エルニーニョ   作:まっぴ~

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第5話 親との交渉

 それに気付いたのは、青葉JFCというまったく無名の弱小クラブが、どんな裏技を使ったのか全日本少年サッカー全国大会で優勝をさらった後だった。

 3-1-3という8人制サッカーにしては実に変則的なシステムのままに勝ち上がった青葉JFCは、自陣と敵陣のそれぞれに置いて人数に勝り、攻められた際には中盤がまったくの空白状態になる事も珍しくないという、とんでもない戦術を用いて決勝までもを制した事で話題を呼び。小学生大会の決勝戦で解説に当たっていた元プロの選手は、中盤を一人で支配している10番の選手と、GKの1番の選手が桁外れに上手いのが要因となって、例え中盤を敵に支配されて攻撃されていたとしても、GKがキャッチしたボールが10番に渡る事で彼が圧倒的な技術によって敵陣の前まで運び、自ら決めるか、或いは数によってゴールに押し込んでいるのが強い要因だと語った。

 そんなふうに解説されていたのはずっと分かり切っていた事で、そして自分でも納得のいかないプレーだった事がたびたびあった。常に最高のプレーを心掛けていたけれども、しかしやはり一人では出来ないのだ。

 

 真守は、尊敬すべきプレイヤーだ。幼稚園の頃から俺のトレーニングについて来て、一緒にボールを追いかけてサッカーを楽しんでいた事が幸いしているのか、俺とのシュート練の際にキーパーとしての才覚を目覚めさせて、今では天才だと騒がれている。平均身長よりもずっと長身の身長で、そして幼いころのトレーニングによって培われたバネによって高く飛びあがって、ゴールを許さない。

 だが、11人目のフィールドプレイヤーと言われるGKも、敵陣の前方でプレーする我が身にとっては、最高のパスを出してくれる選手とはならないし、最高のパスを出せる相手でもない。

 だから、俺が最高の選手となって最高のプレーをするためには、どうしてもフィールドに相棒が必要なのだ。最高のパスを出してくれる相棒が。

 

 そして、そんな事を傑の奴が言っていたなぁと懐かしく思い返される。トップ下で司令塔を務めるそのチームのキャプテンが王様だとすれば、勇猛果敢にペナルティエリアへと侵入して、その中でパスを受けて決定的な仕事が出来るストライカーである騎士が必要なのだと。俺がまだサッカーが出来ていた頃には、自分で両方ともこなせて、そして傑という王様気質のプレイヤーがいたから困る事は無かった。

 同じ景色を見る事の出来る、日本人では知る限り最高の選手だった傑がいた事でピッチ上には常にパスを通すべき道が、ドリブルで駆け抜けるべき道が見えていた。だが、俺がサッカーが出来なくなった事で傑一人ではその景色を見る事も出来なくなって、代表で苦労しているのだろうことは、試合を見れば伝わっていた。

 そして今、俺に足りないのも同じように傑の様な相棒だ。

 

 将来的にどこかのクラブチームで戦う事を念頭に入れておくのか、それとも傑が夢に描いていたようにワールドカップを日本に持ち帰ることを考えるのか。それは非常に難しい問題だ。俺の終局的な目標は世界最高の選手になる事で、そして世界最高のプレーをして見せることにあるという事を考えた時に、日本の選手で一緒に夢を見てくれる選手を探すというのは非常に難しい。日本人が下手だ、という事ではなく世界のサッカー人口を考えた時に日本の中だけで留まっている事の確立の低さの問題だ。だから、最高のプレーを目指す為にはやはりレベルの高い選手と一緒にプレーする必要がある。そうなれば強いクラブに所属しなければならないし、やはり夢の為にはそれを選択するべきだろう。

 

「という事で、スペインに行かせて下さい」

「……また唐突だなお前は」

「話した通り、俺は最高のサッカー選手になりたい。だから、今から最もレベルの高いスペインリーグの下部組織でプレーしなきゃダメだと考えました」

 

 夕食の際に、両親に話しを振ってみれば呆れたように溜息をつく父親。

 何処にでもいる様な普通のサラリーマン、という事でもなく、昔はサッカーをやっていたらしい。今こうして希望しているスペインにもサッカー留学した事があるらしく、だけど膝前十字靱帯を損傷してプレーが出来なくなったところで進路をプロの選手から就職に変更して、持ち前の冷静さと全体を俯瞰する力、そして語学力で今は既に外資系企業のやり手営業マンだ。自らが故障の為に断念したヨーロッパクラブで活躍できるような日本人選手、という夢を息子の俺が同じようになって追いかけているために、嬉しく思っているのだという事を、普段は滅多に表に出さない人だが、酒に酔ってそんな事を聞かされた時には、俺がこの世界でこの人の息子として命を授かった理由なのかもしれないと思ったこともある。

 

「父さんもスペインにサッカー留学した事はあるし、レベルの高い場所でプレーすることは刺激にもなることも分かる。だが、それは高校を卒業してからでもいいんじゃないか?」

「俺の夢は、世界最高の選手になって世界最高のプレーをすることだから、どうせやるなら今の内から世界最高のチームでプレーしたい」

「……」

「それに、父さんは全国大会で優勝したら何でも一つだけお願いを聞いてくれると約束してくれた筈です」

 

