「一緒に暮らさねえか?」
男がそう言うと、女が答えた。
「ゴメン。ボクはここに残るよ。」
男は、女の強い瞳を見て、何も言うことはできなかった・・・。
―――!?
ノブナガはハッと目を醒ますと、床に倒れている男達が目に入った。
シャルナークとウボォーギンだ。
憂さ晴らしで飲んで、全員酔ったまま寝てしまったようだった。
「・・・夢か。あの夢を見るなんて久しぶりだな。」
ノブナガは珍しくしんみりしている自分を笑いながらそう呟き、目の前に置いてある酒を飲み干した。
△△△△△△△△△△△△△△△
1970年代は、激動の年代だった。各国でクーデターや内戦や革命が起こったのだ。
例を挙げると、カキン国は真林館事件をきっかけに、血をほとんど流さずに革命が行われ、その後国名をカキン帝国に改め、社会制度も民主主義に変わった。
他には、ノースタリア公国で起こったクーデターや東ゴルトーの暴動など、軍事力により鎮静化した例もあるが、その戦闘は長期化した。
他の国は内戦が長引いて決着のつかないまま泥沼状態となり、多数の死傷者を出しながら、経済的な混乱、それに伴う貧困や差別等の様々な問題が起こった。
故に支配者や統治者達の中にはそれまでの地位をかなぐり捨て、他国へと亡命する者達がいた。
その男も、多くの国の統治者達と同様にやむなく亡命を選択した。
それまで男はジャポンという国を統治していた。
男がその国を治めているときは、他国の侵略を防ぐ為に独自の政策をとっていた。
それは「他国との交流をしない」という内容の政策である。
外国との自由貿易を制限し、外国の人間が入国することを禁止し、国民の出国までも禁止した。
だが、自国の安定を望む為のその政策は、他国との科学力や軍事力の差を大きく広げる結果となってしまう。
結果、時代の流れに逆らえず、多くの国民からそれまでの政策を否定され、他国との交流を目指す意見が大半を占めた。
最後までそれを拒否してきたその男だったが、最終的には内戦状態となり、国としての変革が始まってしまった。
1970年の5月頃、戦火の拡大と共に密輸した近代兵器を使って戦う彼らには太刀打ちできず、男の陣営は劣勢となる――。
男は、身重の妻と数十人の家臣を連れて、ジャポンから亡命した。
逃げる途中、シノビと呼ばれる隠密集団に暗殺されかかったが、家臣達も自分達の念能力を駆使して奮戦し、何人かの犠牲を出しつつも、脱出に成功した。
国外への脱出には成功したものの、多くの国が戦争状態で、安全な国は見当たらなかった。
故に彼らは「流星街」と呼ばれる、公的には存在しない空白地帯に亡命したのだ。
彼らは、流星街にジャポン人の集落をつくり、それ以降も多くのジャポンからの移民を受け入れた。
数ヶ月の月日が流れ、不慣れな環境下、衛生状態も悪いこの街が原因で、男の妻は体調を崩した。
最大の原因は、水だろう。
自然豊かな環境のジャポンの水は質が良く、反対に流星街の水は、汚染水と言ってもいいほどの質の悪さだったからだ。
しかし、武家の娘としての誇りから、女は弱音を吐かず、出産に臨んだ。
男の妻は子を産むと間もなく、安心して眠るように息を引き取った・・・。
1970年9月8日、その男、ハザマ家当主であるナガヒサ=ハザマの第1子が誕生した。
ナガヒサは泣いた。ただひたすら、泣いた。
産まれたばかりの我が子を抱き上げたナガヒサは、妻の死に対して、息子の誕生に対して、命の重さに対して、泣くしかなかった・・・。
ナガヒサは、産まれた息子の名を、ノブナガと名付けた。
それからナガヒサはジャポンでの身分を忘れ、妻が命を賭けて産んだ我が子の為に、自らの肉体を使って懸命に働いた――。
それから8年程の月日が過ぎ、ある雨の日、ナガヒサが流星街を歩いていると、珍しい色の髪の少女とも呼べる程の若い女を見掛けた。
ズタボロの布切れを身体に巻き付け、どことなく儚い雰囲気の、それでいて強い瞳を持つ少女だった・・・。
その少女は、廃墟の崩れかかった屋根の下で、小さく膝を抱えて、寒さに打ち震えていた。
