ハリー・ポッターと暴食の悪魔   作:普段は読み専用

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仕事から帰るとお気に入りがいつのまにやら300越え。
しかもランキング50位くらいだったのが、5位て……
おでれーたー。


6

 ハロウィーンの出来事から数日が経過した。今日の悪魔学は地獄に存在する悪魔社会についてだ。他の生徒達と違い、グラッドの授業を受講している生徒達は徐々に彼に慣れてきたのか、初日のように怯えている様子を見せる生徒は少なくなってきていた。あくまで授業の中で接する分には害が無いと理解してきただけで、普段は積極的に関わりたいと思っているものはいないようではあったが。

 

「さて、今回は地獄にいる悪魔の社会について説明する。社会といっても実に単純で、彼等にとって重要なのは弱肉強食、それだけだといってもいいだろう」

 

 グラッドは黒板に人間の社会の縮図として王、貴族、平民と三角形を描いて頂点に王が、底辺に平民が来るように記した。

 

「この地上界、人間の世界の社会を大まかに描くとこうなるだろう。国によって政治の頂点が王じゃない場合もあるが、それはこの際考えなくても良い」

 

 王の文字をチョークでこつこつと叩いてから丸で囲む。

 

「地獄の悪魔の王、魔王という名称はいくらなんでもお前たちでも聞いた事があるだろう? 地獄の悪魔の頂点といわれる存在だ。こいつらは人間のように王族から選ばれるのではなく、地獄で最も強いとされるやつが選ばれる」

 

 丸で囲まれた王の文字から下へと矢印を伸ばし、上から順に強いことを主張する。

 

「王の下には強さの順に階級をつけられていく。上からそのまま強いと考えて良い。強いものは自分より弱いものを喰らい、時に配下にする。単純だろう?」

 

 黒板に書かれたピラミッドは支配階級を表すだけでなく、そのまま食物ピラミッドを表しているのだ。弱いものでも優秀であれば配下として取り込まれ、使えないものは食べられる。実に解りやすいものである。

 

「このピラミッドに当てはまらない例外も存在するが、概ね地獄における悪魔の社会における関係図はこれだと思ってくれて良い。今の魔王で有名なのはサタンとルシファーの二枚看板だな」

 

 サタンにルシファー、どちらも誰もが耳にした事のある名前だろう。他にも魔王と呼ばれる存在は複数いるが、今回説明するのは悪魔一体一体のことではない。黒板に書かれたものを一度全て消すと再びグラッドはチョークを手に取り、今度は貴族階級にある悪魔について書き出す。

 

「今から書く貴族階級とされるのは、一般に爵位持ちとされる上級悪魔たちのことだ。こいつは人間の貴族と同じ名称だな。まぁ、人間に貴族階級のあり方を教えたのは他でもない、当時の人間によって召還された悪魔だから当然といえば当然だな。違いは継承が血筋によるものか実力によるものかだな」

 

 魔王を頂点として公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と連なる様は本当に人間の王政国家のそれと変わらなかった。生徒達にとって、王政の基盤が悪魔からもたらされたものというのは初耳であったらしく、驚いた顔をしているものが多い。まぁ、特に教会や寺院といった宗教の力を政治に取り込んできた歴史が、そのような事実は都合が悪いとして抹消しているのは当然ともいえたが。

 

「お前たちが過去に耳にしたことのある悪魔の個体名は多くがこのどれかに連ねるものだ。貴族の中で最下層の男爵級ですら普通の魔法使いは戦えば瞬殺されるほどの実力を持っているからな。名前や特徴を覚えておいて損はないが、実力や対策もないうちからこいつらを召喚しても契約の交渉すらできずに殺されるのがオチだ」

 

 実際、過去の悪魔召喚をして失敗し、召喚したものに殺されたものの多くがこの理由である。碌に実力もないのに、自分の力を過信したり見合った対価を用意せずに実力以上の相手を召喚して怒りを買い、無惨に殺されている。グラッドから言えば愚行以外のなにものでもない。

まぁ、過去にこういった失敗例が多くあるからこそ、その悪魔達の名前が売れているのであろうが。

 

「学年末にお前たちに召喚して使い魔にしてもらうのは、こういった強力なやつらではなくもっと弱いやつらだな」

 

