エルニーニョ   作:まっぴ~

3 / 17
第2話 初めてのチーム

「へぇ……」

 

 加藤という名の、青葉JFCでのコーチ兼監督を務める男は思わずそんな言葉が口から出てきた。

 視線の先にあるのは、自分が指示したミニゲームで、ある程度サッカーというものが分かっている上級生に混じらせて、各チームに1人の3年生を入れて始めたそのミニゲームの中で、今日初めてクラブチームに入ったというのに目を引く選手がいたのだ。

 本来のこのミニゲームの目的は、新しいメンバーにサッカーの楽しさを知ってもらう為の歓迎試合的な意味合いと、そしてチームの中で他のメンバーがどうやって動いているのかを知ってもらう事で、ポジションというものが存在している事を知ってもらう事。そこに重要な点がある。

 

 そもそも今日初めてボールを蹴る様な少年少女までいるのに、いきなりサッカーをやれと言っても無理な話で、とりあえずは手を使ってはダメということだけ教え込んで、後は球蹴りの要領で皆が楽しんでくれればいいと思っていたのに、いきなり1試合目のミニゲームでこちらの意図を完全に把握しているのか、最終ラインで貼っている少年がいたのだ。

 一人だけ帽子を被っていたから目を引いたが、どうやらあの少年はサッカーというもののルールを理解しているだけではなく、自分で意図的にキーパーとディフェンスの役割を果たそうとしているらしい。

 このミニゲームは毎年の様に行っているが、ボールに向かって走ってはとりあえず蹴って、相手のゴールに向かってというのが大半の子供たちだ。だから、こんなミニゲームでポジションの適性を見る気は無かったのだが、加藤は帽子を被った少年はもうディフェンスかキーパーで決定だと確信する。

 

 自陣のゴールの少し手前で守りながら、コートが狭い故に味方が攻めていてもあまりゴールを離れること無く、急な連携が出来ないこのミニゲームに置いて、キーパーの役割に徹することで彼は上手く動いていた。上級生が自分より前で相手のシュートに対して妨害しようと立っているその位置を的確にとらえて、空いているシュートコースに自分の身体を移動させているのだから大したものだ。

 そこまで考えてやれる小学生が、果たして日本に何人いるというのか。それも、今日初めてクラブチームに参加した様な子供だ。

 

「キーパーはもしかしたらあの子で決定かもなぁ」

 

 GKというポジションは、サッカーが足でボールを蹴るスポーツだと始めは教わるために、どうしても小学生の間は人気の無いポジションだ。

 花形は勿論FWで、目立つのもFWだから昨今のモンスターペアレンツと呼ばれる親御さんからは、ウチの子供にはGKやDFではなくFWをやらせてシュートを撃たせろと文句を言ってくる親が少なくない。幸いにして青葉JFCは他の強豪校と比べて地域に根差していて、近場のサッカーに興味のある子が自主的に入りたがるクラブなので、英才教育を施そうとするモンスターペアレンツが子供を無理やり入れる様な事は無いから、そのような問題には直面していない。

 だが、直面していないという事はそれすなわち、子供たちのやりたいポジションは必然的にテレビでも取り上げられるようなFWに集中するので、どうしてもキーパーというポジションは皆で回していかざるを得ない。青葉JFCは毎年予選で1回勝ち上がれば上出来という程度のチームで、キーパーを安定してやりたがる子供がいないのだ。

 

 なるほど、あの子はキーパーをやりたいんだろうし、ウチのチームで他にやりたいという奴はいないからやらせてあげようと思いながら、加藤は笛を鳴らして5分が経った事を知らせて次のチームに中に入って、今のチームは休憩するように告げる。

 今年の新規加入メンバーも安定して4人だから、ミニゲームは2回やると全員にボールを蹴るチャンスが回ることになる。皆で楽しく、というのを標榜している以上は予め上級生にはとにかく1回は3年生がボールを蹴れるようにしてあげてくれとお願いしているし、先ほどのキーパーに徹していた子もボールを蹴れていたから今年も大丈夫だと確信する。

 新しく入った子供たちがビブスを着て、準備が出来たのを確認してから再び笛を吹いて、次のミニゲームを始める。

 

 そして加藤は、始まってから30秒も経たない内に、空いた口がふさがらなくなった。

 

 真っ直ぐにボールを蹴れるだけで上出来、楽しめていればそれで良い、というのがいつものこのミニゲームの感想だった筈だ。先ほどはポジションを十分に理解して、味方にしっかりとパスを遅れている子がいただけで凄いとすら感じたのに、加藤は青いシャツを着ている少年がボールに触れるたびに、鳥肌が立ちそうになった。

 敵チームの3年生がボールを無造作に蹴った事で彼の味方に渡り、上級生が良い付け通りに初めて参加した彼らにボールを蹴らせてあげようと件の少年にパスを通した次の瞬間、彼は完璧にボールの威力を殺してトラップして見せたのだ。

 

 それだけであれば、驚く事は無かったかもしれない。

 一度のタッチでたまたまそうなる事もあるし、まぐれという可能性は捨てきれない。だが、その少年はファーストタッチするまでボールをしっかりと見ながら、それが自分の足元に収まった事で嬉しそうに笑ったかと思ったら、次の瞬間には顔を上げて味方の位置を確認して、足元のボールを右足の甲で自分の体の右側に押し出してから、右足をそのまま地面に付けて、左足を軸足にするために移動させて、右のインサイドキックで正確に味方にパスを出したのだ。ボールを蹴る際どころか、ボールをトラップしてからパスを出すまで、一度もボールの位置を確認しなかったその少年は、パスを出した後も何故かまた喜色満面の笑みを浮かべている。