 あのチームで全国優勝する事が出来たならば、何でも願いを一つだけ聞いてやると言われていたのを思い出して、それも交渉材料に使う。

 父さんにしてみれば、子供の願いだから新しいスパイクだとか、或いはお金がかかったとしてもトッププロの試合を見に行きたいだとか、というレベルだと考えていたかもしれないが、俺自身の願いはコレだ。そして、その父さんは俺の願いを聞いてだいぶ考え込むようにして瞠目していて、俺も返答を待っていることによって母さんが父さんの背後の方で皿を洗っている水音だけが耳に聞こえてくる。

 

「言葉はどうするんだ。言葉が通じなきゃ何にも出来ないだろ」

「今から半年勉強して話せるようになります」

 

 言葉の壁なぞ、我が夢を阻む事は出来ない。

 それにどうせ将来的には海外のクラブで世界一を目指さなければならないのだから、そうなった時には言葉を勉強しなければいけないわけで、そして優秀な欧州のコーチに教えてもらうためには英語を始めとして外国語を学ぶ必要は出てくる。

 来年の春からのユースチームの参加を目標にして、半年ほど勉強すれば日常会話程度はなんとかなる筈だ。

 

「……母さんはどう思う?」

「私は輝の好きにさせてあげるのが一番いいと思うわ。だって、目を見なくても輝がサッカーに本気なのは伝わるし、何より……昔のアナタみたいな目をしてるもの」

 

 皿洗いから戻ってテーブルについた母さんは、俺の事を覗き込むと笑いながらそうやって援護してくれる。

 両親の出会いは高校生からで、所謂純愛というそれに近かったらしく。父が高校留学するのを機に遠距離になってから、手紙でやり取りをしていたらしい。割と外だと威厳のある父さんも、その手紙で色々と母さんに悩みを打ち明けていたり、或いは他の男にとられやしないかと心配で自分の気持ちを綴ったりしていたが為に、母が大事にとってあるその手紙を持ちだされると尻に敷かれた状態となる。

 まあ、父さんもその手紙は取ってあるらしいけど、未だに見せてもらった事は無いから本当に保管してあるのか怪しいところだが。

 

「お願いします、父さん」

「……ハァ。まあ、とりあえず前向きに考えておくさ。但し、条件が二つ」

「はい」

「勿論一つは、来年の入団試験に受かる事。もう一つは、スペイン語で日常会話が出来るようになる事。出来るか?」

 

 入団試験は、チームが欲する様な人材であるか、という運も絡んでくるだろうから受けてみなければ分からないが、スペイン語については努力する他ない。

 前世という経験を踏まえてもスペイン語を勉強した事は無く、語学は苦手だった覚えがある。だから、半年という短い期間である事を考えると、サッカーの夢をかなえるために毎日してきたサッカーの練習を疎かにしなければならないかもしれない。そしてその上で入団テストにも受からなければならないという、二足の草鞋を履かなければならない。

 だから、その難しさを言われるでもなく頭の中で再確認してから、一つ深呼吸して気持ちを入れ替える。

 

「出来ます。挑戦させて下さい」

「分かった。じゃあ父さんもスペイン語の方は勉強を手伝ってやる。これからなるべく、家の中ではスペイン語で話すことにするよ。それならお前も早く喋れるようになるかもしれない」

「父さんが出来るのは知ってたけど、母さんも出来るの?」

 

 父がスペイン留学をしたというのは昔話として語って聞かせてくれた事があるから知っているが、母まで話せるというのは流石に予想の斜め上過ぎる。

 

「お父さん、昔は凄いバカだったから、スペイン語の勉強するのに私と一緒に勉強したのよ。それで会話練習の相手になってあげたの。あの時は急に私の家まで来て土下座するから――」

「そんな話は今はいいだろ。母さんも協力してやれよ」

「はいはい。じゃあ輝、父さんの恥ずかしい昔話はまた今度ね」

 

 慌てる様な事情があるのだろう。

 父さんは母さんの昔話を遮って、咳払いを一つしてからそんな事を言う。そして母さんはと言えば、昔の事を思い出していつもの優しい笑顔から、父さんの事を弄るようなにやけ顔へと変化する。

 

 これで前座は揃った。

 神に祝福されているとしか自分でも思えないほどの物わかりのいい両親だ。

 普通であれば子供を海外に送り出そうとする親はいないだろうし、心配になるのは当然だ。だが、こうして認めてくれる方向で考えてくれるというのは、やはり昔から精神年齢が年不相応だと思われているからなのかもしれない。親戚や近所からも大人びていると言われるし、学校から渡される通知表にはどの先生も、そしてどの学期も決まって小学生らしからぬ冷静沈着さを持っていると書かれている事が思い出される。

 

 後は、自分の努力次第。

 夢までとりあえず、一歩近づいただろうか。

 




やっと両親が喋ったと思ったら、まさかの小学生編での試合を全てカットするという暴挙。
次話で小学生編で出すべきキャラをとりあえず出してみてから、その次でいきなり原作時期に飛ばします。
キンクリ万歳。
・・・ああ、早くヒロイン考えないと。

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