ゼロの龍   作:九頭龍

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幻影


第48話

 目の前に広がる敵艦隊の群れに視線を向けながら、桐生達の乗り込んだ「ヴュセンタール」号の総司令部の中でド・ポワチエ将軍が時計をチラリと横目で見た。

 

「ふむ……予測よりも早い対面となったか」

 

 独り呟きながらド・ポワチエ将軍は小さな溜め息を漏らした。彼の計算では敵艦隊との接触は十時頃だと予測していたのだ。

 

「どうやら相手は、我々が思っている以上に生真面目なのやも知れませぬ」

 

 ド・ポワチエ将軍の呟きに参謀の一人が相槌を打った。

 

「「虚無」は?」

 

「昨晩の内に使用する呪文の提案があり、これを受けて参謀本部で作戦を立案しました。問題ないかと」

 

「ほう。陛下がご信頼されているだけあって、年相応以上に仕事は早い方と見える。それで、どんな呪文だ?」

 

 参謀はド・ポワチエ将軍の元へと近寄ると、作戦の計画書を開いて時折書かれてる文字に指を差しながら何やらゴソゴソと小声で話した。

 参謀の話を受けたド・ポワチエ将軍の顔には、徐々に笑みが浮かび始める。

 

「なるほど。それは面白い。上手く行けば相手を吸引し、上陸を成功させられるやもしれん。伝令!」

 

 掛け声を聞いた伝令兵が駆け寄り、ド・ポワチエ将軍の前に跪く。

 

「「虚無」の出撃を命じる。作戦目標、「ダータルネス」。仔細は任す。エルギース将軍率いる竜騎士中隊は全騎を持ってこれを護衛。復唱」

 

「「虚無」出撃! 作戦目標「ダータルネス」! 仔細自由! エルギース将軍率いる竜騎士中隊全騎がこれを護衛!」

 

「宜しい。駆け足」

 

 伝令は桐生達が既に待機している甲板目掛けてすっ飛んで行く様に駆け出した。

 総司令部から飛び出した伝令兵を満足気に見送ったド・ポワチエ将軍は再び敵艦隊の群れに視線を戻して、作戦を成功させる為に戦艦隊に命令を発する。

 

「戦列艦の艦長達に伝えろ。例え体当たりし、艦が壊れ自滅しようとも上陸部隊を満載した輸送船団に敵艦を近付けるな、と。この戦争、敵地への上陸の失敗は我々の敗北を意味するとな」

 

 次々と旗信号で伝令が伝えられていく中、ド・ポワチエ将軍は敵艦隊を睨みながら腕を組んだ。

 

「さぁ、貴様の出番だ、エルギース。貴様も大人であるならば、子供を命懸けで守って見せろ」

 

 その時漏れたド・ポワチエ将軍の呟きは、誰にも聞かれる事はなかった。

 

 

 桐生は上甲板のゼロ戦の操縦席で、エンジン始動の点検を行っていた。手馴れてきたのか、はたまたこれも「ガンダールヴ」の力なのか、点検は滞りなく進み何時でも出撃出来る様になっていた。

 後部座席にはルイズが既に座っており、「始祖の祈祷書」と杖を胸に抱いて目を閉じ、精神を集中させていた。胸元で杖と本の影に隠れたペンダントの石が、時折入り込む朝日で淡い輝きを放っている。

 昨晩、ルイズは使用する呪文を見つけて参謀本部へと提出し、それを受けて作戦が立案されて作戦参謀達によって計画書が作られた。

 ゼロ戦の点検を終えた桐生は、その計画書の写しである羊皮紙と睨めっこしながら眉をひそめていた。此方の何とも言えぬ形の文字は相変わらずちっとも読めやしない。

 ゼロ戦の翼によじ登って、懸命に桐生に羊皮紙に書かれた地図やら文字やらを指差して甲板士官が説明するが、何度説明しても理解出来ていない桐生に苛立ちを覚えて首を振った。

 

