東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

72 / 119
長らくお待たせしました。
え? 待ってない? こりゃまた失礼。



70・幻想のおとしもの(転―B)

 重力が嫌いだった――一歩を踏み出す度に、「捕らわれている」と感じてしまうから。

 宇宙が好きだった――無限に広がる無明の空間を想うと、心が浮かぶような気持ちになれるから。

 そうした思春期特有の思考は、年齢を重ねるにつれ次第に思い出の奥底へと沈み――しかし、頭の片隅に捨てきれない願いとして残り続ける。

 

 夢とは、脳がレム睡眠中に行う記憶の整理作業である――

 

 例え、一度も経験した事のない体験や訪れた事のない場所に感じたとしても、それは写真やテレビ、ラジオや本などから無意識に得た知識を元にして生み出された想像と妄想の産物に過ぎない。

 しかし、そんな通説に疑問を抱くほど私の見る夢は鮮明で、不可思議で――何より、輝くほどの魅力に満ちていた。

 それは未知の技術溢れる大都市であったり、見知らぬ竹林であったり、大きな西洋風のお屋敷の中であったり、一面の美しい向日葵畑であったり――

 

 本当に、これは夢なのか。

 現実に、この光景はないのか。

 

 美しく、幻想的で――現実などよりもよほど素晴らしい異界の姿に、私は徐々に現実と夢の境目が曖昧になっていくのを自覚する。

 寝て、起きて、寝て、起きて――繰り返すごとに、夢へと抱く比重は重くなっていく。

 現実への執着が、日を追うごとに薄れていく。

 それでも、私はその瞬間まで諦めていた。

 私の知る境界の裂け目はとても小さく、どう頑張っても対岸へと渡る事は出来そうになかったから。

 見ている事しか――逆に言えば、見ているだけなら許されていたから。

 

 ――やれやれ、仕方がないですわねぇ。

 ――今回だけ、ですわよ?

 

 ある日の深夜。相方と別れた倶楽部活動の帰り道で、ソレは唐突に現れた。

 目の前に映る、巨大な空間の裂け目。

 今まで見えていたものなど、比較にならないほどの強烈な存在感。まるで、手招きでもされているかのようなあからさまな出現。

 解かっている――この隔たりを抜ければ、きっともう何時ものように元の世界へ戻る事は出来ない。

 「向こう側」へ行けば、現実へは戻れない。

 

 でも――

 それでも――

 

 私は、憧れ()幻想()のままで終わらせる事が出来なかった。

 境界の先へと渡る寸前、ふとある事を思い出す。

 

 あぁ、しまった――

 悲鳴を上げるの、忘れてた――

 

 これでは、彼女が来てしまう。

 私を追って、自分の為に、彼女が私を探してしまう。

 それは、とても申し訳なくて――同時に、とてもとても嬉しい事だった。

 私はまだ、現実を捨ててはいないのだと思えるから。

 

 だから――遅刻しないでね、蓮子(ピーターパン)

 でないと、貴女も私も大学の単位が心配になって、あんまり楽しめなくなるでしょ?

 

 不安はない。だって、必ず彼女は来るから。

 どんな無茶だろうと、どんな不可能だろうと彼女は必ず成し遂げる。

 だからこそ、私は喫茶店へ入るような気軽さでこの一歩を踏み出せるのだ。

 時間にしてみれば、一日にも満たない。それでも、それは私が初めて「幻想郷」という夢の先を知る事になる長い旅の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

「んぅ……」

 

 過去を夢として、まどろみの中で全てを忘れた後――徐々に意識が覚醒させたメリーは、ゆっくりと目蓋を開く。

 見慣れない和室に、暖かな布団と中に潜む誰かの感触。

 異界に落ちた後、その場で出会った狐の美女の一泊を許されたところまで思い出した少女は、一緒に寝てくれた橙を起こさないように注意しながらそっと身体を起こす。

 ふと、手の平を天井にかざす。

 アリスと名乗った無表情な人形遣い曰く、今の彼女は存在が「薄い」のだそうだ。名前を含む色々な記憶を忘れてしまっているのも、それが原因らしい。

 しかし、こうして見る限り別に身体が透けていたり色素が薄くなっているわけでもないので、実感はまるで沸いて来ない。

 

「――朝食だ。二人とも、そろそろ起きろ」

 

 九つの尾を持つ美女が、寝坊助な二人を起こす為に廊下から障子を開きそのまま去って行く。冷たく、厳しく、それでいて何処かほっとする声だ。

 出会って間もないが、恐らくあの声音を聞ける者は限られるのだろうと解かる。

 

「橙ちゃん、朝だよー」

「ん、ん~」

「んん~! 可愛いー!」

 

 身体を揺さぶられても、まだ起きたくないと顔の前に両腕を重ねて縮こまる橙の仕草を見て、感極まったメリーが全力で抱き付いた。

 

「うわわっ! 誰!? 何!? ――メリーさん!?」

「橙ちゃん可愛い! 可愛いよ~!」

「あうあう~、あ、あごは弱いので止めて下さい~」

 

