東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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ちょっと文章がスランプ気味。

しかも寝不足気味で書いたので、多分後で修正します。



15・新約 とあるアリスの地霊殿(始)

「お姉ちゃんのお人形さん、壊れてしまったの?」

 

 私の家に遊びに来てくれたフランが、手近な椅子に腰掛けながら質問を投げ掛けて来た。

 きっと、今のフランは小首を傾げて可愛さ満点なのだろうが、私はそれをうぜぇ丸でしっかりと撮影しながらも、作業に集中している為に振り向く事は出来なかった。

 作業台の上に乗っているのは、青のワンピースを着た金髪の人形。上海人形が、腕の部分を解体された状態で置かれている。

 

「いいえ、壊れた訳ではないの。ただ、私が解らないだけ」

 

 最近、上海と蓬莱の調子がおかしい。

 別に、操作上での異常がある訳ではない。

 糸の掛かる調子も、操作に掛かる負担も、内部の武装に関する各種ギミックにも、一切問題はない。

 だが、違和感とでも言えば良いのか、長年使い続けた事で生まれる微細を知覚する部分が、ほんの僅かに彼女たちの変調を知らせて来るのだ。

 一度、全ての部分を細部まで分解した上で、間接部分やその他の部品の磨耗度や消耗度も調べてみたが、それでも何一つその理由を掴み取る事は出来なかった。

 上海と蓬莱以外でよく使う人形たちからは、似たような変調は一切感じられない。

 

 オールメンテをした二体に目に見える問題がないって事は、つまり、この子たちじゃなくて私に問題が出来たって事?

 

 上海と蓬莱にだけ。或いは、二体を操る私に発生した、奥歯にものが詰まったような言い知れない不和。

 

「だぁれ?」

 

 上海の腕を繋ぎ終え、解けない謎に頭を捻る私の耳に聞こえたフランの声は、私に向けたものではなかった。

 

「フラン、どうしたの?」

「「目」が見えるの。誰も居ないのに、そこに誰かの「目」だけが浮いてて。だから――」

「「影縛り(シャドウ・スナップ)」」

 

 フランの言葉を聞き終える前に、私は作業用のナイフをフランの見ている場所の横。明りの付いている場所の逆側の床――つまり、もし誰かが居るのであればその影となる場所へと投擲していた。

 相手の影を縫い止める事で、精神世界面(アストラル・サイド)から相手を縛るという尋問用に開発された呪文であり、相手の動きを封じた上で喋る事だけを許す拘束呪文だ。

 ノイズが走るように、何もない空間が突如としてぶれる。

 

「貴女は誰? 私は、フランドール・スカーレットっていうの」

「――わたし……わたしは、古明地こいし」

 

 自己紹介を行ったのは、真っ黒な円の唾付き帽子を被り、身体に繋げた管の先にある閉じられた第三の目を腰の辺りに浮かべた、一人の少女。

 一粒三十万センチのポーズで有名な、心と読心能力を閉ざしたさとり妖怪。存在感を消失させる「無意識を操る程度の能力」という、幻の六人目(シックスマン)やペパーミントのアイスクリーム屋さんと似たような能力を持つ、覚り妖怪の妹がそこに居た。

 同じ妹という属性で波長が合ったのか、フランにはどこか茫洋としたこの少女の「目」だけが見えたらしい。

 

「こいし……こいしちゃんって、呼んでも良い?」

「うん、わたしもフランちゃんって呼ぶね」

 

 EX娘たちの友好速度、ぱねぇ!

 

 一瞬で、何の迷いもなくお互いが親友の地位を得て笑い合うフランとこいしに、私は内心驚愕と戦慄を抱かざるを得ない。

 

「こいしちゃんは、どうしてここに来たの?」

「お姉ちゃんを、助けて欲しいの」

「お姉ちゃん?」

 

 古明地こいしの姉。

 それは、地底という世紀末世界で小五ロリの名を不動のものとした、旧灼熱地獄跡に建造された地霊殿の主。「心を読む程度の能力」を持つ妖怪の、古明地さとりの事。

 

「お空が変になっちゃって、さとりお姉ちゃんが困っているの。だから、わたしの見える人を探して地上の皆に助けてって声を掛けて回ってて――フランちゃんたちが、初めて気付いてくれた」

 

