東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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あけましておめでとうございます。



91・日常はかくも尊く、激動は裏にありて

 食事とは、日々の糧であり喜びだ。

 その幸福に貴賤(きせん)はなく、命を繋ぐ尊き一時。

 幻想郷の支配者たる賢者の配下、八雲藍にとってもそんな至福の時間となるはずだった場所に、絶望があった。

 

 『産休の為、一時休業します』

 

「……」

 

 人里内にある、とある食事処。無情に閉じられた木板に貼られた小さな紙を、最強の妖獣は微動だにしないまま凝視し続ける。

 先日発生した猿神事件における人里側からの聴取を終え、今日の昼食は此処にしようと常連のうどん屋を訪ねてみれば、この現実である。

 当然、これは単なる小さな不幸であり藍が怒りを覚える事はない。

 

 きつねうどんと稲荷ずしに締めのぜんざいという、私の考えた最強の昼食が食べられるたった一つの扉が……

 まぁ待て。冷静になれ。

 八雲の名を預けられた高潔なる妖怪が、この程度の事態で動揺するなどあってはならん。

 この店の女将が妊娠していたのは把握していたし、近々産休に入る時期でもあった。

 発想を逆転させろ、八雲藍。これは、この店の味を引き継ぐ跡取りが生まれる為に必要な試練なのだと。

 

 ――覚える事はないのである。

 彼女がどれだけ見つめても、店の戸が開く事はない。

 しばらくそうした後、藍は観念したようにきびすを返し大通りを歩き始めた。

 目指す先は、こちらも常連の揚げ物屋。お店で食べられないのなら、いっそ自分で作ってしまおうという魂胆である。

 藍が目を掛けるだけあって人気があり、夕方になる前にはその日の商品が軒並み売り切れてしまうほどの盛況を誇る店だが、今の時間ならば十分間に合うだろう。

 

 一度不幸に遭ったのだ、偶然は二度目も起きまい。

 

 そんな妖獣の楽観を嘲笑うかのように、更なる不運が彼女の希望を打ち砕く。

 

「あー、ごめんね藍様。今日は油揚げが凄い勢いで売れちゃって、隣の人で売り切れたところなのよ」

「……」

 

 ……売り切れているのはまだ良いだろう。

 寛大な私でも、まだ許す事が出来る。

 だが、丁度売り切れたとは一体なんの冗談だ。

 そんな不可逆な情報を与えられても、憎悪しか生まれないじゃないか。

 もしや私は、何者かから兵糧攻めを受けているのではないか?

 

 疑心より、暗鬼は生ず。

 申し訳なさそうに苦笑いする店員のおばちゃんすら敵に見え始めた色々と危ない精神状態の妖獣は、せめて己の野望を打ち砕いた者の姿を見てやろうと視線を横へと移す。

 そこには、デフォルメされた上海や蓬莱など沢山のアップリケが縫い付けられた自作の買い物袋を小脇に抱える人形遣いが居た。

 互いに無表情のまま、重なり合う二つの瞳。伝わる想い。

 

「――お昼、一緒に食べる?」

「ご相伴に預かろう」

 

 主である紫ですら共有する事の出来ない「食」においての同好の士は、ただ一言をもってさ迷える金毛狐に救いを示したのだった。

 

 

 

 

 

 

 人里でお昼用の油揚げ買ってたら、ア〇フルのCMも真っ青な懇願の視線を受けて藍しゃまをお昼に誘ってたぜ。

 どういう事だってばよ。

 

 本日お昼ご飯を食べる場所は、昨日の宴会でそのまま泊まった面子も加えた博麗神社だ。

 家主である霊夢と安定の魔理沙以外では、二日酔いからようやく回復した妖夢と早苗が居る。

 妖夢と早苗が泊まった理由は、たまには良いだろうと酔い潰れたままそれぞれの主に放置されたからだ。

 途中で拾った藍に手伝って貰いながら全員分の料理を作り、居間で待っている皆に人形たちを使って配膳していく。

 献立は、藍のたっての希望によりきつねうどんと稲荷ずし。デザートにぜんざいまで用意して、この九尾様自分の欲望に忠実過ぎである。

 

 たまに、自分の好物ばっかりで献立固めたい時ってあるよねー。解るわー。

 

「お待たせ」

「おっしゃー!」

 

