東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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皆様からのあったけぇ感想の数々を頂き、休日に二千字が限界だったはずの筆が止まりません。
誰かボスケテ。

後、この話から軽くGL表現が入っていきます。
注意しながら「キマシタワー!」と叫んで下さい。


3・月光曰く、騒げ混沌(カオス)

 博麗神社――幻想郷と外の世界の境目に存在する、幻想郷の最奥地。

 この建物を基点に、博麗大結界という内と外を隔てる領域が展開され、幻想郷という重箱の蓋を閉ざす機能を発揮し続けている。

 外の世界の住人は基本的に幻想郷を知覚出来ず、幻想郷の住人は結界を越える事が出来ない。

 幽々白書に出て来る、魔界と人間界を分ける結界みたいなもので、これがあるからこそ、幻想郷の住人たちは存在が保てていると言って過言ではないほどの、重要な拠点だ。

 さて、そんな最重要施設である博麗神社に毎度の如く起こるのは――言わずと知れた宴会である。

 妖怪は酒好きが多く、酒が好きな連中は皆で騒ぐ宴会もまた大好きだ。

 だが、紅魔館や妖怪の山、白玉楼や永遠亭など、幻想郷のパワーバランスを担う勢力たちの住処で別の勢力たちが騒ぐと、喧嘩の一つが起こっただけで大問題に発展しかねない。

 実際、弱点以外では不滅の吸血鬼や片手で家屋を持ち上げる鬼、傘からかめ●め波をぶっ放す花妖怪など、ぶつかるだけでその場の地形が変わるだろうチート連中が、幻想郷には多過ぎるのだ。

 よって、妖怪・人外側のどの勢力にも与さない、幻想郷の管理者として定められた人間側の代表である博麗の巫女が住まうその場所に、妖怪たちは暗黙の了解として集合する。

 ここならば閑散としており人間も寄り付かず、場所も十分広いので多少たがを外して暴れても大した問題にはならない。

 この場所で唯一の建造物である博麗神社は、巫女と妖怪の賢者が作り上げた多重の結界によって堅く防備されており、大妖怪の全力でさえびくともしないので、安心して騒ぎ飽かせるという訳だ。

 神社に住む巫女にとっては正直迷惑この上ない話なのかもしれないが、これも役目と思って我慢して欲しい。

 素直に言って、程度の差はあれ巫女に好意を向けているという共通認識があるからこそ、こうして気兼ねなく皆が集まれている部分も大きい。

 まぁ、当代の巫女である博麗霊夢も酒盛り自体を嫌ってはいないようなので、恐らくは大丈夫だろう。

 本日は、人里で納涼祭が開催されているという夏に一度のお祭り日だ。

 朝から人里へ立ち寄り、活気と賑わいを肌で感じながらフランと共に出店を冷やかし、その後第二十一回目の人形劇を披露し終えた私は、その足で博麗神社へと赴く。

 力ある人外たちは、理性と分別を持つ者が多い為基本的に人里への出入りは自由だ。

 だが、こういっためでたい日に大人数で徒党を組み人里に訪れたりすると、恐れと威圧を振り撒いてその気はなくとも祭りを台無しにしてしまいかねない。

 だがしかし、祭りの雰囲気だけはどうしても味わいたいと願うお子様のような人外たちは、そんな鬱憤を晴らすべく競って酒やつまみを持参して博麗神社へと集い、人里の灯や祭囃子を肴にして盛大な酒盛りを開始するのだ。

 夜も更け、誰も彼もが好き勝手に騒ぎ回った結果、すでに素面でいる者の方が少なくなった混沌の宴の中では、宴会恒例となったイベントが大一番の盛り上がりを見せていた。

 

「だらだらだらだら――」

 

 幻想郷の妖怪核弾頭、変態河童技術班の河城にとりが口で効果音を演出しながら、中央に大きく「白」と達筆で書かれた一抱えほどもある四角の白箱に、背負った箱型の機械に取り付けられた金属の腕、のびーるアームを突っ込む。

 

「――だんだんだん!」

 

 箱の上部に開けられた穴から声を張り上げて取り出したのは、同じく白色をした大きな玉。

 そこには、墨字で大きく「弐拾」と文字が記されていた。

 