 混乱する猫妖怪の抵抗を無視し、メリーは普通の猫をあやすようにあごや頭やお腹を撫で回す。

 もう完全に目が覚めているだろうに、布団の中でどたばたとじゃれあう二人が朝食の置かれた居間へ行くのはもうしばらく後になりそうだ。

 

「……騒がしいものだ」

 

 今はただ、「メリー」という名だけを持つ何も知らない少女の爛漫さに、遠くで妖獣が呆れを含んだ溜息を漏らす。

 誰かの思惑と、誰かの願いと、ほんの少しの偶然が重なり合った騒がしい一日が、ようやく始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、アリスさん」

「えぇ、おはよう。メリー」

 

 藍、橙という二人を従え、私の家の玄関で礼儀正しくお辞儀をするメリーへと、こちらも最近ようやく自然と出来るようになったスカートの裾を摘まんで軽く膝を折るエレガント挨拶で応じる。

 メリーの帰還について、私は無条件での協力を約束している。

 彼女は外の世界の住人で、しかも帰るべき場所がある人間だ。早苗のように選択した上での決断ならばまだしも、ただ流されるままに異界へ縛られて欲しくはない。

 

「それで、これからどうするの?」

「まずは、予定通り博麗の巫女を訪ねる。霊夢が可能であれば、そのままメリーを帰還させるつもりだ――まぁ、そう簡単にはいかんだろうがな」

 

 何せ、この迷子の少女を引き寄せたのは目の前で語る従者の主、八雲紫なのだ。

 事に彼女が絡んだ時点で、事態の迷走は間違いなしだろう。第一の(しもべ)が言うのだから、これ以上の説得力はない。

 藍が軽く右手を振れば、私たちの隣に大きなスキマが開く。

 

「説明役として、お前にも同行して貰いたい。私たちが語るよりも、余程信憑性があるだろう」

「えぇ、元よりそのつもりよ」

 

 その上、八雲家の中では恐らく一番の仲良しであり、食事という同じ趣味を持つ盟友でもある藍の頼みを断るなどあってはならない。

 二つ返事で頷いた後スキマを越えれば、その先にあったのは博麗神社の境内だった。

 竹箒を片手に朝一番の掃除に励んでいた霊夢が、私たちに気付いて視線を移す。

 

「なんの用? 面倒事は御免よ」

「知っておいて貰いたい情報がある。頼るかどうかは、お前次第だな」

「なんだか面白そうだな。私にも聞かせろよ、藍」

 

 恐らく、前日から神社に泊り込んでいたのだろう。社の中から箒を片手に文字通り飛び出して来た魔理沙が、眉をひそめる巫女の隣へと着地する。

 

「昨晩、博麗大結界を通過しこの地へと訪れた者が居る――メリー」

「は、はい」

 

 藍に促され、彼女の後ろから霊夢と魔理沙へとおずおずと顔を出すメリー。

 紫と似た容姿を持つ彼女を見て、巫女と魔法使いの顔に僅かな警戒が浮かぶ。

 

「う、うぅ……」

「言いたい事は解かるが、そう睨んでやるな。幻想郷へ渡る際に記憶を欠落させているため、何を問うてもまともな答えは返って来ないぞ」

 

 怯えるメリーを守るように、藍は右腕を伸ばし導師服の袖で二人からの視線を防ぐ。

 

「詳細は不明だが、この娘は紫様が呼び寄せた可能性が高い。霊夢、この娘を外の世界へ戻せるか」

「――無駄ね」

「無駄? 無理ではなく、か」

「えぇ。だって、その娘をそのまま外の世界に放り出しても「帰した」事にはならないもの――そうよね、アリス」

「……っ。えぇ、そうね」

 

 え? あの、霊夢さん?

 なんで今、私に同意求めたのかな? かな?

 

 藍との会話の途中で急に霊夢から話を振られ、思わず頷いてしまう私。

 しかも、直感で何かを察しているのか何故か微妙に霊夢から睨まれている気がする。

 おかしい。悪いのは全部あのスキマ妖怪であって、私ではないはずだ。

 私が一体、何をした。

 

「ど、どういう事ですか?」

「知らないわよ。とにかく、私じゃ貴女を元居た場所へは帰せない。だから、諦めなさい」

「え? でも、ここに来れば外の世界に戻れるって――」

「無駄なものは無駄なの。帰りたかったら、私に頼らず自分でその方法を探しなさい」

「そ、そんなぁ~」

「ほらっ、用事がそれだけなら帰った帰った。私は忙しいのよ」

 

 縋るメリーへと鬱陶しそうに右手をひらひらと振り、私たちを追い出しに掛かる霊夢。

 

「ちょっと、急過ぎるよっ。突然どうしちゃったのさっ、霊夢」

「どうもしないわよ、橙。面倒事は、誰だって嫌いでしょう」

「ちゃんと説明してよっ」

「後で誰かがしてくれるわよ」

「――うふふっ、残念。手遅れね」

 