 そういってグラッドは、男爵と書かれたものの下に爵位無しと書いた。これが最も一般的な地獄の悪魔であり、最も数の多いものたちである。人間のように知性のあるものから、獣のように本能しか持ち得ないものや、自我をもたず現象のようなものすらいる。ピンからキリまで古今東西様々な悪魔が存在するのがこの階級だ。人間でいうところの平民にあたる。

 

「先生、質問です」

 

「お、なんだウォルター」

 

 グラッドの授業の中で、比較的によく質問してくる生徒だ。彼はあまり生徒一人一人には思い入れがなく名前を覚えようともしていなかったが、彼は授業中に疑問に思ったことを最低でも毎回一回は質問している。自然と勉強熱心は生徒として名前と顔を覚えた。

 

「先生が以前に見せてくれたイナゴも、爵位無しのものですか?」

 

「あぁ、持ってないといえば持っていないし、持っているといえば持っているかなぁ……」

 

「どういうことでしょうか?」

 

 彼の言い回しに理解ができなかったのか、首を傾げるウォルター。そんな彼ににやりと笑ってみせる顔は、意味深に映る。

 

「先ほど説明しただろう? 何事にも当てはまらない存在というものもあるのさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業を終えたグラッドは職員室に戻る最中に一人の生徒を見かけた。丸顔でぽっちゃりとした少年だ。まだ背も低く幼さが抜け切らない容姿からおそらくは一年生であると推測できる。

 

「トレバー、どこにいるんだよぅ……」

 

 何か探しものがみつからないのか、今にも泣き出しそうな情けない顔をして廊下をうろうろとしていた。床ばかり見て前を見ておらず、その様子を立ち止まってみていたグラッドに正面からぶつかる。

 

「あっ、ごめんなうひぃ!?」

 

 ぶつかってからようやく気がついたのか、謝罪をしながら目線をあげてぶつかった相手を初めて見た。まさか相手がグラッドだったとは思わなかったのか、顔を引きつらせて悲鳴をあげる。少年が狼狽する様子が面白いのか、目を愉快そうに歪めて彼を見下ろすグラッド。

 

「余所見をしながら廊下を歩くのは感心せんなぁ」

 

「す、すみません……ペットを探していたもので」

 

「ペット?」

 

 話を聞けば、彼のペットであるヒキガエルのトレバーがここ数日行方不明なのだという。知能の低いカエルでは主人のいうことを聞くわけもなく、普段から脱走癖があるペットだったそうな。脱走癖のあるペットならちゃんとケージにいれるなどして対策するべきであろうに、考えが甘いというべきか、ケージに入れるのを忘れることもあるらしい。しかし、いなくなっても数時間もすればいつのまにか戻ってきているのがトレバーの不思議なところであった。そのことに安心していたところもあるのだろう。

 だがおかしな事に、今回は一日経っても二日経っても戻ってくる気配がない。不安になった彼は自分のペットを探してこうして学校中を徘徊しているわけである。実はヒキガエルのトレバーに限ったことではない。何故か今年になってから逃げ出したり散歩に出したりしていた小動物が戻ってこない事案が増えていた。学校の管理人をしているフィルチが可愛がっていた愛猫も行方不明となっているのだから相当である。フィルチの猫は昔からいることもあり、普通の猫にしてはありえないくらい長生きでこの学校内を熟知している。迷子になるなどありえないし、管理人を怒らせたくないので誰も害を与えることも無かった。噂では空腹のあまりこの悪魔学の教師がその場で食べてしまったという子供が考えそうな内容の噂や、悪魔を召喚するための生贄にさらったという噂もある。あくまで噂で誰も確証を持っていないのだが、あながち間違っていないのだから始末におけない。

 

「あ、あの……」

 

「ふむ、逃げ出したヒキガエルか……あいにく見てはおらんな」

 

 グラッドは堂々としらばっくれた。思い当たるふしが結構あったが、この少年がいうトレバーがどのカエルか解らなかったから完全な嘘でもない。ただ、教師として着任してから逃げ出したらしい誰かのペットや実験動物を何回か食べている。その中にカエルも何匹かいたので、おそらくはその中のどれかだろうなぁとは思っていたが。