「もう良い! お前が文字が読めぬ事は良くわかった! だからシンプルに言ってやる! エルギース将軍率いる竜騎士中隊がお前を先導する! はぐれずについて行って、ダータルネスまで「虚無」殿をお運びしろ! わかったか!?」

 

 いい加減喧しい説明に嫌気がさしていた桐生はわかったわかったとばかりに頷いて見せ、甲板士官は不安そうながらも翼から飛び降りた。

 もう一度羊皮紙を眺め、航法もわからない、ましてや文字もわからない桐生には意味のないその計画書の写しを丸めてジャケットの懐にしまい込んだ時だった。

 突然、耳をつんざく様な甲高い鐘の音が激しく鳴り響いた。

 音に反応した桐生は思わず空を見上げた。

 視線の先の少し遠くの雲の隙間から、どう見ても味方ではない艦隊が急降下でこっちに向かって来るのが見える。

 桐生達の乗る総旗艦「ヴュセンタール」号を含む輸送船団の左上方を航行している六十隻の戦列艦達が、現れた敵艦隊と雌雄を決すべく上昇し始める。その戦列艦の中には、ルイズ同様に魔法学園から志願、或いは親や周りから強制的に参加された生徒達が何人も乗っている事を桐生は知らない。

 味方の戦列艦が敵艦隊目掛けて突き進む中、飛んで来た伝令が桐生の耳に入る。

 

「「虚無」出撃されたし! 目標「ダータルネス」! 仔細自由! エルギース将軍率いる竜騎士中隊は全騎を持ってこれを護衛!」

 

 出撃の合図の様だ。

 桐生はエンジンをかける為に、事前に打ち合わせておいた控えのメイジに指示を送った。

 メイジがすぐ様プロペラ目掛けて杖を振り、「風」の魔法を使ってプロペラを回す。

 スムーズに事が運んでいるのは事前に行った打ち合わせの賜物だった。最初にプロペラを「風」の魔法で回すと説明した時、彼は要領が悪いのか、なかなか理解してくれなかった。ただプロペラを回すという行為を行って欲しいと説明するだけで二十分近くの時間を費やした。

 コルベールならば、まるで以心伝心の様に求めた通りにプロペラを回してくれただろうが。

 そんな事を先ほど考えてはいたが、結局自分も字が読めないが故に甲板士官の説明をまともに聞いてはいなかったのだ。他者を悪く思う前に、まずは自分を良くしなくては、と桐生は思わず考えた。

 プロペラが問題無く回ったの見て風防を閉じ、エンジンを点火させる。鈍い音の後に轟音と共に機体が振動し、上甲板を駆けて空へと飛び出した。

 操縦桿を引いて機体を水平飛行を保つと、脚を収納する。

 操縦に慣れては来たと言え、無事に飛び立てた事に桐生は小さく安堵の溜息を漏らした。後部座席を見ると、ルイズは目を閉じたまま精神を集中させている。普段は何処か落ち着きの無いルイズだが、こんな時の集中力は半端な物では無い。彼女なりのオンオフの切り替えなのだろう。

 気が付くと、ゼロ戦の周りを竜騎士中隊が飛んでいた。風竜の背に乗っているのはルイズとそう歳の変わらない少年達。そして、ゼロ戦の前を飛ぶ風竜にはエルギースが乗っている。どうやら彼が先導するらしい。

 エルギースがついて来いとばかりに手を振って合図すると、桐生が頷いた。

 桐生の頷きに満足気に前を見たエルギースは、そのまま真っ直ぐと風竜を飛ばして行く。

 上方から敵艦から大砲が放たれる轟音が響き、桐生は上へと目をやった。

 そこではトリステイン・ゲルマニアの連合艦隊と、アルビオン艦隊の間で砲撃戦が繰り広げられていた。お互いを合わせて百隻を超える艦隊が、それぞれの大砲から派手に砲弾を放ち、甲板に上がったメイジ達がお互いに相手の艦隊目掛けて魔法を放っている。

