アイリスさんから手紙がきた。
指定された酒場に向かうと、奥の席にちょこんとアイリスさんが座っている。
バーのような雰囲気の酒場で、うるさい冒険者達はいない。
大人のお店って感じだ。
そんな良い雰囲気のお店なのに、アイリスさんの頭には可愛らしいリボンが輝いている。
これはこれで合っているのか?
「大きなリボンのお礼よ。最初の一杯だけ奢ってあげるから好きなの飲みなさい」
「そこは全部奢りじゃ……」
ギロリと睨まれたので、席に座るとあんまり高くない果実酒を頼んだ。
「甘いお酒なんてまだまだ子供ね」
「アイリスさんは何を飲んでいるんですか?」
「これミルクよ」
「お酒ですらないじゃないですか! なんでこのお店指定したんですか」
「料理が美味しいのよ。あ、美味しい料理は割り勘だからね?」
アイリスさんが既に適当に料理を頼んでいて、飲み物に続いて運ばれてきた。
確かに料理は美味しい。
こっちの世界の料理の味は決して悪くない。
一部の調味料が恋しくなることはあるけど、飽きることなく食べられる。
このお店の料理は今まで食べてきた中でもかなり上位に入る美味しさだ。
もぐもぐと他愛のない話をしながら料理を食べていく。
「そういえば、中級冒険者になるための依頼はどうするの?」
「あ~、そうですね。何か適当な討伐系の依頼をして上げたいですね。ゴブリン村かオーク村あたりですかね?」
「ゴブリン村の方がまだ安全ね。オーク村はボスが出ることあるから。ま~どっちもオーディン様の神力範囲内だから、試しにどっちも行ってみるのもありね」
ゴブリン村、オーク村共に神力範囲内である。
そのため、オーク村に湧くボスであるオークヒーローは安全に狩れるボスとなる。
安全といっても、デスペナ1%もレベルが高くなれば安くない。
命の安全が保証されているからといって、デスペナ覚悟でゾンビアタックするような冒険者達はいない。
ODことオークダンジョンの地下2Fは神力範囲外のため、オークロードは命を賭けて戦うことになる。
誰も戦わないけど。
まずはゴブリン村がいいだろう。
討伐依頼が出ているか分からないので、明日にでも冒険者ギルドに行って確かめよう。
アイリスさんもゴブリン村からでOKとなった。
「大きなリボンは誰に見せに行ってたんですか?」
「でへへ。プロンテラに同じドワーフのアーチャーがいてね。その子に自慢してきたの。もうすんごい悔しがってた! どうやってトードを私1人で倒したのか、しつこく聞いてきたから、私の華麗なステップで余裕だったって言っておいたわ。あ、ちゃんと口裏合わせてね」
「はいはい」
僕もアイリスさんを首車してトード狩りしているなんて、誰にも言えない。
ただの変態になってしまうから。
「ゴブリン村で狩る時も首車します?」
「そうね。でも肩車でいいわ。そろそろ次の段階に進もうと思うの。私を肩車したまま、グライアも戦えたらいいんじゃないかってね。私達ならいけそうな気がするのよね!」
アイリスさんの天然? な思考のおかげで、まだまだ太ももは触りたい放題のようである。
そのうち本当に僕の頭装備に「アイリス」と表示されないかちょっとだけ心配だけど。
ゴブリン村での狩りのことや、他愛のない世間話をして解散となった。
せっかく討伐系の狩りをするなら1日休みの日がいいので、明日フェイさんに相談してみることにした。
仕事のスケジュール的に10日以内に1日ぐらいは休みをもらえるはずなので、予定が分かり次第手紙を送ると伝えた。
♦♦♦
ゴブリン村の討伐は依頼が出ていた。
国はボット帝国が占領しているアルデバラン方面に戦力を割いているので、その他のモンスターの討伐依頼は割と頻繁に出ているらしい。
運び屋の仕事も6日後に休みがもらえることになった。
アイリスさんに手紙を送ったら了解と返事が返ってきた。
中級冒険者になったらスティレットを製作してもらうぞ!
今日はアイリスさんとご飯を食べた日から5日後。
つまり新人大会の日だ。
ゲームのPVPゾーンは、街の中を再現したフィールドだったけど、ここにはちゃんとしたコロシアムがある。
運び屋の仕事は朝早くからこなした。
ちょうどお昼すぎに帰ってこれたので、いまコロシアムの前にやってきたところだ。
時間的にちょうど準決勝が始まる頃のはずなので、ティアさんが1回戦に勝っていれば、応援してあげられる。
本当は今日も休んで1回戦から応援に来たかったのだが、明日お休みをもらっているので二日連続で休みを下さいとは言えなかった。
コロシアムの観客席に上がると、結構な数の観客で埋まっていた。
新人大会を見るためにこんなに人が集まるものなのか。
僕は適当に空いている場所に座ると、隣の人に次は誰が戦うのか聞いてみた。
すると、準決勝の1回戦はなんと既に終わっていたのだ!
