DUAL BULLET   作:すももも

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大変お待たせしました!(。・ω・。)

最初に言っておきますが、専門用語は8割くらい創作です!
ご了承くださいm(__)m


37.貨物船

 突然だが、海賊と聞くと、どういう印象を抱くだろうか。

 

 

――大型の帆船に乗り、バンダナを巻いて眼帯と義手を付けていて、反り返った剣を使い、海賊同士で金品財宝を奪い合う百戦錬磨の戦士。

 勝利の夜は陽気に酒を飲み交わしながら歌を唄う――そんな集団を思い浮かべるだろう。

 

 

 しかし、それは物語の中での話であり、実際の海賊は違う。

 

 海賊は、小型のボートに乗り、安い量産型の小銃を装備している少人数の集団。

 

 彼らの狙いは、大型商船、貨物船やタンカーだ。

 武力を背景に無理矢理船に乗り込んで、船長や乗員を人質にとり、会社に対して身代金を要求する。

 夢や冒険とは無縁の犯罪者集団――。

 

 

 

 

――タタタタンッ!

 

 

 突然の発砲音、船員が悲鳴をあげて逃げ惑う中、貨物船の船長である俺は、やむを得ず船を停止した。

 

 

 これが噂の海賊か・・・。

 

 人を恐怖させる術を知り尽くしている。

 

 

 奴らの小型ボートが俺の船を横切り、思わず減速すると、拡声器で「船を停めないと爆弾を仕掛ける」と一方的に言い、発砲し始めたのだ。

 

 俺も含め、商船の船員は荒事に慣れておらず、パニックに陥った――。

 

 

 ふと見ると、奴らは手慣れた手つきで舷縄梯子(ジャコップ)を取り付け、既に船に乗り込み始めていた。

 

 

「――船長は誰だ?」

 

「・・・俺だ。船長のベルト=ダグラスだ。」

 

 

 銃を構えたリーダー格の男の質問に、震えながらも船長としての使命感から他の船員を守る為に、俺は名乗りをあげた。

 

 リーダー格の男は、品定めをするように俺を見ると言った。

 

 

「なかなか見上げた根性だな。

 今まで船長がすんなり名乗ったことはなかったぜ。」

 

 

 汚い笑顔でリーダー格の男がそう言うと、俺を乱暴な手つきで拘束し出す。

 

 

「せ、船長!」

 

 

 船員の1人であるミランダがそう叫ぶと同時に、俺にしがみついた。

 

 

「くそ! なんだこの女!?」

 

 

 海賊のリーダー格の男は何の躊躇もなく銃でミランダの顔面を殴って追い払う。

 

 

「や、やめてくれ! 船員には手を出すな!」

 

 

 俺は必死に懇願して、ミランダへの暴力行為を止めた。

 ミランダの頬は酷く腫れて唇から血が出ていたが、命に別状はなさそうだった。

 

 

「う・・・船長。」

 

「大丈夫か、ミランダ?

 君は、電機室に行ってマイクのエコーを調整するんだ。」

 

「え・・・?」

 

 

 俺は、少し早口にミランダにそう言った。

 他の船員は既に海賊達に拘束されていて、話し掛けるには不自然だったし、絶好のタイミングだった。

 

 貨物船は、力仕事が多い肉体労働であったが、女性であるミランダは男に負けない程頑張ってくれる。

 性格や度胸は、男よりたくましいかもしれない――。

 

 

「――おい、マイクがどうしたってんだ?」

 

「いや、今朝から無線機のマイクの調子が悪くてね。彼女に修理を――。」

 

 

 突然、ゴッという鈍い音と共に、強い衝撃を受けた。

 どうやら、背後から海賊の手下に銃で殴られたらしい。

 

 激痛にのたうち回りながら、俺は意識が朦朧としていた。

 

 

「やめろ!」

 

「しかし、ボス――。」

 

 

 リーダー格の男が部下に怒鳴っていた。

 やはりリーダーはある程度理解力があるらしい。

 

 

 俺は停船する時、さりげなく衛星通信の無線機のケーブルを切断していた。

 つまり、奴らがどんなに威圧しようが、会社に連絡する手段はないということだ。

 

 奴らの目的は金だ。

 無線機が壊れていれば、困るのは奴らだということ――。

 

 

「修理にどれくらい時間がかかる?」

 

「分からない。専門家の彼女に聞いてくれ。」

 

 

 俺がそう答えると、連中の目が一斉にミランダに向く。

 

 もちろん、彼女は専門家でも何でもない。

 簡単な機器の操法は分かっても、修理は難しいだろう。

 しかし、俺の意図は別なところにあった――。

 

 

 ミランダは非常に理知的な女性だ。

 正直、船長として非常に心苦しいが、ミランダに全てを賭けるしかない。

 

 

「故障箇所を探求するのに1時間、原因が分からないと修理にどれくらいかかるか正確には分からないけれど、2時間あれば直るわ。」

 

 

 はっきりとした口調で、ミランダはそう言った。

 

 

――俺の意図に気付いたようだな、ミランダ。

 

 

 第一関門突破だ。奴らに気付かれることなく、ミランダに俺の考えを伝えられた。

 

 

