おいでませ北郷亭   作:成宮

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ありがとうございます そして皆様すみません



歌姫たちに寄り添って

「天和ちゃん、これどうぞ!」

 

「地和ちゃん、これ、食べてください!うちの故郷の名産品なんです!」

 

「人和ちゃん好きですつきあってぇー!」

 

 ライブ終了後にファンから送られてくる貢物の数々。服、食べ物、愛の告白と、毎度のことながら多種多様なモノが彼女たちの前に並べられていく。張三姉妹の三人は、いつもの様に嫌な顔せず笑顔でファンと向かい合っていた。

 そしてようやく一段落、いまだ熱い身体をうちわで仰ぎ、冷ます。仕事モードは終わり、完全にだらけきった今の姿をファンが見たら絶望するだろうか。いやむしろ隙だらけの三人のあられもない姿に興奮するかもしれない。

 

「あーもう、今日はつっかれたぁ」

 

「そうね、でもこの疲れ、嫌いじゃないわ」

 

「お姉ちゃん、もーお腹ペコペコだよぉ」

 

 いつも通り雑談に花を咲かせている三人の天幕に、あの、と声が掛かる。その声に最初に反応したのは意外にも天和、胸元を大きく開けて扇いでいた手を早業で止め、だらけていた顔をさっと笑顔に変換する。

 いつもののんびりとした姿からは想像できない姉の早業を見て、残る二人も急ぎ身だしなみを整えた。地和はぶつぶつと聞こえない程度に文句を言っていたが。

 

「あの、お三方に贈り物を持ってきたのですが」

 

「すみません、もうお時間は過ぎていますので」

 

「あ、う、うぅ・・・」

 

 人和が当然断ると、男は情けない顔を隠そうともせず三人に向けてさらけ出す。贈り物を持ってきてくれるのはたしかに嬉しい、だが規則を守らなければ他の人達に不公平だと騒がれてしまう恐れがある。今後活動していく上で、そういったデリケートな部分はしっかりとしておくべきことがらなのだ。

 

「すみません、ちょっとだけでいいんで見てやってくれないでしょうか。きっと、お三方も気にいるはずです」

 

「ちょっと、あんたぁ!」

 

 そういって助け舟を出した人物は、三人のマネージャーをしている男だった。当然のごとく名前などは覚えていなかったが。人和は心の中で、この男の首を切った。

 

「まーまー、今回は大目に見ちゃうけどー、マネージャーさんも今後こういったことはしちゃだめだよ。・・・今後はないと思うけどね」

 

 険悪な雰囲気、というか一方的に怒鳴りつけようとした地和を、天和が仲裁に入った。笑顔でありがとうございます、天和ちゃん!とお礼を言ったマネージャーには残念ながら最後に付け足された一言は聞こえなかったのだろう。

 

「こ、これ、どうぞ!」

 

 吃りながら男が持ってきたのは、人が入れるくらい大きな袋。時折跳ねる。

 

「あ、あれ?」

 

 あまりの突然の光景に呆気にとられ、静寂が満たした部屋に、男のマヌケな声が虚しく通る。張三姉妹はそのもぞもぞ動く袋を見て、危機感を募らせる。

 

―――地和姉さん、これやばくない?

 

―――やばいもなにも、もう確定的でしょ!人、絶対人入ってるって!

 

―――あー今ぴくって動いた。とりあえず死体じゃなくてよかったねー

 

―――天和姉さん色々悟りすぎ!

 

 視線で会話する三人、デビューしてからようやく売れ出した彼女たちにとって、どう見ても犯罪臭漂う光景に逃げ出したい一心だった。というか明らかに攫ってきたであろう人をプレゼントされて喜ぶアイドルが果たしてどこにいるのだろうか。

 

「あ、ああコレじゃわかんないですよね。今出しますから」

 

―――いやそうじゃないわ!てか出すな!

 

―――ちょ、まっ!