「二十番! 二十番が出たよー!」

 

 にとりは、正面に張り出された数字の羅列が書かれた大きな紙に大筆を持ったもう片方のアームを伸ばし、今しがた出た「二十」の文字に筆でペケ印を書いて塗り潰す。

 紙の数字は、にとりが今消した「二十」の他にも同じようにして塗り潰された数字が幾つかあった。

 

「これで七つ目だ。そろそろ誰かきてるんじゃないか!?」

「おっしゃー! リーチだぜ!」

「あら。うふふ、私もよ」

「はいはいはいはーい! 私もでーす!」

 

 そんなにとりの確認に手に持つ札を高々と晒して名乗りを上げたのは、毎度おなじみ霧雨魔理沙と、白玉楼のエンゲル係数を一手に引き受ける悪食亡霊(グラトニー)、西行寺幽々子。

 そして、幻想郷の異変製造機(トラブルメイカー)、モリ守矢ファミリーの鉄砲玉、ミラクルフルーツ2Pカラーこと東風谷早苗だ。

 

「あやややや。三人同時とは、これは面白くなりましたねぇ。んぐ、んぐっ――ぷはぁっ!」

「ぶっはぁ! 早苗ぇ、やっちまいなぁ!」

 

 へらへらと笑いながら、大杯に盛った酒を飲み干す幻想郷の伝統マスゴミ、烏天狗の射命丸文が言えば、同じく大吟醸をラッパ飲みしてすっかり出来上がってしまっている守矢ファミリーの大黒御柱、ガンキャノン横綱こと八坂神奈子が吼える。

 何やら物騒な台詞も出たが、今の状況を簡単に説明すれば要するに皆でビンゴゲームをやっているだけだ。

 

「八だ! 八引けにとり!」

「ふふっ、四を引いてくれると嬉しいわぁ。お願いね、河童ちゃん」

「七です、七! それ以外は許しませんよ!」

「ここは間を取って、私の十五にしときなよ!」

「あっははは! 皆して無茶言わないでよねー!」

 

 永遠亭のトップロリ、幸運を運ぶ兎詐欺師の因幡てゐまで加わって勝手に騒ぐギャラリーたちの要望を、にとりはげらげらと楽しそうに笑って聞き流す。

 やんややんやと他からも野次が飛び交い、酔いと熱気と場の雰囲気によって境内のテンションは最高潮の一本線だ。

 月下の夜に、明りとして各人が適当に空へとばら撒き留めた弾幕の光の中、参加者たちの皆が全ての垣根を越えてとびきりの笑顔で笑っている。

 俗人が求める理想郷――幻想郷は、確かに此処にあった。

 騒ぐ阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら騒がにゃ損々。

 

 あー、こういう時、感情が抑制されてるせいで一緒に騒げない寂しさを感じちゃうなぁー。

 

 景品は人里からの粗品が幾つかと、宴会の原因となった異変の首謀者。もしくは、今回のような恒例行事の場合は持ち回りで主催者側が全面負担する形を取り、季節や主催者によって様々な品が出品される。

 大体毎度、酒やつまみ関連が大半を占めるのだが、それはご愛嬌というものだろう。

 そして、今回の栄えある一等賞はというと――

 

 アリス・マーガトロイド製の勝負服、一着無料券。

 

 

 

 

 

 ……なんでさ。

 

 いや、思わず正義の味方見習いの台詞が出てしまったが、理由はちゃんと解っている。

 事の始まりは、「紅霧異変」の後日譚。

 今回のように、親睦会として博麗神社で宴会をしている時に、その場のノリと勢いによってジャンケン大会が開始されそうになった。

 しかし、優勝者に景品がないのはつまらない、とレミリアが不満顔だったので、「それなら景品として一着無料で服を仕立ててあげる」と私が提案したのだ。

 その当時、すでに人形たちの服を大量に作っている事もあり、私は服飾の作製に関していささかの自信があった。

 そこに、普段から余り代わり映えのしない服装ばかりを着こなす面々に、お洒落で可愛い服を着て欲しいという邪な願望があった事は否定しない。

 しかし、妖精や妖怪連中の大半は、某海賊マンガに出てくる自然(ロギア)系能力者のように、服そのものを自前で生み出している為着替えの必要性さえ感じていないという、少女としてあるまじき女子力だったのだ。

