ゼロの龍   作:九頭龍

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レコン・キスタ始動


第9話

 フーケによる宝物庫強盗事件から数日経ったある日。

 二つの月が空高く上がり、星々と共に夜を照らす頃、ルイズはベットの中で夢を見ていた。舞台は生まれ故郷であるラ・ヴァリエールの領地にある屋敷。

 夢の中の幼いルイズは、必死になって屋敷を逃げ回っていた。小さな迷宮の様に整えられた植え込みに隠れて息を殺し、追っ手をやり過ごす。頭上には、二つの月の片方、赤い月が爛々と輝いていた。

 

「ルイズ! どこにいるの!? まだお説教は終わってませんよ! 出て来なさい! ルイズ!」

 

 怒声を響かせながら歩くのはルイズの母だ。ルイズは上の姉二人と違って物覚えが悪い、と叱られている最中に逃げ出したのだ。

 ふと、隠れた植え込みに向かって足音と声が響いた。

 

「ルイズお嬢様も難儀だよねぇ。あそこまで魔法が使えないなんてさぁ」

 

「全くだ。上のお二人はあんなにも魔法が使えるのに……」

 

 本人がいるとも知らずに吐き出される言葉は、ルイズの胸に深く突き刺さる。悔しくて悲しくて、瞳に涙をいっぱい溜めて歯を食いしばりながらその場を離れた。

 気付けば、ルイズは自然と中庭の池へと向かっていた。

 池の周りには季節の花が咲き乱れ、石のアーチとベンチがある。池の真ん中には小さな島があり、中央には白い石造りの東屋が建っている。

 池のほとりには小船が一艘浮かんでいた。もっと小さかった頃はこの小船で船遊びを楽しんだが、今は誰も使っていない。

 成長した姉達は魔法の勉強で忙しいし、父も母も、あの頃の様に自分に優しく接してはくれない。

 屋敷の中でも、特に誰も訪れないこの場所は、ルイズにとって「秘密の場所」だった。叱られる度にここに来ては、人目を忍んで涙を流していた。

 ルイズは小船に乗り込んで用意してあった毛布にくるまると、声を殺して涙を流した。

 ふと、中庭の島に霧が出て来たかと思うと、その霧の中からマントを羽織った男が出て来た。

 年は十六ぐらいだろうか、夢の中のルイズは六歳なので、十歳ばかり年上に見えた。

 

「また泣いているのかい、ルイズ?」

 

 優しく、逞しさを感じさせる声がルイズの耳に木霊した。恐る恐る毛布から顔を出すと、羽根付き帽子で顔が隠れた男の存在に気付く。

 顔は見えなくても、ルイズにはそれが誰なのか、すぐにわかった。

 その男は、最近近所の領地を相続した子爵だった。ルイズにとって憧れの、年上の貴族。晩餐会を幾度も共にし、父とも密かな約束を持っている。

 

「し、子爵様! いらしていたの!?」

 

 ルイズは顔を赤らめながら毛布の中に再度隠れる。みっともない姿を憧れの男性に見られたのが恥ずかしいのだ。

 

「今日は君のお父上に呼ばれたのさ……あの約束の事でね」

 

「まぁっ!」

 

 言葉の意味が、じんわりと心に染み渡ってルイズの顔が更に赤らんでいく。口元を隠す様な形で顔を出したルイズは、恥じらいを含んだ姿勢で子爵を見つめた。

 

「いけない人ですわ、子爵様は……」

 

「僕の小さなルイズ。君は、僕の事が嫌いかい?」

 

 帽子から覗く口元に優しい笑みを浮かべながらおどけた様に子爵が問い掛ける。その問いに、ルイズは静かに首を振って見せた。

 

「そんな事はありません。でも……私はまだ小さいから、よくわかりません」

 

 はにかみながら素直な気持ちを伝えると、子爵がくすりと笑ったのが聞こえた。

 ルイズにとって暖かく、穏やかな時間を感じていると、子爵がそっと手を差し伸べた。

 

「ミ・レィディ、手を貸してあげよう。もうすぐ晩餐会が始まるよ」

 

「……でも、私……」

 

 子爵の手を掴もうとして伸びていたルイズの腕が、僅かに引っ込められる。

 

「また、怒られたのかい? 大丈夫だよ、僕からお父上にとりなしてあげよう。さぁ、捕まって。僕のルイズ」

 

 ルイズは少し戸惑いを見せた後、差し伸べられた手を掴もうと腕を伸ばした。

 瞬間、一陣の強い風が吹き、池の水面を揺らしながら羽根付き帽子が舞い上がった。

 

