東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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ちゃうねん(言い訳)
前回出番が無かった分、アリスの出番を長くしようとしたらほんとに長くなったねん。

だが、私は謝らない!



27・人間が悪い話・妖怪が恐い話(転々)

 清潔感を出す為に、全体の色調を白で統一させた妖怪の山の中腹にひっそりと佇む建造物。

 そんな治療院の個室で、薄手の白服を着込み頭に包帯を巻いたはたてがベッドの中で上半身を起こし、部屋に置かれていた造花の花弁を一枚一枚千切りながら一人で何やらブツブツと呟いていた。

 

「アリスに嫌われる……嫌われない……嫌われる……嫌われない……」

 

 徐々に花弁の数が減り、遂に審判の時が訪れる。

 

「嫌われない……き、きき、き……嫌われ……っ」

 

 はたての見下ろす花弁の残りは、どう足掻いても一枚だけ。出てしまった結果は、もうくつがえす事は出来ない。

 占われた本人は与り知らぬ結果だが、はたてにとっては重い事実となってその背に圧し掛かってしまう。

 

「はぁっ……そりゃあそうよねぇ。あんな形で無理やり巻き込んで、迷惑掛けて……友達だって言ってくれたのに……」

 

 最後の一枚を残した花を窓から闇夜へと放り捨て、はたては涙目になりながら後悔を募らせる。

 しかし、あの人形遣いへと今回の件を懇切丁寧に説明出来るのかと自問すれば、それは「伝えたくない」という変わらぬ答えに到達してしまう。

 伝えたくないのだ。あの魔法使いは、誰が見ても簡単に解るほどに人間を愛している。

 そんな彼女を利用して、人間を殺す計画などをどうして伝えられようか。

 本当なら、こんな計画自体はたては反対だったのだ。それでも、大天狗は文の立てたこの計画を認めてしまった。

 ならば、部下であるはたてはその決定に従うしかない。

 せめて自分がと、襲撃班へと役目をねじ込んだものの、それがどれほどの意味があったというのか。

 

「私、友達なのに……ごめん……」

「失礼致します、はたて様」

「おひゃあぁぁぁっ!?」

 

 シーツを握り締めて肩を震わせる彼女の部屋に、断り一つで突然椛が開き戸を開けて入室して来た。驚いたはたては、素っ頓狂な声を上げながら入室者を見る。

 

「お身体の調子は、問題ございませんか?」

「う、うん! 悪くないわよ! 地面にぶつかっただけだし、全然平気!」

「はたて様、涙の跡が隠せておりませんよ。アリスさんに非道を働いた事を、後悔なされているのですね」

「ちょっ、解ってるんだったら言わないでよっ。椛の意地悪っ」

 

 椛から微笑ましく見られているのが恥ずかしくなり、はたては顔を逸らしてシーツで身体を隠す。

 上司と部下という立場にありながら、椛とはたては気安い関係を築けていた。

 付き合いもそれなりに長いので、はたてが何に悩み立ち止まり、どうすれば前に進めるかを椛は良く理解している。

 

「治療院とは話が付いております。お身体に不調がないようでしたら、もう退院されて構いませんよ」

「椛……」

「ご友人なのでしょう? そのご友人が困っているのですから、取るべき行動は一つかと。事態はすでに収束へと向かっておりますので、脱出の手引きをしたとしても全体への支障は問題のない範囲で収まるでしょう」

 

 語りの終わりに大きく一礼をした後、椛はそのまま部屋を退出して行く。

 

「謝罪と懺悔は、早い方が禍根を残しませんよ」

 

 立ち去り際に、そんな一言を添えて。

 

「……うん、そうよね。まずは謝らないと」

 

 一人残され、落ち込んでいただけのはたての全身に内なる力が漲り始める。

 友達を困らせたのだから、謝罪するのは当たり前だ。本当にもう嫌われてしまっているのかもしれないが、それでも会わなければ彼女に頭を下げる事すら出来ない。

 

「椛の言う通り、早い方が良いわよね……っ。着替え、着替え――へぶっ」

 

 ベッドから転げ落ちたりしながらも、アリスの下へ向かうべく大急ぎで準備を進めるはたて。

 

「――まったく、何時までも世話の焼けるお方です」

 

 そんな彼女の無様な姿は、椛の能力である「千里先まで見通す程度の能力」によって苦笑交じりに覗き見されていた。

 

「さて、別の意味で世話の焼けるもう一方のお方は、一体何をお考えなのやら。因果応報、信賞必罰――大事なければ良いのですが……」

 

 これではまるで、二人の保護者のようだと椛は一人治療院を出て嘆息する。

 その表情がどうしようもなく笑顔である事は、月夜へと飛び立つ白狼天狗の秘密である。

 

 

 

 

 

 

 パチュリーの探知魔法によって、アリスの現在地を特定した魔理沙とフランは一直線にそちらへと向かい、道中で神託によって同じ方向を目指していた早苗と合流した後――正体不明の黒装束たちによって襲撃を受けていた。

 

「くそっ、コイツらも天狗か!?」

 

 現在が夜という事もあり、飛び回る三体の黒装束たちが何者なのかを探る術がない状況だった。

 弾幕ごっこの宣言はされていない。明確なルール違反だが、今はこの場を切り抜ける手段を探す方が重要度は上だ。

 

「闇夜の晩に、忍者コスプレをした集団からいきなり襲われるだなんて――幻想郷は、本当に憎たらしいくらい素敵ですねぇ!」

 

 早苗の悪態が表すように、黒装束たちは彼女たちに付かず離れずの距離を保ちながら足止めと時間稼ぎにのみ専念し、この場に三人を押し止め続けている。

 

「邪魔邪魔邪魔邪魔じゃぁまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 禁弾 『スターボウブレイク』―― 

