なんで、休日が終わりそうなんだ……
撮り溜めたアニメと、デイリークエストがあるゲームと、毎日楽しいニコ動が私を待っていたのに……
「「
「ア、アリアリさんっ」
「ごめんなさい」
一度離したのにまた私の傍へと戻って来てしまったリリーを、風の結界で包んで可能な限り遠くへと送り出す。
藍の目的は私の殺害ではなく、徹底的に敗北感を味あわせる事で心を折り、完全に屈服させる事。
「一つだけ答えて――本気なのね?」
恐らく藍は、自分の首すら懸けて主の敷いた掟を犯す気だ。私のような小物を相手に、そんな価値などどこにもないだろうに。
「生憎、伊達や酔狂で貴様の遊び相手をしてやれるほど暇ではないのでな」
冷淡に、だからこそ嘘偽りなく、八雲の従者は私に答える。
「力持つ者は、常にそれを示さねばならん。どれだけ詭弁を重ねようと、その摂理からは逃れられん」
正に今、この時がそうだ。どれだけ私が争いを否定しようと、藍が仕掛けて来るのならば応戦するしかない。
狼に襲われた兎が、相手の牙や爪を卑怯だと抗議した所でそれが一体なんになるのか。襲った雄牛に反撃され、その角で臓腑を抉られ命を落とす虎を一体誰が涙すると言うのか。
真に闘争を回避したければ、最低でも「襲うのは割に合わない」と相手を引かせるだけの存在である必要があるのだ。
奪い、奪われる者たちの泣き言など、この世のどこにも届きはしない。
「弱者は食われ、強者が食う――貴様の持つ知識もまた、例外ではない」
今なら解る。世界を革変させるほどの情報を受け取った「ささやかれた者」たちが、あの物語の中で一体どんな存在だったのか。
実際、私に悪意があり手段を選ばなければ幽々子を消滅させる事は容易いのだ。私の意志が問題ではなく、その情報を知っているというそれ自体が危険と直結している。
私の持つ「原作」という特異な知識は、言わば巨大な鉱山に近い。どれだけの鉱石が掘り出せるか、どれほどの価値を生み出すか、まるで解らないほどに莫大な富を生む金脈。
持っている本人でさえ、その価値を漠然とした形でしか理解しきれないのだ。一握りの屑鉄を見せて、「これが全てだ」等と語ったところで誰も信じはしないだろう。
脅し、人質、拷問、洗脳――幻想郷というこの地に、外の世界よりもより確実に私を操れる魔法や妖術といった素敵な手段も多数存在している事を考えるならば、藍が未知である私に抱く不安と危機感も痛いほどに理解出来る。
「貴様は、吸血鬼との異変でその力を示した。これから先、その事実は貴様を必ず戦場へと駆り立てるだろう」
やめて! そんな物騒な予言しないで!
私は皆と仲良くなって、この土地で平和に暮らしたいだけなの!
少年雑誌系のハチャメチャバトル路線じゃなくて、四コマ雑誌系のゆるふわ日常路線でいきたいの!
バトルジャンキーでもあるまいし、好きこのんで争いに身を投じるなど絶対にごめんだ。
「弱者であると認めるのならば、私が私のやり方で貴様を守ってやる――」
藍としても、自身で作り上げたこの状況はある種の慈悲なのだろう。本来であれば問答無用で私の自由を奪うべき彼女が、わざわざこんな回りくどい手段と口上で特大の火薬庫である私に納得するだけの時間をくれようとしている。
「それを否定したくば、その証を私に示せ! 降り掛かる私という火の粉を、貴様の手でとくと払い除けてみせよ!」
今この場で必要なのは、争いは無益だなどと偉そうに否定するようなお利口な理性ではなく、迫り来る外敵を全力で排除する事だけに精神を燃やす滾り狂うほどの本能。
仕掛け人である彼女もまた、心の底からそれを望んでいる。
自由が欲しくば力を示せと、悪しき心の者に利用されぬと言い切れるだけの意思を示せと――幻想郷の守護者が私に問うているのだ。
よかろう、ならば戦争だぁっ!