 商船等の船舶運航に携わるプロは、昔ながらの独特なアルファベットをいまだに使う。

 

 (アルファ)(ブラボー)等だ。

 

 それらは1字ずつ意味を持ち、なかには2字組み合わせるモノもある――。

 

 マイクのエコー(EofM)すなわち、EMの意味は、「緊急信号を発信(エマージェンシー)

 

 

 混乱している頭でも、いやだからこそ、日頃から培うマニュアル通りにスムーズに動くことができる。

 

 しかも、予想以上にミランダは俺の考えを深く理解し、全部で3時間を確保してくれた。

 これだけ時間があれば、緊急信号を発信し、最寄りの海賊(パイレーツ)ハンターが急行してもお釣りが出ることだろう。

 

 

「いや、それは駄目だ。長すぎる。」

 

 

 リーダー格の男はそう断言すると続けて言った。

 

 

「1時間だ。それ以上は待てない。

 1分過ぎる毎に船員を1人ずつ殺す。」

 

 

――なんてことだ!

 

 

 絶望に俺の心が砕ける音を聞いた。

 

 1時間では、何もできない。

 おそらくハンター達が来たとしても、手遅れだろう。

 

 いや、むしろ衛星通信を切ってしまったことが裏目に出る。

 

 

「――いいわ。その代わり作業に集中したいから、私がすることに口を出さないでね。」

 

 

 誰もが困惑する中、ミランダが力強くそう答えた――。

 

 

 

 

△△△△△△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 ミランダは作業を開始した。

 

 力仕事も頼りなく、周りの男に助けてもらっている――。

 彼女は普段からそう考えて、力及ばぬ自分に腹が立っていた。

 

 自分が女だからといって、それを言い訳にはしたくない。

 しかし、生物学的な限界という現実は、彼女に強い劣等感を与えた――。

 

 

 ミランダは、誰も知らないところで自分ができることを努力した。

 

 本来、何の免許もない船員の1人であった彼女は、エンジンや通信機器に渡る全ての機械の構造を独学で勉強し、マスターしていた。

 

 

「――ふう、あとはこの回線を繋げれば終わりね。」

 

 

 彼女は僅か45分で、ベルト船長が手で引きちぎった回線を交換し、繋ぎ直したのだ。

 

 船員達は唖然とした顔でそれを見る。

 

 

「直ったのか?」

 

「あ、待って。ちょっと機能テストするから――。」

 

 

 彼女はそう言うと、衛星通信から僅かに離れたブロックのスイッチに手を伸ばした――。

 

 

 ガシッと激しく音が聞こえそうな程力強く、ミランダの手首が掴まれた。

 

 

「い、痛い。何を――。」

 

「そのスイッチは、駄目だ。緊急信号だろ?」

 

 

 海賊のリーダー格の男がハッキリとそう言った。

 

 反射的にミランダは思わず言った。

 

 

「な、なんでそれを――?」

 

「ふ、俺達も、プロってことさ。」

 

 

 ミランダの言葉に、海賊の男がそう言った。

 

 

 ミランダは絶望に包まれた。

 

 いや、ミランダだけではなく、船員の誰もが――。

 

 

 

 

「ねえ! 何でこの船止まってるの?」

 

 

 突然の声に、その場にいた者は、一斉に振り向いた。

 

 

 ありえない――それは海賊と船員のその場にいた誰もが思ったことだ。

 

 

 海賊達は、手慣れた手口で時間的に人が隠れることのできる場所を手分けして捜索し、船内の全員を残らず確保していると考えていた。

 船員達は、そもそも船の構造的に、そこに人が立つことは不可能であることを知っていた。

 

 

「だ、誰だテメエは?」

 

 

 海賊のリーダー格の男は戸惑いながらも、恐れることなくそう聞いた。

 

 

「俺? 俺は、ガルナ。」

 

 

 デッキから25mの高さにある船窓から顔を出した、金髪の短髪の男が、そう言った――。

 

 

 

 

□□□□□□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 俺は目を疑った。

 

 それは最早、人の動きではなかった。

 

 銃を構えた相手に向かい、発砲するよりも早く殴り倒す。

 まさに目にも留まらぬ早業――。

 

 また、背後に目があるのかのように動き、背後の2人をまとめてなぎ倒した。

 

 

「テメエ、何者――ピェ!」

 

 

 最後に、あれだけ恐ろしく、悪賢い海賊のリーダー格の男は、情けない声を発しながら絶命した・・・。

 

 いや、この場の海賊で命がある者は誰もいなかった。

 

 

「何も殺さなくても・・・。」

 

「え? 生きてたら何されるか分からないじゃない。」

 

 

 ミランダの言葉にあっけらかんとそう答えたガルナという男は、まだ若い。

 若いながらも相当な修羅場をくぐったのだろうと伺える深い言葉だ。

 

 俺は、まだフラつく頭で身体を起こすと彼に感謝の言葉を言った。

 

 

「ガルナ君、俺は船長のベルトだ。

 何はともあれ、助かった。」

 

 

「何てことないよ、ベルトさん。俺が勝手に乗ってただけだし――。」

 

「信じらんない! 貨物室にいたのね!?

