カプラーさんの前に並ぶ僕達。カプラーさんは飲んでいた珈琲カップをテーブルに置くと口を開いた。
「まずは無事で何よりでした。
さて、今回の出来事を問いただす前になぜグライア様のPTにプー様が入っていたのでしょうか?
そこから説明を求めても?」
「グラちゃんのPTの方が楽しそうだったので~、私が勝手にレイヤンのPTを抜けて入りました~」
「楽しそうだったから……ですか」
カプラーさんが珍しく少々きつい眼差しをプーさんに向ける。
「プーさんをPTに迎えたのはリーダーである僕にも責任があります。
正直言うとウィザードが1人いてくれると大変心強かったというのもあります」
「ふむ……レイヤン様はプー様がPTを抜けることに関して止めなかったのですか?」
「止めるも何も、プーは自分がそうしたいと思ったら私の言うことなど聞きません。
グライア君の言う通り、少人数の第3PTにウィザードであるプーが入ることは悪いことではないと思いましたが、結果的にプーの身勝手な行動がグライア君達を危険に晒してしまった以上、プーの行動を止めなかった私に責任があるでしょう」
グラストヘイムの騎士団に隠し通路があり、その先にあんな危険なモンスターがいるなんて誰も予想できないことだ。
あれに遭遇するまでの過程に問題があったわけじゃない。
「では、予期せぬ謎の鎧モンスターとの遭遇で、PTリーダーであるグライア様の蝶の羽で脱出する指示を無視し、鎧モンスターと戦った理由が「強そうだったので戦ってみたかった」とお聞きしておりますが、プー様それは本当でしょうか?」
「はい。本当です~」
一緒に並ぶグラリスさんとソリンさんの表情が険しくなる。
眉間にしわ寄ってますよ?
「ダンデリオンの皆様はもともと神力範囲外で狩りをなさると聞いております。
故に強き相手を求める、という考えも分からなくはないのですが……。
今はアルデバラン奪還作戦前の大事な時期です。
グライア様達は貴重な戦力です。もちろんプー様自身も。
どうか、今後の狩りではご自身の欲求を抑えて頂きますようお願い致します。
明日からプー様がグライア様の第3PTに入ることは禁止とさせて頂きます。
ダンデリオンの第2PTとして連携を深めて下さい」
「承知した。この度は本当に申し訳ない。
今日のプーの失態は、アルデバランで必ず返させよう」
「ごめんなさいです~。
アルデバランではいっぱい頑張ります~」
「はい。よろしくお願いします。
ではレイヤン様とプー様は以上です」
レイヤンさんとプーさんは最後に僕達にも頭を下げると、テントから出ていった。
グラリスさんとソリンさんの表情は最後まで厳しかったな。
アルデバラン奪還のためには、戦力は少しでも多い方がいい。
しかもそれが神力範囲外での戦いに慣れているダンデリオンとなれば尚更だ。
あまりきついことを言って、関係を悪くすることは出来ないのだろう。
2人が出ていくと、テントの中に張りつめていた緊張感がふっと緩んだ気がする。
ダンデリオンはアルデバラン奪還のため協力する仲だけど、身内ではない。
僕にとってプーさんは命の恩人でも、カプラ社や秘密の羽から見たら部外者でしかないのだから。
カプラーさんは珈琲を一口飲むと、僕に向かって優しい笑顔を向ける。
「さて、改めて本当に無事で何よりでした。
ダンデリオンのお二人が退出したところで、グライア様にお聞きしたいことがあります。
まず隠し通路の存在について。最初の二日間の間に騎士団内を回っていた時に気付いたそうですが、私が見る限りあの壁はただの壁にしか見えませんでした。
グライア様にはどのように見えていたのですか?」
これはちょっと嘘をつかないといけなくなる。
だって、あの壁が通り抜けられるかもしれないと思ったのは、ゲーム知識からだから。
「僕には壁がゆらゆらと揺れているように見えました。本当に微かにです。
