「お待たせしました」
「女性を待たせるなんて、グラちゃんも罪な男だな~」
僕が声をかけると、プーさんがいつもの調子で応えてくれる。
後ろを向いたまま。
「待たせてしまったからには、お詫びをしないといけませんよね。
プロンテラに戻ったら僕の奢りで何か美味しいものでも食べにいくとかどうですか?」
「う~ん、とっても素敵なお詫びだけど、その時間があるかな~」
「時間なんていくらでもあるじゃないですか。別に帰ってすぐってわけじゃなくても。
アルデバランを取り戻した後でもいいですよ」
「くすっ、そうだね。急がなくてもいいわよね。本当に……」
足音をわざと強く響かせながらプーさんに近づいていく。
「デートするには何もないところですね。
どうしてここを?」
「う~ん、誰にも盗み聞きされない場所でグラちゃんと二人きりになりたくてね~。
私もダンデリオンの人達を巻くの大変だったんだ~」
ダンデリオンの人達を巻いてきた?
身内にも内緒で僕と話したかったのか。
僕も同じようなもんだけど。
プーさんのほぼ真後ろまでやってきた。
そこで足を止めてプーさんが振り向くのを待つ。
しかし、プーさんは振り向かずそのまま後ろを向いて話を続ける。
「前にプーちゃんの部屋でお互いのことを話し合った時はプーちゃんが最初に質問したっけ。だから今回はグラちゃんが最初に質問していいよ」
「そうですか……あの筋肉鎧を見た時、いいえ正確にはまだ筋肉が出てくる前のただの鎧を見た時、プーさんは「欠片を持つモンスター」と呟きましたよね?
欠片とは何ですか?」
「心臓の欠片」
「心臓の欠片?」
「あの鎧の中に、神の心臓の欠片があったの。
そして私はそれを探していた」
「オーディンの心臓ってことですか?」
「オーディン以外にも神はいるわ。むしろ神なんて存在は無数にいるのよ。
私がその中でも探していた神の心臓の欠片は……「フレイ様」の心臓の欠片よ」
フレイ。
北欧神話に出てくる重要な神の1人だ。
恋した相手を妻に迎えるために剣を従者に渡してしまい、それでラグナロクの時に動物の角で戦うことになり負けてしまった、という神だったはずだ。
剣……フレイの剣……フレイの宝剣!
そうだよ! フレイの宝剣! 確か勝手に戦ってくれる宝剣だ!
僕が得たスキル「宝剣」はフレイの宝剣なのか!?
「ど、どうしてフレイ様の心臓の欠片を探しているんですか?」
「質問は交互にしましょうね~。
今度は私の番。
グラちゃん……何か手に入れた?」
ドクッ!
心臓が強く鼓動を打つ。
プーさんが探していたのはフレイの心臓の欠片。
そして僕はフレイの宝剣と思われるスキルを手に入れた。
どうして手に入れた?
筋肉鎧との戦いの最後、心臓にスティレットを突き刺した時に聞こえた小さな赤ちゃんの声。
直後の衝撃波で僕はふっ飛び、筋肉鎧の剣から逃れた。
あれはたまたま僕を攻撃するための衝撃波に救われたのか?
あの後、しぼんでいく風船のように筋肉が縮小していった。あれは自らの剣でお腹を突き刺したから? それとも……“心臓を失っていた”から?
心臓を失ったことで筋肉を形成することが出来なくなり縮小していったとすれば、心臓はどこにいった?
どこに消えた?
あの時……僕がふっ飛んだ衝撃波は何の衝撃だったんだ?
額に汗が浮かんでくる。
止まらない思考。自然と手は胸に添えられていた。
「手に入れたの?」
プーさんの声が響く。
明るくどこか妖艶なプーさんの声が、冷たく刺さるように響いてくる。
まるで心臓を掴まれたような錯覚の中、手を添えた左胸から感じる鼓動はどんどん高まるばかりだ。
プーさんが振り向く。
悲しい目をしていた。いつも明るく元気なプーさんがとても悲しい顔をしていた。
そして胸に添えられた僕の手を見つめた。
「手に入れちゃったんだね……フレイ様の心臓の欠片を」
「わ、分かりません。あの時、僕は……でも……そんな!」
「グラちゃんが望んで手に入れたとは思っていないわ。
むしろ、フレイ様の心臓の欠片をその身に宿すことができるなんて、本当にグラちゃんって何者なのかしら。
ただの人が神の心臓の欠片を宿せば……あっという間に肉体は崩壊してしまうはず。
いいえ、そもそも宿すことが不可能なはずなのよ。
それなのに、フレイ様の心臓の欠片を受け入れ、さらには……力すら手に入れてしまうなんて。
どんな力を授かったのか見せてもらえる?」
「し、質問は交互じゃなかったのですか?」
「くすっ、そうだったね。
それじゃ~次はグラちゃんの番だよ」
な、何を質問すればいい? どんな質問が正解なんだ?