 

 凍えた視線を受けた男は、何を勘違いしたのか焦りながら袋の紐を解く。慌てて止めようにも、驚きで固まった身体はすぐには動いてくれるはずもなく、ただ見ていることしかできない。これにて見事に関係者の仲間入り、犯罪者へあと一歩というとことまで迫っていた。

 祈った、人が出てきませんように、と。きっと可愛らしい動物を連れてきてくれたのだろう。人くらい大きいから、捕まえるのも大変だったのだろう。

 だがそんな切なる願いも届かず、出てきたのは猿轡をかまされ、手足を縛られた男性が一人。年若く、服の上からでもわかる細く引き締まった身体。顔は見るものすべてがハッとするような美形、というわけではないが人懐っこそうな、それなりに人気が出そうな整った顔。

 どこかの領主か豪族の子息か、と最悪の想像を巡らせた地和、人和、二人の気分は既にお通夜ムードまで下がり、つい先ほどまでの熱気は一体なんだったのか、というくらい冷えきってしまっている。

 

「あ、ちょっと好みかも」

 

 一人ずれた天和のつぶやきは、誰にも耳に入ることなく消えた。

 

「で、この方はどこのどちらさまなんですか?」

 

 攫ったところに返してこい!と怒鳴りたい衝動を抑え、今後の展開を含めた計算を開始した人和は、ひとまず目の前の人物が誰かを確かめる。目は開けているから今までの会話も恐らく聴いていただろう。できることなら無関係を装いたいが、供物として捧げられた人物が、自分たちを許すとは到底思えない。ならばここで印象を良くしておけば、もしかすると最悪の事態を避ける事ができるやもしれない。

 

「以前天和ちゃんが言ってた人ですよ」

 

「姉さん?」

 

「あれ~?私なにか言ったっけかなぁ」

 

 三姉妹の中でも天和、地和の二人はその場の乗りで色々行ってしまいがちなところがある。たまにだが、ファンの一部がそれを本気にしてちょこっと騒ぎになったことが有ったが、コレもその延長線上の出来事なのだろう。

 

「んー思い出せないなぁ」

 

「えーそんな!酷いよ天和ちゃん~」

 

 いい加減誤解を招くような言動は慎ませなければ。天和の言動をすべて把握しているわけではないが、特定の重要人物に会いたいといった発言はしていないはず。故に大事には至らないと人和は安堵した。

 

「仕方ないなぁ。じゃあね教えてあげるよ」

 

 男はもったいぶらせるように、その言葉に期待を込める。恐らく彼の頭には既に喜びに満ちた天和がいるのだろう。もしかすると感謝されて抱きつかれている妄想すらしているのかもしれない。残念ながらそんなことはありえないのだが。

 

「なんと、この男!北郷亭店主なんです!!」

 

「嘘?!」

 

 声を上げたのは地和。天和は目を丸くし、人和は固まった。この広い大陸、噂だけが先行し実際はいないのではとも囁かれた人物が、この男の話が本当であれば、目の前にいる。地和が騒ぎ出したために、一歩出遅れた人和は冷静でいられたが、内心テンションは最高であった。正直、過去送られてきた貢物の中ではダントツに嬉しいモノであった。

 その三姉妹の様子に満足したのか、男は上機嫌で北郷亭の領主を縛っていた縄と猿轡を解く。店主はさっそく深呼吸をし、手足の感覚を確かめようにばたつかせた。そしてひと通り済んだところでようやくこちらに向き直った。

 

「えっと、こんにちわ?」

 

「えへへっ、こんにちわー」

 

「ねえねえ、あなた本当に北郷亭の店主なの?!」

 

「そうだよー。まぁ証拠を出せって言われても困るけど」

 

 何事もなかったかのように和気あいあいといった雰囲気になる店主。あまりにも自然体な姿が逆に不自然に映るほど。人和には、どう見ても捕獲され、無理やり連れて来られた人間の反応には見えなかった。

 

「ああ、慣れだよ慣れ。無理やり連れてこられるのなんてよくあることだから」

 