なので、最初は見間違いだと思って特に気にしていなかったのですが、今日騎士団を回っている時に、その場所に着いたので念のためにちょっと調べてみようと思ったところ、壁を手で押してみようとしたら、そのまま手が吸い込まれるように壁の中に入っていったんです。それで隠し通路の存在を知ることになりました」
「ゆらゆらと揺れていた……ふむ、グライア様だけが感じられる特別な力だったのかもしれませんね」
「主なら当然です」
ティアさんが何故か自慢げに言う。
その様子をカプラーさんが微笑ましく見つめながら、
「それで、戦闘となった筋肉鎧ですか。
2本の剣を操りながら攻撃してくる恐ろしいモンスターだったと。
最初は鎧と剣だけがあり、その鎧の中に突然筋肉が生まれてくるモンスターなど聞いたことがありませんね。
隠し通路の存在が今まで誰も知らなかったのですから、新たなボスと考えるのが妥当かもしれませんが……」
「あのモンスターは2度と現れないと思います」
「なぜです?」
「……勘、という答えでもいいですか?」
「出来れば理由を教えて頂きたいですね」
「筋肉鎧の筋肉を作り操っていたのは、鎧の中にあった「心臓」だと思います。
僕はその心臓を突き刺しました。
あの心臓が無くなったのであれば、再びあの筋肉鎧は現れないでしょう」
「その理由は、全てのモンスターに当てはまってしまいます。
光りの粒子となって消えるモンスターは、時が経てばまたどこかで光の粒子が集まり生まれます。
その心臓もまたその時に作られるはずでしょう?」
「でも、あの心臓は違う……普通のモンスターとは違うと思うんです」
「グライア様。さきほどから「思う」という言葉になっておりますよ?
失礼ですが「思う」だけなら、誰でも思うことができます」
カプラーさんの言う通りだ。
この言葉では説得力に欠ける。
僕が何かを隠していると、カプラーさんは気付いているはずだ。
プーさんが言っていた。
欠片を持つモンスター。
あの言葉の意味は何だったのだろう。
プーさんに聞いてみたいけど、こんなことがあった直後にプーさんと2人きりになれる機会を作るのは難しそうだ。
でも出来れば会って話したい。スキルの手紙で聞いていいような内容では無い気がする。
プーさんが呟いた言葉をカプラーさん達に話すのが正しいのだろう。
プーさんは強そうだったから戦ってみたわけじゃない。
もっと明確な理由があったはずだ。
それを問い質すべきだ。
でも言えない。
それはプーさんの“秘密”に深く関わっている気がするから。
それがプーさん個人の秘密なのか、ダンデリオンの秘密なのか分からないけど。
しかし、カプラーさんの信頼を損なうのも嫌だ。
なので、僕はもう1つのことを言うことにした。
「実は……筋肉鎧のモンスターを倒した後……僕のスキルが増えていたんです」
「え? スキルが増えた?」
「はい。見たこともないスキル名が突然スキル欄にありました。
それは「宝剣」というスキルです」
死んだふりのことは、あいかわらず伝えていない。
筋肉鎧の戦いでティアさんとプーさんは目撃しているけど、あの戦いの中で僕が何をしたのか正確に理解することは出来ないだろう。
またティアさんが僕のことを話すとは思えないし、プーさんも言わないと思う。
これは僕だけが助かってしまうスキルだ。
今回のように、たまたま有用な使い方ができる場面もあるだろうけど、基本的には知られたくない。
そして新しいスキル「宝剣」。
これは本当に筋肉鎧を倒した後、スキル欄に突然現れていたのだ。
僕がこのスキルを取得したから、あの筋肉鎧がもう2度と現れないと思う根拠……になるだろうか。
「それはどのようなスキルなのですか?」
「僕も今初めて使いますので、上手く使えるか分かりません。
ちょっと離れて使いますね」
テントの入り口付近まで下がると、僕はスティレットに向かって「宝剣」スキルを発動する。