「「
「が、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!」
開幕先手は、魔法使いの専売特許だ。精神を焼く蒼の円環が九尾を包み、上空へ向けて一気に吹き上がる。
「くふぅ……っ。中々、だなっ」
中々ですか、そうですか……一応それぇ、私の最強呪文の一つなんですよぉ。え、えへへ。
「「
もうすでに絶望しかない出だしだが、構わず私は人形たちの持つ装備に強化呪文を付与していく。
「今度は数か――ならばこちらは、質でお相手してやろう!」
式神 『前鬼後鬼の守護』――
袖口から溢れる大量の札が輪郭を持ち、巨大な図体を持つ一角と二角の鬼へと変わる。
数の有利はこちらだ。武器を持つ六体の人形が殺到し、紙片の肌へと手に持つ刃を叩き込む。
一角鬼からの反撃の拳を一体の大盾で防がせた瞬間、私は自分の見込みの甘さを痛感させられる事となった。
獣の爪や牙程度では傷一つ付かない金属の盾が一気にひしゃげ、衝撃が貫通し粉々になった全ての部品が残骸となって吹き飛ばされたのだ。
擬似体とはいえ鬼は鬼。文字通り、私の人形たちとは自力の桁が違う。
上海サイズの防御で耐えられないなら、もっとでかいのを呼び出す!
ゴリアテエェェェッ! カムヒアァァァッ!
「――来なさい、ゴリアテッ!」
結界の空へと散ったセザンヌに黙祷を捧げ、開かれる門は三つ。呼び出す人形は三体。
ギジギシと機械の駆動音を立て、見上げるほどの巨体を持つ私の新しい愛娘たちが起立する。
しかし、彼女たちは全員が完成とはほど遠い。
近接特化型の一号機には頭部と左腕がなく、射撃特化型の二号機は上半身のみで砲身は一つきり――防御特化型にする予定の三号機に至っては骨組みだけであり、メダルロボッツゲームでいう丸裸のティンペット状態という有り様だ。
始める前から満身創痍――それでも私は、この娘たちに命を吹き込む為にたった一人で図面を敷き、部品を揃え、組み立てを続けて来た。
現段階での作製期間は、二年と五ヶ月。にとりと早期に知り合えた事で施工速度は格段に上がったが――流石にこの勝負まででは時間が足りなかった。
半端で足りないこの娘たちこそが、今の私が出し得る最高戦力。
「「
次に唱えるのは、
足下から湧き出す石や岩が、彼女たちの欠けた身体を補填していく。任意の造形を可能とする、実に人形師好みのする呪文だ。
「完成には程遠い人形を繰り出し、足りぬ部分を魔法で補う――良いぞ、実にみっともない足掻き方だ」
お褒めに預かり、光栄だよ!
「皆、正面の鬼に攻撃開始!」
生み出した
二号機の放つ特大の魔力砲弾が一角を後方へ弾き、鬼よりも更に巨大な一号機の持つ両刃の大剣と二角の怪物が繰り出す豪腕が重なり合う。
流石に体格が二回りは違うので、重量的にはこちらが完全に有利なはずなのだが――それでも大気を振るわせる轟音と激震が響き、押し負けた大剣が後方へと大きく弾かれてしまう。
これでもダメかっ。
藍しゃまよ……ちょっとは手加減しておくれなんし!
式神を幾ら相手にしても埒が明かない。私の人形たちと同じで、術者本人を叩くのがベストだ。
「ぬるいな!」
別口で藍へと仕掛けた人形三体に対し、導師服の右袖から溢れるのは札ではなく大量の穴開き銭。集いこぼれる硬貨の群れが、藍の気により形をなし肩幅ほどの中華風の剣と化す。
銭剣!
すげぇ! 渋い! 恰好良い!