「・・・それは慣れていいことなのかしらね」

 

 私がわかりやすいのか、それとも店主が聡いのか、人和は自分の考えていることに、いわずとも応えられ、こっそりと彼の評価を上げた。人が何を考えているのかを断言してこたえられる人間なんて、明らかに普通ではない。とりあえず本物かどうかは別にして、非凡な人間であることを確信する。

 

「ちぃたちね、ちょーどお腹すいてるの!なにか作ってよ!」

 

「おねーちゃん、甘いモノがいいなぁ」

 

 彼女たちのファンであればその蕩けるような笑みと甘ったるい声に、どんなことでも頷いてしまうであろう。だがしかし、店主には多少動揺させることはできたものの落とすまでには至らない。

 

「えー、無理やり連れてきてそれってどうなの?」

 

「おいてめぇ!なに天和ちゃんのお願い拒否ってんだ!」

 

「そうよ!ちぃたちのお願いが聴けないっていうの?!」

 

 まさかの拒否に、さらってきた本人すら慌て出す。まぁ正直な反応といえば反応だろう。

 

「姉さんも、あなたも落ち着いて」

 

 この中で一番冷静で頭も切れる人和が、ひとまずの事態の収拾にとりかかる。焦った二人に声を掛け、特に興奮して真っ赤に顔を歪ませた男に対して優しく語りかける。

 

「店主さん、このようなことになってしまい申し訳ありませんでした。私が代表として謝罪させていただきます」

 

「れ、人和ちゃん・・・」

 

「人和?!悪いのは攫ってきたこいつで、私達が謝ることじゃ」

 

「違うわ、ちぃ姉さん。確かに攫ってきた彼は悪いコトをしたんだと思う。でも彼は彼なりに私達の願いを叶えたいと思って行動したの。私達の為にね。だから私達も知らんぷりって訳にはいかないの」

 

 そういって人和は頭を下げた。それに見習って男もバツが悪そうに同じように頭を下げる。

 

「いや、店主の兄ちゃんよ。済まなかったな」

 

 この男の人も猪突猛進なだけで悪い人ではないのだろう。そこさえ矯正できれば次のマネージャーに据えてもいいかもしれない。

 

「いや、すごいな」

 

 店主は心底感心したように頷き、控えめだが拍手をした。その声色には、嘘が混じったような感じはしなかった。

 

「えっと、すごいって?」

 

「いや、今まで攫われてきちんと謝られるなんてなかったからさ。大概拒否したら逆ギレするやつらばかり。場合によってはこっちを殺そうともしてくるし。しつこく勧誘してくる金髪くるくるもめんどくさいし。うん、君たちはいいね」

 

 そういって店主は立ち上がった。店主も見えないところでものすごく苦労しているのだろう。その言葉にはなんというか辛さを感じ得られた。

 

「俺の名前は、北郷一刀。今日は君たちのために腕をふるおう」

 

 店主―――北郷一刀が私達を気に入った理由はあまり理解できるものではなかった。けれどもその御蔭で私達は彼の料理にありつけるのだから、何も文句をいうことはないのだろう。

 

 

 

 

 

 

「おーいしー!」

 

 天和が満面の笑みを浮かべ、箸を動かす。口元にご飯粒を付け、まるで子供のようにどんどん口へと運ぶ姿は、大人なのに思わず抱きしめたくなるような可愛らしさだ。

 

「おかわりよ、お・か・わ・り!」

 

 既に食べ終わっておかわりを要求するのは地和。見た目によらずたくさん食べる立ちらしい。果たして、その栄養はどこにいくのか、恐らく胸にはいかないだろう。

 

「うっさい!」

 

「ちぃ姉さん、食事中。静かにして」

 

 ゆっくりと、噛みしめるように上品に食べるのは人和。目の前の姉二人の姿が恥ずかしいのか若干頬が赤く染まっている。その赤く染まった頬が若干緩んでいるのをみると、思いの外気に入ったようだ。

 

