ゼロの龍   作:九頭龍

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宝探し


第21話

 桐生を部屋から追い出して三日目の夜、ルイズは布団にくるまって部屋に閉じ籠っていた。

 桐生がいなくなってから体調が悪いのを理由に、授業も休んでいる。チラリと向かう視線の先にはテーブルに乗った、シエスタが持ってきてくれた食事があるが一切手をつけていない。

 桐生を追い出してすぐに、シエスタがルイズの部屋にやって来て、あれは誤解で、桐生は自分を庇ってくれただけだと必死に訴えにきた。

 シエスタの話し振りからしてそれは本当なのだろうが、あそこまで逆上して追い出してしまった手前どんな顔で桐生を迎えに行けばいいかわからない。と言うより、ルイズの中のプライドが素直に謝る事を拒否していた。我ながら貴族とはなんと我が儘な生き物か、と、ルイズ自身も思う。

 カチャリ、と扉が開く音が聞こえてルイズは勢い良く身体を起き上がらせる。もしかして桐生が戻って来てくれた、と言う淡い期待を胸に扉の方へと視線を向ける。

 しかし、そこにいたのは桐生ではなく、まだ制服のままのキュルケだった。

 

「こんばんは、ルイズ」

 

 キュルケは小さな微笑を浮かべながら言うと、ルイズは敵意剥き出しの眼で睨み付けてから再びベッドに倒れ込む。

 キュルケはツカツカとルイズのベッドに近付いて、毛布を掴むとガバッと剥ぎ取った。丸まって横になったルイズの視線だけがキュルケに向けられる。

 

「何しに……来たのよ?」

 

「ご挨拶ね。貴女が三日も授業を休むから様子を見に来てあげたんじゃない」

 

 キュルケは呆れた様に溜め息を漏らして言うも、内心ではしまったと思っていた。シエスタと二人きりの所を見せ付けからかうつもりが、まさか桐生を追い出す程の結果になるとは思ってもみなかった。

 

「で、どうするのよ? 使い魔を追い出しちゃって」

 

「あんたには関係ないでしょ」

 

 力なく言うルイズの声にキュルケは思わず苛立ちを覚えるが、ルイズの頬に残る涙の跡にそんな気持ちも削がれていく。

 

「貴女って、高慢ちきで、馬鹿で、嫉妬深くて、自分勝手なのはわかっていたけど、たかが一緒に食事してただけじゃない。それとも……食事以外にも何かしちゃってたの?」

 

 その言葉に、ルイズの身体がビクッと跳ねる。どうやら食事だけでは済まなかったらしい。

 

「そう……まぁ、それじゃあショックよね。好きな男が他の女と、しかも自分の部屋でいちゃついてるなんて」

 

「す、好きなんかじゃないわ!」

 

 ガバッとルイズが起き上がってキュルケに怒鳴り付ける。思ったよりも元気はあるらしく、キュルケは心配した自分を馬鹿らしく思うのと同時に、まだまだからかい甲斐があるのを内心嬉しく思った。

 

「なら貴女は、好きでもない男を他の娘といちゃついてるだけで部屋から追い出すって言うの?」

 

「だからっ! よりによって私の部屋で、だから……!」

 

「なら、他の場所でなら良いんだ?」

 

「そ、それは……!」

 

 キュルケの言葉にルイズは思わず口ごもる。

 キュルケはそんなルイズにクスッと笑みを零すと、ゆっくりとその手をルイズの頬に這わせる。しなやかな褐色の指が、ルイズの頬を優しく撫でた。

 

「ルイズ、貴女って絶対損した人生を送ってるわよ? もっと自分の気持ちに素直になっても良いじゃない。好きな人は好き。その感情に理由も理屈もいらないのよ?」

 

 ルイズはただ黙って、ゆっくりと俯いていく。

 ルイズの頬から手を離すと、キュルケは扉に向かって歩き、ドアノブに手をかけながら言った。

 

「ま、カズマの事はあたしがなんとかしてあげるわ。ちょっととは言え貴女をけしかけたあたしにも責任はあるしね。その間に、せいぜい自分の気持ちに気付く事ね」

 