ただの小銭の塊であろう藍の生み出した妖刀が、私の人形をことごとく切り伏せていく。剣術まで完璧とは、もう嫌味すら吐けず脱帽するしかない。
「「
「はぁぁっ!」
苦し紛れにもう一度唱えた最強呪文は、足下に円環が出現した瞬間裂帛の気合と共に手の平一つでその放出を強引に押さえ込まれ、挙句そのまま上へと昇る事なく消滅させられてしまう。
はぁっ!? 呪文が発動してるのに、効果が発揮される直前で叩き潰した!?
「威力は十分だが、式の構成が甘過ぎる。次は――
冗談やはったりではない。次に「
「
手札を晒せば晒すほど、私は着実に追い詰められていく。
おいおいおいおい……っ。
流石にそれは、無理ゲー過ぎるでしょうよっ!
それ、きっと転生チートでしょ? 私のシマじゃノーカンだから。
だから――誰か助けてぇぇぇっ!
藍はまだこちらに仕掛けてさえ来ていないというのに、余りに一方的な展開だ。
正に最強。これが強者の本気。私のくだらない心算など、一笑に伏す本物の実力者。
一時でも八雲の従者と競おうなどと、どうして愚かにも考えてしまったのか。
「まだだ、まだまだ足りないさ。もっと私を楽しませるが良い。なぁ、アリス・マーガトロイドよ」
ふざけんな! 趣旨変わってんじゃねぇか!
なんだよ、その「盛り上がって参りました」みたいな笑みはっ!
ドSっ! このドS狐めっ!
時間が、私の弱さと相手の強さが――徐々に私を追い詰めていく。
何時もは変わらない私の表情も、流石にこの窮地には冷や汗を流して頬を引きつらせていると思いたかった。
◇
橙との弾幕ごっこに勝利した魔理沙は、敗者である彼女に導かれて厚く重なっていた雲の上へと抜けていた。
「こりゃあ凄いな。これで地面と酒があれば、ここで花見が出来るんだけどなぁ」
月の明りに、夜桜の吹雪。地上とは打って変わって空を彩る景色に見惚れながら、魔理沙は笑顔で星を仰ぐ。
「で、冥界だっけ? そこに、今回の異変の親玉が居るのか?」
「うん。西行寺幽々子様は、冥界の管理者をされているの。きっと、白玉楼で貴女みたいな人たちがやって来るのを待ってると思う」
「お偉いさんにとっちゃ、季節を一つなくす異変も道楽気分かよ」
「あはは……」
魔理沙の悪態は正しく、主謀者の普段を知る橙は返す言葉もないと苦笑するだけだ。
「――ねぇ、聞いて良い?」
「ん? なんだ?」
「なんで、貴女は異変に関わろうとするの?」
命名決闘法が制定され危険度は下がっても、異変の本質は変わらない。暴れ、遊び、戯れる――祭りの最中は、どの人外たちもたがが外れ易くなる。
妖猫にとってはただの事故で終わるような不運も、この魔法使いにとってはそのまま死に繋がってしまうかもしれない。
橙は不安なのだ。自分を負かすほどに輝くこの少女が、そんな無意味で下らない偶然や悪意によってその生を終えてしまう可能性が。
例え、この魔法使いがそういう性分でなければこうして橙とは出会わず、そしてこれほどの美しさと強さは得ていなかっただろうという矛盾を孕んでいたとしてもだ。
「スペル・カードルールが敷かれたとはいえ、従わない妖怪が居ないわけじゃない。冥界は死者の国だから、それこそ人間の貴女にとっては自分から死に近づいてるようなものだし。なのに、なんで――」
「――なぁ、お前は今の博麗の巫女に会った事あるか?」
「霊夢? うん、あるよ――あ、違った。えと、
「なんだそれ? まぁ、良いや」
白黒の少女は橙の良く解らない答えに眉をひそめ、どうでも良いかと視線をどこか遠くへと移した。
その先には、きっとこれから語る者の背が映っているのだろう。魔理沙は箒から片手を離し、天上で輝く星の一つへと伸ばす。
