エルニーニョ   作:まっぴ~

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第12話 歓迎会

 女子というのは、男にとってみれば最もこの世で理解しがたい生物だ。

 年上の女性は自分よりもやけに大人びて見えて、謎という言葉で身を覆っているかのように感じられる。年下の少女には翻弄されるばかりとなり、そのエネルギーがどこからきているのか計り知れない。そして何よりも、同年代の女子というのは一番分からない生き物だ。何を考えているのか、何を思っているのか。普段話していてさえその言葉尻から何かをつかみ取ろうと言うのは至難の技で、沈黙を金とする日本人女性ならばそれはハードルが最高度に上がる。

 つまり、アリストテレスが言うように自分が作った垣根を取り除いても、まだその家の前には庭があり、深い池が設置してあるのだ。それを越えない事には、家に辿りつく事は出来そうにはない。

 

「ここの喫茶店ね、カフェオレがボウルに入って出てくるんだよー」

 

 と、楽しそうにニコニコと笑いながら説明している少女。

 その横で実に手慣れた感じでアイスコーヒーを頼んでいるでっかい奴。

 反対側でこの暑い時期に何故かホットコーヒーを頼んでいる物静かな少女。

 口笛吹きながらメニューを眺めてから、ケーキセットを頼んだノリのいい男。

 そして右も左も分からずにこんな場所に連れてこられた俺という五人組は、横浜市内のとある喫茶店に制服のまま入っている訳だが、どうも下校途中での寄り道にはうるさく言われていないらしい。なぜならば、生真面目という言葉が似合いそうな真守が反対しなかったからというのが大きな理由であり、何故か三枝が二見に確認して校則にはそんな事が書いていないと確認済みだったからだ。

 この際、二見が何で校則を覚えているのかという疑問は抜きにしても、しかし学校から駅へ向かい、その中を通って反対側の繁華している方に移動する必要まであったのだろうかという疑問が残る。別に学校に備え付けてあるカフェテラスでも良かったのではなかろうか、という疑問は、しかし件のニコニコとしている少女がカフェオレを頼んだ事で解消される。

 

「カフェオレボウルか。フランスでは見かけた事もあるけど、日本でもボウルで出してる店があったんだな」

「へー、フランスにもそういうお店があるの?」

 

 せっかくだから、という事で三枝と同じようにカフェオレを頼んでみると、まるで日本がボウルで出す国の発祥だとでも言うかのようにその少女はフランスという所に意外性を見出したかのような声を上げる。

 暑い時期だがクーラーの効いている店内はそれなりに涼しくて、せっかくだからと頼んだ温かい飲み物も無駄にはならなさそうだと思いながら、それを胃の中に流し込んでから少女の言を否定しようとした刹那、読んでいた本から目をそらさずに二見が口を開いた。

 

「カフェオレボウルは元々ヨーロッパの発祥よ。ヨーロッパにおいて当初は高級品だった珈琲が盛んに飲まれるようになったのは1900年代に入ってから。フランスではスープにパンを浸して食べていた影響で、朝食に出てきた珈琲にパンを浸してスプーンで掬っていたの。それが今でも伝統として残っているから、カフェオレをボウルで提供しているお店があるのよ。だから本来なら、そうやってボウルを直接掴んで飲むのではなく、スプーンですくって飲むのが正しい飲み方ね」

「なるほどー。よーするに、スプーンで飲めばいいんだよね?」

「そうね。尤も、日本では間違った認識がされて手でそのまま持って飲む方法が一般的になりつつあるから、間違っているとも言えないわ。伝統というのは結局、どれだけ多くの人がそうしてきたかという事実でしかないのだから」

「そっかー。それなら手で持って飲もうかなー。冬だとこうして温かいのが手に伝わるから、それがいいんだよねー」

 

 タイプは正反対。

 どうしてこの女性二人が幼馴染として友人関係でいられたのか不思議でならないが、人間関係というのはそう言うものなのかもしれない。自分と全く同じ人間よりも、自分と正反対の人間の方が上手く、そして長く付き合えるものだ。たぶん、何かしらこの二人の間にネジが一本抜けていたら、歯車はかみ合わなかった筈だ。それこそ、正反対の人間というのは話していて常に楽しいばかりではないと言うのが必然だから。だけど、生涯の親友になれる様な一人は、一瞬のすれ違いで不倶戴天の敵になると言うのもこれまた人間関係の妙。