 白そう言って部屋から出て行ったキュルケを見送らず俯いたまま、ルイズはポツリと呟いた。

 

「ありがとう……キュルケ」

 

 

 「ヴェストリ」の広場の片隅で、桐生はデルフリンガー振るっていた。赤混じりの青い月明かりの中、白い刃がビュンッと空を切り裂く。

 その横ではギーシュが歯を食い縛り、額から汗を流しながら腕立て伏せを行っている。

 

「十五……じゅ、十六……!」

 

 細い腕をプルプルと震わせ、ゆっくりと腕の筋肉だけで上体を上げ下げさせる。

 桐生がルイズに追い出されたのを聞いて、ギーシュは桐生を自分の部屋で寝泊まりさせていた。その際、桐生に自分も桐生の様な身体付きになりたいと話すと、筋肉トレーニングを提案されたのだ。腕立て伏せ、腹筋、背筋と基礎的なトレーニングだが、今まで一度も経験した事のない筋肉の酷使にギーシュの身体は悲鳴を上げていた。

 

「に、二十……だはっ!」

 

 上体を上げ切ると、ギーシュは声を漏らしながら地面に突っ伏した。その横で、ギーシュの使い魔であるヴェルダンデが心配そうに主人を見ている。

 

「か、身体中が痛い……!」

 

「筋肉痛だな。痛みが来るって事は、それだけ筋肉を使った証拠だ。トレーニングに慣れれば、痛みも出なくなる」

 

 ごろんと仰向けになって荒い呼吸を漏らしながら喘ぐギーシュに桐生が声をかける。

 ギーシュが痛む身体を起こして持ってきたタオルで顔を拭うと、二人の前にキュルケが現れた。

 

「男二人で何やってんのよ?」

 

 キュルケは呆れた表情を浮かべながら言うと、手に持っていた水の入った瓶を二人に手渡した。モンモランシーから、ギーシュがルイズの使い魔と広場で何かをやっていると聞いて一応差し入れのつもりで持ってきた物だった。

 

「トレーニングだよ。ありがとう、キュルケ」

 

 ギーシュは顔をしっかり拭ってからキュルケから貰った瓶の蓋を開けて中身を一気に飲み干した。

 

「まぁ、なんでも良いけど。さぁ、ダーリン。出掛ける支度をして」

 

「出掛ける?」

 

 桐生も瓶の水を飲みながらキュルケに首を傾げる。

 

「これを見て」

 

 キュルケは自分の後ろから出てきたフレイムに咥えさせていた紙の束を桐生に差し出す。

 その紙はどうやら何かの地図らしい。訳のわからない絵の中に所々丸が付いては読めない文字が書かれている。

 

「これは?」

 

「宝の地図よ」

 

「宝ぁ?」

 

 横から二人のやり取りを見ていたギーシュが呆れた様に声を漏らす。そんなギーシュを無視して、キュルケは桐生に続けた。

 

「ルイズに追い出されてギーシュの所にいるのも悪くないかもしれないけど、宝が見付かれば貴方は大金持ちになれるわ。そうすれば、ゲルマニアでなら貴族にだってなれる」

 

「金次第なら平民も貴族になれるらしいもんな。だからゲルマニアは野蛮だと言うんだ」

 

 ギーシュが吐き捨てる様に茶々を入れると、キュルケが物凄い形相でギーシュを睨み付けた。さながら蛇に睨まれた蛙の如く固まったギーシュを他所に、キュルケは熱っぽい視線を桐生に向けながら続ける。

 

「ねぇ、カズマ……貴族になって、ルイズをぎゃふんと言わせてみない?」

 

 しなだれかかるキュルケの頭を優しく撫でながら桐生はその地図を返す。

 

「俺はハッキリ言って、貴族になる事その物に興味はない。だが、確かにここで留まるだけと言うのもなんだしな。いい機会だ。この宝探し、乗らせて貰おう」

 

 桐生の言葉に嬉しそうにキュルケが微笑むと、ギーシュが桐生の横に立って胸を張った。

 