 風防を閉じているのにも関わらず、操縦席に漂い鼻を突く火薬の匂いに桐生は眉をひそめる。

 味方のも敵のも、艦隊は次々と爆発を起こし、機体を炎で包みながらまるで蠅の様に堕ちていった。時折、甲板から投げ出され、宙を舞いながら落ちていく死体や乗組員がまるで蟻の様に小さく見えた。

 郷田龍司率いる関西、いや、日本一大きいとも言える極道組織近江連合との戦争とは比べ物にならない、映画の中の様な戦場に桐生は息を飲んだ。

 巻き起こる爆発には何人、何十人もの人間が巻き込まれ、その業火に焼かれ散っていく。

 桐生は視線をエルギースが先導する正面へと戻して、深呼吸しながら操縦桿を握る手に力を込めた。今自分が居るのは映画の中では無い、現実の戦場だ。上空から黒煙と炎を巻き上げながら堕ちていく艦隊と同じ運命を辿るかもしれないのだ。

 気を引き締め直し、桐生は真っ直ぐ前を見詰めた。

 今此処で死ぬ訳にはいかない。元の世界へ帰る為にも。ルイズの為にも。

 竜騎士を前方と左右にはべらせ、空の青と雲の白が混じる戦場の中、桐生はアルビオン大陸目指してゼロ戦を飛ばした。

 

 

 上空から降りしきる人や艦隊の破片の雨を避けながら雲の切れ間からアルビオン大陸が見えた頃、桐生達は敵の空を飛べる使い魔で構成された哨戒烏に見つかった。

 互いに密着して丸い塊となり、三百六十度を見渡す哨戒網の網の目の一個を形成するその烏達はその眼を通して、精神を集中させて竜騎士の駐屯所に待機する主人の眼に敵影を移す。

 使い魔の視界は精神を集中させる事で主人と共有する事が出来るのだ。

 自分の使い魔の視界から桐生達の存在察知した三つの基地から、竜騎士の群れが飛び上がる。向かってくる敵を遊撃する為に待機していた竜騎士達は、自身の相棒である風竜を操って桐生達を迎撃せんと向かって行く。

 

 

 前方を駆けていたエルギースの風竜が尻尾を激しく振り、エルギースが桐生に顔を向けると腰に差していた杖を引き抜いて前方を指した。

 見ると上空から此方に向かって降りて来る、数十匹の風竜に乗った竜騎士が確認出来た。このまま進めば、正面からぶつかる形となる。

 桐生は判断をエルギースに任せると、進路を変える気が無いのか、臆す様子も見せずに敵の竜騎士隊目掛けて突き進む。攻撃を受けようが、邪魔をされようが、構わずこのまま目的の場所まで進む腹づもりの様だ。

 桐生は翼の機関砲を操作しようとして、点検の時に弾切れを起こしていたのを確認したのを思い出して舌打ちする。先のタルブ戦で二十ミリ機関砲弾は使い切ってしまっていたのだ。

 機首の機銃には幸い、約二百発ほどの七・七ミリ弾が残ってはいるが、それではこの状況を打開するには威力が足りない。

 何か他に武器はと考えた所で、桐生は昨日コルベールから貰った紙束を思い出した。

 ジャケットの胸ポケットから乱暴に紙束を取り出して広げて見る。案の定、開かれた半皮紙には此方の文字で書かれている為何と書かれているのか全くわからない。

 しかし、コルベールは新兵器と言っていた。これなら何とかなるかもしれない。

 

「ルイズ! コルベールから貰った新兵器の説明書だ! 悪いが読んで聞かせてくれ!」

 

 開かれた半皮紙をルイズに差し出しながら桐生が叫ぶ。しかし、ルイズからの反応はない。

 振り返ると、ルイズは未だ瞳を閉じて精神を集中させていた。やはり並みの集中力では無いらしく、桐生の声に気付いていない様だ。

 そんなルイズの集中力に少し頼もしさを感じるも、桐生は半皮紙を自分の膝に置いてルイズの膝を掴んで揺らした。

 

