ナディアさんの指示に従って全体の流れに合わせて動く。
すごく難しいです。
第1PTと第2PTはこんな凄まじい狩りを二日間行っていたのか。
少人数PTで自分達だけ危険なんて思っていた自分の考えを反省しないとな。
「今日のナディアはすごいな。こんなに激しい指示を出すとは」
ホルグレンさんが嬉しそうにナディアさんに言った。
その言葉にナディアさんも笑顔で答える。
「はい。あれを見せられたら、私も興奮しちゃって」
「分かるよ。私もグライア君の宝剣には興奮してしまったからね」
ロドリゲスさんがナディアさんに同調する。
どうやら僕の宝剣スキルのせいで、こんな凄まじい狩りになっていたようだ。
確かに僕への指示がやたら多いとは思っていた。
筋力の加護も高くなった僕の攻撃力。しかもクリティカル連発である。
宝剣スキルで3人分の働きとなる僕は、馬車馬のように働いています。
だってナディアさんの指示に従うとそうなるんだもん!
「グライア君! 遅れているわよ!」
「は、はい!」
ナディアさんの厳しい指示に従いながら最終日の狩りは続いていった。
♦♦♦
「つ、疲れた……」
今日一日でげっそり痩せた気がする。
昼食の休み以外、ほとんど休みらしい休みも取らず延々と狩り続けた。
あんなに激しい狩りだったのに、プリーストのローラさんはにこにこ笑顔で支援を送り続けてくれた。
SP切れにならないのがすごい。青ポーション使っていたのかな?
狩りを終えた僕達はベースキャンプ地に戻ることにした。
カタコンベから修道院に入り、前方の角を曲がれば修道院の出口まであと少しという所に来た時だ。
突然ティアさんが何かを感じたのか「ルアフ」を唱えた。
すると、
「お?」
壁に隠れるように出口広場を覗いていた1人のアサシンがあぶり出された。
ハイディングで隠れていたようだけど、ティアさんはどうして分かったんだ?
「ティアっちなんで分かったの?」
しかも、隠れていたアサシンはグリームさんだったのだ。
「匂いです」
「え? 俺臭かったかな!? ちゃんと清掃スキル使ってるんだけどな……」
体臭でばれたことに落ち込むグリームさん。
匂いで感知できるなんてティアさんだけだと思うので、気にする必要はないと思う。
「こんなところで何をしているの?」
ナディアさんがやや険しい表情でグリームさんに聞いた。
グリームさんは既に抜けていると聞いているけど、元カリスさんのギルドに所属していたのだ。ナディアさんから見たらスパイの可能性を考えてしまうだろう。
「ちょいと師と一緒に最下層で狩りしていたんだ。
俺も師と一緒に蝶の羽で戻りたかったんだけど、お前は歩いて帰ってこいと言われちまってね。それで仕方なく最下層から戻ってきたわけよ」
「最下層? 君は最下層で狩りをしていたのか?」
ロドリゲスさんが驚いている。ローラさんも、そしてホルグレンさんもだ。
「ええ。師と一緒にですけどね」
久しぶりにあったグリームさんは、どこか大人びていた。
一皮むけたという感じだ。
何かあったのだろうか?
「お、グラっちも久しぶりだな。
何か雰囲気変わった?」
「いえ、何も変わっていませんよ。
グリームさんもお元気そうで何よりです。
グリームさんこそ雰囲気変わっていますよ。
なんていうか……かっこ良くなってます」
「お? 分かっちゃう?
