「ちょ、ちょっと動かないでよ!」」
「動かないで、どうやって逃げるんですか!? はぁはぁ……」
「い、息! 息だめ! それだめ!」
「息しないで、どうやって生きていくんですか!? はぁはぁ……はぁはぁ!」
こっち側に来てしまったアイリスさん。
いま僕の目の前には、アイリスさんの白いパンツが見えている。
後ろ向きで矢を射ることが出来ず、前を向くために自らの股間を僕の顔の前に晒している。
が、しかし、白いパンツしか見えないとあっては僕も逃げることができない。
時々、左右に首を振って周りの状況を確認している。
アイリスさんは弓を射る時には、お腹と脚にぐっと力が入り前のめりになる。
つまり、僕の顔に自らの股間を押し付けてくるような感じになるのだ。
これが身長高くて脚の長い人なら、僕の顔を越えて立ち上がれるのかもしれない。
いや、それはどうだろう。
こうして股間を顔に押し付けてくることで、お腹に力を入れてアイリスさんはバランスを取っている。
僕の首に絡み付く脚だって、そうすることで力を入れることが出来ているのだ。
身長が高くても同じかもしれない。
「よし! 取り巻きは全部倒したわ!」
「ぜぇぜぇ……は、早く……トードを……」
「ちょ、ちょっと喋らないでよ! 息がかかるの!」
いろんな意味で限界だ。
「い、いくわよ! くらえ! ダブルストレイファング!!」
ぐおっ!
今までで一番の押し付け! 白いパンツの三角地帯をこれでもかと押し付けてくる。
不可抗力とはいえ、なんという幸運、いや試練!
このまま舐めようものなら、間違いなく僕は変態の階段を1つ上がってしまう!
っていうか、スキル持ちだったのかよ!
もっと早く使ってくれたらいいのに!
クンクンして匂いを嗅いで舐めたい衝動を抑えながら、僕は必死に逃げていく。
「もう一丁! ダブルストレイファング!! ダブルストレイファング!! ダブルストレイファング!!」
「フンギャアアアア!」
アイリスさんのDS連打でついにトードの断末魔が聞こえる。
やった!
倒した!
僕は逃げる足を止めて視線を上げる。
そこにはプルプルと震えるアイリスさんの顔が。
おや? どうしたんだ?
嬉しさのあまり泣いている?
んなわけない。
「こ、こんな恥ずかしい思いをしたのにドロップなしなんて!!!」
♦♦♦
まさかのドロップなし。
大きなリボンを落とさなかったではなく、何も落とさなかったのだ。
肩車? 首車? から降りたアイリスさんはうずくまってシクシクと泣いている。
純白パンツの三角地帯を男の顔面に押し付けてまで倒してドロップなしなら、そりゃ~落ち込むよね。
でも僕は別に何も悪くない。
うん、悪くない。
アイリスさんの太ももの柔らかさとか、白いパンツとか、パンツ越しに感じる何かとか、いろいろ良い思い? をしたけど、だからと言ってドロップなしという結果が僕のせいになるなんておかしい。
しかしアイリスさんは責任を僕に転嫁し始めていた。
「うう……韋駄天の運がないせいだ。きっとそうだ。1次天職がノービスの韋駄天のせいなんだ。きっと運が悪いからノービスなんだ」
だんだん悪口になってきている。
僕の幸運によるドロップ率アップは、僕が最大ダメージを与えるか、僕がトドメを刺すか、どちらかが条件だと思う。
これは試そうにも、誰かの協力が必要になるし、その協力者には僕のドロップ率がばれてしまうこともあって試せてない。
トードの取り巻きを倒した時点で、僕が1人でトードを倒せばいいんだけど、さっきはそこに気づけなかったし、“僕が倒しますから”だとアイリスさんが不思議に思うだろうし。
DS連打されたら、僕の火力ではアイリスさんよりダメージを多く与えるのは無理。
トドメもアイリスさんに持っていかれるだろう。
DSのスキルレベルがいくつか分からないけど、SPのあるアーチャーの火力は本当に高いからな。
だから僕が1人で倒すので、アイリスさんは手を出さないで下さいと言わなくてはいけない。
そんなことをする必要性は本来はまったくないのに、そんなこと言えば不思議に思われてしまうだろう。
「ま、まあ今回は運がなかったということで。一応、僕のせいじゃないですからね?」
「分かってるわよ!」
「そ、それじゃ……僕は荷物をゲフェンに運びに行きますのでこれで……今日のことは誰にも言わないので安心して下さいね」
「…………」
無言のアイリスさんを置いて出発しようとした時だ。
「待ちなさい」
「は、はい」
「乗っけていって」
「は、はい?」
「乗っけていってって言ってるの」
「何を?」
「私を」
「誰が?」
「韋駄天が」
「どこまで?」
「ゲフェンまで」
「はぁぁぁ!? 何言ってるんですか! そんなの蝶の羽使うなり、自分で歩いて帰るなりして下さいよ」
「ま~待ちなさい。これは理由があるのよ」
「ほほ~。どんな理由ですか?」
「私、すごく貧乏なの。ゼニーないの。蝶の羽なんてないの」