「あっ?」

 

 帽子の下から現れた顔に、ルイズは困惑の声を上げる。

 帽子の下から現れたのは憧れの子爵ではなく、子爵と同じ服装をした桐生だった。

 

「な、何よ、あんた!」

 ふと、ルイズも自分の身体を見て気付く。先程まで幼かったはずの自分は今現在の16歳の身体になっていた。

 

「おいで、ルイズ」

 

「やめてよ! あんたがおいでって言うと、なんか……変!」

 

「そうか? なら……来い、ルイズ」

 

「そうそう、やっぱりそっちの方があんたらしい……って、そうじゃなくて!」

 

 桐生の言い直しに満足しながら差し伸べられた手を掴もうとして、すんでの所で手を引っ込める。

 

「なんであんたが、ここにいんのよ!?」

 

「なんだ? 抱っこの方が良いのか? 手間のかかるお嬢様だな」

 

 ルイズの言葉が聞こえていないかの様に桐生は溜め息を漏らすと、服がぬれるのも構わず池の中へ入って小船に近付き、ルイズの身体をヒョイッと抱きかかえる。

 

「ちょ、ちょっと! 下ろしてよ! どこに行くのよ!?」

 

「決まってるだろ? お前の親父さんの所に行って正式に俺達の結婚を認めて貰うんだよ」

 

「はぁっ!?」

 

 結婚!? 誰が!? 誰と!?

 困惑と驚愕の表情を浮かべるルイズを無視して桐生が歩き始める。確かな足取りで中庭から屋敷の中へと入って行き、父が何時もいる書斎に向けて突き進んでいく。

 

「ちょっと! 下ろして! 下ろしなさいったら!」

 

 胸元をポカポカと叩くルイズを微笑ましく眺める桐生の視線は優しい。その視線に思わず顔を赤らめながらも、ルイズは必死に抵抗し続けた。

 

 

 ビュンッ、と渇いた音が空を切り裂いた。

 二つの月と満天の星空が照らす女子寮の庭に当たる広場で、桐生はデルフリンガーを素振りしている。左手の甲で光るルーンが軌跡を描く様に宙に線を引く。

 

「ふんっ! でいやっ!」

 

 まるで連撃を繰り出す様に袈裟切りから大振りな横一文にデルフリンガーを振るい、深呼吸をしながらゆっくりと中段に構える。

 

「なかなかやるじゃねぇか、相棒」

 

 桐生の素振りの終わりを見て取って、デルフリンガーが声を発した。

 

「剣の振り方もとても素人とは思えねぇ。どっかで習ったのか?」

 

「まあな。武道家のじいさんから教わった」

 

 桐生は構えを解いてデルフリンガーを壁に立て掛けると、ポケットに手を突っ込んで暫く中をあさる様に動かしてから手を引き抜いた。

 両手には、メリケンサックが装着されている。

 

「それがあのおばさんに「強化」の魔法をかけてもらった武器か?」

 

 デルフリンガーの問いに、桐生は静かに頷いて見せる。

 今日の「土」系統の授業は「強化」についてのおさらいと実習だった。「強化」とは、物質を本来の状態よりも硬く、丈夫にする呪文の事だ。実際、王宮の兵士達の剣等にはこの「強化」の魔法がかけられている物が多いらしい。

 授業の後、桐生はシュヴルーズに頼んで自分のメリケンサックに「強化」の魔法をかけてもらった。見た目は変わらないが、身に付けた時に感じる奇妙な感覚が、生半可な事では壊れる事がないという事を教えてくれた。

 左手のルーンは相変わらず輝き続けているのをチラッと見た後、桐生は構えを取って拳を振るってみた。

 メリケンサックの鉄製の拳が空を穿つ。普段の生身の拳よりも速く動かせるのは、これもルーンの力なのだろうか。

 一通り拳を振るい終えてからメリケンサックを指から外し、持ってきていた小瓶の中の水を飲み干す。

 

「そろそろ戻るか……行くぞ、デルフ」

 

「あいよ、相棒」

 

 デルフリンガーを鞘に収めて、先に眠っているであろうルイズの元へ戻る。

 静かに部屋の扉を開いてから鍵を掛け、デルフリンガーを壁に立て掛けて自分の寝床に向かおうとすると、ルイズのベッドから呻き声が漏れた。

 首を傾げてベッドに近付くと、何やらルイズがうなされている。形のいい眉はハの字に歪み、眉間に皺が寄っている。

 

