「珈琲のおかわりいります?」
「いえ、大丈夫です」
グラリスさんの部屋で、ディフォルテーさんからの話を聞き終わった。
既に珈琲を2杯飲んでいるので、これ以上飲むと夜眠れなくなりそうだ。
「ディフォルテーさんの話は分かりました。
それでその話を僕にして、何を望まれるのですか?」
「“秘密の羽”に入って頂けませんか?」
「……僕のことを何も聞かずに?」
「グラリスから素晴らしい冒険者だと聞いております」
ディフォルテーさんは自信満々に言った。
「それだけで僕のことを信用していいのですか?」
「はい。グラリスが素晴らしい冒険者だなんて評価したのは、グライア様が初めてなんですよ」
グラリスさんを見ると、眼鏡をくいっ! と持ち上げてぷいっ! と顔を背けた。
「くすくす。グラリスはあれでかなり照れ屋な部分がありまして。
もうちょっと素直になれば、もっと可愛いのですが」
「ディフォルテー姉様?」
「はいはい。ごめんなさい。
どうでしょうか? ぜひ“秘密の羽”の一員となって頂きグライア様の御力でボット帝国からアルデバランを救って頂きたいのです」
正直ちょっと腑に落ちないところはある。
話してもらった内容は、かなり機密性の高い情報だ。
簡単に話していいものではない。
それなのにこんな簡単に僕に話して、僕がその情報をボット帝国に売ったらどうするんだろう?
……いや、売れないか。
僕がゴブリン村でボット帝国に襲われて死にそうになったという情報は既に知っているはずだ。
そもそもボット帝国の戦士と話し合うなんてこと出来ないわけだし。
それに確かに機密性が高いけど、それを誰かに話したところでメリットになることがないともいえる。
この話を誰かに伝えたところで「だから?」で終りそうだしな。
「……ディフォルテーさんはカプラ嬢の中でも「戦闘スキル」を持っているという噂ですが本当ですか?」
グラリスさんが慌てたようにこっちを向いた。
「そ、それは」
「はい。本当です」
誤魔化そうとするグラリスさんを余所に、ディフォルテーさんは呆気なく認めてしまった。
なるほど、戦えるカプラ嬢がいるというのは本当だったのか。
「では、僕と勝負してみませんか?」
「勝負ですか?」
「僕の力もお見せします。僕が秘密の羽の一員に相応しいか、その目で確かめて下さい。
もし僕が相応しくなければ、正直にそのように言って下さい。
その場合は当然、話の内容を忘れて誰にも話す様なことはしません。
僕もディフォルテーさんの力が、アルデバランを救えるほどの力でないと思ったら、この話はなかったことにしますから」
ディフォルテーさんは僕の言葉に笑顔で応えた。
「わかりました。グライア様と勝負致します」
後日、日程の連絡を取り合い勝負することになった。
ディフォルテーさんとグラリスさんとも、フレンド登録した。
カプラ嬢もフレンド登録とか手紙スキルとか持っていたのね。
ディフォルテーさんとグラリスさんが、僕をどんな風に思っているのか分からないけど、僕がただのノービスである事実は変わらない。
つまり天職として僕は最弱である。それは間違いなく事実だ。
ディフォルテーさんの話が本当なら、アルデバラン奪還のために既にルーンミッドガッツ王国の軍が準備を進めているだろう。
ディフォルテーさんが僕に話してくれた情報は、当然国の方でも把握済みらしい。
カプラ社からも情報提供はしているそうだし。
問題は、国の騎士達がオーディンの神力範囲外の命を賭けた戦いに、どれだけ怯えず挑めるか。
