東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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眠さマックス!

碌に確認して無いのに上げます!

おかしい部分は、後で修正しますですはい……zzz


25・人間が悪い話・妖怪が恐い話(承)

 青と白の混在していた空が、徐々に黄昏色へと染まり始める。

 夕焼け小焼けに烏が鳴くまで遊んでも、子供たちの体力が尽きる事はない。

 

「わたし、メディスン! この子はスーさんよ! 閻魔様に言われて皆にこんにちわして回っているの! 貴方はわたしのお友達になってくれる!?」

「う、うん……」

 

 小さな人形を抱える、人形のように整った容姿をした――実際に人形な訳だが――無名の丘と呼ばれる鈴蘭畑で生まれた小柄な金髪の少女、メディスン・メランコリーに笑顔で右手を差し出され、同年代に見える黒髪の少年が照れながらその手を握る。

 

「あー、コイツ照れてんぜぇ!」

「ひゅーひゅー!」

「ち、違うよ! そんなんじゃないったら!」

 

 小さな男の子特有のからかいに、メディスンと握手をしていた少年がムキになって反論し、そのままおにごっこへと突入していく。

 

「暴れると危ないよ? それじゃあ――はい!」

「うわぁ――あははっ! 大ちゃんもっともっとぉ!」

 

 その近くでは、浅黄色の服を着た少女の両脇に腕を通し、大妖精が興奮する少女と一緒に空を飛んであげていた。

 

「ねーねー。リグルって、蛍なんだよね?」

「うん、そうだよ」

「……お尻って光るの?」

「――え?」

「あ! それ、わたしも知りたい!」

「わたしもー!」

「えぇ!? ちょ、ま、待って、ホントに待って! 男の子も居るから! 見てるから!」

 

 女の子たちと大人しく野花を愛でていたはずのリグルは、彼女たちの旺盛な好奇心を前にズボンを押さえて涙目状態だ。

 人里の近くに作られた、慧音の自宅。平地の中に一つだけぽつんと建つその家の近くで、多数の子供たちに混じって複数の人外たちが戯れている。

 本来慧音は人里に住む事も可能なのだが、それは今だからこその話。

 何代か前の博麗の巫女が流れを作り、先代の時代にしてようやく取り決めが緩和されるまでは、純血ではない人間は人里に住む事は許されなかった。

 妖怪が、妖怪として歴然と猛威を振るっていた時代であればそれも致し方ないという風潮がある反面、例え半妖や混血であっても力を持たない者がただそれだけの理由で見捨てられ迫害されていたという事実は、中々に苦いものがある。

 慧音が人里ではなくここに住み続けるのは、そういった過去を忘れないよう自身への戒めとしている意味も含まれていた。

 今、この場に居る妖怪その他は比較的危険度の低い者が多いが、それでもどこかで歯車が狂えば悲惨な事故に繋がりかねない。

 下手に諌めた所で、既にそれらの人外たちと仲良くなってしまった子供たちが正直に従うとは思えなかった慧音は、仕方なく自分の家の周辺を開放する形で限定的に交流の場を設ける事にしていた。

 妖怪とは、人間を食らう恐ろしい存在だ。しかし、接し方さえ間違えなければ住み分けや不干渉、もしくは共存を模索出来る者も確かに居る事を知って欲しい。

 それが、取り返しの付かない破綻になり得ると理解しながらも、慧音はこれから生まれて来る次世代の子供たちにその思想を与えたいと願っていた。

 

「うおぉぉぉっ! こ・れ・が、あたいがレティから習った最強の新技よぉ!」

「すげー! チルノちゃんの両手からお椀にカキ氷が出てるー!」

「シロップ! ねぇ先生、シロップない!?」

「わたし、イチゴが良い!」

「まったく、食いしん坊共め。まだ春先だぞ」

 

 とはいえ、氷の妖精などとはしゃぐ子供たちにしてみれば、慧音の決意など知る由もない事だ。こういう光景を見ていると、難しく考える事が時折バカらしくなるから不思議である。

 

「確か、この前アリスから菓子作り用にお裾分けされたのがあったよね。これを見越してたんだろうし、適当に幾つか持って来るよ」

「あぁ、ありがとう」

 

 縁側で隣合い、慧音と一緒に緑茶を飲んでいた妹紅が湯飲みを置いて立ち上がった。

 

「そちらさんは、何か食べたい味の希望はあるかい?」

「遠慮しておくわ」

 