「ありゃりゃ……娘っ子、うなされてんじゃねぇか」

 

 壁に立て掛けられたデルフリンガーがまるでルイズの表情が見えてるかの様な口調で言う。

 桐生はベッドの端に腰掛けると、ルイズの頭を優しく撫でてやる。アサガオでも、時々悪夢にうなされていた子供達には良くこうしてやったものだ。暫く撫でてやると、ルイズの表情が幾分か穏やかになってきた。

 表情の変化を満足そうに眺めていると、突然ルイズの瞳がカッと見開いた。思わず驚いている桐生の方へ鳶色の瞳がギョロッと動くと、そのままゴロゴロとベッドの端まで身体を回転させて床へと落ちた。

 ベッドから立ち上がり何事かと桐生がルイズの方へ回ろうとすると、ルイズがガバッと身体を起こす。

 

「あ、あ、あ、あんた! い、一体、何しようとしたのよ!?」

 

 顔を真っ赤に染めながら声を震わせて桐生に指を突き付けるルイズ。

 

「つれねえ言い方だなぁ、娘っ子」

 

 何を怒っているのか理解出来ず首を傾げていた桐生に変わって、デルフリンガーが笑みを含んだ声で答える。ルイズの視線も、デルフリンガーの方へと向けられた。

 

「悪夢にうなされてたお前さんを、相棒が撫でてあやしてくれてたんじゃねぇか。怒声よりも感謝の言葉を述べるべきだぜ?」

 

「あ、あやしてたですって!?」

 

 デルフリンガーの言葉に今度は桐生とデルフリンガーの交互に視線を移して困惑するルイズ。

 

「本当だぞ。なんかうなされていたみたいだったんでな……軽く頭を撫でてたんだが、起こしたか?」

 

 少々申し訳なさそうに言う桐生にルイズは深い溜め息を漏らすと、ベッドに乗って座り込んだ。

 

「まぁ、いいわ。ちょっと夢の中のあんたと現実のあんたの区別がつかなくなってたから……悪かったわね」

 

「おいおい……夢の中の俺はお前に一体何をしたんだ?」

 

 その言葉に、ルイズの頭の中で先程まで見ていた夢が再現される。

 結局どういう訳か話はとんとん拍子に進み、あっさりと父に認められた桐生はルイズを連れて晩餐会へ。会の終了と同時にルイズの自室へと向かいベッドに寝かされてから耳元で囁かれたのは愛の言葉、そして……。

 ボンっと大きな爆発音が聞こえそうな勢いで顔を一気に真っ赤にしたルイズは、いきなりベッドに潜り込んでシーツを頭からひっ被った。

 

「う、うるさいわね! いいからさっさとあんたも寝なさい!」

 

 再び怒声を上げるルイズに何を怒っているのかわからず首を傾げるも、桐生は上着のジャケットを脱ぎ椅子に掛けて寝床についた。

 暫くして桐生の寝息が聞こえてくると、ルイズがそっとシーツから顔を出して桐生を見つめた。

 こいつのせいで眠れない……!

 正確に言えば桐生は全く悪くないのだが。顔を赤らめ、またあの夢を見てしまうのではと思いながらも、ルイズは寝返りをうって瞼を閉じた。

 

 

 トリステインの城下町の一角にあるチェルノボーグの監獄の牢の一室で、フーケは質素なベッドに寝ころんでいた。

 桐生達に捕まるなり、魔法を得意とした彼女はトリステインの監獄の中でも一番監視の強いこのチェルノボーグの監獄に入れられたのであった。

 裁判は来週に行われると聞いているが、様々な貴族のプライドを踏みにじり、お宝を頂戴してきたのだ。恐らく絞首の刑だろう。あるいは島流しか。少なくとも、もうこのハルケギニアの地に足をつくことは許されないだろう。脱獄を考えたが、フーケはすぐさま諦めた。

 牢の中は木製のこのベッドしかない。運ばれてくる食事の食器も、全て木製だ。

 得意の「錬金」の魔法を使おうにも、杖は取り上げられてしまった。もっとも、仮に「錬金」の魔法を使おうにも、壁や鉄格子には魔法の障壁が施されている。

 

「杖がないメイジに価値はなし、か……」

 

