DUAL BULLET   作:すももも

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23.ハント

★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 部屋の床には、乱雑に数え切れない程の紙が散らばっていた――。

 紙には、絵が描かれている。

 

 あらゆる角度から、様々な距離で、中には分解した状態が描かれている絵もあった。

 しかし、それでいて全ての紙に描かれているのは、紛れもなく同じモノ――。

 

 

 ガルナは、じわりと汗をかきながら、目の前のモノを正確に模写をしている。

 

 それは、銀色の小型リボルバー拳銃――かつてのシノビ達との壮絶な戦いで、ガルナが撃ち、彼らが瀕死になる原因をつくった、シドリアの拳銃だった。

 

 シドリアは、自分の念と銃器は相性が悪いと考え、それを捨てようとしていた。

 

 もちろん、念能力者に対してであっても、牽制の意味合いでは銃器は有効だ。

 オーラでのガードで、銃弾は防がれてしまうが、強制的にガードをさせる遠距離武器という意味では、相手の攻防力を誘導しうる、有効な牽制攻撃になる。

 

 しかし、高速戦闘が前提の達人同士の戦いにおいて、少なくとも自分には向いていないと、シドリアは考えたのだ。

 

 ガルナは、その拳銃を譲り受け、自身の念能力に取り入れるべく、具現化系のイメージ修行を密かに頑張っていた。

 

 

 シドリアは、既に能力を形にしたらしい。

 

 しかし、ガルナの方は、修行の成果は見られず、銃の具現化が出来る気配はなかった――。

 ガルナは、内心焦っているような気持ちもあったが、急いでも仕方がないというような楽観的な考えで、日々自分のペースで修行をしていた。

 

 

 ガルナが、目指す念能力――。

 

 ガルナがイメージするそれは、「逃げたいときに一瞬にして逃げる能力」。

 

 

 ガルナの能力の具体的な詳細については検討中ではあったが、概ねの形が見え始めている所だ。

 

 師匠も、ガルナの念能力の構想が、攻撃タイプではないことを理解して、具現化の習得方法を教えた。

 

 

 

 

――ピリリリッ

 

 

 最近買った、ガルナの通信機能付き携帯端末が、呼び出し音を発した。

 

 ガルナは額の汗を拭うと、ゆっくり通話に出る。

 

 

「目標が、動き出した。場所は――。」

 

 

 シドリアだった。

 ガルナが了解すると、一方的に通話は切られた。

 

 

 いつのものことではあったが、ガルナは苦笑いをして呟く。

 

 

「相変わらずだな、シドリアは――。」

 

 

 ガルナは手元の拳銃を引き出しにしまうと、ホテルの部屋を出た。

 

 

 

 

 天空闘技場を出発してから、5ヶ月が経過していた。

 

 現在、ガルナ達は、アマチュアハンター見習いのような形で、各地で精力的に活動している。

 

 ガルナの甘い認識以上に、意外にもこの仕事は需要があり、何よりも忙しかった。

 

 無論、それは相棒のシドリアの力が大きかったが――。

 

 

 

 

 ガルナはハナプラザ駅に着くと、目的の人物を探した。

 

 対象は、置き引き専門の窃盗グループの元締めで、地元警察も証拠不十分で起訴に踏み切れずにいた。

 

 

「――ん、いた。」

 

 

 ガルナは、目標を見つけると、シドリアにワンコールだけしてから、追跡に移行する。

 

 駅の雑踏の中、ガルナは絶を使った――。

 

 

 その瞬間、目標は走り出した。

 

 ガルナは、慌てて目標を走って追い掛ける。

 絶を維持したまま走るのはかなり気を使うが、ガルナは必死に追い掛けた。

 

 

 ガルナが駅前に出ると同時に、端末から呼び出し音が鳴った。

 

 

「ガルナ、何をしている?

 目標が、私の捜索範囲から出てしまったぞ?」

 

「いや、あいつ何故か突然走り出して――。」

 

 

 シドリアの問いに対して、ガルナが答えた。

 

 数秒の沈黙の後、シドリアが問い掛ける。

 

 

「まさか、人の多い所で絶を使ったんじゃないだろうな?」

 

 

 ガルナは少し悩んでから、ハッと気付いて思わず呟いた。

 

 

「そうか、雑踏の中の気配が突然消えたら、怪しいか・・・。」

 

 

 ガルナのその呟きは、シドリアにしっかりと聞かれていた。

 すぐに、シドリアが怒鳴り始めていたが、ガルナは構わず通話を切った。

 

 そして、ガルナは引き続き、目標の人物を追い掛けることにした。

 

 

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 

 

「――あの野郎、勝手に通話を切りやがった。」

 

 

 シドリアは、忌々しくそう呟くと、自身も歩いて移動を始めた。

 

 シドリアの考えでは、この場合、追跡は中止するしかない。

 

 シドリア達の受けた任務は、窃盗グループの犯行現場を写真に収めることと、対象の人物のアジトを見つけることだった。

 

 