 むくれる橙と、平坦な霊夢と、楽しそうな第三者の声。

 浮かぶようにして私たちの居る境内に突然現れたのは、白玉楼の主である西行寺幽々子だ。

 

「諦めるのは貴女よ、霊夢。その娘に出会った時点で、貴女もこの舞台の役者に引き上げられているわ」

「ちっ」

 

 扇を広げて口元を隠し、実に楽しそうに笑う幽々子へと霊夢の盛大な舌打ちが送られる。

 どうやら、亡霊の姫の目的は未来人であるメリーらしい。

 

「初めまして、異邦の旅人さん。私は、亡霊の西行寺幽々子。気軽に、ゆゆちゃんって呼んでね」

「は、はい、初めまして。私は、メリーって言います……えと、西行寺さん」

「気軽に、ゆゆちゃんって呼んでね」

「あ、あの」

「気軽に、ゆゆちゃんって――」

「しつこいよ。それと、年考えろ」

 

 メリーが呼ぶまで続きそうな幽々子の丁寧なゴリ押しを、魔理沙が呆れ声で止めに掛かる。

 

「あら、私は紫より若いわよ」

「基準がすでに時代遅れだよ」

 

 おい、魔理沙。ゆかりんは少女だっつってんだろ、このダラズ。

 まぁ、実際年齢とか普通に超越してる面子ばっかりなんだけどね。

 

 確かに、幽々子と紫の付き合いは亡霊になる前かららしいので、紫の方が年上なのは確実だろう。

 だからといって、あの大妖怪様を基準にしてしまうと幻想郷に住む大半の者でも若者扱いになってしまう。

 

「うーん、こうして出会ってみても存外これといった感慨は涌かないものねぇ。落胆三割、安堵三割――残りは、後のお楽しみとしておきましょうか」

「何しに来たのよ」

「うふふ。珍しいお客さんを、白玉楼にご招待しようかと足を運んでみたの」

「私の目の前で、人間を冥界(あの世)に連れ去ろうだなんて良い度胸ね。さっさと失せなさい」

「あらあら、恐いこわい」

 

 霊夢の眼力を余裕で流し、優雅に扇子で口元を隠す幽々子の目元が細められる。

 未来人のメリーに固執する紫や幽々子の真意が解からない今の状況では、迂闊に協力も敵対も選べない。

 せめて、メリーの帰還について僅かでも手掛かりが得られないものかと内心で頭を捻る私を嘲笑うかのように、更なる問題が天より境内へと着地する。

 

「――どうやら、事態はまだ私の想定の範囲内で推移しているようね。助かるわ」

 

 はい、えーりん入りましたー。

 ――いやいやいやいや、おかしいでしょ。どういう事なのよ。

 

「霊夢、少しお邪魔するわ」

「いらっしゃい。貴女も、この紫みたいな外来人に会いに来たくち?」

「えぇ。可能であれば、永遠亭に招待するつもりよ」

 

 月の薬師の目的も、やはりメリー。

 普段通りの冷静な態度だが、すでに虚空より生み出した和弓を片手に戦闘態勢へと移行している。

 この場に居る全員を叩き伏せてでも、外来人を連れ去るつもりだと言外に語る永琳。

 そのまま、月の薬師はメリーを守る藍へと三本の矢を番える。

 しかし、その攻撃はこちらへは向かわない。参道の階下から一直線に飛び出して来た高速の物体に反応し、振り向きざまに弓弦を離す。

 

「ぎ、ぃ――どーん!」

 

 可愛いらしいのは、最後の掛け声だけだ。

 心臓に迫る一矢のみを左手で掴み取り、残りの二本によって右目を含む顔面の一部と左肩を吹き飛ばされた吸血鬼の妹は、気にも留めずに直進し永琳へ向けて強烈な飛び蹴りを叩き込む。

 

「ぐぅ、がっ!」

 

 弓を持つ右腕でその一撃を受け止めた永琳は、苦悶を浮かべて後方へと大きく吹き飛ばされ灯篭の一つに激突してようやく停止する。

 挨拶代わりの一発でこの威力とは、相変わらずの最終兵器っぷりだ。

 お気に入りのピンクの日傘を開き、宝石の羽によって宙へ浮くフランが瞳をきらきらと輝かせながら満面の笑みを浮かべている。

 

「えへへぇっ、お姉様の言ってた通りね。遊び相手がより取り見取り――素敵だわ!」

 

 フランの抉られた顔面と肩口は、この時点でもう大半が再生を完了している。

 太陽が燦然と輝く昼日中――つまりは最も弱体化しているだろう時間帯ですら、この実力。改めて、吸血鬼という存在の出鱈目っ振りを実感する。

 

「フラン、どうしてここに?」

「えっとね、お姉様が教えてくれたの。今から博麗神社に行けば、きっと皆が遊んでくれるって」

 