 

「うぉっ、危なっ!」

「ちょわわわわっ!」

 

 苛立ちを爆発させたフランの絶叫を伴って、色取りどりの飴玉が降るように天から地上へと向け、煌びやかな弾幕の群れが敵味方見境のない広範囲に降下していく。

 しかし、分散した分物量は軽く黒装束たちには掠りもしない。

 

「落ち着けフラン! 闇雲に弾幕を撃っても、コイツらの速さじゃ絶対に当てられない!」

「だってだって! お姉ちゃんが大変なのに、こんな所で――ぎぅっ!」

「フランさんっ!」

 

 高速で接近した黒装束の一人が、フランの右肩をすれ違い様に小太刀で引き裂く。

 反撃に爪をお見舞いしようとしても、黒装束は既に遥か彼方へと離れてしまっている。

 

「まずは吸血鬼を落とすぞ」

「「応」」

「――そうはさせないよ!」

「ちぃっ」

 

 感情を抑えきれず、孤立気味なフランへと攻勢に出た黒装束たちの上空から、急降下による蹴撃が襲い掛かった。

 更にそれに続き、魔理沙たちの前へと新たに現れた影は全部で四つ。

 

「あたい、見参!」

「こ、こんばんわぁ」

「もう、チルノ! あっちこっちに連れ回されたけど、ここにもアリスは居ないじゃない!」

「リグル! それに、チルノと大妖精とメディスン!?」

 

 妖怪と妖精と付喪神――種族や所属など関係ない、ここに集った者たちの思いは一つだ。

 

「リグル! それと他のも、この足止め共を足止めしてくれ! パチュリーが、魔法でアリスの居場所を探し当てたんだ!」

「解った! ここは、私たちに任せて!」

「ふんっ、最強のあたいが手を貸してあげるんだから、ヘマするんじゃないわよ!」

「はわわわわわ……ごめんなさぁい!」

「いっくよぉ、スーさん!」

 

 灯符 『ファイヤフライフェノメノン』――

 氷符 『アイシクルフォール』――

 毒符 『神経の毒』――

 

 四者の弾幕が、フランの弾幕とは比べ物にならない怒涛の連弾となって黒装束たちに襲い掛かる。

 

「ぐぁぁ……っ」

「こ、この……っ」

 

 威力は低いものの、当たれば弾かれ動きを制限されるその光弾の大波は、黒装束たちの抵抗もそのままに一気に彼方へと押し流す。

 

「フラン、早苗! 行くぜ!」

「うん! ありがとう! リグルちゃんたち!」

「燃えます! 燃え燃えですよぉ、この展開! テンション上がって来ましたぁ!」

 

 頼れる友に後陣を任せ、二人の人間と一人の吸血鬼が移動を開始する。

 目的地は近い。七曜の魔女の調べによれば、七色の魔法使いは現在拘束された状態で地下牢に閉じ込められているらしい。

 

「待ってろよ、アリスっ」

 

 そんなアリスが、牢を抜け出し白狼天狗たちを相手に大立ち回りを繰り広げているなど、大図書館で水晶を覗く少女以外、今はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 誰だ! 見張りが居ないから、楽に脱出出来るとかほざいた奴は!

 ぶん殴ってやるから出て来い!

 ――はいはい。そうですぅ、私ですぅ。

 

 私の深い嘆きが胸の内で渦巻く中、暗く狭い通路で金属のぶつかり合う音が断続的に響く。

 天井は低く、牢から出口へと続く通路の広さは大人の人間二人が横切れる程度しかない為、必然的に私と対峙出来るのは一人が限界だった。

 喉に張られた札がある限り私は魔法の詠唱が出来ず、詠唱が出来なければ弾幕を撃つ事が出来ない。

 よって、この場を切り抜ける方法は後のお叱りを覚悟でスペルカード・ルールを無視した直接攻撃での迎撃しか選べないのだ。

 

「くそっ、応援はまだなのか!?」

「いずれ来るわ! それまで持ち堪えるのよ!」

「おこがましくも、この者を一人で相手取れるなどとは欠片も思うな! 今はただ、命を懸けてでも時間を稼ぐ事だけを考えろ!」

 

 今戦っているショタっぽい少年白狼の後ろで、出番待ちの天狗たちが緊張した面持ちで騒いでいる。

 鉄面皮を貫きながら、私にとってもこの状況は大いに混乱するばかりだ。

 監視役もなく放置され、侮られていると安心しダクダミィたちで木造の格子を破り出て来てみれば、まさかの大人数がお出迎え。

 しかも、なぜだか知らないが大怪獣扱いである。訳が解らない。

 だったら、最初の扱いは何だったのかと問い質したい所だが、生憎今の私は喋る事が出来ない。

 出会い頭に最初の一人を血溜まりへと沈めた時点で、今更大人しく牢へ戻っても許されないと判断した私は、白狼たちを踏み越えながらの前進を止められない。

 魔法が使用出来ず、思考加速も人形との感覚の接続(リンク)も出来ない状態だが、十数年の研鑽を積んだ私の人形操作技術は伊達ではない。白狼たちの動きは中々に俊敏だが、私の操るダクダミィたちの連携は彼らを実質五対一の状況へと追い込んでいく。

 

「くそっ! がっ! ――ぐぅっ――ぎゃぃんっ!」

 

 大太刀の横振りを回避させた直後、天井から降ろした別の人形によってその腕へと刃を突き刺し、更にもう一体の突進を反対側の盾で防がせた瞬間、四体目の人形が刃を回転させて片足の脛を切り裂く。