 こいしは祈るように両手を組んで、儚げな笑顔で笑い掛けて来る。

 要領を得ないお願いだが、原作を知る故に私にはその意味が理解出来た。

 

 「東方地霊殿」――始まるのか。

 

 技術革新が大好きな山の神様、八坂神奈子が幻想郷のエネルギー事情を改善しようと地霊殿に住むさとりのペットに神を降ろした事が原因で発生する、怨霊湧き出す間欠泉騒動。

 事前に対処しようにも、神奈子を説得するのは不可能なので静観していたが、とうとうその時が来たらしい。

 キシッ、という金属のずれる音と共に、こいしを足止めしていたナイフが床から徐々に押し出され始める。

 彼女と私の呪文の干渉力がせめぎ合い、縫い止めていた効果がナイフごと引き抜かれようとしているのだ。

 

 逃げられるっ。

 

「待ちなさい」

「お願い……」

 

 私の制止の声も虚しく、こいしはナイフが抜け落ちた瞬間にその姿を消した。気配も、息遣いも、その場に居たという現実感すら、傍に落ちたナイフ以外にはもう残ってはいなかった。

 

「フラン。あの娘はまだ居るかしら」

「ううん。もう、「目」は見えないよ。この部屋からは、居なくなっちゃったみたい」

 

 或いは、居ても私たちがもう気付けないのか。こいしが消えてしまったのなら、これ以上の情報収集は諦めるしかない。

 今はとりあえず、異変の前兆を知らせる為に霊夢の元へと向かうのが先決だろう。こいしは、姿が見えなくなると見ていた者の記憶からも消えてしまうらしいので、覚えている内に必要な部分はメモに記してある。

 部屋の中での作業の繰り返しで、少々気が滅入っていた所だ。ここらで一度外出して、気分を一新するのも悪くはない。

 幸い、操作上の問題はないので急ぐ必要はないのだ。今は異変を優先して、後からまたゆっくりと調べた方が集中出来る。

 

 主人公組のフォローは、他の皆に任せれば良いしね。

 

 原作の地霊殿では、紫が地底との不可侵条約を理由に条約外である人間だけでの調査を決定し、私たち妖怪は地上に居たまま人形などを使った遠隔操作での援護を行う、いわゆるオプション扱いだった。

 現実でのこの騒動が一体どういう展開になるのかはまだ解らないが、私よりも優秀な面々が居れば私の助っ人など不要なのは自明の理だ。

 私はただ、傍観者か解説者の立ち位置で皆を応援していれば良い。

 

 って、何時もそう思ってるんだけど、本来出番がないはずの異変でもなぜか普通に巻き込まれてるよね、私。

 しかも、割と死にかけるし……

 い、いかん、意志を強く持つんだ。今回こそは、絶対にモブに徹すると!

 

 私たちに助けを求めたこいしだって、私よりも強くて賢い者が救援に向かった方が、解決の成功率も上がって喜ぶに違いないのだ。

 

「博麗神社に行きましょう。今のこいしの話を、霊夢に伝えないと」

「うん!」

 

 昨日が大雪で、今日も朝から曇天である外は一面銀世界となっている。

 手早く外出の準備を済ませ、念の為に日傘を持たせたフランドールの手を取って、空へと飛翔していく私。

 

 はてさて、どうなる事やら。

 

 幻想郷をにぎわせる大きな異変が、間もなく始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 所変わって、修繕の終わった境内の掃除を済ませた博麗神社には、何時も入り浸る小鬼と白黒魔法使いの他に、河童まで加わって皆でだらけていた。

 

「霊夢ー、時計の修理終わったよー」

「ありがとう、にとり。変な機能とか付けてないでしょうね」

「大丈夫だって、精々自爆装置を付けたくらいだから」

「外せ、今すぐ」

「えー、自爆装置は乙女のロマンだろうに……はいはい、解ったから睨まないでよぉ」

 

 河童たちは、にとりを筆頭に手先が器用で技術者としては優秀なのだが、今のように自分の趣味に走りたがる困った性格の者が多い。

 

「あー!」

 

 博麗の巫女からの眼力に負け、渋々ともう一度壁掛け式の四角い時計を弄り始めたにとりの横で、大図書館から拝借した魔道書を読んでいた魔理沙がいきなり大声を上げた。

 