 妹紅が問うたのは、更にその横へと座っている花妖怪、風見幽香。極悪妖怪として知られる彼女がメディスンを伴って現れてから、慧音の胃痛は更なる悪化の一途を辿っている。

 

「……」

「そう警戒しないで。ここで暴れるつもりはないわよ」

「信用したいが、信用出来ない」

「ふふふ、疑う事は大事よ。猜疑と不安は、弱者の特権だものね」

 

 子供たちの安全の為にと、隠しもしない半獣教師の警戒心を絶対強者は変わらぬ笑顔で受け流す。

 

「貴女にとっても、悪い話ではないでしょう? 花の異変で外に出るまで、他者との関わりを持たなかった今のメディに必要なのは沢山の者との出会いと会話。そして、それが貴女の望む方向に誘導出来れば、危険な妖怪を人間の傀儡とする事も不可能ではないのだし」

「私が、何時そんな事を望んだと言うんだ」

「利用して、利用されて。「共存共栄」って、貴女の好きそうな言葉だと思ったのだけれど、違うの?」

「……違うな。何もかもが違い過ぎる」

「ふふ、難しいわね」

「――ごうがーい! 号外でーす! ちゃんと読まないと、若い子に置いて行かれますよー!」

 

 一方的に会話を楽しむ幽香と慧音の頭上から、はつらつとした幻想郷の伝統文屋――射命丸文の声が響き渡った。数秒もしない内に、上空から大量の紙束がばら撒かれていく。

 

「珍しいな、あの烏天狗がこんな場所まで号外を配るとは」

「ここに投げても、貴女ぐらいしか読む人は居ないものね」

 

 豪快なゴミ捨てにも似た行為が終わった後、子供たちは早速号外の新聞紙で折り紙や紙飛行機の作成に勤しみ始めた。

 

「ゆうかー、これ読んでー」

「貸しなさい! あたいが読んであげるわ!」

 

 メディスンが幽香に渡そうとしていた一枚の号外を、横からチルノが強引に奪い取る。

 

「あぁ、返してよー!」

「ふふん、任せなさい! えーっと……『人里の失踪事件にまさかの展開! 捜査協力を請け負った七色の人形遣い、突然の消失!』――へ?」

 

 記事の見出しを大声で読み上げたチルノは、直後その内容に間の抜けた声を上げた。

 

「アリス、誘拐されちゃったの!?」

「そんな、アリスお姉ちゃんが……っ」

「私、他の皆に知らせて来る!」

 

 心配や不安をあらわにする子供たちや、慌てて飛び立って行くリグルとは違い、保護者としてこの場に居る妹紅と幽香の反応は淡白そのものだ。

 

「ふぅん。あの人形遣いさん、また面倒事に巻き込まれてるんだね。大変だ」

「あらあら、あの娘も学習しないわねぇ」

 

 元々が話半分の記事である上、ある程度実力があり相応の修羅場も経験しているあの魔法使いが、そう簡単にどうこうなるとは考え辛い。

 

「バカなっ。この記事を、郷中に広めているというのか!?」

 

 ただ一人、慧音だけが記事の内容を熟読して声を震わせていた。

 筆頭すべき部分は、主に三点。

 本日早朝、アリス・マーガトロイドが稗田家に召喚され、失踪事件について何らかの依頼を受けた事。

 同日昼、人里から離れた場所にある森でそのアリスの操る人形が一体争いの跡と共に発見され、現在彼女の所在が不明瞭である事。

 そして最後に、今回の失踪事件と妖怪の山の麓で散見される人間の野盗団の関連性が、これみよがしに記されていた。

 幾ら天狗の号外にしても、情報が速過ぎる。どう考えても、扇動を目的とした記事である事は明白だった。

 人形遣いの魔法使い、アリス・マーガトロイド。

 彼女に対しての悪意ある行為は、あの表情と感情の欠落した少女を慕う全ての人妖を敵に回すと宣言しているに等しい。

 

「虎の尾を踏みながら、龍の逆鱗に触れるようなものだぞ……っ」

 

 年の若い妖怪や位の低い妖怪は、基本的に純粋な精神を持つ為行動が安直で直情的だ。

 アリスと親しい妖怪たちがこの記事を読んだ場合、まず間違いなく彼女を助けようと行動を起こすだろう。

 怒りと興奮に任せ、歪められた矛先へ向けて実に妖怪らしい方法で行く手を阻む者を排除しながら。

 

