エルニーニョ   作:まっぴ~

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第9話 転校生

 転校生、というのは噂が回るのが非常に早いものだ。

 昔に比べると娯楽の多くなった現代社会においても、学生の噂話に花を咲かせることは昔から相場が決まっている。恋愛に、成績に、スポーツに。恒常的なそれらに比べて、転校生というそのキーワードはまさしく桜を思わせるような花の咲かせ方をする。誰もの目を引く様な咲き方をして、そして一瞬で散りゆく様は非常に似ている。数日は噂が持ちきりとなって視線を集め、それも無かったかのように噂されなくなる所が。

 だが、桜の花もその咲き始めは人の視線を集める事もないのだろうが、それが既に人の記憶にあるのだったら話しは別だ。

 つまり、抽象的な表現で話しを曲げずに直接的に考えるのであれば、まるで動物園のパンダのようだ、という事だ。

 

「海外ってどこから来たの?」

「一条君と知り合いって本当?」

「サッカー上手なの?」

 

 と、こうして一つ一つ質問に答えなければならないというのは面倒だが、しかし女の子に囲まれるというのは悪い気分ではない。スペインではサッカーばかりだったから、という理由を考えてしまうとまるでそれを原因にしているようで嫌だが、しかしそれが原因の一つであることに疑いは無い。

 寮生活ではなく、知り合いの家に下宿させてもらっていたのだから当然女の子など連れ込める訳もなく――家主はむしろ進めている疑惑があったが――そして暇さえあれば練習だったのだから女性の尻を追いかけている様な暇もあるわけがなかった。

 だからこうして今の状況を楽しめるのは、こういう顔に生んでくれた両親に感謝するべきなのだろうが、こうしてクラスメイトが寄ってくる現状を見ると、やはり目に付くのは寄って来ないで自分の席から動こうとしない生徒だ。

 

 だが、授業が始まってしまえばそんな生徒も目立たなくなる。

 教師が教室に入ってきた事で無秩序だった教室の中は誰に言われるともなく秩序を取り戻す。その様は、進学校ならではのものとも思わされたが、しかし偏差値の高い進学校と言っても授業中に話しをしている様な生徒もいれば、或いは授業そっちのけで寝ている様な生徒もいる。

 そんな生徒を見つけては起こすような先生もいれば、苦笑してそれを見逃している様な先生もいる。前者は真面目な先生で、後者は言わずもがな。恐らくは部活動をしている生徒に対して寛容な教師なのだろう。昨日の試合を見ていたから、試合に出ている生徒の事はよく覚えていて、彼は確か鬼丸春樹という名前だった筈だ。右サイドでしきりに動いていたから疲れも溜まっているだろう。

 

 だから、それとは逆に起きて真面目に授業を受けている真守の姿というのは目立つ。

 身長ゆえというのもあるのだろうが、それよりも真面目に授業を受けているというその姿に衝撃を受けているからという度合いの方が強いかもしれない。でも、その衝撃はすぐに解消されることになったのは幸運なのか、それとも不幸な事なのか。

 転校生だから、という事で記念にこの問題を解いて見ろと数学の教師に当てられて、この単語の意味を答えて見ろと国語の教師に当てられて、ケッペンだかてっぺんだか知らない奴の気候区分について社会の教師に当てられて。その全てに答えられなかった事で、教師の中でもクラスメイトの中でも、勉強の出来ない人間という事がしっかりと記憶された筈だ。逆に言えば、旧友のよしみで助けて見ろ、と代わりに当てられた真守が答えられている姿が、答えを物語っていた。

 つまり、勉強しないとマズイということである。

 

 進学校だから授業のレベルが高いのは当たり前だが、流石に全く分からないというのは予想外だった。これでも日本人学校というのには通っていたし、それほどまでに成績が低いつもりもなかった。だが、サッカーだけではなく学力でも県内での呼び声高いこの高校では足りなかったらしい。それもこれもサッカーばかりしていたのだから当たり前だが。

 だが、生憎と英語だけはお手の物だ。スペイン語は勿論日常会話どころかそれ以上に話せるが、英語については何度かイギリスに行った事があるというそれを含めて勉強を重ねて、チームの英語圏出身の選手と会話をこなせるようにしたために、なんとか帰国子女という面目は保たれた。

 そしてその苦行のような授業日程は全部終わり、机に突っ伏していると今度は朝のHR(ホームルーム)前とは違って囲まれる事もなくなる。

 