 明るく活発で陽気な三枝と、冷静沈着で何事にも動じなさそうなクールな二見という組み合わせは、もしかしたら当人が思っている以上に上手く行っている関係なのだろう。

 

「誰の友にもなろうとする人間は、誰の友人でもない……か。言い得て妙だな」

「おー……んー? どういう意味?」

「……いや、俺もどういう意味か分からん」

「右に同じく」

 

 そんな2人を見て言ってみた言葉は、しかし件の少女たちの片方には理解される事は無い。そして、その恋人たるノッポも長い身体ごと首を横に振るだけ。位置取りとしては彼の左には座っていない鬼丸も、同じようにして首を横に振っている。

 だが、先ほどから決して本から目を離していない少女だけは、期待の目が小動物から向けられると同時に、一枚ページを捲って口を開く。

 

「ドイツの植物学者の言葉よ。日本語で言うなら八方美人が近い言葉ね。尤も、彼は今しがたの言葉をそのままの意味で用いたわけではなく、逆説的に使ったみたいだけれども」

「……つまり?」

「友達の少なさそうな私にとって、真の友と呼べる人間はあなた一人だけに見えるという事よ」

「おぉ! なるほど! 真友(しんゆう)だね!」

「……恐らくあなたの頭の中では“しん”の文字が違っているのでしょうけど、概ねそんな感じよ」

 

 そして答えるままに、言葉とは関係なくこちらにじと目をしてくる二見。

 思わず彼女が説明を始めてから俺に関わらず、全員が彼女の方に視線を向けていたから自然とその視線が交差する。まるで、学者が観察対象に向けるかのような視線。もっと身近な例で言えば、スカウトマンがプレーを観察している時のような、評価を下そうとでも言うかのような目。

 普通に先ほどの言葉を正面から捉えるならば、二見ではなく三枝に言った言葉で、八方美人だと評したのだと思われてもおかしくは無い。だが、その言葉に込められた意味が三枝ではなく自分の方に向いているという事を、読書しながらこの少女は気付いたに違いない。恐らく自分はそれに驚愕の表情をしている筈で――鏡が無いから分からないが――そして、彼女はそれを俺と視線を合わせる事で答え合わせとして模範解答足り得たのか確かめようとしたのだろう。

 

「よく分かったな。俺の言いたい事が」

「そうね。一見そのまま額縁通りの意味で捉えそうになったけれど、流石にそのままの意味で捉えるには陽香は当てはまらない。そうなれば、会話していた相手方に対しての言葉、という事になるのでしょうけど、私に友人が多いとは到底思える筈がない」

「それで、君に対しての言葉だと気付いたわけだ」

「……そしてあなた、私が気付くか試したでしょう?」

 

 パタン、と本を閉じながらジト目から睨みつける様な眼へと変貌を遂げる。

 先ほど言われていたようにカフェオレボウルからはスプーンで飲むのではなく、男らしく――なのかは実際には分からないが――豪快に飲む事でその視線から目をそらす。が、ボウルの中身が半分ほどになったところでそれを置いたところで、相手の視線が逸らされている訳ではなかったので肩を竦めるしかない。

 座っているのだから肩で風を切る訳にも行かず。背もたれがあるから後ろに逃げ道もない。

 

「何故、そう思う?」

「男子2人とは同じ部活でしょうから、既に会話はしている筈。という事は、あなたの言葉をそのまま捉える可能性がある。陽香については、昼食での時間でバカだという事は理解できている筈」

「ば、バカじゃないよっ!?」

「……そうね。言い間違えたわ。頭の弱い子だと分かっている筈」

 

 その頭の弱い子は、“真友”のストレートな言葉に落ち込み始めたので彼氏に慰めてもらうとして、この睨みつける様な視線には背筋を伸ばさざるを得ない。

 温かい飲み物を飲んでいた筈なのに冷や汗をかいてしまいそうになるほどの、圧倒的な存在感はついぞ日本に帰って来てからは味わっていない感覚だ。まるで全身が総気立つような、自分が笑みを浮かべてしまいそうになる目つき。――あれ? 俺Mだったのか?

