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「シドリアの目と姫の目が入れ換わった!?」
昼過ぎになってようやく師匠の宿にやって来たシドリアが、開口一番に衝撃の事実を告白した。
師匠の泊まっている宿の入り口で、俺が驚いて叫ぶと、シドリアが深刻そうな面持ちで頷き、説明する。
「ミコトの新しい能力が発動したのだと思う。ミコト本人には発動した自覚は無いらしいが・・・。
元に戻す為に色々試したが、再度発動することは出来なかった・・・。」
すると、今まで沈黙を守っていた師匠が口を開いた。
「でも、勝手に発動したってのは考えづらいね。
念能力ってのは、意思の力だから、本人のこうしたいっていう強い想いがないと発現しないと思うんだ・・・。」
師匠は、一旦話を止めると姫を見て聞いた。
「もしかして、姫はシドリアの目のことを気にしてたんじゃない?」
姫は、図星を突かれたような顔をして答えた。
「確かに・・・ずっと心の中で気掛かりだったです。
昨晩は、シドリア様の覚悟にスゴク悲しくなって、ワタシが変わってあげたいと思ったかもしれないです。」
「ミコト!そんなこと考えていたのか!?」
それを聞いたシドリアは、姫に対して怒鳴った。
すると、姫は、反射的にビクッとして、バランスを崩して倒れそうになった。
咄嗟にシドリアが姫の身体をしっかりと受け止める。
俺がシドリアの目が見えないのに慣れ過ぎているせいか、それは少し違和感のある光景だった。
「わ、悪い。そんなつもりじゃなかった・・・。」
シドリアは姫の体を抱きしめたまま謝った。
師匠は溜め息をついて言った。
「そこのバカップル達も立ち話やめて、とりあえず食事にしようか。」
妙な空気のまま、俺達は食事をしていると師匠が言った。
「すっかり忘れていたんだけど――。」
俺とシドリアは、師匠の顔を見ると、師匠は言った。
「系統別の修行の説明忘れてたわ。
自分の系統を中心に、他の系統も山なりになるように日替わりでローテーションするように修行することでバランスよく各系統のレベルを上げていくんだけど・・・。
ただ、練のオーラ量を増やしたり、堅の維持時間伸ばすのと同じで、これは終わりが無いからね――。」
「――なるほど、修行のメニューさえ分かれば、後は各自で出来るということか。」
師匠の説明に素早くシドリアが言った。
俺は、理解するのに少しだけ時間が掛かったけれど・・・。
シドリアから遅れて俺は聞いた。
「じゃあ、師匠の修行は終わりってこと?」
俺の質問に、師匠とシドリアは顔を見合わせる。
「だから、昨日ボクはそう言ったでしょ?」
「今の話は、昨日の師匠の話の追加だ。」
師匠とシドリアに言われて、俺は精神的なダメージを受けた。
「アハハ、ガルナ相変わらずです。」
姫が笑いながら、そう言った。
姫の方を見ると、空いた皿が山盛りに重なっている。
どうやら、姫の食事は終わったようだ。
姫に引き続き、俺達は皆で笑った。
笑ったおかげか、先程までの変な空気は無くなっていた。
「――ところでガルナ、今日里に帰ると言っていたが、ハンターになるって相棒はいいのか?」
師匠と姫が一緒に買い物に行った後、シドリアが俺に聞いた。
シドリアの質問に、俺は少し悩みながら答える。
「んー。例えば、ウナと――昨日言ってた相棒ね、その人と一緒に、ジョニーに会ったのを想像しても楽しそうじゃないと思ったんだ。
やっぱりさ、強くなった俺とシドリア2人の姿を見せたいと思ったんだよ。」
「ふむ、一理あるな。
しかし、私は動けないぞ?」
シドリアにそう言われて、俺は目を丸くして言った。
「え、なんで――?」
「私は、ミコトと共にいたい。私は、ミコトを守っていきたいんだ。
だから、私は里のシノビとして生きると思う。」
シドリアが力強くそう言ったのを聞いて、俺は首を傾げた。
「ちょっと意味が分からないんだけど――?」
シドリアは、唖然とした顔で俺を見る。
しかし、俺は構わず自分の中で暖めていた案を言った。
「だからさ、里を出ようよ。3人で――。」
俺がそう言うと、シドリアは言葉が詰まった様子だった。
しばらくの間、沈黙が続く・・・。
すると、突然シドリアが吹き出すように笑いだした。
「プッハハハハ、お前、そんなバカなこと考えていたのか?ハハハ――。」
シドリアは、しばらくの間笑い続けると、少し真面目な顔で聞いた。
「ミコトの能力を狙う連中がいる。それでもやるのか――?」
「うん!絶対楽しいし、それに俺達は強くなったから大丈夫だよ!」
俺はそう自信満々に答えると、シドリアが言った。
「そうだな。
折角だから、3人でハンターとして活動するか?」
俺は、同じことを考えていたシドリアに対して、笑いながら答える。
「俺は、最初からそのつもりだったよ?
