DUAL BULLET   作:すももも

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16.歩法

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 ガルナの心無い言葉に、ミコトが怒って走っていくのを、ガルナが追い掛けていった。

 

 シドリアは、それを見送ってから、山の空気を味わう――。

 

 

(何故あの娘が気になるのだろうか・・・。

 俺は、やることがあるはずなのに――。)

 

 

 シドリアは、心の中でそう呟く。

 

 

 

 

 シドリアはノースタリア公国政権の正統継承者の筈であった。

 

 

 1970年頃にノースタリア公国で起きたクーデターは、公国側の軍事力による終結を迎えた。

 しかし、その後クーデターに関する大公への責任問題の追及が発端となり、ノースタリア公国の軍部と強いコネクションを持つ、一部の公族の勢力が拡大していく。

 

 20年後、遂には大公の存在は形骸化し、ノースタリア公国は事実上の軍事政権となってしまった。

 

 そのときのノースタリア公国の大公こそ、シドリアの父、サミエル=ブライトである。

 

 その後、シドリアは国外に出ることになった。

 シドリアはシムズ市で、ノースタリア公国の大公直属の信頼できる兵士と共に暮らしてきた。

 

 正確に言えば、力を磨いていた。

 いずれ、ノースタリア公国の政権をブライト家が取り戻す為に――。

 

 

 

 しかし、昨日からミコトに対して妙な感覚を感じ、シドリアは疑問に思っていた。

 

 

 正直に言えば、シドリアにとっては、親友のジョニーについても、自分の兵士として雇う打算もあったから、ガルナと共に来た。

 

 また、シドリアにとって強くなることは必然であったから、ジャポンへも迷い無く来た。 

 

 全ては、政権奪回という目的の為の行動――。

 シドリアは、他の事に興味はなかったのだ。

 

 だが、何故か昨日の夜、あのミコトという、年齢の割りに小柄な少女の寝顔を見ると、シドリアは妙な焦りのようなものを感じてしまった。

 

 自分が汚れていると感じているからこそ、シドリアは、純粋で悪意の無いミコトに惹かれたのかもしれない。

 

 

 それは、一時の気の迷いであると、シドリアは自分自身に言い聞かせていた・・・。

 

 

 

(そういえば、あの娘、ミコトの昨日の不思議な力はなんだったんだろうか・・・。)

 

 

 シドリアはあのとき、異様な強い気配を感じた。

 思い出しても、何か分からない。

 シドリアにとって、それは初めて感じた気配であった。

 

 そして、ガルナの怪我が一瞬にして治ってしまった、あの現象――。

 

 

 

 

 シドリアは、ハッと気付いて時計を見ると、ガルナが走り去ってから10分以上は経過していた。

 

 

「やけに遅い。いや、俺も考え事が過ぎたか――。」

 

 

 シドリアは、そう呟きながら、走り出した。

 

 

 

 

「――ん?あれは、ガルナか。相当速く走っていくということは、ミコトを見つけたのか。」

 

 

 シドリアは僅かに小さく見える人影を、ガルナと判断した。

 

 シドリアは速度を上げて、ガルナに追い付こうとする――。

 

 

 

 

 

 シドリアが追い付いたとき、そこは異様な光景だった。

 

 ニンジャの格好の男4人がガルナと対峙しており、1人はガルナの傍で、うずくまっていた。

 ミコトは縛られたまま地面に倒れている――。

 

 

 シドリアはその光景を見て、驚きで絶句して、足を止めてしまっていた。

 

 シドリアは、ガルナの傍でうずくまっていた敵が、ゆっくりとガルナの背後に回るのが見えた。

 

 

(な、何故、ガルナは気付かないんだ?)

 

 

 シドリアは、心の中でそう呟き、焦っていた。

 しかしシドリアは、恐れを抱いて動けず、声も出せなかった・・・。

 

 

 相手が屈強な大人であっても、シドリアはもちろん、ガルナでさえ倒すことはできる。

 2人とも子供ながら、それだけの実力はあるのだ。

 

 

 しかし、理由は分からないが、あの5人には絶対に勝てない。

 そんな確証を、シドリアは持っていた。

 

 

 瞬間、ガルナが背後の敵に気付いて、振り向き様に右ストレートを放つ。

 

 ガルナの攻撃は、シドリアから見てもかなり素早く見事な一撃だったが、背後の敵の初動の方が圧倒的に早かった。

 シドリアの目の前で、ガルナの右腕ごとガルナの胸が敵に切り裂かれてしまった――。

 

 

 

 その時、シドリアは全身が凍りつき、自分がいかに愚かかを思い知った。

 

 

(状況から考えて、ガルナは咄嗟にミコトを助けた。それに引き換え俺は――。

 違う!状況を考えるのは後だ!)

