二話連続で投稿したので、前編を読まれてない方はそちらを先にご覧下さい。
人里近くの森の中。
操られた振りをしている霖之助を、人里の外へと連れ出した妖怪は、ようやく立ち止まってゆっくりと身体を反転させた。
感覚をリンクさせた人形たちを周囲へと散開させるが、私たちとあの妖怪以外の姿はない。この事件は完全に、あの妖怪単独での犯行だったようだ。
近くの茂みに隠れていた私は、霖之助の持つ人形に後退の合図を送りつつ、小声で呪文の詠唱を開始する。
相手の能力も解らない実戦で、わざわざ正面から挑む気はない。
卑怯下劣と蔑まれて大いに結構。
不意打ちこそが、我が王道よ。
純粋な妖怪である場合、この手段は取れない。
なぜなら、精神の強さが実力を決定する妖怪がそんな事をすれば、「自分は卑怯な手段を使わなければ、格下すら倒す事が出来ない弱者」と認めているようなものなので、消滅の危険すら伴う強烈な弱体化を引き起こすからだ。
人間と、心が人間だという歪な魔法使いにのみ許された奇襲。
詠唱を終了し、傍で一緒に隠れていた早苗へと挟撃の合図を出そうとしたその瞬間、彼女は何を思ったのかいきなり立ち上がり、ポーズを取って朗々と吠えた。
「悪逆非道もそこまでです! 人里の女性をかどわかし、思うがままに辱めたその所業、許し難し! この東風谷早苗とその一行が、成敗してくれます!」
え~……
合図をしたら不意打ちしようって、事前に話し合ってたよね?
大勢の観客が居るならともかく、何で知り合いと敵しか見てないこの状況で大見栄とか切っちゃってるの?
早苗の勇姿に呆然としている妖怪を放り、私たちの所まで走って逃げて来た霖之助さんもかなり呆れ顔だ。
まぁ、やってしまったものは仕方がない。相手の能力への対抗策も講じているので、先の展開に支障はないだろう。
「さぁ、守矢の巫女が
お払い棒を前に突き出し、決め台詞っぽい何かを言いかけていた早苗の声が、突然尻すぼみへと変わっていく。
「……せん……ぱい?」
はぁっ!?
先輩って誰よ!?
「囮ってこたぁ、ソイツは男かよ。んで、そっちの女はこの前オレを殺そうとした奴と同じみてぇだなぁ。ひひひっ」
早苗の口から滑り出た、いきなりの発言に混乱する私の前で、殺人事件の犯人であろう妖怪が下卑た笑みを浮かべていた。
「そうだよなぁ。殺した女にオレの臭いが染み付いてたら、そっちが能力だと思うよなぁ」
抑えていた妖気を開放し、人型であった妖怪の身体の輪郭が徐々に崩れていく。牙と爪が生え伸び、毛むくじゃらの猿のような外見へと変化した妖怪が、更に醜悪となった顔で笑う。
「オレの能力、「女を誘惑する程度の能力」に必要なのは匂いじゃねぇのさ。本当の条件は、オレと目を合わせる事だけよぉ!」
この妖怪も妖怪で、どうやら語りたがりのようだ。聞きもしない自分の能力を、さも自慢げに教えてくれる。
「それだけの事で、女共はオレが一番の想い人に映っちまうって寸法よ! まったく、目覚めた能力様々だぜぇ!」
話を聞く限り、突然能力に目覚めて調子に乗ったのが今回の事件を引き起こした理由らしい。
なるほど。あ、親切な説明ありがとうございます。
けしからん能力ですね。
――ていうか、相手のミスリードにあっさり引っ掛かってんじゃねぇか! 私のど阿呆!