「それは、却下だ。」
シドリアが俺の言葉を遮り、説明を始める。
「殺人をしてしまったジョニーを探すのに、聞き込みでもするのか?無理だと思うぞ。
それに、さっきお前の言っていた奴の同業者になって遭遇してしまったら、お前も困るだろう?」
シドリアの言葉に俺は頷くと、シドリアは言った。
「ありとあらゆる全ての情報を探すんだ。私達には要らない情報も違う奴には売ることが出来る。
それに、うまくいけば、ミコトの目を治す手段も見つかるかもしれないしな。」
「なるほど!でもそれって何ハンターなの?」
俺はシドリアの案を素晴らしいと思いながら問い掛ける・・・。
シドリアは一瞬考えると、言った。
「そうだな。
俺は、元気よくシドリアの案に賛成した。
△△△△△△△△△△△△△△△
その男は、アイジエン大陸の小さな街の生まれで、幼少の頃から格闘道場に通っていた。
道場の同年代の門下生に比べて男は覚えが悪く、よく周囲から「才能が無い」と笑われた。
他の者が3日で覚える技を男は1ヶ月かかって習得し、それでも懸命に修行した。
それからも男は粘り強く継続的に地道な修行をして、遂には道場の門下生の中で一番の実力を持つようになった。
その域に至るまでに、実に30年の年数が掛かった。
男がそのままその道場の師範代になれば、ある意味幸せだった。
しかし、男は目指してしまった。
さらなる高みを――。
あてもない武者修行の日々――自然と西に移動した。
最終的に男がたどり着いたのは、天空闘技場だった。
格闘技の祭典、バトルオリンピア――男に目指すべき目標ができた。
90階にたどり着いた後、男は絶望した。
30年以上の年月で男が磨いた技は、100階クラスの選手に通用することもなく、男は負け続けた。
男は負ける度に、技を見直し、鍛え、修行をした。
男は、才能という言葉が嫌いだった。
覚えが悪いのならば、人の何倍も修行すれば、勝つことが出来る――男は、そんな希望の中で修行に明け暮れた。
「――申しにくいことですが、もう格闘家としては限界です。」
男はある日、医者からそう言われた。
何度も怪我をして、治療してきたので、男からすると信じられない言葉だった。
だが、今回のそれは、試合の怪我がきっかけではあったが、本当の原因は別にあった。
「オーバーワークですね。あなたの体は全身がボロボロです。
特に慢性的な腰痛は、いずれ日常生活にも支障が出てきてしまうでしょう――。」
医者の言う通り、数年後には、腰の痛みで男は歩くこともままならないことがあった。
しばらくしてから、男は天空闘技場の選手登録をやめた。
男は齢40を越えていた。
格闘家として生きてきた為、これから何をするべきか、分からなかった。
格闘技を使って稼ぐことは不可能なことは理解していた。
しかし、生きる為には、仕事が必要だ。
格闘が無くなれば、自分の中には他には何も無い――男は無力感で一杯になった。
それから5年後の現在、男はいまだに天空闘技場の周辺にいた。
天空闘技場を中心にある、通称「テンマチ」と呼ばれるその商店街は、男と同じように夢破れた者達が自然と集まり、その規模も年々と大きくなっており、近年は格闘に直接関係の無い者達からもビジネスチャンスとして注目されていた。
男は、そこで料理店を営んでいた。
今だからこそ分かる。
男は「才能」という言葉が嫌いだった。
しかし「素質」というものは確かにあるのだと男は思う。
5年前の無力感の中、男は過去の思い出を振り返っていた。
それがきっかけで男は、新たな道を目指し始める。
かつて男が道場で門下生をしていた時、男の作る料理は仲間に大いに喜ばれた。
男は、格闘の素質は人より劣っていたが、料理の素質は優れていたようだった。
男の考えでは、素質とは、センスとも言い替えられる。
それは生まれ持った資質。「何をしたら効率がいいか」「どうすれば質が上がるか」
ジャンルは問わず、それらを自然に察する能力――もちろんそのようなセンスに頼ってしまえば、向上はしない。
だが、男の格闘人生で培った粘り強さが、齢40を越えてイチからスタートする苦行のような努力をさせた。
今や男の料理店は、TVや雑誌で紹介される程の人気店になっていた。
今日も満員御礼、男の作り出す料理の数々は客を自然に笑顔にさせる――。
それを見た店主である男は、満足そうに頷くと、厨房に戻ろうとした。
すると、新しく2人組の客が来た。
金髪の細身の体にシンプルなパンツルックの女と、体が小さい花柄の着物を着た少女だった。
随分年齢差がありそうだがどういう関係だろうかと、店主の男は背後を振り返りながらぼんやりと考えていた。
ホールの従業員が、元気よく応対しているのを確認すると、店主は今度こそ厨房に戻ろうと体の向きを戻した。
――!!