その様子を見ていたナガヒサは、冬の冷たい雨が、少女の白い肌から体温を奪い取っているように感じた。
少女が身に纏うその布切れは、今にも雨に溶けてしまいそうな程に擦りきれて、生地が薄くなってしまっている・・・。
「オマエ、オレの家に来るのか?」
ナガヒサは、苦手な共通語で、少女に向かってそう言った。
ナガヒサは流星街に住んで6年程経ち、簡単な会話はできるようになっていたが、普段はジャポン人街の集落にいる為に、共通語は苦手だった。
ナガヒサのぎこちない言葉に、少女は首を傾げながら小声で聞いた。
「・・・どうして?」
ナガヒサは、何を言っていいか困り、無言で女の手を引いて家に連れていこうとした。
それに抵抗をする様子もなく、消えるような小さな声で、女が言った。
「・・・痛くしないで。」
「《そ、そのようなつもりではないぞ!?》」
女の悲痛な呟きに、ナガヒサは咄嗟にジャポン語で叫んだ。
女は意味が分からなかったのか、キョトンとした顔で、ナガヒサの顔を見つめている。
女が、粗野な男の行為を想像しているのは明らかだと、ナガヒサは思った・・・。
いやむしろ、それを当たり前の日常として、受け入れているのだろうか・・・。
ナガヒサは、少女と言うべき年齢の女にどんな壮絶な過去があったのかを考えると、胸が締め付けられた。
ナガヒサは、ハッキリと言った。
「オレは、オマエを、守る。」
少女は目を丸くして、それから小さく頷き、ニコリと笑った。
その少女の名は、ダリアと言った――。
ナガヒサとダリアは、自然と惹かれ合い、愛し合った。
しばらくすると、ダリアは子を身籠った――。
ナガヒサは、産まれた娘の名をマチと名付けた。
流星街は、一応のコミュニティは形成されているが、その本質は流星街に対する外敵や奪う者への攻撃の為の存在であり、統治とは異質な形だ。
住人同士のトラブルは関与せず、弱肉強食がこの街のルールである。
弱ければ徒党を組むし、武装もする。
しかし、それでも絶対生き残れる保証はない。
昨日生きていた者が次の日には死体になることは、日常茶飯事だった。
この街の住人にとって「死」とは限りなく近しい存在であり、住人にとって「死」とは「日常」であった・・・。
ナガヒサは、そんな過酷な環境の流星街で妻子の為に懸命に働いた。
「お前達が、これからのハザマ家を復興させるのだ。」
ノブナガが12歳、マチが4歳のとき、ナガヒサが厳かにそう説いた。
その頃のノブナガは、当然の如く、将来自分はまだ見ぬ故郷に戻り、国を統治することを夢見ていた。
そんなある日のこと、ノブナガはマチを連れて、いつも通っているゴミ山に行った。
飛行船から定期的に降ってきた物が積まれていくこの場所は、この街の資源であり、子供にとっては格好の遊び場となる。
「お前ら仲良いよな?」
少年がノブナガに言った。
ノブナガと小さいときから一緒に遊ぶ少年だ。
「うるせえな、ウボォー。兄妹なんだから当たり前だろうが!?」
ノブナガが答えると、その少年、ウボォーギンが言った。
「つーかよ、前から思っていたんだけど、お前ら似てねえよな?マチの髪の色って地毛だろ?」
「・・・まあ、母親が違うしな。」
ノブナガは若干声の調子を落として答えた。
ナガヒサは、その件については、何も言わなかった。
ノブナガも決してそのことを自身の父である、ナガヒサに問うことはしない。
またノブナガには、そんな些細なことを気にする余裕もない。
一刻も早く、稼げるようになって、更には将来、ハザマ家の復興を目指す――。
そんな考えをノブナガは持ち、毎日ゴミ山で遊びがてら、マチと一緒に金物を探し、集めていた・・・。
「君、強そうだね?」
ノブナガは初めて聞くその声の主を見て返事をした。
「何か用か?」
妙に落ち着いた雰囲気の、ノブナガから見ておそらく年下のその少年は、クロロ=ルシルフルと名乗った――。
「――この野郎!!」
長身のノブナガがリーチを生かして殴りかかるが、クロロは難なく避けた。
ウボォーギンは、自分も混ざりたそうにウズウズしながら見ている。
ノブナガの拳を捌いたクロロという少年は、小柄な身体を活かしてノブナガの懐に飛び込む。