 うどんとぜんざいの器を各人の前に置き、大皿に乗せた大量の稲荷ずしをちゃぶ台の中央に。

 並べられていく料理たちを、魔理沙が両手を挙げて歓迎してくれる。

 

「「いただきます」」

 

 料理が揃ったところで全員で手を合わせ、一斉に全ての食材に感謝を込めた祈りを捧げて思い思いに箸を伸ばす。

 美少女たちとの昼食会。当然、無表情のまま私の幸福度は爆上がり状態である。

 

 天国かと思ったら、やっぱり天国だったぜ。

 皆可愛くて奇麗で、ほんとしゅきぃ……

 

 例えるならば、推しアイドルグループと会食をする一般人の図。

 たけのこや春の野草が混ぜられた酢飯入りの油揚げをモグモグしながら、米と一緒に得難い幸福を噛み締める。

 

「――どう見る」

 

 しばし無言で食事が進む中、突然藍がポツリとそれだけ口にする。

 要点を省くどころか、誰に言ったのかも解らない謎の問い掛け。

 

「まぁ、流れから見れば牽制ついでの報復と考えるのが妥当でしょうね」

 

 そんな、他の面々置いてきぼりの会話が成立する事を喜ぶべきか、周りに配慮しろと注意するべきか。

 

「いきなりなんだよ」

 

 行儀悪く箸で稲荷ずし二個を突き刺し、豪快に同時食いしようとしていた魔理沙が、箸を止めて私と藍を見比べる。

 

「今回の宴会が開かれた名目。猿神退治についてよ」

 

 案の定、話に付いて来れていない他の娘たちの為に、私が主語の部分を教えてあげる。

 

「ふー、ふー。概要のみうかがっています。生まれたての猿神が人里に生贄を要求し、討伐を依頼されたアリスさんたちが妖怪の山で仕留めたと」

「はいはーい! 私も頑張りましたー!」

 

 熱々のうどんと格闘しながら会話に加わる妖夢に、早苗は右手を大きく上げて活躍を主張する。

 

「その話には、続きがあるの」

「え?」

 

 後の顛末を知らない早苗が、続く私の説明にポカンとしている。

 

「猿神は、あのゾンビは、妖怪の山から瀕死の重傷で逃げ出して、最終的に命蓮寺の墓地で作成者である術者に回収されたらしいわ」

 

 藍の質問は、その猿神を追跡する事で姿を現した、謎の仙人について私に意見を求めていたのだ。

 とはいえ、妖怪の山以降の出来事については独自のルートで情報を仕入れただけなので、紫と一緒にスキマで覗いていただろう藍が期待しているような穿った見解を持ち合わせてはいない。

 まぁ、確かに私は原作知識でその邪仙の正体を知っている訳だが、それを馬鹿正直に語るのは自殺行為だろう。

 

「猿神の目的は人里に不安を撒き、妖怪の山と敵対した上で命蓮寺に保護される事だったと推測されるわ。途中で回収する必要があったのは、作戦を看破され命蓮寺の()にある本拠地まで案内させるのを防ぐ為だったのではないかしら」

「ふむふむ。それで、命蓮寺の先とは一体何処なんでしょうか」

「周辺には人里と平原だけ、上空にも何もないのであれば、後は下しかないでしょう」

「あぁ、それで」

 

 やはり早苗は優秀だ。

 軽く説明しただけで、始まりである藍の質問と私の回答の流れを理解したらしい。

 

「聖たちがあの場所に命蓮寺を建てたのは、偶然じゃない。そうよね、藍」

「あぁ。建設が終わるとほぼ同時に、地下へ向けて巨大な結界を展開している」

「結界の中身は?」

「さて、な」

 

 おっとぉ、自分から聞いておいて出し惜しみするとか、藍しゃまマジ策士。

 ていうか、今考えたらここに居るの私と藍以外は神霊廟の自機組じゃん。

 

「近い内に、また異変みたいな騒動が起こるかもって事か。楽しみだな!」

「面倒ね」

 

 命蓮寺の地下に、猿神を生み出すほどの「何か」が潜んでいる。

 その事実に、元祖主人公勢は真逆の反応を示す。

 

「えっと。地下に居るのが解っているのなら、出て来る前に埋めるなり叩き潰すなり出来ないんでしょうか」

 