 

 

 シドリアは、怒りの形相で、カバンから素早くサブマシンガンを取り出し、瞬間的に構えて引き金を引く――。

 

 シドリアの撃った弾丸は、敵に難なく回避された。

 同時に敵の1人が一瞬にしてシドリアに接近する。

 

 シドリアは、ギリギリで敵の振ってきた刀の一閃を避けた。

 シドリアの黒髪が僅かに散る。

 

 敵が刀を振り切った隙を見逃さず、シドリアはサブマシンガンの銃口を敵の脇腹に押し当てた。

 

 

「もらった!」

 

 

 シドリアは、叫びながら引き金を引く。

 敵の脇腹に、確実に弾丸を数十発は撃ち込んだ。

 同時に敵は地面に倒れこむ――。

 

 しかし、その瞬間シドリアは、異様な気配に気付いて後方に跳躍した。

 

 

――――ザンッ

 

 

 サブマシンガンを当てた筈の敵が反撃をし、その切っ先がシドリアの脇腹を切り裂いていた。

 

 

「ぐっ・・・。」

 

 

 シドリアは、小さくうめき声をあげた。

 

 

(動ける?何故?防弾服?だが――。)

 

 

 防弾服を着ていたとしても、少なくとも至近距離であれだけ撃てば、即死レベルの相当ひどい内臓破裂や骨折をする筈。

 

 シドリアが観察していると、敵は脇腹を抱えて吐血し、痛がっている。

 敵には、それなりのダメージを確かに与えたが、想像よりも軽傷で済んだようだった。

 

 シドリアは、先程の恐怖の正体に感付き始めた・・・。

 

 

(そうか、あの濃厚な気配・・・。

 似てるんだミコトのあのときの力に――。

 あのときのミコトの強い気配とは違い、もっと殺意と悪意のある気配だが・・・。)

 

 

 シドリアは、ハッと思いつき、脇腹を抱えている敵の顔面を狙い、サブマシンガンを乱射した。

 

 

「ギャアッ」

 

 

 敵は声を出し、顔面に傷を負うが、弾丸は頭蓋骨を貫通することもなく弾かれ続ける――。

 

 

(なるほど、この力を使うと、人体が弾丸すら弾く硬さになるのか――。)

 

 

 シドリアは自身の脇腹の刀傷に耐えながら、冷静に分析して、サブマシンガンで狙う場所を選べば、敵は倒せると判断した。

 

 

 その瞬間、シドリアの左手に激痛が走った。

 強烈な衝撃により、射撃途中のサブマシンガンは数発発砲したまま、遥か遠方に飛んでいく――。

 

 シドリアが左の方を見ると、別な敵がこちらに手の平をかざしていた。

 

 

(くそ、見えない力を飛ばしたというのか――!?)

 

 

 シドリアは、心の中で毒を吐きながら、油断さえしなければ、あれも回避できると考えた。

 

 しかし、左手は今の攻撃で、完全に潰されてしまっている。握ることもできない。

 

 また、シドリアは飛び出す時、素早く動く為に、他の銃器を入れたカバンを投げ捨てていた。

 せめてもう1丁強力な銃器があれば違っていたかもしれない。

 

 

 かろうじて右足首に仕込んでいたリボルバー拳銃を取りだし、右手で乱射を始めた。

 

 

 戦況は悪い。相手には謎の力もある。

 しかし、相手の銃弾への反応から判断するに、銃弾をどれだけ撃たれても耐えられる程の防御力ではなく、さらに言えば防御力も個人によって強弱があると、シドリアは理解した。

 

 あの謎の力は、決して万能ではない――。

 命を賭した戦闘による冴えた洞察力が、シドリアを僅かな勝利への道へと導いた。

 

 銃撃で相手の動きをコントロールし、相手の動きを読み、相手の隙をつくって、急所に当てる。

 達成すべきことは多く可能性も低いが、シドリアは自分ならばできるかもしれないと、考えていた。

 

 シドリアは、走りながら虚実織り交ぜた動きで、5人の動きを交錯させ、1人の攻撃を回避しつつ、その死角を利用して別な敵を仕留めようとする――。

 

 

 しかし、弾が出ない。

 