 あんなとこで過ごしたら病気になっちゃうわよ!」

 

 

 ミランダ、それは正論だが論点がおかしいぞ。

 

 

 まあ、無断で貨物船に乗り込んでいたことは目を瞑ろう。

 おかげで乗員の命は助かったのだから。

 

 それに、決して誰にも言うつもりはないが、海賊達を殺してくれたことに個人的に感謝していた。

 

 現状のV5が定める国際ルールでは、捕らえた海賊は一定期間で本国に帰すことになっている。

 当然、本国に帰ったら彼らは海賊業に復帰して活動を再開してしまうのだ。

 

 

 俺はガルナの行為に深く感謝して言った。

 

 

「ガルナ君、君は命の恩人だ。お礼をさせてくれ。」

 

「え? いや別にそんな――。」

 

 

 ガルナの言葉を遮るように、俺は言った。

 

 

「しかし、このままでは君は殺人犯だ。君の力になりたいんだ!」

 

 

 俺が少し興奮気味にそう言うと、ガルナは困った表情で溜め息をついた。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 1997年12月20日、ガルナは貨物船で戸惑っていた。

 

 

 ガルナは念能力を修得してから、長距離を移動する為によく使う手法がある。

 それは、具現化した弾丸を、行きたい国の適当な住所に発送する方法――。

 

 例えば6番目の弾丸の最大具現化可能時間は6時間で、模様の持続時間も6時間。

 つまり、12時間以内に行ける場所ならば、どんなに遠くても瞬間移動が可能だ。

 

 だが、12時間で移動できる距離はあまりに短い。

 

 しかしこの方法ならば、貨物船、貨物列車、貨物飛行船のどれかに乗り込むことで、さらに遠距離に行くことができる。

 

 

 今回の場合、移動先は貨物船だった。

 

 航海中に貨物船の積み荷はほとんどチェックされない。

 今までの経験から、3日程あれば陸地に辿り着くことをガルナは予想していた。

 

 しかし、そんなある日、突然船が止まった。

 

 海の上で波に揺られる船が動いているか止まっているかの判断は難しいが、船の特性に詳しいガルナは難なくそれに気付く。

 

 とはいっても、同じようにガルナは、商船は潮流の影響で予定より早く進むと時間調整をすることを知っていたので、特に気にかけることなく貨物室で眠り続けようとした。

 どちらかといえば、面倒だという理由の方が大きかったが――。

 

 ところが、その貨物室に銃を持った男が侵入してきた。

 目覚めると同時に、素早く男の腹部を貫手で貫いた後、ガルナはようやく異常事態に気付いたのだ。

 

 

 ガルナにとって、海賊達は何の障害にすらならない敵だった。

 しかし、ガルナは今、船員達を助けたことを深く後悔し始めていた。

 

 

 ベルト船長の言葉を聞きながら、ガルナは目の前にいたミランダという女の胸元を見る。

 大きめのサイズの作業着だったが、ミランダの豊満なバストは隠しきれず、その膨らみは強い存在感を放っていた。

 

 とはいっても、ガルナが見ていたのは、ミランダの胸ではなく、作業着に着いている名札――。

 

 

――ポートネス海運

 

 

 ハッキリと刻印されるその文字を見たガルナは、深く溜め息をついた。

 

 

 世界の運送業のシェア率70%を誇る、年商500億の海運系の大企業、ポートネス海運――。

 

 顧客のニーズに応え、個人向け事業及び貨物飛行船事業の規模拡大に伴い、1982年に「ポートネス海運」の子会社「ポートネス運輸」を設立している。

 

 

 その大企業ポートネス海運の社長ニコラス=ポートネスは、ガルナ=ポートネスの実の父親であった――。

 

 

 

「俺達を助けてくれたお礼をしたいんだ。

 是非社長に会ってくれ!」

 

 

 最後に、ベルトが何の悪意もない、誠意を持った口調でそう言うと、ガルナはハッキリと断りきれないままベルトの提案に乗るしかなくなった。

 

 

 その晩、ガルナは船長と1等航海士達の囲む豪華な食卓で食事をさせてもらった。

 

 明るい雰囲気の中、ガルナを歓迎するムードは高まり、ガルナは社長との面会を断る機会を完全に失ってしまった・・・。

 

 

(そもそも俺、イエスって言ってないよね?)

 

 

 そう心の中で不満そうに呟くガルナだったが、彼に最早逃げ場はなかった。

 

 

 翌朝、シムズ市のリブイエ港に入る。

 

 

 何故かガルナはデッキに出るように促され、それに従うと驚くべき光景を見た。

 

 

 港に収まらない程の大勢の人が並び、楽器を演奏する人達までいたのだ。

 

 

「何かの祭りでもあったの?」

 

 

 ガルナの問いに、ベルトが笑いながら答えた。

 

 

「いや、君を歓迎しているんだよ。

 実はあの後、俺は衛星通信を使ったメールで君の功績を本社に報告したんだ。」

 

 

(よ、余計なことを・・・。)

 

 

 ガルナは心中そう呟きながら、ベルトの屈託のない笑顔を見て、愛想笑いをするしかなかった。

 

 

 

 

△△△△△△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 男は同じ報告書を何度も読み返していた。

 

 

――コンコン。

 