「それが狙いなんでしょうよ。天狗の記事だけど、人間も一枚噛んでいるのかしらね。いかにも小賢しい手口」

 

 顔をしかめる慧音とは違い、幽香の態度は悠然としたまま揺るぎもしない。

 この号外は、嘘ではないが語っていない部分がある事をあからさまに示している。ある程度の良識があれば、記事の内容から天狗からの意図を読み取るのは容易い。

 この記事がばら撒かれた時点で、天狗たちの目的はほぼ達成されていた。これは、記事であると同時に正式な契約を行わない不誠実な依頼書でもあるのだ。

 知らずに関わるも、知っていて関わるも読み手次第。天狗はあくまで記事を書いたに過ぎず、これを読んだ誰がどんな行動を起こしたとしても、それは行動を起こした者の自己責任として扱われる。

 勿論、幽香はこんな低俗な催しになど参加しないし、関わる気もない。

 

「ゆうか! わたし、アリスを助けたい!」

「好きになさいな。一々私に聞かなくても、貴女はもう自分の手足で動けるでしょう?」

 

 そして、元々気紛れで付き合っているに過ぎないメディスンの願いを、無理に引き止める理由もなかった。

 

「どうやら、あたいの出番が来たようね! アリスを悪党一味から取り返すわよ!」

「危ないよぉ、チルノちゃん。それに、アリスさんが今どこに居るのかも解らないし……」

「大丈夫! あたい最強だから!」

 

 大妖精の心配に対し、チルノは何の根拠にもならない自称を堂々と掲げてふんぞり返る。

 

「チルノちゃん、頑張って!」

「悪い奴なんて、みんなやっつけちゃえ!」

「ふっふっふっ、全部あたいに任せておきなさい! このあたいが行くからには、悪党なんてあとのせさくさくよ!」

「チルノちゃん、それってお茶の子さいさい? あ、待ってよぉ!」

「わたしも一緒に行く!」

 

 子供たちからの声援を受け、上機嫌に空の彼方へと消えていく氷の妖精を大妖精とメディスンが追いかけて行く。

 

「せんせー……」

「大丈夫だ。何も心配はいらない――すまない妹紅、子供たちを任せる。私は、真相を確かめに阿求の屋敷へ行く」

「はいよ」

 

 不安がる子供たちに目線を合わせて頭を撫でた後、慧音は妹紅に場を託し号外を片手に人里へと向けて走り出す。

 

「貴女も大変ね」

 

 残された二人の女性の内、幽香がのんきに出されたお茶を飲みながら妹紅を労う。

 

「そうでもないよ。慧音の頑張ってる姿ってさ、凄く「生きてる」って感じがしてて可愛いんだよね」

「はいはい、ごちそうさま」

 

 子供たちをあやす妹紅ののろけに、幽香は溜息を一つ吐いて肩をすくめた。

 

「さて、ガキ共を人里に送って来るから、幽香はそのカキ氷でも適当に食べててよ」

「私ももう行くわよ。家主の居ない他人の家に、一人で居座わる気はないわ」

 

 長く時を生きた者たちにとって、全ては小事。二人は不穏な空気の中でさえ、当たり前のように日常を送っている。

 

「しかし、アリスもよくよく割を食うね。ここまで来ると、私も流石に同情するよ」

「毎度、八方美人をしているツケが回って来ているだけよ。子供じゃないんだから、誰彼構わず愛想を振り撒いた責任くらい自分で取らせなさいな」

 

 彼女らはアリスの友人だ。立場として対等であり、それは一方的に援助や救済を行う関係ではない。

 だからこそ、二人のこの態度はあの人形遣いに対する信頼の証も含まれているのだ。

 まぁ、当の本人にとってそれが悲しいほどに不要な信頼だという事実を、二人がまるで知らないからこその態度なのだが。

 或いは、その事実を不死人とフラワーマスターが知る機会は、永遠に訪れないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「神奈子様! 諏訪子様! 一大事、一大事です!」

「早苗、落ち着きなさい」

 

 靴を脱ぎ散らかして家に入り、買い物袋と一枚の紙を手にどたどたと慌しく居間に乱入した早苗を、煎餅を口にくわえてくつろいでいた神奈子が諌めた。

 

「今日のごはんなにー?」

 

 同じ部屋では、諏訪子も同様に畳へと寝転がってだらけている。

 