 流石は許されざる早苗さん。

 そんな、仮面ヒーローの変身シーンが隙だらけだから攻撃しようぜ、みたいな外道作戦を思い付くとは。

 やはり天才か。

 

「すでに命蓮寺が動いた後では、それも難しいわね」

「ですよねぇ」

 

 そう、早苗の作戦を実行するには現在展開されている命蓮寺からの結界を解除して貰うか、自力で解除する必要がある。

 あの頭でっかちの巣窟だ。危険を承知の突撃を進言しても、絶対に首を縦には振らないだろう。

 自力で突っ込む方法も、お勧めは出来ない。

 何故ならば、地下への結界に手を出すという事は、封印を是とする命蓮寺の全員を敵に回すという事になるからだ。

 つまり、神霊廟に攻め込む為に命蓮寺を全滅させる必要があるという、普通に考えて非効率極まりない構図が出来上がってしまっているのだ。

 結局、私たちに出来るのはスーパー尸解仙に至った太子様一行が、霊廟から這い出て来るのを待つだけとなる。

 

「私もそろそろ、修行の成果を試したいと思っていたところです。切っても良い獲物が相手から来てくれるのであれば、好都合というもの」

「妖夢さん……フラグには気を付けて下さいね」

「ふらぐ、とはなんですか?」

 

 真面目な表情で割と物騒な発言をする辻斬未満へと、風祝(かぜはふり)が心配そうな視線を送っている。

 結局、この話題はそれほど膨らむ事なく自然消滅し、デザートのぜんざいを食べながら四方山話に花を咲かせる私たち。

 圧倒的な平穏を感じながら、それでも次なる騒動の足音は近づいて来る。

 今度の異変は、一体私にどんな出会いと変化をもたらしてくれるのか。

 楽しみでもあり、怖くもあり――そして、それらとは別の想いもまた私の胸へと去来する。

 

 もしかして、私ってばまた死に掛けたりするのかなー。

 太子様って別に過激派じゃないし、穏便に終わったりしないかなー。

 無理かなー、どうだろな―。

 

 そろそろ天丼も飽きてきたのだが、私が私である以上原作からの乖離は必定だろう。

 とはいえ、原作から乖離するイコール私の死という構図にはならないはずだ。

 しかしながら、今までほぼ全ての異変で命の危機を味わって来た私である。

 ――人生、諦めが肝心なのかもしれない。

 しかし、私は大切な事を失念していたのだ。

 「東方星蓮船」と「東方神霊廟」の間に、別の騒動が控えていた事を。

 何時ものように暑く、何時ものように騒がしい夏の山で、巨大な「それ」が現れる事を。

 そんな未来を知らない私は、食後の緑茶をすすりながら周囲の少女たちのかしましい会話を聞きつつ、今しばらく現実逃避に励むのだった。

 

 

 

 

 

 

 人は死ぬ。動物も死ぬ。

 木々も死ぬ。草花も死ぬ。

 大地さえも、「死」という絶対の終着点からは逃れられない。

 故に、生の終わりに訪れる「死」こそが永遠。

 数多ある仙人へと至る道筋の中で、私――豊聡耳神子が尸解仙を目指した理由がそこにある。

 

「あぁ……」

 

 新生した肉と身体で、声を出してみる。

 心臓を動かし、目を見開き、空気を吸い込み、喉を震わせ、そうしてようやく、私は計画の成功を実感する。

 仏への信仰を利用し、民を欺き、戦火の中で暗躍した。

 邪仙の誘いに乗り、部下を巻き込み生贄に捧げ、そうして私はここに居る。

 

 人に救いを与えよう。

 導き、諭し、正しき道を示し続けよう。

 私は、人間を愛しているのだから。

 

「あぁ、辛い」

 

 あぁ、あぁ、そうだとも。

 私は、人間を愛しているのだ。

 愛しくてたまらないのだ。

 

「あぁ、辛い」

 

 何故なら、この世界においての人間とは、()()()()()()()

 私以外の人の形をした()は、その全てが駒か獣か塵芥(ちりあくた)

 我が念願成就の(いしずえ)として積み上げる事に、一体なんのためらいがあろうか。

 

「この、隠しきれぬ救世主としての気質が辛い」

 

 ――などと、割り切る事が出来たならどんなに良かったか。

 