「……輝、大丈夫か?」

「いや、ダメ。もう無理。授業の単語が全部呪文に聞こえる」

「とりあえず学校の案内しろって頼まれてるんだけど、行けるか?」

「……ま、それくらいの気力ならまだ残ってる」

 

 まるでぺしゃんこになっていた浮輪に空気を入れるかのようにして立ち上がり、ふらふらと幽霊のように導かれるままに真守の後をついて行く。

 鬼火について行っている訳ではないが、火のように目立つのはその身長ゆえなのだろう。そして、鬼火ではなく幽霊のような俺の方にまで視線が向いているのは、この学校においては恐らく有名人であろう真守が案内している転校生だから、という所に因るのが大きいと推定できる。

 或いは、この顔のつくりのせいだと傲慢に考えて傲岸不遜になってもいいのかもしれない。そうなるくらいには、小声で話されている自分に対する評価が耳に聞こえるほどに聴力が優れているつもりだ。

 

 職員室、体育館、食堂、カフェテラス、屋上、家庭科室、保健室、音楽室、美術室、空き教室、視聴覚室、理科室、部室。およそ学校生活を送る上で必要だと思われるほとんどの場所に案内されてから、最後にグラウンドへと足を運ぶ。

 勿論その前に案内された更衣室で着替えて来てから。そして足を運んだ先はサッカー部が使っているグラウンドだ。昨日の試合で辛くも勝利したサッカー部が急遽練習をしているその土のグラウンドでは、授業が終わってからの放課後というのに、早くも部員に相当の疲れが見えている。当然、昨日出場していたスタメンは疲れているだろうが、それだけではなく控えだろう者に、強豪校ゆえにそこにすら入れない所謂二軍三軍と呼ばれる様な者たちにまで疲れが見えるのは、納得の行っていない監督による扱きなのだろう。

 そして、真守が案内役を任されているというのは昨日の試合で彼が自分が果たすべきプレーを全うしてのけたから、という事に他ならない筈だ。

 

「田岡監督、連れてきました」

「お久しぶりです。この度はサッカー部への入部希望を受理して頂いてありがとうございます」

「ああ。早速だが紅白戦で実力を彼らに見せてもらいたい。ポジションはトップ下で大丈夫か?」

「はい、それでお願いします」

 

 いきなりの紅白戦とは予想していなかったが、それだけ実力を見計らいかねているという感触は間違いないだろう。編入という制度も、スポーツ特待という制度もこの学校にはあったが、しかしそれらを組み合わせてという生徒は今までに一人もいなかっただけに、俺という存在の転校を認めることには色々と物議を醸したに違いない。

 それこそ、学校側は編入に渋い顔をして、それを頷かせるためにJFAが学校と交渉の場を設けたと聞いているし、実力のほどを確かめるためにわざわざ田岡監督が練習試合を見学に来た事も覚えている。

 

「アップは必要か?」

「……スタメンが相手ですか?」

「そうだ。知っての通り、君は高校総体(インターハイ)の出場規定に引っかかるからな。出場出来ない以上は冬までは控えチームでスタメンの相手をしてもらう」

「そうですね――」

 

 今しがた行われている紅白戦を見ながら、アップが必要かの判断に入る。

 スタメンには昨日の疲れが残っていると言っても、流石に2年も総体出場を逃した事の無い強豪校だけあって、点差は開いている。当然自らのチームの控え相手にそれくらいの実力差を見せつけられないようでは、強豪校のスタメンなど張れる訳もないだろうが、アップが必要なほどの相手かと言われると疑問を感じざるを得ない。これでも、今までは世界のトップレベルを相手に練習していたのだから。

 

「自分の発言を理解した上で失礼な事を云いますが……正直スタメン相手でもアップにしかならないと思います」

「実に頼もしい発言だな」

 

 ふ、と笑わなさそうなこのいかにも強豪校の監督ですという顔をした御仁は笑ってから、ボールアウトしたところで一旦試合を止めてからメンバー交代を告げる。

 スタメン組にGKとして真守が入り、そして控え組のトップ下と俺が交代。その際に文句を言う様なものなどおらず、逆にボール拾いをしている様な1年生は急に入ってきたアイツは誰だ的な視線を突き刺してくる。なるほど、こういった視線を貰う事は一度や二度ではなかったが、その度に貰う視線の種類を変更させてきた事も一度や二度ではない。