「萃香お前、私が大枚はたいて買ったスルメ、何勝手に食べてんだよ!」

「へへへっ、鬼ってのは奪ってなんぼの種族さね。そんなわたしの前に、お宝を置いとく方が間抜けなんだよ。あーむ」

 

 意地の悪い笑みを浮かべながら、火鉢で焼いたスルメを割いてその先端を幸せそうに噛み締める萃香。

 幻想郷において海産物は貴重であり、外の世界よりも単価は高い。それでも酒の肴として購入してしまうほどの魅力が、イカの干物にはあった。

 

「返せよこの! あむ!」

 

 魔理沙は読んでいた本を放り投げ、萃香の食べている反対側の部分に噛み付く。

 

「お、勝負か? 勝負だな!? あむあむあむ!」

「ち、ちがっ……んー!」

 

 俄然勢いを付けて食べ進む萃香に押され、口を離そうとした魔理沙だったが、間に合わず両者の唇が重なり合ってしまう。というか、萃香は確実にそれを狙っての行動だった。

 

「ぷはっ。バ、バカッ! 舌まで入れやがって! 私、初めてだったんだぞ!」

「おーおー。生娘だとは思っていたが、そこまで初心だったとはねぇ」

 

 若干涙目の魔理沙を押し倒し、萃香はニヤニヤと下卑た笑みで魔法使いの少女を見下ろしている。

 

「安心しな。責任を取って、わたしがお前さんの初めてを全部貰ってやるからさぁ」

「や、やめろ! こら、服を脱がせようとするな!」

「おいおい、抵抗しないでおくれよ。加減が出来なくなっちまうだろうがっ」

「霊夢ー! にとりー! 助けてくれー!」

 

 どたばたと室内で暴れだす二人に対し、霊夢はこたつに入ったままのんきにお茶をすすり、傍観の構えを崩さない。

 

「嫌よ。巻き込まれるじゃない」

 

 もう一方のにとりは、時計の修理を中断してまで背中のリュックからビデオカメラを取り出し、真剣な顔で撮影を開始していた。

 

「盟友――アンタの犠牲、無駄にはしないよ」

「にとりお前、後で覚えてろよ!? ぎゃー!」

「よいではないか、よいではないかーっ」

 

 見捨てられた魔理沙は、ノリノリな萃香の前についに上着を剥ぎ取られてしまう。

 乙女の純潔が無残に散らされようとしたその時、ついに救世主が現れた。

 

「――「烈閃槍(エルメキア・ランス)」」

「ほぎゃっ!?」

 

 投げやり気味な発動で光の槍が萃香の側頭部を撃ち抜き、魔理沙に乗り掛かっていた小鬼が転げ落ちる。

 

「何すんだい!」

「それはこちらの台詞よ。魔理沙を虐めないで」

「あ、ありす~」

 

 食らった箇所を擦りながら萃香が抗議すれば、悪魔の妹と共に障子を開けて現れた人形遣いは、縋り付く魔理沙の頭を撫でながら冷ややかな視線を返した。

 入り口から律儀に訪ねた所で、この自堕落巫女は出迎えもしない。なので、好き勝手に上がるのがこの神社での作法である。

 

「そういう事は、せめて本人との合意の上でやりなさい」

「野暮だねぇ、嫌よ嫌よも好きの内って言うだろう?」

「本気で抵抗しているようにしか、私には聞こえなかったわね」

 

 おどける萃香にも、アリスはにべもなく切り捨てる。かなり解り辛いが、どうやら若干怒っているらしい。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。魔理沙と萃香って、今何をしていたの?」

「……難しい質問ね。今度パチュリーに――いえ、美鈴に聞いてみると良いわ。きっと、私より良い答えを教えてくれるでしょうから」

「うん! 解った!」

 

 純粋無垢なフランの問いに、答え辛い回答を上手く門番妖怪に押し付けて、アリスは改めて室内へと入った。

 

「どうやら、今度こそ用事みたいね」

「えぇ、異変が始まるわ。地下で何かが起こっているらしいの」

「何かって、一体なんだよ」

「さぁ?」

 

 言ってはみたものの、アリス本人も詳細までは掴んでいないらしい。

 