 先程から激しく動きながら、片手で器用に弾を装填しつつ撃っていた。

 だが、肝心の敵を仕留めるところで、弾を装填しなければならなくなったのだ。

 

 シドリアのそれは、尋常ではない装填速度――。

 しかし、その一瞬は致命的な隙であった。

 

 シドリアの装填が終わると同時に、敵が横凪ぎの一閃を放つ――。

 反射的にシドリアは僅かに上体を反らして回避しながら、敵の刀の先端を銃で撃った。

 

 衝撃で敵の刀は吹き飛び、素早くシドリアは上体を戻し、その敵の眉間に銃を構えなおす。

 

 しかし、シドリアの発砲より僅かに早く、敵はシドリアの右手に激しい蹴りを放った。

 敵の蹴りにより、シドリアの拳銃は飛ばされる。

 反射的にシドリアは、間合いをとって、左足首の小型ナイフを取りだした。

 

 

(ダメージは与えているが、1人も倒せていない。武器は小型ナイフだけか。ちょっと無理かもな・・・。)

 

 

 シドリアがそう考えていたとき、目の端に捉えたモノから、異常な程の強さの気配を感じた。

 

 

 それは、ミコトだった。

 涙を流しながら拘束されているロープを、シドリアが弾き飛ばした敵の刀で切っている――。

 だが、刀身が長い為うまく切れず、苦戦しているようだった。

 

 しかし、ミコトから放たれる気配は、この場の誰よりも強い。

 

 

(なるほど、ミコトにロープを切らせて、一瞬でも相手の隙をつくれれば、勝てそうだな。)

 

 

 シドリアは、瞬間的な思考で、少なくはない勝算を導きだした。

 

 すぐにシドリアは、時間稼ぎを意識して、回避優先でナイフを使って戦う――。

 あわよくば、ミコトの傍にさりげなく移動して、自分のナイフでロープを斬ることも考えていた。

 

 

 

――――パンッ

 

 

 

 その瞬間に全てが狂った。

 

 ダメージを負って戦意喪失していた筈のガルナが、シドリアの拳銃で発砲したのだろう――。

 

 

(あのバカ。しかし――。)

 

 

 シドリアは心の中で呟いた。

 

 敵の1人が、ガルナに気付いて、斬りかかる――。

 

 

 すると、シドリアはナイフをミコトの方に投げると同時に、背中に隠していた切り札を取り出して駆け出した。

 

――――ザンッ

 

 

 ガルナに対する敵の斬撃を、シドリアは背中で受けた。

 

 

 シドリアは苦痛に耐えながら、ガルナの顔を見て、ニコリと笑った。

 

 

(そんな顔するなよ、ガルナ。

 でも、今度は、助け、られた、な。)

 

 

 シドリアは、心の中でそう言いながら、最後の力を振り絞って叫ぶ――。

 

 

「ミコトー!」

 

 

 既にミコトは、シドリアのナイフを使って素早くロープの拘束を解いていた。

 

 

 シドリアは、右手に隠し持ったモノをガルナの後方に投げる。

 

 

――閃光手榴弾

 

 

 

 

 馬車での5時間、ガルナが寝ている間、シドリアはミコトに装備について説明をしていた。

 

 アレを覚えていれば、ミコトは目を瞑るはず――。

 

 

 その激しい閃光は、シドリア自身の目を潰しながらも、5人の敵の目を確実に潰した。

 

 

 直後、ミコトは一瞬にして濃厚な気配を刀に纏い、5人の敵を切り捨てる――。

 

 

 

 

(俺は、動くのが遅すぎた。あの時ガルナが斬られるところを、ただ見ていた・・・。

 恐怖で、何もできなかったんだ。

 あんなに鍛えたのに、助けられなきゃ意味はないのに――。)

 

 

 薄れる意識の中、シドリアは無力感と、後悔の念で胸が一杯になっていた・・・。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 俺が目を覚ましたとき、妙に落ち着く匂いを感じた。

 その匂いは、激しく食欲を誘う。

 

 

「腹減ったなあ・・・。」

 

 

 俺は、思ったままそう呟くと、笑い声が聞こえた。

 

 

「アハハ、起きてすぐ言う言葉が、それです?」

 

 

 笑いながらそう言ったのは、ミコトだった。

 

 

 

 

 

 匂いの正体は、「ミソシル」というスープらしい。

 

 「ミソシル」を飲むと、凄く美味しくて、身体の隅々まで力を与えてくれた。

 