 

 扉をノックする音が聞こえ、男は言った。

 

 

「入れ。」

 

 

 男の言葉を合図に、ベルト船長と小柄な青年が部屋に入ると、ベルトが言った。

 

 

「失礼します。

 この度、貨物船を襲撃した海賊を退治してくれた者を連れて参りました。」

 

 

 男はベルトの言葉にすぐに反応することなく、小柄な青年を吟味するようにジッと見てから言った。

 

 

「私は社長のニコラス=ポートネスだ。

 海賊被害は年々増すばかりでね。社を代表して感謝したい。ところで――」

 

 

 ニコラスはそう言うと、ベルトの方を見て言った。

 

 

「彼の名前は何と言ったかな?」

 

 

 ニコラスの問いに首を傾げながら、ベルトは答えた。

 

 

「彼の名前は、ガルナと言います。

 メールでの報告書にもそう書いたのですが――。」

 

「ああ、これか。確かに書いてあるな。」

 

 

 ニコラスは大袈裟なリアクションで、先程まで真剣に読み返していた報告書をヒラヒラと返した。

 

 

「・・・。」

 

 

 それを見たガルナは、うんざりした顔をしながら沈黙を守る。

 2人の様子にベルトは戸惑いを隠せなかった。

 

 

「ベルトさん、あの爺さんにお礼はいらないって伝えて。」

 

 

 ガルナがそう言うと、ベルトが口を開く前に、ニコラスが言った。

 

 

「俺は爺さんじゃない。まだ52歳で働き盛りだと伝えろ。」

 

 

 ベルトは予想外の事態に混乱したまま言った。

 

 

「社長とガルナ君はどんな関係なのですか?」

 

 

 ベルトの問いに、ニコラスが躊躇うことなく答えた。

 

 

「5年前に、私のクルーザーを盗み、乗り捨てた男だ。」

 

「――ふざけんな! アレはあの日から俺の物だった!」

 

 

 ニコラスの言葉に、それまで決してニコラスの顔を直視しなかったガルナが、ニコラスに向かって叫んだ。

 

 

「俺は確かに息子にクルーザーを与えたが、俺から逃げたお前は息子じゃない。」

 

 

 ニコラスは淡々とそう言うと、ガルナが叫ぶ。

 

 

「別にアンタの息子じゃなくたっていいよ!

 俺の兄貴を殺したアンタの息子なんて、こっちから願い下げだ!」

 

 

 ガルナの叫びに、ベルトは言葉を失い、ニコラスは怪訝な顔をしていた。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

 ニコラスは先程とは違う態度でそう聞いた。

 

 

「アンタは隠し子のジョニーが邪魔になって、刺客を送ったんだろ!?」

 

 

 ガルナの言葉を聞いたニコラスは沈黙し、突然自嘲気味に笑い出した。

 

 

「なるほど、それが家出した理由か・・・。」

 

 

 ニコラスは小さな声でそう呟くと、ガルナに言った。

 

 

「俺は、あの少年に刺客を送ることはしていない。」

 

 

「っ! じゃあ――。」

 

 

「俺は色々な所から恨まれる。

 ちょうどあの時期、脅迫のようなメッセージが届いた。お前のガードはしっかりつけていたが――。」

 

 

 ニコラスがそう言うと、ガルナは泣きながら叫んだ。

 

 

「だとしても、元はといえば、アンタが悪いんだろ?

 俺はアンタを許さない!」

 

 

 ガルナはそう言うと、泣きながら部屋を出ていった。

 その姿を見ながら、ニコラスは言った。

 

 

「・・・ベルト、あの男について、この報告書以外に何かあるか?」

 

 

「は、はい。実は昨晩のディナー中に聞いたのは、アマチュアハンターをやっていて、いつかプロハンターになりたいと・・・。」

 

「ハンターか。道理で海賊達を簡単に倒すわけだ。」

 

 

 ニコラスはそう言うと、続けて言った。

 

 

「いいか、ベルト、このことは絶対に他言無用だぞ。」

 

 

 ニコラスの威厳のある言葉に、ベルトは何度も頷いていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 俺はひたすら走っていた。

 

 ジョニーに許しがたいことをしたニコラスを、俺は今までずっと憎んでいた――。

 

 しかし、あの男の言葉が本当ならば、ジョニーは巻き込まれただけということになる。

 しかも、刺客を殺したことをニコラスに言っていれば、ジョニーは逃亡する必要がなかったんじゃないか?

 

 

 確かに、俺は小さな違和感を感じていた。

 

 ニコラスの性格上、ジョニーが自分の母親の話をした時点で邪魔ならばすぐに行動する。

 でも、あの時のジョニーの話によると、間が空きすぎていて、そこに小さな引っ掛かりを感じた。

 

 ニコラスを狙う何者かの仕業という方が、確かに納得できる。

 

 

――だからといって、今さら!

 

 

 俺は心の中で叫び、走り続けた。

 

 

 どうにもできないことを目の前にすると、逃げ出す。

 俺は、そんな自分が正直情けなく思う。

 

 

 

 

「――ちくしょう!」

 

 

 そう叫びながら、俺は目の前の障害物となるフェンスを殴ってそのまま走り抜けた。

 

 理不尽なこの世が辛くて、悲しくて、涙が止めどなく溢れてくる。

 

 

 ジョニーはきっと、逃亡先で心が壊れてしまったんだろう。

 今は、ただの殺人狂になってしまった。

 

 でも、それは誰のせいなんだろうか?