「肉じゃがと、揚げ白子のかりかりサラダです!――とにかく、この号外を読んで下さい!」

「ふむ……んー、あー」

 

 興奮する早苗から号外を受け取った神奈子は、記事を斜め読みした後頭を掻いて間延びした声を出す。

 

「私は早速、アリスさんの救出に向かいます!」

「待ちなさい」

 

 服の裾からお払い棒を取り出し、勇んで飛び出そうとする風祝(かぜはふり)の少女を祭神が言葉で止めた。

 

「神奈子様?」

「いいかい、早苗。良く聞くんだ」

 

 足を止めて振り向いた早苗へ向けて、居住まいを正して瞳を閉じた神奈子がとうとうと語りだす。

 

(いくさ)にも(まつりごと)にも、「流れ」というものがある。見たもの、聞いたものをもう一度自分の中で吟味し、それを正しく理解した上で今後の方針を考える事が大事なんだ」

 

 時に、信仰には(まつりごと)も必要になる。

 守矢神社の実質的な管理者である早苗は、その場面になって「知らない」では済まされない。

 

「この記事を深く読めば、天狗たちの考えに辿り着く事はそう難しくはない。天狗たちもそれを望み、騙された者か意図を読んだ上で介入して来る物好きだけを相手取る気だ」

 

 アリスの名は、ただの呼び水に過ぎない。個を尊ぶ妖怪たちに、共通の目的意識を与る為の適任が彼女だったというだけの話だ。

 

「確かに、あの魔法使いの普段を考えれば早期解決の為とはいえ、こんな強引な手段に手を貸すとも思えない。だけどね、つまり人間と天狗たちは手段を選んでいられないほど、逼迫していた状況に置かれているという事でもあるんだよ」

 

 逆に言えば、こんな号外を出している時点でアリスの身の安全はある程度保障されているのだ。

 ある意味自白に等しい記事を書いておきながら、味方の多過ぎる彼女を傷物にでもすれば最悪妖怪の山が比喩抜きで消し飛ぶ。

 流石に、山の組織といえど不特定多数の妖怪その他を全て相手取れるほどの戦力を、持ち合わせてはいない。

 

「半端な情報で介入すれば、敵味方も解らず事態を混乱させるだけだ。お前も、これからは前ばかりではなく足元をしっかりと確認してからだね――」

 

 なおも続きを語ろうと神奈子が目を開けた視線の先には、机の煎餅を取りに来た諏訪子だけが映っていた。

 

「ん? 話が長くなりそうだからって、もう行ったよ」

「……」

 

 彼女の言葉通り、早苗はもうどこにも居ない。

 軍神の顔がなんとも言えない表情に歪んだ後、幸せを逃す短い溜息が吐き出される。

 

「はぁっ……元気なのは結構だが、あの娘にはどうにもしとやかさが足りないな」

「今の所は、アレで別に良いんじゃないの? 年を取れば、イヤでも動けなくなっていくだろうし」

「お前がそうやって甘やかすから、あの娘が調子に乗るんだろうが」

「何言ってんだか。自分だって早苗が行ったの解ってるくせに、さも「私は気付いていませんよー」なんて態度で見逃してさ。甘やかしてるのはどっちだよ」

「……放任ガエルめ」

「べーだ、ただ甘ヘビ――あぁっ!」

 

 子供のケンカ染みた口論の途中で、突然諏訪子が大声を上げて早苗の出て行った玄関の方を向く。

 

「どうした?」

「晩ごはん! 作る前に行っちゃった!」

 

 時間的には、そろそろ日が沈もうかという頃合だ。今から作り始めなければ間に合わないというのに、その料理人が出掛けてしまった。

 部屋の隅に置かれた買い物袋から、買って来たジャガイモがころりと落ちる。

 

「帰るまで待ってるか、自分で作りなよ」

「解ってるくせにぃ! バ神奈子のバカ! アホ! おたんこなす!」

 

 諏訪子は、単に食事がしたいのではない。早苗が手ずから作った料理を、皆で囲んで食べる団欒という行為を楽しみたいのだ。

 疲れて帰って来るであろう早苗に今晩の料理を頼むのが酷である以上、今日の楽しみは完全にご破算となってしまった。

 

「あーうー! にくじゃが~! ごはん~!」

 