 俺は、ミコトと一緒にジャポン料理を食べていた。

 

 焼き魚は、シンプルだが焼き加減が絶妙で、不思議な味付けの「ダシマキタマゴ」は、中が半熟で本当に美味かった。

 「ウメボシ」を最初に食べた時は、凄く酸っぱくてびっくりしたが、食欲が増進して、ご飯にもよく合った。

 

 

「ガルナ、すごい食べっぷりです。」

 

 

 ミコトは、一緒に食事をしながら、驚いてそう言った。

 

 しかし、俺が見ると、ミコトの前には空いた食器が20枚程重なり、ご飯も10杯はおかわりしていた・・・。

 

 

「いや、ミコトには言われたくないんだけど・・・。」

 

 

 俺がそう言うと、途端に俺達は一緒に大声で笑った。

 

 

 食後の後は、お茶を2人で静かに飲んでいた。

 ジャポンのお茶は、心が落ち着くようだ・・・。

 

 しかし、何か大事なこと忘れてるような――。

 

 

「いや、ちょっと待て!!違うよ!なんで俺、普通にお茶を飲んでるの?」

 

 

 俺が叫ぶと、ミコトがキョトンとした顔で答えた。

 

 

「だって、ガルナが起きてから、何も聞かれなかったです。」

 

 

 

 

 俺は、それはそうだと思うと同時に、混乱しながら、何を聞くかを考えていた・・・。

 

 ここはどこなのか、あの時ミコトが誘拐されそうになった理由、敵のニンジャはどうなったのか、俺の傷は・・・いや、それよりも――。

 

 

「し、シドリアは?あいつは生きてるのか?」

 

 

 俺は焦りながら、ミコトに聞いた。

 

 ミコトは、一瞬戸惑った様子だったが、小さく頷くと答えた。

 

 

「もちろん、生きてるです。ワタシが治したです。ガルナの傷もです。」

 

 

 俺は若干混乱しながらも、ミコトから詳しい話を聞いた。

 

 

「――敵については、よく分からないです。全員死んでしまったです。

 使える者なので、ワタシも生きる為に手加減する余裕もなかったからです。」

 

 

 ミコトは、そう言ってから続けて言った。

 

 

「ワタシは、昔から不思議な力を持つ為か、いつも誰かに狙われるです。

 今回は、いつもの護衛の人が不在だったので、つい1人で出掛けてしまったです。 

 ごめんなさいです。反省してるです。

 本当にガルナ達には感謝してるです。」

 

 

 俺は、ミコトの話を聞いて、ふと疑問を口に出した。

 

 

「そっか、そんな事情があったのか。

 ところで、あれから何日くらい経ったの?」

 

 

 俺の疑問に、ミコトが答えた。

 

 

「今日は2月15日です。

 あの日から3日くらい経ったです。」

 

 

――通りで、腹減っていた訳か・・・。

 

 

 ミコトの言葉を聞いて、俺はそう思った。

 すると、ミコトが言った。

 

 

「でも、点滴で栄養と水分はあげてたんで、ご飯の心配は無いはずです」

 

「あら、そうなのか。」

 

 

 俺は、心の中が読まれたようで恥ずかしく感じた。

 

 

 

 そこは、「葉隠の里(ハガクシノサト)」だった。

 

 この里は過去から、薬草や薬そして病に対する研究をしていて、医療技術の高い忍がいる里らしい。

 

 ミコトは本来、ジャポンの他の場所で生まれ育ち、この里の生まれではないらしい。

 だが、親を失ってから、この里の長老の養子となったそうだ・・・。

 

 

 

「ミコトを助けていただき、感謝しております。」

 

 

 長老が、そう言って深々と頭を下げた。

 

 

「いや、俺は何もできなかったし、感謝なんて――。

 むしろ、シドリアに言って欲しいんだけど・・・。」

 

 

「え?長老は、シドリア様にはもう会って、お礼を言ったです。」

 

 

 ミコトが背後からそう言った。

 俺は、その言葉を聞いて混乱した。

 

 

「は?会ったって?あいつ起きてるの?俺より酷い怪我だったのに?