 

 

 この世の全てを呪う力があれば、俺は迷うことなくそうする。

 

 

 

 

「――ハア、ハア。」

 

 

 俺は河口が見える橋の上にいた。

 

 リブイエ港の海に淡水が流れていくここは、小さい時によく来ていた場所。

 

 母親に叱られた後なんかは、ただ泣く為だけによく来た覚えがある。

 河の流れを見ていると、涙も流れていく気がするからかもしれない。

 

 俺は涙を流しながら、今も変わっていない自分を笑った。

 

 

 理不尽な現実に対して何もできない無力な自分に対して、俺はただ泣き続けていた・・・。

 

 世の中には、抗えない理不尽な現実が存在する。

 それは、念が使えても、権力があっても、財力があっても、時に問答無用で大切なものを奪っていく。

 

 だからこそ、俺は無意識に大切な物をつくらないようにしていたのかもしれない。

 

 

 だけど――マチに出会って全てが変わった。

 

 

 それなのに俺は、また逃げた。

 

 そもそも俺がこんな所まで来てしまったのも、マチから逃げ出してしまったせいだ。

 

 あの夜に聞いたマチの言葉に、何かしてあげたいと強く思ったけど、結局泣きながら逃げることしかできなかった・・・。

 

 内心、いつもみたいにマチがキツイ口調で怒りながら俺を捕まえてくることを期待していたけれど、当然そんなことはなかった。

 

 俺はマチから逃げてしまったんだ。何よりもマチの覚悟から――。

 

 最低な男だと、自分でも思う。

 

 そんな自分が情けなくて、悲しくて涙がひたすら流れてくる。

 

 

 いつの間にか日が沈みかけていた。

 

 涙も出し尽くして、ようやく冷静になり始める。

 

 

 これから俺がすべきこと、それを――。

 

 

 

 

「君、もしかして泣いてるの?」

 

「泣いてない!」 

 

 

 突然背後から声を掛けられて、ドキッとして振り向きながら反射的に俺は叫んだ。

 

 

 髪の長いお姉さんだった。彼女は俺の言葉に呆れたように呟く。

 

 

「いや、そんな赤い目を腫らしてして言われても・・・。」

 

 

 

 誰かすぐには分からなかった。

 膝が破れたジーンズを履き、小さめの白いTシャツがバストを強調している。

 彼女の胸を見ると同時に、俺は思い出した。

 

 

「あ、貨物船にいたお姉さん?」

 

 

 俺がそう聞くと、パコンと音が鳴るように錯覚するかのように俺の頭を叩いて、彼女は言った。

 

 

「どこ見て人を判別してるのよ?

 私はミランダよ。ミランダ=ポートネス。」

 

 

 完全に視線を読まれたらしい。

 貨物船の時は髪を束ねて帽子をかぶっていたし、体型で人を判別するしかないと思うんだけど・・・。

 

 

 ん? いや、なんか今重要なことをサラリと――。

 

 

「え、ポートネスって?」

 

 

 俺が混乱しながら彼女に聞くと、ミランダは答えた。

 

 

「そうよ。カルロス=ポートネスの娘って言えば分かるかしら?」

 

「カルロス叔父さんの娘!?」

 

 

 俺が思わずそう言った瞬間、ミランダが、わなわなと震えながら言った。

 

 

「やっぱりガルナって、ニコラス伯父さん家のガルナだったのね!?」

 

 

 ミランダにそう言われて、俺は首を傾げる。

 

 

「信じらんない! 昔はお姉ちゃんお姉ちゃん言って、私にくっついて回ってきたのに!」

 

 

 俺は覚えていなかったが、年の離れた従姉であるミランダは、俺が2歳くらいになるまで近所に住んでいたらしい。

 

 言われてみれば、ローカルルールというか、完全にミランダの好きな設定のオママゴトや、人形遊びを俺が嫌々付き合ったような覚えがある。

 叔父さんの家族が揃って遠い国に引っ越すことになってからは、ミランダに会うことはなくなった。

 

 ニコラスの弟であるカルロス叔父さんは、年に数回のパーティーには遠い所から来てくれて出席していたし、何よりも俺の誕生日パーティーには必ず俺がその時欲しいものをくれたから、ハッキリ覚えていたけれど。

 

 

 

 

「――あんなに小さかったガルナも大きくなったものね。」

 

 

「そう? いや、ていうか、カルロス叔父さんって今は社長じゃなかった?」

 

 

 ミランダの言葉を聞いてから、何で社長令嬢であるミランダが船員なんかやっているのかが不思議で俺はそう聞いた。

 

 

「そういうガルナこそ、家出してハンターの真似事なんかしてるじゃない。」

 

 

 俺の問いにミランダはそう返した。

 そう、俺とミランダは似たような境遇だった。

 

 お互いにそれに気付いた俺達は一緒になって笑った。

 

 それからしばらくの間、俺達は互いの身の上話をした。

 