 今度は肉体の完成度を確認する為、宙へと浮かびながら霊力を高め無造作に全方位へと照射する。

 闇の中にあった霊廟に私という光が灯り、同時に救世主の復活を祝福するように一帯の空間が活性化し、無明の地下室がみずみずしい仙界へと花開く。

 現世の季節を無視して咲き誇る花々から溢れ出す芳香が、居城となる空間を満たしていく。

 ふざけていると言うなかれ。為政者にとって、冗談と演出に理解を深める事はとても重要だ。

 どれだけ完璧で隙のない采配を振るおうと、人間たちは自分に理解出来ない者を統治者として認めない。

 己の無能さを棚に上げ、王は人の心が解らないと勝手に恐れ失望していくのだ。

 故に、王を務める者は「人間に理解出来る範囲の怪物」という道化を、演じ続けなければならない。

 気配を感じて空中から睥睨(へいげい)すれば、見知った者たちが私の威光に平伏している。

 物部布都、蘇我屠自古、霍青娥。

 

「皆、ご苦労」

「「「はっ」」」

 

 あぁ、何もかもが懐かしい。

 全てをここから始めよう。

 失った時を取り戻そう。

 我が偉業、我が栄光――我が念願を成就するべく、天上への覇道を共に征こう。

 

 私の後を他者に託すなど、出来る訳がない。

 私より劣る者に、私の何を預けられようか。

 しかし、私が人間である内はその摂理に逆らえない。

 だから、私は用意した。人の器を捨て、死の先に辿り着いた者となり、()()()()()()()()()()()()()()を可能と出来る状況を。

 ゆっくりと、確実に。時間はそれこそ、永遠にある。

 やるべき事は変わらない。状況を俯瞰(ふかん)し、駒を使い、敵を操り、勝利の(さかずき)を奪う。

 上方からの封印は、丁度良い目くらましになる。

 存分に力を蓄え、万全の状態で地上への凱旋を果たせば良い。

 

 さぁ。手始めに、幻想郷(世界)を救うとしようじゃないか。

 

 井の中の蛙、大海を知らず。されど、空の広さを知れり。

 今、この時を持って幻想郷に覇を唱える勢力が追加される。

 救世主の復活に、今度は神霊たちが歓喜をたたえ沢山の光となって周囲から集い始める。

 

 神霊たちが、世界が、私にもっと輝けとささやき掛ける。

 あぁ、本当に――辛い事だ。

 

 永遠を獲得した神仙たちによる、永久不滅なる王道楽土。

 ほら吹きが語るにしても、壮大過ぎる与太話。

 そんな、誰もが夢見る不可能を実現出来る人間を超えた者たちが目を覚ました。

 行き着く先は、異変と言う名の戦争だ。

 相互理解に痛みが伴うのは必定。互いを知らぬ者たちが集い、その信念と価値観をぶつけ合う。

 止まらぬ連鎖の中で、騒動の種が芽吹く。

 秒針が進む。カチカチと音を立て、一歩、また一歩と今が未来へと書き換えられていく。

 人形遣いが対面する次なる試練の影は、暗く静かに胎動を開始していた。

 

 

 

 

 

 

「たのもー! たーのーもー!」

「ひゅいーっ!」

 

 地下は地下でも、こちらは妖怪の山の地下室。

 岩肌に偽装した金属製の開閉口を手に持つ陽炎の剣にて真っ二つに切り裂き、にとりの研究所(ラボ)の中へと大声を上げながら誰かが侵入して来る。

 

「なんだなんだー!? クレームか!? 慰謝料請求か!? やだやだやだー! びた一文返さないぞー!」

「うっさいわねぇ。あんた如きにせびるほど、金子(きんす)に困っちゃいないわよ」

 

 侵入者の名は、比那名居天子。空高くの浮島である天界に住まいながら、同じ土地に住まう者たちから鼻つまみ者にされている不良天人だ。

 粗暴にして横暴。尊大かつ無謀。

 天界での退屈な生活に不満を感じており、天界の至宝である緋想の剣を盗み異常気象による異変を発生させ、()()()退()()()()()事で退屈しのぎを試みたという、最悪の愉快犯である。