 これでは不味い、どうにかテコ入れをしようと考えるのも仕方のない事だったと、どうか理解して欲しい。

 その時の優勝者は、今回も大妖精と共に宴会に参加している氷の⑨、チルノ。

 そして、「あたいったら最強ね!」と、胸を張って鼻高々におなじみの台詞を言っていた彼女の影で、誰かがポツリとこう呟いた。

 たかが氷精が、と。

 

 あ゛ぁ゛?――今、チルノの事なんつった?

 

 今にして思えば、それはチルノという勝者に感じてしまった、小さなやっかみに過ぎなかったのかもしれない。

 だが、その一言を聞いてしまい私は近代のキレ易い若者の如く、一気に思考がぷっつんしてしまったのだ。

 実際は、キレるまでは到底至らず不満がジクジクと停滞する程度だったのだが、そんな事はどうでも良い。

 誰が言ったかなどは、この際問題ではない。私の大切な友人であるチルノが、同じくらい大切な友人に侮られた。

 

 たかが――たかが氷精だと。

 

 そこからはもう、勢いだけだ。

 チルノの全身を、骨格の細部に至るまでミクロン単位で採寸した私は、紅魔館の大図書館に居住スペースを確保してまで居座り、徹底的に彼女に似合う服装を研究しまくった。

 魔法により生地の一枚一枚を自らの手で一から生成し、パチュリーの協力を得ながら納得のいく品質になるまで何度も失敗を繰り返し、昼夜を忘れて挑み続ける。

 そうして、総作製日数三ヶ月を要して作り上げた正真正銘全力全開の一着が完成すると、私は霧の湖で遊んでいたチルノの首根っこを引っ掴み再び博麗神社という名の宴会会場へと舞い戻った。

 そして、事前にチルノへ「合図をしてから頭の中で二十を数えるまでの間、喋ったり動いたりしてはいけない」と念を押した後、集った全員の前で新生アドベントチルノを披露する。

 顔全体に薄い化粧を施し、水色から蒼へと色を深めた胸元と足の片側に深い切り込みの入る、上から下へと濃淡を効かせたサマードレスに身を包んだチルノ。

 普段のあどけなさを基盤に、背徳感を交えた妖艶な色香を放つ正しく氷の「妖」精チルノの姿に、皆の視線は完全に釘付けだった。

 

 ――どうよ。

 

 チルノに見惚れる面々に対し完全勝利を確信した私は、無表情という果てしないキメ顔でそう言った。

 まぁ、長い話になってしまったが要はその時はっちゃけた自業自得によって私の作製する勝負服は、毎度の宴会景品に名を連ねる事になったというわけだ。

 素材の材料費などは全て主催者側が出資してくれる上、折角の景品という事で、たまに引き受ける依頼で作る品よりも三段は上のクオリティーを基準に作らせて貰っている。

 普段着に向かないような特殊な種類の服ばかりを贈呈しているが、参加者からの評価は今の所概ね好評だった。

 

「うー、また外れね。あの箱壊れてるんじゃないかしら」

「あはははっ。宴会の催しでアリスさんの服を受け取った事があるのって、私たちの中ではフラン様だけですもんね」

「直接アリス本人に、材料費に色を付けた額でお願いすれば快く引き受けてくれるかと思いますが」

「解っていませんねぇ、咲夜さん。こういうのは、景品で当てるからこそ意味があるんですよ。というわけで、六番お願いしまーす!」

 

 レミリア、美鈴、咲夜に小悪魔。ひきこもりのパチュリーと、私と一緒に朝から人里の祭りを回り、遊び疲れて眠ってしまったフランを除いた紅魔館メンバーも、ビンゴゲームを楽しんでいるご様子だ。