 カルロス叔父さんは、元々ポートネス海運の役員だったが、新規に設立したポートネス運輸の社長となっていた。

 ミランダは、世襲で続くこの仕事を嫌って、自分の力で何かをしたいと考えたらしい。

 

 

「――て言っても、私もニコラス伯父さんに仕事を紹介してもらっただけなんだけどね。」

 

 

 今までアルバイトも何もしたことがないから、それが限界だったとミランダは語った。

 

 

「俺は――。」

 

 

 俺は語った。念のことや、幻影旅団のことは伏せたまま、それ以外の全てを語った。

 

 所々説明が足りなかったり、時系列がおかしかったりしたけれど、そんな俺の話をミランダは真剣に聞いてくれた。

 

 

「そう・・・。それで?

 これからガルナはどうするの?」

 

 

 俺の話を聞き終えたミランダが、俺に尋ねる。

 

 

「分からないよ。」

 

 

 俺は限りなく小さい声で返事をした。

 それは俺の本心だ。何をすればいいか、分からない。

 

 

「質問の仕方が悪かったわね。

 ガルナは――。」

 

 

 そう言ってから、ミランダは続けて聞いた。

 

 

「――何がしたいの?」

 

 

 何がしたい――その言葉を聞いた時に浮かんだのは、月夜に照らされたマチの姿――。

 

 過去に受けたであろう非人道的な手術痕はあまりに痛々しく、その影響で子供をつくれない体になったらしい。

 俺は女じゃないから理解しきれないけれど、きっと女性からすれば、凄く辛くて悲しい現実だと思う。

 

 

 救いたい。

 マチの体を治してあげたい。

 

 それは、余計なことを一切考えずに自然に浮かんだ俺の想い。

 

 でも、あんな酷い傷跡を治すなんてこと――。

 

 

 いや!? できる!

 

 どんな傷も治せる能力者がいたじゃないか!

 

 

 ミコト=ハガクシ――対象の体液を経口摂取してから患部に触れることで、どんな傷も一瞬で治すことができる特質系能力者。

 彼女のことを俺は姫と呼ぶ。

 

 姫は、俺とシドリアと一緒に3人組のアマチュアハンターのブリッツの一員として活動していた。

 けれどある日、グリードアイランドというゲームに閉じ込められてしまったんだ。

 

 それから色々あって、俺はシドリアと喧嘩してしまったから、ゲーム捜索は真剣にしていなかった。

 

 

 いや、ゲームを探す手掛かりは知っていた。

 

 でも、ある面倒な問題を解決しなきゃならなくて、今まで放置してしまった。

 

 

「俺、プロハンターになりたい。」

 

 

 長い思考の末、俺はミランダにそう言った。

 

 今までとは違い、今は何が何でもプロライセンスが欲しいと強く思った――。

 

 そう、俺はハンター専用ゲームのグリードアイランドの手掛かりを得るには、プロのライセンスが必要だということを知っていた。

 

 問題は――。

 

 

「なら、ハンター試験を受けるしかないんじゃない?」

 

 

 ミランダは、まるで何事もないように平然とそう言った。

 

 その言葉に、イラっとしてしまった俺は悪くない。

 ミランダは事情を知ってるんだから、気付いて欲しい。

 

 

「まあ、そうなんだけど・・・。」

 

 

 俺は弱々しくそう返事すると、ミランダは言った。

 

 

「ハンター試験って、相当難易度が高いって聞くけど、今まで何回受けたの?」

 

 

 非情にもミランダは、そんな質問をしてきた。

 俺は戸惑いながら返事をする――。

 

 

「俺、絶賛家出中なんだけど?」

 

「それは知ってるけど、だからって――。

 ああ! 嘘?

 アハハハ、まさかガルナ――?」

 

 

 はい、そうです。

 保護者であるニコラスの認証がないと、俺は試験受けられないんです。

 

 俺はまだ未成年だから――。

 

 

「――でも、誰か親戚とかに代理人として認証してもらえばいいんじゃない?」

 

 

 ミランダは、申し訳なさそうにそう言った。

 

 確かに、今までの俺ならばそうしただろう。

 

 ちょうど従姉のミランダと会えたことだし、ミランダに認証を貰うこともできるから。

 

 でも、俺はもう逃げるのをやめようと思った。

 

 逃げたくなるような障害があっても、立ち向かわないとならない時がある。

 

 今がそうだと、俺は確信していた。

 

 

「いや、親父に会いに行くよ。

 そうしなきゃならないんだ。」

 

 

 俺はミランダに力強くその決意を伝えると、かつて俺が住んでいた屋敷に向かった――。

 

 

 

 

△△△△△△△△△△△△△△△

 

 

 

 

 プランターには、色鮮やかな花が植えられていた。

 

 広大な庭のほとんどは庭師に任せていたが、そこは決して他人には触らせなかった。

 その女は、プロ顔負けの技術でプランターを手入れし、それが生き甲斐となっていた。

 5年程前に行方不明となった1人息子の代わりのように、大切に育てていたのだ。

 

 

 夕暮れの中、花を愛でた女は満足すると、屋敷の方に踵を返して歩き出す。

 

 

 

――パリンッ

 

