DUAL BULLET   作:すももも

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17.七ツ星

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 まばゆいライト、会場の熱気、観客の声や熱い視線、それらはガルナ=ポートネスという俺、個人に向けられていた。

 

 ニコラス=ポートネスのことなんて、誰も知らない。当然その息子のことも――。

 

 ここには、特別な人間などいないのだ。

 しかし、特別な人間になる方法ならある・・・。

 

 強さを示すことだ。

 

 

 ここは、天空闘技場。

 

 ここでは、生まれも育ちも、年齢すら気にせず、強さを競う。

 強いことこそが、この場所で「特別」となれる唯一無二の条件だ。

 

 

 俺は、そんなことを気にするなんて、らしくないなと自分自身を笑いながら、リングに上がった――。

 

 

 対戦相手が、目の前に現れる。

 無駄に体がデカくて毛むくじゃらの男だ。

 

 

「――なんだ、ガキじゃねえか。」

 

 

 対戦相手がそう言って、しばらく負け犬の遠吠えみたいな言葉を吐いていた。

 

 正直、俺は先程までビビっていたが、いざ予選の試合が始まり、相手を目の前にすると不思議と落ち着いた。

 

 

 

 俺が立法をある程度できるようになると、歩法の修行が始まった。

 

 立法が完璧になった後も、歩法の修行の始めと終わりには必ず立法を行うように、師匠に言われた。

 結局、それは今も毎日の修行で同じように続いている。

 

 最初は何故、覚えた筈の立法をわざわざやるか意味が分からなかった。

 

 しかし、シドリア程ではないにしても、俺も立法を意識すると、自然と歩法の習得が早くなることに後から気付いた。

 

 つまり、立法は基本であると同時に奥義なのだと、今なら理解できる。

 大雑把に言えば、立法のレベルで相手の力量も分かる。

 

 少なくとも目の前のデカイ男は、見た目の筋肉量は多いが、立法が滅茶苦茶で、駄目駄目な歩法を用いて無理矢理鍛えたが為に、鍛えた筋肉同士が喧嘩しているようにも見えた。

 

 

 審判が合図を出す――。

 

 同時に俺は、全力の踏歩を使って、デカイ男に向かって行った――。

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 私は、予選のリングにゆっくり立つと、耳を澄ました。

 

 悪巧みをしてそうな師匠にそれとなく聞いた結果、どうやらこの闘技場は、かなりの規模で大々的に賭けを行っているらしい。

 

 

――なるほど、な。

 

 

 心の中で、私はそう呟いた。

 

 私の耳には、予選であるにも関わらず、怒声や罵声が飛び交い、微かだが少なくない人数が必死に何かを書き込んでいる音も聞こえる・・・。

 

 

 賭けに関して、必勝法などはない。

 しかし、勝率を上げる方法がある。

 

 それは「データ収集」だ。

 

 無名故に賭け率(レート)が高く、実力がある選手を探す――。

 理論的には、その選手に賭け続ければ、賭けには勝てるというわけだ。

 

 戦う力が無いが、一攫千金を夢見る者達にとっては、その「情報」こそが、金の卵を産むニワトリに他ならないのだろう。

 

 予選であるにも関わらず、私の耳を壊しかねない大歓声は、そういった背景があるのだと思った。

 

 

 その突如、遠くのリング周辺から、歓声が沸く。

 

 歓声の方角と概略の距離、何人かの微かな言葉を聞いて、瞬時に総合的な判断をすると、ガルナが自分の3倍程の体格の対戦相手を殴り飛ばしたらしい。

 

 ここだけの話ではあるが、元々ガルナの「踏歩」は師匠も目を見張る程のレベルだったそうだ。

 しかし、その反動なのか、基本的な「緩歩」が雑すぎて、癖を修正するのに大変だったと師匠から聞いた。

 

 歩法を習得した今となっては、ガルナの踏歩によるダッシュは、常人には目で捉えるのも難しいだろう・・・。

 

 私は、ガルナの勝利を聞いて少し気が楽になったのを感じてから、愕然とした。

 私は、緊張していたようだ。

 たかが予選で、及び腰になっているというのか。

 