 

「お前さん名前は?」

 

「え?……ロングボトムです。ネビル・ロングボトム、一年です」

 

「そうか、ロングボトムか。どこの寮だ?」

 

 不審者には気をつけろ、というのは魔法使いもマグルも関係なく親から教えられることである。ネビルも祖母に昔から「知らない人や怪しい人についていったり、自分のことを無駄に教えたりしてはいけない」と教わっていた。目の前の男は不審であり、こちらを見つめる目もどこか寒気を感じさせるが一応この学校の教師である。怪しいからといって邪険に扱うわけにもいかず、質問に答えないわけにもいかない。そもそも気弱なネビルには、教師からの質問を無視するなどできるはずもなかった。

 

「ぐ、グリフィンドールです」

 

 その答えを聞いてグラッドはあまりその寮に似合わないな、と正直思った。しかし気弱な少年の中に強くなりたいという願望と強くあらねばならないという使命感、その想いを示すことのできない弱い自分への嫌悪、それによる自信の喪失と、そこから来る劣等感を見抜いた。騎士道精神や勇敢な心といった形の無いものに固執するグリフィンドールらしいといえばらしい。良くも悪くも我の強い人間に囲まれる寮にいるからこその卑屈さともいえた。

 

「そうか、グリフィンドールか。ヒキガエルを見かけたらお前さんに教えてやるとしよう」

 

「本当ですか!?」

 

「あぁ、本当だとも」

 

 思いもよらぬ言葉に、もしかしてこの教師は良い人なのではないかと思い始めるネビル。異様に長い腕と言動が怪しいだけで根は優しい人物なのかもしれない。よく知りもしないのに外見で他者を判断していたのではないかと考えてネビルは自分を恥じた。そうだ、トレバーがいなくなっても誰も気にしてくれない。汽車の中では探してくれたハーマイオニーたちも、さすがに何度目かになると呆れる顔をするだけで一緒に探そうとはしてくれなかった。だけどグラッドは見つければ教えてくれるという。他の教師に相談したら、きっとペットの管理をきちんとするようにと説教されるだけなのは目に見えている。彼はどこか他の教師とは違う気がした。

 

「普段一緒のペットがいないと寂しいよなぁ、心細いよなぁ」

 

「うん、いつもはすぐに戻ってくるのに……トレバー……」

 

 大事にしていたカエルを思い出して涙目になる少年の背後に回りこみ、グラッドは彼の肩に手を置いた。顔を耳元に近づけてまるで内緒話でもするかのようだ。

 

「カエルは探せばいいが、見つからなかったらどうする?」

 

「うっ」

 

「俺ならお前を裏切らない、相棒を作ってやることもできるぞ?」

 

「え?」

 

 どういうことだと教師を見ると、彼の眼は不思議な光を放っていた。何故かその目に吸い込まれるように視線がいく。

 

「カエルじゃあまりいうことをきかないものなぁ……俺なら契約さえすれば忠誠を誓う使い魔をつけてやることができる」

 

「使い魔……」

 

「そう、使い魔だ。代価を払えばなんでも言うことをきいてくれる便利なやつさ。餌だけ食べて逃げ出すように主を裏切ったりはしないぞ?」

 

「……裏切らない」

 

「あぁ、それにお前にできないこともできるだろう。使い魔のやることは主のやることだ。ロングボトム、今は力がないお前でも悪魔を使い魔とすればできることも増えるぞ? 周りから馬鹿にされることも減るだろうなぁ」

 

「……」

 

 それはとても甘い誘い文句だった。常に他者と比較して劣等感に苛まれているネビル。同じ寮生で表立って悪口をいうやつはいないが、他の寮生からは愚図だ鈍間だできそこないだと陰口を叩かれている。スリザリンの生徒など大声で言ってくる始末だ。使い魔を作れば、周囲を見返してやることができるのだろうか? でもそれは本当に自分の力だといえるのだろうか? そして、トレバーへの裏切りになるのではないだろうか?