 

「つまり私が何か言わない限りは誤解のままに終わる可能性もある。あなたがその誤解を解けばいいとは雖も、後付けでは言い訳のように聞こえなくもない。それを回避するためには、第三者の意見が最も効果的となる」

「なるほど、それもまた言い得て妙だ」

「私は、私自身が学校でなんと噂されているのかを知らない訳ではないわ」

「天才だと専ら言われているみたいだな」

「同学年の生徒は成績優秀者が試験でその点数を張り出される事で分かりやすい図式として理解しているのでしょうが、転校間もないあなたが私をそうだと断定することは無理。そうなれば、判断してみたくなるのは人の性(さが)。今しがたのあなたの言葉の真の意味に気付けるのかどうか、という事で判断しようと考えた事は想像するに容易いわ」

 

 結構結構。

 などとまるで中二病を患っている患者のような考え方になってしまう。

 どうやらIQがずば抜けて高いという噂のこの少女は、その噂に負けず劣らず天才と称されてしかるべき生徒であるらしい。それならばこそ、クラスメイトが彼女を遠巻きにしているかのような接し方も頷けるというものだ。初めはイジメの対象かとも思われたが、しかし三枝が好意的に話しかけている以上その選択肢は頭から除外されて。結局はわらわらと転校生を質問攻めに来ていたクラスメイトにそれとなく聞いて見たら、そうやって返されたという訳だ。

 人付き合いがうまいというのは、人を許せるという事だ、という言葉もある。つまりは人付き合いの上手いであろう三枝は他人を許せる人間という事で、二見が作った垣根を取り壊したのだろう。どうにも他の人間にはその垣根は壊せなかったようで、その高身長ゆえに垣根の上から家を覗き見る事が出来る真守と、巧みなボールコントロールで家の中にボールを蹴り込むことの出来る鬼丸には、垣根は関係なかったようだが。

 

「……でも、癇に障るわね」

「天才かどうか試された事が?」

「違うわ。試す為にこんな回りくどい方法を取った挙句に、私にこうして説明させるという所まであなたの筋書き通りに言わされているという現状が、よ」

「……へー、そこまで分かるなら噂以上の天才ってことか」

「私がもしも途中で説明をやめたり、或いはしていなかったら、あなたは今後めぼしい指標が出るまでは私の事を侮るかもしれない。だけど、回避策はあなたの意図した通りに回答を導き出すしかない。どちらに転んでも私に利点がないような抜け目のない策を取るあたり、いい性格してるわね、転校生さん」

「それでも乗っかったという事は、噂の天才少女は負けず嫌いという訳だ」

「そして乗るしかない策を立てて、結局は意図通りになる事であなたは私の事を低く見ているじゃない。それで挽回として私の読書の時間を割いてまで会話に意識を向けさせようという、その意図。癇に障ると思わない訳ではないでしょう?」

 

 最早、残り三人は置いてけぼりと評価するのが正しいと感じる様な、会話のキャッチボール。キャッチボールというのは2人でも出来ることだし、それ以上の人数でも出来ることだが、ボールが1つしか投げられなければ、そのボールを回さない限りは双方向での行き来となる。

 さて、野球と違ってサッカーはボールを使ってパスを出せるのだし、誰かにボールを回してもいいかと思い始めて三人の表情を覗うに、鬼丸と三枝の二人が実に楽しそうな笑みを浮かべていて、真守の方は驚愕を二見に向けている。その表情から汲み取るべき心情は、恐らく二見栞という少女がこれほどまでに饒舌になって、そして対抗心を剥き出しにしているのが普段からは考えられない為に、もっと素の表情が見たいという所だろう。

 或いは二見自らが“親友”だと評価した三枝の方は、見た事のある彼女の姿なのかもしれないけれど。

 

「栞ちゃんも十文字君も、楽しそうだね」

「ああ、そうだな」

「二見さんがこんなに喋るのも珍しいけど、十文字が二見さん相手に頭いいと思わせてるのが意外だよね♪」

 

 外野は三人。喧しくは無いが、どうやら静かにするという訳ではないらしい。

 

 

 

 

 

 口論、と評するべきなのだろうか。

 いや、口論という言葉の意味は、文字通り言葉を使って、口で言い争う事の意味であるのだからあまり状況に適した言葉ではないに違いない。

 ならば状況に適した言葉をチョイスするならば、議論という言葉を使うべきだろう。その意味は互いの意見を述べて論じ合う事であるからして、先ほどの客観的にも主観的にも訳の分からない議論は文字通りその言葉が適しているのだ。