「はわっ!? な、何!? 何事!?」

 

 突然刺激に戦場には似つかわしく無い、可愛らしい悲鳴を上げてルイズが瞳を開いて辺りをキョロキョロ見回す。

 

「ルイズ! このままじゃ俺達の身が危ない! 今すぐこのコルベールから貰った新兵器の説明書を読んで聞かせてくれ! 出来るか!?」

 

「わ、わかった! 貸して!」

 

 状況が読み込めないながらも桐生の声色から、今自分が危険に犯されているのを感じたルイズは胸に抱いていた「始祖の祈祷書」を膝に置き、桐生から差し出された半皮紙を引ったくる様に受け取って文面に目を走らせた。

 

「えっと……カズマ殿、この説明書を読んでいるという事は、貴方は今とても困っていると見受けられる。そんな貴方を助けてくれるのが、今回私が作った新兵器だ。とくとご覧あれ!」

 

「ああ、是非とも拝ませて貰いたい物だ! 前置きは良いから、何か要点は書いてないか!?」

 

 コルベールらしい始まりの文面に思わず間が抜けかけたが、目の前から迫って来る敵の風竜の速さにあまり余裕が無いのを察した桐生が急かす様にルイズに要点のみの読み聞かせを促す。

 

「えっ、えっと、先ずは新兵器を使うにあたってーー」

 

「っ!? ルイズ! 捕まれ!」

 

「へっ? きゃあっ!?」

 

 ルイズに説明書を読んで貰ってる間にもあっという間に近寄って来た敵の竜騎士隊が此方に向かって魔法の矢を放って来た為、桐生は咄嗟に操縦桿を動かしてゼロ戦の機体を回転させて何とか回避する。

 ゼロ戦を取り囲んでいたエルギース率いる竜騎士達も、風竜を上手く操って魔法の矢を避け、敵の竜騎士隊とすれ違う。

 何とかゼロ戦の機体を水平にたもち、再び周りに竜騎士をはべらせて空を駆ける桐生達を敵の竜騎士隊が追い掛ける。

 

「ルイズ!? 大丈夫か!?」

 

「びっ、ビックリしたけど大丈夫! 続きを読むわよ!」

 

 即席ながら作ったシートベルトをしていた為、機体の回転に身体を投げ出されなかったルイズは膝から転げ落ちた「始祖の祈祷書」をしっかり両膝頭で挟み込んでから半皮紙の続きを口にする。

 

「え〜……新兵器を使うにあたって守って欲しい事は二つ。一つ、敵から追われている状況である事。一つ、周りに仲間がいるならなるべく寄り合って固まってから使用する事」

 

「周りに固まって?」

 

「この紙にはそう書いてあるけど……」

 

 イマイチ使用条件は理解出来ないが、幸か不幸か今は敵に追われている状況。説明書の使用条件は一つ満たしている事になる。

 桐生は足元にあった小さな黒板とチョークを取り出した。この二つ、このゼロ戦に乗った時から操縦席の隅っこに置かれていた物だ。どうやら当時のパイロットはこれで隣同士等で指示を交わし合ってるいたらしい。

 黒板とチョークをルイズに手渡し、黒板に白文字で「チカヨレ」と書いて風防を開き、シートベルトを外して周りの竜騎士達に見せる。強い風が桃色の髪を引き千切らんばかりに靡かせ、薄い空気にルイズの表情が歪む。

 エルギースがルイズの持つ黒板を確認して頷くと、手で何やら合図をして見せた。すると周りの竜騎士達は心得たとばかりにゼロ戦へと可能な限り近付き、寄り添い合いながら走る。

 竜騎士に囲まれてまるで大きな丸い塊の様になった此方は、敵の格好の的にしかなっていない様にも思う。

 竜騎士達がゼロ戦に寄り添ったのを確認してルイズは風防を閉じ、再びシートベルトをすると半皮紙の続きを読み始める。

 