 信じられなかった。精神的に全く成長していない自分が――。

 

 自身の精神的な弱さに鞭を打ちながら、これもまたあの時と状況は似ているな、と自虐的に考えた。

 ガルナの背中を見なければ、私は全力を出すことを躊躇してしまうらしい。

 

 

 そう考えていたところで、風を感じた。

 反射的に軽い踏歩と抜歩を交互に用いて、静かに後方に飛ぶ。

 

 

 試合は既に始まっていた――。

 

 相手は、すかさず未熟な歩法の足音をドカドカと鳴らして、私に近接する。

 

 その足音は耳障りではあったが、私を落ち着かせた。

 

 相手の出す足音を聞くと、力を殺し、効果的に速度を上げることもできないことが分かる。

 また、それは同時に、目の見えない私にとっては、相手の位置を知る印にもなるのだ。

 

 相手の攻撃によって吹く風を、肌の感覚で感じて、すかさず自身の下半身を重歩によって沈め、相手の攻撃を受け切った。

 

 相手は、驚いた反応をするが、私はすぐに急歩を使って、相手の背後に回り込み、そのまま流れるように軸足に重歩と踏歩を併用した強烈な蹴りを放った――。

 

 確実な手応えからの勝利への確信とともに、まだまだ私は、歩法によって得た力を体に伝導させるのは未熟だと感じた。

 

 その為の天空闘技場だ。

 

 私は、師匠がここを修行の場に選んだ意味が分かった。

 

 確かに、ガルナが歩法を習得するまで、1ヶ月程の間、私は師匠や里の者達と組み手の真似事をしていた。

 しかし、実力差のある者同士では有効な修練にならないことが多い。

 型を覚えるには良いかもしれないが、まるで実戦にならないのだ。

 

 里の中で私やガルナは、その程度のレベルだった。

 

 

 

 その反面、天空闘技場ならば、格闘の技を表面的に習っただけの素人も多く、未熟な体法の修練には良い環境だ。

 また、あらゆる格闘技に触れることで、それぞれの有効な立ち回りや、ワンパターンに陥らない技の習得も可能だろう――。

 

 

 私は、私の勝利に対する歓声を聞きながら、やはりここに来て良かったな、と思っていた。

 

 

 しかし、歓声の中に聞いた覚えのある声が混じっている・・・。

 

 

「――様! シドリア様!」

 

 

 紛れもなくその声は、ミコトだった・・・。

 

 

 正直、ミコトに対して私は戸惑いを隠せなかった・・・。

 

 

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 

 

 1993年6月16日にシドリアは歩法の基本を会得した。

 

 シドリアは、歩法を習得したその日に、何気なくミコトに報告した。

 すると、ミコトは、明るく大きな声で驚き、称賛した。

 

 

「シドリア様、すごいです!この短期間で歩法を覚えるなんて――。」

 

 

 そのときシドリアは、ミコトの言葉に得意気になって、言ってはならないことを言ってしまった。

 今となっては、シドリアには後悔しかない。

 

 

「俺と組み手をしてみないか?

 そうだな・・・負けたら相手の言うことを聞くってのはどうだ?」

 

 

 シドリアの提案に、ミコトは嬉々として、間髪入れずに了承した。

 

 

 

 

 屋敷の道場で、シドリアとミコトは向かい合った。

 

 シドリアは目が見えないことから、基本的には相手の攻撃を待つ。

 しかし、これもまたシドリアの致命的なミスであった。

 

 シドリアは半年近い里での生活で、自身の感覚が研ぎ澄まされていた。

 故に、視覚以外の感覚で先手を取ろうと思えば取れたのだ。

 

 むしろ、第一歩目を躊躇してしまうシドリアの悪癖が出たと言ってもいいだろう。

 

 

 ミコトの繰り出す拳を片手で受け、シドリアは抜歩を使って力を受け流した。

 すぐにシドリアは、逆の拳を突き入れる。

 しかし、そのシドリアの反撃の拳は、ミコトに誘導されたものだった。

 瞬間、シドリアの拳は受け止められ、勝負は決まった。

 