 

 女の背後から不穏な物音が聞こえた。

 彼女は訝しげにゆっくりと振り向く。

 

 プランターの上に尻餅をついている男がいた。

 プランターの花は見るも無惨に散らされ、修復できない程に荒らされてしまっていた。

 

 

 塀の高さは軽く3mはあり、プランターは塀から100m以上は離れている。

 

 その場所に飛んでくることは不可能であり、そこに足を――ましてや尻を踏み入れることは、プランターを荒らすという明確な悪意がなければありえなかった。

 

 

「うわ、何これ? こんなとこに、鉢植えなんかあったかな?」

 

 

 

 

 うっかり失敗したというような素振りで男は立ち上がる――。

 

 

 

「お待ちなさい!」

 

 

 女は物怖じをすることもなく不審な男に向かって叫ぶと、続けて言った。

 

 

「貴方はどこから入ったのです?勝手に人の敷地に入るとは何事ですか?

 ましてや、人が大切に育てている花を踏み荒らすとは、どういうことです?

 貴方の踏んだ花達の声を聞きなさい。悲惨な泣き声が聞こえますでしょう?

 そもそも貴方は――。」

 

 

 それから女は、小1時間説教を続けた。

 男はウンザリした表情ではあったが、どことなく懐かしい想いをその目に宿していた。

 

 

「――というわけです。分かりましたか、ガルナ?」

 

 

 女はそう言って、説教を締めくくる。

 

 ガルナは久しぶりの説教のダメージで少し涙を浮かべていたが、驚きながら口を開く。

 

 

「え、いつから俺だって気付いていたの?」

 

 

 ガルナの言葉に対し、返答することなく女は言った。

 

 

「もう! そんな泥だらけにして、早くお風呂に入りなさい!」

 

 

 プランターの上に尻餅をついたせいで泥だらけになっていたガルナは、女にそう言われ、戸惑いながらも屋敷に向かった。

 

 屋敷の執事に対し、女はテキパキと指示を出す。

 ガルナは何も言うこともできないまま、執事達によって浴室に連れていかれた。

 

 

「――最初からよ。

 自分の子供が分からない母親なんていないわ。」

 

 

 浴室に連行されるガルナの後ろ姿を、涙を浮かべて見ながら呟く女の名は、マール=ポートネス。

 

 ガルナ=ポートネスの母親だった。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 ガルナは浴室から出ると、執事に与えられた服を着る。

 ガルナは、自分の姿を鏡で見ると、思わず吹き出してしまった。

 

 あまりに自分に似合わない、高級スーツだった。

 普段、ラフな服装のガルナとしては、あまりに不恰好だと感じた。

 

 

 執事に促されるように食卓に案内される。

 

 そこには、ガルナの母親であるマール=ポートネスが、シックなドレスに身を包み腰かけていた。

 

 

「あら? 見違えるようになったわね。

 今からディナーよ。お父様は今日もお仕事が忙しいから先に食事にしましょう。」

 

 

 そう言ってマールはガルナに席につくよう促した。

 

「それにしても、今から忙しくなるわね。まずは大学入試の準備をしましょう。

 貴方は学校を卒業していないから、まずは大学受験資格の試験を受けないと――。」

 

「母さん、俺ハンター試験を受けたいんだけど・・・。」

 

 

 マールの言葉を遮るようにガルナはそう言った。

 

 それを聞いたマールの言葉は止まり、まばたきを数回繰り返した後、マールはまるで聞こえなかったように話を続ける。

 

 

「そうね。優秀な家庭教師をつけなければならないわね。安心しなさい、私の友人の――。」

 

「だから、俺は――。」

 

 

「駄目よ!

 ポートネス海運の次期社長として自覚を持ちなさい!」

 

 

 マールは、激しい口調でガルナに向かって叫び声をあげた。

 

 

(懐かしいな。そのフレーズ。)

 

 

 ガルナは心の中で小さくそう呟くと、穏やかな口調で言った。

 

 

「俺が社長なんかできるわけないだろ?

 そんなこと、この町の誰もが知っているよ。」

 

 

 ガルナの言葉に対してマールは無言だった。

 

 ガルナは気にせず話を続ける。

 

 

「俺、助けたい(ひと)がいるんだ。

 その為には、プロハンターライセンスが必要なんだよ。」

 

 

 ガルナは自分の考えを全て伝えて満足すると、席を立とうとした。

 

 

「待ちなさい!」

 

 

 マールが泣き叫ぶようにそう言うと、ガルナはピタリと動きを止めた。

 

 

(条件反射みたいなものかな?

 ちっちゃい頃の名残って怖いな。)

 

 

 ガルナが内心笑いながらそう考えていると、マールが言った。

 

 

「お腹、空いてるでしょう?

