仕事から帰ってきてみたらびっくりしました。
皆様ありがとうございます。
ハロウィーンとは本来、古代ケルト人の祭りで秋の収穫を祝い、悪霊を追い払う宗教的な意味合いの強いものだ。イギリスはウェールズ地方にあるこのホグワーツ魔法魔術学校も、10月31日の本日はハロウィーンのお祭り騒ぎだ。今日ばかりは無礼講なのか、廊下などで生徒が騒いでいてもあまり教師もとがめたりはしない。それどころか「トリックオアトリート!」といって姿を現す生徒に対し、笑顔でローブのポケットから飴を取り出して与える教師もいた。
「「トリックオアトリート!!」」
ここにもそんな生徒が二人。学校内で悪戯小僧として悪名高いウィーズリー家の双子、フレッドとジョージである。普段なら怒られる悪戯も今日ばかりは許される、まさに悪戯小僧の本領発揮の日といえるだろう。
この双子、悪戯を行うとして有名だがもうひとつの意味でも有名である。曰く――空気を読まない。相手を選ばず、場所を選ばず。気難しい顔をした教師だろうが、隠れて恋人との逢瀬を楽しんでいる最中だろうが平気で現れて邪魔をする。怖いもの知らずともいえるのかもしれない。そんな空気を読まない双子はあろうことか学校一不気味な雰囲気を放つ男に悪戯をしかけてしまった。誰あろうグラッド・ラトニー相手にである。
職員室から出てきた彼に向かって声をかけた双子。「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」という内容の言葉であるはずなのに、この双子はグラッドが答えを選ぶ前に掛け声と共に生卵を彼の頭部にぶつけた。それも4つ。その瞬間廊下と職員室内の空気は凍りつき、周囲にいた生徒や教師は顔を真っ青にした。
「…………」
頭部にぶつけられて割られた卵が、ねっとりと髪をつたって床に落ちる。グラッドは無言で舌を伸ばすと頬に垂れてきた白身を舐めた。悪戯を行った双子を見下ろすその目はぎらぎらと危ない光を放ち、どこか赤く発光しているようにも見える。あっ、これは悪戯する相手を間違えた……とさすがの双子も悟ったが時既に遅し。ローブから伸びる異様に長い両腕が彼らの頭をわしづかみにした。
「お前たち……これは有精卵か?」
「えっ?」
「あ、あの……」
「そうだよなぁ? この味は間違いなく有精卵だ」
頭部が破裂しない程度にぎりぎりと力をこめていく。襲い掛かる激痛に双子は悲鳴をあげた。
「お前たちは馬鹿か? 喰わないでこんな事に使うなら無性卵にしろや。有精卵は育つとチキンになるんだ。そっちの方が大きくて喰いがいがあるに決まってるだろうが、ぁあん?」
「いた、イタイイタイ!」
「すんませんでしたー!!」
「グラッド先生!?」
さすがに事態を見かねたマクゴナガルが制止しようと職員室から飛び出してきた。この悪魔の握力で頭を握られれば死んでしまう。慌てて声をかける彼女に、グラッドは一目向ける。
「……なんですかなマクゴナガル先生?」
「それ以上はさすがに。ダンブルドアとの契約をお忘れですか?」
「忘れちゃぁいませんよ。ただ、躾ってのも必要なんじゃあないですかね」
「今日はハロウィーンですよ」
ハロウィーン。その言葉から連想されるカボチャ料理がグラッドの脳内にうかびあがる。そうか、今日はハロウィーンか。ならば仕方なしと双子を放つグラッドに、ほっと安心の息をはくマクゴナガル。行き過ぎた体罰による躾はよくないが、一応この男もダンブルドアとの契約を覚えていてくれたようだ。彼女のそんな考えを見透かして鼻で笑う。悪魔が他ならばいざ知らず、契約に関することをないがしろにするわけがないであろうに。彼女はよほど生徒が可愛いと見える。この隙に無言で逃げ出そうとする抜け目ない双子に対し、グラッドは声をかけた。
「ちょっと待てお前たち」
「「っ!?」」
逃げ出そうとしたことが見つかり、猫であれば尻尾を逆立てていたであろうぐらいにびくりと反応する双子のフレッドとジョージ。彼らの背中は秋も半ばになったにも関わらず汗でぐっしょりと濡れていた。呼び止められ足を止めた以上振り向かないわけにはいかない。振り向くと、彼の中では十分に人の良い笑顔のつもりで作った表情をして双子を見ていた。しかし慈愛を見せようと細めた目は獲物を下見しているようにも見えるし、口から覗く乱杭歯は卵白が付着しているせいで肉を食べたばかりのように脂ぎって見えた。要するに、獲物を前にした肉食獣の笑みにしか見えなかった。
「お前たちは菓子が欲しかったんだったな」
「あ、いえ……」
「お気遣いなく……」
まぁ遠慮するな、とグラッドは双子に手を出させるとその上に拳大の大きさの物体をローブのポケットから取り出して乗せた。ぐちゃっと粘着質な音とともに兄弟の手の上に置かれたのは人間のものよりも明らかに大きな眼球。白いところはなく、全体に毛細血管が浮き出ており真っ赤な色をした異質な眼球は、まるでまだ生きているかのように暖かく生々しかった。