 因みにこのゲーム、運命操作や奇跡など各人の能力を使った不正を考える者も居るだろうが、その辺りの対策も抜かりはない。

 「遊ぶからには全力で」は、博麗神社主催の幻想郷大宴会での鉄則だ。

 にとりの前にある数字の玉とそれを入れた白箱は、山田裁判所所長、説教閻魔の四季映姫・ヤマザナドゥの能力、「白黒はっきりつける程度の能力」を応用して作製されており、如何なる能力も一切干渉が拒絶されるという実に幻想殺し(イマジンブレイカー)な道具となっている。

 しかも玉の数字と箱の「白」の文字は、その四季映姫直筆という豪華さ。あの人はあの人で、意外とお茶目で可愛い所がある。

 宴会に理解のある閻魔様へのお礼として、自作の体操服とスパッツをセットでプレゼントした所、手に持つ悔悟の棒でしこたましばかれ、半日も掛けて長々と説教をされてしまった。

 似合うと思ったのに……非常に残念である。

 今回の私の狙いは、人里から提供された六等。素麺やスイカなどを集めた、旬の食材セットだ。

 私の札もそろそろリーチが掛かりそうなので、期待は十分にある。

 それはさて置き、今回の一等を取りそうな三人には一体どんな衣装を贈ろうか。

 彼女たちから少し離れた場所で、地面に敷かれたゴザに女座りをしてちびちびと徳利とお猪口で酒を飲み、宴会を眺める私。

 

「隣、失礼するよ」

 

 とりあえず、幽々子のゴスロリ服と早苗の裸エプロンまで考え付いた所で、隣から若い男性の声が掛かった。

 

「魔理沙も色を気にする年頃になったか……感慨深いものだね」

 

 外の世界から流れ着いた道具を専門に扱う、人里の外にある香霖堂の閑古鳥店主。絶食系コーリンの森近霖之助が、私の隣に腰を下ろし本当に感慨深げに息を吐くと、手に持つグラスを傾けた。

 騒がしさを嫌い、何時もは宴会に参加しない人なので、極自然に混じっているのを見かけた時は少々驚いた。

 原作の知識で知っている事だが、彼と魔理沙の付き合いは彼女の幼少にまで遡る。人間よりも遥かに長い寿命を持つ半妖の霖之助に、元気にはしゃぐ少女となった今の魔理沙は一体どう映っているのか。

 

「きっと君のお陰だ。感謝しているよ」

「私は何もしていないわよ。彼女の心が、勝手に成長しただけ」

「そうかな」

「そうよ」

 

 精神年齢としては彼に到底及ばないだろう私だが、口では霖之助さんと呼ぶ彼との会話はどこか年寄りめいているというか、達観した感じのやり取りになる事が多い。

 人間の価値観のまま不老になった私と、生まれた時から長寿を約束された森近霖之助。

 或いは、彼は私と一番感覚を共有しているのかもしれない。

 

 後、感動してるから水は差さないけど、魔理沙が私の服一着券を狙っているのは多分転売目的だと思うんだ。

 先日行った「ドキ☆魔理沙だらけの撮影会IN,紅魔館」では、私とパチュリーが重ね掛けした拘束魔法を気合で引き千切って逃げたほどだし。

 

「なぁーに良い雰囲気になっちゃってんのよぉ、この唐変木コンビがぁ。げっぷぃ」

 

 僅かな申し訳なさを感じつつも、喧騒を遠くに静かな時間が流れそうになった空気は、乱入者によって木っ端微塵に打ち砕かれた。

 わきを晒した巫女服という、最先端の先を行く素敵な服装をした黒髪の少女、異変解決撲殺天使、博麗霊夢のご登場だ。

 

「霊夢、貴女相当呑んでいるわね」

「あにぃ? あらしは酔ってなんていませんよーだ」

「それは、酔っ払いの常套句だよ」

「霖之助さん、うっさい」

 

 ふらふらとした足取りで酒瓶片手にこちらへとやって来た彼女は、何を思ったか突然膝を付き、私へと倒れ込んで来た。

 

 おっととと――うぇっぷ、おしゃけくしゃい!

