エルニーニョ   作:まっぴ~

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タグが分けられていなかったらしい・・・
感想で指摘してくれた人ありがとうございますm(__)m


第1話 初蹴り

 ボールを蹴るたびに、まるで身体の中を電流が走り抜けたかのような歓喜が満たして、それが原動力となってまたもう一度ボールを蹴って。

 白と黒の、4号級と呼ばれる小学校用のそれよりももう一つ小さい3号級。小学校低学年以下の為に作られているそのボールを蹴って、壁に当たって跳ね返ってきたそれをもう一度蹴り込んではトラップして、また壁に向かって蹴るという動作をもう何度繰り返したのか分からない。ボールを蹴れるのだという、走れるのだという事が嬉しすぎて、時間を忘れたように、それこそ狂ったようにボールを蹴り続ける毎日が繰り返されたおかげで、靴は1カ月でボロボロになり、ボールは3カ月を待たずに塗装がはがれおちて、どこかしらが凹んだり膨れ上がったりするために、普通に真っ直ぐ転がらなくなる。

 

 神のいたずらなのか、それともそれが天運だったとでも言うのか、まるで誰かに言っても信じてもらえない様な事を体験したという事は、分かっているつもりだ。

 転生、と言えばいいのだろうか。輪廻転生という考え方は仏教のそれだった筈だが、しかしもう一度サッカーが出来るのだという事を考えれば、今こうしてボールを蹴る事が出来ているこの世は天国とも言える。どの宗教の神様仏様が俺の事を救ってくれたのかは分からないが、少なくとも俺自身はサッカーの神様だと信じている。

 もう一度チャンスをくれたその神様に、どうやって恩返しをすればいいのかは分からない。そんなに頭がいい訳じゃないから、考えたところで恩返しの方法はやっぱりボールを蹴る事しか思い浮かばなかった。サッカーをするチャンスを与えてくれた神様に報いるために、今度こそ楽しみまくって、そして出来る事なら、誰もが見ているだけで心躍らされるような、世界最高のプレーをすることが、たぶん俺に出来る恩返しなのだ。

 

 その為の土台は揃っている。

 前の時とは違って息切れしない丈夫な身体に、思った通りに動いてくれる手足。こんな事を言ったら貧しい国で必死にサッカーをやっている子供たちに怒られるかもしれないけれど、何度ボールと靴をダメにしても、もうこれ以上は無理だという段階にまでなれば買い与えてくれる裕福な父。泥だらけになって家に帰ると苦笑しながら服を選択して、美味しいご飯を作ってくれる母。

 ならばもう、目指すしかない。世界最高のプレーが出来る、世界最高の選手を。

 

 そんな思いでボールを蹴り続けてもう既に9年は経っただろう。

 幼稚園では時間さえあればボールを蹴っていたおかげで、友達と呼べる友達は一人しかできなかった。それでも幼稚園の先生や親に心配をかけたく無くて、皆で遊ぶ際にはサッカーを提案して皆が面白くなるように一緒に遊んだりしたおかげで、問題視されているという事は無い筈だ。別に問題視されていたとしても結局何か行動を変えるという事は無いのかもしれないけれど。

 そして続いた小学校でも、友達と呼べる子はそれほど多くは無い。今にして思えば、精神年齢がかけ離れていたためという事もあるのかもしれない。ただ、友達になれた子は皆、サッカーが好きで一緒にやってくれる子たちだったから、遊び相手に困る事は無かった。

 テレビゲームをやろうとか、野球をやろうとか誘ってくれた子には悪いと思いながらもサッカーだけを貫いてやってきたおかげなのか、小学校3年生にして既にサッカーバカというあだ名が付いてしまっているのが、嬉しくて仕方がない。周りから見たらサッカーの事しか頭にない奴だと思われている事は、俺にとっては最大級の賛辞に思えた。

 

「輝! コーチがそろそろ集合だって!」

「分かった」

 

 壁当てをしていた俺を呼びに来たのは帽子をかぶった少年で、一番付き合いの古い友人だ。

 一条真守という名前で、同じ幼稚園だったことからその関係が発展したのだが、そもそもの始まりは俺が一人でボールを蹴っている所に何をしているのかと近づいて聞いて来て、彼にサッカーの素晴らしさを教えてあげたのが始まりだ。それで素直に興味を持ってくれて、一緒にボールを蹴るかと誘ったらやりたいと言ってくれて、それから小学校2年生までずっと俺の練習相手として遊んでくれている。

 その彼が呼びに来たというのは、今日から二人で参加する青葉JFCのコーチがとうとう姿を現して、これからいよいよクラブチームでのサッカーが始まるという事だ。

 

 3年生からじゃないと参加出来ないこの青葉JFCというチームは、俺と真守の家からは一番通いやすい場所で練習をしていたからというのが一番の決め手だ。神奈川県の中であれば、湘南のユースチームや、J1の横浜エルマーレスのユースチーム、鎌倉SSSがそれなりに神奈川県予選を勝ち上がる強豪クラブとしては有名だが、そのいずれも生憎と場所が遠いし、ユースチームに入るには試験を合格しなければならないので、俺と真守が一緒に合格できるかは分からない以上、安全策を取るしかない。

 せっかく初めてできた友達とサッカーが出来るのだから、最初ばかりは同じチームでやりたい。それから先の事はたぶんそれぞれの道に従ってチームが別れて、戦うことになるかもしれないけど、最初だけは同じチームでやりたいというのは俺のエゴだ。

 そして真守に連れて行かれた場所では既に何人かが集まっていて、細身の監督が待っていた。遠くから見ても一目で分かる引き締まった体は、アスリートとしてやっていけそうな身体つきで、恐らくは選手として戦っていた時代もあったのだろう。

 

「みんなよく来てくれた。青葉JFCへようこそ。今日は軽く動いてから、ミニゲームをしよう。上級生と一緒にプレーして、サッカーを楽しんでくれ。あと、怪我をしないように。それじゃあ、皆今日は頑張ろう!」

「「はい!」」

 

 コーチの歓迎の言葉に、新しく参加することになる3年生たちが声を揃えて返事をする。

 その誰もがこれから待ち受けるミニゲームに対するやる気に満ち溢れていて、ウォーミングアップとして行われたダッシュや、軽いパス練習から既に楽しんでいる事が伝わってくる。

 いつもはあまり表情を変えない真守も、今日ばかりは緊張もしているのか、若干身体が堅くなっている。それでも、楽しみでもある様で、緊張と相まってボールを蹴る時に力が入り過ぎていたり、微妙に笑っていたりする。そんな真守や、同じく3年生で今日この日に一緒に参加するメンバー、そして上級生を見ながら、これからこのチームでサッカーをするのだという意識を新たに持って、ボールを蹴り込んで行く。

 夢にまで見た、サッカー。

 壁当てではなく、真守とのパス練習でもシュート練習でもない、複数人でするサッカー。例えミニゲームだろうとも楽しみであるのには変わりがなく、まだかまだかと身体は心臓の音を大きくしながら、その開始の時を待っていた。

 




このくらい短いのをとんとん拍子に投稿すればいいのだろうか

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