 つまり何かと言えば、当の張本人ですら現状困惑中であるのだから、外野にしてみれば議論の内容について来る事すら困難であっただろうが、しかし内容ではなく表層的な、水面下での攻防がどちらが有利だったのかという事を見れば決着は明らかだ。

 

 ――何故なら、彼女は本を読んでいる。

 

 それの意味するところは俺の敗北。そして彼女の勝利。

 言葉の上では、納得したのならばいいわ、という彼女の言葉によって終結を迎えたこの議論らしからぬ議論は、勝敗のつく勝負ではなかったのかもしれない。だが、店に入る前とは打って変わって笑顔で読書に努めている彼女の表情を見れば、誰もが満足しているのだと思う事だろう。

 なるほど、美少女が飲み物片手に読書しながら微笑を浮かべているというのは何とも絵になる光景である。芸術家の一端であると自らの事を考える以上は、そこに美的な要素を感じざるを得ない。

“演出家”ではないので、これが自らが作りだした光景であるとは思えないのが癪だが。

 

「はー、なんか難しい話ししてたけど、結局さー、十文字君と栞ちゃんは何を話してたの?」

「短く纏めるなら俺が性格悪い奴で、二見が負けず嫌いって事をお互いに認めた上で、俺が悪かったと自分で認めた感じだな」

「んー……口げんか?」

「一種そんな意味合いもあったかもしれないな」

「そっかぁー。でも、けんかしたならちゃんと仲直りもしなきゃダメだよ? 真守君の幼馴染と私の幼馴染が仲悪いのは嫌だもん」

 

 この笑みは、浮かびあがったのではなく、浮かべ上げた笑みだと分かるのは人間観察の賜物だろう。男女共に、貼り付けた笑みというのは以外に相手に伝わりやすいものだ。それがなぜ伝わるのかという説明を求められた時に人は苦労するが、その主な原因は目だ。

 表情でなんとなく、という人は9割方目を見ている事がほとんどだ。人間は顔のパーツをふんだんに使って表情を作っているが、中でも目が果たしている役割というのは非常に大きい。赤ん坊に母親の目の写真だけを見せた時に泣きやんだという実験結果があるくらいなのだから、科学的にも証明されている事であり、文学的には古くから目で語っているとか、眼光という言葉もあるくらいだ。古人も昔からそう感じていたのだろう。

 

「喧嘩したら駄目だ、とか言わないのな」

「けんかしちゃうのは仕方ないと思うんだ。私だって色んな人とけんかする事あるから、人に偉そうに言えない。でも、けんかしちゃったら必ずごめんなさいって謝ることにしてるの。それで許してくれるなら、今まで以上にもっと仲良くなれると思うから」

「……ほう、ただ頭が弱い訳じゃないってか。真守が君の事を気にいった理由が少し分かる気がする」

「当たり前じゃない。陽香は私が親友だと認めるただ一人の子よ」

「それもそうか。安易に判断して悪いな、三枝」

「え、えっと……? どういたしまして?」

 

 思わずもれてしまう笑みの意味を、小さな少女は恐らくは理解できていないのだろうけれど、一層笑みの深度を深くした本に視線を落としている少女は理解しているのだろう。自然にぽん、と頭の上に手をやっている真守も理解できたはずで、何とも微笑ましい光景だ。

 もうこの少女の前で今日はこれ以上論議を深めるまい、と心に深く秘めるべき事は、恐らくは頭のいい少女が笑みを深めたという事実についてだろう。彼女が喜んだのは自分の親友が訳も分からず転校生に低く見られる事は無くなったという事であり、それはつまり、自らの優位性を相手に認めさせる事が、彼女自身が認めたものに対しての評価にすら繋がるから為した行為であり、“好意”なのだ。

 

「相対性理論という素晴らしき物理理論を提唱した、かの有名なアインシュタインはかつてこんな事を言っている。自分自身の事について誠実で無い人間は、他人から重んじられる資格はない。三枝はどうやら、真に言葉を体現しているようだな」

「えっと……うーん、難しい言い回しだから十文字君が何言いたいのか……」

「あなたを素晴らしい人間だと認め、尊敬すると言っているのよ」

「おお、なるほど! って、別に尊敬される様な人間じゃにゃいよ!」

 