ノブナガは咄嗟にガードをするが、クロロはその腕をとり、ノブナガの重心をずらした。
ノブナガの体がわずかにブレた瞬間、クロロは低い体勢でノブナガの足を狙った蹴りを放った。
瞬間、ノブナガは半歩下がることで、クロロの蹴りの威力を殺しながら受け切り、振り上げた手刀をクロロの脳天に目掛けて素早く打ち下ろす――。
「痛えええ!」
ノブナガの鋭い手刀がクロロの頭丁部に命中した瞬間、そう悲鳴をあげたのはノブナガ本人だった・・・。
ノブナガ自身、ジャポン流の体術に関してはかなりの使い手だった。
父から基本的な体術を習い、特に居合いに関しては、ノブナガ本人の資質もあってか、既に達人の域に達していた。
しかし、クロロという少年の体術は見事だった。
あの年齢において、レベルの高い歩法と体法を体得している・・・。
ノブナガは戦いながら、それを痛感していたが、攻撃さえまともに当たれば、体格差から考えても勝てると思っていた。
しかし――。
「ごめん、大丈夫?咄嗟にガードしちゃったけど――。」
クロロはそう言いながら、ノブナガに近付いた。
それを見たノブナガは、すかさずクロロに叫んだ。
「てめえ!どんな石頭だ?そもそも何のつもりだ!?」
「何のつもりって・・・。俺が要件を言う前に、問答無用で殴りかかってきたのは、君だろう?」
クロロは、首を傾げてそう答えながらゆっくりと歩き、ノブナガの足元の瓦礫に埋もれた分厚い本を手にとった。
「俺はこれが欲しかったんだ。」
そう言って、嬉しそうにノブナガを見上げた少年は、先程の常人離れした動きをした人間とは完全に別人だった・・・。
クロロはその本をとるとその場で読み始め、ゆっくりとした足取りで本を読みながら立ち去った。
(何だあいつ・・・?)
ノブナガは心の中でそう呟いた。
「ほお!?それは、すごいですな?若様の手刀は、並みの木刀の威力を凌ぐ程ですのに――。」
かつてナガヒサの家臣だったシゲミツがそう言った。
ノブナガは、口を尖らせながら答える。
「若様はやめろよ。俺は元将軍の息子であって、今はただの人間なんだから・・・。」
「いえ、将来あなたが、あの国に戻って、復権することを思えば、そう呼ばないわけには――。」
ノブナガは、マチと一緒にジャポン人街の外れにある道場に来ていた。
「それはそうと、さっきの教えてくれよ。あいつ『ガードした』って言ってたんだけど、そんなこと可能なのか?」
ノブナガは、早口で捲し立てた。
シゲミツは、少し表情を曇らせながら言った。
「ええ、おそらく若様の才ならば、習得も可能でしょう・・・。
しかし、本来ならそれは、もう少し若様が成長されてから、覚えるべきことなのですが――。」
シゲミツが重々しくそう言うと、ノブナガが叫んだ。
「やっぱりあるんだな!?頼む!今すぐ教えてくれ!」
ノブナガは焦っていた。
自分自身の実力を信じていたが、年下の子供に何か決定的な部分で劣っていることに気付いていた。
「・・・おそらく、それは『念』です。人間なら修行次第で誰もが習得可能な能力――。
しかし、残念ながら私に教える力はありません。
本来ならば、あれはシノビの技なのです。念に関して、私は未熟そのもの・・・。」
シゲミツは悔しそうにそう言った。
「そうか・・・。ジャポンからの移民は、全員父の陣営の者達だからな。シノビはいないか・・・。」
ノブナガが途端にガッカリした口調でそう言った。
それを聞いたシゲミツは、ポンと手を叩いて言う。
「シノビなら、いますよ!公の話ではないのですが、家臣の1人が実はシノビなのです。」
「何!?それは誰だ?どこにいる?」
シゲミツの言葉に、ノブナガが詰め寄った。
「いや、サクラバ家の者なのですが、しかし――。」
ノブナガは話も半分に駆け出していた。
「おい、お前がサクラバか?」
ノブナガは、流星街の片隅のジャポン街から離れた所の集落に来ていた。
「いや、オラは使用人でして・・・。サクラバ様は奥にいますです。」
ひどい訛りの共通語を喋る老人が、奥を指差すとノブナガは、走った。
―――!?