 紅魔館も、メリーの到来を察知しているようだ。しかし、どうやら積極的にメリーを連れ込もうとは考えていないらしい。

 場を混乱させて、幽々子や永琳の目的を挫く心算か。

 

「へへっ。良く解からんが、どうやら私の出番ってやつらしいなっ」

「ったく――壊した分は、全員で弁償して貰うわよ」

 

 謎と問題が山積するばかりで一向に解決に向かわない幻想郷の最果てで、傍観していた守護者とその悪友が動く。

 八卦炉を片手に、黒帽子から片目を覗かせる魔理沙がニヒルに笑いながら幽々子へと突撃していく。

 

「やい亡霊! 藍に貸しを作る為に、私にやられとけ!」

「うーん――悪いけど、今は安物の砂糖菓子を摘まむ気分じゃないのよねぇ」

「誰が安物だ、おい! ぶっ飛ばすぞこら!」

「あら。怒るという事は、少しは自覚しているのではなくて? 霊夢と比べて、自分の方が上等だなんて思い上がってはいないでしょう?」

「やかましい! 大きなお世話だよ!」

 

 幽々子からの挑発と言う名の本音にあっさりと乗っかり、魔理沙の放つ激情の込められた星の弾幕が青空の下で何度も弾ける。

 霊夢の対戦相手はフランだ。こちらは逆に、吸血鬼の少女から繰り返される怒涛の弾幕を巫女がスイスイと避けつつ、時折隙間を縫うような的確な反撃を見舞っている。

 

「あははっ! あはははっ! やっぱり強いわね、霊夢! でも、フランの相手をしてて良いの!?」

「加減の仕方も知らないお子様が気を使うなんて、四百九十五年早いのよ。あんたの相手は私がしてあげるから、感謝しなさい」

 

 霊夢が気にしているのは、境内と神社の被害だろう。確かに、フランへその辺りの気配りを求めるのは酷というものだ。

 好き勝手に暴れ回るフランに張り付き、なるべく下方へ撃たせないよう上手く手綱を操る霊夢の戦術は絶技と言って良いだろう。

 そして――

 

「ここまでは、ある程度理想的な流れね。いえ、だからこそ貴女が居る――本当に、良く出来ているわ」

「何がなんだかさっぱりね。出来れば、貴女くらいは事情を説明してくれると嬉しいのだけれど」

「貴女はもう、その娘を見捨てるという選択肢を持ち合わせていない。だったら、言ってどうなるものでもないでしょう?」

 

 明らかにおかしな方向へ曲がった右腕をそのままに私を見る永琳へと投げ掛けた疑問は、答えを返しては貰えなかった。

 

「貴女たちは、メリーに一体何を求めているの?」

「他の陣営の目的までは、流石に把握していないわよ。輝夜の側近として、私がその娘に求めるものはただ一つ――完全なる「死」よ」

「ひっ」

 

 永琳から放たれる明確な殺意に後ずさるメリーの前方で、それは起こった。彼女を守るようにして、空間に小さな亀裂が走ったのだ。

 「スキマ」だ。未熟で、稚拙で、引っ掻き傷にすら満たないただの罅割れだが――それでも彼女は、自己防衛という無意識を持って世界の(ことわり)を砕いて見せた。

 そして、私は理解する。これこそが、永琳がメリーの命を狙う理由だと。

 

「ほら、これで貴女も少しは理解出来たのではないかしら」

 

 見えるなら触れる。触れるなら操れる。

 なるほど、道理だ。

 ただの人間が持つには、過ぎたるほどの万能。この娘の能力は、未来において「第二の八雲紫」という存在に届き得る可能性を秘めている。

 

「素養はある。だから、芽が出る前に潰す――そういう事ね」

「輝夜にとって危険となる可能性が僅かでもあるのなら、それは私にとって全て抹消の対象よ」

 

 月から落ちたあの姫君にとって、危険となり得るか否か。ただその一点だけで決定する、とても解かり易い明確な線引き。

 このモンスターペアレント、行動方針が恐ろし過ぎる。

 

「橙、メリーの傍を離れるな。永琳殿は、私とアリスが相手をする」

「はい!」

 

 橙にメリーを託し、私と藍で永琳を迎え撃つべく構えを取る。

 弾幕ごっこで済むのなら、藍が相手をしている内にメリーを遠くへと逃がす。場外乱闘がお望みなら、その時は私と藍で時間を稼げば良い。

 しかし、流石は月の頭脳。私の思惑通りにはいかせてくれない。

 

「悪いわね。対象を私に視認させた時点で――貴女たちの負けよ」

 

 秘術 『天文密葬法』――

 

「っ!? 藍!」

「はぁぁっ!」

 

 永琳の左手に出現した札が弾け、強制的に周囲の景色が塗り変えられていく。

 慌てて藍に声を掛けると、式神使いは即座に両袖より大量の札を出して相手の術に私たちが取り込まれるのを阻む結界を構築する。

 

「ちぃ――っ!」

 