すると、スティレットが宙に浮かんでいく。手品でも何でもない。自らの意思を持った剣が宙に浮かび、僕の周りを漂い始める。
「こ、これは!?」
「はい。筋肉鎧が2本の剣を操っていたのと同じ現象かと思います。
宝剣スキルを使う時は「武器」にスキルを使うことになるんです。
そして宝剣スキルを使われた武器は、こうして宙に浮かび、恐らく僕が敵と認識した相手に向かって自動で攻撃するはずです。
もう1本いけるのかな?」
僕も初めて使うスキルだ。
どのような能力なのかちゃんと把握できていない。
筋肉鎧は2本の剣を操っていたのだから、僕も2本まで指定できると思い、ゴスリン狩り用の属性剣に向かって宝剣スキルを使用した。
「おお!」
結果、属性剣も宙に浮かび、僕の周りを漂い始める。
試しにもう1本、マインゴーシュに宝剣スキルを使ってみたけど宙に浮かぶことはなかった。
「筋肉鎧を倒したことで、僕がこのスキルを取得したんだと思います。
これが、筋肉鎧が2度と現れないと思う理由です。
倒す度に宝剣スキルを取得できる、なんてモンスターが何度も現れるとは思えないんです」
「た、確かに……こんな素晴らしいスキルを倒す度に与えてくれるモンスターが何度も現れるとは考え難いですね。
仮に現れるにしても、かなりの時間を要するのでしょう。
1年や2年なんて時間ではなく、それこそ何十年、何百年という時間が」
カプラーさんは宙に浮かび僕の周りを漂う2本の剣を見ながら目が輝いている。
正直、僕もちょっと興奮している。
このスキルで早く戦ってみたい。
「明日もグライア様達は騎士団で狩りをお願いします。
あ、申し訳ありません。グライア様の身体は大丈夫ですか? かなりの重傷だとお聞きしましたが」
「大丈夫です。ユグドラシルの実で回復しておきましたので、傷ついた身体も問題ありません」
ユグドラシルの種やユグドラシルの実は、HP0となり身体に受けた傷まで治してくれる効果があるのだ。
今回はちょっと奮発して、貯めておいたユグドラシルの実を1個使って治した。
「そうでしたか。
ではお疲れのところ申し訳ありませんが、明日も騎士団での狩りをお願い致します。
そして、グライア様は宝剣スキルの能力把握もお願い致します」
「わかりました」
「ティア様もそれでよろしいでしょうか?」
「私は主に従うだけです」
蝶の羽で戻ることは従わなかったくせに!
「グラリスとソリンもいいですね?」
「……はい」
「はい!」
「では、各自テントに戻り明日に備えてお休みになって下さい」
カプラーさんのテントを出ると、ナディアさんとアイリスさん、そしてマルダックさんが待っていた。
何があったのか、簡単に説明しておいた。
プーさんの行動にみんな怒っていた。
当然だろう。
僕は無事だったんだから、と言ってみんなを宥めておいた。
明日に備えてテントに戻るも、僕は宝剣スキルの能力を確認するためにホルグレンさんからいくつかの武器を借りて、夜のフィールドに出かけていった。
いつの間にか後ろからティアさんがついてきていた。
プティットは寝ている。
夜に起きているのは、カマキリモンスターのマンティスだ。
マンティスカードは筋力(大)の効果なので、狩るにも悪くない相手だ。
まず宝剣スキルの使用SPはたった1である。
これは本当にありがたい。
マンティスの弱点属性である火属性のスティレットに宝剣スキルを使う。
1本のスティレットが宙に浮かび上がる。
さて、ここからが問題だ。
ホルグレンさんから借りてきた火属性の「片手剣」「両手剣」「槍」「鈍器」「斧」。
ノービスの僕にとって装備不可となる武器にも宝剣スキルを使うことができるのか?
僕は片手剣である「サーベル」に向かって宝剣スキルを使用した。
浮かんだ。サーベルが宙に浮かび僕の周りを漂う。
おお! 装備不可であっても使用できるのか!