「カズマが行くなら僕も行く」

 

「いや、あんたはどうでも良いんだけど。まぁ、良いわ。好きになさいな」

 

 心底どうでも良さそうにキュルケは手を振りながら苦笑した。

 

「しかしこの地図の位置、ここからじゃ相当な距離じゃないか。どうやって行くんだ?」

 

 ギーシュは数枚の地図を眺めて頭を掻きながら首を傾げた。

 そんなギーシュに得意気な顔で、キュルケがパチンと指を鳴らす。すると突如空から青いウィンドドラゴンが降り立った。竜の首筋には、タバサがちょこんと座っていつもの様に本を読んでいる。

 

「あたしの親友が宝の元へと導いてくれるわ」

 

 これで準備は整ったとばかりに豊満な胸を張ったキュルケ。

 

「待ってください!」

 

 突然、出発の雰囲気になりかけていた空気は一つの声でかき消された。タバサ以外の誰もがその声の主を探して視線を向ける。

 声の主は、シエスタだった。

 

「お話は聞かせて貰いました! 私も連れていって下さい!」

 

 言いながらシエスタは桐生の腕に絡み付いた。たまたま通りかかった所で桐生を見つけ、様子を伺いながら事の成り行きを見守っていたが、このまま行けばキュルケが桐生を派手に誘惑すると思って危機感を覚えたのだ。

 そんなシエスタを小馬鹿にした様に見ながらキュルケが手を振った。

 

「貴女は平民でしょう? 貴女が来ても足手まといになるだけよ」

 

「ば、馬鹿にしないで下さい! わ、私、こう見えても……!」

 

 シエスタが拳を震わせながらキュルケを睨む。その姿にキュルケもギーシュ、桐生もが黙った。桐生がそうである様に、シエスタにも何か特別な能力があるのではないかと思って。

 

「料理が得意なんです!」

 

「……………まぁ、メイドだしね。」

 

 一瞬シエスタの言葉に呆気に取られたキュルケは鼻を鳴らしながら苦笑を浮かべて見せる。

 

「で、でもでも! 私、食べられる野草とか果物とか、色々知ってますよ! 宝探しと言うからには野宿もあるんでしょう? 皆さんの食事は私が用意します!」

 

 確かに、野宿の際にむやみやたらにそこらの草や木の実を食べて体調を崩しては危険が伴う。

 キュルケは渋々ながらも頷いた。

 

「まぁ、良いわ。人手が多いのは悪くないし。でも怖い思いをしても知らないからね?」

 

「平気です! カズマさんが守ってくれます!」

 

 シエスタはぎゅっと桐生の腕を抱き締めながら宣言する。

 キュルケはタバサを含めた全員を見回すと、笑みを浮かべて宣言した。

 

「さぁ、宝探しの始まりよ!」

 

 

 祭壇に灯された蝋燭の灯りと、ステンドグラス越しに差し込む月明かりだけが照らす薄暗い聖堂の中にボリボリと何かを咀嚼する音が響いている。

 祭壇を前に数列と並ぶ長椅子の一番手前でその男、レイヴンは寝そべって茶色い紙袋からナッツを鷲掴んでは口に放り込んでいた。塩味の効いたナッツを味わいながら虚空を眺めている。

 ガタンと大きな音を立てて聖堂の入り口が開き、相変わらず白装束に身を包み、蛇を模した仮面を着けたウロボロスが入ってきた。ウロボロスはレイヴンの元に歩み寄ると、立ったまま後ろに手を組んだ。

 

「アルビオンのロサイスに巨大な戦艦が停まっているらしい。以前会ったクロムウェルとか言う皇帝が乗っていた船と思われる。それと、その戦艦を造るに当たってロバ・アル・カリイエの技術者がいるとの事だ」

 

「ふ~ん……」

 

 ウロボロスの報告をさほど気にした様子もなく、レイヴンが声を漏らしながらナッツのカスで汚れた指を舐める。

 レイヴンは椅子から身体を起こして上体を伸ばすと、欠伸をしてからウロボロスに笑いかける。

 