 

 内心で驚きながらも転がっていく酒瓶を無視し、抱き寄せるようにして彼女を安全に受け止める。

 

「どうしたの、霊夢?」

「んー、別にー」

 

 私の胸へと顔を沈ませながら、霊夢からは気のない返事が返された。

 どうにも様子がおかしい。

 何時もであれば、彼女は深く酔うまで呑まないし、こんなに悪い酔い方もしない。

 

「体調が悪いのなら――」

「何でもないって言ってるでしょ! ちょっと黙ってて!」

 

 そして、らしくもない子供染みた癇癪。

 何時も何時でも飄々としている、私の知る霊夢はどこかへと消え失せ、代わりにそこに居たのはどこにでも居る年相応な一人の少女。

 

「出て来なさい、紫」

 

 身体を預けたままの霊夢を見下ろしながら、私は確信を持って虚空へと告げる。

 

「うふふっ、アリスには敵わないわねぇ」

 

 私の確信を肯定し、スキマと呼ばれる禍々しい空間の裂け目の間から上半身だけ姿を晒すのは、陰陽の印を中央に描いた導師服の女性、八雲紫。

 扇子で口元を隠しながら突如空中に出現した彼女は、当然最初からこの宴会には参加してはいない。

 多分居るだろうとは思っていたが、答えてくれるかどうかは賭けだった。

 

「霊夢に何をしたの?」

「疑うには、判断材料が少な過ぎるのではなくて? 一体何故、私が原因だと思うのかしら?」

「貴女以外に居ないからよ」

 

 博麗の巫女である霊夢に対し、ここまで悪い方向で影響を及ぼせる相手はね。

 

 剣呑になる視線を控えようともせず、私は紫を強く睨み付けた。

 何をしたのかは知らないが、霊夢を誘導し、酔い潰したのは彼女で間違いないだろう。

 遊びか、本気か、気紛れか。

 どうせ暇潰し以上の価値はないのだろう、スキマ妖怪の戯言に付き合うのはまっぴらごめんだ。

 

「ふむ、謙遜としては二十点ね。あら、そういえばさっきにとりが引いた数字も、同じ「弐拾」でしたわね」

 

 どうでも良いわ!

 

「消えなさい」

「はいはい、霊夢をお願いね」

 

 優雅に肩を竦め、他人()遊ぶのが大好きな困ったちゃんは再びスキマへと消えていく。

 見届けた私は、これ見よがしに深く溜息を吐いて幸せを逃した後、取り合えず霊夢を介抱しようとその背中を優しく擦った。

 

 ほーら、もう大丈夫だよー。

 こわーいお化けおねーちゃんは、私が追い払ってあげたからねー。

 

「ふんっ……お礼なんて言わないんだから……紫のバカ」

 

 小さな寝息を立て始める前、ぼそぼそと呟いた霊夢の言葉は、私には最初の「ふんっ」だけしか聞き取れなかった。

 

「人気者だね。羨ましくないよ」

 

 うん、訳が解らないよ。

 誰かボスケテ。

 

「意味が解らないわ」

 

 事態を見ていた霖之助からの総評を聞いても、私は一連の流れをまったく理解出来ず、脳内で頭を抱えるしかない。

 

「びんご~」

「えぇ~!」

「そんな~!」

 

 遠くでは、気の抜けた声を出しながら幽々子が嬉しそうに諸手を挙げ、他の二人が絶望の表情をしていた。

 

 そうか、今回はゴスロリか――良いだろう。

 今回は特別に、自前でるろうに庭師の分も用意して、必殺の「ロイヤルハートブレイカー」を決める権利をくれてやる。

 セーラー服にして、「月に替わって白玉楼!」でもいけるかもしれない。

 

 作製する服と、本人たちが着た時の完成ビジョンを頭の中で思い浮かべながら、霊夢の背を緩やかに撫で続ける私。

 甘えるようにだらける彼女に、今は屋敷で寝ているというフランの姿が重なり、何時かのパチュリーの言葉が甦る。

 

 出会い、か――

 

 僅かに感傷を疼かせながら、私は幻想郷で生きていく決意をした、決別の事件。霊夢との出会いの時でもある、「吸血鬼異変」での出来事を思い出し始めていた。

 

 ――といっても、前に言った通り私はほとんど覚えてないんだけどねー。てへぺろー☆

 

 

 

 

 

 