 飢えるはずもない神の物悲しくも可愛いらしい声が、妖怪の山の高みからどこまでも木霊していく。

 結局、諏訪子が拗ねてしまったので神奈子が仕方なく代理で料理を作ってあげるのだが、出来上がった料理に蝦蟇神から「不味い」、「早苗の料理じゃなきゃイヤだ」などと不満をぶつけられ再度のケンカが勃発するのは、どうでも良い蛇足である。

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の大図書館。

 外の流れから隔離されたようにすら思える、静謐に満ちた安息の空間。

 

「パチュリー!」

 

 ――なのだが、その静寂は何時も破られる運命(さだめ)にあるのかもしれない。

 

「何時も以上に騒がしいわね――用事なら聞かないわよ。お帰りはそっち」

 

 現れた白黒の魔法使いに対し、七曜の魔女はもてなしに動こうとした小悪魔を片手で制しながら、相手の次の言葉すら待たずに退室をうながす。

 

「なんでだよ! 霊夢からも、「今忙しい」とか適当な事言って追い返されるし! この記事、お前たちも読んだんだろ!?」

 

 パチュリーの要望を無視し、魔理沙は肩をいからせながらずかずかと歩み寄ると、視線を上げようともしない図書館の主が読む本の上に例の号外を叩き付けた。

 

「――えぇ、確かに読んだわ。それが何?」

「誤魔化して書いちゃいるが、アリスの誘拐は天狗の仕業だ。何人か天狗をとっ掴まえて弾幕ごっこでぶっ飛ばしたが、誰も口を割りやしない。もしかしたら、天狗の中でもこの件に関わってる奴は限られてるのかもしれないぜ」

「ふぅん」

 

 真剣な表情で、魔理沙から記事には書かれていない部分を告げられても、パチュリーにとっては推測で辿り着ける程度の事実。興味もないと、適当な相槌を打つだけだ。

 

「アイツが心配じゃないのかよ!?」

「ふっ。貴女に心配されるようじゃ、彼女もまだまだね」

「~~っ! あぁ、そうかい! じゃあ私だけでやってやるよ!」

 

 斜めに構えた態度を崩そうともしないパチュリーに、魔理沙は怒りで顔を真っ赤にさせながら怒鳴り散らす。

 

「こんな方法で、アイツを利用する目的なんて知った事じゃないぜ――最短で辿り着く為に、アリスの今居る場所が知りたい」

 

 魔理沙は、自分の要望を無理難題だとは思わなかった。

 占いや失せ物探しも、魔法の領域だ。自分では感知の出来なかったアリスの魔力を、魔道の深遠に座すパチュリーならばきっと探り当てる(すべ)があると確信し、魔理沙はこの場におもむいたのだ。

 

「……対価は?」

「お前の望む通りに」

 

 ここで、ようやく視線を上げたパチュリーと本気の目をした魔理沙の双眸が重なり合う。

 きっかり三秒。無言で魔理沙の視線を受け止めていたパチュリーが、盛大に溜息を吐きながら椅子にもたれ掛かった。

 

「――子供ね」

「パチュリー!」

 

 魔理沙の剣幕を平然と流し、読み掛けの本を閉じて転送すると、パチュリーは椅子から立ち上がって白黒の魔法使いに背を向ける。

 

「条件が一つあるわ。貴女の行き先に、妹様も一緒に連れて行く事」

「フランも?」

「迂闊な門番のせいで、その号外を読んでから手が付けられなくなっているのよ。今はレミィと咲夜が何とか抑えているけれど、屋敷に大穴が開くのは時間の問題みたいだし」

「あぁ、さっきからの揺れと音ってそういう事なのか。良いぜ、その条件を飲んでやる」

「――小悪魔」

「はい、アリスさんの探知ですね。既に準備は整っております。触媒は、何をお使いになられますか?」

 

 魔女同士の交渉が成立し、名を呼ばれた小悪魔がにっこりと笑いながら従者としての手腕を遺憾なく発揮した事を述べる。

 

「そうね……そんなに深く探るつもりはないから、今回は髪の毛だけで良いわ」

「かしこまりました」

「ほら、行くわよ」

「おうっ」

 

 歩き出すパチュリーに促され、魔理沙が鼻息荒くその後を追う。

 そこでふと、白黒の魔法使いは奇妙な違和感を覚えて立ち止まった。

 

 んん? 私今、とんでもない事実を見過ごさなかったか?