「ありがとうね。気になる事があるのに仕事をこなしてくれて助かったよ」

 

「……何の事だ?」

 

 ウロボロスは気にしていない様に取り繕うも、仮面から覗く眼が細くなるのをレイヴンは見逃さない。

 

「カズマ……その名前に何か覚えがあるんでしょ?」

 

 からかう様に話すレイヴンにウロボロスは背を向ける。

 

「まぁ、僕にはどうでも良いけどね。あんたが何を企もうと、ね」

 

 レイヴンがそう言うと、ウロボロスは言葉一つ発さずに聖堂から出ていった。

 レイヴンは祭壇の元へと歩み寄って、掲げられた十字架の前で指を十字に切る。

 

「せいぜい今を楽しむんだね、クロムウェル。虚無の使い手である事を、後悔するその日まで」

 

 

 穏やかな日差しが辺りを包む廃村の前の木に、タバサは身を潜めていた。

 所々崩れた家々が立ち並ぶ通りの向こう側に、小さな教会が見える。今回の宝の地図が指し示す場所だ。

 だが、いつの時代にも、宝の地図が指し示す場所には危険が付き物である。そして、今回の危険の元が家々の間からのっそりと出てきた。

 体長が二メイル程の赤い皮膚をしたその存在は、豚の様な顔から突き出た鼻をブヒブヒ鳴らして辺りに漂う人間の臭いを嗅いで、本日のご馳走を探す。

 醜悪な姿をして丸々と太ったこの生き物は、オーク鬼と呼ばれる魔物だ。動物から剥ぎ取った皮を身体に巻いて、手には人間程の大きさをした棍棒を持っている。木陰から確認出来るだけでも、数は十数匹といる。人間の子供の柔らかい肉が好物と言うこの魔物に襲われた村の住民達は、泣く泣く故郷を手放したのだった。この様に、何らかの形で放置されている村や集落は、ハルケギニアにははいて捨てる程存在する。

 タバサは敵の数が思ったよりも多い事を危惧して、使う呪文を考えていた。すると、突然オーク鬼達の前に花びらが舞い、七体の青銅のゴーレムが現れた。ギーシュのワルキューレだ。

 タバサは思わず眉を潜める。打ち合わせた作戦と違う。ギーシュが先走ったのが目に見えていた。

 七体のワルキューレは一匹のオーク鬼目掛けて突進する。青銅の七つの槍がオーク鬼の腹に打ち付けられた。

 しかし、厚い皮と脂肪、それに動物の皮が盾となってオーク鬼の内臓を守る。結局、急所には届かない。

 一瞬の攻撃に呆気に取られたオーク鬼はすぐさま自我を取り戻し、一斉にワルキューレに棍棒を叩き付けて粉々にした。

 その隙に、タバサは魔法を詠唱する。「水」と「風」の二乗を組み合わせて杖を振るった瞬間、数十本の氷の矢がオーク鬼達に放たれてその醜く太った腹を貫通する。タバサの得意攻撃呪文、「ウィンディ・アイシクル」だ。

 タバサの攻撃が成功したのを見計らい、木の上に待機していたキュルケが呪文を唱えた。「炎」の二乗、「フレイム・ボール」。ボーリング玉程の炎の塊がオーク鬼の頭を焼き付くした。

 五匹程のオーク鬼を倒した所で、キュルケ達の軽快な攻撃は中断を迎える。強力な魔法にはそれなりに呪文を完成させるのに時間がかかるのだ。

 仲間を倒され怯んでいたオーク鬼達は、すぐさま相手が数人のメイジである事を確信すると、恐れを忘れて怒りを露にした。長年人間と戦いを繰り広げてきたオーク鬼達はメイジの戦い方を知っている。魔法が一度切れれば、暫く発動出来ない瞬間がチャンスなのだ。

 漂う人間の子供の臭いを嗅ぎ分けて動き出したオーク鬼達の前に、抜き身の剣を手に持った男とサラマンダーが現れた。

 しかし、オーク鬼達は気にしない。サラマンダーは厄介な相手だが、人間が一人出てきた所で自分達の相手ではない。オーク鬼達はサラマンダーと男に突進した。

 