 私は飛ぶ、空を飛ぶ。

 「空を飛ぶ程度の能力」とは、すなわち何かから「浮かぶ」事を意味している。

 重力から、物事から、感情から、縁から、(ことわり)から――私は「飛ぶ」。

 

「――出て来なさい」

 

 妖精に妖怪に吸血鬼。烏天狗に河童に神。

 そして、人間と魔法使い。

 あいも変わらず、騒ぎたいだけの迷惑極まりない大バカたちが集まった、博麗神社恒例夏の大宴会。

 始まったビンゴゲームの六等を狙って、力の限り念力を箱へと送っていた私は、遂に不快感に耐え切れずそう言った。

 

「――あら、居たの良く解ったわね」

「ずっと見てたでしょ? アンタの視線が気になって、碌に酒も呑めやしないわ」

 

 お得意のスキマから、胡散臭い雰囲気を全身から溢れさせて顔を覗かせる紫に、無駄と知りつつも悪態を吐く。

 

「嘘吐き。しっかり呑んでるじゃない」

 

 私の言葉に不服そうな顔をした紫は、手に持つ扇子で私の回りに転がる大量の徳利を差す。

 

「味が不味くなるって言ってんの――って、何勝手に私のつまみ取ってんのよ」

 

 ほんの僅かに意識を外しただけで、傍に置いてあった小皿と箸が紫の手元へと移っていた。

 コイツの手癖の悪さだけは、本当に一級品だ。

 

「んんー、良い味ね。クラゲの酢の物だなんて、相変わらずアリスは面白いもの作るわね」

「夏ばて防止に、酸っぱいものを身体に入れておきなさいって。ほら、一口食べたんならさっさと返しなさい」

 

 立ち上がり様に紫から小皿と箸をぶんどり、自分も一切れ摘んで口へと運ぶ。

 コリコリとした感触が面白く、酒にも上等に合う。

 海のない幻想郷で、どうやってこんな特殊な海産物を手に入れたのかと問えば、彼女は簡潔に「召喚したの」と答えた。

 土産物の一品の為だけに、クラゲの召喚魔法を研究するアリス。彼女は、時折おかしな感性をしている。

 

「アリスは、何時も霊夢の世話ばかり焼いてるわねぇ」

「私だけじゃないでしょ。魔理沙も、フランも、ルーミアも、チルノも――子供に甘いのよ」

 

 少し遠くで、ビンゴゲームに興じる面々を見ているのは、話題に出た無表情な魔法使いのアリス。

 宴を眺める彼女は、まるで吸血鬼が太陽に焦がれているかのような、決して手に入らないものに心からの羨望を抱く瞳をしているように見えた。

 彼女は何時も、感情が乏しい事を理由に騒ぎの中心へは参加しない。

 アリスの事は参加者の皆が知っているし、今騒いでいる連中はそんな事で白けるような繊細な奴など居ないので、気にする必要もないだろうに。

 

「貴女は子供じゃないでしょう?」

「そうね、私は博麗の巫女ですものね」

 

 博麗の巫女の仕事は、幻想郷の管理。

 人間に仇成す妖怪退治と、不穏分子が現れた際の排除。

 今、こうして楽しく酒を飲み交わしている皆が、何かの拍子で幻想郷を崩壊に導こうとしたならば、私は躊躇なく彼女たちを滅する事が出来るだろう。

 それまでの関係も、重ねて来た月日も、互いの力量や種族的自力の上下さえ「浮かせ」て、ただ淡々と討ち滅ぼす。

 それが私の、「空を飛ぶ程度の能力」。

 酒が何時もより不味い。きっと紫のせいだ。

 

「あっち行って」

「つれないわねぇ。うふふっ」

 

 片手を振れば、紫はあっさりと引き下がりスキマへと消えていく。

 しかし、視線はなくならない。

 

 ムカつく、ムカつく、ムカつく。

 いっそアイツを滅してやろうか。

 

 不機嫌なまま次々と酒をあおり、最後の一本も飲み干してしまった私は、次はどこだと腰を持ち上げる。

 

「――なぁーに良い雰囲気になっちゃってんのよぉ、この唐変木コンビがぁ。げっぷぃ」

 

