ゼロの龍   作:九頭龍

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不死鳥


第26話

 ラ・ロシェールの街に立て籠り、作成会議をしていたトリステイン軍がざわめき立った。原因は言うまでもなく、前方五百メイル先のタルブの草原の上空に現れたアルビオン軍の艦隊の存在だ。三色の「レコン・キスタ」の旗をはためかせながら此方に向かってきている。

十七年と言う月日の中、初めて見る敵にアンリエッタは身体の震えを抑えるのに必死だった。股がったユニコーンや周りにその恐れを悟られぬ様に浅い呼吸を繰り返した。

 不意に、一瞬空が光った様に見えた。艦隊の砲撃だ。

 着弾と同時に轟音を上げながら岩や人や馬が吹き飛んだ。圧倒的なその破壊力を前に兵達が浮き足立ちはじめた。

 

「お、落ち着きなさい! 落ち着いて!」

 

「殿下」

 

 初めて見る人の死。その恐怖から叫んだアンリエッタの肘を優しくマザリーニが掴む。振り返ったアンリエッタの顔は青ざめており、震えが手を通して伝わってくる。

 

「まずは殿下が落ち着きなされ。こんな時こそ、将は冷静でなくてはなりません。殿下は我等の心臓、我等は殿下の手足、そして脳です。人の身体は心臓の血の循環で機能しております。この意味、お分かりですな?」

 

 マザリーニはアンリエッタを宥めながら自分を憎んだ。

 何が心臓だ。こんな幼い娘に全てを押し付けて、お前は恥ずかしくないのか!?

 自己嫌悪、自己罵倒を悟られぬ様に表情はあくまでも穏やかな様子を浮かべるマザリーニ。

 アンリエッタは早くなっていた呼吸をなんとか落ち着かせて首を振った。

 

「ごめんなさい、枢機卿」

 

 謝罪を述べてから背筋を伸ばしたアンリエッタを見て、マザリーニは胸を痛めた。だが、ここでいつまでも自分を責めている訳にはいかない。自分よりも遥かに幼い少女が気丈に振る舞っているのだ。

自分を責めるのは後だ。今は、目の前の敵に集中しろ。マザリーニは自分に言い聞かせた。

 トリステインは小国でありながらも由緒正しい貴族が揃った歴戦の国である。兵力差となるメイジの数は四つの国の中で一番多い。

 マザリーニの号令で貴族達は岩山の隙間に空気の壁を作り出し、何とか砲撃を防ぐ。しかし、砲撃の威力が桁違い過ぎる為そう長くは持たないだろう。

 

「砲撃が終わり次第、タルブの草原で陣を組んだ三千の兵と共に攻めてくるでしょうな。我々に出来るのは、迎え撃つ事だけです」

 

「……枢機卿、勝ち目はありますか?」

 

 アンリエッタが不安を抑えた声でしてきた質問に、マザリーニは周りの兵を見た。

 勢いで出撃をしたものの、この戦力差は如何ともしがたい。敵は空からの援護を受けた三千。此方は二千あまり。勝ち目は……ない。

 

「五分五分、と言った所ですな」

 

 しかし、その現実を伝えてどうなる?

 そう考えたマザリーニは少しでもアンリエッタを安心させる為にそう嘯いた。

 砲撃が止み、遂に地上部隊が押し寄せて来るだろうと覚悟した兵達の間に緊張が走る。しかし、草原の遥か先に敷かれているであろう陣は一向に動こうとしない。

 誰もがいつ来るかと疑問を思っていると、甲高い声を立てながら偵察に行っていた伝令が砦の中に入って来た。

 

「殿下! 姫殿下! 報告! 報告であります!」

 

「これ、殿下の御前であるぞ。落ち着かぬか」

 

 まるで転がり込む様にアンリエッタの前にやって来た伝令の声に頭を痛くしながらマザリーニがたしなめる。

 伝令は大きく咳払いすると膝まづいて顔を上げた。その顔には戸惑いと喜びが混ざっている様に見えた。

 

「タルブの草原に陣を敷いていたアルビオン軍の地上部隊、全滅を確認致しました!」

 

 砦の中で響き渡った伝令の声に、一瞬の沈黙の後で再びざわめきが上がった。

 マザリーニは目を細めながら伝令をじっと見つめる。チラリと一瞬アンリエッタを見ると、状況が飲み込めないのか目をパチクリさせている。

 

「その報告、真の事か?」

 

「はっ! 最初は遠くから眺めておりましたが、あまりに動きが無い為近付いてみると……既に地上部隊は全滅していたのを確認しました!」

 

 マザリーニは報告を聞きながら頭の中で状況を整理していた。

アルビオン軍の地上部隊が全滅? 一体誰が? それともこの伝令はスパイ? 此方を油断させる作戦か? しかし、この状況で何の為に?