 ていうか、『シドリア様』って何?『様』って?」

 

 

 俺が混乱しながら、そう聞くと、ミコトが正座したまま、ゆっくりと言った。

 

 

「えと、ワタシの力は、怪我なら全て一瞬で治せるです。

 だから、シドリア様は、あの戦いの次の日には、体力も回復して起きたです。

 逆にガルナは怪我は軽くても、血を失い過ぎていて、回復が遅れたです。」

 

 

 ミコトはそう説明すると、最後に付け加えた。

 

 

「それから、ワタシがシドリア様と呼ぶのは――特に意味はないです・・・。」

 

 

 何故か、そう言ったミコトの頬は、赤くなっていた・・・。

 

 

「ところで、ガルナ殿は、これから、如何なされますかな?」

 

 

 俺とミコトが会話が終わったところで、長老が言った。

 

 俺は長老のその言葉の意味が分からなくて聞き返した。

 

 

「何の話?」

 

 

「シドリア様のように、この里で修行するかどうかです。」

 

 

 俺の疑問に対して、ミコトが即答すると、俺は驚愕で叫んだ。

 

 

「はああああ!?あいつ、修行してんの?まさか、忍術を?1人だけ?ズルイ!!」

 

「ほほ、忍術という術は無いですが、この里の修行は為になるでしょう。それで如何に?」

 

 

 長老はニコニコして、そう聞いた。

 

 俺の答えは決まっている。

 

 

「やる!やります!修行します!」

 

 

 俺は、はっきりと答えた。

 

 俺はあの時、後悔をしたんだ。

 

 俺は弱かった。生きることすら難しい程の弱さだ。

 

 今思えば、ジョニーはこういうことを予想していたのかもしれない・・・。

 

 

 生きる為に、友達を助ける為には、強さが必要なのだから――。

 

 強くなりたい、いや強くなる。

 

 俺は、この里で強くなることを誓った。

 

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 俺が目覚めた時、ミコトの声が聞こえた。

 

 

 

 少しの逡巡の後、あの絶対絶命の瀕死状態からの回復は、この娘の力だと気付いた。

 

 だからこそ、俺は生きているのだろう。

 

 

 心の中で、そう考えていると、ミコトが言った。

 

 

「身体は大丈夫です?」

 

「ああ、ミコトの不思議な力のおかげか。助かったよ。君は命の恩人だ。」

 

 

 俺はミコトに心から感謝を伝えた。

 

 

「いえ、シドリアこそ、ワタシの命の恩人です。

 助けてくれて、本当にありがとです。

 あのときのシドリアの戦い方は、本当に凄かったです。」

 

 

 ミコトに感謝をされて、自然と微笑んだ。

 そこでふと、あることに気付いてミコトに聞く。

 

 

「ところで、ここは随分暗いな。窓か何か無いのか?」

 

 

 俺の質問に対し、ミコトが息を飲むような声を出したのが聞こえた。

 

 何かマズイことを聞いたか?

 しかし、いくらなんでも、この暗さは異常だ。

 

 すると、嗚咽のような音が聞こえる。

 泣いているのか?

 

 

「グス、ゴメン、ナ、サイ、です。

 ワタシ、の、力は、怪我(・・)、しか、治せ、なくて――。」

 

 

 ミコトは、途切れ途切れに、涙声でそれだけ言うと、ひたすら泣き続けた。

 

 

――怪我だけ?つまり外傷の修復――。

 

 

 俺は、そこで気付いた。

 ミコトは、怪我以外の、例えば病気や機能障害は治せないのか。

 

 そう、この部屋が暗いわけではない。

 あの閃光手榴弾の強力な光を至近距離で見た為に、俺は失明したのだろう。

 

 

「ミコト。」

 

 

 俺は、小さな声でミコトを呼んだ。

 

 

「グスッ!はい、です。」

 

 

「泣くな。傷を治してくれただけで、心から感謝する。

 正直、俺はあの時死んでもいいと思っていたからな。」

 

 

 ミコトは、泣いているせいで、何か言おうとしているが、言葉にならないようだ。

 

 会ったばかりと言っていい、他人の俺の命や失明に対し、こんな涙を流してくれる・・・。

 

 心の底から優しい娘なのだろう。

 きっとだからこそ、ミコトは、人を治す不思議な力を持ち得たのかもしれない・・・。

 

 

 

 あの時、俺は命を捨てた。

 

 捨て身で、ガルナを守り、ニンジャと同じ力を持つミコトを信じて、5人の敵の隙をつくったのだ。

 

 俺は、本当ならば、死んでいた筈だった。

 しかしミコトの力によって、俺は命を与えられた。

 だからこそ――。

 

 

 

――俺は、この娘を守りたい。

 

 

 俺は、ミコトの泣き声を頼りに、そっとミコトの頬に触れた。

 