「「ひぃいいいい!?」」
恐怖に駆られた双子は眼球を放り捨てて全速力で逃げ出した。べちゃりと床に落下して潰れる眼球が二つ。
「あぁ、勿体無い。あいつらは食い物を粗末にしてはいけないと母親に教わらなかったのか?」
「……つかぬことを聞きますがグラッド先生、それは?」
「ナックラヴィーの眼球ですが?」
「……お菓子?」
「それ以外のなんだというのです?」
正真正銘、彼にとってのお菓子である。昨晩禁じられた森の奥にあった湖で見つけたナックラヴィーという水妖を食べたとき、後のおやつとして持ち帰った代物だ。勿体無い勿体無いと呟きながら、潰れた赤い眼球を節くれだった指でつまみあげると彼は口の中に放り込んだ。くっちゃくっちゃと行儀悪く音を立てて咀嚼するグラッドを見て、この悪魔とは二人きりディナーなど絶対にしたくないと思ったマクゴナガルであった。ナックラヴィーの眼球の出所に関しては最早どうでもいい気がしてきた。彼女としては生徒が無事だったので良しとするしかないのである。
その日の晩、大広間では楽しいハロウィーンの晩餐としてカボチャを使った様々な料理が振舞われていた。皆楽しく会話をしながら食事を楽しんでいるが、その話題は昼間のウィーズリー兄弟がグラッドに悪戯をしかけて反撃を食らったという噂だった。他人の不幸は蜜の味というべきか。普段教師さえ手玉にとる双子が手痛い仕返しをくらったというのは生徒達にとっては大変面白みのある話題であったのだ。お調子者である双子も、時間が経過すれば恐怖心が薄れてきたのか面白おかしく脚色しながらいかにグラッドが怖いか身振り手振りを駆使して離している。もう一人の当人であるグラッドは、生徒の間で交わされる噂話など興味などないのか、一心不乱に出てくる料理を平らげていた。屋敷しもべ妖精の魔法で目の前に現れた料理は、その数秒後には綺麗さっぱり空になっているばかりか、ひどい時は皿まで一緒に平らげられてしまっていた。食べるスピードは一向に衰えないグラッドではあったが、内心カボチャばかりで他の味も欲しくなってきていたときだった。
急に大広間の扉が勢いよく開かれ、一人の男性が入ってきた。ターバンで頭部をぐるぐる巻きにし、本人曰く吸血鬼対策として首からにんにくでできた首飾りをつけている珍妙な格好の教師。闇の魔術の防衛術を担当しているクィリナス・クィレルだ。
彼は廊下を走ってきたのか、ぜぃぜぃと息を切らしながらふらふらと教師陣の席までたどり着くと震えた声でダンブルドアに報告するために叫ぶ。
「と、と、トロールが……地下に!」
その言葉を聞いて立ち上がる二人の男。校長であるダンブルドアと、悪魔学教師グラッドだ。しかし立ち上がった理由はどうやらお互いに違うらしい。
「それはまずいのう」
「それは丁度いいな」
「「「……」」」
非常事態ではあるのだが、噛み合っていない二人を見て次の行動をどうすべきか判断がつかない他の教師陣。逆にトロールと聞いて生徒達が恐怖を感じたのかざわつき始めるが立ち上がっている二人を見て根拠もなくなんとかなりそうな気がして落ち着き始める。ダンブルドアはいわずもがな。なんとなくトロールは凶暴な怪物とはいえ、あの妙な悪魔学の教師なら余裕で倒せそうな気がするのだ。
「頼めるかの、グラッド」
「カボチャばかりで他の味も欲しいと思っていたところだ。丁度いいデザートが現れたな。入ってきたのは一匹だけか?」
たった今ありえないほどの食事をしていながら、新しい料理(餌)を前に盛大に腹の虫を鳴かせている男に他のものは呆れかえった。グラッドはその場に倒れているクィレルに声をかけるも彼はただ顔を青くしながらうなづくしかなかった。おもむろにその場で屈伸運動をすると、バッタか何かのように高く跳躍するグラッド。一回の跳躍で100メートル以上は離れている扉の前に着地して鼻歌混じりに歩きながら大広間を出て行った。その光景に呆然とする広間にフレッドの呟きがいやにはっきりと聞こえた。
「あぁ、ありゃ人間じゃねーわ」
一周回って冷静になった一同は、万が一のためにハロウィーンを中断して各自の寮に生徒を戻すのだった。そんな中、友人の一人の姿が見えないことに気がついた男子生徒が二人ほどいた。監督生に注意されるも、無視して走り去るその少年達はハリー・ポッターとロナウド・ウィーズリー。自分達の心無い言葉で傷つけた少女を探すため彼らは走った。
ナックラヴィーはスコットランド民話に登場する凶暴な水の妖精です。ケンタウロスに似て馬の身体に人間の上半身がくっついている一つ目の妖精です。目は真っ赤であるとされてます。説明するよりも調べたほうが早いかもなので、詳しく知りたい人はググってね。