 しかし、藍の抵抗は永琳にとって想定の範囲内でしかなかったのだろう。結界を発動させた藍が舌打ちする間に、世界の歪曲が私たちを一瞬で飲み込んでしまう。

 巨大な月の浮かぶ永遠に続く通路の上に立つのは、私と、橙と、メリーのみ。

 相手の狙いは、メリーただ一人だけ。恐らくだが、永琳は藍が防御するのを見越し彼女と彼女の発動させた術だけを無視出来るよう予めスペルカードを改良していたのだ。

 

「こ、ここ、何処ですか?」

「そこに居る薬師が発動させた術の中よ。やられたわ」

「流石は、大妖怪の従者といったところかしら。その娘以外は全員退場させるつもりだったのに、土壇場で術に割り込みを入れられてしまったわ」

 

 混乱するメリーに説明する私の前で、折れた右腕を反対の手でごきっ、めぎっ、と鈍い音を立てて強引に元の形へと戻しながら、油断なく私たちを見据える永琳。

 

「余り時間を掛ければすぐにでもこの空間へ干渉して来るでしょうし、手早く終わらせましょうか」

「橙! 時間を稼いで!」

「お任せ下さい!」

 

 再び右手に和弓を出現させた幻想郷最強の一角へ、無茶を頼んだ妖猫が疾駆する。

 

「一手、ご指南願います!」

 

 鬼符 『青鬼赤鬼』――

 

 札から溢れる粒子が、二体の小鬼を生み出す。出現した二鬼は左右へ展開し、主人である橙を含めて三方から弾幕を叩き込む。

 光弾が交差する光景を眺めながら、私は背後に守るメリーへと語り掛ける。

 

「メリー、そのまま聞きなさい」

「は、はい」

「私や橙では、あの女性に万が一にも勝ち目はないわ。そして、私たちの敗北はそのまま貴女の死に繋がる」

「う、うぅ……」

 

 明確な死など無縁に近い生活をしていただろう彼女には、刺激の強過ぎる話だ。

 だからこそ、彼女を追い込む為にも今の状況がいかに絶望的かを解からせなければならない。

 

「だから、これから貴女を元の世界へ帰すわ」

「え!? ど、どうやってですか?」

「かなり強引な手段になるわ。貴女は、ただ強く思い浮かべていなさい。帰るべき場所と、会いたいと願う大切な人を」

 

 記憶を失っていても、彼女の根幹にその二つは絶対に残っているはずだ。

 橙も限界が近い。もう、他の手立てを考えている時間はない。

 

「これを」

「え……」

「お土産よ。お守り代わりにでもしてちょうだい」

 

 出会って間もない間柄だが、それでも私とメリーは確かに出会ったのだ。

 別れの選別として、上海や蓬莱と同系統である手の平サイズの人形を手渡す。

 ここから先は、完全な賭けだ。それなりに勝算はあるが、だからといって絶対に成功するとも言い難い。

 

「闇よりもなお昏きもの、夜よりもなお深きもの――混沌の海にたゆたいし、金色なりし闇の王――」

 

 深く、静かに、体内の魔力を練り上げ両手へと収束させていく。

 わざと解釈を間違えた不完全な詠唱にて行う、究極呪文。こちらであれば、今の私でもぎりぎり制御が可能だ。

 

「我ここに汝に願う――我ここに汝に誓う――」

 

 願うのは、破滅。

 世界の底に流れる混沌の海に手を伸ばし、「彼女」の一部を借り受ける。

 

「我が前に立ち塞がりし、すべての愚かなるものに、我と汝が力もて等しく滅びを与えんことを――」

「っ――撃たせないわよ」

 

 繰り出そうとする呪文の危険度を察知してか、永琳が番えた七つの矢を私へと放つ。

 

「にゃアァぁぁぁぁぁァァぁっ!」

 

 私と永琳の間へと強引に身体を滑り込ませたボロボロの橙と二匹の鬼が、七つの軌跡のことごとくを弾く。

 

 『天網蜘網捕蝶の法』――

 

 橙の動きが止まった瞬間、薬師の手からスペルカードが弾けた。埋め尽くされる銀線が、私たち全員を無慈悲に捉える。

 

「終わりよ」

「――させんよ!」

 

 式の式が稼いだ時間は、無駄ではなかった。三つのスキマが開くと同時に、空間を越えた九尾の札が私やメリーたちを覆い強靭な結界を構築する。

 極光が弾けたのは、正にその直後だった。

 

 藍しゃま素敵! 抱いて!

 

 だが、感動している暇はない。

 今度こそ、永琳の攻撃は私たちに届かず完全に防がれている。

 橙と藍が二人で作ってくれたこの時間で、私の呪文が完成した。

 

 受け取れ、永琳!

 月見の時のお返しだぁ!