 それは温かく、柔らかく、そして優しい感触だった・・・。

 

 俺はミコトの顔の方を見て、はっきりと言った。

 

 

「俺は、お前を守る。俺の命尽きるまでな。」

 

「エグッ、それ、なら、ワタシ、も、シドリア様の命を守るです。いつまでも、ずっと、怪我を治すです!」

 

 

 それを聞いた俺は、ミコトに笑いかけた。

 

 

 そして同時に理解していた。

 

 彼女を守る為の強さが必要だと――。

 

 

 強くならなければならない、ミコトの為に。

 

 俺は、そう決意した。

 

 

 

 

 それからミコトの養父である里の長老に頼み、修行を開始した。

 

 

 1993年2月15日、今日で修行は3日目となる。

 

 師匠は、この里の生まれではないが、病気で亡くなった先代の故郷であるこの里に、2年程前にやって来たという女だ。

 

 

「――んじゃ、いつもの奴ね。ボクは本でも読んでるから――。」

 

 

 俺は、初日からずっと同じことをさせられ、イライラしていた・・・。

 

 

「崩れてる。」

 

 

 師匠に鋭くそう言われ、俺は慌てて修正する。

 

 

 師匠は、ページを捲る音のリズムから考えて、本当に本を読んでいる。

 だから、ほとんどこちらを見ていない筈なのに、駄目なところがあると、間髪入れずに指摘した。

 

 

 初日にこの訓練をしているときは、適当なことを言っているのではないかと思った。

 だが、3日目になってようやく何が駄目かが、何となく分かるようになっていた。

 

 

 

 

「オイ!シドリアだけ修行なんてズルイぞ!」

 

 

 近くから、ガルナの声がした。

 

 俺はヒヤリとして、ガルナの方向に向かって叫ぶ。

 

 

「ガルナ!バカなのか、お前――。」

 

 

 その瞬間、アレが来た。

 

 

 俺は、宙を舞った。

 

 

「はーい、シドリアは、余所見しちゃ駄目だよ。

 あと、そこのバカそうなの、年長者を無視して友達と話すんな。」

 

 

 俺の修行初日から、師匠は本を読みながらでも、指示通りに修正できなかったり、礼儀に欠ける言動を取ると罰として、遠方から何かを飛ばす。

 

 

 以前の戦いで、敵が俺の左手をグチャグチャに潰したアレと同じモノだと思う。

 ただし、威力は抑えられていて、頭部にもらってもタンコブができる程度のダメージだ。

 

 

 

「うぐぐ、痛え!何だ、今の?」

 

 

 ガルナはそう言いながら、声の位置の変化から考え、ゆっくりと立ち上がっているようだ。

 

 ガルナもアレを喰らったのか、まあ当然だが。

 すると、ガルナは、師匠に向かって何か叫びだした。

 

 嫌な予感はするが、アレは物凄く痛いので、巻き添えを喰らいたくない俺は、無視を決め込む。

 

 

 

「まさかお前か?何か投げ――」

「へえ、なるほど。怖いもの知らずって、怖いんだね?」 

 

 

「ぐえっ!」

 

 

 師匠とガルナのやり取りの後、最後にガルナの間抜けな声が聞こえたので、分かった・・・。

 

 師匠は、またガルナにアレを放ったらしい。

 

 

 

「次からボクのことをお前って呼んだら、今度はマジで殺しちゃうからね――。」

 

 

 ガルナに対して、師匠が本気の声色でそう言ったのが、聞こえた。

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 金髪のミディアムボブのその女は、険しい表情をして座っていた。

 その女は、この里に似合わぬ、白いワイシャツに黒いパンツルックで、足を組みながら何かを見定めている――。

 

 

「師匠!よろしくお願いします!」

 

 

 ガルナは、そう言って、キッチリとした礼をした。

 ガルナは、全身に痣があり、頭部には合計5個のタンコブがあった・・・。

 

 師匠と呼ばれた女は、途端に険しい顔を崩し、満足そうに頷いて言った。

 

 

「うん、大分マシな態度になったね。じゃあ早速――。」

 

 

 ガルナは笑顔で、どんな修行をするのか期待している。

 

 すると師匠は、言った。

 

 

「とりあえず、修行に邪魔なその髪刈ろっか?」

 

 

 

 

 ガルナの肩まであった髪は、僅か10分程で綺麗な角刈りにされた・・・。

 

 

「ふぐ、うぇ、ひどいよ・・・ふぇーん。」

 

 