「萃香。貴女は、幻想郷に来る前は地底に身を置いていたのよね」

「あぁ、そうだよ」

「古明地さとり。或いは、古明地こいし。この名に聞き覚えはある?」

「さて、灼熱地獄の跡地に造られた地霊殿の主が、確か同じ姓だったと記憶しているが……どこでその名を知ったんだい?」

「さっき、私の家に古明地こいしの方が来ていたの。メモにそう書いてあるわ」

「メモ?」

「何らかの能力でしょうね。一緒に出会ったフランは覚えているのだけど、私にはもうその娘の事がおぼろげにしか思い出せないの」

「用意周到だねぇ。まるで、ソイツの能力を最初から知ってたみたいだ」

 

 何時もと変わらぬ萃香の笑みの中に、探るような色が混じる。

 事前に情報がなければ、普通そんな行動は取らない。つまり、アリスは出会う前か出会った直後に、来訪した相手の能力を理解した事になる。

 

「タネはあるわ。だけど、それを教えてあげる事は出来ない」

 

 アリスの回答は、「教えられない」という身も蓋もないものだった。鬼である萃香が嘘を嫌うというのを配慮しているのだろうが、それでも誤魔化しや取り繕いをしない直球過ぎる答えだ。

 

「はははっ。相変わらず、アリスはバカ正直だね。そういう所が、アンタなりの誠意のつもりなんだろうけど」

 

 萃香が笑った直後、突然の爆裂音と強烈な振動が神社を揺らす。

 

「――どぉわ!」

 

 最初に魔理沙が倒れ、その場で立っている者たちが軒並み膝を屈していく。激しい地鳴りと横揺れがしばらく続き、ドドドドッと、遠くから何かが溢れ出すような響きが伝わって来る。

 

「うぉお! 何だありゃあ!」

 

 振動が緩やかになるや、障子を開けて音のする方向を見た魔理沙が、素っ頓狂な声を上げた。

 山の頂点に建つ博麗神社の近所から、柱の如く天を突く勢いで白く見える何かが吹き上がっているのだ。

 

「水だ。それに熱い――間欠泉だ!」

「間欠泉?」

「地熱で温められた地下水が、気化の勢いに負けて噴出してるんだよ! 温泉が湧いたんだ!」

 

 魔理沙に続いて外を見た「水を操る程度の能力」を持つにとりが、興奮気味に叫んだ。

 

「おぉ、異変は異変だけど、嬉しい異変ね。温泉目当てで、この神社にも参拝客が増えるんじゃないかしら」

「――残念だが、話はそう簡単ではない」

「藍?」

「私も居ります!」

「橙まで」

「紫様はお目覚めになられなかった。今回は、私が全権代理として説明をさせて貰おう」

 

 他人事のように構えていた霊夢の前に、主のスキマを使いその従者たちが虚空より着地する。

 

「現在間欠泉と共に、地下から地霊や怨霊が湧き出して来ている。このままでは、地底の妖怪たちが現れるのも時間の問題だ」

「どう不味いんだよ。幻想郷に妖怪や亡霊が増えたって、何時もの事だろ?」

「地底は、能力故に疎まれた者や様々な理由で封印されるほど周囲との隔絶を持つ者など、危険な存在ばかりの巣窟だ。これは、地底からの侵攻に近い異変なのだと理解してくれ」

 

 魔理沙の質問に答えるついでとして、地底に関しての情報を簡潔に説明し、藍は何枚かの札を烏へと変化させて空へと飛ばす。

 

「幻想郷の実力者たちに、知らせを送った。地底とは不可侵条約を結んでいるが、条約は基本的に妖怪同士が結んだものだ。例外となる人間――つまりは霊夢と魔理沙を主体として、集まった者たちで数名程度のチームを組んで探索を行って貰う」

 

 一挙手一投足に無駄のない藍へ、アリスが手に持ったメモを手渡した。

 

「藍。参考になるか解らないけど、今日地底の妖怪が私とフランの元に来たの。これがその内容よ」

「ふむ……なるほど。これで、早々にこの異変を起こした場所が判明したな。協力、感謝する」

 

 続いて、藍は袖口から十枚近い封書を取り出し、こたつの上へと並べて置いていく。

 

「幻想郷の管理者代行として、地底への通行許可証を用意した。霊夢と魔理沙は当然だが、二人と共に行く者も身に付けていなければ入り口の結界で弾かれる。なくせば地上に戻れなくなるので、扱いには十分注意してくれ」

 