「その件は本当にすみませんでした。その上俺らまでごちそうになってしまうだなんて」

 

 そういって以前とは打って変わって低姿勢なのは、人さらいの男とマネージャー。そう言いつつも箸を止めないところを見ると、意外と図太いようだ。もしかすると反省していないのかもしれない。

 

「期待に答えられたようで、一安心といったところです」

 

 ホッと息をつく。食事というものは、人種や地域、宗教によっても好みが分かれる。どんな人でも満足させ得るものというのはありえないのだ。だが今回作った『うな重』はどうやら受け入れてもらえるものらしい。以前に出した際にも満足されたものだから大丈夫だとは思っていたが、やはり実際に食べられた反応を見るまでは緊張しっぱなしだ。

 香ばしい甘じょっぱいタレの匂いが食欲をそそり、焦げるか焦げないかのまさに絶技と言わざる負えない焼き加減が、身をふっくらとさせる。口の中に入れると柔らかくほぐれ、あふれる脂がタレと混ざり、旨みをさらに引き上げる。ご飯との相性は最高で、うなぎからこぼれ落ちたタレがご飯と混ざり、コレ単体でもイケるほどである。

 

「さすが北郷亭と言ったところですね。ごちそうさまでした」

 

「いやいや、お口にあって何より。満足いただけたかな?」

 

「ええ本当に。こんな満足感初めてです」

 

「えー、私甘いものも欲しいなぁ」

 

「残念。食材がないからまた今度機会があったらね」

 

 その代わりとウーロン茶を差し出す。うなぎの脂をすっきりとさせてくれるだろう。みずみずしい果物なんかがあればより良かったが、残念なことに見当たらなかった。さすがに今から探しに行くというのも、時間を考えれば無理であった。

 

「さて、じゃあ俺はいくから」

 

「え?もう日が沈んじゃうよ?」

 

そう、辺りは既に薄暗くなってきていた。こんな時間帯に出て行くのは、いくら雲がなく、月明かりがあるとはいえ危険な行為だろう。

 

「そう、なんだけどね。でも連れを探さなきゃ。もしかしたら探してくれてるかもしれないし」

 

「それだったら余計にここにいたほうがいいと思います。もしかしたら私達のファンの人達に聞いてみれば何かわかるかもしれません」

 

 一刀は少し悩んだ後、お願いしてもいいかな?と声をかける。三姉妹としては万々歳だ。彼が行動を共にしてくれるのなら、いつでも食事にありつけるのだから。また、北郷亭を独占できる、という優越感さえもある。

 

「かーずと。よければこの後色々とお話聞かせて」

 

「あー、天和姉さんずるいっ!」

 

「姉さんたち。もう日が暮れるのよ。ファンの人たちに聞かれたらどうするの」

 

「えー、ただお話するだけだよ?」

 

「それでもよ。最悪勘違いした人が一刀さんに襲いかかることだってあるかもしれないんだから。これ以上迷惑をかけられないでしょ」

 

「うー」

 

 正論で抑える人和と、自分のしたいことに正直な天和。できる限りわがままを聞いてあげたいものの、すでに隣には怒りを何とか抑えこもうとしている男が二人。隠そうにも最早隠せないような状況なのだから、どうしようもない。

 

「うん、さすがに悪いから。ちなみに連れの件聞くとしたらどれくらい掛かりそう?」

 

「ええ、明日も公演がありますからその時にでも」

 

「うん、よろしく頼むよ」

 

 なんとか事なきを得てほっとする。大規模の暴走にならずに済んだようだ。張三姉妹の『らいぶ』には数万単位の人が集まる一大イベントだ。その全てが暴走したとなっては恐ろしいことになるだろう。

 

「ねねっ、明日の公演が終わった後も、ごはんつくってほしーなー」

 

「もちろん、ちぃと人和の分もよっ!」

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

 あまりにもストレートな物言いに苦笑い。でもストレートなものいいだけ合って悪い気がするはずもなく了承する。一刀にとってこんなことは珍しい。普段なら即座に囲い込まれるのを嫌って雲隠れするのだが、思いの外彼女たちのことが気に入ったようだ。