 自分で呟きながらフーケは苦笑を浮かべた。

 そして、自分を捕らえた、あの平民の男の顔を思い出して舌打ちする。

 熟練の戦士を思わせる様な巧みなフットワークで自分のゴーレムを翻弄し、挙げ句「破壊の杖」を操って倒してしまった。

 一体あの男は何者なのだろうか。少し気にはなったが、もう自分には関係のない事だ。

 仕方なしに瞼を閉じて眠ろうとするも、その瞼はすぐに開かれる事になった。

 上の階から、誰かが下りてくる足音が響いてきた。カツ、カツという音にガシャガシャと拍車の音が混じっている。門番の靴には拍車等ついていなかったのでこんな音がする筈がない。

 とりあえずとばかりに、フーケはベッドから起き上がった。

 暫くすると、鉄格子の向こうに長身の黒マントを身に付けた人物が現れた。白い仮面に覆われて顔はわからないが、マントから長い魔法の杖が覗いている事からメイジである事はわかる。長年の経験から、体格からして恐らく男だろうという事も。

 

「あらあら……こんな夜更けにお客様だなんて、珍しいわね」

 

 フーケの言葉に微動だにせず、仮面の人物はまるで値踏みするかの様にフーケを眺めている。

 フーケはすぐさま自分を殺しに来た刺客だろうと当たりをつけた。自分が今まで盗んだお宝の中には、明るみに出ては不味い代物も幾つかあったからだ。恐らく、裁判の際に余計な事を言わさぬ様、口封じに来たのだろう。

 

「生憎、客人をもてなす様な気の利いた物はないの。それとも、私を抱きに来たのかしら? もしその鉄格子から出してくれるなら……好きにしても良いわよ?」

 

 フーケはベッドに横になると色っぽい仕草と目つきで仮面の人物を手招きして見せる。

 杖がない為、魔法は使えないがむざむざ殺されるつもりはない。体術にもそれなりの心得がある。しかし、外から魔法を使われては適わないので、なんとか中に引き込もうと誘いをかける。

 

「「土くれ」だな?」

 

 仮面の人物が口を開く。年若く、力強い男の声だ。

 

「誰がつけたかは知らないけど、そう呼ばれてるわ」

 

 フーケの言葉に男は両手を上げ、敵意がない事を見せた。

 

「お前に話が合って来た」

 

「話? 弁護でもしてくれるって言うの? 物好きな客人ね」

 

 男の言葉にフーケは鼻を鳴らして笑って見せる。

 

「なんなら弁護してやっても構わないぞ? マチルダ・オブ・サウスゴータ」

 

 フーケの表情から何時もの余裕が無くなる。その名は、かつて捨てざる得なかった自分の、貴族であった自分の名だ。その名を知る者は、もうこの世にはいない筈だった。

 

「あんた……何者なの?」

 

 驚愕と憎悪の混じった表情で問い掛けるフーケの問いに、男は答えず笑って見せた。

 

「再びアルビオンに仕える気はないか、マチルダ?」

 

「ふざけるな! 父を手にかけ、家名を奪った王家なんかに仕える気なんかさらさらないわ!」

 

 普段の冷静な態度を投げ捨て、感情的な声で怒鳴るフーケ。しかし、男は気にしない様子で首を振って見せた。

 

「勘違いするな。アルビオンの王家に仕えろ、と言っている訳じゃない。アルビオンの王家は倒れる。近いうちにね」

 

「どういう事?」

 

「革命だよ、マチルダ。無能で私欲を満たす事しか頭にない王家は潰れる。そして、我々有能な貴族による政が始まるんだ」

 

 拳を握り締めて力説を唱える男に面食らいながらも、フーケはもっともな疑問をぶつけてみる。

 

「でもあんた、トリステインの貴族じゃない。アルビオンの革命とやらに何の関係があるのよ?」

 

「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟さ。我々に国境なんて存在しない。ハルケギニアには我々の手で一つとなり、始祖ブリミルの光臨せし「聖地」を取り戻す」

 

「馬鹿馬鹿しいわね……」

 

 フーケは鼻で笑いながら手を振って見せる。

 

「で? その国境を越えた貴族の連盟様が、私みたいなこそ泥になんの用よ?」

 

「我々は一人でも優秀なメイジが欲しくてね。協力してくれないか? 「土くれ」よ」

 

「あのね、寝言は寝て言うものよ?」

 

 興味が無さそうにフーケは溜め息を漏らした。

 トリステイン王国、帝政ゲルマニア、自分の故郷でもあるアルビオン王国、そしてガリア王国。未だに小競り合いを続ける国同士が一つになる? 有り得る筈がない。

 しかも「聖地」を取り戻す? あの強力なエルフ共から?