 スタメン組が一度集合してキャプテンである飛鳥から指示を貰っている同じ時間で、監督が控え組を集めてトップ下として投入するので指示に従うように、とだけ短く告げて解散させる。なるほど、ここで反発されるようなら幾ら力があってもチームプレイであるサッカーとしては、今後チームの事を考えて使えないと言外に言われているようにも感じる。

 

 細かな作戦など立てる時間もないから、とりあえず誰でも良いのでボール持ったら一回は俺に回して下さいと短く伝える。

 所謂強豪校と呼ばれるところの部活でレギュラーだったりする者はそれなりの自負というものがあるし、その自信は確かな練習にも裏打ちされている。だから彼らのプライドというものは例え監督が事前に説明をしていたとしても、実際に見るのと見ないのとでは納得できない事が往々にしてあるのも事実。そう言った者たちを納得させるために必要なのは、何よりもまず分かりやすい力を見せることであるというのは、古来より日本のスポーツ漫画が証明してきた事だ。

 

「……」

「……」

「……」

 

 そう、こんな風に。

 三点リーダと呼ばれる記号を鉤カッコでくくるという表現手法でしか、彼らの感じている驚きは表せないのだ。そしてそれは、いつの間にか増えていた観客も同じ事で、茫然自失になっていないのは悔しがっている真守と、そして満足そうな表情をしている田岡監督のただ二人だけ。

 幾らなんでも自分が育てたチームの、それもスタメンが一方的にやられたというのにその満足そうな表情はどうなのだろうか、などと突っ込む人間はいる筈もない。たぶん、彼の頭の中にあるのは今行われている高校総体についてではなく、冬の選手権についてのビジョンだろう。

 2人だけ自らの魔法にかかっていない人物がいるというのは少し腹立たしい様にも感じるが、しかし監督については一度スペインにまで足を運びに来て練習を見に来た事がある訳だし、真守については驚きよりも自らが悔しさを感じる事で今はいっぱいだろう。だから、魔法が解けるのはそろそろの筈だ。3,2,1と数えてから0のタイミングに合わせて拍手を打つ。

 

「すっげー!」

「なに今の!? 一人で全員抜いてなかった!?」

「相手レギュラーだろ!?」

「嘘だろ……何人抜きとかってレベルじゃないぞこれ!!!!」

 

 まずはボール拾いの為に散っていた者たちが覚醒して、次にひそひそと彼らが仲間内で話し始めるのと同時に、観客が歓声を上げる。

 その歓声に釣られて下校途中の生徒が何事かとグラウンドの端の方に詰め寄った事で、転校生が何やら凄いらしいという言葉が耳に聞こえてくる。そして昨日の試合で解説をしていた奴だ、という一つ上の3年生の声が上がってから、わらわらと人が増えて行く。

 

「バカヤロ――――――!!!! なんてザマだっ! お前らそんなんじゃこの先の県予選も勝ち進めないぞ!! 足を動かせ! 何のための基礎トレーニングだ!!」

「「「はいっ!!」」」

 

 先ほどまで満足そうに笑っていたとは思えないほどの怒号を飛ばす田岡監督を傍目に、自陣に戻りながらすれ違いざまに味方の選手に次の作戦の指示を出す。今のプレーは出会い頭の事故の様なものだと言われてしまえばそれまでで、流石にもう一度ドリブルだけで全員を抜き去るというのは難しいかもしれない。何しろ、疲労が残っていると言っても監督の叱咤で気合を入れ直した彼らだ。

 流石に今と違って次は両足を使わなければ(・・・・・・・・・)ドリブルで抜き去るのはよほどの事が無い限りはやらない方が良い。それに、何度も同じプレーをするのはファンタジスタとしては犯してはならない愚行だ。

 

 さて、もう一度。

 今度は増えた観客を楽しませるプレーをして見せようじゃないか。

 




主人公なめぷ
数話前くらいにヒロイン出るって後書きに書いたのに、まだ出てこないから皆さん痺れを切らして感想にヒロインまだかってご質問が多い^^;
つ、次で鬼丸と絡ませた後に、その次の話しでようやくヒロイン出る筈!



感想への返答
・ヒロインはオリジナル?
→メインヒロインはオリジナルです。原作ヒロインが正直二人しかいないので、彼女たちには大人しく原作主人公を狙って頂きます^^

・生まれ変わった主人公は傑と面識あるの?
→秘密(という時点で既に答えが出ている様なものですがww)

・主人公は世代別代表に選出されてないの?
→されていません。それに関するJFA側のコーチたちの話し合いみたいな短いサイドストーリーは、余裕があればどこかで挟みます

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