 

「あの、ちょっといいですか」

 

 そんな和やかな空気に水を指したのは、黙って同席していたマネージャー。

 

「あ、あんたまだいたの?もーいいから出てきなさいよ」

 

「ちぃ姉さん、その言い方はさすがに酷い」

 

「えー、だって一刀が攫われてきたのだって、コイツラのせいでしょ?」

 

「えー、でもそのおかげで私達は一刀に会えたんだよ?ちぃちゃんもー、一応マネージャーさんたちに感謝しなきゃ」

 

「わ、わかったわよ。で、なに?!」

 

 半ばやけくそで聞き返されたマネージャーは、目を白黒させた後、焦るように自分の用件を話しだす。そのあまりの荒唐無稽の内容に、一刀は呆れ、人和は頭を抱え、天和と地和は面白そう、と脳天気に笑い出す。

 打ち合わせはマネージャーたちも交え、夜が更けてなお続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「みんなー!今日もありがと~!」

 

 張三姉妹の真名を競いあうように叫び合う。公演が終了したにもかかわらず、熱気は冷めやらず彼女たちが舞台から降りるまで誰一人帰ろうとはしない。恐ろしいまでのアイドル性、絶対数が少ないとはいえ、ここまでの人気を得るにはどれほどの苦難が合ったのだろうか。

 力強い歌声、見るものを熱狂させる笑顔、キレのあるダンスに、時折冗談を交えたトーク、何故音響施設に類似するものがあるかとか些細な事も有ったが一先ず置いておこう。

 一刀そっと舞台袖から抜けだした。最前列よりも更に特等席といえる位置で彼女たちの歌と踊りを楽しんだ一刀は、この後のイベントに向けて気持ちを引き締める。

 

「皆にお知らせがあるの」

 

 その一言で会場がしいんと静まり返る。雰囲気からそのお知らせが重要な事だとわかったのだろう。一字一句聞き逃さぬよう、会場全体が耳を澄ませた。

 

「皆さんは、北郷亭を知っていますか?」

 

 予想だにしない突然の振りに、辺りがざわつく。僅かな戸惑い、そして『しってるよー』といろいろな場所で上がる声。それも徐々に大きくなっていく。

 

「よかった~。皆知ってるみたい。もし知らない人は近くの人から聞いてね~」

 

「で、お知らせのことなんだけど」

 

「その北郷亭が、この会場からしばらく行ったところに屋台を出します」

 

「そこでちぃ達が売り子をするの!皆、きなさいっ!」

 

 地和の命令口調。そして一瞬の静寂。その後の大反響。

 舞台の上の存在である三姉妹にすぐそばで会えるという夢の様なシチュエーションに、男どもは興奮を抑えきれない。会場の一部が我先にと動き出そうとするのを、見抜いた人和が釘を刺す。

 

「向こうはきっと大混乱になる可能性があるから、決して焦らないように。もし問題が起こったりした場合、今後このような催しができなくなこと思います」

 

「私達に直接会えるからと言って、おイタはだめだよ~」

 

「絶対に守りなさい!」

 

『はい!』

 

 

 

 マネージャーの用件とは、三姉妹の交流の場を作ること。

 それも今までのような握手会ではなく、彼女たちの別の面が見たいという要望が多かったのだ。素の彼女たちを見たい、ステージではなく身近な彼女たちを感じたいという欲求は、一度は誰しも考えることだろう。そういった夢を叶えて欲しい、そういうことであった。

 そこでマネージャーはあることを思いつく。目の前には北郷亭の店主という丁度いいネタが舞い込み、かねてから自分の夢も叶えられるシチュエーションを。そう、これはマネージャーがウエイトレス姿の彼女たちが見たいという欲望に駆られたイベントでもあったのだ。