 どちらにしても、追跡されていることに対象が気付いてしまうと、任務成功は絶望的だ。

 

 シドリアは内心、絶を使うなと、ガルナに指示しなかった自分を責めた。

 

 しかし、それ以上に勝手に追跡を続行しているガルナに対しても、腹が立った。

 

 今も、歩きながら発信し続けているが、ガルナは通話にも応じない・・・。

 

 

 ドンッと激しい音と共に、シドリアは何かにぶつかった。

 通行人にぶつかったらしく、相手はすぐに怒鳴り始めた。

 

 

「――痛っ!テメエ、何処を見て歩いていやがるんだ!?」

 

「悪いな。私は目が見えないんだ。」

 

 

 他人のオーラを感知できるシドリアが、通行人にぶつかったのは、単純にシドリアの不注意によるものだが、シドリアの目が見えないのは本当だった。

 

 正確には、シドリアは目を封印していた。

 

 自身の念能力で――。

 

 

 天空闘技場から一度里に戻り、ミコトと生活していて、シドリアが気付いたことがある。

 

 以前よりもミコトの食欲が落ちていることだ。

 

 最初は、シドリアの目が見えなかった頃に大袈裟にイメージしてしまって、実際はそこまで大喰らいという訳では無かったのだと、シドリアは安易に考えていた。

 

 しかし、ガルナと2人だけで何気ない雑談をしているときに、ミコトが以前より食べなくなったことを聞いた。

 そのとき、シドリアは、早く教えなかったガルナを激しく非難したが、同時に自身の不注意さも呪った。

 

 

 食は目から始まる。

 すなわち「美味しそう」と思ってから、実際に食べるという行為に移行するのだ。

 匂いでも同様の効果があるかもしれないが、視覚情報が無くなる弊害は大きいだろう。

 

 シドリアは、それに気付いてから、ミコトの行動を注意深く見ていた。

 

 明らかに、目が見えないせいで、あらゆる行動に制約があった。

 

 シドリアは、かつての自分も同じような動きをしていたのを思い出しながら、変わらずミコトの元気で明るい様子を痛々しく思った。

 

 そして、シドリアはある決意を固めた。

 

 

――ミコトの目が見えるまで、自分の目も封印する。

 

 そんな切実な想いが、能力を発現させた。

 

 

 シドリアはオーラを影に変化させる能力を身に付けたのだ。

 

 

 自身の目を封印する影の名は、【偽影】――全ての光学情報を遮断する技。

 

 他人に対しても使えるが、その場合は変化系能力者の苦手な放出系の系統も必要になるので、影の維持時間は限りなく短い。

 

 しかし、皮肉なことに、影のオーラは、光を吸収して視力を有する円の効果を付与できることが発覚した。

 

 数ヶ月の修行の末、視力を有する影、【幻影】を編み出し、広域情報収集に役立たせている。

 

 

 シドリアは、自分自身に対して矛盾を感じていた。

 

 元々、闇の中で生きる自分にふさわしいというイメージから考えた能力。

 

 だが、結果的に目が見えるようになっても、自身の目を封印する決意から発現した。

 

 しかし、目が見えなくても、影のオーラで遠距離を把握できることが、シドリアは嬉しくなった。

 しかも現在も有効活用してしまっている・・・。

 

 そんな矛盾した自分を振り返る度に、シドリアは自己嫌悪に陥り、思考はループしてしまう。

 

 そんなとき、シドリアはミコトの笑顔をイメージする。

 

 それは、未来のミコト。

 

 目が見えるようになり、世界を、その景色を、輝く笑顔で見ているミコト。

 美味しそうな料理を目の前にして、心から笑うミコト――。

 

 シドリアは、そんなミコトの姿を想像して、固い決意をする。

 

 

 ミコトの目を取り戻す、それこそがシドリアにとって、最優先の目的となっていたのだった。

 

 

 

 

――ピピピッ

 

 

 シドリアの端末から、着信音が聞こえた。

 

 躊躇いながらも、シドリアは通話に出ると、通話相手のガルナが情けない声で言った。

 

 

「シドリア、ごめん助けて――。」

 

 

 シドリアは予想通り過ぎる展開に、溜め息をついた。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 ガルナの目の前には、10人程が倒れていた。

 

 ガルナの両拳は、他人の返り血で赤く染まっている。

 

 ガルナは困り果てた。

 

 戦闘能力で言えばガルナの敵にならなかったが、戦っている最中に対象の人物に逃げられてしまったのだ。

 

 

 ガルナは、シドリアが着くのを見ると、心から謝罪する。

 

 

「ゴメン!ターゲットに逃げられてしまった!」

 

 

 シドリアは、それを聞くと、ガルナに言った。

 

 

「追跡に気付かれた時点で、任務は不可能だった。もう、やめよう。」

 

「でも――。」

 

 

 ガルナが悲しそうに言うと、シドリアが語気を強めて言った。

 

 

「俺は立ち止まっていないと円影は使えないし、他の影じゃ『解像度』が低すぎて、目標を特定できない。」

 