 てきぱきと指示を出す藍は、適当で相手にある程度の判断を任せる紫とは違い、理路整然としていながらそれ以外の余地を許さない、作業的な無機質さが漂っている。

 

「私は、橙と共に間欠泉に紛れて沸いた地霊や怨霊どもを結界にて押さえ込む。長引けば、結界が崩れて幻想郷が怨霊どもの巣窟となる可能性もある――霊夢、陰陽玉を渡して貰えるか」

「ん」

 

 霊夢から投げ渡された陰陽玉を受け取り、その表面に一枚の札を貼り付けた藍が短い呪を唱えると、札は一瞬で玉の中へと取り込まれて消えていった。

 

「これで、陰陽玉を介して私との会話が可能となった。連絡はこまめに頼むぞ。魔理沙、お前には通信用の式を憑ける。こっちに来い」

「えー、お前の式神にされんのは勘弁だぜ」

「安心しろ、通信の為に札を貼り付けるだけだ。お前を式にした所で、面倒しか増えんのは目に見えているからな」

「酷い評価だな。ま、それで心配がなくなるなら別に良いけど」

 

 渋々と近づいた魔理沙の背に札を貼れば、それもまた瞬時に少女の内部へと入り込み姿を消す。

 

「地底への入り口は、妖怪の山の麓にある。案内用の式神を二体置いていくので、チームが決まったなら札に触れてくれ。それで起動する式にしてある」

 

 更に二枚の札をこたつに置いた藍は、用は済んだとばかりに踵を返して部屋を立ち去って行く。

 

「同行しない者は、私たちと共に結界の維持に協力して貰えると助かる。では、行くぞ橙」

「はい、藍様!」

 

 口早に全ての説明を終えた藍が、橙を伴って空へと飛翔して行った。一から十まで、硬さしかないスキマ妖怪の従者から要請を受け、博麗の巫女がようやくこたつからのそのそと面倒そうに抜け出した。

 

「まったく……紫は紫で面倒だけど、真面目で堅物過ぎるのも考えものね。私は、行くとは一言も言ってないんだけど」

「良し! さっそく行こうぜ!」

 

 やる気なく頭を掻く霊夢とは対照的に、面白そうな事件の発生を知り、わくわくを押さえきれない魔理沙が嬉しそうに吠えた。

 

「待ちなさい。まだ誰も来ていないわよ」

「そんなの待ってられるかよ。このメンバーだけで十分だろ」

「藍の説明を聞いていたの? 危険な場所なのだから、まずは十分な備えを用意するべきよ」

「だったら、家に帰って色々取って来るぜ! 霊夢、黙って先に行くなよ!」

 

 アリスに諭された魔理沙は、立て掛けてあった自分の箒を手に取って部屋を出ると、霊夢に釘を刺した後自分の家に向けて全力で飛び立った。

 

「私も行くよ! 突然現れた地底の熱源。上手く入手出来れば、きっと河童の技術水準が大幅に引き上げられるに違いないからね!」

 

 にとりは、許可証を手に取ってやる気満々だ。

 

「わたしは、面倒だから今回は藍の手伝いだけにしとくかなー」

 

 対する萃香は、言いながら酒の入った瓢箪を片手によたよたと立ち上がると、そのまま霧になって消失していく。恐らくは、藍の元へと行ったのだろう。

 

「フランはどうしたい?」

「えっと……こいしちゃんからお願いされたし、フランも地底に行ってお手伝いしたい!」

「そう。なら、一緒に頼まれた私も行かなきゃ駄目ね」

 

 続いて、フランの熱意にほだされアリスも参加を決めた。

 

「あやややや! 特ダネの匂いを嗅ぎ付け、清く正しい射命丸の参上です!」

「じゃあ、丁度良いのも来たし先に行ってるわね」

「おぅわ!? え、え? 一体何ですか、何ですかー!?」

 

 遥か彼方の空から、高速で着地した文の首根っこを掴み、二枚の許可証を片手に霊夢が出動を開始した。

 事前に、霊夢の接触によって顕現した一羽の烏が、彼女の前で誘導するように飛び回る。

 

「一人で良いの? 他にも誰か連れて行った方が――」

「萃香の時みたいに、地底はスペルカード・ルールを知らない連中が多いのは確実よ」

 

 アリスの心配を遮り、霊夢が言葉を被せた。

 

「今回の異変、魔理沙にはちょっと荷が重いわ」

 