 

 彼女が違和感の正体を探ろうと、記憶を掘り起こしていた時間は数秒もなかっただろう。故に、彼女は気付く事が出来ない。

 

「何をしているの。さっさと来なさい」

「お、おぅ」

 

 再度促され、魔理沙は気が急いている事もあって自分の中に生まれた小さなわだかまりを、気のせいだと忘れる事にした。

 

「まったく……茶番に踊らされるのは、道化と子供だけで十分よ」

 

 先頭を進む七曜の魔女は、舞台袖から出る気は更々ない事を言外に語りながら、無駄な時間と労力を費やすべく己の研究室へと足を進める。

 

「……今度、あの娘に労いの茶菓子でも用意してみようかしら」

「媚薬入りですね! 薬物は、無味無臭のものを腕によりを掛けてご用意させて頂きます! この小悪魔に、万事お任せ下さい!」

「……やっぱりやめておくわ」

 

 図書館に住まう日陰の少女。

 気怠い魔女とその従僕は、今日も今日とて平常運転だった。

 

 

 

 

 

 

 深い水の底に似た、ゆらゆらと淀む意識がゆっくりと覚醒していく。

 

「ん……」

 

 ――知らない天井だ。

 

 お決まりの台詞が出て来たが、私が目覚めたのは本当に知らない天井と場所だった。

 石造りの天井と壁。窓はなく、今の時間帯は特定出来そうにない。

 明りは、壁にはめ込まれた謎の球体たちから。通路へ繋がる唯一の一面は、時代劇にでも出て来そうな木造の格子によって堅く閉ざされている。

 牢の中にはベッドの一つすら置かれておらず、私は床に転がされている状態だった。

 喉に違和感を覚えて触れようとするが、どうも手首の部分を後ろ手に縛られているようで、もがくだけになってしまう。

 見れば、足も同じようにして縄を巻かれている。今の私は、実に見事な虜囚状態らしい。

 喉の違和感の正体は、恐らく封印用のお札だろう。先程から口を開いて空気を吐き出すが、一向に声が出ない。

 魔力を全開で高め、札の封印に勝る出力をぶつければ外せるかもしれないが、今度はその時発生するであろう反発力によって札の貼られている私の喉が焼かれてしまう。

 出来なくはないが、最悪やったら火傷で窒息死する可能性すらあるので、魔法なしでは厳しい相手が敵で出て来るまで賭けは控えておいた方が良いだろう。

 

 呪文の詠唱が必須の魔法使いに対し、沈黙の状態異常とか。

 相手方も、様式美を良く解っていらっしゃるじゃないの。

 

 さて、これからどうしたものかと上半身を起こして、とりあえず周囲をもう一度観察してみる。

 見事なまでに何もない室内。外を見ても、そこには何もない。

 というか、見張りも居ない。

 

 ……舐めとんのか。

 

 そちらの都合で誘拐したにも関わらず、まさかの放置プレイである。

 良く解らないが、これはもう帰っても良いのだろうか。

 

 いや、まぁ、なんだ。

 ここまで侮ってくれるなら、むしろ大助かりなんだけどね。

 

 魔法を封じただけで、私を無力化出来るなどと考えられては笑止千万である。

 実際、「魔法が使えなくなりましたから、どうか許して下さい」などと言うだけで助かるような生温い土地ではないのだ。

 最上位クラスには到底届かず、正に中途半端という言葉がお似合いである私の実力では、奥の手や隠し手は幾らあっても足りはしない。

 

 ……帰ろっか。

 

 はたての言葉通りなら、ここで大人しく待っていればいずれ解放されるのだろうが、生憎私は不誠実な相手に義理を通すほどお人好しではない。

 

 ふんっ。

 寝ている私に、毛布すら寄越さなかった事を後で悔いるが良いさ。

 

 攫われる直前の現場に蓬莱を隠し、第一発見者へと「後を頼む……がくっ」という迫真の演技をするようにインプットして置いて来たが、誰が拾うかまでは解らないので余り期待し過ぎるのも問題だろう。

 自分の事は自分でやるのが、一人暮らしと幻想郷の鉄則だ。

 どこかの組織に属する事も出来たのに、立場の弱さを承知で一匹狼を貫きあの家に住み続けると決めたのは、他でもない私自身。

 役に立てるというのであれば、私を頼ってくれるのは一向に構わない。だが、権力や暴力に屈して自分の意思を捨てる気は毛頭ない。

 よって、私は今から自力で脱出を試みる事にする。

 

