エルニーニョ   作:まっぴ~

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第8話 解説者

 本日は晴天なり。

 というのは、無線用語の一つで、調整信号だ。マイクテストにもよく使われて、英語で使われていたIt’s fine todayの直訳だ。マイクテストでも使われるが、本来の英語でテストしないと意味が無いというのはあまり知られていない。それはつまり、英語での発音に派人間の音声周波数がまんべんなく含まれているが、日本語の直訳ではその要素が得られないからだ。古いアメリカの映画などを見れば、例えば飛行機の管制塔の男がそれを喋っている時に、字幕で直訳が映し出されているだろうが、あの字幕には意味があるのだろうかという疑問は見ている時に感じざるを得ない。

 

『えー、マイクテス、マイクテス。本日は晴天なり』

 

 つまり、何が言いたいのかといえば、放送部である彼がこうして言っているその言葉には全く意味が無いという事だが、敢えてそれを告げる必要もないだろうと思いながら用意されたマイクを見れば、以前に見た事のあるそれよりは粗末であるが、それでも普通の高校に用意されているマイクよりも高級品だ。高級だからいいのかと言われると必ずしもそうではなく、身の丈にあったものを使うのがいいのだと主張する人もいるかもしれない。だが、そうではなく最初から高級なものを使う事でそれにあったスキルを身に付けようと人間は努力するのだという人もいるだろう。

 どちらかと言えば、後者に賛成だ。

 

『放送部の栃木です。本日は予定していた学校のグラウンドが都合により変更となり、ここ、平塚競技場での試合という事ですが、選手の皆さんが緊張しているだろうことは勿論ですが、こうしてこの席に居る放送部の私も緊張しております』

『同じく福井です。こんな立派な機材を目の前にしているというのに、今日もなかなか喋らせて貰えないのかと私も緊張しています』

 

 福井に喋らせてやれよー、と主に男子からの野次が飛ぶ。確かに実況と言えば主に男の方が耳に聞きなれている声なのだろうが、男性の観客としては女性が喋ってくれた方がいいというのはもしかしたら万人共通の見解かもしれない。

 

『さて、本日は我々二人だけではなく、本格的なスタジアムという事で解説をお招きしています。それでは自己紹介をどうぞ!』

『……あ、俺か。十文字輝です。よろしく』

『十文字さんの事をご存じない葉蔭生も多いと思いますが、それも仕方ありません。彼は明日転校生としていずれかのクラスに編入予定です。何と、本日もゴールを堅く閉ざしている一条君の旧友という事でサッカーにはお詳しいとか』

『ま、一応そんな感じだと思ってくれれば。解説なんてやった事ないんで出来るのか分からないですけど』

『ご謙遜を。一条君からは恐らく葉蔭生で十文字さんよりもサッカーに詳しい人はいないと聞いています。小学生のころには同じチームでご活躍してチームを優勝まで導いたとか』

『本来ならピッチで選手としてプレーする方が割にあってるんですが、よく分からん規定とやらで転校してからすぐには試合に出れないらしいので。……まぁ。まだ転校手続きを終えたわけでもないんですが。そう言う事で皆さん初めてだと思いますがよろしくお願いします』

『はい、宜しくお願いします。それでは沢山喋りたい福井アナ、両チームのメンバー紹介をお願いします』

 

 と、各チームの紹介が始まる。

 帰国した事は真守には伝えてあったが、昨日家まで押し掛けてきたと思ったら、明日の試合の解説宜しくと言われて。こうして彼の紹介で放送部のメンバーと同席して解説などというものをやらされている訳だが、初めての事で流石に戸惑いは隠せない。

 転校手続きは明日してから学校に通い始めるというのに、通い始める前の学校の試合の解説をするなどというのはもしかしたら誰も聞いた事が無いだろう。何しろ、放送部の面々ですら戸惑っていたし、何しろ真守しかこの学校の生徒では俺の事を知らないのだから当たり前の事だ。

 とは言え、葉蔭ではこれまで解説らしき解説をしてくれる者がいなかった為に、大歓迎されたというのは感覚的には間違っていないだろうが。

 