 魔理沙の魔法は、殆どが弾幕ごっこ用に開発されたものだ。物量制圧は可能だが、威力という点で欠点を持つ為大妖怪クラスの防御を抜く事が出来ない。

 その為に渡された八卦炉でもあるのだが、それ一つだけで危険な妖怪が跋扈する地底に挑むのは、確かに荷が重い。

 とはいえ、魔理沙にその辺りを説いても納得はしないだろう。ならば、先行して危険の芽を摘み取る方が手間も省ける。

 

「気を付けて」

「えぇ、魔理沙をお願い。アリスも、余り無茶はしないでね」

「説明を、どうか説明をお願いしまーす!」

 

 許可証を持った手を振って、異変解決の決定打である博麗の巫女が、叫ぶ文を引き摺りながら冬の空へと消えて行く。

 

「にとりは、霊夢に付いて行った方が良いんじゃないの?」

「うーん、霊夢の言う通り魔理沙の方が心配だし、私も後発組で良いよ」

「ありがとう」

「いえいえ」

 

 本人の与り知らない所で、愛されている普通の魔法使いを想うアリスたち。

 後に、準備を終えて戻って来た彼女が先に行った霊夢に不満を爆発させるのは、想像するまでもない当然の流れだった。

 

 

 

 

 

 

 オープニングから流れが違うという、「原作なんてなかったんや」状態を私が味わっている間に、藍しゃまによってあれよあれよと話がまとまってしまった。

 委員長気質である藍は、紫とは違って指揮官としての役割を素晴らしいほどに果たしてくれた。同時に幻想郷らしい緩さは欠片もなかったが、それもまた持ち味だろう。

 

 ゆかりん……異変が起こっても寝てるって、どんだけ爆睡してんのよ。

 

 原作での紫は、不可侵条約を重く見て妖怪組みは地上でのフォローだけに留めていたが、藍は異変の解決を最優先として多少の条約違反はゴリ押しする事にしたようだ。

 魔理沙をリーダーとして、私、フラン、にとりの四名は、藍の式神である烏の先導に従って空を飛翔して行く。

 

「ちぇー、結局あの時に居たメンバーじゃないか。だったら霊夢と一緒に行けば良かったぜ」

「私もにとりも、準備の時間は必要だったわ。貴女もね」

「ふんっ」

 

 不満は解るが、霊夢の行動は魔理沙を心配してのものだ。納得は出来ないだろうが、それでも飲んで貰うしかない。

 藍の伝達によって博麗神社に集まったのは、パチュリーと鈴仙と妖夢。事情を説明すると、全員が地上での結界維持を申し出た。

 魔法に造詣が深く結界にも精通するパチュリーと、白楼剣という霊魂への絶対的な対抗手段を持つ妖夢は当然として、鈴仙は永遠亭から無理やり出動させられただけで、出来れば楽がしたいという思惑が透けていた。

 まぁ、それでもただ帰らずに手伝いをする辺り、彼女は苦労性な性分が染み付いてしまっているのだろう。

 私も、出来れば結界組みに参加したかったのだが、こいしとの約束を理由にフランが地底行きを申し出たので、私も便乗せざるを得なくなった。

 

 ここで期待を裏切ると、きっとフランががっかりするだろうし。

 ちくせう。

 

 私は、遠くにある死の危険よりも近くに居る者の信頼を失う方が恐いのだ。これぞ、小心者クオリティー。

 幸い、フランやにとりというガチでも十分に強いメンバーが参加しているので、私の死亡フラグは今の所立っていないはずだ。

 

 た、立ってないよね? まだ大丈夫だよね?

 

 不安はなくならないので、今から既に胃が痛い。

 

「地底って、一体どんな所なのかな? フラン楽しみ!」

「おいおい、遊びに行くんじゃないんだぜ?」

「似たようなもんでしょ。私もすっごい楽しみだよ!」

「えへへ」

「にへへ」

「まるで遠足だぜ」

 

 同感。でも、これぐらいが丁度良いよ。

 

 緊張感は大事だが、変に肩肘張るよりもこの方が私たちらしい。

 

「――この辺りらしいな」

「えぇ、行きましょう」

 

 特に障害もなく、降下していく烏を追って山の麓の一角へと向かう探索チーム。

 

「おぉ、中々雰囲気があるねぇ」

「すっごく深そう……この穴が、地底まで続いているの?」

 