「ふむふむ」
「速く動けないし、体力もないの。だからゲフェンまで戻るの大変なの」
「ふむふむ」
「本当のこと言うと、大きなリボン欲しさにカエルマップに来て、軽く迷子で彷徨っていたら、偶然トード見つけちゃったというか。実際帰りのこと考えてなくて、いまこうして韋駄天がいなかったら、私は野たれ死んでいた可能性大なの」
「ふむふむ」
「だからゲフェンまでおんぶしていって」
どうやらアイリスさんはちょっと馬鹿のようだ。
恐らくカエルマップに来たのも初めてなんだろう。
初めてのマップなのに1人できて、しかも帰りの手段も確保していない。
冒険者なら野たれ死んで当たりだ。
プロンテラからゲフェンまで1日で往復する僕の速度が異常なのだ。
普通の人が歩いていこうものなら、2日間ぐらいかけていくのだから。
ここカエルマップはゲフェンから近いので、道さえ分かっていれば歩いて4時間ぐらいで着くだろう。
が、アイリスさんはその道すら分かっていないのだ。
「なるほど、よく分かりました。でも1つ条件があります」
僕は自分の欲望に忠実に生きようと思った。
♦♦♦
「だ、誰か来たらすぐに降ろしてよね!」
「はいはい。分かってますよ」
僕の首にはアイリスさんの脚と純白の三角地帯が押し付けられている。
これはよいものだ。
ついでにいうと、両手でアイリスさんの脚や膝や太ももを弄っている。
やり過ぎると、アイリスさんのゲンコツが飛んでくるのだが、まあ問題ない。
アイリスさんを肩車しています。
ちなみに人同士で攻撃した場合どうなるのか。
これは明確な敵意や殺意を持って斬りかかったりすればHPや回避判定が働く。
しかし、スキンシップ程度のものにはHPや回避判定は働かない。
つまり手でアイリスさんの身体を弄り回すことができるというわけだ。
ゲンコツも当たるけど。
完全無効ではないので、この世界では人を襲うことができる。
しかし盗賊なんてほとんどいない。
襲ってHPを0にしたところで、セーブポイントに戻るだけなのだから。
護身用に蝶の羽持っていたら絶対に逃げられるしね。
もちろんノービスにもなれない人にとっては、HPがそもそもないし、セーブポイントに戻るなんてこともない。
死んでしまう。
だからこそ、ボット帝国の脅威があるいま、こうして民間の荷物運びをする僕は貴重な存在になっているわけだけど。
「ちょっと触りすぎよ!」
そんなことを考えながら、アイリスさんの太ももを撫でていたらゲンコツが飛んできた。
これはよいものだ。
アイリスさんに本気の速度を見せないために、プロンテラの街中を走る程度の速度でゲフェンに向かっている。
わざと上下にちょっと揺れるように走っていたのは内緒だ。
ゲフェンに着く頃には、アイリスさんがちょっと妙な吐息を出していたような、いなかったような、そんな感じになっていたのが面白かった。
カエルマップを抜けた先にはゲフェンの「ギルド砦マップ」がある。
ここには5つの砦があり、ゲフェンを代表する5つのギルドがそれぞれの砦を所有している。
砦を所有するギルドに対戦を申し込むことで、砦を賭けた試合が行われる。
砦を所有していないギルドは、年に1度だけ、好きな砦に試合を申し込めることになっているが、実際に試合が行われることは稀だそうだ。
強豪ギルドに挑めるような新規のギルドはそうそう出てこないから。
ゲフェン以外も各街に砦がある。
ちなみに、プロンテラの5つの砦のうち、1つはカリス君のお父さんのギルドが持っている。
さらにナディアさんのお父さんも1つ砦を持っている。
この2つのギルドはプロンテラ内では長年のライバル同士だ。
だからと言って、仲が悪いわけじゃない。むしろ良い。
お互い切磋琢磨している関係なのだ。
そんな中、お互いのギルマスの息子娘を結婚させてさらなる関係の発展を……と願っていたのだが、ナディアさんはカリス君のことをあまり良く思っていないらしい。
ナディアさんは、最初の頃はそれでもカリス君の良い面を探して好きになろうと努力していたらしいのだが、カリス君がやはり女好きでだらしないらしく、結局は好きになれなかったそうだ。
これらの情報は全て冒険者ギルドの受付エーラさんから聞いた。
エーラさんと夜飲む機会があったのだが、その時酔わせたら、あれもこれもと喋り続けたのである。
僕はこの時、自分の秘密をエーラさんには絶対に話さないと強く誓った。
ゲフェンが見えてきたところで、アイリスさんを降ろした。
「はい、お疲れ様でした」
「まったく……おんぶしてくれたらいいのに、どうして肩車なのよ」
「いいじゃないですか。その方が動きやすかったからですよ」
「動きやすい手で何を触っていたのかしら?」
「お駄賃頂いていただけです」
「ふん! まったく……ま、まあ、今度またトードを狩る時には乗ってあげてもいいわよ?」
「は?」
この人はいったい何を言ってるんだ?