「フレイム、俺は右をやる。お前は主人を守れ」

 

 デルフリンガーを構えながら桐生が言うと、フレイムはきゅるきゅる鳴いて頷いて見せる。

 一気に距離を縮めたオーク鬼が、桐生目掛けて棍棒を振り下ろす。

 ゴキャッ! と潰れる手応えを感じる、筈だった棍棒は地面を叩いていた。オーク鬼は急いで桐生に視線を向けようとして違和感に気付く。

 首が回らないのだ。どんなに左を向こうとしても、何故か視界は棍棒が叩き付けられた地面を眺めている。

 桐生はギリギリの位置で棍棒を避けると、そのままオーク鬼の首を斬り払ったのだ。オーク鬼の首が、ゆっくりと地面に転がり、首を無くした巨体が切り口から血を噴き出しながら前のめりに倒れる。

 一瞬何が起こったのか理解出来なかった他のオーク鬼達に、桐生は待った等しない。流れる様な動きでもう一匹のオーク鬼の腹を切り裂き、その勢いを着けたまま飛んで、更にもう一匹の頭を脳天から唐竹に割る。

 フレイムの方を見ると、太った身体を組み敷いてその醜い顔に炎を浴びせる姿が目に入った。

 そのまま、魔法の詠唱を完成させたタバサとキュルケの援護を受けながら、桐生は残りのオーク鬼を容赦なく切り捨てた。

 

 

「あんたねぇっ! ちゃんと作戦通りに動きなさいよ! ワルキューレであんたの使い魔が作った落とし穴に誘導して一網打尽の計画だったでしょうが!」

 

 全てのオーク鬼を倒したのを確認してキュルケがギーシュに怒鳴り付ける。

 そんなキュルケに、ギーシュは痛そうに腕や腹を擦りながら首を振って見せた。

 

「必ず作戦が成功する保証はない。戦は先手必勝。それが一番の兵法だ」

 

「あんた、自分の使い魔が作った落とし穴くらい信じなさいよ!」

 

 尚も納得のいかなそうなキュルケの頭を優しく撫でながら、桐生がなだめる。

 

「まぁ良いじゃねぇか。誰一人怪我せずにこの場を乗りきったんだ。終わりよければ全て良し、だ」

 

 まだどこか納得出来ないながらも、桐生に言われたキュルケは渋々ながら頷いて見せた。

 キュルケが落ち着いたのを見計らって、物陰で怯えていたシエスタが桐生に駆け寄り抱き付いた。

 

「凄いです、カズマさん! あの凶暴なオーク鬼をあんな簡単に倒すなんて!」

 

 シエスタは桐生の腕にしがみつきながら死体となったオーク鬼達を見て生唾を飲んだ。

 

「こんな化け物共がいちゃあ、おちおち森の探索にも行けねぇな」

 

 シエスタを少し離してビュンッ!とデルフリンガーを振るって刃に付いたオーク鬼の血を地面に飛び散らせてから鞘におさめた。

 命のやり取りに対して一種の慣れの様な物を持っている自分を少し忌々しく思いながらも、桐生は全員が無事である事を改めて喜んだ。

 

「さぁ、邪魔者もいなくなったし、お宝とご対面といきましょうか!」

 

 今までの戦いがまるで他の誰かが行った活劇の様に、ワクワクした表情で朽ち果てた教会を眺めてキュルケが舌舐めずりして見せた。ギーシュもどこかワクワクした様に笑みを浮かべている。

 遠い昔、「ヒマワリ」で探検ごっこをして、錦山と由美と共に、誰かが書いた宝の地図をヒントに宝探しをしたのを思い出した。あの頃は純粋に、それがどんなに価値のない物でも見つけたと言う達成感が堪らない快感だったのを覚えている。

 

「所で今回の宝はどんな物なんだね?」

 

 ギーシュが尋ねると、キュルケは宝の地図に書かれている注釈を読み始めた。

 