 辿り着いた場所は、巨大な縦穴の空洞が空いた広い空間だった。この空間を覆うように、認識を阻害する結界が張られていた所から見て、普通の者ではここに穴がある事すら知覚する事は不可能だろう。

 そして、縦穴の入り口には肌がひりつくほどの強烈な結界が張られていた。こちらも、並みの人間や妖怪では、触れる事すら叶わず吹き飛ばされてしまうようなしろものだ。

 こんな場所から、平気で地上や天界へ行き来していた萃香が、改めて出鱈目な存在なのだと解る。

 

 さて、地底に突入する前に、とりあえずさっきからの疑問を一つ解消しておこうか。

 

「――そろそろ出て来たら?」

「ありゃ、バレてたの? 結構上手く隠れてたつもりだったんだけど、やるねぇ」

「わぁっ!」

「うぉ! 諏訪子!?」

 

 フランと魔理沙が驚きの声を上げ、にとりは声もなくビビッているが、私にとっては神様という特徴的過ぎる精神(アストラル)体なので、姿を隠していても看破は容易だ。

 魔理沙の影に話し掛けると、そこから市女笠(いちめがさ)に目玉が二つ付いた特殊な帽子――俗に言う「カエル帽子」を被った少女が、にょっきりと生え出して来た。

 守矢神社に住まう神の一柱。祟りの象徴である、ミシャグジを統括する土着神の頂点。バイオレンスケロちゃん事、洩矢諏訪子。

 どこで潜り込んだのかは解らないが、魔理沙が一度家に帰った後、戻って来た時にはもう彼女がその影に入っていた。

 放っておこうかとも思ったが、諏訪子は今回の異変の元凶となった一人だ。警戒して、し過ぎるという事もあるまい。

 

「わざわざ隠れてまで付いて来るなんて、一体何の用事かしら?」

「いやぁ。今回の異変って、実はウチのバ神奈子がまーた変な事始めたのが原因みたいでさ。わたしの力まで使って何か色々迷惑掛けてるみたいだから、とりあえず地霊殿の主って妖怪には一言謝っとこうと思ってね」

 

 謝って済む問題なの? それ。

 

 拍子抜けするほどの軽い理由だが、諏訪子にとっては身内がこんな大規模な異変を引き起こした原因であっても、「ごめん」の一言で済ませられる事態でしかないらしい。

 まぁ、見た目はロリでも、神話時代から生きる長命で強大な神様なのだ。我々の感性など、とうに超越した場所に到達しているのだろう。

 

「はい、許可証」

「お、気が利くねぇ。ありがと」

 

 語った事情が本当かどうかは解らないが、少なくとも嘘を吐く理由は見当たらない。

 更なる戦力増強を歓迎し、私は多めに取っておいた許可証を諏訪子へと手渡した。

 彼女には必要ないかもしれないが、それでも地底との条約を考えれば全員が持っていた方が良い。

 

 良し!

 これだけの戦力があれば、地底なんて一捻りだよ!

 

 吸血鬼に河童に土着神と、魔法使いが二人。

 滅茶苦茶なパーティー編成だが、強い味方が多ければそれだけ生存率も引き上げられる。

 というか、前者三名に任せておけばラスボスまで楽勝で辿り着ける未来しか見えない。

 ひょっとすれば、地霊殿に辿り着く前に先に行った霊夢に追いつく可能性すらあるだろう。

 

「アリスぅ、気付いてたんなら教えてくれよぉ。心臓止まるかと思ったじゃないかぁ」

「教えたじゃない。今」

「遅いよ!」

 

 涙目になったにとりからの抗議を聞き流し、諏訪子を加えた私たち五人は、改めて地底への縦穴へと降下を開始した。

 

「「明り(ライティング)」」

 

 隣に飛ばす上海の手の平から、持続時間を優先した淡い光を生み出して先行させ、漆黒の闇を照らしながらゆっくりと落ちて行く。

 行き先は地獄の一丁目。鬼が出るか、蛇が出るか。

 

 いや、鬼とか烏が出るのは知ってるけどね。

 

 既に原作とは相当乖離してしまっているが、これが現実なので仕方がない。

 別に原作通りでなければならない理由もないので、この程度は誤差の範囲だろう。

 

 私にとっての「東方地霊殿」、これより開幕である。

 


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