これだけ派手に事件を起こした以上、この妖怪だって命懸けなのだ。死なない為に手管手練を尽くすのは、当たり前。
人里の妖怪退治屋とて、霊夢に及ばないまでも歴戦の強者だ。そんな人物が返り討ちにあった事実を知った時点で、この推理には辿り付けたはず。
楽な戦闘だと、思考加速の魔法も使ってはいなかった。侮っていたのは、神様ではなく私の方だったという事。
本当に、救えない。
「不味いね、どうする?」
女装した霖之助が、咄嗟に動けず私の手を振り払って妖怪の元へと行ってしまった早苗を見つつ、私へと相談を投げ掛ける。
後悔は後だ。まずは、早苗を救出するのが最優先。
「お前も食らっとけ!」
しまっ――ぬわーーーーっ!
「アリス、アリスッ。くそ、君もなのか」
……
「ひひひっ、こっちの人間っぽいのと男は何時も通りなぶり殺して、妖怪のお前は骨まで残さず食ってやるよぉ」
……
「女の妖怪を食い散らして、どんどん力を付けていってよぉ……このままいきゃあ、博麗の巫女や賢者の妖怪だって食ってやれるぜぇ!」
「「
「ひぎゃあぁぁぁ!?」
んん?
なんか、私には全然効かないんだけど。
相手の姿も、猿もどきのまま変わらないし。
攻撃出来なくなる仕様なのかと思い、相手の肩口を軽く吹き飛ばしてみたが別段ペナルティ的なものも感じない。
「な、なんでだよぉ!? お前、一体何なんだよぉ!」
「さぁ?」
消し飛んだ肩を押さえ、途端に腰の引けだした妖怪へと私は思ったままの感想を返す。
能力を持った本人が解らない事を、私に聞いても解る訳がない。
「無事だったのかい。心配したよ」
「ごめんなさい、霖之助さん。どうやら、アイツの能力は私には通用しないみたいね」
いや、確かに肉体は女でも、中身がどっち付かずの性格だけどさ。
能力の判定にまで拒否られるって、正直どうなのよ。
そういえば、最初にこの妖怪が霖之助に接触して来た時にも、匂いは感じなかったよね。早苗は気付いたのに。
あれは、遠いから感じなかったんじゃなくて、女性という範囲に私が入っていないから知覚出来なかったって事?
「や、やめろ……くるなぁ……っ」
考えても解らないし、無駄な考察は不要だ。
地面に尻餅を突いてしまった妖怪へと、私は再度呪文の詠唱を開始する。
私はお前に、後悔も懺悔も期待はしないよ。
ただ、抵抗せずに死んでくれ。
「
「――っ。
私の手から放出された光の一閃は、しかし、妖怪の頭を撃ち抜く事なく間に入った早苗の展開した、五芒星の結界で阻まれてしまう。
「早苗……」
「だ、だって! 先輩なんですよ!? 先輩がここに居て……っ。私が、私が守らなきゃ――」
なるほど、こういう能力か。
いかにもゲスらしい、くそったれな効果だよ。
やられた妖怪退治屋の女性も、今の早苗と同じ状態に陥ったのだろう。
今の早苗には、猿妖怪が大切な誰かに見えているのだ。攻撃されれば、守るに決まっている。
空間を跳躍し、クズ妖怪に直接攻撃出来る魔法もあるが、早苗の位置が近過ぎる。発動すれば、彼女を巻き込みかねない。
まずは、早苗をあの妖怪から引き離さなければ。
「霖之助さん。あの二人の注目を、一瞬だけでも別のものに逸らせないかしら」
「無理だよ――と言いたい所だけど、僕も護身用の道具は持って来ている。大きな音が鳴るから、それを合図にしてくれ」
流石っす、パネェっす、霖之助さん。
その空気の読みっぷりに、痺れて憧れるっす。
霖之助が取り出したのは、口径を考える事もバカらしく思えるほどにでかい穴が正面に開いた、ごつい砲身を持つ銃に似た何かだった。
何それ。アバン先生の作った魔弾銃?