「えっとね、ここの教会の祭壇の下に、チェストが隠されてるらしいのよ。そのチェストの中に入っているのが、この村を逃げ出す際に司祭が隠した金銀財宝、それに伝説の秘宝「ブリーシンガメル」があるんですって!」

 

「そ、そのブリーシンガメルって何なんですか!?」

 

 シエスタが身を乗り出してキュルケに問い掛ける。

 

「黄金で出来た首飾りだそうよ。「炎の黄金」で作られてるんですって! もう聞くだけでワクワクしちゃうわ! その首飾りを身に付けたらどんな災厄からも守られるらしいわ! さぁ、行くわよ、みんな!」

 

 キュルケを先導に、勢い良く教会の扉を開いて、一行は教会の中へと入っていった。

 

 

 夜、教会の中で焚き火を焚いて、シエスタが鍋の中のシチューを掻き回していた。

 タバサは教会の中にあった、朽ちて薄汚れた長椅子に座って本を読んでいる。

 キュルケは地面に座って詰まらなそうに爪の手入れをしてから、目の前にある安っぽい真鍮製の首飾りを摘まみ上げてしかめっ面をして見せる。

 

「これが……こんな物が秘宝だなんてね」

 

 結局、中に入って地図の通りに祭壇の下の隠されたチェストを見つけはしたが、中に入っていたのはこの二束三文にしかならなそうな首飾りと、銅貨が数枚程度だった。

 

「これで……七件目、だっ! やっぱり、お、お宝なんか、ないんじゃ……ないのか……!?」

 

 痛む身体に鞭を打ってギーシュが腕立て伏せをしながらキュルケに言う。

 キュルケは溜め息をつきながらここの宝を示していた宝の地図を指先から一瞬で焼き付くした。

 他の所でも、猛獣や魔物と戦い、罠を潜り抜け、険しい道を通ったにも関わらず、地図に書かれている様な財宝等一つも手に入っていない。まぁ、地図は露店商や情報屋等から仕入れた物だし、ほとんどの宝の地図がガセネタである事は世の常である事を考えていたキュルケは多少ショックを受けながらも堪えてはいなかった。

 

「うっ、はぁ……!も、もう限界だ!」

 

 ぶるぶる腕を震わせて上体を起こした所でギーシュが地面に突っ伏した。荒い呼吸を漏らしながら仰向けに寝転がり、地面に座って煙草を燻らせる桐生に視線を向ける。

 

「か、カズマ……トレーニングを続ければ、僕も強くなれるのかな?」

 

 汗にまみれた顔を真っ赤にさせながら、ギーシュが桐生に問い掛ける。そんなギーシュに桐生は頷いてから、自分の胸元を親指で指差して見せた。

 

「ああ、鍛えれば誰だって強くなれる。でもな、一番鍛えなきゃいけないのは、心の方だ」

 

「心?」

 

 ギーシュが首を傾げながら疑問を投げ掛けると、キュルケとシエスタ、更にはタバサまでもが桐生へと視線を向ける。

 桐生は煙草を携帯灰皿に押し付けて、紫煙を吹きながら頷いた。

 

「「心技体」と言う言葉がある。「心」は精神、「技」は技術、「体」は身体と言う意味だ。これは喧嘩や格闘技だけの話じゃない。権力、魔法、仕事に関しても当てはまる言葉だ」

 

 ギーシュは身体を起こして胡座をかくと、真剣な眼差しで桐生の言葉に耳を傾けた。

 

「技体は努力すれば、誰だって簡単に鍛えられる。一つの技を覚える、丈夫な身体を作る、それだって大事な事だ。けどな、それと同じくらい、心も鍛えなきゃ、人間は堕落の一途を辿る事になる」

 

 桐生の言葉を真剣に聞きながら、その場の全員がゴクリと生唾を飲んだ。

 

「魔法だろうが権力だろうが、過ぎた力はどうしても人を慢心にさせて、狂わせる。その力を制御して、自分が正しいと思う事に使える様になった時、人は本当の意味で強くなれるんだ」