 余談ではあるが、後にこのマネージャー、一刀によってこの件の真実をばらされ、三姉妹の手によってボコボコにされ、解雇通告を受けるハメになる。

 

 

 北郷亭の会場はさながら戦場のようだった。何しろ1000人単位の食事を用意しなければならない。故に複雑なものは避けられ、大量に作れる単純なものが用意される。そこで重要なのは人手であった。

 三姉妹のファンは主に農民、商人、技術者と多岐にわたる。そこでマネージャーに料理経験者、とりわけ料理人の有志を募らせた。北郷亭の名を出せば、その数はすぐさま集まった。

 挨拶もそこそこに、一刀は工程ごとに班に分け、指示を出す。量が量だけに時間との勝負だ。食材は許可をもらい、備蓄と手持ちから使用することとなった。

 

 メニューは一品、カレーである。理由は言わずもがなだろう。ただし辛さのことを考え、甘口、中辛、激辛から選べるようにだけはした。

 料理人たちも始めは顔をしかめていたものの、カレー独自のスパイシーな薫り、作りやすさとバリエーションの豊富さ、実際の味と誰もが唸らされた。

 そして公演開始までに大部分作り終えることができたのである。

 一刀は公演から戻ってくると、カレーに欠かせないご飯の指示を出す。こうして三姉妹が汗を流し、こちらについた頃には準備が万端になっていたのだった。

 

「はーい、こっちが甘口だよー」

 

「ちょ、そこ!押すんじゃなーい!危ないでしょ!」

 

「ありがとうございます。え、握手は遠慮願います」

 

 可愛らしいウエイトレス服に着替えた三人が、一人ひとりにカレーをよそう。天和が甘口、人和が中辛、地和が激辛担当だ。ちなみにご飯はセルフサービス。本来ならば自分の食べれる辛さの誰かのところに行くべきなのだが、推しメンのところに行くのが人情というべきか。地和のところにいって阿鼻叫喚になる男どもが続出、それでも食べきるファン魂にそこにシビれる、憧れるぅ!

 公演とはまた違った熱気に包まれた北郷亭は大成功だといっていいだろう。三姉妹のファンたちも、最初はカレーに対して懐疑的だったものの、『た・べ・て♪』とせがまれ食べてみると、その旨さに驚く。じっくりと煮こまれた肉と野菜は柔らかく、肉の臭みも感じられない。辛さは嫌なものではなく、もっと、もっととせがむような食欲を刺激するもので、食べるほどにその辛さに惚れ込んでいく。今まで食べたことのないあの独特の味が新鮮だった。

 そして一人、また一人と、北郷亭のファンが増えていく。

 

 

 

「お手伝いありがとうございます。無事なんとかなりました」

 

 手伝ってくれた有志の人、一人ひとりにお礼を告げる。皆、馴れ馴れしい気のいい奴らだった。一部からは弟子にしてくださいとせがまれ、いつの間にか師匠と呼ばれたりしたが、申し訳ないがすべてお断りさせていただいた。ただ、カレーのレシピだけは伝えておいたので、地域によってどう独自の進化をしていくのか楽しみである。

 

「あーつかれたぁ」

 

「もうちぃくたくだー」

 

「公演よりも疲れたかも・・・」

 

 ウエイトレス服のまま三姉妹も椅子に腰掛ける。すると図ったかのように三人のお腹が同時に鳴いた。

 

「あははっ、おなか空いたね~」

 

「ううっ、仕方ないじゃない!あんな美味しそうな匂いさせられてたんだから!:

 

「女として、ちょっと恥ずかしいわ・・・」

 

「うん、三人ともお疲れ様」

 

 テーブルに三人の分のカレーを配膳する。皆が食べたものとは違う、スペシャルバージョンだ。

 

「一刀さん、カレーに掛かってるこの白いのは?」

 

「これはチーズっていうんだ。味がまろやかになるよ」

 

「うー、もう我慢できなーい!いただきまーす」

 

「あ、天和姉さん早いっ!私もいただきまっす」

 