 天人である。ただそれだけで全てを許され、増長し尽くした果ての暴挙は、とある人形遣いによって天狗になっていた鼻ごと見事に打ち砕かれた。

 それ以来、彼女の頭には常に如何にしてあの能面女をけちょんけちょんにするかという命題が掲げられているのだ。

 単純な弾幕ごっこなどのお遊び勝負では、天子の勝ちは確実だ。

 だからと言って、かつての異変のように彼女と殺し合いに発展するほどの悪戯(災厄)をもう一度起こせば、如何に天人といえど断罪として首が胴から離れる事になるだろう。

 天子は考えた。どうすれば、あの人形女の本気を引き出した上で対等な勝負に持ち込めるのか。

 生半可な方法で勝負を仕掛けても、彼女はあっさりと負けを認めて立ち去ってしまう。

 考えて、考えて、考え抜いた末に天子が辿り着いた結論。

 

「太陽の炉心に、鋼鉄の身体――あんた、面白そうなもん造ってるじゃない」

「……っ」

 

 研究所(ラボ)の最奥にて鎮座する「それ」を見ながら、天子はたまらないとばかりに自分の唇を舌で濡らす。

 

「見たとこ、完成まで一割以下って感じね。よーしよし、一から作らせようと思って来たけれど、流石は私。日頃の行い出てるわー」

「い、いきなりなんなんだよ! 突然入って来て、訳わかんないんだけど!」

「私はアリスに勝ちたいの」

「はぁっ? 勝手に勝てば良いじゃん。弾幕ごっこでもじゃんけんでも、あんたなら簡単に――」

「言い方を変えるわ。私は、()()()()()()に勝ちたいの」

「……っ!?」

「理解したわね」

 

 アリスは人形遣いだ。

 そのアリスが絶対に逃げられない勝負を挑むのであれば、同じ土俵に立てば良い。

 まさか、己の得意分野で尻込みするほど馬鹿な女ではないはずだ。

 

「残りの素材は用意してあげるから、私にも一枚噛ませなさい。「それ」の操縦、受け持ってあげるわ」

 

 人形遣いには人形を。

 一度は待つと言ったものの、そんな約束を律儀に守れるのならばこの娘は同族から「不良」などとそしられてはいない。

 非想非非想天の娘は、退屈が嫌いなのだ。

 自分と同じ立ち位置で、本気を出してくれる相手。

 敵と呼ぶほど憎くはなく、友と呼ぶには物騒で。

 半端な天人として爪弾きにあう日々を送っていた少女の前に訪れた、対等と呼べるだけの好敵手。

 

「あんたも、技術畑としてアリスと優劣付けたいからこんなもん造ったんでしょ? お互いの目的は一致するはずよ」

「で、でも……っ」

「私以上の操縦者が居るの? 居ないでしょう? この誘いを断って負けたら、こんな風に言い訳をするのかしら。「操縦者が悪かったから負けたんだ」って」

「……っ」

 

 天人が、河童を煽る。

 

「……い」

「何かしら? 聞こえないわよ、ビビりの河童ちゃん」

「負けない……っ。私は、アリスに負けたりしないっ」

「上等」

 

 にとりとて、一人の技術者だ。

 長年に渡り培って来た技と知識には、並々ならぬ自負がある。

 例え仲の良い友人が相手であろうと――否、仲の良い友人だからこそ、一緒に居れば「どちらがより優れているか」という疑問と対抗心がくすぶり続ける事になる。

 種火はやがて火炎となり、次第に大火となって胸を焦がす。

 天子にとって、最高に近いタイミングでにとりはその大火に屈してしまったのだ。

 

 一つ、昔話をしよう。

 これから天人と河童が起こす騒動の前に、知っておいて欲しい大切な話を語りたい。

 それは、天子とアリスが初めて出会った、かつての出来事。

 他の誰も争う事なく、たった一度の勝負で終わったささやかで大きな事件。

 博麗神社の倒壊から端を発する、緋想天の娘が天人となって初めて敗北するまでの物語。

 死神さえも退ける最強の少女が死すら覚悟した、お互いにとって最低最悪の昔話。

 東方緋想天――まずはこれを語らねば、これから先は始まるまい。

 さぁ、幕を開け、紙面をめくろう。

 それは、守矢の異変と地底の異変の間で起こった、昔々の物語――

 




太子様かと思った? 残念、天子ちゃんでした!
次回から緋想天(昔)⇒緋想天則(今)異変の開幕です。

新しい年の開始に、異変の開始を被せてみたの図。

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