しかもティアさんが勝って決勝に進んでいた。
今からもう1つの準決勝でカリス君が登場するようだ。
しかしティアさんが決勝まで進むとは。
僕の知らない間にものすごく強くなっているのかな?
エーラさんやナディアさんの態度も気になる。
でも、そもそもアコライトってゾンビとかの不死属性ならヒール砲で戦えるけど、普通の人相手には戦いに向かない職のはずだけど。
闘技場にはカリス君と相手のロドリゲスという人が登場してきた。
ロドリゲスもソードマンだ。
審判の合図と共に2人は戦闘態勢に入る。
ぼ~っとカリス君の戦いを見ていた。
ロドリゲスって人も弱くはないけど、カリス君の方が優勢だ。
エーラさんも言っていたけど、カリス君の剣の腕前は相当らしい。
加護の強さではなく、人としての強さがすごいのだ。
そんなことを考えている僕の肩を誰かが叩いた。
振り向くと、ナディアさんがいた。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。姿が見えないから、てっきり来ないのかと思っていたわ」
「運び屋の仕事を終えてきましたので」
「そうだったの。決勝はティアとカリスの対決になりそうね。ところで、前に私が言ったことちゃんと覚えてる?」
「新人大会でティアさんを見て、それでも話したいと思ったらまた訪ねればいいんですよね?」
「違うわ。新人大会を見る時は、できるだけ遠くから。そして声を出さないことよ」
そう言うと、ナディアさんは×印のついたマスクを僕に渡してきた。
デモ用マスクではない。
ただ単に×印がついた普通のマスクだ。
喋るな、ってことなのだろう。
とりあえずナディアさんに渡された×印のマスクをつけると、一番後ろの開いている席に移動した。
僕が移動したことを見届けたナディアさんは、最後に唇に人差し指を当てて、声を出さないようにとジェスチャーで再度念を押してくる。
どうして僕は声を出したらいけないのだろうか?
その時、わぁー! っと歓声が起きた。
見ると闘技場ではカリス君が勝ったようで、ロドリゲスが膝をついていた。
爽やかな笑顔を観客席に向けて声援に応えるカリス君。
中身もあのまま本当に爽やかならいいんだけどね。
そういえば、カリス君についていったグリームさんはどうなったんだろう?
ちゃんとレベル上げてもらえたのだろうか。
カリス君がお父さんの部下の人達と公平圏内までレベルが上がったら、ぽいっと捨てられたりしていないだろうか。
グリームさんはかっこ良くてモテそうだからという理由でアサシンを目指していたけど、ぶっちゃけ装備揃ってないアサシンとか理解ある仲間に恵まれないと、残念な子扱いされてしまうことが……。
いや、決してアサシンのことを悪く思っているわけじゃない。
アサシンは強い。
間違いなく強く。
装備が揃っていれば。
いくら回避率上昇があってもモッキン必須。
クリティカル値が倍になるとはいっても、ソルスケ3枚必要なカタール。
二刀流にいたっては、過剰精練と各種特化Cが必要。
しかも二刀流だから精錬もカードも2倍の労力。
モンスターをクルクル回転させる宴会芸なのか? と疑いたくなる効果音だけは爽快なソニックブロー。
効果がどれも微妙な毒スキル。
唯一使えるスキルといえば、クローキングで気になるあの子の後を追うぐらい……。
あ、なんだか目から汗が。
僕が目から流れ落ちる一滴の汗を拭いていた時だ。
いきなり僕の背後から声がした。
「グラっち……」
「ひぃ!」
何もない空間から聞こえたのは、この世に未練を残した地縛霊の嘆き声。
しかも僕の名前を呼んだ?
ぼ、僕は地縛霊に恨まれるようなことは何もしていないはずだ!