 バネ仕込みの強靭な跳躍力によって、壁や天井さえ足場にしてダクダミィたちを元気に跳ね回らせる。

 腕を防げば足に、足を避ければその脇腹へ。人形の一体一体を精密に操作しながら、敵対者を確実に血だるまへと切り刻んでいく。

 

「ぐぁっ、ま、待て――いギャあぁァァぁぁぁアアっ!」

 

 無意味な制止など聞き入れるはずもなく、仰向けに倒れた白狼へと馬乗りにさせた人形たちで、手足を中心にその全身を一気に滅多刺しにする。

 断末魔の如き叫び声を聞いても、きっと私の表情は一切変わっていないのだろう。

 滅多刺しにしているのは、魔法によって刃を強化出来ない為仕方なく行っている処置だ。

 どうせ、これほどの傷であっても魔法的、精神的なダメージではないので、十分な治療を行えば完治には十日も掛かるまい。私のやり方は、手足を切り飛ばさない分良心的ですらあるだろう。

 

 ――良し、自己弁護乙。

 

 だが、それを他者の視点から見たならば見方は大きく変わってくる。

 表情の抜け落ちた金髪の少女が、眉一つ動かさず同胞を次々と八つ裂きにして迫って来るのだ。

 もしもここで、上司から任務を放棄して構わないと告げられたならば、きっと白狼たちは一目散にこの場を逃げ出しているだろう。

 大声で怒鳴り合っているのも、恐らくどうにかして身の内に巣くう恐怖心を誤魔化そうとしているのだと思われる。

 震えを抑えられない白狼たちの目に、私は一体どんな恐ろしい姿で映っているのやら。

 

「おぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 仲間を刺してる最中なら、私に攻撃出来ると思った?

 悪いね。その程度なら、こっちも読んでるよ。

 

 原作でのダクダミィは、操る糸そのものを相手へと巻き付けて拘束するのだが、「そんな事したら、糸が絡まって人形動かせないだろJK」とどうしても再現出来なかった。

 なので、泣くなく私は五体中二体の人形と人形の間にだけ糸を張り巡らせ、伸縮と取り外し、新規接続を可能とするギミックを搭載する事で無理やりの解決を計っている。

 その二体の内一体は、滅多刺しには参加させず天井に張り付かせたままだ。

 

「ふんっ! ――ぎ、いぃぃっ!?」

 

 迫る端整な顔立ちをした青年の頭上に落とし、手に持つ大剣で後方へと弾かせるまでが私の手管。二体の間に張られた極細の糸が対角線上に立つ白狼へと巻き付き、一気に引き絞られる。

 鋼線の強度は、別の人形によって過去の異変で実証済みだ。白狼天狗の筋力では、引き千切る事はまず不可能だろう。

 

「ぎぅっ! ぎゃいんっ!」

 

 前後の人形によって動きを封じられた青年天狗へと、一仕事を終えたダクダミィたちが我先にと群がり、血塗れた刃を次々と突き刺して血飛沫を撒き散らす。

 

「食らえぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 今度は弾幕。

 動きの堅い小柄な白狼の少女が、大玉の光弾を幾つも放って来た。

 前進しかけた私は、即座に後退し拘束したままの白狼天狗を遠慮なく壁にしてやり過ごす。

 

「が、がガががァッ!」

(くぬぎ)君っ!」

 

 任務に忠実であれど、同胞殺しにはなりたくないだろう少女への牽制は、それで十分だった。

 

「く、うぅ……うわあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 これ、まるっきり悪役だよね、私。

 ごめんねぇ。手段を選り好み出来るほど、私ってば強くないんだわ。

 

 涙目で短槍の突進を繰り出す少女を見ながら、私はどんよりと気持ちを落ち込ませつつダクダミィたちをけしかけ、牽制し、取り囲む。

 

「ひ、いやっ……ひぐぅっ!」

 

 短槍に取り付かせた人形の二枚刃が、持ち手の近くから槍を真っ二つに切断し、彼女の後退に合わせて二体のダクダミィが右肩と背面の左脇腹を貫く。

 

「あぅっ! ――あ、ぁ、ぁ、ぁ……」

 

 痛みによって足をもつれさせて転んだ白狼が、近づく私を絶望に染まった表情で見つめている。

 

(ひいらぎ)っ! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 残った最後の熱血そうな少年が、手甲を構えて前傾姿勢から天井すれすれを跳躍し、天狗の少女を飛び越えてこちらへと拳を振り下ろす。

 

 ほいっ、トラップカード発動!

 

「ちっ――ぎゃあぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

 私の投げた小瓶を手甲で砕いた直後、少年は突然顔を歪めて墜落し地面を転がってのた打ち回り始める。

 私の服に仕込んでいるのは、何も人形の部品だけではない。今のはスカートに忍ばせている常備薬の一つで、かなり強い刺激臭のする獣避け用の香水だ。

 白狼の敏感な鼻には、さぞや強烈に感じくれている事だろう。

 

「し、(しきみ)君……っ」

「が、ぐぅ、げうぅぅぅ……っ」

 

 (ひいらぎ)と呼ばれた少女は、もがき苦しむ(しきみ)と呼んだ少年をただ呆然と眺める事しか出来ていない。

 もう、こちらと争う気概も失っているのだろうが、それでも私は容赦を忘れる事にする。でなければ、こちらの首が飛んでしまうから。

 

「いや……助け……あ゛ぁ゛ァ゛ぁ゛ァ゛ァ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ァ゛ッ!」

「ぎゃァぁぁァァァぁぁァァぁぁぁっ!」

 

 お燐の時のような教訓は、一度で十分だ。

 私は両手の指を動かし、小さな手乗り人形たちに少女と少年を切り刻むよう命じ、実行させる。

 

 はぁっ……殺してないとはいえ、これだけやっても罪悪感をそれほど感じない自分の心が、本当にイヤになるね……

 