しかも、アルデバラン奪還のためには2つの条件を満たさないといけない。
1つは、アルデバランの人達を“洗脳状態”にしている装置の破壊。
もう1つは、アルデバランで造られている“ボット戦士”の製造装置の破壊。
洗脳装置は強力な電波で人々を意のままに操っているらしい。
広範囲に強力な電波を飛ばすためには、その装置の設置場所は必然的に高所となる。
つまりアルデバランにそびえ立つ「時計塔」の最上階だ。
反対にボット戦士の製造装置は簡単に見つからない場所がいい。
となると、こっちは反対に時計塔地下の最下層だろう。
それにしてもボット戦士が、冒険者達のクローンモンスターだと聞いてもピンとこない。
確かに姿は人間そのものだけど。
ルーンミッズガルド王国と同盟関係にあったシュバルツバルド共和国だが、リヒタルゼンという都市にレッケンベル社という巨大企業が存在している。
レッケンベル社の会長であるキズリ・レッケンベルは、大統領よりも強い権力を持っているとか。その姿を見ることは、大統領であっても難しいそうだ。
そのレッケンベル社が近年、怪しい研究を始めているという噂が流れていた。
それがどうもボット戦士を造り出すクローン技術の研究だったそうだ。
研究の責任者の名はボルセブ。
経歴不詳で突然現れた狂気の科学者らしい。
クローン技術の研究のため、秘密裏に人体実験が行われている。
シュバルツバルド共和国大統領からの密書にはその内容が書かれていた。
そして、レッケンベル社に対抗するための組織作りをカプラ社に願い出たのだ。
カプラ社の社長は大統領の願いを了承。
秘密組織である“秘密の羽”を結成し、レッケンベル社の調査を始めた。
リヒタルゼンにあるレッケンベル本社ビルの地下に「生体研究所」と呼ばれる謎の研究施設が存在することまでは分かった。
しかし、その内部に忍び込むことが出来ず、方法を模索していたところにボット帝国がアルデバランを占領してしまったのだ。
ボット帝国と名乗っているのは、間違いなくレッケンベル社の者達だ。
シュバルツバルド共和国が無事なのか、ボット帝国に占領されてしまったのか。
アルデバランを越えられない今、状況はまったく分からない。
とにかく、まずはアルデバランを取り返さないと何も始まらない。
その先にいるレッケンベル社に辿り着くためにも、アルデバランを奪還しないと。
ディフォルテーさんとの勝負は10日後に決まった。
それまで僕も自分を鍛えるだけ鍛えないと。
本音は、僕のことをちゃんと戦力して見てもらいたいというのがある。ノービスだけど。
運び屋の仕事もこなさないといけない。
今まで以上に最速で遠隔地に荷物を届けていく。
速く、速く、速くと念じながら高速で移動していく。
狩りに当てられる時間にコーコーを狩りまくる。
フードとサンダル狙いだ。
武器のスティレットも欲しいけど、ゴブリン討伐の依頼だけでは中級冒険者にランクアップできなかった。
アイリスさんにオーク村で狩りをしようと誘ったらすぐに行こう! という返事が来たので、明日の運び屋の仕事の後にオーク村に行くことにした。
♦♦♦
「きゃあああああああ!」
「きゃああああああああああああああああ!!」
オーク村に悲鳴が響き渡ります。
最初の悲鳴がアイリスさんで、後の悲鳴が僕です。
なんでこうなった?
オーク村。兄貴村とも呼ばれていた。
ハァハァと鼻息荒く群がってくるオークを倒そうと思ってきてみたら、信じられないことに、女オークがいたのだ。
兄貴ならぬ姉貴である。
しかもだ!