 

 シドリアは、そう言ってから、何も言わないガルナに向かって言った。

「任務失敗だ。依頼人には私から話そう。」

 

 

 シドリアの言葉に、打ちのめされたようなガルナが聞いた。

 

 

「じゃあ、次の仕事――?」

 

「いや、仕事は一旦休みだ。里に戻ろう。」

 

 

 シドリアは、ガルナにそう言って、久々に会うミコトのことを考えた。

 

 

 

 ガルナは、ただ悲しそうに頷くだけであった・・・。

 

 

 

 

 数日後、ガルナ達はハガクシの里に戻ってきた。

 

 

 ミコトだけは、里から連れ出せない。

 

 何故ならば、ミコトは天空闘技場から、無事には帰って来なかったからだ。

 意外にも長老は、事情を理解してくれたが、別な者達がシドリア達を非難した。

 

 

 長老の2人の息子である。

 

 その2人は、プロのハンターで、世間からは「ハガクシ兄弟」と呼ばれていた。

 

 当然だが、養子であるミコトとは血は繋がっていない。

 しかし、兄弟は義妹を心から愛し、可愛がっていた。

 ミコトの短い手足、幼い容姿、愛くるしい笑顔の全てを愛していたのだった。

 

 兄弟がハントの為に1年程、不在の間にミコトはいなくなっていた。

 

 帰ってきたと思ったら、見たこともない少年2人が、当たり前のように仲良くしていた。

 しかも、よりによってミコトの目が見えなくなっていたのだ。

 

 当然の如く、兄弟は怒りをガルナ達にぶつけた――。

 

 

 

 

 ガルナは、長老の屋敷に着くと、憂鬱そうに扉を開けた。

 

 

 案の定、目の前にハガクシ兄弟が立っていた。

 

 

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 

 

 シドリアは、溜め息をつくと、木に寄りかかって空を見つめる。

 

 チームの情報担当として、半年近く活動しているが、いまだにミコトの目――正確にはシドリアの目だが――は治る気配がない。

 

 あらゆる治療法や、薬草の情報を集めても、結果には結び付かなかった。

 

 

 それらのハントの成果は、ハガクシの里に提供することで、里の者達からは感謝された。

 

 

「やはり、まずはジョニー探しを本格的にするかな?」

 

 

 今のところガルナは、黙ってシドリアの指示に従ってくれている。

 

 もちろん、ジョニー探しを全くしていないわけではない。

 

 だが、現状では確かに情報屋を営むアマチュアハンターの使い走りの域を出ることはない。

 

 

 

 

 影の能力で、ガルナが長老の屋敷に戻ったのを確認すると、シドリアは能力を解除してからゆっくりと屋敷に戻った。

 

 

 

 

「――テメエ!」

 

 

 ハガクシ兄弟の弟のリュウがガルナに掴みかかっていた。

 

 シドリアは、その声の感じから、いつものジャレ合いであることを察して、挨拶をする。

 

 

「おお、シドリアか。どうだった、成果は?」

 

 

 ハガクシ兄弟の兄、ゲンがそう聞くと、シドリアは控え目な口調で答えた。

 

 

「有効な治療法は見つからないですね。」

 

 

 ハガクシ兄弟とシドリアにとっての「成果」とは、当然のように、ミコトの治療法のことを意味した。

 

 真っ先に思い付くのは、角膜移植だが、現状では念の効果で拒絶反応もなく、シドリアの目を保持しているミコトの移植手術は、不可能だった。

 

 単純に、ミコト自身の拒絶反応とシドリアの目の拒絶反応の両方の可能性が大いに考えられたからだ。

 

 

 

 

 シドリアの残念そうな言葉を聞いて、ゲンが不敵な笑みを浮かべて言った。

 

 

「ワイ達は、見つけたぜ。勿論まだ手掛かりのようなものだが――。」

 

 

 シドリアがピクリと眉を動かすと、ガルナとジャレ合っていた弟のリュウが横から叫んだ。

 

 

「GIっていうモノだべ!」

 

「じーあい?」

 

 

 ガルナは何のことか分からないといった顔で、リュウに聞き返した。

 

 リュウは、得意気になって言った。

 

 

「プロハンター専用の――。」

 

 

「リュウ!」

 

 

 兄のゲンが、リュウをたしなめた。

 ゲンは、喋りすぎだとでも言うように、リュウに対して目で語っている。

 

 

 最後にゲンは、シドリアの方を見て言った。

 

 

「ワイ達は、これからハントに行ってくる。正直何年かかるか分からないが、ミコトの目を治すのは、ワイ達だ。」

 

 

 そうして、兄弟は屋敷を出発していった。

 

 

 

 

「――プロハンター専用のGI・・・か。」

 

 

 兄弟がいなくなった後、シドリアは小さく呟いた。

 




【あとがき】

遅くなりましたm(__)m

引き続き、来月の4月一杯お休みします
5月2日から再開できると思うので、よろしくお願いいたしますm(__)m

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