 頭に浮かぶ疑問符が意識を占領しかけた時、アンリエッタの声がそれを途切らせた。

 

「誰がやったのです? 敵の兵は三千と聞きました。そんな大部隊を打ち倒したのは、一体誰なのです?」

 

 アンリエッタのもっともな疑問に誰も彼もが伝令に視線を向ける。

 伝令は少し困った表情を浮かべながら首を振った。

 

「わかりません。ただ、念の為死体を確認した限りではアルビオン兵の物しかありませんでした」

 

「貴方」

 

 報告を続けようとした伝令はアンリエッタの声に首を傾げてから思わず息を飲んだ。

 アンリエッタの表情が怒りに染まっている。確かな怒気を含んだ瞳が伝令を射ぬいていた。

 

「敵とは言え彼等もまた人間。その人達を「物」扱いするとは何事ですか!?」

 

「も、申し訳ありません!」

 

 伝令はアンリエッタの言葉に頭を深く下げながら謝罪する。

 その様子を見て、マザリーニを含んだ誰もが自分達の将がアンリエッタである事を誇りに思った。

 

「して、死体がアルビオン軍の者達だけだと言う状況に、貴殿の見解は?」

 

 マザリーニが頭を下げたままの伝令に問いかけると、伝令はおずおずと頭を上げながら口を開いた。

 

「お、恐らく……アルビオン軍に対して多少の傷を負う程度に済んだか、もしくは無傷だったのか、様々な見解は取れますが、辺りの芝を見ても大部隊が押し寄せた様子は無い為少数の人間がやった物かと……」

 

 伝令の見解にますます謎が深まっていたトリステイン軍の思考は一時停止状態にあったが、再び受けた砲撃によって再び動き出した。

 

 

 ルイズは光の中に浮かぶ文字を指でなぞった。

 それは古代のルーン文字。授業をまともに受けていなければ絶対に読めない文字だ。

 「始祖の祈祷書」に書かれた文面を紐解いていく。膨れ上がる知的好奇心にページを捲る指の動きが止まらない。

 そして見つける。この「始祖の祈祷書」の本当の意味を。その文章の中で記された、「虚無」の名を。

 

「「虚無」……伝説の系統じゃない。それじゃあこれは、始祖ブリミルの……!?」

 

 今のルイズはゼロ戦の外がどうなっているかわからない。と言うよりも、最早外がどうなっているのか、自分の置かれている状況がどうなのかと気にする暇もなく、ただただ光の文字を追うのに夢中になっていた。

 

 

 墜ちていく竜騎士を横目にやった桐生は遥か上空に佇む巨大戦艦を睨み付けた。

 如何に竜騎士を撃退した所で、あの戦艦がある限り此方に勝ちは訪れない。

 桐生はゼロ戦のスロットルを開き、フルブーストで巨大戦艦目掛けて上昇する。

 

「無茶だぜ、相棒。こんな玩具じゃあのデカブツはヤれねぇよ」

 

「デルフ、ちょっと黙ってろ」

 

 デルフリンガーがいつもの調子で伝えてくる戦力差の話を桐生は遮った。

 本当は桐生にも分かっている。どんなに抵抗した所で、このゼロ戦ではあの巨大戦艦に敵わない事に。

 しかし、だから諦めろと言うのか。桐生の中に流れる信念が、諦める事を許さなかった。

 巨大戦艦に近付きながら、桐生が二十ミリ機関砲弾を発射する。放たれた銃弾は戦艦の装甲に着弾するが、僅かな煙が上がるだけで大した被害では無いことを告げる。

 今度はもっと近付いて、と桐生が更に距離を詰めようとした瞬間、戦艦の右舷側から強い光が放たれた。

 一瞬の間の後、ゼロ戦の機体に幾つもの小さな穴が空き衝撃が操縦席を揺らした。

 

「まずい! 散弾だ! 下がれ、相棒!」

 

 デルフリンガーの叫びに咄嗟に操縦桿を動かして下降し二撃目を回避する。

 

「ちっ! これじゃあ近付けねぇ!」

 

 ギリッと歯を食い縛りながら桐生が悔しそうに叫ぶ。

 そんな桐生とデルフリンガーの言葉も聞こえていないルイズは「始祖の祈祷書」のページを捲る指を止め、そのページに書かれている文章に指をなぞらせる。

 どうやらこの「始祖の祈祷書」は、始祖ブリミルに選ばれし「虚無」の使い手が「四の系統の指輪」を嵌めた場合のみ文章が浮かび上がるらしい。

 つまり、自分は選ばれたのか? この文章を読めると言う事は、そう言う事なのか?