ま~いろいろあってね」
「それで、ここで何をしていたんだ?」
マルダックさんが前に一歩出る。
「お~マルっち! ブラックスミスの格好が似合ってるね!」
「そいつはどうも。それで何度も言わせないで欲しいのだが、ここで何をしていたんだ?」
「ん? あ~いや別に。帰ろうと思って歩いていたら、何か喧嘩してる声が聞こえてきてさ。それでクローキングでこっそり覗いていただけだよ」
「趣味悪いわね」
「いや~それほどでも」
ナディアさんの言葉を軽く受け流すグリームさん。
本当に変わったと思う。
心に余裕があるというか、落ち着いているというか。
「その喧嘩している人達はまだこの先にいるのかい?」
「う~ん、もういないかな。俺達の声が聞こえているだろうから、さっさと出口に向かったと思いますよ」
「喧嘩していた人達はどんな人でした?」
何となく聞いてみた。
すると、
「ターバン巻いたアサシンと、赤い髪のウィザードが言い争っていたよ。
ターバンアサシンは知らない人だったけど、赤い髪のウィザードは……」
プーさんか。
「なんか“心臓”がうんちゃらかんちゃら、って言っていたな~」
「心臓……うぐっ!」
心臓という言葉に突然頭が痛くなる。
こめかみにズキンときたのだ。
なんだろう……何かとても大切な……大切な何かを忘れているような気がする。
「主? どうされました?」
ティアさんが心配してくれる。
「な、なんでもないよ。大丈夫です」
「ナディアの厳しい指揮で疲れたんだろ、はっはっは!」
ホルグレンさんの豪快の笑いが修道院に響き渡る。
するとモンスターが集まり始めた。
「ホルグレンさん……」
「す、すまん」
群がってきたモンスターを倒して僕達はグリームさんと一緒に外に出た。
グリームさんも一緒にベースキャンプ地に向かうことになった。
ベースキャンプを撤収して、みんなでゲフェンに戻る。
カプラーさんが宿を用意してくれていたので、今日はゲフェンで休み、プロンテラには明日戻る。
僕はツインの部屋でグリームさんと一緒になった。
グリームさんはゲフェンでのディナーの時にこれまでの何をしていたのか話してくれた。
モロクでお師匠さんと出会ったこと、お師匠さんと一緒にいろんなダンジョンを回っていたこと。
お師匠さんの指示で、グラストヘイム最下層のごっついミノタウロスと戦っていたこと。
そしてお師匠さんとプリーストの女性3人で、ごっついミノタウロスを超えたミノタウロスを倒したこと。
グラストヘイム最下層2階に種の限界を超えた悪魔のミノタウロスがいることを、カプラーさん、ホルグレンさんは知っていたようだ。
ロドリゲスさんとローラさんは、最下層2階には近づかないように先輩達から聞いていたらしく行ったことがないらしい。
最下層1階は安全にゴーレムを狩れるので行くけどそこまで。2階には絶対に入らないようにしていたそうだ。
グリームさんの話に出てくるお師匠さんだけど、なんとグリームさんはそのお師匠さんの名前を知らないそうだ。
名前を教えてくれないので、いつも師と呼んでいるとか。
カプラーさんとホルグレンさんは、グリームさんの話を聞き終えると、
「あの御方でしょうね」
「ああ、間違いないな」
どうやらグリームさんのお師匠さんに心当たりがあるらしい。
「グリーム様。近いうちにアルデバラン奪還作戦が始まります。
どうか、お師匠様にその作戦に参加して頂けるように言って頂けませんか?
もちろんグリーム様も一緒に。
後ほど手紙を書きますので、お師匠様にお渡し頂けますようお願いします」
「お、いよいよアルデバランを取り戻すんですね。
分かりました。俺から師に伝えておきますし、カプラーさんの手紙はちゃんと渡しておきます。
それと、もし師が参加しなくとも、俺は参加したいのですが」
「大歓迎です。ぜひいらしてください」
こうしてグリームさんのアルデバラン奪還作戦への参加が決まった。
次の日にグリームさんとはゲフェンで別れたのだが、数日後、お師匠さんと共に戦いに参加する、という手紙がカプラーさんの元に届くことになる。
プロンテラに戻った僕達は身体を休めると同時に鍛錬も続けた。
カプラーさん達は国との調整で大忙し。
アルデバラン奪還作戦の具体的な日程や、当日の作戦行動を詰めている。
僕は指示に従うだけだ。
どんな指示でも精一杯頑張って、アルデバランの人達を必ず救い出す。
プロンテラのカプラ社の社宅部屋のベッドに身体を預けると仰向けになる。
ゲフェンでダンデリオンの人達と別れる時、プーさんに挨拶したかったけど姿が見えなかった。