 

「おいおい……嘘だろ……」

 

 今までにもパスの上手い子はいた。トラップの上手い子もいた。上級生の中には自分の蹴りやすい位置にボールを動かしてからパス出来る子もいる。ボールを蹴る直前まで味方の位置を見てから、インパクトの瞬間にだけボールを見るという事が出来る子もいる。

 だが、ボールを受けてからパスを出すまで、ボールの位置を全く確認せずにパスを出せる小学生が果たしているだろうか。それも、今日初めてクラブチームに参加する様な小学生だ。

 中学生や高校生ですら、ルックアップという事が重要視されていて、それはつまり出来ていないからこそ重要視されているのであり、ボールから目を離すという事は非常に難しい。ボールを自分の支配下に完全に置いて、自分の意図した場所にあると確信していなければボールを見ずにプレーするというのは不可能だからだ。

 だが、あの少年はさも当たり前のようにそれをやってのける。

 

 一度であればまぐれで片付けられる。

 二度であれば偶然だと思いこむ。

 だが、三度も同じ事が続けばそれはもう確信だ。

 天才、という奴だろうかと加藤は空いた口を閉じながら溜まっていた唾を飲み込む。

 それを合図にするかのように、件の少年はパスをカットすると、今度は味方にパスを出すふりをしてからドリブルを始める。一人、二人と抜き去って行きながら、最終的には全ての敵をトップスピードに乗ったまま置き去りにして、ゴールにシュートを放つ。

 

 思わず、その少年のプレーに見惚れて時間が既に過ぎていた事で慌てて加藤は笛を吹いてから、メンバー全員に集合をかける。そして例年通り、3年生に楽しめたかどうかを聞こうとして、もの凄い笑顔でこちらを見ている青い服の少年と、そして無表情の帽子を被った少年を見て思いとどまる。

 彼らの目は実に対照的で、もっとやりたいと語りかけている目と、次はなんだろうかと受け身の姿勢で指示を待っている目だった。それは、今までのここに居る上級生たちの目とは全く違っていて、思わず昔にくすぶっていた少年時代の夢を思い出しそうになる。

 

「よーし、みんな楽しめたかな? 今日はこのミニゲームをあと何回かやって終わりにするから、最後まで楽しんでやろう!」

 

 だが、結局は去年までと同じセリフを使って彼らにそんな事を言って。

 同じように笛を吹いてゲームを初めて、笛を吹いてゲームを終わらせて。そして上級生も下級生も関係なく皆で後片付けをしてから、今日はコレで解散で次回の練習はまたここで来週の土曜日だと告げて、保護者の方に渡すようにとプリントを配るのも忘れずに行う。

 来週の土曜日と口だけで言っても子供たちは忘れるかもしれないので、その保険として今後一カ月の練習日程を書いた紙と、自分の連絡先として携帯のメールアドレスと番号を乗せた紙を例年渡している。その紙を3年生に一人ずつ配ってから、最後の二人になったところで、加藤は気になっていた少年2人を呼び寄せる。

 

「名前は一条真守君と、十文字輝君だよね?」

「「はい」」

「あー、君たちは既に分かっているかもしれないけど、ご覧の通りウチのチームは人数も少ないし、他のチームに比べると弱いチームだ。僕自身もあまり上手じゃないし、コーチの経験もまだ数年しかない。君たちが本当にサッカーを上手くなりたいって思っているなら知り合いの強いチームに紹介して上げるけどどうする?」

「真守は俺の初めての友達で、初めて俺がパスを出した相手です。だから、合格するか分からないユースチームの試験を受けるよりも家から最も近いこのクラブで一緒に練習して同じチームになりたいと考えてます」

「な、なるほど。十文字君はしっかりした考えを持っているみたいだね」

 

 思わず尻ごみする様な回答が返ってきて、本当に小学3年生なのかと疑いを持ってしまいそうになる。少なくとも十文字輝の方は背丈が小学3年生そのもので、一条真守の方は身長が高いが、それでもその顔の幼さは小学生そのもの。

 例えどれだけプレーが上手かろうと、物言いに優れていようと、成熟している子なのだろうと頭を振って疑いを消し飛ばす。

 

「あと、ウチは実力主義じゃなくて楽しくやるのが目標だから、君がどれだけ上手くてもスタメンフル出場は難しいかもしれない。それでも大丈夫かな?」

「構いません。僕としてもサッカーは楽しんでやりたいですし、チームメイトには楽しんで欲しいと考えています。僕としては、真守と同じチームで同じピッチに立たせてくれれば大丈夫です」

「一条君も同じ考えかな?」

「輝と一緒に出来るならそれがいい」

「……分かったよ。二人ともしっかり考えてこのチームに居るみたいだし、歓迎するよ。僕もまだまだ未熟なコーチだから、気付いた事があれば何でも言って欲しい。これからよろしくね」

「「はい! 宜しくお願いします!」」

 

 これは監督として荷が重そうだと苦笑しながら、加藤はプリントを二人に渡した。

 




なるほど・・・小学生編はずっと説明語りになりそうだから書いててつまらないのでたぶん後数話したら飛ばします。
そして、一気に高校生編にしてから原作に関わらせるつもりです。
そりゃ小学生の内からラブコメ絡められる訳が無い・・・。

という訳で、主要キャラの設定は既に頭の中に浮かんだものをメモっていたりします。
後はヒロインだけだけど・・・誰かアニメキャラから引っ張りたいなぁと思う今日この頃。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。