 今まで自分が魔法を使った際、いつも爆発していた。それは、「虚無」の魔法だからではないのか。

 思えば今までその爆発の理由は解明された事はなかった。誰も彼もが失敗したと笑い、馬鹿にするだけでその原因はわからなかったのだ。

 もしかしたら自分は本当に読み手なのかもしれない。

ルイズは覚悟を決めて、そのページに書かれた「虚無」の初歩の初歩の初歩、「エクスプロージョン(爆発)」の呪文を口ずさむ。

 まるでいつも交わす挨拶の様に、その呪文の調べは滑らかに舌が回る。

 ルイズは独り頷くと、隙間を潜って桐生の座る操縦席へと出てきた。

 

「どうした、ルイズ!? くっ、危ねぇ!」

 

 前に出てきたルイズの身体を抱き寄せ、半ば強引に自分の膝元へ座らせながら桐生は操縦桿を操って機体のバランスを整えた。

 開かれた桐生の脚の間でちょこんと小さな尻を滑り込ませて座らされたルイズは、桐生に顔を向けると真剣な表情で口を開いた。

 

「カズマ、このひこうきとやらをあの巨大戦艦に近付けなさい」

 

「何?」

 

 ルイズの言葉の真意がわからず首を傾げる桐生に、ルイズも自信無さげに首を傾げながら顔をしかめた。

 

「……もしかしたら、上手く行かないかもしれない。何かの間違えかもしれない。でも、今は手段なんて選んでられない。藁にもすがる思いだけど、試す価値はある。だからお願い、なんとかあの巨大戦艦に近付いて!」

 

 ブツブツとまるで独り言の様に呟いた後、再び真剣な表情で言い放つルイズに桐生はしかめっ面を浮かべるが、直ぐ様頷いた。

 

「わかったぜ、ご主人様」

 

 桐生は再び操縦桿を操って巨大戦艦に近付いた。

 しかし、再び散弾を撃ち込まれてしまう。何とか避けたが、これでは左舷側も同じだろう。まるで針鼠の様に突き出た大砲が、ゼロ戦を狙っている。

 

「くそっ! 何とか近付く方法は……!」

 

「相棒、真上だ」

 

 忌々しそうに呟いた桐生にデルフリンガーが横から声をかける。

 

「あの巨大戦艦の真上なら大砲が届かねぇ死角がある」

 

 桐生はデルフリンガーの言う通りに上昇し、巨大戦艦「レキシントン」号の真上を占位する。

 すると、ルイズが桐生の肩に捕まって風防を開いた。強烈な風が二人の顔を打ち付け、ルイズの桃色の髪が荒々しく靡く。

 

「何してんだ、ルイズ!?」

 

「私が合図するまで、ここをぐるぐる回ってなさい!」

 

 強い風のうねりでかき消されそうな声を何とか叫んで伝えるルイズ。

 桐生は仕方なしに言われたまま「レキシントン」号の真上を旋回しようとしたその時、デルフリンガーが叫んだ。

 

「相棒! 後ろから何か来る!」

 

 デルフリンガーの叫びに桐生が後ろを振り向くと、一騎の竜騎士が此方目掛けて迫ってくるのが見える。そして、竜の背に乗っているのは。

 

「ワルド!」

 

 桐生は叫ぶのと同時にルイズを無理矢理自分の胸元に抱き寄せて風防を閉めると、操縦桿を前に倒して急降下させた。

 

 

 ワルドは不敵な笑みを浮かべながら急降下するゼロ戦を追い掛ける。

 今回の作戦で重要な鍵を握るのは、この「レキシントン」号に他ならない。頭のいい敵は必ず「レキシントン」号の死角を見つけ出してやって来る筈だと踏んでいたワルドは、ずっと上空の雲の中に隠れていたのだ。