強烈な発砲音が一発。
そこから放たれる光線を見て、私はその道具が何なのかを即座に理解した。
霖之助の持つそれは、恐らく魔理沙の持つ八卦炉を作る工程で出来た試作品。拳銃と同じく、魔力や妖気を込めた弾丸を入れて射出する為の道具。
八卦炉との違いは、一度込めた弾丸の威力を調節出来ない代わりに、事前に弾を作製しておけば戦闘中に魔力や妖気を消費する必要がなくなる、といった所だろうか。
「え!? きゃぁ!」
早苗の結界に直撃した一発は、ガラスの砕ける音に似た破砕音を立てて、彼女の結界を相殺する形で対消滅した。
人形たちを突撃させて、強引にかち割ろうかと思ってたけど――霖ちゃんナイス!
「「
「うぎゃぁ!?」
私から注意が逸れた瞬間、私は大地に手を付きある呪文を唱えると、猿妖怪の真下に落とし穴が出現して奴を穴底へと叩き落す。
大地の精霊ベフィモスに干渉し、任意の場所の土を取り除くという穴掘り工作用の呪文だ。
「
原作でも疑問視してたけど、このなくなった土って一体どこに行ってるんだろうね?
例え空を飛べる妖怪であっても、突然地面が消失すれば驚いて落ちるしかない。
「先輩!?」
穴に落ちた妖怪の悲鳴に、早苗が慌てて振り向くのも目論見通り。
今が駆け抜ける時!
彼女と私の距離は、然程離れてはいない。
一歩、二歩、三歩――振り返る早苗に向けて、私は助走として十分な距離を大股で走破して肉薄する。
古来より、
壊れた家電品を直す時はぁ、斜め四十五度からの、打撃ぃ!
「ぴぎゃっ!? ――ぐぇっ!」
彼女の後頭部へと全体重を乗せた肘打ちを叩き込み、倒れそうになった所を反対側の手で襟首を掴んで引き止める。
催眠とは、要は寝ぼけているのと同じ症状だ。掛けられた直後の弱いものなら、頭に強烈な刺激を送って揺らしてやるだけで、いやが応でも目を覚ます。
「霖之助さん!」
「君も、結構無茶をするね」
余裕なんてないからね!
「「
呪文を唱えていたので、返答の代わりに近づいて来た霖之助の腕を掴み取ると、高速飛翔の呪文を発動させてその場を離脱する。
高度、重量、速度の総和が術者の力量に比例する呪文な為、二人を抱える今の状況では最高速は出せない。だが、普通に飛ぶより飛行速度は断然上だ。
周囲に展開していた人形たちを自宅に転送する暇がなく、二人を運ぶ私の後ろで一塊りの首吊り人形みたいになってしまっているが、今は我慢して貰うしかない。
ごめんね。皆ごめんねぇ。
後で一杯メンテしてあげるから、それで許してね。
「危なかったね。でも、相手の人相や能力は解った。後は里の男勢に任せておけば、能力に対して警戒する必要はなくなるだろう」
「いいえ。今回で決着を付けるわ」
立てた作戦が失敗してしまい、戦闘の継続を諦めた霖之助の言葉に私が反論を被せる。
「最後の瞬間、魔法で作った不可視の糸をアイツに巻き付くようにして来たの」
早苗に突っ込みを入れた時、私は落とし穴の入り口に蜘蛛の巣状の糸を張り巡らせておいた。その糸は、今も延々と伸びながら私の左手へと繋がっている。
耐久力がない代わりに重さもないので、魔法をかじった者か余程「目」の良い者でなければ、気付く事は不可能だろう。
「なぜか、アイツの能力は私に通用しないみたいだし、二人を離れた場所に置いたら私が仕留めに戻るつもりよ」
「……ま、待って下さい」
今考え付く最善の策を挙げる私の服を、正気に戻った早苗が弱々しく掴んだ。