『さて、葉蔭と江ノ島の本日の試合、下馬評では葉蔭有利と出ていますが十文字さんはどう見るでしょうか?』

『葉蔭の試合は昨日見たから判断を下せますが、江ノ島の方は見ていないので何とも言えませんが……下馬評通りに葉蔭のディフェンスをどうやって崩せるかが江ノ島にとっての力の見せ所でしょう。江ノ島の攻撃的なフォーメーションにもそれが現れている』

『と、言いますと?』

『昨日の試合を見ている限り、葉蔭の基本的なディフェンスは飛鳥さんが率いるDF陣がそのチャンスを悉く潰し、洩れてしまった部分だけがキーパーの手によって弾かれている。だが、世代別代表でもある一条からゴールを奪うのは容易い事ではない。そうすると、効果的な対策としては二つ。何度もチャンスを作るか、ゴールに結びつく決定的なチャンスを狙うか』

『なるほど、それで江ノ島は何度もチャンスを作る方法でフォーメーションを組んでいるという事ですか?』

『簡単に言えばそう言う事です』

 

 神奈川の雄というだけあって、流石に葉蔭の方はそう簡単にはフォーメーションを相手によって変えるという事もない、成熟した陣形となっているだろう。だが、それに相対するチームはその限りではない。

 神奈川どころか、全国的にすらそのチームのディフェンス力は随一と言っても過言ではないのだから、勝負はやはりどれだけチャンスを作れるかという所になってくる筈だ。何しろ、一条真守、飛鳥享その二人のどちらか片方だけでも全国有数の防御力となる事が出来るのに、その二人が一緒のチームに居るのだからそれを崩すのは並大抵のことではない。

 そして同点のままにPKに持ち込んでしまえば、それこそ真守の独壇場となる事が手元にある資料からも目に見えているので、そんな事は選択する筈もない。

 

『簡単に言えば、という事はそれだけではないという事ですか?』

『少し戦術的な話しになりますが、江ノ島の監督は面白い配置をさせています。普通の監督であれば左右対称に似たタイプの選手を配置しますが、そうではなく縦に配置したり、ポストプレイヤーの近くに背の高い選手を置いている。つまり、ディフェンス時には常に同じようなタイプの相手をすることになります。恐らくそこに慣れたところで急な別展開をさせる事が江ノ島の狙いだと思われます』

『……サッカーに慣れてないと難しいですね。もっと簡単に説明出来ますか?』

『そうですね……右サイドからはチョキ、中央ではずっとグーを出し続けている為に、いきなりパーの手を投入することで相手の焦りを引き出す事が狙い、と言えば分かりやすいですか?』

『おお、なるほど! 解説の方がいると試合を見る目も変わってきそうですね』

 

 とは言え、それは渡された資料を見る限りという話しであって、実際に江ノ島高校の選手を見たわけでもなければその試合のビデオを見たわけでもないから、外れている可能性も高いだろう。

 だが、少なくとも葉蔭のような伝統校は選手個人の能力が高い分、戦術がオーソドックスになりやすいために型破りな戦法の方が付け入る隙がある。よくあるサッカー漫画では急造の主人公のチームが伝統校相手に勝つという展開が珍しくは無いのも、そう言った点にある。

 

『さて、主審が笛を鳴らして、総体神奈川予選、準々決勝がキックオフです!』

 

 ようやく試合が始まって、解説として見慣れぬ男が喋っていた事で話しを聞いてくれていた葉蔭生も、試合に目が行く。

 実況としてこの場に居る2人も早速誰がボールを持っただの、見事なドリブル突破だのと実況らしい実況を始める。

 そして開始三分ほどで右サイドのFWが葉蔭のMFを置き去りにしてドリブルで抜き去り、内側へと切りこんだ事で葉蔭のディフェンス陣は蛇口をひねるかのようにポジションを左にずらしていく。SBが前に出てプレスをかけたところを埋めるようにCBが左側にずれて、右サイドが若干引き気味になる。セオリー通りのその展開は解説としては特に言う所もないが、しかし上げられたクロスは吸い込まれるように背の高い江ノ島FWの頭に当たり、一回地面にバウンドした後に真守がしっかりとキャッチする。