せめて美人だったら許せた。
しかし現実は無情である。
姉貴は、兄貴がそのまんま女になったような姿だったのだ。
僕の肩に乗るアイリスさんに向かって兄貴がハァハァしてくる。
僕に向かって姉貴がハァハァして投げキッスしてくる。
最悪だ。
このオーク村で僕の本気をアイリスさんに見せた。
実際にはオーク村に到着する前に、本気の動きを見せたんだけどね。
アイリスさんは目が点になっていた。
「グライアってただの変態じゃなかったんだね」
僕の本気を見たアイリスさんの感想がちょっと悲しかった。
アイリスさんを肩に乗せて本気で動く。
最初こそ僕の本気の速度に、弓の照準が合わなかったアイリスさんだけど、徐々に慣れてくると矢がオークに当たり出した。
僕もアイリスさんを肩車しながら攻撃している。
両手でアイリスさんの脚を掴んでいないので、アイリスさんは自分でバランスを取らないといけない。
当然、バランスを取るために三角危険地帯を僕のうなじに押し付けて脚を絡めてくる。
うなじが得る感触だけが、兄貴と姉貴に追われる僕の唯一の救い? だ。
「なんちゅ~数なんだ!」
「ああもう! 次から次へと!」
ゲームを上回る兄貴と姉貴の湧きっぷり。
ハァハァの声には遠くにいる兄貴姉貴に敵を知らせる能力があるんじゃないのか?
ものすごい数の兄貴姉貴がくると、悲鳴をあげてついつい逃げてしまう。
ちなみにオークレディが「ウェディングドレス」と「ヴェール」をドロップした。
なんか嫌だったので、道具屋に言い値で売り渡した。
今回はボット帝国に襲われることもなく、順調に? オークを狩っていった。
兄貴村西も神力範囲内なので、ハイオークを相手にしてみたら意外に狩れた。
オークアーチャーに複数囲まれるとやばいので、モンスターの位置だけ気を付ければそこそこ狩れるかもしれない。
オークリーダーなんていない。オークの仮面もないけど。
お馴染みのオークヒーローがいるだけだ。
オークダンジョンにはオークロードがいるだろうし。
運び屋、コーコー狩り、兄貴狩りの日々が続いた。
2度の兄貴狩りで中級冒険者になれたけど、引き続きレベルアップのために兄貴狩りを続けた。
兄貴姉貴のハァハァ攻撃にもだいぶ慣れていった。
兄貴村にはオークベイビーという、オークの赤ちゃんがいた。
僕の知らないモンスターだったのだが、狩りまくっていたらカードが落ちた。
その性能に驚愕ですよ。
回避(中)に無属性攻撃への耐性(中)で、さらに防具の精錬値が+9以上なら追加で回避(小)と無属性攻撃への耐性(小)がつくという優れものだった!
濃縮エルニウムがあるので精錬に失敗することはない。
回避(中)の効果しかないコンドルをやめて、オークベイビーカードを刺すことにした。
♦♦♦
そしてあっという間に、ディフォルテーさんとの勝負が明日となってしまった。
僕は明日の勝負に使う武器製作のため、商人組合クホルに来ている。
マルダックさんを探したのだが……。
「馬鹿かグライア。
俺はまだマーチャントだ。ブラックスミスじゃない。
お前の武器を製作できるわけないだろうが」
そうだった。
マルダックさんはまだマーチャントだったのだ!
せっかくの知り合いだから、マルダックさんに作ってもらおうと思っていたのに!
仕方ないか。
僕とマルダックさんの会話を聞いていたのか、奥から怖そうな人がやってきた。
今年40歳になったんだっけな?
その人はするどい目つきで僕を睨んだ。
「お前が噂の1次天職ノービス野郎か」
「はい。初めましてホルグレンさん」
やってきたのは商人組合の長ホルグレンさんだ。
ゲームでは何度この人に向かって憎悪の念を抱いたことか。
目の前にいるホルグレンさんには何の罪もないけど。
そもそも商人組合の組合名が「クホル」という不吉な名前なのも気になる。
この商人組合は大丈夫なのだろうか?
裏で悪事に手を染めているとかないのだろうか?
例えば、精錬で持ちこまれた武器をわざと失敗して消滅させているとか。
そうすれば武器製作の依頼が増えて儲かるだろうし。
僕があらぬ疑惑をホルグレンさんにかけていると、不思議そうな顔で僕に話しかけてきた。
「なんだ? 俺の顔に何かついているか?