「私に……私に、もう一度やらせて下さい」
「早苗、女性である君と奴では相性が悪過ぎる。能力の通用しないアリスがやった方が確実だ」
「一度操られて、あの能力への対抗策が浮かんだんです。お願いします、どうか私にもう一度だけチャンスを下さい」
命を懸けた実戦に、本来二度目の機会などない。
それでも、早苗は霖之助の道理に適った説得を押し退け、真っ直ぐに私を見据えていた。
ここで、彼女の意志を無視する事は容易い。
だが……
「――良いわ。今回のリーダーは、早苗ですものね」
「アリス」
解ってるよ、霖之助。
これは、私の甘さだ。
「ただし、また操られた時の為に貴女の身体に私の糸を取り付けさせて。もし失敗したら、貴女を強制的に拘束してから私がアイツを消滅させる。良いわね?」
「はい」
森から抜け出た所で霖之助を降ろし、早苗を連れて不可視の糸を手繰り寄せながら、猿妖怪の場所へと走る。
糸の流れによれば、妖怪は落ちた穴から抜け出し別方向へと全力で逃走を図っているらしかった。
「このまま真っ直ぐ行けば、奴が居るわ。私が前を押さえるから、後は貴女の思う通りにやりなさい――「
口早に早苗へと告げた後、事前に唱えていた呪文を発動させた私は、今度こそ最速の飛行速度で先回りして奴の正面へと降り立つ。
「て、てめぇ……っ」
「チェックメイトよ。ここが貴方の
道を塞いで立ち止まらせつつ、ちょっと恰好良い言い回しで宣言し、早苗の気分を味わう私。
うん、これは仕方がない。仕方がないよ。
誰に言い訳しているのか解らないが、とにかく仕方がないのだ。
人形たちを木々の間へと配置し、完全に逃げ道を閉ざした所で、妖怪の背後から早苗が走り込む形で姿を表した。
ちょ、いきなり突撃!? 対策は!?
「はっはぁっ!」
早苗の姿を確認した妖怪は、嬉々としてその視線を合わせ能力を発動させる。
「う……せん、ぱい……」
瞳を閉じてすらいなかった早苗は、妖怪の能力をあっさりと食らい、その双眸をおぼろげなものへと変化させてしまう。
「――ねぇ、先輩。先輩は、私の事好きですか?」
「あぁ、勿論だ、愛しているよ。だからほら、こっちにおいで」
どこか、儚げな笑顔を向ける早苗に、適当な相槌を打ちながら手招きを行う妖怪。
駄目……なのか。
少なくない落胆を覚えながら、私が早苗に繋いだ糸で彼女を拘束しようとしたその時、その手に持つ一本のお払い棒がゆっくりと頭上へと振り上げられた。
「――先輩は、そんな事言いませんよ」
乾神招来 『御柱』――
言いながら、妖怪へと向かって振り下ろされるお払い棒。
その動作に応じ、空の極天に出現した一本の巨大な御柱が、地面へと向けて一直線に振り落とされる。
ヤバイ!
遥か上空に映る黒点を確認した私は、次第に影の広がるその場から人形と一緒に全力で逃走を開始する。
「へ?――」
猿の妖怪は、自分の愚かさに気付く暇すらなかっただろう。
注連縄を付けた神の怒りを体現する一柱の雷が、彼女の正面全てを妖怪諸共轟音を伴って押し潰す。
めり込んだ柱が土砂を撒き上げ、周囲に盛大な土埃が舞い上げる。
その後、ようやく土煙が晴れたその場に残されていたのは、雄々しく天へと伸びる見事な御柱と、その前に立つ守矢の巫女の姿だけだった。
◇
――良かった……早苗は無事で……
――せ、先輩!? 血が! 血が、こんなに……っ!