 

『あわやシュートが決まるかと思われた開始3分での出来事でしたが、GKの一条真守がこれをしっかりとキャッチ!』

『いや、今のはオフサイドでしょうね。ほら、旗が上がっている』

『確かにオフサイドフラッグが上がっています!』

『江ノ島の右サイドから綺麗にクロスが上がったように見えていましたが、その突破の直前には既に飛鳥さんが指示を出してDFラインを前に上げていました。これほどの組織的なDFが高校生のチームで見られるのは珍しいと思いますよ。アレだけ見事な指示はプロのチームでもなかなか目にかかれない』

『なるほど。試合は一条のキックから再び始まって、細かいパスを回しながら葉蔭が見定めるようにして徐々に前にボールの位置を上げて行きます』

 

 ある程度のパスを回しながら、ここぞという所でドリブル突破を図るかのように左サイドに相手のDF陣を誘っておきながら、サイドチェンジで逆サイドを使うという展開は、やはり強豪校のサッカーという感じが出ている。

 攻撃はどうしても戦術がしっかりしていると読みやすいが、そんな予想もリベロにボールが渡ったところで崩れ去る。

 

『さぁ、皇帝飛鳥享にボールが渡りました! しっかりとピッチを見渡してから……前線に大きくキック! ここに走り込むのは生沢です。矢の様なスルーパスが飛ぶ!』

 

 そして葉蔭のFWはそのままセオリー通りにクロスを上げてから、相手のキーパーにパンチングでボールを弾かれてからそのままこぼれたボールを飛鳥が拾う。あわやミドルシュートを撃つかと思われたその時には、右サイドで飛び出していた鬼丸に絶妙なパスが出されてから、彼が一人をかわす。

 そうしてから放たれたボールは、敵ゴール前まで詰めていた飛鳥がヘディングでゴールを狙う。

 

『DFの飛鳥がゴール前まで飛び出してのシュート! これぞリベロの真骨頂です! 飛鳥一人に翻弄された江ノ島高校の守備陣は驚きを隠しきれないという表情です!』

『今のはいい攻撃でしたね。ワクワクさせてくれる展開だった。だが、同時に危険な攻撃でもありました』

『と、言いますと?』

『かろうじて弾かれてコーナーキックとなりましたが、今のがクリアされて相手に渡っていたり、或いはキーパーがキャッチして即座のカウンターに繋がる場合があります。そうなると飛鳥さんはリベロとして実にピッチを全て走ってディフェンスに戻らなければならない。相当な運動量が必要になります』

『なるほど、逆に言うとそれが出来る飛鳥が驚異的という訳ですね』

『その通りでもあります。逆もまた真なり、という言葉通りでしょう。何しろカウンターこそ葉蔭の得意とする攻撃方法でしょうから、その辺りは分かっていてやっていると思います』

 

 むしろ、真守がいることに対する安心感からの飛鳥の攻撃参加とも読み取れなくもない。

 だが、流石に世代別代表まで務めている男がそんな安易な考えで前に出ている訳ではないだろうし、今のは確実に決められるチャンスでもあると思って前に走っていたのだろう。或いは、弾かれたとしても自らが詰めていた事でクリアボールも支配する事が出来るだけの個々人の能力の高さもあるのかもしれない。

 自由な発想が出来るリベロという実況が隣で言われているが、今の攻撃は自由な発想故、というよりも何度も練習した成果のようにも見える。

 

『コーナーをキャッチされてからのいきなりのロングパント! これが江ノ島左サイドの7番に渡ります!』

『ヒールでトラップしてからそのままオープンスペースにボールを転がしてそれが江ノ島の10番に渡る!』

『……へぇ、上手いね彼。ダイレクトでアレだけ正確にパスが供給出来るなんて』

 