「二つの条件を満たした場合、「えんじん」の開度を司る棒の隣に取り付けられたレバーを思いっきり引っ張って欲しい……ですって!」

 

「こいつか!」

 

 此方にグングン近寄ってくる敵の竜騎士隊の姿が徐々に大きくなる中、桐生はスロットルレバーの隣にある見慣れないレバーを思いっきり引っ張る。

 瞬間、ゼロ戦の翼に取り付けられた鉄パイプの様な筒からシュポンッと栓抜きの様な音と共に何かが飛び出した。

 説明書の続きを口にしたルイズの声と同時に、その飛び出した何かからジュワッと点火音が響く。

 

「これぞ私が作り出した新兵器、名付けて「空飛ぶ炎蛇」だ! 前方に「ディテクトマジック」を発信する魔法装置を取り付けた、燃える火薬で推進する鉄の矢だ! この「空飛ぶ炎蛇」は魔法に対して反応して近寄る為、近くにメイジの味方がいる場合はなるべく近寄って貰わなくては巻き添えを食らうだろう! 念の為同士討ちを避ける為に、発射位置から半径二十メイルの対象には反応しない様になっているぞ! 何かよくわからないけど、あの先生案外凄いの作るじゃない!」

 

 バンッと小さな爆発音を立てて、後ろ向きに飛び出した十数本の火矢が追い掛けて来た竜騎士に向かって発射される。

 まるでロケット花火の様にピューッと音を立てながら竜騎士に当たっては小さな爆発を起こした。

 モウモウと巻き起こる白煙が風に拐われると、追って来ていた竜騎士隊の半数近くが居なくなっていた。残っていた竜騎士隊の兵士も、また同じのを出されては堪らないとばかりに戦意を失って引き返して行く。

 

「やったぁ! 成功よ、カズマ!」

 

「ああ。やれやれ……コルベール様々だ」

 

 声を上げてはしゃぐルイズに桐生は安堵の溜息を漏らしながら相槌を打つ。

 後方からの襲撃が無くなったのを確認したエルギースの指示の元、竜騎士達はゼロ戦から離れて元の位置へと戻る。

 開かれた視界。その先に見える景色にルイズの顔から笑みが消え、桐生の肩をギュッと掴んだ。

 

「これは……不味いな」

 

 桐生の口から重々しく言葉が漏れる。

 目の前には、百騎を超えるであろう竜騎士の群れが此方に向かって来ていた。

 アルビオンの竜騎士隊は天下無双と誉れ高く、その理由は質だけではなく、その圧倒的な頭数からも来ているのだ。

 エルギースはアルビオンの竜騎士隊の群れを見るも、進路を変えずに速度を上げた。やはりこのまま一気に突っ切ると判断し、周りの竜騎士達もエルギースに続いてゼロ戦と平行して進む。

 上空から迫るアルビオンの竜騎士隊の群れから、一斉に魔法の矢が放たれる。緑色の光で出来た矢が、ゼロ戦目掛けて飛んで来る。

 あの数は流石に避けきれそうもない。ルイズは更に強く桐生の肩を掴み、桐生も覚悟を決めて操縦桿を握り締める。

 ふと、桐生は視線を感じて前方に顔を向ける。すると、エルギースが此方を見ているのに気付いた。

 エルギースは此方をジッと見て桐生と視線が重なった瞬間、その口元にニヤリと笑みを浮かべた。

 一瞬その笑みの理由がわからなかった桐生は、何か嫌な物を感じて思わず身構える。

 視界一杯に広がる緑色の矢があと少しで届いてしまう距離まで近付いた瞬間、エルギースが突然自身が乗って風竜を操って僅かに上空させて翼を広げさせて躍り出る。まるでゼロ戦を覆う様に。