 

「「重破斬(ギガ・スレイブ)」!」

 

 放つのは、永琳本人ではなくこの閉鎖された空間そのもの。誰にも当たらないよう、斜め上に照準を定め虚無の閃光を発動させる。

 ただ、術を砕くだけでは意味がない。爆発にも似た勢いで崩壊させ、その反動を持ってメリーを元の世界へと強引に弾き飛ばす。

 何故なら、永琳の生み出したこの通路は、外の世界からも幻想郷からも薄皮一枚隔てた別世。それは、その他の世界とも僅かだけ近づいている事を意味しているからだ。

 自覚していないと言えど、メリーの「界」を渡る適正は他の者より断然上のはず。

 彼女に帰る場所があるならば、それを彼女が思い浮かべられるならば――その願いは、確実に届くはずだ。

 後の問題は、私と橙と――多分藍も空間の破裂に巻き込まれるので、何処に吹っ飛ばされるか解からない点だろうか。

 私たちは幻想郷に長く住んでいるのだから、飛ばされる先も幻想郷の何処かであるはずなのだが。

 

 藍、橙、私の責任だ。

 だが、私は謝らない!

 ――嘘ですすみませんごめんなさい申し訳ありません。

 

 心の中で二人にジャンピング土下座をかましながら、私は永琳の生み出した極光に負けぬ光の奔流に飲まれていった。

 

 

 

 

 

 

「まったく、ほとんど賭けだったでしょうに――無茶苦茶ね」

 

 迷いの竹林の一角。

 アリスの魔法を防御する事が不可能だと判断した永琳は、術の崩壊が起こる直前に自分の飛ばされる座標を大まかにでも設定する事に成功していた。

 あの場に居た他の者は、この場には居ない。

 

「これで、店子の義理は果たせたかしらね」

 

 誰にともなく呟きながら、袖口から取り出した増血剤である丸薬を口に含み流血を続ける右腕に淡く光る左手を当てて、本格的な治療を開始する。

 永琳がメリーを襲った理由に、嘘はない。だが、今回月の薬師が動いた本当の理由は、とある人物から襲撃を依頼されたからだ。

 依頼主の名は、八雲紫。十分な報酬と知的好奇心もあり、永琳は大妖怪からの依頼を受けた。

 

「あの妖怪が自分で生み出した、予備の一つ程度と想定していたのだけれど――さて、どうしたものかしら」

 

 無限に広がる大空の下、果てまで続く荒涼とした大地に咲く一輪の花――

 その花以外には何もなく、ただ滅びを待つだけに思える小さな存在。

 可憐で儚く――それは、見る者に感動すら与えるほどの健気な光景に映るだろう。

 しかし、いずれ誰もが気付くのだ。その姿の裏に潜む、何にも勝るおぞましさに。

 存在するはずがないものが、存在してはいけないはずのものが、確かにそこにあるという矛盾に――

 

「認めましょう、八雲紫。()()()()もまた、「永遠」に届き得ると」

 

 例え、空の青がなかろうと――

 例え、大地の赤がなかろうと――

 例え、幻想の全てがことごとく失われたとしても――

 例え、異なる世界であったとしても――

 必ずそこに、()の花は咲く。

 例外など、存在するはずがない。

 何故ならそこには、()()()があるのだから。

 人と人、人と物、物と物――どれだけ整然と敷き詰められていたとしても、その間に出来た空白を埋める手立てはない。

 そして、人々の心のスキマより未知が生じ、恐怖が芽生え――数多の間隙の中、新たな「幻想」となる存在が生まれいずる。

 どこまでもおぞましく、どこまでも救いのない。万物の流転の中、ただ当然として存在し続ける絶対の概念。

 救いではなく、ましてや呪いですらなく――それは、ある種の未練に近いのかもしれない。

 不可侵でありながら、同時に自身だけでは絶対に存在出来ない――誰かに、何かに縋らなければ存在する事が出来ない、境界という名の残り続ける残滓。

 

「姫様と妹紅のように、私にもようやく対等な喧嘩相手が出来たと喜んでおきましょうか」

 

 殺そうと、封印しようと、全てが無意味だ。

 紫というスキマを滅したところで、別のスキマから新たな存在が生まれるだけ。スキマがある限り、彼女たちは何度でも生まれ続けるのだから。

 

「せいぜい、表面上だけでも仲良くやりたいものね」

 

 月の薬師から溜息と共に漏れた言葉は、紛れもない本心からの一言だった。

 

 

 

 

 

 

 こぽこぽと小気味に良い音を立て、湯飲みへと渋みのある深緑の液体が注がれていく。

 星とナズーリンはかつての同胞たちと合流した後、毘沙門天のお目付け役の能力である「探し物を探し当てる程度の能力」を使い早々に幻想郷での拠点を確保していた。

 人里からほど良く離れた平原にぽつりと建っていたボロボロの屋敷が、今の彼らの寝床となっている。

 実は、幻想郷にはこうした建物があちこちに点在している。

 幻想郷の人間や妖怪が建てたわけではなく、妖怪や神などと同じように、外の世界で忘れ去られ幻想となった存在が流れ着くのだ。

 中には、流れ着いた影響で妖怪化している建物などもあったりするが、少なくとも星たちが住み始めたこの屋敷はまだそこまでの業を溜めてはいない。

 