 それは、ほんの1秒に満たない時間であった。

 

 ミコトのほんの少しの重心変化によって、シドリアは広い道場の壁まで吹き飛ばされた。

 

 

 ミコトは決して特別なレベルではない――この里の中では。

 

 しかし、ミコトは複数の歩法を当たり前のように千分の一秒単位で使い分け、連動させる。

 これは、一朝一夕で身に付くものではないとシドリアは痛感した。

 

 シドリアは、歩法の基礎は学んだが、まだまだスタートラインに立ったに過ぎなかったのだ。

 

 

「――ゴメンです!シドリア様、怪我はないです?」

 

 シドリアが放心状態のまま、物思いにふけっていた所に、ミコトの顔が至近距離にあるのを感じた。

 

 

「俺なら大丈夫――って、そんな顔を近づけなくてもいいだろう?」

 

「エヘヘ、です」

 

 

 シドリアが文句を言うと、ミコトは嬉しそうに笑った。

 シドリアには何が嬉しいのか、良く分からなかった。

 

 

「でも、賭けはワタシの勝ちです!」

 

 

 ミコトは力強くそう言ってから、シドリアに自分の話し方を真似することを強要した。

 

 そうして、シドリアは自身の一人称を、「俺」から「私」に切り替える羽目になった。

 しかし、訛りの部分はうまく真似することが出来ないと、シドリアは息を吐くように嘘をついた。

 

 ミコトは、それでも十分だと満足そうに笑っていた。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

「バカか!キミは、本当に人の話を聞かない奴だね!?」

 

 

 女の声が通路に響いた。

 周りの人間は、遠巻きにその方向に目をやる。

 

 ガルナは通路で正座をして、師匠に説教をされていた。

 

 

「いや、あんなに派手に吹き飛ぶなんて思わなかったし・・・。」

 

 

 ガルナがそう小さく反論すると、師匠は顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

 

「ボクは、一発もらってから軽く返せって言ったんだ?

 見てたけどキミは、間違いなく、最初から全力でいったよね、ね?」

 

 

 師匠は、それからしばらく説教を続けていた。

 すると、突然師匠に対して質問が来た。

 

 

「師匠、さっき聞こうかと思ったのですが、その指示は一体何の意味が?」

 

 

 そう質問を投げ掛けたのは、シドリアだった。

 シドリアは、ゆっくりと師匠の方に歩み寄る。

 

 

「おお!シドリア!

 キミだけが、ボクの救世主だよー!」

 

 

 師匠は満面の笑みで、自身の指示通りに動いたシドリアを褒め称えた。

 すると、シドリアはガルナに聞こえない程度の声で呟く。

 

 

「まさか・・・賭け率(レート)を操作しようとしているとか?」

 

 

 シドリアの言葉に、ギクリとした師匠は、周囲をワタワタと見渡した。

 

 すると、師匠はシドリアの脇に寄り添う小さな少女を見つけ、唖然として言う。

 

 

「ちょ、それより何で姫がいるの?」

 

 

 師匠がそう言うのと、ほぼ同時にガルナが言った。

 

 

「あ、ミコトも来てたんだ!?

 ん?『姫』って何?」

 

 

 ガルナの疑問に、場はしばらく沈黙に包まれた・・・。

 

 

 

 天空闘技場にある食堂で4人が食事をしていた。

 

 

「――へえ、ミコトって『殿様』の娘だったんだ?」

 

 

 ガルナが、大きな声でそう言うと、すぐに師匠に殴られる。

 

 

「声がでかすぎだよ!本当にトップシークレットなんだから。」

 

 

 師匠はそう言ってから、ミコトの方を見て言った。

 

 

「キミも食べてばかりいないで、話に参加してほしいな、お姉さんは。」

 

 

 師匠にそう言われ、ミコトは、慌てて食べている途中のスパゲッティを一気に胃袋に流し込む。

 食べている途中のモノを残すのは、ミコトの流儀に反するのだろう。

 

 ガルナは、殴られた頭をさすりながら、小さく呟いた。

 