「アイツに会った瞬間、普通に敵わないと思ったよ。あぁ、コイツは特別で、私は凡人で、それまでなんだろうって」
「……」
「気に入らなかったね。他でもない、アイツを見た瞬間負け犬根性が出て来た私自身が」
周囲に響くほどに、強い歯軋りが鳴る。前を進む橙には見えないが、もしかすると口の中を切ったかもしれない。
それほどまでに、奥歯が割れたのかと錯覚するほどの強い音だ。
「あぁそうさ、私は見栄っ張りで弱っちいだけの人間さ。それぐらい、最初っから全部解ってるんだ――」
才能という点で見るならば、霊夢の素質は異常の一言だろう。
同年代は当然として、過去の歴史を紐解いたとしても彼女ほど巫女としての素養に溢れた逸材が居たかどうかは疑問を覚える。
「お前やあのアリスって魔法使いにも、弾幕ごっこのルールを無視した本気の勝負じゃ敵わないかもしれないって事も――ちゃんと感じてるし、解ってもいるんだよ」
単身で、幻想郷に巣食うそんな数多の人外たちにとっての抑止となり得る。彼女が博麗の巫女という額面を持つからではなく、単純にその実力を恐れられるが故に。
博麗霊夢という少女は、時代に一人生まれるかどうかの麒麟児なのだ。そんな存在と対等であれる者など、きっと彼女が人間として生きている内には現れない。
「でもさ――夢ってやつはさ、
空に伸ばしていた右の手の平が、しっかりと握りこまれる。
不安や恐怖を不敵さに変えて。憧れは、情熱と気迫に――
見据える先は、北斗の彼方――
「知ってるか? 霊夢ってさ、暇な時は神社で賽銭箱の横に座って境内を眺めるのが日課なんだよ。枯れてるにもほどがあるだろ」
その光景を思い出したのか、魔理沙の口から気の抜けた苦笑が漏れる。
それは、明らかに石段を上がってやって来る何かを待っているとしか思えない日課だった。
訪れるかもしれない。誰かが、何かが――そんな期待の込められた、淡く儚く気怠げな希望。
待っているのは、白黒の少女ではないのかもしれない。むしろ、それ以外である可能性の方が高い。
しかし、魔理沙にとっては別にそんな事はどうでも良かった。それを知ったからこそ彼女が自分と同じ人間なのだと理解し、そして今の目標が生まれたのだから。
人間は、一人では生きていけない。一人より二人で、二人より皆で――実家を勘当された少女でさえ、心配してくれる古道具屋の店主が居て、互いに打算であっても魔法の森に住む魔法使いたちとの交流があった。
しかし、幻想郷という世界一つを背負った少女の生活にはきっとそれすらなかったのだ。
「私がアイツに追いついて、そして追い抜いたその時に――見上げるアイツに手を差し出して、こう言ってやりたいのさ。「良し。寂しがり屋のお前が可愛そうだから、私が友達になってやるぜ」ってな」
友達を名乗るなら、その関係は対等でなければならない。一方的に与えられても、逆に与える側でも、きっとそれは友情とは呼べないから。
博麗神社という、営みの輪から外された場所に孤独を享受しながら暮らす少女の姿を見たその時から、それは普通の魔法使いが人生を賭してさえ叶えたいと願う大きな夢となっていた。
「って、何変な事語っちゃってるんだよ私……くそっ、忘れてくれ。きっと、この変な桜のせいだ」
夜の桜は狂気を誘い、人の心を惑わせる。雰囲気に酔った勢いで言葉を並べ今更恥ずかしくなったのか、真っ赤になった魔理沙が帽子を目深に降ろして顔を隠す。
「ふふっ、魔理沙って可愛いね――っ!? 止まってっ!」