 エルギースの行動の意図がわからない中、無数の魔法の矢がエルギースもろとも風竜の身体を、翼を貫いた。

 桐生とルイズが言葉を失っている中、風竜と共に魔法の矢に身体のあちこちを貫かれたエルギースは再び桐生へと視線を向け、今一度笑みを浮かべてから力無く落ちて行った。

 その笑みから、桐生は確かにエルギースの意思を感じた。

 

「何よ……。何なのよ!?」

 

 目の前で突然無惨に身体を貫かれ、落ちて行ったエルギースにルイズがパニックを起こした様に叫ぶ。

 桐生はそんなルイズに答える事も無く、真っ直ぐ前を向いて魔法の矢が無くなった所を一気に駆け抜けた。

 すると今度は前方から巨大な火の玉、「ファイヤーボール」がゼロ戦目掛けて飛んで来た。

 今度は横を飛んでいた竜騎士の少年の一人がゼロ戦の前に躍り出て、風竜の身体で「ファイヤーボール」を受け止める。瞬く間に風竜は身体を焼かれ、その炎は容赦なく少年の身体も焼いて力尽きた風竜が燃えながら少年と共に落ちて行った。

 

「こいつ等は……「盾」になるつもりなんだ」

 

 焼け落ちて行く風竜と少年を青ざめ震えながら見詰めるルイズに桐生が言う。

 

「「盾」って……」

 

「俺達の今回の目的は、お前を目的地に到着させる事だろう。あいつ等はその作戦成功の為に、俺達の「盾」になる役割だったんだ。だから此処は……あいつ等が守ってくれている間に、一気に突き抜ける」

 

 桐生はそう口にしながら座席を座り直した時、座席の脇にある見慣れないレバーを見つけて軽く手を触れた。瞬間、「ガンダールヴ」の証が光り、そのレバーを引いたらどんな効果があるのかが頭の中に流れ込んで行った。コルベールが作った新兵器のもう一つだ。

 アルビオンの竜騎士隊の群れを突破した瞬間、周りにいた竜騎士隊の少年達が此方を向いて、笑顔で手を振りながら風竜を反転させた。その笑顔や手の振り方はまるで、学校の放課後に「また明日」と挨拶する友人の様だった。

 しかし、桐生もルイズもわかっている。彼等にその「明日」が無い事を。

 

「駄目っ! 行っては駄目っ!」

 

 ルイズがコックピット内で叫ぶ中、追撃を開始する敵の竜騎士隊目掛けて、少年達は風竜を飛ばさせる。ゼロ戦を守る為の時間稼ぎの「盾」となる為に。

 

「捕まってろ、ルイズ!」

 

 敵に突っ込む竜騎士隊の少年達に気を取られているルイズに怒鳴る桐生。ルイズは何とか視線を前に戻して座席にしっかりと座り、シートベルトを握り締めた。

 ルイズがちゃんと座ったのを見届けた桐生がレバーを引っ張ると、ゴウンッという鈍い音を立てて尾翼下の胴体の外板が剥がれ、積まれていたのが顔を出した。

 顔を出したのは、先ほどの火矢を何倍にも膨らませた鉄の筒。そこから勢い良く青白い炎が噴出され、蹴り上げられた様にゼロ戦が一気に加速する。

 「火」の使い手コルベールが発明した、ロケット推進機関である。

 瞬く間に敵と味方の竜騎士隊は見えなくなり、座っている座席を突き破らんばかりの加速感を身体中感じる中、まるで此方を避ける様に通り過ぎて行く雲が視界に入っては消えて行く。

 ゼロ戦は計器速度で四百五十ノット近い速度を出して飛び続けている。機体がバラバラになってしまいそうな振動が二人の身体に強く感じられた。

 

「何としても、作戦を成功させなきゃ……。彼等の為にも」

 