 そして、獲物はまんまとやって来た。目の前を駆ける奇妙な竜は確かに速い。これでは火竜等相手にならないだろう。

 だが、今自分が乗っているのは風竜だ。速度では火竜を遥かに凌ぐ。

 風防からルイズの物であろう桃色の髪が見えた。ならばあの竜、いや、竜の様な物を操っているのは……。

 ワルドの顔に自然と狂気に満ちた笑みが浮かんでくる。無くなった左腕が疼き、胸の鼓動がまるで絶世の美女と一夜を共にする少年の様に興奮で高まる。

 

「今日ここで……貴様を必ず殺してやるぞ! カズマァッ!」

 

左の義手で風竜の手綱を握りながら叫ぶと、ワルドは右手で杖を掲げながら呪文を詠唱する。

 

 

 ゼロ戦の後ろにピッタリとくっついてくる風竜に、桐生は更にスロットルを開いてフルブーストで空を駆ける。

 当然ワルドもそれを追って風竜を駆けさせる。徐々にその距離は縮まって行った。

 

「くそっ! 流石に風竜相手じゃあ、スピードで負けちまうぜ!」

 

 デルフリンガーが珍しく絶望した様に叫ぶ。が、桐生の表情はあくまで落ち着いていた。

 

「これでいい」

 

「はっ?」

 

「その調子だ。もっと近付いて来い、ワルド。獲物はお前の目の前だ。追い付いてみろ……!」

 

「あ、相棒?」

 

 小さく呟く桐生にデルフリンガーが間抜けな声を上げる。ゼロ戦を必死に逃げる様に駆けさせる桐生に徐々に、徐々にワルドが近付いていく。

 ワルドは「風」系統の魔法、「エア・スピアー」の詠唱を完成させると目の前を駆けるゼロ戦に狙いを定めた。

 

「もう駄目だな……」

 

 どこか諦めを含んだ声でデルフリンガーが呟いたのと同時に桐生が笑みを浮かべた瞬間、突然ゼロ戦は僅かに下降しながらその場に急停止した。正確には急停止した様に速度が落ちた、なのだが。

 桐生がスロットルを最小にし、フルフラップにした桐生は僅かに操縦桿を左下に倒したのだ。

 最高速度で駆けていたワルドの風竜はゼロ戦の頭上を飛んだ。

 突然目の前から消えたゼロ戦をワルドはキョロキョロと辺りを見回して探すが見つからない。

 不意に、後ろからの殺気を感じてワルドが振り返ると、ゼロ戦の機首が光ったのが見えた。

 しまった、と思った瞬間には遅かった。機関銃が風竜の身体を貫き、ワルドも肩と背中を撃たれた。

 ワルドの表情が苦痛に歪み、風竜の口から小さな悲鳴が漏れた。

 そのままゆっくりとワルドを乗せた風竜は身体を回転させながら、地面に向かって墜落していった。

 

 

「いやぁ、おどれぇたぜ! やるじゃねぇか、相棒!」

 

「昔見た映画の真似事だったんだが、なんとか上手く行ったな」

 

 デルフリンガーの歓喜に満ちた声に苦笑しながら再びゼロ戦を「レキシントン」号の真上に向かわせる桐生。

 ルイズは再び風防を開いて顔を出す。強い風が桃色の髪を透く様に靡かせた。

 二つ呪文を口にしたルイズの身体の中に、リズムが巡る。何処か懐かしさを感じさせるそのリズムは呪文を口にする度に強くなり、神経が研ぎ澄まされて周りの雑音が聞こえなくなる。

 身体の中で何かが生まれては行き先を求めてさまよう感覚。以前授業で言われた自分に合う系統の呪文を唱えた時に感じると言われた感覚。今まで感じた事のない感覚を、ルイズは今正に感じていた。

 凄まじい力を感じる。身体の中に大きな波が起き、それはやがて大きなうねりへと変わる。

 ルイズが桐生に脚で合図を送ると、桐生は一度高くゼロ戦を上昇させてから急降下させた。

 身体の中の波が、行き先を求めて強く暴れだす。ルイズは杖の先を下に見える「レキシントン」号に向ける。

 長い詠唱が終わり、今から繰り出す魔法の威力がルイズの頭の中にイメージとして流れ込む。

 破壊だ。圧倒的な破壊。求められる選択は二つ。殺すか、殺さぬか。

 烈風が顔を打ち付ける中、徐々に近付く「レキシントン」号。

 ルイズは己の中で選択を決めた後、自分と「レキシントン」号の間の空間目掛け杖を振った。

 