プーさんを探していると、代表のレイヤンさんがわざわざ僕に挨拶に来てくれた。
プーさんが迷惑をかけたと改めてお詫びと、アルデバランでは共に頑張ろうって。
ダンデリオンの人達とは別行動になるのだろうか。
できればプーさんと一緒に戦いたいと思うけど、カプラ社と秘密の羽の人達はプーさんをあまりよく思っていない。
一緒に戦うのは難しいかもしれないな。
プーさんのことを考えると、なんだか胸が締め付けられる。
これって恋? なんて思ってしまうけど、本当にどうしてだろう。
なんていうか……ドキドキしてしまうし、同時にモヤモヤしてしまう。
この自分でも分からない自分の心に戸惑ってしまうよ。
プーさん……いまどこで何をしているのかな。
グラストヘイムから戻ってきて10日ほど経過した。
カプラーさんがみんなに集合をかけた。
カプラ社及び秘密の羽メンバーが一斉に集まり会議である。
内容は当然、アルデバラン奪還作戦に関してだ。
国との調整が終わり、決行日は5日後。
表向きはカリス君とナディアさんが婚姻をかけた砦戦を行うと、大々的にルーンミッドガッズ王国の街中に噂を広める。
実際にアルデバランの戦いに参加しない騎士達を使って砦戦を行うらしい。
ナディアさんの影武者まで用意する凝りようだ。
国は自分達のプライドを賭けて正面から突入すると主張しているそうだ。
カプラ社に頼るなんてお偉いさん達の自尊心が許さないのだろう。
秘密の羽に関しては、その存在が伏せられているのでこちらの戦力なんて国は把握していない。
カプラ嬢や執事が戦いなんて出来ないと思っているのだ。
そんな国の行動を利用させてもらうことにしたカプラーさん。
国の主張に何も異議を唱えず、自分達は後方支援に徹しますと伝えているそうだ。
もちろん、後方支援に徹するわけじゃない。
国の騎士さん達が正面から突入してくれるのだから、僕達はそれを利用する。
正面から突入するからには、騎士達は橋を渡っていくルートを通るはずである。
アルデバランの城門前には大きな泉があるため橋が設置されているのだ。
カプラーさんは国の騎士を信頼していないが、城門ぐらいまでは何とか辿り着けると踏んでいる。
そこから先はどさくさに紛れて僕達が時計塔に一気に向かうのだ。
洗脳されている住民達を傷つけないようにしながらも、潜んでいるボット帝国の戦士を倒さないといけない。
タンデリオンの人達は街中に散ってボット帝国の戦士を倒してもらうことになっている。
僕はグラストヘイム最終日のPTと同じ構成で、時計塔最下層を目指すことになる。
そこにあるはずのボット戦士製造装置を破壊するのだ。
カプラーさん達はタンデリオンの人達と共に街中のボット帝国の戦士を倒しながら、タイミングを見て時計塔の最上階を目指し、洗脳装置を破壊する。
グリームさんとお師匠さんはカプラーさんのPTに入ることになっている。
どちらも制圧が目的ではない。
制圧できなくとも、ボット戦士製造装置、洗脳装置を破壊すれば勝ちなのだ。
それが達成できれば蝶の羽ですぐに帰還するのだから。
時計塔に入れば宝剣スキルを発動できる。
目標までどんな困難が待ち構えていても、僕達の力で必ず勝ってみせる。
作戦決行日までの5日間は、今までに異常に厳しい鍛錬を自分に課した。
そしてあっという間にその日が訪れた。
アルデバラン奪還作戦決行日。
雲一つない、晴天の青空が広がっていた。
これで第3章終了となります。
年内の更新はこれ以上ありません。
年末年始はゆっくり休んで……といきたいところですが、これから仕事は繁忙期に向かっていくため、ゆっくり休んではいられません。
再開は1月末から2月始めぐらいになると思います。
この小説を書き始めた当初は、ROの世界観を借りてゲームの要素を使った山も谷もない話を書いていこうかな~と思っていました。
ですが、第1章を書いている時に「物語」をちゃんと考えて書いていきたいと、私の中で気持ちが変わりました。
終わりまで物語の道筋は決まっています。
最後まできちんと物語を書いて完結できるよう頑張りたいと思います。
第4章はアルデバラン編です。
現在の予定では8章か9章での完結の予定です。
第3章までは1話が5千文字程度で8話構成となっていました。
1話が5千文字は今後も変わらないと思いますが、一つの章での話数は変わるかもしれません。
小説を書き始めてまだ半年ちょっとの未熟者ではございますが、読んで頂ける方に楽しんでもらえるよう精進して参ります。
では少し早いですが、年内はこれにて活動終了です。
メリークリスマス&良いお年を。