 胸元に抱いた「始祖の祈祷書」をギュッと強く抱き締めながらルイズが呟く。

 桐生は苦しげに顔を歪めながら操縦桿を強く叩いた。その音でルイズの身体がビクッと跳ねる。

 エルギースの最後の笑みに込められていた想い、「あとは任せた」と桐生は受け取った。

 わかっていたのだ。戦場に立つ以上、生きて再び必ず出会える訳ではない。しかし、目の前で人間が無惨に死んで行くのをただ見てる事しか出来ない自分が苛立たしく、歯痒かった。

 桐生は深い溜息を漏らして気持ちを落ち着けてから操縦桿をしっかりと握った。

 ルイズの言う通り、この作戦を何としてでも成功させなくてはならない。自分達にあとを任せ、命懸けで守ってくれたエルギース達の為にも。もし失敗してしまったら、彼等の死を文字通り無駄な物へと変えてしまう。

 桐生もルイズも口を開かない重い沈黙の中飛び続けていると、眼下に港が見えてきた。切り開かれただだっ広い丘の上に空に浮かぶ船を係留する為の送電線の様な鉄塔、桟橋が見えた。

 

「あれがダータルネスの港よ」

 

 ルイズが呟いてシートベルトを外す。

 

「カズマ、上昇して」

 

 ルイズの指示に頷いた桐生はゼロ戦を上昇させる。高度を上げるに連れて、徐々にゼロ戦は速度を落として行く。

 風防を開いても問題のない速度になったのを見越してルイズは立ち上がり、風防を開いた。

 冷たい風がコックピット内に舞い込んでくる。

 ルイズは桐生の肩へと跨り、呪文の詠唱を始めた。片手に持たれた「始祖の祈祷書」が光り輝いた。

 

 初歩の初歩。

 「イリュージョン」

 

 描きたい光景を強く心に思い描け。

 さすれば詠唱者は空をも創り出す事が出来るであろう。

 「始祖の祈祷書」にはそう書かれていた。

 ルイズが唱えているのは幻影を作り出す、「虚無」の呪文であった。

 ダータルネス上空をゼロ戦は緩やかに旋回する。

 ジワリと雲が掻き消されて、空に幻影が描かれ始めた。

 ルイズが心の中に思い描いたの物。それは巨大な戦艦の群れ。

 此処から何百キロメイルも離れた場所にいる筈の、トリステイン侵攻艦隊の姿が現れ始めた。ダータルネス上空に突如として現れた幻影の大艦隊は、現実の迫力を伴って見る者を圧倒した。

 

 

「ダータルネスだと?」

 

 ロサイスに向かっていたホーキンス将軍は、ダータルネス方面から送られて来た急便の報せに首を傾げながら呟く。

 彼はアルビオン軍三万の兵を率いてロサイス方面に向かっている最中であった。トリステイン・アルビオンの連合軍が上陸する地点はそこだと予想されていたからである。

 しかし、報せの通りであるならば敵が現れたのは首都ロンディニウムの北方、ダータルネスらしい。

 

「まぁ、全てが予想通りに事が運ぶとも限らぬか。我々の裏をかいたつもりなのかもしれん。全軍反転!」

 

 ホーキンスは声を張り上げて率いた兵団に伝える。とは言え、三万もの兵団だ。幾つにも別れている全ての部隊に伝わる迄にはどうしても時間が掛かる。

 敵の向かっている地へと早く赴き、さっさと布陣して安心を得たい物だとホーキンス将軍は内心呟いた。

 何気無く見上げた空は何処までも青く、澄み切っていた。今起きているこの大戦とはまるで無縁なその澄んだ青に、ホーキンス将軍は一瞬懸命に戦うのが馬鹿馬鹿しく思えた。いつの時代も人間が懸命に戦っているのを、空と海と大地はその身を汚されながら眺めて来た。自然からすれば人間の行いは何と小さく、何と愚かな事かと思っているかもしれない。

 全軍に伝令が伝わり、ホーキンス将軍を先頭にする為にと兵団が道を開いた。

 ホーキンス将軍は今来た道を我が物顔で引き返しながら、この空の澄んだ青色とは対照的な、泥沼の戦いが待っているだろうなと一人考えていた。


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