 行くなら食事してからにしなさい。」

 

 

 

 2人は食事を始めた。

 

 

 一言二言の雑談をするが、久しぶりで互いに勝手が掴めずに、静かなディナーだった。

 

 

 食事後、ガルナとマールが、静かにコーヒーを飲んでいると、ニコラスが帰宅した。

 

 

「あら、今日は随分早いのね。

 お食事は先に頂きました。」

 

 

 マールの言葉を聞き流すように、ニコラスの視線はガルナに向いていた。

 

 

「まさか、屋敷に戻るとはな。」

 

 

 ニコラスがそう言うと、何か飲み物を用意すると言ってマールは自然と席を立つ。

 マールはニコラスにブランデーのセットを持ってくると、先に休むと言ってそのまま自室に戻った。

 

 そこに残るのは、ガルナとニコラスの2人だけ――。

 

 静寂の中、ニコラスはブランデーのグラスに口をつけると、呟くように言葉を紡ぎ始める。

 

 

「――ジョニー君のことは、悪かったと思っている。」

 

「別にいいよ。それよりジョニーは、本当に父さんの子供なの?」

 

「今更確認のしようもないから、おそらく、としか言えないが――。

 少なくともマールには悪いことをしたと思っている。」

 

 

 ニコラスが嘘偽りなく正直にそう言うと、ガルナは更に問い掛けた。

 

 

「ジョニーがその話をした時、父さんはどうしたの?」

 

「どうもしなかった。

 予想はしていたんだが、情けないことに、何も言えなかった・・・。」

 

 

 それを聞いたガルナは一瞬、ニコラスに自分と似ている部分を垣間見た。

 

 ニコラス=ポートネスは、血も涙もあるただの人間であるという当たり前な事実に気付き、ガルナは新鮮な驚きを感じた。

 

 ガルナは父に対する認識と感情の変化を感じていた。

 

 しばらくの間、静寂が続く――。

 

 

「――お前、プロハンターになるのか?」

 

「うん。」

 

 

 最後に、ブランデーを飲み干しながら言ったニコラスの言葉に、ガルナは短くそう答えた。

 

 

「母さんは何と言っていた?」

 

「駄目だって。

 ポートネス海運の次期社長としての自覚を持てって――。」

 

 

 ニコラスは深く頷き、僅かに笑みを浮かべながら口を開く。

 

 

「マールの言いそうなことだな。

 1つ勘違いされては困るから言っておくが、俺はお前を後継者にするつもりは全くない。」

 

 

 それを聞いたガルナが驚いていると、ニコラスは言った。

 

 

「この会社は、いまや世界的な企業で、社員や従業員を全て合わせれば数千万人の人間が働く。

 関係企業も合わせれば、その数十倍の人間達が仕事をしているわけだ。」

 

 

 ニコラスはガルナに理解できるように、分かりやすく説明すると、最後にこう言った。

 

 

「俺は、家族のエゴで、この人達を路頭に迷わすことはしたくない。」

 

 

 ニコラスはニヤリと笑いながらそう言った。

 

 一瞬遅れて、ガルナは顔を真っ赤にして叫び始める。

 

 

「何それ? まるで俺が社長になったら――。」

 

 

 興奮したガルナはそこまで言うと、言葉が詰まった。

 

 

「ふむ、なったら――何だ?

 お前の抱くビジョンを説明して欲しいね。」

 

 

 ニコラスは意地悪そうにそう言ってから、真面目な顔付きに変わって言った。

 

 

 

「それはともかく、お前にはやりたいことがあるんだろう?」

 

 

「うん、大切な(ひと)を助けたい!

 その為にプロハンターライセンスが必要なんだ。」

 

 

 ガルナの強い決意を聞いたニコラスは頷くと、タブレット端末を取り出して、ガルナに渡した。

 

 

 ガルナは、それを受け取り画面を見ると、ハッとしてニコラスの顔を見る。

 

 

「俺は、お前の欲しがるものは全て与えてきた。

 もちろん、これからもだ。

 この端末ごとお前にやる。こいつは、高度なセキュリティソフトが入っているから、お前の仕事にも役に立つだろう。」

 

 

 ニコラスがそう言うと、ガルナが聞いた。

 

 

「なんで――?」

 

 

「決まっているだろう。

 お前は、俺の息子だからだ。」

 

 

 最後にニコラスがキッパリと断言すると、ガルナは泣きながら応える。

 

 

「ありがとう、父さん。

 もう、行くね。」

 

 

「ああ、構わん。それよりガルナ、死ぬんじゃないぞ?」

 

 

 ニコラスの言葉に力強く頷いた後、ガルナは深々とお辞儀をして、叫んだ。

 

 

1番目の弾丸(ファースト・ブリット)!」

 

 

 

 

――そこは、荒れたプランター。

 

 塀の外から適当に投げた弾丸はそこに落ちて「模様」に変化していた。

 念が使えない者は、具現化された弾丸は見えるが、オーラが変化した模様は見えない。

 

 

「ごめんなさい母さん。

 ハンター試験合格したら、また来るから――。」

 

 

 偶然の事故で、母親の大切にしていたプランターを破壊してしまったことに罪悪感を抱きながら、ガルナは跳躍して塀の外に飛び出した。

 

 父から貰ったタブレットを抱えながら――。

 




今回は、元々2話くらいに分ける予定でしたが、無理やり1話にまとめました(∩∇`)

起承転転転(?)て感じになってますが、ガルナの心情変化を表現する為に必要だったので、ご理解下さい(^o^;)

ちなみに現実世界の海上国際信号で今回の場合は、CBが正しいらしいです。。。(蛇足)


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