エルニーニョ   作:まっぴ~

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短いです


第4話 初めての試合は

 血液が身体中を駆け巡って、手足の先までしっかりと動けるように酸素を供給してきてから、足りなくなったそれを補給するためにまた心臓に戻ってきて。呼吸によって体外から取り入れられた酸素は肺から心臓に送られて、血液で各部へと配給のように届けられる。

 大きくジャンプした足もいつも通りの跳躍力を誇ってくれていて、まるで跳んでいるのではなく、飛んでいるかのような錯覚を引き起こしそうになるほどに視線の位置が変わる。そのジャンプから着地するときに、つま先から足首、膝関節から股関節へと力を抜いて行って柔らかく着地する。

 そして、真っ直ぐに立ってからピッチの上で目を瞑り、左手で心臓を温めるように左胸に当てて、神への感謝を。サッカーの神様に、またサッカーをやらしてくれてありがとうというその感謝を、五秒ほどに祈りを捧げてから目を見開くと、先ほどと同じ場所に立っているのにまるで視界にピッチが飛び込んできたかのような感動を覚える。

 

 ピー、という笛の音が鳴って、心臓が一際大きく跳ね上がる。

 待っていた試合が始まったのだと思って、そのボールが動いていて、味方チームも敵チームも選手が走っていて。そんな何処にでもありふれた光景であろうそれがなんと眩しく見えることか。初めてボールを蹴った時とはまた違った感動が身体の中を駆け巡って、それに感涙しそうになっているうちに、早くもボロボロなこのチームの中盤を、まるで王様のように敵のFWが突破してきて、夢遊病患者のようにボールにふらふらと寄ってみれば、左サイドにパスを出されてボールが俺から遠ざかってしまう。

 

 あ、と声を上げるもボールは左サイドを敵のMFが駆け上がって行き、ミドルシュートを打てる位置にまでドリブルで持って来たところでようやく味方のDFが距離を詰めてプレスをかけ始めて。先ほど俺と接触する寸前でパスを出したFWが中央に入りこんでいた事でそこにセンタリングが上げられて、組織的な攻撃を訓練されている彼らは見事に胸でトラップして見せると、CBを横にかわしてシュートを放つ。

 それはまるで予測していたかのようにその場所に立っていた真守が、しっかりとボールをキャッチしてゴールを割る事は無い。

 

「輝!」

 

 その彼がボールを投げて、山なりに放物線を描いたボールがピタリと俺の足元に収まる。

 初めての試合で、初めてのファーストタッチは、初めての友達から投げられたパスをトラップして足元に収めたそれになった。その感動がボールにタッチした足さきから突き抜けるように頭まで駆け上がって、まるで髪の毛が逆立ちしたかのような毛穴の開きを感じる。

そんな無駄な感動を覚えている間にも敵は距離を詰めて来ていたが、その時には気付く事は無く。

 

「輝! 試合中だぞ!」

「っ!?」

 

 真守の矢のように飛んできた声で、意識が引き戻されたかのように顔を上げて目を見開くと、自陣のゴール前に居た筈の敵FWが足を延ばしてボールを奪い取ろうとしていて。

 それを目で確認すると同時に足裏でボールを自分の背後に転がして、反転して敵ゴールの方を向くと、横からも先ほどクロスを上げていた敵MFが迫ってきているのを感じ取って、同じように彼がボールを取ろうと足を延ばしてきたところで、彼の足の間にボールを転がして背後にボールを回してから、伸ばしていた足とは逆の軸足の後ろを素早く回って、再び自分の足元にボールを納める。

 そのまま、重心を落としてボールを大きく蹴りだして、自分もそれに合わせて真っ直ぐと光線のようにピッチを駆ける。自分の足元から決してボールを離さず、それでいてトップスピードに近い速度でピッチをドリブルで駆け抜けていると、ゴール前になってようやく敵DFが詰めて来て、味方FWへのパスコースが開ける。

 

 でも、欲が出た。

 無限にも思えるほどに開けている味方へとつなぐパスルートを頭の中から消すようにして、ボールと味方の位置と、敵の位置と、そしてプレスしに来る相手が何を狙っているのかを正確に判断する。それさえ分かっていれば、相手が足を出してボールを取ろうとするタイミングも、そうではなくこちらの動きをしっかりと見てから動こうと判断している者がスピードを落とす為に重心を深く下げるタイミングも分かる。

 一人目は足を出してきたから、そのタイミングにピッタリ合わせて加速してからボールと自分との距離を若干広げて、完全に抜き去るとまたボールとの距離を戻して。2人目はボールを俺が何をするのかよく見て警戒しようとしていたから左サイドで張っていた味方にパスを出すふりをして大きく足を振りかぶると、パスコースを消すように足を伸ばしてきたので、ボールを蹴らずにアウトサイドでボールを押し出して横に移動してから、また縦につき放す。

 最後とばかりにCBも距離を縮めて来て、一旦右側にボールを出してからそれを阻害するように伸ばしてきた足をしっかりと確認すると同時に、右足の裏でボールを引きよせて、身体を反転させると同時に左足のインサイドで反転する方向にボールを運んでルーレットで最後の要も抜き去る。

 

「くっそ!」

 

 そして、距離を詰めてきたゴールキーパーに対しては、左足で左側に避けるようにしてから、それにも付いてきたキーパーをしっかりと目で見て、エラシコのように左足のアウトサイドからなぞるように出したボールを、まだ地面に付けていなかった左足のインサイドで強引に右足に戻して。柔らかい股関節故に出来た無茶な行動は、左足でなぞったそのタイミングで右足を踵だけ地面につかせて、つま先を上げていた事でボールがその右足に当たり、無人のゴールへとポテポテのゴロが転がる。

 弱すぎる、ミスキックとも思えるシュートはかさっ、と気の抜けたような音を出しながらネットに当たったところで、一瞬の静寂の後に審判の笛の音が鳴って、チームメイトがわらわらと寄ってくる。

 

 喜んでいるチームメイトの事など全く気にならないほどに、今しがたのゴールを脳裏に鮮明に焼き付けて、試合前と同じように目を瞑って左胸に手を当てて感謝を捧げる。

 これではまるで何かの宗教の敬虔な教徒に思えるが、それも強ち間違っていないのかもしれない。失って初めて持っていたものの大きさを知る、というのはありふれた小説にある展開だが、しかしその通りだ。サッカーを出来なくなって初めて、どれだけそれにいれ込んでいたかを知ることになり、そして再びサッカーが出来るようになってその有難さを知る。だからこうして感謝を捧げて、また再びボールが蹴れるという事に歓喜を感じるのだ。

 

 チームメイトからの激励を受けて、その全てに返しながら、自陣に戻ると同時に次はパスを出すからしっかりとシュートしてくれと伝える。パス練習を文句も言わずにずっとやってきた彼らならば、シュートの際にコースを狙う事も可能だ。

 シュートするのではなく、ゴールの隅を狙ってパスするように。そう伝えると、上級生も分かったと返事をしてからまるで楽しみにするように試合前とは違った笑顔を見せてくれる。そしてDFに対しては、先ほどと同じようにシュートするときに積極的にボールに足を延ばしてコースを塞ぐようにするという指示を飛ばしてから、もし奪い取る事が出来たならボールをとにかく前に飛ばせと指示を出す。

 そのクリアを拾う事が出来たのなら、後は全て司令塔の役目だ。

 


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