 白狼たちの血によって、床は足の踏み場もないほどに赤く染まり切っている。下を見れば、私の靴にも大量の血液が付着しどす黒く変色していた。

 自分がこの光景をなしたと思うと、更に気が重くなってしまう。

 因みに、これだけ無双しておいてなんだが、私が強いのではない。この子たちが普通に弱いのだ。

 天狗組織の中では下っ端であり、個々の能力がそれほど高くない白狼天狗の得意芸は多対一の包囲戦と、逃走する相手を地の果てまで追い詰める追跡戦闘。こんな狭い通路では、その持ち味を自ら殺しているようなものだ。

 しかも、群れであるにも関わらず彼らには指示を出す統率役も不在だった。

 最初から居ないのか、何かの理由で居なくなったのかは知らないが、せめて指揮官が居たならばこんな猪戦術などせず、牽制しつつも私を広い場所へ誘導したりと幾らでも自分たちの有利な状況を作っていただろうに。

 

「ぁ……ぎ……」

「ぃ……ぅ……」

 

 後日、山の治療院へお見舞いに行く事を心の中で固く誓いながら、呻く白狼たちを背後にダクダミィたちを連れて進んで行くと、通路の突き当りを曲がった所でようやく出口とおぼしき金属製の扉が見えて来た。

 その前に布陣するのは、烏天狗が二人。皺の深い老夫と、刀傷を顔に付けた凛々しい美女。

 二人の姿を確認した直後、私は体内の魔力を全開で滾らせて喉の札へと叩き付け、紫電を走らせながら剥がれ始めた紙片を掴むと、未だ張り付いている皮膚諸共にその紙を強引に引き千切る。

 

「~~っ、げほっ、ごほっ」

 

 喉は痛むし、軽く血も込み上げて来るが、声は出てくれる。どうやら私は、喉が潰されるか否かの賭けに勝てたらしい。

 

 でも……超痛いっ。

 

 しかし、白狼天狗相手の一対一ならともかく、烏天狗と対峙してハンデを背負おうなどと思えるほど、私は自惚れてはいない。

 白狼たちにしたって、追い詰められれば私は迷いなく札を取るつもりでいたのだ。痛いだろうから出来ればやりたくなかったが、だからといってやらずに敗北するよりは断然マシである。

 今度捕まれば、同胞を痛め付けた報復とより確実な拘束の為に、手足の一、二本は持っていかれかねない。生憎、これ以上肉体を改造する予定はないので、そんな不条理は全力を持って辞退させて貰う。

 

「こほっ……貴方たちと、まともに戦り合うつもりはないわよ」

「待ってくれ。我々に、貴公と争う意思はない」

 

 精神世界面(アストラル・サイド)から妖気を見れば、どうやら彼女と老天狗は私を襲撃したあの黒装束たちらしい。

 

「隣の天狗は、そうでもないみたいよ?」

「……」

 

 女性天狗の言葉に反し、老天狗の目付きはそれだけで人が殺せそうなほどだ。どう贔屓目で見ても、友好的な様子には見えない。

 

「この場に流れる同胞の血を感じて、苛立っているだけだ。それも、今回ばかりはこちらに非がある以上問題にはしないと誓おう。どうか、大人しく牢で事態の収束を待っては頂けないだろうか」

「だったら、ちゃんと私が納得出来るだけの説明をして頂戴。何も知らずに従う気はないわ」

「悪いが、それは出来ない」

 

 おい。

 

 説得する気があるのかないのか。

 扉の前で動かないまま、女性天狗は言葉を続ける。

 

「貴公を知る姫海棠はたてと犬走椛、更に協力者である稗田阿求殿が揃って「知らせてはならない」と語っているのだ。貴公を知らぬ私たちでは、それを信じるしかあるまい」

 

 私の知り合いがダメだと言っているのに、赤の他人である女性天狗が勝手な判断で喋る訳にはいかないというのは道理だ。

 納得は出来ないが、理解は出来る。

 そして、確かに理解は出来るものの、それでは納得してあげる事は出来ない。

 

「だったら、このまままかり通らせて貰うしかないわね」

「待ってくれ、本当に後少しで良いのだ。どうか――」

「もう良い。生意気な小娘など、力尽くで押さえてしまえば良いだけよ」

 

 女性天狗を遮った老天狗は、既に臨戦態勢に移行していた。説得などというまどろっこしい事は一切考えておらず、純粋な力で屈服させようという気概がありありと滾っている。

 実に妖怪らしい傲慢さだ。十分な実力が伴っているだけに、最高に面倒臭い。

 

「よせっ。これ以上、この魔法使いを刺激するべきではない」

「腰抜けが、ならば貴様はそこで見ておれ!」

 

 女性天狗の制止を振り切り、老天狗が羽を広げてこちらへ飛翔する。烏天狗という種族の持つ圧倒的なまでの飛行速度は、狭く短い通路の中でさえ衰えた様子を見せない。

 私の方は、会話の始めから戦闘になる事を想定し、既に思考加速の魔法を発動させている。

 肉体の動きは追いつけないが、頭の回転なら私に分が出る。狭い一本道であれば、来る方角も接触する拍子も視認可能だ。

 

「――手足の一、二本でも切り飛ばせば、再び牢で大人しくするじゃろうて!」

 

 うぇーい、マジで手足もぎ取り気に来たよ。私の予想が、嫌な方向で大当たりだね。

 だが、そんな脳筋お爺ちゃんは安眠ベッドにご招待だ!