 

「なら……どうすれば、心を鍛える事が出来るんだい?」

 

 どこか興奮した様な表情でギーシュが更に桐生に問い掛ける。桐生はそんなギーシュに首を振った。

 

「それは人に教わる事じゃなく、自分で探すしかないんだ。ならギーシュ、お前は何で強くなりたい?」

 

「それは、僕もカズマの様になりたいから……」

 

「そうだ。お前が今強くなりたいのは、お前が俺の様になりたいからと言うのが理由だ。それは決して悪い事じゃない。でもな……」

 

 桐生は優しい笑みを浮かべてギーシュに拳を突きだして見せる。

 

「いつかその強くなりたい理由が自分の為じゃなく、誰かの為にと考えられる様になった時、お前は本当の意味で強くなれる筈さ。」

 

「誰かの、為に……」

 

 ギーシュは自分の胸元に拳を当てながら一人呟く。

 そんな中、タバサもまた一人、握り締めた自分の拳を静かな眼差しで眺めていた。

 

「さぁ、皆さん! お話はそのくらいにして、食事にしましょう!」

 

 シエスタの元気な声に、みんな焚き火を囲む様に座って皿に注がれたシチューを受け取った。

 

「あら、なかなか美味しそうじゃない! どれどれ……」

 

「待て、キュルケ」

 

 渡された皿の中で湯気立つシチューをスプーンで掬って食べようとするキュルケを桐生が止める。

 

「なあに、ダーリン?」

 

「食べる時は、作って貰った人に感謝して、「いただきます」と言ってから食べるものだぞ」

 

 そう言って桐生は目の前で両掌を合わせていただきますと言ってから、シチューを掬って食べ始めた。キュルケはタバサと顔を合わせて、見よう見まねながら両手を重ねていただきますと呟き、ギーシュもそれに習って続けた。

 

「……うん! 美味しい! やるじゃないの!」

 

 一口シチューを口に含んだキュルケが歓声を上げた。

 タバサは何も言わないが、そのがっつき方からとても美味しいと感じているのが伝わってくる。

 

「美味いな……ありがとうな、シエスタ」

 

「と、とんでもないです! お口に合って良かったです! これ、私のおじいちゃん秘伝の料理、ヨシェナヴェって言うんです! 私の村の名物です!」

 

 嬉しそうに話すシエスタと温かな食事に、誰もが疲れを癒されるのを感じた。

 食事が終わり、ギーシュが身体を伸ばしながらキュルケを見て口を開いた。

 

「なぁ、キュルケ……もう終わりにしないか? どうせ次のお宝もバッタもんに決まってるよ。もう学園を出て十日だ。そろそろ戻った方が良いんじゃないか?」

 

 ギーシュの言葉から、改めて自分がルイズの元を離れている期間を思い知らされた。ちゃんと食事を摂っているだろうか、元気にしているだろうかと考えてしまう。

 

「あと一つ! あと一つだけ見たら諦めるわ!」

 

 そう言ってキュルケは残った数枚の地図から、一枚を取り出してバンッと地面に叩き付けた。

 

「これで最後よ! これが駄目だったら、素直に学園に戻る事を約束するわ!」

 

「約束する程の事じゃないと思うが……今度は一体何てお宝なんだい?」

 

 欠伸を漏らして興味無さそうに言うギーシュを無視し、地図に書かれている注釈に目を走らせるキュルケ。

 

「名前は期待出来そうね! その名も、「竜の羽衣」よ!」

 

「えっ!?」

 

 キュルケの言葉に先程からずっと黙っていたシエスタが叫び声を上げた。

 

「何よ、貴女……「竜の羽衣」について何か知ってるの?」

 

「あの、それって……タルブの村のですか?」

 

「ええ、タルブの村の近くを指しているわね。って、タルブの村ってどこよ?」

 

 赤い髪をかき上げながら頭を掻くキュルケに、シエスタが口を開いた。

 

「ラ・ロシェールの向こう側にある村です。とても広くて綺麗な草原のある……私の、故郷です」


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