 噛んだ。噛んだな。噛んだわね。噛んじゃったな。

 と、四人の考えた事が一致するという奇跡が到来した筈で、件の少女は誤魔化すかのようにボウルを手にとって中のカフェオレを飲み干す。カフェオレの熱気のせいで頬が染まっていると言い訳するには既に飲み物が運ばれてきてから時間も経っていて粗熱も取れている。

 だから、敢えて突っ込む様な意地の悪い人間はここには居なかった。

 

「そうだな……重んじた証として、ファーストネームで呼ばせてやるし、呼んでやる。どうせ歓迎会と称してそれが目的だったんだろ?」

「あ、あれ? どうして何も言ってないのに分かったの?」

「お前は仲のいい奴には名前呼びというタイプの人間だ。そして、彼氏の幼馴染相手には仲良くしておきたいと考えるのが普通。だが、事前に俺の情報を真守から与えられていたのではいきなりその提案をするのも憚られる。なら、仲良くなってからと考えるのが筋だ」

「まぁ、分かってるならいいや! 輝君って呼んでもいい?」

「純真な女慣れしていない日本人男子学生とは違ってこちとら帰国子女だからな。そっちの方がむしろ慣れている感じがあるのは正直なところだ。鬼丸も二見も、ファーストネームで構わん」

 

 あ、そうなの? なら俺も春樹でいいよ、と音符を最後に付けそうな、軽薄を演出するかのような言い回しでいつも通り――というほどに長い付き合いでもないが――に言ってのける春樹。それに対して、本から視線を外さずにぶっきらぼうに言ってのける二見。

 

「そう? でも私は名字でお願いするわ。どうしても名前呼びさせたかったら私の事を言い負かすくらいの気概を見せて頂戴」

「そりゃ遠慮する。骨が折れそうだ」

「無理、とは言わないのね」

「何事にも不可能は無いってのが信条でね。可能か、死か。でも今はさっきのを蒸し返す気は無いから遠慮しておく」

「あら、そう。なら楽しみにしておくわ」

 

 たぶん、笑みを浮かべたのは小説が面白かったからなのだろうと思っておく。

 思っておくという表現を使っている時点で、それ以外にも感じる事があると言っている様なものだが、案外人間という生き物は思いこみでなんとかなるものだし、その上でその思い込みを信じ切れる生物でもある。何せ、想像妊娠などという言葉もあるくらいだ。

 ……そう言えば、想像妊娠って言葉だけ知っているが何の事だったか。後で家に帰ってから調べてみよう。

 

 日本人は奥ゆかしい性格で、異性の名前呼びには抵抗があると考えていたが、生憎とそうでもないらしいと思えたそれを覆してくれるのも、やはり日本人だ。

 結局は人それぞれという結論に終わるのだろうが、個性というのは集団の中で磨かれるものであって、属している集団に日本人が多ければ自然と日本人的な考えになるのは必然だ。だから、名前呼びをするために親睦を深めようと考える三枝――いや、陽香は少しずれているのかもしれないし、逆に言えば現在の母集団たるこの五人組の中では二見がずれているのかもしれない。

 まあ、何にしたところで結局はこうして普通に“五人組”だと思ってしまっている辺り、俺も陽香の意図通りに動かされていたのだろう。いや、この場合は期待通りとする方が適切なのかもしれないが。

 後は、隣に座っている“親友”を眺めて笑みを浮かべている辺り、意図するところは別の方向にもあったのかもしれないが、それは預かり知らぬところだ。例え僅かばかりにも気付いたとしても、預かった覚えが無いのだから。

 

 結局は、ボールを上手くパス出来たとしても、未だに試合の流れを自分の意図通りには作れない選手なのだ。

 サッカーはそれほど関係ない歓迎会だったが、まだまだ自分が最高の選手足り得ないと痛感するに至る結果をもたらしてくれたらしい。

 




早く主人公にサッカーさせろよ、という感想を頂きました。
全く以てその通り。
そう思って展開を考えましたが、どうしても数話ほど人物模様が続きます。
本格的にサッカーしてる感じの文章を書くのは、選手権で江ノ島と葉蔭がぶつかる所から、と最初から予定していたので、だいぶ先になります。
いわばずっと序章が続いている感じなので、選手権が始まるところまで待てない人はだいぶ待って下さい。
申し訳ないm(__)m

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