 

「――「崩魔陣(フロウ・ブレイク)」!」

 

 発動した呪文は、一定空間に発生する解呪魔法。私の前方に六芒星の魔法陣が走り、続いて轟音と衝撃が通路の中を反響する。

 

「っつぅ……はたてより遅いとはいえ、やっぱりタイミングはシビアね」

 

 老天狗の飛行により発生した衝撃波で床を転がった私は、痛む頭を振りながらゆっくりと立ち上がった。

 老天狗の方は、私の後方にある壁へと全身を見事にめり込ませ、素敵なオブジェと化している。

 種明かしをしてみれば、何の事はない。何時かで魔理沙と戦った時と同じように、私ははたてや老天狗の使っていた「空を飛ぶ術」を打ち消したのだ。

 あの時との違いは、相手が高速で動いているのか否か。術が解除されても、慣性の法則は健在し続ける。

 例えるなら、自転車で全力疾走している途中で突然ハンドルがすっぽ抜けるようなものだ。曲がれず、止まれず――しかも、その先一秒もせずに壁があるとなれば激突は必至。

 はたても老天狗も、自分が何をされたのかすら解らなかったのではないだろうか。

 私の戦闘に関する心構えは、銀髪怪盗妖狐さんと盲目武術大魔王が語った名薫陶、「切り札を先に見せるな、見せるなら更に奥の手を持て」である。

 十の事象を十の呪文で解決するより、一つの呪文の応用でそれら全ての事象を解決出来たならば、残り九つの呪文を手札として隠しておける。

 新しい魔法を覚えるのも大事だが、「手持ちの見せ札で何が出来るか」、を常に考える事が重要なのだ。

 応用の幅が広がるだけ、私の隠した手札たちは切り札としての真価を発揮してくれる。

 例えば、こんな風に――

 

「散々大口を叩いておいて、結局はそのざまか……是非もなし――ならば、私も覚悟を決めるとしよう」

「「獄炎招(アビスフレア)」」

 

 居合いのような低い姿勢で腰の刀を構える女性天狗の行動を待たず、私の次なる呪文で前方へと発生するのは床から天井までを覆う赤色の火炎。

 

「その程度の炎など――っ!?」

 

 女性天狗の起こした烈風が、通路を一気に吹き抜ける。だが、彼女と私の間を阻む焔の柱に一切の変化はない。

 基本、妖怪の術は単なる自然現象として発生する。

 魔力だけで構成された幻炎。意図的に魔力や妖気を込めない限りなびかせる事すら叶わないこの呪文を、初見で看破するのは至難の業だ。

 理解出来なければ戸惑い、その戸惑いは致命的な隙となる。

 

「遠距離戦が望みかっ」

 

 いえいえ、とんでもない。

 最初に言ったでしょう? ――貴女たちと、まともに戦り合うつもりはないってさぁ!

 

「来なさい――ゴリアテ!」

 

 上半身だけで通路を埋め尽くす巨大な少女の腕が、地獄の業火の底から大地を揺らして這い上がる。

 幻の炎は時間稼ぎだ。両肩に大筒を装着した巨大人形、射撃特化型ゴリアテ二号機を召喚し攻撃するまでの。

 一枚の分厚い壁として、私と天狗の間を断絶した鉄壁の絡操り人形が、私自身と内部に搭載したその大きさに見合うだけの体積を持つ魔石(ジェム)から、両の砲身へと大量の魔力を一気に汲み上げていく。

 砲撃の大きさは通路全体に至るほどの広範囲だ。この通路に居る限り、女性天狗はゴリアテの攻撃を絶対に避けられない。

 砲門を潰そうにも、幻の炎は確かな熱量を放ち近づく事すら許しはしない。

 

 三――二――一――

 

「化け物が……っ」

 

 はい、時間切れ。

 フフフッ――デッド・エンド・シュートッ!

 

 技の名前を気にしてはいけない。

 爆音と共に射出された魔力波の奔流が、女性天狗の悲鳴をも掻き消しながら通路の正面全てを一直線に薙ぎ払う。

 

「――貴女が羨ましいわ」

 

 魔力波が収まった後、幻炎を消して割と服の焼けてしまったゴリアテを自宅の地下室へと転送しながら、私はそんな事を一人呟く。

 女性天狗は、全身が焼け焦げた状態で地面に倒れて痙攣しており、恐らく何も聞こえてはいないだろう。

 

「私程度を化け物扱い出来るのなら、貴女はまだ本当の化け物たちと対峙した事がないのでしょうから」

 

 ほんと、一度紫か萃香辺りが本気になった場面に出くわしてみると良いよ。

 恐怖の前に、もうその空気だけで心が折れるから。

 

 魔法使いという固定砲台の私にとって、この狭い通路の中は正に独壇場だった。

 何せ、隙間を埋め尽くす範囲で魔法を放てば確実に当たってくれるのだ。これほど素敵な事はない。

 老天狗が仕掛けてくれたお陰で、女性天狗もこの場で相手に出来た。敵側に足を引っ張る役が居てくれると、こんなにも楽に事が片付く。

 

「――あやややや」

 

 さて、これでようやく帰れると一息吐こうとした私の希望は、あっさりと絶望へ変わってしまう。

 

「見舞いに行くなどとは方便で、それほど時間を置いたつもりはなかったのですがねぇ。見事に死屍累々ではありませんか」

 

 ゴリアテの砲撃によって吹き飛んだ鋼鉄の扉を踏み付けるのは、最速の烏天狗。

 伝統文屋の射命丸文が、笑っていない笑顔を貼り付けてまっすぐに私を見つめていた。

 

「ここでは何ですし、もう少し広い場所でお話しません?」

 

 成程、ここでステージボスのご登場ですか。そうですか。

 もう良いから、サプライズとかいらないから。

 このままお家に帰らせてよ……およよよよ。

 

 私の無言の悲しみは、勿論彼女に伝わる事はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 地下牢から出た二人は、白狼天狗たちが詰め所として使っていた大部屋で再び対峙していた。