 

「トップシークレットって言うなら、姫って呼んじゃ駄目なんじゃ・・・。」

 

 

 ガルナがそう言った瞬間、師匠は先程よりも強い力でガルナを殴った。

 

 

 その様子を伺いながら、シドリアは言う。

 

 

「しかし、記録によると、かつてジャポンを統治していた将軍は、20年以上前に亡命したはずだが――?」

 

 

 シドリアがそう言うと、師匠は頭を抱えて言った。

 

 

「やっぱり、そこに気付いちゃうか――。」

 

 

 師匠は、そう言ってから、ゆっくりと説明を始めた。

 

 

「姫は特殊な産まれ方をしたんだ――。」

 

 

 

 

 ある日、将軍家の奥室の1人が、お腹の中に子を宿した。

 女がお腹の子に気付いたのは、主君が亡命して2ヶ月後のことである。

 

 その女は、将軍を心から愛していた。

 

 将軍は、正室である女と一緒にどこか遠くへ行ったが、きっと戻ってくると女は信じていた。

 女は、帰ってくる主君に自分の産んだ子の産声を聞かせることを夢見ていた。

 

 それから6ヶ月が経過した。

 

 政権は事実上の交代となったが、ジャポンに残っている将軍側の陣営が不当な仕打ちを受けることはなかった。

 それどころか、立場的に優遇されることとなった。

 

 おそらく、新政府の国民への配慮やその他の政治的な理由だろう。

 

 しかし、将軍はまだ戻って来ない。

 そして、その頃から女の精神は壊れ始めた・・・。

 

 女は願った――。

 

 愛する主君に、自分の我が子の産声を聞かせたい。

 その想いは、やがて呪いに変わり、宿している子に降りかかった。

 

 

 女は臨月を迎え、間もなく産まれるだろうと周囲から思われていた。

 周囲の予想に反して、臨月から2ヶ月経過しても、お腹の子は産まれることも流れることもなかった。

 

 周囲の者達は次第に恐れ始め、女は人目のつかない部屋に隔離された。

 

 それは驚くことに、約8年程続いた。

 

 

 1978年の冬、女の大絶叫により、周囲の者が集まった。

 

 女の目は血走り、自らの肌を爪で引き裂き、滴る血も気にせず、必死の形相で叫んだ。

 

 

「あの人が、女を愛してしまった!」

 

 

 将軍は、愛を知らない男だった。

 正室も奥室も全て家柄で決められた。

 将軍にとってそれは、女の家来と同じ意味のものだったのだ。

 

 故に、奥室であるにも関わらず、女は愛する主君に対して希望を捨てていなかった。

 

 我が子を見れば、それが愛を教えてくれる。

 自分を愛してくれる。

 

 女はそんな淡い期待を持っていたのだ。

 

 しかし、将軍は愛を知ってしまった。

 愛する女と出逢ってしまった。

 

 何故、女にそれが分かったのかは分からない。

 既に、人の域を超えた女の強い想いによって、察知したのかもしれない。

 

 事態の急変により、約8年もの間、子を宿し続けた女の陣痛が始まった。

 

 壮絶な出産により女は虫の息となる。

 産まれた子は、産声をあげなかった。

 

 女は、精神的なショックと出産により、衰弱していた。

 

 息も絶え絶えに、女は言葉を発した。

 

 

「主君と、主君が愛する女の(ミコト)を――。」

 

 

 その言葉を最後まで発することもなく、女は壮絶な最期を迎えた。

 

 その直後、産まれた子は産声を上げた。

 それは、まるで母の呪いの言葉に返事をしたようであった・・・。

 

 周囲の者達は、産まれた女児を「ミコト」と名付け、人里から隔離された忍の里に預けられた――。

 

 

「――というわけだよ。ボクも里の長老に聞いただけだから、多少の脚色はあるかもしれないんだけれど・・・。」

 

 

 師匠の説明が終わると、3人は茫然としていた。

 

 ガルナが、ミコトを見てからガタガタ震えて言った。

 

 

「ちょっと、それってどんなホラー?」

 

「8年間胎内に子がいるとは・・・。

 確かに、すぐには理解しきれない話だな。」

 

 

 ガルナの言葉に、シドリアが頷いて言った。

 すると、ミコトが元気に叫ぶ。

 

 

「でも、お母様は命を賭けて、ワタシを産んでくれたです!