――大丈夫だよ……大丈夫……
あーぁ――嫌だなぁ。
薄れていく神奈子様の御柱を見上げながら、私は心の中でそんな事を一人ごちていました。
やっぱり、先輩の顔を思い浮かべるとあの場面ばかりが浮かんで来ます。
もっと、楽しかった思い出が沢山あるのに。
もっと、嬉しかった思い出が沢山あるのに。
いやはや、朝の夢はこの妖怪の伏線だったのですね。予知夢とは、してやられました。
私も、まだまだ未熟者です。
「私が言うのもなんですけどね、変な人でしたよ。私が信仰を集めようと無茶をやると、「早苗はバカだなぁ」なんて言いながら、困った顔で手伝ってくれたり、フォローしたりしてくれるんです。その顔がまた子供っぽくて……可愛くて」
中学生の頃、巫女と神主をしていた私の両親が事故で亡くなり、神社の権利と両親の遺産を得ようと、大勢の親戚が私の下へとやって来ました。
そんな方々を、神奈子様と諏訪子様が奇跡の力で追い払って下さり、私はただ一人、守矢神社に住んで生活をしていました。
「
私の親権を得たのは、駅で二つほど離れた場所に住んでいた父方の兄。つまりは、私の叔父に当たる人です。
四十台の後半で、突き出たお腹と薄い頭皮が、いかにも「おじさん」といった印象を感じさせるような人でした。丸顔で、父に似て何時もニコニコと笑いながら私を気に掛けてくれた、暖かい人。
諏訪子様と神奈子様を信じてくれた、たった四人の内の一人。
「人里から遠い場所だったせいで、救出が遅れまして。お医者様は、その時私を庇ってくれた先輩に、もう手の施しようがないって……これから先、生きていても目を覚ます事はないだろうって、匙を投げて……」
先輩と出会ったのは、高校に入ってすぐ。出会いの理由は、記憶にもないようなとても下らない事だったと思います。
二人の神様と、叔父さんと、先輩と、私。
外の世界の現実は、それで全てでした。友人と呼べる人さえ居なかった私には、それ以外の何もしがらみにはなり得ませんでした。
「だったら、縋るじゃないですか。奇跡に――私の中にある、この信仰の力に」
「奇跡を起こす程度の能力」。不可逆を可逆にする、運命を覆すほどの力。
救いを求める者に差し伸べられるべき、人知を超越した神の御手。
「諏訪子様と神奈子様は、最後まで反対して下さいました」
――自然に起こった因果を、故意に歪めてはいけない。それは、力持つ者の傲慢だ。
――信仰とは、全てから分け隔てなく受け取り、そして与えるべきものだ。我欲に溺れ、個人に対して行使するなど言語道断。
――この地上で、超常の力はほとんど失われてしまっている。それほどの力を今この地上で行使すれば、貴女は……
「凄いと思いません? 半日近くを掛けて唱え続けた長い長い祝詞を、私は一言一句も間違わずに言えたんですよ? 外の世界で失われつつあった守矢の信仰は、私の恩人を救ったんですよ?」
あの時ほど、自分を誇らしいと思った事はありません。
あの時ほど、自分を愚かだと嘆いた事はありません。
そして、私の手で神の奇跡は成りました。
不変だった世界の法則は捻じ曲がり、私の歪んだ願いは聞き届けられました。
それで救われたのは、きっと私。
「後悔なんて、する訳ないじゃないですか。例え、その結果私が人から神に近づいたとしても……私が、外の世界で幻想となり、皆の記憶から消えたとしても……」
叔父さんには、最後にきちんとお別れを言う事が出来ました。奇跡の話や、幻想郷の話をしても何一つ疑わず、「寂しくなるね、気を付けて行ってらっしゃい」と、本当に寂しそうな笑顔で言って下さり、不覚にも涙してしまった事を覚えています。
「あ、あはは……何だか恥ずかしいですね、こんな黒歴史を長々と語っちゃって。すみません、忘れて下さい――え?」
過去の恥部を晒し、笑って誤魔化そうとした私を、突然アリスさんが正面から抱き締めました。
「早苗、泣きなさい」
思考や反論の余地を許さない、断定の言葉。
言った後、抱き締める力が更に強くなります。
「イヤだなぁ。後悔なんてないって、言ったばかりじゃないですか……私はもう、守矢の信仰を背負う神様なんだから……泣く、なんて……」
大切な方の反対を押し切ってまで、私は対価を得たのです。
ならば、私はその代償を支払わねばなりません。
人として、神として――それが、行動の責任を取るという事。罰ではなく、罪でもなく、咎でもなく、ただ果たさなければならない当然の義務。
「子供みたいな神様が居るんですもの。泣き虫で甘えん坊な神様が居たって、誰も咎めはしないわ」
ズルイですよ、アリスさん。
何時も知的で、冷静で……なのにこういう時だけ熱血なんて、まるで物語の主人公みたいじゃないですか。
そんなのまるで……まるで――
駄目っ。
それ以上、考えてはいけません。
目の前の人を誰かと重ねるなんて、それはその人を酷く侮辱する行為です。
「早苗、泣く時は周りへの遠慮なんて全部忘れてしまって良いの。何も考えず、ただ泣くだけで良いのよ」
あはは。アリスさん、心でも読めるんですか?