 ここにも窓はなく、しかし暴れるには十分な広さを持つこの空間ではアリスの今まで使っていた戦法は役に立たない。

 

「まずは、軽く答え合わせといきましょうか――まぁ、貴女の事ですからある程度の事情は把握しているのかもしれませんがね」

 

 適度な距離を保って空中を飛翔しながら、文は青服と赤服の人形だけを傍へと飛ばす何時ものスタイルに戻ったアリスを、微笑を浮かべて見下ろしている。

 勿論、アリスは何も知らない。だが、真面目そうな雰囲気なのでそんな事は言い出せず、ただ沈黙と無表情を持って答えとしていた。

 

「我々山の組織と人里は、別々の問題を抱えていました。我々はとある理由により手出しが出来ず、人間たちは調査が進まず解決が出来ない――そして、一つの噂が広がる事で二つの問題は一つにまとまります」

 

 ある意味で、あの噂は両方の組織にとって朗報だったのだ。進展しない事態に対し、先へと駒を進める為の布石となってくれたのだから。

 

「二つの組織は情報を共有し、お互いの問題を早急に解決出来るよう手を取り合う事にしました。アリスさん、人妖共に名高い貴女を利用するという形でね」

 

 千里眼、念写、光学(ステルス)迷彩による盗聴――妖怪の能力と技術を用いれば、誘拐犯と共謀者を探し当てる事など造作もない。

 見返りとして、山の組織は人里に対し一つの要求を行う。人里拡張計画の、全面的な撤廃だ。

 人間の文化の成長速度は、妖怪のそれを遥かに超える。人里の増長を許し続ければ、幻想郷も外の世界の二の舞を辿ってしまう。

 利用し、利用され、双方の組織は共存共栄を約束する。

 

「明日の朝一で、事件を起こした犯人の捕縛と貴女を含めた失踪者の救出が、天狗の号外で配られる予定となっています。貴女の誘拐を記事にして関心を集め、次いで事件解決の報を即座に流す事で人里に蔓延していた噂は上書きされ、消滅する訳です」

 

 そして、それは同時に理解ある者への牽制としての役割を果たす。

 今回の件で、妖怪の脅威を忘れ掛けている人里の住人たちも、天狗を敵に回す事の恐ろしさを十分に思い出す事だろう。

 火のない所に煙を立て、情報を操り他の妖怪たちを手玉に取る最悪の種族として。

 

「はたてや阿求さんたちが貴女に事情を知らせなかったのは、決して悪意からではありません。むしろ逆に、貴女が真実を知る事で心を痛める可能性を憂いたからなのです」

「――貴女はどうなの?」

 

 ここまで黙って文の話を聞いていたアリスが、ようやく口を開いた。

 

「私ですか?」

「えぇ、貴女もはたてや阿求たちと同じ考えなのかしら? さっきの女性天狗も今の貴女も、射命丸文の名前は出さなかったわ」

「……まぁ、私の事などどうでも良いではありませんか」

 

 アリスの質問を、文は肩をすくめて聞き流す。

 天狗側の想定外は、アリスが襲撃者を看破してしまった事だ。

 本来であれば、拘束した彼女は誘拐犯である野盗の元へ放り込む手筈だったのだが、正体がばれた時点で計画の変更を余儀なくされてしまった。

 

「知る事が罪とは言いません。今回の事件の顛末は、軽く調べるだけで簡単に耳に入れる事が出来るでしょう。ですが、はたてたちの想いを踏みにじってまで手に入れる「真実」に、一体いかほどの価値があるというのですか」

 

 アリスの口から天狗の関与が暴露されてしまっても、白を切れば良いだけなので特に大きな問題にはならない。

 だが、彼女との決定的な敵対は天狗側も望んではいない。互いの妥協点を模索する為に、この魔法使いとの交渉が必要になった。

 

「愚問ね――私が知りたいと思う。真実を求める理由は、それだけで十分よ」

「まぁ、半端な感情論などで貴女を諭せるなどとは私も思ってはいませんよ。なので、時間を掛けて「話し合い」をするべくこういった場所までご足労頂いたという次第でして――あっさり脱出されてしまいましたがね」

 

 選ばれた交渉役は、射命丸文。

 しかし、彼女もまたアリスを本気で説得しようなどとは露とも考えてはいない。

 

「ここは、幻想郷のルールにのっとって弾幕ごっこと洒落込みたい所ですが、貴女の腕前では私の勝利は確実です。下で散々暴れられたようですし――」

 

 そこで言葉を区切った文が、腰の扇を手に取りアリスへと突き付けた。

 

「さぁ、手加減してあげますから本気で掛かって来なさいっ!」

 

 その勝負の宣言をもって、アリスの周囲に人形が次々と出現し、彼女の唱えていた魔法が発動する。

 

「「黒霧炎(ダーク・ミスト)」」

「球状の闇――まるでルーミアさんですねぇ。ですが――っ」

「がはっ!」

 

 アリスの発生させた自身を覆う闇の球へと、文はまるで臆する事なく突進し中に隠れていたアリスを壁へと蹴り飛ばす。

 

「知り合いと争いになった場合、まず最初に加減と牽制を考えてしまうのは貴女の悪癖ですよ」

 

 例え未知の魔法であっても、危険がないと解りきっているのならば何の脅威にもなりはしない。

 戦闘時において、アリスの優しさと気遣いは足枷以外の何ものでもないのだ。

 

「本気で来いと言ったはずです――まぁ、これで終わりですがねっ」

「ぐぅっ!」

 

 更に続けて、アリスが動き出すよりも早く接近した文は、人形遣いの鳩尾へと膝蹴りを叩き込みながら彼女の両腕を掴み、しっかりと拘束する。

 