 ハルケギニアから東に離れた地に住まうエルフ達に「聖地」が奪われてから数百年。度々各国が「聖地」奪還を目指し兵を送ったが、その度に惨敗の結果に終わっている。

 独特の文化と人間では有り得ない程の長命、そして尖った耳が特徴のエルフ達は、一人一人が優秀な魔法使いであり、繰り出される魔法も強烈なものばかりなのだ。

 

「私は貴族が嫌いだし、ハルケギニアの統一なんかこれっぽっちも興味がないの。おまけに「聖地」を取り戻す? あそこに何の意味があるのか知らないけど、エルフ共が居たいって言うならいさせておけば良いじゃないの」

 

 フーケの言い分を聞き終えると、男はマントから覗く腰に差した魔法の杖の柄を掴んだ。

 

「「土くれ」よ、お前は選択する事が出来る」

 

「あら、どんな選択かしら?」

 

「我々の同志となるか、」

 

 続けようとした男の言葉を、フーケが代わりに口にした。

 

「ここで死ぬか、でしょ?」

 

「その通りだ。我々の事を知られた以上、生かしておく訳にはいかない」

 

「勝手に来て、勝手に話しといてそう言う訳? 本当に貴族ってやつはロクなものじゃないわ」

 

 フーケは苦笑を浮かべながら肩をすくめて見せた。

 

「早い話、選択じゃない。強制でしょ?」

 

 フーケの言葉に男は肩を震わせた。仮面のせいで表情はわからないが、笑っている様だ。

 

「その通りだ」

 

「だったら間怠っこしい真似なんてせず、味方になれって言いなさいな。命令も出来ない男なんて、場合によっては女に嫌われるわよ? 少なくとも、私は嫌いだわ」

 

「……一緒に来い、マチルダ」

 

 強い口調に変わって命令する男に笑みを浮かべながら、フーケは腕を組んで見せる。

 

「で、あんた達の貴族の連盟は何て言うのかしら?」

 

「一緒に来るのか、来ないのか、どっちなんだ?」

 

「これから旗を振る組織の名前くらい、聞いておこうと思ったんだけど?」

 

 男は溜め息を漏らした後、ズボンのポケットから鍵を取り出して鉄格子の扉を開くと、フーケに手を差し伸べた。

 

「レコン・キスタ」

 

 

 小さな蝋燭が揺れる聖堂で、一人の男が三人の男と話していた。男は黒いローブで顔を隠して顔が見えない。が、それは三人も一緒だった。

 三人はそれぞれ、奇妙な仮面で顔を隠していた。男から向かって左に立つ者は、蛇をイメージした様な白い仮面を着けている。右に立つ者は、鼻から上を覆い隠す鉛色の仮面を着けている。額の左右のこめかみの所には短い突起が付いており、さながら鬼の様だ。そして正面で椅子に座り、十字架をバックに佇む男は黒い、嘴の様な尖った物が突き出た仮面を着けている。

 

「レコン・キスタ?」

 

 男の正面に座る黒い仮面の男がオウム返しの様に言葉を発する。声からして、年はまだ若い。

 

「そうだ。我々は優秀なメイジを集めてアルビオンで革命を起こそうと奮闘している」

 

「ふ~ん……でもさ、僕達は誰一人としてメイジでもなければ、貴族でもないよ?」

 

 黒い仮面の男が左右に立つ男を指差してから笑みの籠もった声で首を傾げて見せる。

 ローブの男は、首を振ってから僅かに身を乗り出した。

 

「確かに君達はメイジではない。だが、我々にとって必要なのはメイジだけではない。更なる力を付ける為に、「トライデント」の君達にこうして勧誘に来たと言う訳だ」

 

「ふ~ん……」

 

 黒い仮面の男が、頭の後ろに腕を組んで呟く。

 「トライデント」。ハルケギニアの裏社会に住む者達で知らぬ者はいないと言われている、暗殺・殺人を主に行う三人組。

 一度依頼を受ければ、ターゲットとなった人物は決して逃れる事は出来ないと言われる程の凄腕の集まりである。

 

「報酬は後払いになってしまうが、満足のいく金額を用意する。担保は私の命で構わない。どうだ?」

 

 ローブの男の問い掛けに、黒い仮面の男が左右に立つ男達に視線を送る。が、どちらも一切の動きは見せず、ただ佇んでいるだけであった。

 暫く考える様に宙を見つめていた黒い仮面の男は、ゆっくりローブの男に視線を戻した。

 

「やっぱり、いいや。なんかつまんなそうだし」

 

「つまらない?」

 