しかし、ただ宙に浮かぶだけで相手を攻撃してくれないと困る。
適当に歩いてマンティスを探すと、すぐに1匹のマンティスが見つかった。
「キシャアアアアア!」
向こうも僕に気付いたらしく襲いかかってくる。
しかし、
斬! 斬! 斬! 斬! 斬!
射程距離は20mぐらいか。
その距離にマンティスが入ってきた瞬間、火属性のスティレットとサーベルがマンティスに向かって飛んで斬りかかった。
マンティスは一瞬で光の粒子となって消えた。
僕は震えて興奮していた。
サーベルがきちんとマンティスを攻撃してくれたことも嬉しかったけど、何よりその斬撃速度に興奮したのだ。
間違いない、僕の攻撃速度と同じ。つまり僕の俊敏性に依存した斬撃速度だ。
筋肉鎧の2本の剣よりずっと速い動きだったのだ。
もちろん筋力も僕依存だから一撃の攻撃力はそれほど高くないだろうけど。
宝剣スキルを使っている間にSPが減ることはないし、マンティスを攻撃した時もSPが減ることはなかった。
本当にたったSP1で使えるスキルのようだ。
サーベルに再び宝剣スキルを使用すると、光りの粒子となって僕のアイテムボックスに自動で戻ってきた。
次に僕は両手剣である「バスタードソード」に向かって宝剣スキルを使用してみた。
しかし、バスタードソードが宙に浮かぶことはなかった。
槍の「グレイヴ」、鈍器の「チェイン」、斧の「ハンマー」。
どれも宙に浮かぶことはなかった。
これは予想通りだ。
両手剣はもしかしたらいけるんじゃないかと思っていたけど。
宝剣スキルはその名の通り「剣」に適用されるスキルなのだろう。
それも片手で持つ剣に。
片手で持つので短剣も含まれて適用されているんだと思う。
僕が装備できない片手剣に適用されるのだから、スロット12のフランベルジュを2本作成して宝剣スキルを使えば。
いや、待てよ。
宝剣スキルを使用した剣に刺さっているカードの効果はどんな風に適用されるんだ?
最も簡単なテストは、HPが100増加するファブルカードを刺した片手剣に宝剣スキルを使用することか。
ファブルカードはグラリスさんのカプラ倉庫に預けてある。
グラストヘイムから戻ったら、早速試してみよう!
再び火属性のサーベルに宝剣スキルを使用した僕は、1時間ほどマンティス狩りを続けた。
1時間の狩りの間、宝剣スキルはずっと維持されていた。持続時間はないようだ。
射程距離に入った瞬間、マンティスが瞬殺されていくのを僕は見ているだけ。
ある程度の数を倒したところで、もう1つの検証も終わった。
適用されている。
何が適用されているのかというと、僕の幸運ドロップ率だ。
宝剣スキルを使った剣で倒しても、僕の幸運ドロップ率が適用されたドロップなのだ。
エルニウムの原石はいっぱい出たし、マンティスカードも1枚出た。
狩りを終えてテントに戻ることにした。
ずっと無言で僕の後をついてきてくれたティアさん。
僕はティアさんに微笑むと「戻りましょう」とだけ告げた。
また僕の後ろをついていくつもりだったのか、僕が通り過ぎるのを待っていたティアさんの右手を、左手でぎゅっと握ってみた。
「ひゃっ!」
驚き可愛い声をあげるティアさん。
ちょっとその様子が面白くて笑ってしまった。
「ご、ごめん」
笑いながら謝る僕。
そのまま手を繋ぎテントに向かっていく。
ティアさんは顔が真っ赤だ。
僕も実は緊張している。
主、なんて呼ばれてしまったので、主らしいことでもしてみるかと軽い気持ちで手を握ったが、とても可愛くてビックマウンテンの持ち主のティアさんと手を繋げば緊張もする。
テントが遠くに見えてくるまで、僕達は手をずっと繋いでいた。
特に言葉は交わさなかったけど、ティアさんは嬉しそうだった。
僕の心臓もドクドクと鼓動を打っていた。
ドクドク……ドクドク……ドクドク……。