 

「僕は……」

 

「グラッド」

 

 ネビルが言葉を発しようとすると、背後から声をかけられた。二人が振り向くと、そこに立っていたのは床に届きそうなほどの白い髭をした背の高い老人。誰あろうアルバス・ダンブルドアが立っていた。普段生徒の前ではどこか飄々とした、それでいて明るい悪戯好きな爺さんを彷彿とさせる表情を見せるダンブルドアが、今は感情の読めない表情でグラッドを見ていた。ネビルはダンブルドアがそのような表情をするのをはじめて見た。

 校長に話しかけられたグラッドはネビルの肩から手をどかせ、にやにやと口元を歪めながらおどけて肩をすくめて見せる。

 

「これはこれはダンブルドア、こんなところで奇遇ですな」

 

「グラッド、契約を忘れたわけではあるまいな?」

 

「契約を? ハッ、まさか」

 

 馬鹿馬鹿しいと一笑してみせるグラッド。ちゃんと契約は守っている。生徒には手を出していない。そう、これは彼にとって悪意というなの善意だ。こちら側へ堕ちるも良し。むしろ悪魔を完全に制御して善なる行いにつかうも良し。ただネビルの中に選択肢を増やしてやるだけのこと。そこからどう進むかはまだ幼い少年の心次第。悪魔について教える授業をさせているのに、まさか悪魔について生徒に教えるなとは言えないだろう。何を隠そう彼を教師にしたのはダンブルドアなのだから。この危険性を考えていなかったわけではない。グラッドが素質を持った生徒に甘言を吐こうとするのもあるであろうとは思っていた。

 

「あ、あの……」

 

 剣呑な空気を感じたのか、びくつきながらもネビルは声をかけた。

 

「ラトニー先生、せっかくだけど僕……一緒はやっぱりトレバーがいい」

 

 それは悪魔の甘言を拒絶する言葉。使い魔というのも魅力的ではあるが、やはりネビルはいつも一緒だったトレバーを捨てることなんてできなかった。その応えに満足そうにダンブルドアが頷いている。逆にグラッドは不機嫌そうな顔を……すると思いきやこちらも笑顔である。彼の笑顔は正直言って人に恐怖心を与えるそれだが、見るものが見ればそこに怒りや不満はないと断言していただろう。なぜなら彼にすれば一瞬でもネビルが迷いを見せた。それだけで十分なのである。たとえ今断ったとしても、選択肢を提示されたことは少年の記憶の片隅に残り続ける。今はただそれでいいのだ。

 

「そうかそうか、お前はペット想いのいい主のようだな」

 

 感心感心、と頷くグラッドを見て白々しいやつだと思うダンブルドアであった。

 

「ではロングボトム、もし使い魔が欲しくなったらいつでも俺に聞きに来るが良い」

 

 そういって立ち去るグラッドを眺めながら、その場に残る二人。グラッドも目の前にいれば緊張する相手だが、ネビルにとってはダンブルドアも大概だ。教師と接するだけでも息がつまるのに、いくら優しそうとはいえ校長ともなれば緊張しないほうがおかしい。その校長に名前を呼ばれてびくっと跳ね上がる。

 

「ネビル」

 

「は、はい!?」

 

「お前さんは勇敢じゃの。さすがはグリフィンドール生といったところか」

 

「え?」

 

 まさか褒められるとは思わなかったネビルは喜びよりも先に怪訝そうな顔をした。しかも気弱な自分を勇敢? さすがグリフィンドール生? 普段寮に合わないと言われ続けている彼にとって、その言葉をかけられる意味がわからなかった。

 

「これはご褒美じゃ」

 

 そういってローブから飴玉を取り出すと、彼はネビルの手の上にのせた。窓から差し込む光できらきらと透き通るそれは、マグルの世界の既製品の飴玉だ。魔法使いの世界では珍しい品である。飴玉を受け取り呆けていると、ダンブルドアは去っていった。

 

「……なんだったんだろう?」

 

 不思議に思いつつも、せっかくもらった飴玉を口に入れる。その飴玉は優しいりんごの味がした。

 

 

 

 

 

 




そろそろ勘のいい人はグラッドがどんな悪魔と契約したか想像がついていると思いますが、本文で名前が出るまでは感想とかでネタばれしないようにお願いします。念のため。


ネビルに将来チート化するフラグが立ちました。
ミセス・ノリスは描写するまでもなく食べられていました。

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