どうすれば……最悪の事態……プーさんと戦うなんて事態を回避できる?
プーさんは完全に戦闘態勢だ。
ハイウィザードの姿だけではなく、右手には既に杖が現れている。
どうしよう……プーさんと戦うなんて絶対に嫌だ!
聞きたいことは他にもいろいろあった。
聞かなくてはいけないこともいろいろあった。
でも僕の口から出た言葉は違う言葉だった。
真っ白な頭の中に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「プーさんのことが好きです」
どうしてこんな時に、こんな言葉が出てしまったのだろう。
ぐちゃぐちゃの頭の中から出てきた言葉が「好きです」なんて笑えない。
さすがのプーさんも、きょとんとした表情で呆気に取られている。
静寂は数秒ほどだったと思う。
プーさんが無邪気な顔で笑い出した。
「ぷっ……くすくすっ! くくく……あはは♪
もう~グラちゃんったら……ずるいな~。
あ~もうどうしよう。完全に予想外の言葉だったわ。
まさか、このタイミングで告白されるなんて、さすがにプーちゃんも予想できなかったよ~」
声が柔らかくなる。
一人称が「私」から「プーちゃん」に戻っている。
僕は変わらず額に汗を浮かべて、頭の中はぐちゃぐちゃだけど、プーさんの雰囲気が変わってくれたことが嬉しくて顔は笑っていたと思う。
「私も……プーちゃんもグラちゃんのこと好きだよ。
大好きだよ。
出会った時からグラちゃんには運命的な何かを感じていたの。
そして、それは本当にそうだった……」
プーさんが一歩前に出る。
しなやかな指で僕の頬を撫でる。密着するような距離で向き合っている。
僕は微動だにできないまま、プーさんを見つめていた。
頬を撫でる指はやがて首筋に落ちる。
もう片方の手が僕の胸と腕の間に滑り込んでくると、自然と僕の腕はプーさんの背中に回って彼女を引き寄せてしまう。
首筋から胸板に、胸板からお腹に、そして指は離れると僕の手を求め彷徨う。
見えていないのにプーさんの手が彷徨っていることが分かる。すぐに僕の手が彷徨う彼女の手を握りしめる。
ぎゅっと絡み合う手の温もりが心地良い。
そして密着する身体はお互いの体温を感じさせてくれる。
プーさんの身体は柔らかくて心地よい。
真紅の髪からはとっても良い匂いがしてきて、それは僕の心を落ち着かせてくれるようでもあり、さらに興奮させてくれるようでもある。
僕の首に顔を埋めるプーさん。
抱き合いながら、プーさんは話し始めた。
「神々の黄昏から始まる新たな螺旋。その中に私達は捕われているわ。
グラちゃんが私達をその螺旋から救ってくれるのかな……。
例えその先に新たな螺旋があるとしても、それは人が作る未来でありたい。
今は囚われの身。救わなくてはいけない御方がいるの。
私は私の道を行くわ……その道の先にグラちゃんと一緒に歩ける道があると信じて」
独り言のように呟くプーさんをただただ見つめていた。
「だから今は……ごめんね」
顔を上げたプーさんは泣いていた。
そしてただただ見つめる僕の唇にキスをする。
「1つになりましょう」
唇の中にプーさんの舌が入ってくる。
くちゅくちゅといやらしい音を立てながら入ってくる。
僕はそれをただただ見つめていた。
プーさんはアイテムボックスから取り出したのか大きめのマントを床に広げると、僕の目の前で服を脱ぎ始めた。
その仕草に僕の脳は燃えるように興奮する。
僕の興奮をさらに刺激するかのように、プーさんは服をゆっくりと脱ぎ捨てていく。
裸となったプーさんを、僕はただただ見つめていた。
白い肌に美しい胸が膨らんでいる。その先端の淡いピンク色の突起が可愛らしい。
引き締まった身体はモデルのようにスリムだけど、腰からお尻へのラインはちょっとむっちりしていて、男の欲情を刺激してくる。
「グラちゃんも脱いで」
プーさんの言葉通りに、僕は服を脱ぎ捨てる。
床に広げられたマントの上で裸のプーさんが僕を手招きする。
「きて。1つになりましょう。
何度も何度も何度も繋がって1つになりましょう
そして、貴方の全てを私に見せてちょうだい」
手招きされるままプーさんに近づくと、身体を密着させてプーさんを抱きしめた。
プーさんの美しい胸に顔を埋めた僕は、そのまま彼女の身体を求め続ける。
彼女の全身に僕の証がつくように、何度も何度も何度も求めていった。
僕の耳元で彼女の喘ぐ声が聞こえたような気がした。
どこか遠くで彼女の熱い吐息が聞こえたような気がした。
彼女の中に僕の全てが放たれたような気がした。
僕の全てを彼女が遠くから見つめていたような気がした。
何もかも忘れて、僕は彼女と1つになった。
♦♦♦
「おはようございます」
「おはよう。今日はよろしくね」
グラストヘイムでの狩り最終日。
今日はナディアさん達と一緒に狩りだ。
昨夜、マルダックさんと話した後にテントに戻るとぐっすりと眠ってしまった僕は、みんなより少し寝坊してしまい、たったいま起きたばかりである。
もう少し遅れていたら、朝食抜きになるところだった!