「どうぞ」

「ありがと」

「執着を捨てよ――私たちは、この聖への想いを断ち切るべきなのでしょうね……」

 

 数少ない、利用出来るように補修可能だった部屋の一つで痛んだ長方形の机を挟み、湯飲みを渡した星が一輪へと語り掛けた。

 聖は、全てを納得して魔界へと落とされた。強引な手段を用いた封印からの解放など、決して望んではいないはずだ。

 師の想いを無視してでも、事を成す。星たちが抱く聖への想いは、言ってしまえば我欲による執着でしかない。

 それは煩悩とも呼ばれ、仏道では払うべき邪念に該当する。

 

「そうね。それが正しい選択肢であり、聖が私たちに望んでいる事は間違いないわね」

 

 妖怪も人間も関係なく、ただ幸福に――

 自分がその願いの邪魔となるならば、聖は喜んで自分を犠牲にする。そうした結果が、あの思い出したくもない過去の悲劇だ。

 彼女を忘れる事が、結果として自分たちの幸福に繋がる正道であるのは間違いない。

 

「でも――私は嫌よ。そんなの」

「勿論、私だって嫌です」

 

 ただ、そんな小利口な理屈で納得出来るのならば、こんな人外魔境に集いはしない。

 聖は必ず助け出す。

 その願いに賛同しない者は、一人としてこの場には居ない。

 

「私は、皆と共に聖を救いたい。この想いが間違いであるのならば、私は間違ったままで良いのだと考えます」

「良いの? 毘沙門天の代理さん」

「えぇ、問題ありません。何故なら私は未熟者であり、未だ修行中の身ですから」

 

 片手で自分の胸に手を当て、何処か誇らしげに情けない事を宣言する星。

 

「それに、私は聖が好きです」

「何よ突然。私だって大好きよ」

「えぇ。村紗も、雲山も、きっとナズーリンも、想いは同じでしょう。だからこそ、それで良いのだと私は考えます」

「どういう事よ」

「つまりは、愛情ですよ。愛情」

「貴女――そういう臭い台詞をサラリと吐くところ、変わっていないわね」

「そうですか?」

「えぇ、そうよ」

 

 愛などという小恥ずかしい言葉を、なんの気後れもなく堂々と言い切ってしまう旧友の姿に何かを思い出したのか、一輪は懐かしそうに目を細めて星と笑い合う。

 

「さて、もうそろそろ飛倉の修復が完了します。情報収集に回っている、ナズーリンと村紗を呼び戻す準備を始めて下さい」

「えぇ、解かったわ」

 

 飛倉とは、その名の通り空を飛ぶ倉だ。

 聖白蓮の弟である高僧、命蓮の法力が込められており、一輪たちと共に封印された聖輦船は実はこの倉を変形させる事で作り出された代物だったりする。

 過去から現在に至る過程で長く封印されていた事もあり、飛倉は各部の破損も然る事ながら内包する法力の減少も著しい状況だった。

 その為、今は邪魔にならないよう小さな木箱の形に変形させた上で、星が宝塔を使い法力を供給する事で自力の回復に務めさせていた。

 星が一輪と茶を飲んでいたのは、その作業の休憩がてらに立ち寄ったからだ。

 ギシギシと悲鳴を上げる板張りの床を渡り、飛倉と宝塔を置いた部屋へと移動する星。

 辿り着いた彼女の目に、この屋敷には居ないはずの第三者の後ろ姿が映る。

 

「貴女は――っ。お止めなさい!」

「っ!?」

 

 宝塔は、強力な法力が込められた秘宝。並の妖怪では、触れただけで消滅してしまうほどの危険な仏具だ。

 星が、光り輝く宝塔に手を伸ばそうとしていた妖怪の少女に静止の声を掛けたのは、単にその身を心配しての事だった。

 しかし、背後から掛けられた大声に驚いた謎の少女は、咄嗟に宝塔を手に掴むとそのまま木箱となった飛倉をその秘宝によって殴り壊してしまう。

 

「な、なんという事を……っ!」

 

 宝塔の強奪と、飛倉の破壊。

 突然の事態に反応出来ない星を置き去りにして、更には大玉の弾幕によって部屋の天井を貫いた妖怪はそのまま宝塔と破片となった飛倉の一部を掴み、一目散に上空へと逃走を図る。

 

「待ちなさい!」

「――っ!?」

 

 怒りに燃える毘沙門天の代理が、高速で飛翔を開始する。

 迫る追っ手に妖怪の少女が取った行動は、持っていた宝塔と飛倉の破片を力任せに適当な場所へと投げ捨てる事だった。

 

「な!?」

 

 今の星の目的は、宝塔と飛倉の奪還。目当ての物を投げ捨てられれば、当然事を成した少女に構っている暇はなくなる。

 慌てて星が飛倉の破片の一つを掴み取ろうとしたその時、最悪のタイミングで追加の厄介事が文字通り飛び込んで来る。

 何もなかったはずの上空へと、突然一人の少女が出現し高速で星の元へと落下して来たのだ。

 