 

 執拗な砲撃のせいで天井を失った要塞の中、アンリエッタは小さな太陽を見た。

 それが太陽か何かはわからないが、真昼の明るさをも上回るその輝きは艦隊を包み込んでいくのを最後に、その眩しさから思わず目を瞑る。

 砲撃が止んだのか、辺りが静まり返ったのでアンリエッタが恐る恐る目を開くと、頭上の艦隊が燃えていた。

 先程まで猛威を振るっていたのが冗談の様に、燃える艦隊はゆっくりと地面へと墜落して、地響きを立てた。

 その場にいる誰もが事態を飲み込めず暫し呆然としている中、マザリーニが空を駆けるゼロ戦の銀翼の輝きを見た。

 マザリーニは口元を綻ばせると、杖を高く掲げて叫んだ。

 

「見よ、諸君! 敵の艦隊は破られた! 我等が将、アンリエッタ姫殿下の清いお心に惹かれ現れた、伝説のフェニックスによって!」

 

「フェニックス? 不死鳥?」

 

 マザリーニの言葉に動揺した兵や貴族達がざわめく。

 

「さよう! 見やれ、天を駆ける銀翼の鳥を! あれこそトリステインが危機に陥りし時、清き心を持つ王の元にだけ現れると言うフェニックスに他ならぬ! アンリエッタ姫殿下の清きお心が我等を! 我が国を救ったのだ!」

 

 一瞬の静寂の後、マザリーニの演説に感動したその場の全員が歓喜の声を上げた。

 

「うぉぉぉっ! トリステイン万歳! フェニックス万歳! アンリエッタ姫殿下万歳!」

 

 声は大きなうねりとなり、皆の顔が喜びに染まる中、アンリエッタが小声でマザリーニに問い掛ける。

 

「枢機卿、そのフェニックスとは……どんな伝説なのです? 私は聞いた事がありませんが」

 

「さぁ、どんな伝説なんでしょうな?」

 

 マザリーニには悪戯っぽく笑って見せながら、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をするアンリエッタに囁く。

 

「そんな話は嘘でございますよ、姫殿下。ですが今大事なのは、事の真相ではございません。この場にいる全員に希望を与える事です」

 

 そしてマザリーニは真剣な表情でアンリエッタを見つめた。

 

「覚えておきなさい、殿下。嘘だろうが何だろうが、使える物は何でも使うのです。それが政治と戦の基本。貴女は今日からトリステインの、我等の王なのですから」

 

 アンリエッタは強く頷いた。

 

「さぁ、殿下……勝ちを拾いに行きましょう」

 

マザリーニの言葉にアンリエッタは水晶の杖を高々と掲げて叫んだ。

 

「これより敵の殲滅・捕縛に向けて攻め込みます! 全軍突撃! 我に続け!」

 

 兵士達の雄叫びの中、アンリエッタを乗せたユニコーンが地上へ墜落した「レキシントン」号を目指して駆け出した。

 

 

 ルイズは風防を閉じると、ぐったりして桐生に寄りかかった。そんなルイズを桐生が優しく抱き留める。

 

「ルイズ」

 

「……何?」

 

 身体中が怠い。頭がぼんやりする。けれどもそれは不快な疲労感ではなかった。何かをやり遂げた達成感、満足感がルイズの胸を満たしていた。

 

「良く頑張ったな」

 

 桐生の手がルイズの頭を優しく撫でる。桐生の感触と匂いが、ルイズの身体を心地好く包んだ。

 

 

 夕方、夕日が草原を赤く染める中、シエスタ達タルブの村人が森から出てきた。

 トリステインがアルビオンに勝利し、戦争が終わったと言う話があって恐る恐る出てきたのだ。

 既に草原では立ち込める黒煙以外見当たらなかった。

 墜落した「レキシントン」号筆頭の艦隊の乗組員は幸い無傷な者が多く、トリステイン軍が攻めに来た際には殆どの者が潔く降伏した。

アンリエッタの計らいで殺されたアルビオンの地上部隊の兵達は全員馬車でトリステインへと運び、追って葬儀が行われる事となった。

 村人全員が森から出て安堵すると、空から爆音が聞こえてシエスタが顔を上げた。見慣れた物が少し離れた草原に降りてくる。「竜の羽衣」だ。

 

「カズマさん……カズマさんっ!」

 