 早速食べ始める二人を尻目に、人和はため息をついた後手を付け始めた。三人とも喋ることも忘れ、夢中になってスプーンを動かす。その様子を見て、三人ともまだまだ子供だなと微笑ましく見守ってしまう。やがて三人の皿はほとんど同時に空になった。

 

「あー、お腹いっぱい!」

 

「一刀さん、ごちそうさまでした」

 

「んー、これも甘いモノが欲しくなるな~」

 

「残念ながら食材が以下略!」

 

「一刀そればっかじゃん!」

 

これだけ仕事させてまだ仕事させるか。公演とほぼ連続で動き続けている彼女たちに比べればまだマシかもしれないが、それはそれ、これはこれ、である。

 

 「ありがとうございます、一刀さん。今回の催しも、あなたのお陰で大成功でしいた」

 

 人和は一刀に向けて深々と頭を下げた。その律儀な様子に苦笑しながらつい先程までの自分を思い浮かべた。一晩でのルーの調合はしんどかった。教師のように料理人たちに指導するのは難しかった。大量の鍋に、大量の飯盒、ファンの熱気、灼熱のように暑かった。

 でも全て楽しかった。

 

「いやいや、俺も楽しかったよ。うん、また機会があればこういうのもいいかもね」

 

「そうだね、またやろうよ」

 

「どうですか一刀さん。よろしければ私達と一緒に旅をしていきませんか?」

 

 人和からでた一言は、実は予想していた提案。ここで彼女たちと行くのはリスクが高すぎる。なぜなら彼女たちは黄巾党の首領なのだから。

 既に歴史として近いうちに討伐されることは知っている。まぁ実体は全然違うんだけど、現在の情勢を鑑みれば、どうあがいても止められそうにはない。

 現状、この黄巾党は二種類の人間が存在する。一つは張三姉妹を純粋に盛り上げたいとするファン。もう一つはそのファンの影に隠れ、悪事を行おうとする者。今回俺を攫ったのは前者に分類される人間だろう。自分で言うのもなんだが、俺は金のなる木と言っても過言ではない。それをただで手放したりはしないだろうことから、ただただ三姉妹のことを考えた行動だと読める。

 そしてこの黄巾の乱を主導している人間が後者だ。言葉巧みに純粋なファンを扇動し、自分たちの好きに操る。張三姉妹の為と、信じている彼らを裏切る行為だ。そしてその暴走行為がついに朝廷の重い腰を上げさせようとしている。恐らく、酷い惨劇になるであろう。

 だから本来ならばいつも通り断るのが正解。

 

 

「そうだね、たまにはいいかな」

 

 しかし、一刀は断らなかった。

 

 一刀が料理を始めた理由、それは簡単にいえばホームシックである。いきなりこんな処にきて、慣れない人、食事、風習、環境、空気、誰も知らず誰も理解できない中でのひとりぼっち、圧倒的な孤独感。戻りたくても戻れない、故に故郷に繋がる何かを追い求めた結果、であった。初めて味噌汁を完成させた時は、恥ずかしげもなく泣き崩れてしまった。

 今回の張三姉妹のライブ、それはまさしく一刀のいた世界そのままの光景であった。目の前のアイドルのために叫び、気づいてもらいたくて手を振り、少しでも近づきたくて追い掛ける。少々ネジ曲がってしまっているかもしれないが、その光景に懐かしさを感じてしまった。

 だからか、少し手助けしたくなった。

 滅び行く運命は恐らく止められない、ならばその過程を、結果をほんの少しだけねじ曲げてやればいい。

 

 嬉しそうにハイタッチする三人を横目に、これからについて考え始めた。

 

 




誤字脱字、適合性が取れてない・・・ 苦しいです

食材等のツッコミはご遠慮ください 泣いてしまいます

『食』をメインに持ってきてしまったため、他の作者様にご迷惑をお掛けします
違った展開で楽しめるように、誠心誠意努力していきたいと思います

あと休みください、死んでしまいます

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