なんて、私が単純なだけですね。
本当に、ズルイです。
「どう……して……」
「年下を甘やかすのは、年長者の義務よ」
――後輩を守るのは、先輩の義務だから――
「来なさい、早苗。ちゃんと、全部受け止めてあげるから」
はぁっ……仕方がありませんね。
そこまでお願いされたなら、私もやぶさかではありません。
自称演技派の私が、アリスさんの望むシチュエーションをお見せして差し上げましょう。
「アリス……せんぱい」
「うん」
「先輩! せんぱいぃ! あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「うん。大丈夫よ、大丈夫――」
――大丈夫だよ……大丈夫……
ほら、どうです? 凄いでしょう、私の演技。
まるで、本当に泣いてるみたいでしょう?
だから、だからね――
皆には、内緒ですよ。
「あっ、うぅ、あぁぁ、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「大丈夫。貴女は、大丈夫だから――」
あぁ、やっぱり、たい焼きを食べたくなっちゃいました。
ねぇ、アリスさん。今度、一緒に作りませんか。
きっと、甘くて美味しいですから。
受け止めてくれるんですよね。言ったからには、責任取って貰いますからね。
神様に疲れた時は、また甘えさせて貰いますから。断ったら、諏訪子様と神奈子様に頼んで神罰を下して貰っちゃうんですから。
ね――きっとですよ。アリス先輩。
◇
追記。
事件解決を受け、博麗神社では恒例の宴会が開催された。
主役は勿論、東風谷早苗。
協力者である霖之助も、今回は強制参加だ。
早苗は、守矢神社から家庭用たい焼き器を持ち出し、皆に自作のたい焼きを振舞っていた。
餡子とクリームまでは良いとして、納豆や佃煮は中身としてどうなんだろうか。ロシアンルーレットもかくやの品に、酒の入った一同は大爆笑だったので良しとしておこう。
事件を経て、私と早苗の仲も深まったと思う。
まだ少し感傷を引き摺っていたのか、宴会の最中も早苗は私にべったりだった。私もまた、事情を知る故にそれを許した。
また日が経てば元の適度な関係に戻るだろうが、今は頑張った彼女を甘えさせてあげたかった。
などと、思っていた私だったのですけれどね……
宴会中、早苗を取られたご両神からの圧力が半端ではなく、本気で生きた心地がしなかった。
なぜか霊夢も若干不機嫌で、話し掛けても素っ気なくされてしまった。訳が解らない。
私が一体、何をした。
幻想郷には、私の知らない不思議な事ばかりが溢れている。
どちくしょうがあぁぁぁぁぁぁ!(血涙&吐血)
ここまで過去を捏造しないと、早苗さんにシリアスさせてあげられなかった自分の貧困な妄想力に絶望した!
しかも、フランと魔理沙に続いて泣かしてばっかり。どうなのよ! ぐぬぬぬぬっ!
まぁ、別に先輩の性別は明記していませんけどねぇ(ゲス顔)
恋愛も友愛も、強ければ「想い人」でしょ? どっちなんでしょうかねぇ(ゲス(ry)
宴会話で霊夢をやりましたし、これで自機組みコンプリーツです。やったね(二回目)
あーでも、やっぱりもう一度霊夢をやった方が締めとして収まりが付きますかねぇ。
そんなこんなで、次回は楽園の素敵な巫女さんにするか、原作話へ移りたいと思っています。
もし原作話なら、緋想天と地霊殿の時系列が調べても良く解らなかったので、先に話の浮かんだ地霊殿からですね。
待っててね、さとりん。
今からアリスが行くから(マジキチスマイル)