廊下に足を踏み入れた瞬間、ノブナガは滑って転んでしまった・・・。
すると、それを見て、ケラケラと笑う女がそこにいた。
「ボクが、サクラバ家の現当主、先代は先日亡くなったよ。病死だけど――。」
それが、ノブナガがその女との初対面だった――。
その女はノブナガと年が近いが、念に関してはかなりの使い手であった。
ノブナガは女に念を教わり、修行の末にとうとう、あの生意気なクロロに一矢報いることができた。
1990年のことである。
「本当に行くのか?」
1991年1月、ノブナガが、女にそう訊ねた。
「ノブナガも、ここで生まれたから分かると思うんだけど、ボクはジャポンを見たことすらないんだ・・・。
やっぱり自分のルーツとなる国は一度は行きたい。」
女の言葉にノブナガは、何も言えなくなっていた・・・。
ちょうどその年、ノブナガの父ナガヒサと、ナガヒサの後妻のダリアが2人揃って、流星街の流行り病に冒され、病床に伏せていた・・・。
後妻のダリアは、出産を期に体調を崩し、それに呼応するように、ナガヒサも体調を崩した。
「父上達の病気が治ったら、俺も行く。お前に逢いにジャポンに行くから――。」
ノブナガはそれ以上の気持ちを伝えられなかった。
女についていきたい、女の出発を止めたい、色々な想いが、ノブナガの言葉を制した。
女が出発して、しばらく後、ナガヒサとダリアは寄り添うように息を引き取る。
ナガヒサは死の直前に、ノブナガを呼んで、伝えた。
「これを・・・。お前に。」
それは「信甼長久」、親子の名が連なり銘打った、ナガヒサの愛刀であった。
ノブナガは涙を流しながら、刀を厳かに受け取った・・・。
ノブナガは単身、ジャポンに向かって流星街を離れた。
ノブナガが、女に再会したのは、1993年1月の終わりのことであった――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
1993年1月、ジャポンに向けての航海中、俺はシドリアとジャポン語の練習をしてた・・・。
船長の話によれば、どうやらジャポンという国は、歴史的な背景からか、共通語を話せる者は少ないそうだ。
ジャポン語は独特な文法や、母音と子音を1セットにした変な発音が多くて、難しかった・・・。
「しかし、大分長いな?かれこれ2週間は経ってるんだけど・・・。」
「海図を見る限り仕方ないだろう。天気次第じゃ、まだまだ到着しないだろうな。」
俺のぼやきにシドリアが冷静に淡々と言った。
ふと見ると、遠くに帆船が見えた。
針路はジャポンの方角のようだった。
「あれもジャポン行き?」
俺が船長にそう聞くと、船長は頷いて答えた。
「普通は、ジャポンにはドーレ港からの帆船で行くんだ。お前の船はエンジン駆動だから、追い付いちまったんだろうな。」
船長が笑いながらそう言うと、俺は帆船に向かって手を振った。
1993年1月31日、俺達はジャポンに到着した。
俺は、ワクワクしながら、周りを見渡す――。
話とは違い、その港町は、まるでヨルビアン大陸にあるような建築の家が並んでいた。
それを見たシドリアが言った。
「ジャポンは、近年になって急速に他の国の技術を取り入れているそうだ。
この国の知名度は低いが、今後さらに成長していくだろうという話だ。」
シドリアの話を聞きながら歩いていると、男女のカップルが、真剣な話をしているのを見掛けた。
「一緒に暮らさねえか?」
男がそう言うと、女が答えた。
「ゴメン。ボクはここに残るよ。」
それを聞いた男は、無言のままだった・・・。
「フッ、あの男フラレたな。」
シドリアは面白そうにそう言った。
「あれが、サムライかー。かっこいいな。」
俺は、シドリアの話も聞かず、思ったままそう言った。
俺達は、遂にジャポンにたどり着いたのだ。
俺とシドリアは期待に胸を膨らませていた。
【後書き】
悩んだ末に、こんな展開になりましたー( ̄ロ ̄;)
もうちょっと巧く書きたい今日この頃・・・。
ガルナがノブナガを覚えてないのは、多分ガルナが記憶力ないからです!
(無理がある??)
次回【15.忍の里】