なんで僕がトード狩りを手伝う前提になっているんだ?
「次にゲフェンに来るのはいつなの? その時もカエルマップ通るんでしょ?」
「は、はあ。通るといえば通りますし。通らないといえば通らないですし」
「通りなさい! そして私のトード狩りを手伝いなさい!」
「いやいや。ちゃんと仲間集めてPT組んで狩って下さいよ」
「それじゃ~大きなリボンがドロップした時に、私の物にならないじゃない」
「僕だとアイリスさんの物になるんですか?」
「当たり前でしょ」
「な、なぜ?」
「お駄賃よ」
お触りの代金は高くつくようである。
その後、強制的にフレンド登録させられた。
ノービスの時に覚えたこのフレンド登録。
ゲームでもあったのだが、フレンド登録すると手紙を送ることができる。
手紙を送ると、受け取り側のアイテムボックスに手紙が入る。
これでお互いの用件を知らせることができるのだ。
一応、手紙はSPを消費するのでチャット感覚で行うことはできない。
特にSPの低いノービスの僕は。
ゲフェンに荷物運びをする日は必ず手紙を寄越すように言われた。
さらにカエルマップに行くのも疲れるので、先にゲフェンに来て自分を肩車してカエルマップに連れていってね、と有無を言わさず強制させられた。
肩車は許してくれるらしい。
癖になっていたりして?
大きなリボンをドロップするまで、僕はアイリスさんのトード狩りを手伝うことになった。
やはり僕のドロップ率アップのことは内緒にしておこう。
だって、ドロップするまでアイリスさんを肩車と首車する権利を得たわけだから。
ちなみに、ちょっと馬鹿なアイリスさんは、取り巻き倒したら首車から降りたらいいことに気づいていないのである。
うひゃっ!
アイリスさんと別れて、運び屋の仕事に戻る。
専用リストから、ゲフェンの運び屋に持っていく物、直接渡す物とテキパキ仕事をこなしていく。
そして逆にプロンテラに持っていく物を受け取る。
ノーラさんという女性が営んでいる運び屋が取りまとめてくれていて、僕がプロンテラに持っていく手紙や荷物を集めておいてくれているのだ。
「こんにちは~」
「あら韋駄天。今日はちょっと遅かったじゃない? 何かあったの?」
今年で48歳になるノーラさんは、運び屋なんてむさい男達の中で仕事をこなしてきた女傑らしく、豪快な女将さんという雰囲気を持っている。
腕っぷしもかなりのものらしい。
確かに二の腕とか、良い筋肉しているもんな。
「ちょっと途中でモンスターと遭遇して時間がかかってしまいました」
「おや、戦ったのかい? あんたは逃げ足だけが取り柄のノービスなんだから無理したらだめだよ」
「はい。分かっています」
韋駄天の名と共に、1次天職がノービスということも有名になっている。
最弱冒険者ってことね。
カプラ嬢のグラリスさんは、僕がただのノービスじゃないと気づいているだろうな。
カプラ倉庫に預けているアイテムの中身を知っているのだから。
ちょっと運が良かった、では説明がつかない。
カード、ハーブ、鉱石など、低級モンスターから取れる物限定ではあるものの、異常な量となっている。
そしてスロット尽きの防具。
最大4スロットとはいえ、1スロットでもやはり価値があるのだ。
2スロットともなればかなり貴重で、3スロットとなればお宝である。
4スロットは家宝となります。
僕が持ってくる防具は1スロットなんて当たり前、2スロット、3スロットもある。
さすがに4スロになるとまだコットンシャツしかないけどね。
「荷物お預かりしました~。ではプロンテラに戻りますね~」
「任せたよ! モンスターと戦ったりするんじゃないよ!」
「了解です!」
ノーラさんの元気な声に見送られて、外に出ていった。