先導役を務めながら魔理沙の話を聞き終えた橙が笑ったのもつかの間、警戒した声音で立ち止まり背後の魔理沙を庇うように両手を広げる。
「ま、また来た。これで三度目……死にたい……」
「また来たー!」
「来た来たー」
空中に出現している不可思議な亀裂の前を守護していたのは、楽器を片手に宙を浮く楽団のような三人の少女たちだ。
「また」という言葉が示すように彼女たちはすでに服も身体もボロボロの有り様であり、見ている方が心配になってしまいそうなほどだ。
「誰だ?」
「知らない。だけど、多分騒霊じゃないかな。彼女たちの出す音は人間には凄く有害だから、あんまり魔理沙は関わっちゃダメだよ」
喉を唸らせ、警戒をありありと滲ませる橙。しかし、そんな子猫の疑心などお構いなしに三姉妹はポーズを取り始める。
「ルナサ……」
「メルランッ!」
「リリカー」
黒帽子の少女と薄桃帽子の少女が片手を胸に当て、もう片方の手を前方へと優雅に差し出す。左右対称の構図となったその中央で、赤帽子の少女が中腰状態で手の平を上に向けそれを前後に差し出して歌舞伎役者のように見栄を切る。
「
「
「
位置を入れ替え、更にポーズを切り替える少女たち。
魔理沙と橙は知りようもないが、何気に霊夢に見せたものとは動作も口上も違う。恐らくだが、他にもまだまだバリエーションがあるのだろう。
「「「我ら、プリズムリバー三姉妹!」」」
「「か、格好良い……っ」」
三姉妹の背後で弾ける爆音と音符の群れを見て、知らず魔法使いと妖猫が高揚した気分のままに小さく拳を握っている。
どうやら、どこかの誰かが伝授したこの演出は観客たちのお眼鏡に適ったらしい。
「次の相手はコイツらか――」
「もう先に行ってる誰かが居るなら、急がなきゃ。ここは私がやるから、魔理沙はその隙にあの亀裂の先へ向かって――おいで、青鬼! 赤鬼!」
鬼符 『青鬼赤鬼』――
気を取り直して八卦炉を出そうとする魔理沙を制し、橙がスペルカードを発動させる。
札から現れたのは、その名の通り青と赤の色をした人魂のように揺らぐ光の塊だった。時折輪郭を崩すそれらは、橙ほどの背丈を持つ角と牙と爪のある人型の化け物となって橙の左右へと移り片膝を付く。
「敵?」
「戦?」
「うん、あの三人だよ。お願い」
「是」
「食、是?」
「それはダメ」
「「了」」
光る瞳で姉妹を見据える怪物たちは、短い受け答えの後示された対象へと飛翔し襲い掛かった。
「さっきの二回は三対一で、今度は三対四か……やってられないわね」
「だけど、ここで仕事を投げ出すようじゃあプロとして失格よ!」
「なんのプロだかー」
不満を漏らしながらも、赤と青の生み出す同色の弾幕へと三姉妹の放つ音符の弾幕がぶつかり合う。
「魔理沙、行って! 頑張ってね!」
「応っ! 助かるぜ!」
この場を受け持ってくれた橙に礼を言い、魔理沙は全速力で箒を走らせその脇を通り過ぎて行く。
「あ、こら待てっ!」
「追わせないよ!」
「うわっとっ」
魔理沙の動きに気付いて妨害しようとするメルランへと、横手から橙の弾幕が放たれ邪魔をする。
「魔理沙ならなれるよ、きっとなれる」
呟きながら、妖猫は笑顔だった。
箒から流れる魔力が夜空に粒子の糸を引き、花弁の嵐を駆け抜ける。それは正に、閃きを残して消える流れ星を彷彿とさせる光景だ。
人間の生み出す命という名の熱と光りは、時に燃え尽きてしまわぬようゆるやかに存在を保つ妖怪の心を焦がす。一瞬であるが故に、だからこそ強烈に。
「だってさ、霊夢も貴女も――とっても素敵な人間なんだものっ」
友達を応援するのは、当たり前の事だ。