 ガルナは大泣きしていた。

 それを見た師匠は、溜め息をつきながら言った。

 

 

「いや、男で金髪のロン毛とか気持ち悪いし、いいじゃないか、スッキリして。」

 

 

「師匠だって、金髪ロン毛じゃないか!?」

 

 

 ガルナは瞬間、宙を飛んだ。

 

 

「一応言っておくけど、ボクは女だ。確かに胸とか余り無いかもしれないけど――。

 って違う!いいから始めるよ!」

 

 

 

 

 

 ガルナは歩いていた。

 ただひたすら歩いていた。

 決められた印から、50m先にある印まで行ったら戻り、往復し続ける。

 

 かれこれ1時間はこの作業を続けた。

 すると、師匠が手を叩いて言った。

 

 

「はい、止め。とりあえず試験は終わりね。」

 

 

 師匠の言葉を聞いて、ガルナは驚いて叫んだ。

 

 

「試験!?何それ?今のは修行じゃないの?」

 

「本当にバカだね。キミの実力も分からないのに、修行なんか出来るわけないじゃないか?」

 

 

 師匠は、首を傾げてそう言うと、話を続けた。

 

 

「最初に試験結果を言っておくけど、ボクがこの試験100点だとしたら、キミ2点だからね?」

 

 

「に、2点!?え、じゃあシドリアは?」

 

 

「んー、シドリアは最初10点くらいかなあ?

 でも、3日前から修行始めてるから、今はもっと良いかも?」

 

 

 師匠にそう言われて、ガルナは愕然とした。

 シドリアとは最初から5倍の実力の差があるということに気付いたからだ。

 

 ガルナの様子を気にせず、師匠は言った。

 

 

「今のは、全ての体術の基礎となる『歩法』の基本中の基本の『緩歩』の試験。

 駄目駄目なキミも、シドリアと同じ『立法』から始めるよ。」

 

 

 

 こうして、ガルナは、「立法」の修行を開始した。

 それは、ただ単純に、「正しく立つ方法」である。

 

 ガルナは師匠に「立法」の指導を受け、同時に師匠は、初めて修行を受けるガルナに対して、簡単に「歩法」の概念を説明し始めた。

 

 

「歩法ってのは、簡単に言えば重心移動操作の技術。

 極めれば、体重を散らして、軽くすることで細い木の枝にも乗れるし、高く跳ぶこともできる。

 逆に地面に対して瞬間的に自分の体重の数倍の重さを掛けることで、通常ではありえない怪力も生み出すことができるんだ。

 他には、足音を消して歩いたり、瞬時に数mを目にも止まらぬ速さで移動したりもできるよ。」

 

 

 その後、ガルナは師匠からさらに「歩法」の詳細を聞いた。

 

 まず、「歩法」の基本技は4つである。

 1つ目は、最適な重心移動をして自然に歩く「緩歩」

 2つ目は、重心移動によって、身体の一部に体重を集中させる「踏歩」

 3つ目は、重心操作によって、身体の体重を極めて軽くする「抜歩」

 4つ目は、重心操作によって、身体の体重を極めて重くする「重歩」

 

 また、これらの「歩法」を適切に組み合わせることで、高速度で移動する「急歩」ができる。

 

 他に、「暗歩」や「肢脚」等の一部の才能がある者にしか習得できない、歩法の高度な応用技もある。

 

 

 ガルナ達が修行する「立法」とは「歩法」の前段階。

 

 その理念は、正しい重心、体軸を意識したリラックス状態の直立姿勢。

 

 例えば、膝のクッションを使えば、体重移動操作は簡単だ。

 しかし「立法」は直立姿勢で行う。

 

 また重心の位置は個人差があり、「立法」の習得には、個人の感覚が大切であった。

 

 師匠の指先から放たれる極低出力の念弾を、空中に飛ばされずに耐えるレベルの「立法」を常に維持できるようになったとき、「立法」は極めたことになる。

 

 シドリアは、過去の経験から膝を使う体重操作を行っていたが、それは師匠に言わせれば、「崩れてる」ということになる。

 

 もちろん、「立法」は崩してはいけないものではない。

 むしろ、「立法を意図的に崩す」ことで「踏歩」やその他の歩法は成り立つ。

 しかし「立法を意図的に崩す」のと「立法が勝手に崩れる」の意味の違いは、天と地程の差があるのだ。

 

 

 シドリアは2月16日の夕方には「立法」を習得し、ガルナは2月25日に習得した。

 