 道の途中にあった、半分ほどに減った酒瓶を手に取り残りを一気に飲み干した私は、ふらふらと歩みを続けてアリスとその傍に居た霖之助さんにちょっかいを掛けていた。

 

「霊夢、貴女相当呑んでいるわね」

「あにぃ? あらしは酔ってなんていませんよーだ」

「それは、酔っ払いの常套句だよ」

「霖之助さん、うっさい」

 

 二人からの、気遣いの視線がわずらわしい。

 まともに立っている事も難しくなり、私はそのままアリスの胸へと倒れ込んだ。

 いきなりの出来事で訳も解らないだろうに、アリスは当たり前のように私を受け止めてくれる。

 手や首筋から感じる、低めの体温が心地良い。

 

「どうしたの、霊夢?」

「んー、別にー」

 

 博麗の巫女であるこの私が、感情を持て余したから甘えたくなったなど、口が裂けても言えるはずがない。

 

「体調が悪いのなら――」

「何でもないって言ってるでしょ! ちょっと黙ってて!」

 

 私は、自分の仕出かしている愚かな所業を理解しながら、それでも感情を止められずに叫んでいた。

 呆れて突き放されたっておかしくない、酷い八つ当たり。

 私の身に常時発動しているとはいえ、「空を飛ぶ」のが能力である以上意識的にそれを断てば、こんなにもバカでとんまで幼く阿呆な、ただの小娘の地金が露出する。

 

「出て来なさい、紫」

「うふふっ、アリスには敵わないわねぇ」

 

 アリスの言葉に、再び姿を現す紫。

 私には見えないが、口元に扇子を当てながら睨むアリスに胡散臭く笑っているのが、手に取るように解る。

 

「霊夢に何をしたの?」

「疑うには、判断材料が少な過ぎるのではなくて? 一体何故、私が原因だと思うのかしら?」

「貴女以外に居ないからよ」

 

 違う。紫は悪くない。

 悪いのは――私だ。

 

「ふむ、謙遜としては二十点ね――」

 

 解ってるくせに。アリスは、謙遜なんてしていない。

 だからこそ、余計に腹が立って来る。

 こっちが付けるなら零点だ。今寄り掛かっているのは紫ではなく彼女だというのに、それについてまるで頓着していない台詞じゃないか。

 だからアリスは唐変木なのだ。こっちの気も知らないで、何時もいつも何を考えているのか解らないお面みたいな顔をしておきながら、優しさだけは内から溢れさせている。

 

「消えなさい」

「はいはい。霊夢をお願いね」

 

 紫め。そんな、娘を親戚の年上に預けるみたいに言うな。

 ほらみろ、私を撫でる彼女の手の平が一層優しくなったじゃないか。

 

「人気者だね。羨ましくないよ」

 

 うるさい、そんな事解ってる。

 私は今、アリスを困らせている。

 

「意味が解らないわ」

 

 ふん。普段私を困らせている分、精々アリスも困れば良いのだ。

 どうせ何時も、アリスの膝は他の誰かが占領している。こんな時ぐらい、私が使っても良いじゃないか。

 優しいアリス。

 世話好きのアリス。

 でも、私は知っている。

 あの日、紫から聞かされて知っている。

 彼女が自らの意思で紫に頼み、先代の記憶を消した事を。博麗の巫女を、自分の記憶から捨てた事を。

 

 何でも良い――

 嫌だ――

 

 どうでも良い――

 違う――

 

 それで良い――

 そうじゃない――

 

 酔いに加えて睡魔にまで襲いかかられ、断ち切っていた能力の制御が不安定になっていく。

 きっと、起きた時には酔いは醒め、私は何時もの「博麗霊夢」に戻っている。

 だから今だけ。今この時だけ、私はただの「霊夢」としてアリスの胸に甘えよう。

 普段の時は気にもならず、こういう時には勇気の出ない私の質問は、やはりアリスに告げられる事はなかった。

 

 ――ねぇ、アリス。

 アリスは私が死んだら、私の事も忘れるの?

 

 まどろみ始めた私の記憶に、彼女と初めて出会ったあの時の情景が、おぼろげに浮かんだような気がした。

 




次から過去編です。
途中でバトルもあるよ!

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