「はい、これで決着です。もう呪文は唱えないで下さいね。兆しがあれば、また痛い思いをする事になりますよ」

 

 アリスは、魔法の糸で人形を動かす時にも指の操作を必要とする。それを知っている文は人形遣いの指に自分の指を絡め、些細な変化も見逃すまいと更に身体を壁へと押し付けた。

 これでもう、アリスは魔法を唱える事も人形を操る事も出来ない。腕力も文が圧倒的に勝っている為、肉体的な抵抗も無意味だ。

 

「申し訳ありませんが、私も少々苛立っていましてねぇ。これ以上聞き分けのない行動を取りますと、貴女の大事な人形諸共散らかしますよ(・・・・・・・)?」

 

 触れ合いそうなほど近くでアリスを睨む天狗の怒りは、自身に向けられてのものだった。

 

「油断から情報戦で敗北したのが原因とはいえ、私があんな捏造記事を書かされる事になるとは……っ」

 

 ゴシップは良い。最初から信じる者など居ない内容であれば、騙される者も居ない。

 多少の脚色も、記事を盛り上げる為ならば許されるだろう。

 だが、捏造は駄目だ。嘘八百を並べ立て、真実を覆い隠し読者を間違った方向へ扇動しようなどとは、記者として絶対に認めてはならない最低の所業なのだ。

 

「私の矜持(プライド)がどれほど軋んだが、貴女には理解出来ないでしょうねぇっ」

 

 組織の一員として。また、情報を扱う烏天狗でありながら人里の噂を手遅れな規模に広がるまで放置してしまった責任として、文はアリスの失踪を記事に書いた。

 悔しさと惨めさに、何度も筆を圧し折りながら。

 だが、それはアリスには何の関係もない話だ。彼女に怒りをぶつける事は、お門違いもはなはだしい。

 

「ねぇ、今どんな気分です?」

 

 文自身、それは十分に理解している。

 理解してなお、彼女は人形遣いへと悪感情を吐き出し続けている。

 途轍もなく我侭で、自分勝手な行動。

 道理に合わず――それでも、文はアリスに伝えたいのだ。言葉ではなく、自身の行うこの行動そのものを見せて。

 自分は悪だと――そして、貴女もまた悪であると。

 

「理不尽でしょう? 苦しいでしょう?――私を、憎いと思うでしょう?」

 

 文の顔が歪む。皮肉気に見下した笑顔を見せようとして失敗した、中途半端に引きつった表情に。

 左手の拘束を解いてアリスの胸倉を掴み、文は遂に心の底から言いたかった言葉を魔法使いへと叫んでいた。

 

「だったら――貴女は怒って良いのですよ!」

「――え?」

 

 目の前から告げられる文の荒げた声に、アリスの口から漏れたのは戸惑いを含んだ疑問符だった。

 

「否定して良いのです! 拒絶して良いのです! そうやって何も語らずに受け入れるから、皆が皆その甘さによって真実から目を背け、貴女にどれほどの不幸と苦痛を背負わせているか理解しようともしない!」

 

 アリスの服から手を離して片手を握り直した文は、彼女の混乱をお構いなしに次々と言葉を紡いでいく。

 文はアリスを見ていた。幻想郷に現れたその時から、取材対象としてずっと。

 友人になった者たちを愛し、無償の優しさを向ける彼女も。

 異変や事件に巻き込まれ、傷付き倒れながらそれでも最善を尽くそうとする彼女も。

 ――そして、そんな彼女の傷と苦難を知らないまま、当たり前のように七色の魔法使いを頼り甘える周囲の少女たちも。

 

「地底の異変で確信しました! 感情が薄い事を言い訳に、彼女たちへ真実を隠し正面から対峙する事を逃げているのは、貴女の方ではありませんか!」

 

 地底でアリスの身に降り掛かった不幸の詳細を、文は知らない。

 だが、彼女が黙している時点でそれが小さな問題でない事は明白だ。

 知る事は罪ではない。だが、伝えない事は罪だ。

 文は、真実を追求する清く正しい記者としてアリスの行動を決して認める訳にはいかなかった。

 哀れんだ訳ではなく、情が沸いた訳でもない。

 ただただ、アリスが常に泣き寝入りしている様子が気に入らないのだ。

 皆の笑顔の為に、黙したままその身を犠牲にしていく人形遣いの魔法使いが、本心から気に入らないのだ。

 

「真実を知らせて貰えない辛さは、十分に理解出来たでしょう!? その例え難い苦しみを、貴女は友人と語る彼女たちにも味合わせているのですよ!」

「……もしかして、それを伝える為に私をこんな方法で巻き込んだの?」

「おめでたい方ですねぇ。私は、貴女のやっている虚構に塗れた「友達ごっこ」が気に食わないと言っているんですっ」

 

 珍しく、驚きから瞬きを何度も繰り返すアリスへと、文は吐き捨てるように否定を被せる。

 

 感情的になっている事は認めよう。

 それでも、この唐変朴の魔法使いに気付かせる為には、これぐらいでもしなければきっと足りない。

 

 そんな想いを胸に、アリスを強く睨む文の前で感情のない人形の魔法使いに変化が訪れた。

 彼女を知らない者にとって、それはとてもとても小さなもので――

 彼女を知る者にとって、それはとてもとても大きな変化だった。

 

「――文、貴女に良い事を教えてあげるわ」

「貴女……笑って……」

 

 少女は笑っていた。

 口の両端を、ほんの僅かに持ち上げて。にっこりとは言えない、それでも、見惚れるほどの確かな微笑を浮かべて。

 

「笑うべきと解った時は、泣くべきではないのよ」

「一体、何を――」

 

 アリスの顔が少しだけ近付き、同じだけ文の顔が離れる。

 