突然の激痛、男は腰を抱えながら座り込む。
「イタタタタッ!」
年々腰の痛みは増加し、今のように立てなくなる程の激痛も頻度が増えていた。
腰の痛みは、手術で完治するらしく、医者には手術を勧められている。
しかし、男は店の料理の味にこだわりがある。
雇っている料理人達に全てを任せてしまうと、明らかに味が落ちてしまうのだ。
男は、自分が苦労して作り上げた城を、他人に壊されることだけは嫌だった――。
従業員に手伝ってもらい、ガクガクとしながら男は店の裏手に向かって移動する。
痛みで男の額から嫌な汗が流れる。
瞬間、いつの間にか至近距離にいた少女が、男の頬に流れるその汗を舐めた。
男は、驚きの余り言葉を失っていた・・・。
舐められるという異常な行為もそうだが、それ以上に衝撃を受けたのだ。
かつて格闘家だった筈の男の間合いに簡単に侵入してきた小さな少女――男は、それに対して少なからず恐怖を覚えた。
すると、少女は、どこかの国の民族言語で何かを言った――。
その直後、男の腰の激痛は、あっさりと消えた。
「痛そうだったので、治したです。」
少女は、妙な喋り方でそう言うと、ちょうど席が空いたらしく、従業員に案内されていった。
店主は、唖然としたまま、5年間騙し騙しで付き合ってきた腰痛が、完全に無くなったことに対して、喜びで打ち震えていた。
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ミコトは目の前の料理をもの凄い勢いで食べていた。
師匠は最早見慣れた光景であるからか、自分が注文した料理に舌鼓を打った。
「これ!めちゃくちゃ美味しいね?これでこの値段なら、人気店というのも頷けるね?」
ミコトは食べるのに夢中で、答えない。
師匠は対して驚きもせずに、食事を続けた。
ふと、師匠は気になっていたことを尋ねる。
「姫って能力も確かにすごいけど、念の基礎はしっかりしてるよね?誰に習ったの?」
「2人のお兄ちゃんです! お前には必要だからってワタシが6歳のときに――。」
ミコトがそう答えると、師匠は言った。
「へえ、なるほどね。
でも6歳で必要ってめずらしいね?」
師匠がそう言うと、ミコトは少し恥ずかしそうに答えた。
「――理由は『おねしょう』です。」
ミコトの回答に唖然とした師匠は、歯切れ悪く言った。
「いや、まあ排泄器官のコントロールは人それぞれだし――。」
「ち、ちがうです!そっちじゃなくて、オーラの方です。」
「は?オーラ?」
「なんかワタシは、小さいときは病弱らしかったです。でもお兄ちゃん達が思うに原因はそれだってことになって――。」
ミコトの話に完全についていけなくなった師匠は、慌てて聞いた。
「ちょ、全然意味分からないんだけど。
まさか、6歳のときに精孔を開いたってこと!?」
師匠の問いに、ミコトは少し悩みながら答える。
「精孔自体は、産まれたときには開いていたかもです。
これは、お兄ちゃん達の予想です。」
「ああ、やっと話が見えた。
つまり、産まれたときから精孔が開いているから、キミが寝ているときにオーラを大量に垂れ流しにして体調を崩してしまうことが起きていたってこと?」
師匠の言葉にミコトは力強く頷いた。
ミコトは8年間は母の胎内にいた。おそらく長い間、母の異常な念に触れてしまったが為にそのようなことになったのだろうと、師匠は考えた。
「――随分良く食べましたね。満足して頂けましたか?」
ミコト達が食事を終えてお茶を飲んでいると、店主らしき男がそう言った。
「スゴく美味しかったです!」
「うん、最高でした。」
ミコトと師匠は、それぞれそう言うと、店主は言った。
「いや実は、私は昔は天空闘技場の選手をやってましてね――まあ、90階止まりだったんですが。
腰痛がひどくて引退してしまったんですが、さっきそちらのお嬢さんのおかげで――。」
その後店主は何か言いかけると、ゆっくりと首を振ってから言った。
「おかげ様で、私も料理を続けられます。お礼と言っては何ですが、今の飲食代は無料にしますよ。」
師匠は目を輝かせてから、ふと何かに気付いて言った。
「でも多分、今のままだと腰痛は復活してしまうかも?」
「え!?一体何が――?」
師匠の言葉に店主が驚いて聞くと、説明した。
「立ち方や歩き方が悪いから、関節も一部にだけ負荷がかかってしまうし、筋肉のバランスも相当悪いから補助できていない。」
師匠はそう説明してから、店主に歩法の概念を教えた――。
今回、急遽気付いた部分の修正作業の為、更新時刻が大幅に遅れてしまい、申し訳ありませんでしたm(__)m
尚、作者リアル仕事事情に伴い、今月の3月28日の23話は予定通りですが、4月一杯はお休みさせていただきますm(__)m
5月2日金曜日から24話更新再開の予定です(´ω`)
作者の未熟な作品を読んでくださる読者様には大変申し訳ないのですが、ご理解とご了承をお願い致しますm(__)m