「うぐぅっ」

 

 咄嗟にその少女を受け止めるものの、勢いに押されて動きを止まってしまった結果、その場には謎の少女に逃げられた挙句宝塔と飛倉の一部をばら撒かれ紛失してしまったという、最悪の結果だけが残されていた。

 

「何故、このような事に……」

 

 逃げた少女が、何故宝塔や飛倉に触れる事が出来たのか。

 何故、自分たちの目的の邪魔をしたのか。

 何も理解出来ずにうなだれる星の腕の中で、魔力と生命力の枯渇により金から銀へと髪色を変えた人形遣いが、気絶したまま浅い呼吸を繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

「執着を捨てよ――私たちは、この聖への想いを断ち切るべきなのでしょうね……」

 

 今、アイツなんて言った……?

 

 聞き間違いであって欲しいと願う私の傍で、側近気取りの入道使いがマヌケの虎もどきの言葉に頷く。

 

「そうね。それが正しい選択肢であり、聖が私たちに望んでいる事は間違いないわね」

 

 なんで……なんで……っ!

 

 地上へ出た私が、ふらふらと適当に飛んでいて辿り着いた廃屋敷。

 そこで懐かしい面子を見つけはしたものの、声を掛けるのにためらいを覚え隠れながら二人の会話を盗み聞きしていた私は、その内容に愕然としてしまう。

 星は、聖の一番弟子のはずだ。

 一輪は、聖の一番の側近のはずだ。

 なのに、二人は聖を捨てるという。もう、要らないから忘れようと語っているのだ。

 信じられない。信じたくない。

 裏切られた気分だった。

 この長い年月の中で、二人に何があったのかは知らない。

 それでも、聖を大事に想うこの気持ちだけは皆がずっと持っているのだと思っていたのに。

 その場から逃げるように立ち去った私は、気付けば宝塔と小さな木箱となった飛倉が置かれた部屋に辿り着いていた。

 黒いもやが掛かったように、二人への怒りと憎しみが込み上げて来る。二人の大事にしている宝を踏みにじれと、私の心がそうささやいて来る。

 宝塔という仏具は妖怪にとって灼熱に勝る猛毒だ。最悪、木っ端妖怪であれば触れただけで消滅する危険すらあるほどの法力が込められている。

 しかし、私には宝塔に触れる資格があった。

 それは、ただ私が高位の妖怪であるというだけではない。

 私は、宝塔の所有者からその法具の所持を許されているからだ。毘沙門天の代理である星がその承諾を取り消さない限り、何百年経とうと私はなんの不利益なく宝塔に触れる事が出来る。

 例え袂を分かったとしても、何時いつまでも仲間であるという証明――その証が、悲劇を生む。

 

「貴女は――っ。お止めなさい!」

「っ!?」

 

 背後からの星の静止こそが、引き金となった。

 突然現れたかつての仲間に驚き、私は何も考えられぬまま咄嗟にその宝を手に勢いに任せて飛倉を打ち壊していた。

 

「な、なんという事を……っ!」

「あ……あぁ……っ」

 

 何時かと同じだ。私は、仕出かした事の大きさに怯え屋根をぶち破り逃走を図る。

 その際、追跡を防止する為に砕けた木片たちへと「正体不明の種」を植え付け各地へ散らばるよう命令を下す。

 飛倉は、聖輦船の要にして本体そのもの。遠く四方へ散ったとなれば探して拾い集めなければならず、それは狼藉者の討伐以上に重要な作業となるからだ。

 逃げる事、隠れる事、誤魔化す事――悪戯を得意とするだけに、そういった手段を無意識に行えてしまう私の姑息さが、更に不幸を加速させる。

 

「なんで……なんで……っ」

 

 星は、もう追っては来なかった。

 仲間だったのに。友達だったのに。

 騙された。裏切られた。

 

「――なんで私、こんな事しちゃったのよぉっ」

 

 それでも、私がかつての仲間に非道を働いた事に変わりはないのだ。

 二人には、深い事情があったのかもしれない。

 もしかすると、本当は私の勘違いだったのかもしれない。

 それなのに、私は真実を確かめる(すべ)を自分自身で放り捨ててしまったのだ。

 幾ら後悔しようと、どれだけの罪悪感に苛まれようと、起こってしまった事実はもう揺るがない。

 

「うぅ……うぐぅ……」

『あっれぇ、おっかしいなぁ。お互いの雰囲気的に、感動の再会になると思ったんだけど――まぁ、いっか』

 

 両手で顔をおおい、涙を流して呻く私の耳元に何処か聞いた事のあるような誰かの声が聞こえた気がした。

 




なお、私の中でのぬえっちょはポンコツ可愛い勘違い系美少女。
次話はメリー回の解決編――に、なると良いなぁ(遠い目)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。