普通の魔法使いと式の式である妖猫の関係は、本人たちも気付かない間にもう「友」を名乗れるほどの間柄となっていた。
◇
無限に続くように上へと伸びる階段の中ほどで、腰と背に刀をはべらせる剣士が佇んでいた。
「お待ちしておりました。私は此度の異変を望まれた白玉楼が主、西行寺幽々子様の剣術指南を務めます、魂魄妖夢と申します」
「また、面倒臭そうなのが出たわね」
結界の崩れた場所から冥界へと入り、それからしばし。この世界のどこからでも見えそうなほど巨大な桜を目印に進んでいた霊夢が、札を取り出しながらうんざりと溜息を吐く。
この手の真面目そうな輩は、自分の敗北を受け入れられずしつこく付きまとわれる可能性があるからだ。
そんな反抗心さえ起こらなくなるほど叩きのめしても良いが、それはそれで時間が掛かるので面倒な事に変わりはない。
「――あら、存外早く追いつけたわね」
「むっ」
二人だけだった空間に突如としてもう一人の姿が出現し、妖夢と名乗った少女が腰の刀に手を添えて警戒を表す。現れた少女は、何時ものメイド服に赤いマフラーとなんだか良く解らない謎の球体を二つ加えた十六夜咲夜だ。
「吸血鬼ん所の女中じゃない。暇なの?」
「えぇ、そうね。貴女の手助けをしてあげられるくらいには」
「ふーん。ま、手を貸してくれるならそれで良いわ」
能力を使えば素通り出来ただろうに、どういう腹積もりかは解らないが霊夢の援護をしたいらしい。
「ふざけるなっ、私が通すと――くぅっ!?」
「行ってらっしゃい」
「はいはい」
投擲した数本のナイフを牽制に、自身もナイフ構え妖夢と肉薄する咲夜。引き抜かれた腰の刀とナイフの刃が鍔迫り合いを起こし、そんな光景を無視して霊夢が先へと進んで行く。
「このぉっ――くっ、待てっ!」
「行かせないわよ、お嬢さん」
力任せに刀を振り切って咲夜を弾き、振り向いた妖夢の前に立っていたのは背後に居たはずの白髪のメイド。
「錯覚か移動系の能力者、ですか――良いでしょう。あの巫女を追うのは、貴女に勝利した後でも十分間に合います」
「――気を付けた方が良いわよ、それ」
背中の刀も抜き放ち、二刀を構える少女へと咲夜が眉を寄せてそんな事を言い出す。
「なんの話です?」
「アリス・マーガトロイドという魔法使いに会う機会があれば、注意しなさい。貴女、今の態度のままだときっともの凄く気に入られるわ」
「訳が解りません。時間稼ぎのつもりですか」
「まぁ、覚えておくかどうかは好きにしてちょうだい」
こちらも足首に巻いたベルトから幾つものナイフを引き抜き構えながら、本人に出会わなければ解らないだろう忠告を止める。
容姿端麗であり、真面目で堅物で世間を知らない非常に着せ替え甲斐のありそうな少女。密かに――というか、大手を振るってメイド妖精らとも頻繁に接しているあの魔女の趣味を知るメイド長には、目の前の少女が彼女の好物をこれでもかと乗せた哀れなご馳走にしか見えなかった。
「お嬢様が望まれたのは、それなりの戦果――元凶が居るであろうあの屋敷の手前に立つ貴女は、主謀者とそれなりに近しい立場なのでしょう? 巫女に助力し貴女を討ち取れば、それは戦果として「それなり」だと思わないかしら?」
「思い上がるな! 人間!」
己の勝利を前程とする咲夜へ、妖夢は怒りと否定を込めた大声を上げて六枚のスペルカードを生み出す。
「博麗の巫女ならいざ知らず、貴女のようなただの人間に私が遅れを取る道理などなありはしない!」
「ただの人間? そんな事も解らないのね。普通の人間は、こんな
咲夜も同数のスペルカードを掲げ、次いで手の平を優雅に回転させてまた開けば、カードの束は一瞬で美しい装飾の掘り込まれた銀の懐中時計へと変化する。