 そして、最終的に、シドリアが「歩法」を全て習得したのは6月16日。

 ガルナが「歩法」を全て習得したのは、7月30日であった――。

 

 

 1993年7月31日、ガルナとシドリアは、師匠と共にジャポンのタビカム空港から飛行船で移動した。

 3日後の8月2日、3人は、ある場所に着いた。

 

 

「飛行船って初めて乗ったけど楽しかったなー。」

 

 

 金髪を短く刈り上げた少年、ガルナ=ポートネスがそう言った。

 

 

「まあ、私も目が見えれば、楽しかったろうな。」

 

 

 サングラスを掛けた黒髪の少年、シドリア=ブライトがポソリとそう呟いた。

 

 

「んじゃ、いっちょ稼ぎ――ゲフンッ修行しようか?」

 

 

 金髪の女がそう言った。

 

 

(稼ぐ?何それ・・・。何か怖いんですけど――。)

 

 

 ガルナは、強い恐れを師匠に抱いていた・・・。

 

 

 

 

「――よしっと、登録完了。すぐ予選かー。

 結局、俺は歩法しかマスターしてないんだけど、大丈夫かな?」

 

 

「なーに、言ってるの?

 歩法をたった半年で習得なんて素質あるよ?

 次の段階の「体法」は、歩法を基本とした肉体筋肉操作だから、コツを掴めばすぐ分かるよ。

 あとは、実戦と実践を繰り返して体で覚えないとね?」

 

 

 師匠が、元気にそう言って、不安になるガルナを励ました。

 

 

 

 シドリアもガルナの不安な声色を敏感に感じて言った。

 

「ふむ、そうだなガルナ。今回200階到達が目標だが、私と競争しないか?」

 

「おお、いいね!やろう、やろう!俺が先に行ったらご飯奢ってね?」

 

 

 ガルナはシドリアとの勝負に燃え上がっていた。

 

 

 

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 それを見つめる赤い花柄の着物を着た少女がいた。

 

 

「ひゃーすごいです。初めて外国に来てしまったです。皆、洋服です。オシャレです。

 うわ!露店にお肉がぶら下がってるです。美味しそうです!

 と、あわわ、それよりシドリア様です!」

 

 

 少女は、その黒髪の少年に対するその気持ちが何なのかは、まだ明確に分からなかった。

 

 

 

 

 

 少女は、約半年の間、仲良くなった友達である金髪の少年と遊ぶことも、心の中に常にいる、あのクールな黒髪の少年とゆっくり会話することもできなかった。

 

 何故なら、少女は修行する2人に同行したくても、できなかったからだ。

 

 少女は今回、勝手な家出をし、危険な連中に無理矢理拐われそうになってしまった。

 その少女に対して、長老が屋敷の外へ出ることを厳しく禁じたのだ。

 

 

 そんなある日、少年達の師匠は、わざわざ北の大陸で修行するのだと言う――。

 

 少女は焦った。

 

 もし、少年達が違う大陸に行ってしまえば、毎朝寝起きの悪い金髪の少年をビックリさせて起こすイタズラもできなくなる。

 黒髪の少年の優しい朝の挨拶もできなくなる。

 朝の朝食での、ご飯のおかわり競争もできなくなる。

 何より、習慣化していた修行に出掛ける2人の見送りも、2人の出迎えもできなくなるのだ。

 

 少女は見送った時と、出迎える時の少年達の顔を比べるのが好きだった。

 

 疲れた顔、それはすなわち頑張ってきた証拠だ。

 特に黒髪の少年は、少女から見て、毎日の修行を極限以上に頑張っているように見えた。

 少女はそれを心配することもあったが、その努力が自分の為ではないかと想像すると、少女の心臓の鼓動が高まるのを感じた。

 

 少女は、少年達が飛行場へと出発した日、いても立ってもいられなくなった――。

 

 

 

 

 

 路地裏から、少年達を伺いつつ、少女は言った。

 

 

「修行とか、嘘です!きっと旅行です!

 旅行で美味しいモノ一杯食べる筈です!

 シドリア様と一緒に、ワタシも美味しいモノ食べたいです!」

 

 

 少女の名前は、ミコト=ハガクシ。

 

 食べることが好きな、恋する乙女。

 

 

 様々な欲求が合わさり、またしても家出して、ここまで来てしまった。

 

 

 ここは、天空闘技場。

 

 少年達の戦いは、今始まる――。

 




【後書き】


 すみません、今回は長文でしたm(__)m

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