 ワタシは、産んでくれたお母様に感謝してるです!」

 

 

 ミコトがそう言うと、その場の全員が笑って頷いた。

 

 

「確かに、生命の誕生には何の害もないな。」

 

「俺、くじら島のノウコを思い出した!

 あの子元気かな?」

 

 

 シドリアとガルナが、それぞれの考えを言っていると、師匠が2人に尋ねた。

 

 

「そういえばキミ達、予選の結果どうなったの?」

 

「私が30階、ガルナが50階だ。」

 

 

 師匠の質問にシドリアがそう答えると、ガルナが慌てて言った。

 

 

「うわ!ゆっくりし過ぎた!

 俺、5分後に試合だ!」

 

 

 そう言うと、ガルナは食堂から駆け出して、50階の試合会場に向かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 予選よりも観客が多く、歓声が大きかった。

 俺は、武者震いをすると、力強くリングに飛び上がる。

 

 

「あれ、対戦相手はまだなのか・・・。」

 

 

 俺は思ったまま、そう口に出した。

 

 俺も5分遅刻したのに、更に遅れるとかルーズすぎるな、と考えていると対戦相手がやってきた――。

 

 

「え?嘘でしょ?」

 

 

 俺が相手の風貌を見て、そう言った。

 

 肩まで伸ばした癖っ毛の銀髪、小さな身体のそれは、俺よりもかなり年下と思われる小さな少年だったのだ。

 

 

 すると、対戦相手が俺を見て言った。

 

 

「はあ?何だよお前、ガキじゃん!」

 

「いや、俺12歳だし!むしろ、お前こそ何歳だよ?」

 

 

 対戦相手の言葉に、俺が言い返す。

 

 

「――6歳。

 でも悪いけど、お前に負ける気しないね。」

 

 

 対戦相手の子供は、憮然な態度でそう言った。

 

 すぐに、審判から私語をやめるように言われ、試合は始まる――。

 

 

 俺が全力の踏歩で間合いを詰める。

 相手の目の前で、抜歩でステップを踏みながら、ジャブを数発放つ。

 

 相手の子供は、難なくそれを避けるが、それも計算ずくだ――。

 子供にしては立法が完璧だし、そもそも50階にまで登ってこれるんだから、普通の子供じゃないと思っていたのだ。

 

 

 瞬間、俺は自身の全力の重歩で全身を沈め、身体の捻りと左右の足の踏歩を連動させ拳を突き出す――。

 

 

 そう、ただの右ストレートだ。

 しかし、歩法を覚えた今、その威力は軽く3倍くらいは上がっていた。

 

 ジャブを回避させて、相手の歩法を崩し、右ストレートを放つ――完璧な作戦だった。

 

 

 

 しかし、俺の拳は空を切った。

 俺は、混乱しながら心の中で呟く。

 

 

――あれ?なんで?

 

 

「バーカ、見え見えだっつーの!」

 

 

 その言葉が聞こえた瞬間、俺は背後から強烈な一撃を喰らい、そこから意識が途切れた――。

 

 

 

 

 

 

「――イタイノ イタイノ トンデケ!」

 

 

 いつか聞いたことのある、魔法の言葉が聞こえた。

 

 

 ハッと目を開けると、俺は、今までの歓声が、嘘のように静かな部屋で寝ていた。

 すぐに俺は、叫ぶ。

 

 

「し、試合は?」

 

 

「ガルナの負けです。

 あの銀髪の子、ガルナより相当強いです。」

 

 

 ミコトがそう言った。

 そういえば、ミコトって発音し辛いし、師匠と同じように俺も姫って呼ぼうかな?