 そんな風にして思わず呟いてしまいながら、手元にある資料を見てみれば、やはり知らない名前だ。とはいえ、ついこの間まで海外に居たというのに日本の選手の事など知らないのが当たり前だというのも無理は無い。

 何しろ、この試合に出ているメンバーですら、知っている名前は真守と飛鳥さん、そして敵チームに逢沢という一人だけだ。

 飛鳥さんが自ら調べたという敵チームについての資料が手元にはある訳だが、それを見ると一番の要注意人物であると書いてあるのも頷ける。アレだけダイレクトで正確にパスを出せるのだったら、何人でマークについても仕方のないことだ。精度の低いパスを出させるためにフィジカルの強いディフェンスを当てるという手もあるだろうが、それだとドリブルで突破されるかもしれないという点も考えられる。

 

 そんな事を考えながら試合を見ているうちに、江ノ島は選手を交代してようやく待望の人物をピッチに投入してくる。

 20番の逢沢駆。今は亡き天才の弟にして、彼が手放しにその能力を褒めていた純血種のストライカーだ。まさか俺がこうして生き変えることになったというのに、傑の奴が今度は亡くなるというのは、よほどサッカーの神様というのは俺と傑を一緒にプレーさせたくないらしい。

 一時期は傑が死んだのが俺のせいではないのかという事で悩みもしたが、もうそれも悩みつくしたことだ。

 傑の夢を受け継ぐと決めたからこうして帰国するに至ったのだし、だからこそ彼が期待を寄せていた“騎士”の候補の事は気にかかることだ。

 

 そんな期待を寄せていたからだろうが、試合は解説など挟む事もなく急展開を遂げる。

 パスを貰った直後に騎士候補の彼は一回のフェイントだけで飛鳥を抜き去って、不正確ながらもしっかりと味方チームのエースにクロスを上げる。

 それをスコーピオンシュートで放たれたが、しかし動じることなくどっしりと構えていた真守がこれをキャッチ。普通のキーパーであれば驚いて動く事も出来ずにネットを揺らしていただろうそのボールは、飛び付く事もしなかった真守が片手でキャッチするという事をやりのけてくれた事で、観客の興味はそちらへと移る。本来であればアクロバティックなシュートを放った荒木に視線が注がれるべきだが、それを悠然とキャッチしてのけた真守もやはり流石だ。

 アクロバティックなシュートというのはキーパーの意表を突く事が出来るかもしれないが、その分だけ正確性と威力に劣るという欠点も抱えている。ましてや、相手が天才とまで呼ばれれるGKであればその意表を突く事は難しい上に、それが読まれていたのでは片手でキャッチされて当然だ。

 

『前半が終了して1対0、鬼丸のシュートで葉蔭がリードしていますがここまでの試合展開をどう見ますか、十文字さん?』

『もしもサッカーに計算式というモノがあるなら葉蔭の勝ちは揺らがない結果が出ると思います。葉蔭が専守防衛に努めたら点を取る事は難しい』

『という事は、葉蔭は後半戦は専守防衛で来るという予想ですか?』

『ただの伝統校であればそうするべきでしょうが、アクロバティックなプレーをする司令塔と、タイプの違うFWがいる江ノ島の事を考えると、何かが起こりそうだという期待感も捨てされません。……と、葉蔭の解説に来ているのに江ノ島に期待を寄せても仕方ないですが』

『確かに葉蔭が先制点を取っている試合で負けるという事はこの二年間では2度しか経験がありません』

『まあ、計算できないのがサッカーであると言われればそれまでですが、計算を狂わせる要素が見当たらない内は心配する必要は無いと思います。一観客としてはむしろ、専守防衛よりも葉蔭が攻め上がる方が楽しめそうだと思います』

『なるほど、後半戦も我らが葉蔭イレブンに期待しましょう!』

 





感想への返事
Q:ヒロイン出るの?
A:もうチョイ先かな

皆が感じただろう疑問:あれ? 主人公サッカーしてないやん
→選手権から高校サッカーっぽくなるはず・・・

という事は、これから先は暫く学園物の小説っぽくなる・・・のかなぁ?

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