なんのフラグかは知っても口には出さないこと。
「はぁ、フェニックス家のお嬢様ですか。取り敢えず始めまして……て、言えばいいのか?」
アオヤマが電話の相手との通話を切って数分、扉の所で呆然としているレイヴェルを発見し、誰だと訊ねた時にレイヴェルは我に返り、本来の目的であるアオヤマに挨拶をしたのだが……。
「ミルたん知ってるにょ、フェニックスは不死鳥さんとも呼ばれていて灰になっても甦るとっても丈夫な鳥さんにょ!」
「フェニックスの娘、何の用?」
目の前の禿げた男を中心に左は褐色肌の筋骨隆々の怪物に抑えられ、右には世界最強の存在──無限龍が陣取っている。
そんな彼等に囲まれ、レイヴェル=フェニックスは緊張を通り越し、軽く生きた心地がしなかった。額からダラダラと汗が流れ出ていくのは暑さの所為だけではないと思う。
「なんか悪いな。ワザワザ挨拶に来てくれるなんて、フェニックス家とかいうのがどういう家かは知らないが、結構古くからあるお家なんだろ? そんなお嬢様にお茶しかだせないなんて……」
「い、いえいえお構いなく! 此方も急な来訪にご迷惑をお掛けしましたし、気になさらないで下さい」
申し訳ないと謝ってくるアオヤマにレイヴェルは即座に気にするなと返す。相手は唯でさえ悪魔側に大きな借りのある相手だ。
そんな相手に畏まれたりされれば、フェニックス家の令嬢といえど大きな態度を取るわけにはいかない。というか、そんな態度を取った瞬間左右の怪物達に襲われる気がしてならない。
無論、ミルたんとオーフィスにはそんな気など欠片もないが、彼等の滲み出るオーラがレイヴェルから冷静な思考を奪っていた。
「そう? いやね、さっきアザゼルの野郎から電話があってさぁ、そこにいる幼女の面倒を見て欲しいなんて頼まれてちょっと気持ち的にも家計的にも余裕が無かったからつい大声出しちゃって、レイヴェルちゃんには二重な意味で失礼したから──流石にお客様にそんな失礼されちゃ不味いと思ったんだけどね~、ホント申し訳ない」
「いえ、本当その気持ちだけで嬉しいですので、謝らないで下さいお願いします」
愚痴紛いで堕天使総督を呼び捨てにしながら謝ってくるアオヤマにレイヴェルは冷や汗を流しながら気にしないでと返す。
堕天使総督を野郎呼ばわりするどころかオーフィスすら幼女扱い。これがヒーローアオヤマの器なのかとレイヴェルは改めて戦慄する。
「でもアオヤマ君。アザゼルさんはオーフィスたんの生活費も用意させるって言ってたにょ、ミルたんもお手伝いするしそんなに怒らなくてもいいと思うにょ」
「いや別に怒ってはいねぇよ。碌に説明もしないで幼女を家の前に置いていくからそれに苛立っただけ……て、やっぱ怒ってるじゃん俺」
ミルたんと呼ばれる怪物に自問自答して落ち込むハゲ。中々帰ると言い出せない空気にレイヴェルは焦り始め、胃の辺りからキュウキュウと締め付ける痛みが起こり始めた。
世界最強のドラゴンことオーフィスとその最強を圧倒するアオヤマ、そしてトドメにそのアオヤマと親しげに話すミルたんと呼ばれる異形の怪物。そんな奴らに囲まれているレイヴェルは緊張でどうにかなりそうだった。
早く帰りたい。そう思った時、アオヤマは時計を見ると徐に立ち上る。
「あ、あの……どうか致しましたか?」
「ん? あぁ、実はこの後俺用事があって出掛けなきゃならねぇんだ。ミルたんはオーフィスの世話を頼む。レイヴェルちゃんは……あ~、まぁ適当に寛いでくれ」
「い、いえ! 実は私もこの後別件がありまして、今度はそちらに向かわなければなりませんの! 心遣いは嬉しいんですが、申し訳ありませんが今回は……」
「へ~、そうなんだ。なんだか大変そうだな」
まるで此方の思いが叶ったかのような事態の変化にレイヴェルは歓喜しながらこの空気の流れに乗る。これで胃が痛くなる空間ともおさらばだ。背後から聞こえてくる怪物達のいってらっしゃいの声に会釈し、レイヴェルはアオヤマと共にマンションを出る。
その時、レイヴェルはこの先の人生で一生消えることのないトラウマを刻まれる事になる。
「所で、アオヤマさんはこれからどちらへ?」
それは、何気ない質問。ただ何となく思い浮かび、無意識の内にでてしまった疑問の一言だった。
このまま何も話さずに分かれるのは少しばかり失礼なのでは? そんな細かい気配りによる偶発的な言葉。
うん? と、アオヤマは向き直る。一瞬だけ考え込むように首を傾けた後、まいっかと開き直り。
「ちょっとこれから“次元の狭間”って所へね」
そう、コンビニに行くよ的なノリで返されたレイヴェルは思考を三十秒程停止させた。
「アノ……ソコヘハドンナゴヨウジデ?」
思考が停止し、カタコトの返事しか出せない。思考がマトモに働かない中、それでも訊ねようとするレイヴェルは正に秘書の鏡であった。
レイヴェルの問い。その質問にアオヤマは大した用事ではないと返し。
「ちょっと、グレートレッドって奴と話をしてくる。なんでもあの幼女を家(?)から追い出した張本人みたいだからさ、少し聞いてみたい事があるんだよね」
そう言ってニコヤカに微笑むアオヤマだが、その僅かに低くなった声色に彼が凄まじく怒っているのを初対面でありながらレイヴェルは感じ取れた。
アオヤマはヒーローである。その気質は基本面倒くさがりで厄介事には関わらないようにする人間らしい人格の持ち主だが、幼女──オーフィスから事の顕しを説明されて黙って放って置くほど無責任な男ではない。……多分。
次元の狭間という生まれ故郷を追われ、テロリスト達に言いように片棒を担がれ、世界の敵とされて来たと解釈してしまったアオヤマは全ての原因はそのグレートレッドにあると結論付ける。
珍しく怒りを燃やすアオヤマ、その姿に呆然と立ち尽くしてしまうレイヴェルは何も言えず……。
「そんじゃ、気を付けて帰れよ~」
二手に分かれた分かれ道、片手を振って別れを告げるアオヤマにレイヴェルも手を振り返す。
そして、アオヤマの姿が見えなくなった直後。
「さ、サーゼクス様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
レイヴェル=フェニックス。世界最後の日を宣誓された彼女は、半泣きしながら我等の魔王の下へダッシュした。
「へぇー、あのヒーローのお兄さん。今度はグレートレッドに喧嘩売るみたいだよ?」
「つまらなそうだねリゼヴィム」
「だぁって、折角ヒーロー様に通用しそうな作戦を思い付いたんだもの、その前に世界が終わるんじゃつまらないじゃな~い?」
「なら、今度は私達も出るとしよう。丁度邪龍の復元も完了したしね」
「あぁ、以前壊されちゃったグレンデルちゃん? ならボクチンも知り合いの邪龍君にヘルプを頼もうかな」
「邪龍の軍勢。それでも彼には届かないだろうが……何、これも一興。我々の力がどこまで通用するか試させてもらうとしよう」
次回、OHANASHI
何事も、平和的解決が一番である。(確信