 それでは――よいしょっと。

 

 無言のまま、軽く操作をして自分の左腕を外す(・・)。腕が一本外れた事で拘束の輪が無意味となり、私は自由になった右腕を正面へと移動させた。

 ベルトの留め金をずらせば、そこから出て来るのは小型のナイフ。それを右手で取り、指だけを動かして手首の縄を切断していく。

 腕が終われば、今度は足だ。自由になった私は左腕とナイフをはめ直すと、立ち上がって一度軽く伸びをする。

 これが、私の百八ある奥の手――流石にそこまで多くはないが、それでもそれなりの数を持つ奥の手の中でもある意味最終手段と言える切り札だ。

 「吸血鬼異変」以降、私の左腕は精巧な義手となっていた。外装はほぼ生身と変わらず、触られた程度では違和感すら感じさせないだろう。

 

 というか、本当にリアル過ぎてたまに自分でも義手だって事忘れそうになるんだよね。

 殴り合いに平気で使ったりするし……私は愉快なミルさんか。

 

 勿論ただの義手ではなく、その内部に幾つかの機能と武装が内蔵されている。

 これは、フランとの戦いでの後遺症によるものなどではなく、私が自らの意思で無傷な腕を切断した結果だった。

 現在、私の本物の左腕は家の地下室で培養液に漬かり、何時でも接合可能な状態で保存されている。

 私の命は私のものだが、私の身体は「アリス」のものだ。

 「アリス」の――他人とも言えるこの身体に手を加える。それは、許されざる蛮行である事は百も承知している。

 しかし、あの異変の後で半年以上悩んだ末の結論なのだ。私の弱さでは、これぐらいでもしなければこの身体を守りきれない。

 この土地の弱肉強食を生き抜く為に、奥の手は本当に幾らあっても足りはしない。

 

 良し、お次はこちら。

 

 軽く気落ちしながらも、私は上着を脱ぐ。サービスシーンではない。

 ベルトから、再びナイフを取り出し服の裏地に切り込みを入れれば、そこから小さな人形の部品がポロポロとこぼれ落ちていく。

 気分は、某コンクリートジャングルの掃除屋さんだ。

 切り込みだらけでボロボロになった上着を羽織り直し、出揃った部品で素早く作製を開始する。

 私は人形遣いだが、人形作製師でもある。

 アニメやマンガで、人形を操って戦う者はそれなりに多い。そして私は、にとりたち河童の扱う超高水準技術を研究し魔法という超常技術すら体得した身だ。

 無論、趣味と実益を兼ねて獲得した技術と知識を総動員し、全力でそれらを作製したのは言うまでもない。

 ふざけていると言うなかれ、ユーモアや遊び心はとても大事だ。とりわけ、私のように人形などという酔狂なものを使って戦闘をする者には特に。

 これから出来上がるのは、そんな私が作製した中でも主役級から外れた脇役の部類に入る人形だ。しかも敵役。

 人形たちを完成させ、それらと糸の繋がった黒手袋を装着して準備が完了する。起立した人形たちが、私の操る糸によって仮初の命を吹き込まれたように動き出す。

 キリキリ、キリキリと、関節から摩擦の音を奏でながら私の意のままに動く従順な兵隊。

 「人形を操る程度の能力」に、元々魔力は必要ない。これは、才能という一点を努力によって昇華した技術でしかないのだから。

 ピエロの仮装と襟巻きを付けた、膝丈にすら届かないほどの小さな五体の人形。それらは両腕の変わりに、頸部にハサミ状の二枚刃が取り付けられている。

 

 灰は灰に、塵は塵に――人形は人形に還せ。

 さて、それじゃあ行こうか――ダクダミィ。

 

 人形を壊す為の人形を僕として、人形師、アリス・マーガトロイドの人形演劇(グランギニョール)がこれより開幕する。

 

 ――とか何とか言って、このまま普通に帰らせてくれたら良いんだけどねぇ。

 

『私がお手伝い出来るのは、これぐらいかなぁ――後は頑張ってね、アリスお姉ちゃん』

 

 恐らく無理なのだろう願望を抱く私の耳元で、心の瞳を閉ざした無意識少女の声が聞こえた気がした。

 




号外意訳「アリスを理由に、人狩り行こうぜ! ただし、自己責任な!」
――次回は、妖怪が恐い話となります。


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