 顔を輝かせながら、シエスタがゼロ戦に向かって走り出す。

 ゼロ戦を無事不時着させた桐生はルイズを抱き抱えながら操縦席から降りると、ルイズを地面に座らせ少し大きな岩に凭れかけさせた。

 

「かなり疲れてるみたいだから少し休め」

 

「そうさせて、貰うわ」

 

 力なく返したルイズは小さな溜め息を漏らす。不意に吹いた優しい風が火照った気怠い肌に心地好かった。

 

「カズマさーん!」

 

 デルフリンガーをルイズの隣に置くと、背後から聞き慣れた声が聞こえて桐生が振り返る。

 そこには此方に向かって走るシエスタの姿が見えた。元気そうに走るシエスタに桐生は安心して微笑みを浮かべる。

 シエスタは桐生に駆け寄るや否や抱き着き、身体を震わせて大声で泣き出した。

 

「怖かった……怖かったよぉっ!」

 

 ぼろぼろと大粒の涙を零しながら嗚咽を漏らすシエスタを、桐生は優しく抱き締めながら頭を撫でる。

 そんな二人をぼんやりとルイズが眺めていた。

 なによ、私の事をもう少し労ってくれたって良いじゃない。そりゃあの子が生きていたのは良かったけど、正面から抱き締めるなら私が先でしょうが。いや、背後からならいいって訳じゃないけど。あんたは私の使い魔なのよ。

 口に出さずともう~と唸りながら顔をしかめるルイズの頭の中は、桐生でいっぱいだった。

 自分が「虚無」の使い手なんだとか、これからどうするのかとかは完全に頭の中から消えていた。

 そんなルイズの心境を知ってか知らずか、隣に立て掛けられたデルフリンガーが笑みを含んだ声で言う。

 

「良いのかよ、伝説の魔法使い? 使い魔が取られちまうぜ?」

 

「うっさいわね、伝説の剣。あんな奴別に……」

 

 ルイズはそこまで言って言葉を詰まらせる。どうして自分はこんなにも素直になれないのだろう。シエスタやキュルケが心底羨ましい。

 

「まぁ、俺は相棒が誰とくっつこうが構わねぇけどさ。ご主人様なら使い魔を魅了するぐらい出来ねぇと駄目なんじゃねぇの?」

 

 デルフリンガーの言葉にカチンと来たルイズは弱々しく立ち上がり、ゆっくりと桐生に向かって歩き出した。

 うっさいわね。私だって別にこんな奴の為にやきもきするのはいい加減うんざりなのよ。そりゃ、格好いいし、抱き締められると安心するし、見詰められるとドキドキするけど! けど、別にあんたが好きだとか、そんなんじゃなくて! ただあんたは私の使い魔なのよ! だからあんたは!

 桐生の背後に近付いたルイズは、ぱふっと桐生に抱き着いた。

 あんたは、私だけを見ていればいいの!

 

 

 黒いロングコートの所々を血で赤黒く汚したレイヴンが南の森に入ると、既に二人の子供を他の村人の元へ戻しておいたオーガとウロボロスが出迎えた。

 

「ただいま」

 

 レイヴンが明るい調子で言うと、ウロボロスが首を振って呆れた様に溜め息を漏らす。

 

「あんなはした金で仕事を請け負うとは……全くもって理解に苦しむな」

 

「良いじゃない、君達は別に働かなかったんだからさ」

 

 ウロボロスの言葉に少しだけむっとした様に返すレイヴン。

 

「それよりも、見たか?」

 

 そんな二人の会話を割ったのはオーガだった。

 レイヴンはその言葉に頷く。

 

「さっきの光でしょ? あれは「虚無」?」

 

「間違いない。「虚無」の初歩魔法、「エクスプロージョン」だ。」

 

 レイヴンの問いかけに、オーガはどこか懐かしそうに答える。

 

「トリステインにも「虚無」の使い手が?」

 

「いや、トリステインかどうかはわからん。ゲルマニアからの応援による者かもしれん」 

 

「どっちでも良いでしょ、そんなの」

 

 ウロボロスとオーガのやり取りに退屈そうに欠伸をしながらレイヴンが言う。

 

「トリステインだろうがゲルマニアだろうが……それこそ四つの国とエルフ達が束になった所で僕等には敵わないんだから。違う?」

 

 レイヴンの言葉に、オーガとウロボロスが小さく頷く。

 そのまま三人は森の奥へと向かって足を進め、やがて姿は見えなくなった。


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