 仮面の男の発言に、ローブの男の言葉に怒気が込められる。

 

「そう。正直僕達は王制とか、政とか興味ないんだよね。せっかくの誘いだけど、お引き取り願えるかな?」

 

 黒い仮面の男が手を伸ばしてローブの男の背後にある扉を指し示す。するとローブの男は素早い動きで腰に差してあった杖を引き抜き、黒い仮面の男に顔面に先端を突き付ける。その先端には小さいながらも炎の玉が浮かび上がっている。

 

「「トライデント」のリーダー君、君には選択する事が出来る」

 

「どんな?」

 さほど焦る様子も見せずに黒い仮面から覗く瞳がローブの男を見つめながら問い掛ける。左右の男達も、まるで置物の様に佇んだまま動かない。

 

「我々の仲間になるか、今ここで死ぬか、だ。我々の事を知られた以上、生かしておく訳にはいかない」

 

「ふ~ん……じゃあさ、賭けない?」

 

「賭け?」

 

 凄みを利かせて脅しをかけたつもりだったか、黒い仮面の男はまるで友達に接するかの様な口調でローブの男に提案する。

 

「今あんたがこの魔法、「ファイヤーボール」かな? これを発動して僕が死んだら、この二人を好きに使っていいよ。ただし……」

 

 黒い仮面の男は杖を掴んで自分の鼻先数センチの所まで引っ張る。火の玉が徐々に仮面を焦がして煙が上がっていく。

 

「もし、発動して死ななかったら……あんたの命を貰うよ。いいね?」

 

「ッ!?」

 

 ローブの男は困惑した様に言葉を詰まらせる。

 これだけの距離だ、外す筈がない。しかも自分は「火」系統のスクウェアメイジだ。見た目は小さいが、この火の玉は確実に人を殺せる。それだけの威力がある。なのに。

 何故こんなにも、この目の前の男には余裕があるのか。

 徐々にローブの男の呼吸が乱れていく。今までに感じた事のない、奇妙な恐怖が男の背筋を走っていく。

 黒い仮面は火の玉で焼かれ、嘴の部分には火が付いて黒い煙を上げている。

 

「し……死ねっ!!」

 

 男が最後の一言を発すると、火の玉が杖から離れて爆発した。黒い仮面が、燃えながら宙を舞う。

 

「なっ!?」

 

 そしてローブの男は驚愕する。

 たった今、爆発が起こった。そして焼かれた筈の目の前の男の顔には、傷一つ付いていなかった。

 黒い仮面の下にあった顔は若い。声の通り、年相応の青年だ。その顔が、無邪気に笑う。

 

「あんたの負けだ」

 

 青年は楽しそうに言ったが、もう男の耳には入らなかっただろう。青年が話すよりも早く、鉛色の仮面の男が腰に差していた剣を引き抜きローブの男の首を跳ねたのだ。

 切り口から真っ赤な血が噴き上がり、青年と背後の十字架にバタバタと降りかかる。

 

「あ~あ……血って拭き取るの大変なんだよ? ちょっとは考えて殺してよ」

 

「……すまん」

 

 青年が不満を訴えるのを聞きながら、鉛色の仮面の男が渋い声で謝罪を口にしながら剣を鞘へとしまう。

 

「ふん。レコン・キスタか……下らないな」

 

 佇んでいた白い仮面の男が腕を組みながら、首の無くなった男の死体を見下した。少し声色は違うが、鉛色の仮面の男同様渋い声だ。

 

「だが、良かったのか? 場合によっては組んだ方が計画が進んだんじゃないのか?」

 

「ん~……まぁ、良いんじゃない? 焦る事は無いしさ」

 

 鉛色の仮面の男の質問に青年が肩をすくめて笑ってみせる。そんな二人のやり取りを聞いていた白い仮面の男が無造作にローブに包まれた生首と首のない死体の胸元を掴んだ。

 

「俺が捨ててくる。そのまま戻るぞ」

 

「ああ、また連絡するから待機しててよ」

 

 ズルズルと死体を引きずって扉を開き、外に出て行った白い仮面の男を見送ると、鉛色の仮面の男も外へと出て行った。

 後に残された青年は椅子から立ち上がって、血に汚れた十字架を眺めながら腕を組んだ。

 

「革命だの戦争だの……みんな頑張るねぇ。もうちょっとで、そんな物に意味が無くなっちゃうのに」

 

 青年は一人呟くと、笑みを浮かべながら額から流れる返り血を指で拭って、ベロリと舐めた。

 

 


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