「ナンマイダ~。ナンマイダ~!」
「ナンマイダ? グラっち何言ってるんだ?」
何もない空間から姿を現したのはグリームさんだった。
「グリームさん驚かさないで下さいよ。いつからそこに?」
「さっきだよ。グラっちの姿が見えたから、気付かれないように背後を取ってハイドスキル使ったわけ。いや~驚くグラっちの顔が面白かったよ!」
ケラケラと笑いながらあの軽い口調で話しかけてくるグリームさん。
グリームさんとも新人研修以来だけど、変わらず元気そうだった。
「決勝はカリス君とティアさんになりましたね。なんだか新人研修で一緒だった2人が決勝で戦うなんてすごいですよね」
「あ~マジでティアっちやばくね? いや~俺も噂では聞いていたけど、この目で直に見るまでは信じられなかったよ。カリっちはもともと強いから分かるけどさ」
「あ~……あ、あの、ティアさんって何かあったんですか? その、大会前に激励で一度会いにいったんですけど、ナディアさんに追い返されちゃって」
「ほえ!? なになに!? もしかしてグラっち知らないの? ティアっちがどんな成長を遂げたか知らずに見に来たの!?」
「ええ、そうなんです。1次天職ノービスの僕は、普段はフェイさんの運び屋の仕事が忙しくて、ほとんど冒険者ギルドとか行ってないですし」
「うける! うけるんですけど! いや~さすがはグラっちだわ。ま~それじゃ~ティアっちの登場までお楽しみがいいかな? 俺が教えるのも勿体ないからな」
またケラケラと笑うグリームさん。
同時にコロシアムから歓声が起きた。
選手の入場口からカリス君が登場してきたのだ。
爽やかスマイルを振りまきながら、闘技場の中央に向かっていく。
そして、反対側の選手入場口を見る。
そこからティアさんが登場してくるはず……え?
え?……決勝ってティアさん……え? え?
「くっくっくっ!」
声にならない僕の表情を見て、グリームさんが爆笑している。
そういえばナディアさんも「声を出せないと思う」なんて言っていたっけ。
選手入場口から入ってきたのは、
目隠しをして、
両足にはめられた足鎖と、鎖の先にある鉄球を引きずりながら、
右手に鈍器系武器であるチェインを持ち、
ところどころ赤く黒ずんだ、白い神聖なアコライトの服を着た、
ティアさんだった。
「――――」
まさに思考停止。
え? どういうこと?
まずなんで目隠し?
そしてあの足についている足鎖と鉄球はなに?
加護の装備は武器と盾と頭装備以外は、外見が変わらない。
足鎖を装備したからといって、足鎖が見えるわけじゃない。
つまり、いまティアさんの足についている足鎖と鉄球は加護の装備品じゃない。
ただの鉄で作られた本当の足鎖と鉄球だ。
なんでそんなものを足に?
そして右手にチェインを持っているのは分かる。
アコライトにとって良い武器だから。
絵的に足だけじゃなくて、手にも鎖持っているから怖いけど。
でも左手に盾が見えないのはなんでだ?
さらにだ。
これがもっとも不可解だ。
どうしてアコライトの衣装が赤く染まっている?
染色? 違う……あんな風に赤く黒ずんでいるのはおかしい。
ちっとも綺麗じゃない。
あれじゃまるで……。
「驚いたろ? あの服の赤く黒ずんでいるのは、血が染み込んだらしいぞ」
ゾクっと背中が震えた。
モンスターの返り血?
いやいや、モンスターってHP0になったら光の粒子となって消えるじゃん!
返り血とかあり得ない!
僕の表情からその意図を読み取ったのだろう。
グリームさんがぼそっと耳元で呟いた。
「血って自分の血な。ティアっちの血が染み込んでいるんだよ」
その言葉に、再びゾクっと背中が震えた。
え? ティアさんの血? どうして血? HPがあるなら血なんて……。
その思考が始まった時、すぐにある答えが浮かんだ。
HPがあれば、身体が本当に損傷することはない。
でもHPがなければ……。
ま、まさかティアさんはHP0の状態で神力範囲外で狩りをしていたのか!?
ティアさんは一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。
歩く度に足鎖の金属音が鳴り響く。
そして重そうな鉄球を引きずった跡が残っていく。
闘技場の中央で待つカリス君も、ティアさんの姿を見て微妙な表情を浮かべている。
新人研修の時にカリス君の誘いに乗って、もしカリス君のギルドにティアさんが入っていたら、カリス君は間違いなくティアさんに手を出していたはずだ。
そんな風に見ていた相手が、新人大会の決勝の相手で、足鎖と鉄球引きずってこんな姿になっているんだからな。
ようやく闘技場の中央にまでやってきたティアさん。
遠くから見ているからよく分からないけど、なんだか興奮しているようにすら見える。
審判の人が2人に何か言っている。
ま~ルールの確認とかなのだろう。
審判の人が後ろに下がると、片手を上げて「始め!」と叫ぶ。
カリス君が片手剣を構える。
ティアさんはチェインを構えることなく、右手に持ちだらんと下げている。
ティアさん vs カリス君
いったいこの対決はどうなってしまうのだろうか。