「貴女の時間も、私のもの――踊りましょうか、
「魂魄妖夢、いざ参る! 妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど――少ししかない!」
激発する弾幕とナイフが交錯し、「春」の蔓延する冥界の空で色取り取りの大輪が開く。
二人の従者が開始した勝負は、次第に弾幕の派手さと激しさと増しながら互いの動きを加速していく。
観客が居れば花見と合わせて素晴らしい肴となるだろう花火の群れは、何時果てる事なく続いていった。
◇
階段を上へ上へと飛翔していたはずの霊夢は、何時の間にかまったく別の空間へと辿り着いていた。否、
黒とギョロついた無数の目だけが一面をおおう、如何にも妖しげで恐ろしい空間。
そんな上も下も解らなくなった場所で巫女が相対するのは、この空間を作り出した術者なのだろう輪を掛けて胡散臭い空気を振り撒く絶世の美女だった。
赤いリボンを巻いた白い帽子に、紫色をしたゴシックな長袖のドレス。月光のように揺らめく長い金髪は、毛先を幾つかのリボンでまとめられている。
「
「……
語らずとも雰囲気だけで大妖と解る風格をまとい、巫女を見下ろしながら口元を三日月に歪める妖怪。対する霊夢は、付き合いきれないとばかりに挨拶の言葉を吐き捨てる。
「ぶっ飛ばされてからそこをどくか、どいてからぶっ飛ばされるか。好きな方を選びなさい」
ここに来て、霊夢の苛立ちは最高潮にまで達していた。限界まで眉が寄り、一目で不機嫌と解る剣呑な雰囲気が顔中どころか身体中から立ち昇っているようだ。
「あらあら、野蛮ですわねぇ。年頃の女の子は、もっとお淑やかでないといけませんわよ?」
「イラ付く奴ね、気に入らないわ」
「妖怪ですもの」
扇子を広げ、口元を隠す紫と名乗った妖怪はそんな霊夢の眼力を受けながら含み笑いさえ浮かべている。
「霊夢、勝負をしましょう」
「そうね、勝負をしましょう。紫」
互いに掲げるカードは四枚。紫の妖気と霊夢の霊力が、一気に臨界へと引き上げられる。
空間を軋ませ、亀裂さえ生み出しながらなおも高まり続ける互いの力が爆発する場を求めて荒れ狂う。
「私が勝てば、返さない」
「私が勝てば、返して貰うわ」
紫と霊夢に必要な会話はそれだけであり、それ以外は何を語ったところで意味などなかった。
妖怪と人間。試す側と試される側。
揺るがぬ境界の上で、紫と霊夢のカードが閃く。
「さぁ、見せてちょうだいな。貴女の力を」
「あんたなんかに見せるのは――拳骨だけで十分よ!」
結界 『動と静の均衡』――
『夢想天生』
「ちょ……っ」
紫が驚くのも無理はない。紫とは違い、霊夢は最初の一枚目からいきなりラストワードを切ったのだ。
しかも、それは同時に博麗の巫女が幻想郷において最強だと言わしめる絶対無敵の禁じ手でもある訳で――
「ま、待ちなさい霊夢。そんなのずるい――きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
自ら逃げ場を閉ざした牢獄にも近い空間の中で、涙目になった大妖怪の可愛らしい悲鳴が木霊する。
妖怪が笑みを浮かべて人差し指を振り、少女がつれなくその顔面に平手を打つ。
何時かの昔に途切れたはずの関係は、季節が幾ら巡ったところで中々変わるものではないという実に良い例なのかもしれない。
ゆかりん、涙拭けよ。っ「ハンカチ」
後で気付きましたが、今回のサブタイは自機組三人と一緒にプリズム三姉妹の事も表せますね。
つまり――彼女たちは可愛い!(確信)