 

 

 姫の背後の師匠が、ブツブツ言ってるのが怖い・・・。

 

 

「し、師匠ごめんなさい。負けちゃって・・・。」

 

 

 俺が、しょんぼりそう言うと、師匠はキョトンとして言った。

 

 

「ほぇ?ああ、あの試合ね。ドンマイ、ドンマイ!負けるのも勉強だからさ!」

 

 

 師匠はそう言うと、力強く俺の肩を叩いた。

 師匠の慰めの言葉に、俺は泣きそうになる――。

 

 

「えと、お姉ちゃんは、銀髪の子供の方に賭けてたです。

 今はシドリア様の試合で悩んでるだけです。」

 

 

 俺の様子を見ていた姫がそう言った。

 俺は、すぐに驚いて叫ぶ。

 

 

「え?どういうこと?俺が負けるって分かってたの?」

 

 

 しばらくの沈黙の後、師匠は言った。

 

 

「だって、ボクの見た感じでは、ガルナがあの子に勝てるわけないなって――。」

 

「あの子、立法も歩法もずば抜けてスゴいです。

 多分、重歩で出す腕力も、ガルナの10倍くらいだと思うです。」

 

 

 師匠と姫の両方にそう言われて、俺はガックリとした。

 俺は、心の底から悔しくて涙が出てきた。

 

 

「ちょっ泣くなよ!それより反省会するよ!

 確かに腕力なんかじゃ負けてるけど、キミでもできる戦い方を考えるんだ。」

 

 

 師匠はそう言って、俺とあの子の試合のビデオを再生した。

 

 やっぱり師匠は凄い。

 ふざけていても、ちゃんとやるべきことを指導してくれる。

 

 

 それからの日々は、試合の合間に、歩法と連動させた筋トレをしながら、試合のビデオを見て研究した。

 

 歩法を連動させる筋トレは、ただ闇雲にする筋トレよりも数十倍はキツく、何よりも見た目の変化が少なくて精神的にも辛かった。

 また、ビデオで試合を客観的に見ると、俺の歩法は崩れてしまうことがよくあり、そういう時は必ず力が抜けて効果的に動けていなかった。

 

 その度に、立法や歩法を一人でも再確認し、鍛え、イメージトレーニングもして、試合に臨んだ。

 

 歩法を意識することで腕力や体術が強くなってても、それ以上に戦術や駆け引きがうまい人達が多くて、俺の勝率は限りなく低かった。

 1週間以上の間、50階から上に行けない日々が続く。

 

 1ヶ月以上経ち、100階になんとか辿り着いた。

 この1ヶ月、その日暮らしというか、宿泊費と食費やら服代で毎日のファイトマネーが消えていた。

 100階からは個室が与えられて、ファイトマネーも文字通り桁が変わるので、安心できる。

 

 

 そう思ったのも束の間、すぐに俺は100階クラスの個室を追い出された。

 

 

 100階から待遇が良くなる為に、審判にバレない巧妙な反則をする選手や、極端にポイントを取る技に長けた選手がいるからだ。

 

 勿論、正統派で強い人もいる。

 ヨルビアン大陸の格闘チャンピオン等の有名人もいた。

 スポンサーと契約しなければ、なかなか安定収入の無いプロ格闘家よりも、分かりやすいシステムの天空闘技場の方が気に入ったのかもしれない。

 

 

 そんな連中に揉まれながら、あっという間に2ヶ月が過ぎた。

 

 

 

 

 

 

「――勝者、シドリア選手!」

 

 

 審判の高らかな宣言により、シドリアは150階の試合に勝利した。

 

 

「くそー!次は勝ってやるからな!」

 

 

 そう叫んだのは、俺が最初の試合で負けた銀髪の少年だ。

 どうやら、いつの間にかあの子も150階クラスに行ったらしい。

 

 俺は140階と100階の間を往復してるというのに・・・。

 さすがに100階から落ちることはもう無いけれど。

 

 

 シドリアは、銀髪の子の言葉に反応もしないまま、姫に付き添われ、ゆっくりと歩いている。

 

 通路でそんな場面に遭遇して、俺は笑って声を掛けた。

 

 