「おはよう、こんにちわ、こんばんわ、ありがとう、ごめんなさい――」

 

 歌うように、祈るように――瞳を閉じた少女が、その情景を思い出しながら言葉を紡ぐ。

 

「貴女たちが、何気なく私にくれるその言葉たちが。その気はなくとも、私に「ここに居て良い」と示してくれるその態度が、一体どれほど私の救いになっているか――貴女には理解出来ないでしょうね」

 

 文は知らない、アリスの抱える本当の苦悩を。

 「居てはならない存在」、「誰かである自分」、「覚める事のない胡蝶の夢」――常に不確かで揺らぎ続ける少女の足場を、しっかりと二本の足で立てるほど強固な地盤にしているのは、彼女が今まで出会い経験して来た幻想郷での暮らしそのもの。

 

「誰にでも、間違いやすれ違いは起こるわ。優しさや気遣いが、相手にとって迷惑や苦痛に繋がる事だってある――そんな時は、こうやってケンカをすれば良いのよ」

 

 だから彼女は慈しむ。受けた恩を返す為に、その出会いに感謝を示す為に。

 

「ケンカして、仲直りして――相手の事を沢山知って、自分の事も沢山知って貰えば、きっともっと仲良くなれる。それは、とてもとても素敵な事よ」

 

 アリスが語るのは、幼稚な理想論でしかない。

 幾度もの不幸があり、幾度もの理不尽があった――その上、何度死に掛けたのかも解らない。

 それでも、アリスは今ここで生きているのだ。己の意思で立ち、己の意思で行動し、己の意思で生き方を決定している。

 その意思を否定出来るのは、他の誰でもないここに立つアリス・マーガトロイドただ一人だけ。

 

「貴女の言う通り、皆に隠し事をしている私がはたてや阿求たちを責める理由はないわ。彼女たちの為に嫌われ役を買って出たのでしょうけれど、当てが外れたわね、文」

 

 伝えない事は罪だ。だが、誰かを悲しませない為ならば、アリスは喜んでその罪を背負う。

 それこそ、その身が果てる最期の時まで、彼女は背負うと決めているのだ。

 

「だって私は、貴女の事も大好きなのだもの」

「貴女という人は……どこまで――っ」

 

 想いの伝わらない歯痒さからか、単に直球の好意を向けられた為の羞恥か、顔を更に赤らめて文が怒鳴ろうとしたその時、外部へと繋がる扉が轟音を立てて吹き飛ばされた。

 

「アリスっ! 普通の魔法使い様が助けに来てやった……ぜ……」

「アリスお姉ちゃん! フランも居る……よ……」

「東風谷早苗、ただいま到着です! 悪党外道を蹴散らして、アリスさんの元……へ……」

「アリスはこの先よ! もうこれ以上、友達に迷惑は掛けられない……わ……」

 

 扉から飛び出して来たのは、アリスを牢から助け出そうと意気込む四人の乙女たち。

 そんな彼女たちは、部屋の中でもつれ合った文とアリスを見つけて完全に言葉を失っていた。

 

 ここで、現在の状況を詳しく説明しよう。

 

 現在、アリスは文によって壁に押さえ付けられ、その両手は(人形を操れないように)指と指の間に文の指が挟まり、(動きを封じる為に)身体を密着させた状態で顔は触れ合いそうなほどに近い。

 (仕込んでいた人形の部品を取り出した為)ボロボロになった服、(喉の火傷と打撲の熱によって)上気した頬、僅かに潤んだ瞳。

 対する文は、(話の通じない苛立ちによって)鬼気迫る表情でアリスへと迫り、(感情的になって喋っていた為)興奮によって息を弾ませている。

 

 何と言うか、もう誤解しか生まれなかった。

 

「「「「……」」」」

 

 アリスを救出に来た四人は、一言の会話すらないまま各々の脳内裁判で、被告人射命丸文の死刑判決を可決する。

 両の目から光を失った魔理沙が、無言で八卦炉に魔力を込めれば、同じく虚ろな目となったフランが無言で巨大な炎剣を出現させた。

 続けて、光のない目で早苗が無言のままお払い棒を振り上げ、最後に両目から光を消したはたてが、無言で携帯電話型のカメラを使い現場を何度も激写する。

 

「えーっと……」

 

 ここに来て、自分の立たされている立場を察した文は、脂汗を流しながらどうにか状況を打開出来ないかと頭を捻り――そして、それが不可能である事を理解して全てを諦めた。

 

「――私は無実です」

 

 伝統文屋の末期の台詞は、そんな面白味もない在り来たりなものだったという。

 

「「「「死いぃねぇぇぇぇぇぇぇっ!」」」」

 

 見事な唱和を持って、極光が室内を埋め尽くす。

 今宵、幻想郷のどの位置からでも見えるほどの巨大な光の柱が、何本も立ち昇る姿が確認されたらしい。

 こうして、長いながい一夜限りの大きな事件は、悲しい一つの誤解と共に幕を閉じたのだった。

 時を同じく、どこかの遠くで千里眼を持つ少女と水晶を覗く少女の長く深い溜息が延々と吐き出されていたのは、語るまでもない蛇足なのだろう。

 




何時からこの話のオチが、シリアスだと錯覚していた?
犯罪者とはいえ、人間をあれだけ無残に殺しておきながら本当に酷いオチですね(白目)

ちゃうねん(二度目)
文はな、もっとこう主人公の行動に客観的な視点から否定意見を出せるような、クールでホットなリアリストを目指してたねん。
断じて、こんなツンデレを煮凝りにしたような面倒可愛いキャラにするつもりはなかったねん。

どうしてこうなった……orz

この話は、次回でちゃんと解決する予定です(笑)

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