それよりノービスのくせに中級冒険者になるとは驚きだ。
何かちっこいアーチャーと組んでいるんだってな。
鉄集めにお前に泣きついたマルダックのアホがゴブリンに操られた時も、お前が助けてくれたと聞いている。
お前さんの存在は何かと話題になっているんだぞ?」
おや、いつの間に。
エーラさんがまたあることないこと噂しているのか?
「僕はただのノービスです。
マルダックさんを助けることができたのも、たまたま通りすがりのウィザードの人が助けてくれたからで、僕の力ではありません。
中級冒険者になれたのも、ペアを組んでもらっているアーチャーのアイリスさんのおかげですし」
「はっ!
謙遜は大事だが、お前さんの今の言葉は本心ではないだろう。
ま~いい。
それで今日はマルダックのアホに武器製作を依頼しにきたそうだが、何の武器をお望みだったんだ?」
「スティレットです。ノービスの僕が装備できる最高の武器ですから」
「確かにな。材料は何を持ってきたんだ?」
「い、いろいろと」
「なんだよ。俺には内緒なのか?」
「あ、いえ。そういう訳ではないのですが」
まずいな。
なぜか僕に興味を持ったのか? ぐいぐい話しかけてくるぞ。
この話の流れで材料を見せたら、そんな材料どうやって集めたのかとまた聞かれそうだ。
マルダックさんには、ゴブリン村の恩を盾に材料に関しては秘密にしてもらおうと思っていたのだ。
ホルグレンさんに見せて、余計な詮索を受けるのも嫌だしな~。
「そんな困った顔するなよ。
実はディフォルテーからお前が武器製作に来たらよろしくお願いしますと個人的に言われていてね。
やるんだろ? あいつと」
ディフォルテーさんと勝負することを知っているんだ。
ディフォルテーさんが喋るとは思えないから、ホルグレンさんが感づいたってところか。
む~裏で悪事を働いているわけじゃないのか?
「実はですね……」
ホルグレンさんに持ち込んだ僕の材料の数々を見せることにした。
「どうやってあんな材料を集めたんだ?」
「それは秘密です。マルダックさんもこのことは内緒でお願いしますね」
「訳ありか。ま~お前のことだから悪さして集めた材料ではないだろうが、ちょっと信じられないな。ノービスのグライアがこれほどまでの材料を集めるとは」
今、僕とマルダックさんはホルグレンさんの専用鍛冶場にいる。
僕の材料を見たホルグレンさんがここに案内してくれたのだ。
今から僕のスティレットを製作してくれる。
鋼鉄以外にも濃縮オリデオゴン、エンペリウムなどレアな材料が並んでいる。
スロット12はもちろんのこと、基礎値を上げるための各種材料を揃えている。
「よし! 準備出来たぞ。
マルダックもよく見ておけよ。これだけの材料を揃えた武器製作なんてそうそう出来ないからな。
俺も腕が鳴るってもんだ!」
武器製作って失敗とかないよね?
「あ、あの。
武器製作って失敗とかあるんですか?」
「あん? 俺が失敗するとでも?
任せておけって!
ま~失敗があるのかと聞かれれば、あると答えることになっちまうがな」
げ! あるんだ!?
「し、失敗するとどうなるんですか?」
「材料だけ消失して、使い物にならない武器だけが残ることになるな」
うひゃ~!
神様! どうか! どうか成功しますように!
両手を握りしめて神に祈る。
「よっしゃ! いくぜ!」
マルダックさんがハンマーを打ち始める。
僕が持ってきた材料が次々と形を変えていく。
カンカンと熱い火花を散らしながら、短剣製作のスキルによって1本の短剣にその姿を変えていく。
「おお……」
マルダックさんも感嘆の声を上げる。
見事な武器製作なのだろう。
僕にはよく分からないけど、とにかく成功してくれることを祈るだけだ!
「これで最後だ!」
ホルグレンさんは最後にハンマーを力いっぱい振り下ろした。
カン! と甲高い音がした瞬間!
「……クホホ」
「え?」
絶対に聞きたくないホルグレンさんの声が聞こえてしまった。