「俺も、次に君と戦――。」

「オレ、キルア!アンタの名前は?」

 

 

 キルアは、俺の言葉を完全に無視して、シドリアに言った。

 シドリアは、ゆっくりとキルアの方を見て言った。

 

 

「シドリアだ。」

 

「俺、ガル――。」

「へえ、シドリアね。

 アンタ強いね。次は負けないからな!」

 

 

 またしてもキルアに無視され、俺は本気で泣き出した――。

 

 

 結局、それ以降、天空闘技場で俺とシドリアがキルアと再び戦うことはなかった。

 参加規模も大きいし、階数が合致することがほとんどなかった為だと思う。

 

 

 子供にしては、キルアは異常な強さだが、他にもキルア以上の強者は大勢いた。

 

 格闘技を本当の意味で極めた人は、最終的には歩法と体法に行き着くらしい。

 また、独力でそれらを極めた人は、特に歩法が文字通り身体に染み付いていて、隙をつくることも難しく、そういう相手に俺は負け続けた。

 

 しばらくの間、俺は150階に行っては、負けて階数を降り、また勝ち上がって登ることを続けた。

 

 俺は、それを「150階の壁」と呼んだ。

 

 

 シドリアも190階付近で奮戦するが、なかなか200階には辿り着けなかった。

 

 

 1994年2月21日、俺はなんとか200階に到達した。

 

 

「さて、では食事にしようか?」

 

 

 てっきり祝福してくれると思って、俺が皆の所に走り寄ると、シドリアにそう言われた。

 

 

「ワタシ、七ツ星のランブツ料理が食べたいです!」

 

「おお、いいね!ボクも最高級のレストラン行きたいなー?」

 

 

 姫と師匠もそう言って、テンションの高い声を上げている・・・。

 

 

「ゴメン、何の話?」

 

 

 3人の話について行けなくて、俺は聞いた。

 すると、シドリアがゆっくりと言った。

 

 

「忘れたのか?

 ここに来たとき、どちらが先に200階に到達するか競争すると言っただろう?」

 

 

 シドリアの言葉にハッとして、3人の顔を見渡す――。

 慌てて俺は叫んだ。

 

 

「でも、シドリアだって、今日の午前中に200階に到達したばかりじゃないか!?

 戦う順番が逆だったら、俺の勝ちだし――。」

 

「だとしても、先に到達したのは、私だ。」

 

 

 俺の反論は、シドリアに問答無用で否定されてしまった。

 

 けれど――。

 

 

「何で姫と師匠まで奢らないと駄目な――?」

 

 

 俺がそう言いかけると、姫と師匠から謎の圧力を感じた。

 

 なんだこれ?殺気?

 いや、もっとしっかりした強い気配だ――。

 

 みるみる呼吸が苦しくなってきた・・・。

 

 

「わ、分かったから、奢るから!それ、やめて!」

 

 

 俺が悲鳴に近い叫びを上げると、その圧力から解放された。

 

 

 

 

 高級レストランでの食事は、久しぶりだった。

 

 シムズ国で暮らしていた頃と状況が違うのは、自分で稼いだ金で食べていることだ。

 いつの間にか、ファイトマネーが貯まっていて、預金も相当ある。

 

 

 しかし、姫の食べるペースが半端ない。

 少なくとも食べることに関して、姫は俺やシドリアを遥かに超越していた。

 高級レストランで、おかわりする人を、俺は初めて見た。

 

 

 師匠は、赤いワインのボトルを既に10本は空けている。

 いや、それ確か1本220万ジェニーじゃなかったっけ?

 

 

 結局、俺はそのレストランで1億ジェニーを支払うことになった・・・。




【後書き】

 天空闘技場のレベルが高過ぎると思われるかもしれませんが、作者的にはこれでも甘くした感じです(>_<)

 原作ネタバレになってしまいますが、ズシは「纏」を使ってるのに、1週間で50階のまま。
 天才キルア少年(6~8)ですら、150階までに2ヶ月、200階までに2年かかってたりします。

 だから、八百長とかやる余裕無いと思ってたのです(。・ω・。)

 常人なら。。。



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