朝食を食べにテントを出ると、ナディアさんがいたので一緒に朝食を食べることにした。
今日はナディアさんがリーダーである。
ナディアさんの指示に従って僕は動かなくてはいけない。
そして、今日は幸運ドロップ率のことは関係なく、PTとしてもっとも効率的な動きをすることが目的となる。
本格的なPTでの戦いは今日が初めてとなるので、僕も気を引き締めていかないと!
「宝剣スキルのことは聞いているわ。期待しているからね」
「あはは。期待を裏切らないように頑張ります。
僕もナディアさんの指示にちゃんと従って動きますので、指揮に期待していますよ」
「くすくす。はいはい。グライア君の期待を裏切らないように、ちゃんと指揮してみせるわ。ちょっとでも私の指示に遅れたら、きつ~いお仕置きが待っているからね?」
「うぇ!? そ、それってどんなお仕置きです?」
ナディアさんはくいくいっと指をある方向に向ける。
その先には……ティアさんがいた。
え? ティアさんに何させる気なんですか!? やめて!?
朝食を終えて準備を済ますと、グラストヘイムの入り口前の集合地点に向かう。
ダンデリオンの第2PTが先に集合していた。
プーさんの姿も見える。
「おはよ~」
「おはようございます」
いつもの明るいプーさんが手を振って声をかけてくる。
3日目の出来事もあったので、プーさんもその後は大人しくダンデリオンの第2PTで真面目に狩りをしているそうだ。
ダンデリオンの人達には宝剣スキルを秘密にしないといけない。
なので狩場が被ると困るのだが、そこはナディアさんがちゃんと行先を考えてくれるそうだ。
そう……絶対に……絶対にダンデリオンの人達に宝剣スキルを見せてはいけない……。
「グライアどうした? 怖い顔して?」
「え?」
マルダックさんが声をかけてきた。
怖い顔? 僕が? そんなに怖い顔していたかな?
「緊張しているのかもしれませんね。ちゃんとしたPT戦は初めてですので、みんなの足を引っ張らないように頑張らないと」
「それを言ったら俺はどうなるんだ? ま、俺もなるようにしかならないと割り切って暴れるけどな」
昨夜は意外にも緊張していたマルダックさんだったけど、一晩の間に腹をくくったのかやる気満々の顔つきとなっている。
これは期待できそうだ。
もともと筋力には自信のあるマルダックさんなのだから、きっと戦力としても活躍してくれるはずだ。
「はっはっは! それでこそ俺の弟子だ!」
豪快に笑いながらホルグレンさんがやってきた。
マルダックさんの背中をバシバシと叩いている。
今日はホルグレンさんの本気も見れると思うと、ちょっと楽しみだ。
どんな感じで戦うのか……なんとなく予想出来てしまうけどね。
たぶんその予想通りの戦い方だと信じて、それも期待したい。
「私もいるからマルダックは安心していいわよ」
アイリスさんがちょこちょこと可愛らしく歩いてきた。
レベルが上がり俊敏もかなり高くなったと聞いている。
最近アイリスさんと一緒に本気で狩りすることがないので、アイリスさんの成長ぶりも楽しみだな。
「今日はよろしく!」「よろしくお願いします」
夫婦のロドリゲスさんとローラさんがきた。
ロドリゲスさんは渋いおじさん系の顔で、ローラさんはとても綺麗な美人系の顔だ。
並ぶとまさに美男美女! って感じで絵になる。
グラリスさんとソリンさんは既に入り口前で待機しているし、ティアさんはあいかわらず僕の後ろに立っている。
これで全員集まった。
グラストヘイム最終日。ナディアさんの指示に従いながらも、思いっきり暴れてみようかな!
この後に「とあるアサシンの物語」の間話を挟みます。
その後に32話を投稿して、第3章終了となります。
間話は2~3話ぐらいになりそうです。
投稿まで1週間ほどかかるかもしれません。