ハリー・ポッターと暴食の悪魔   作:普段は読み専用

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今回はグラッドの初授回。
内容が内容なので一年生であるハリーに受けさせるのはさすがにご都合すぎるかなぁと思い、彼の授業は二年生からのものになります。

一年生の間はハリーとはあまり接点は多くありません。


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 教師として初めての授業を行うことになったグラッド。といっても、元々学校で行っている教科には全て教員が揃っている。半ばハリーの護衛のためだけに連れてこられたグラッドではあるが、ただそこにいるだけというわけにもいかない。校内をうろつく以上は何かしらの説明のきく理由が必要であり、外に向けた説明、特に魔法省に納得させる上で一番受け入れやすいものとして新任の教師として雇うというものであった。

 しかし前述の通り、全ての教科には既に先任の教員がいる。ではどうするのか。答えは至極簡単である……新しい教科を作ってしまえばいいのだ。こうしてグラッドは今年度より新設された「悪魔学」という教科の教師となった。

 なにぶん急に決まったことであり、生徒達はいつのまにか新しくできている悪魔学というものに困惑するものが多数であった。なにせ春休み中に来た学校からの知らせにはそのようなことは一つも書かれてはおらず、たとえ専門の教科書が必要であったとしても用意などできているはずもなかったからだ。

 基本的に一年生は全ての教科は基礎教科とされており、絶対に受講する必要がある。しかし二年生からはそれに加えて選択授業として基礎の他に好きな教科を最低3つ選ぶことになっている。一年生からいきなり基礎授業として取り入れては、二年生以上の生徒から見れば贔屓にも見えるという意見が出たこともあり、悪魔学は二年生以上の生徒を対象とした選択授業となった。

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……」

 

 最初の授業は三年生を対象としての授業だった。しかし選択式であり、かつ入学式後にいきなり発表されたこともありよほど悪魔について興味があるか、知識に貪欲な人間くらしか選ばないのだろう。教室にいる生徒は10人にも満たなかった。半数はレイブンクローの生徒であり、残りの数人はばらばらの寮生のようである。こればかりはさすがというべきか。自身の行う授業にさほど力を入れるつもりもないグラッドは受講生が少ないことに特に気にした様子もなかった。むしろ誰も受講者がいなければいっそ楽なのにとすら考えているあたり、この男のやる気のなさが窺える。

 

「あー……とりあえずはまず自己紹介といこうか、俺の名前はグラッド・ラトニー。これからお前達にこの悪魔学を教えることになる」

 

 教卓に立つグラッドは席に座る生徒を見下ろしながら、授業を開始しようとした。そこへ、一人の男子生徒が手をあげた。

 

「ん、なんだ?」

 

「授業の前に、教科書の指定がありませんでしたが僕達は何を用意すればいいのでしょうか?」

 

 生徒としては当然の問いだろう。基本的に飛行術のような実技一辺倒のもの意外はどんな授業科目でも教科書の一冊くらいは指定がある。だがこの悪魔学には用意するべき教科書が教えられていない。その場でプリントか何かでも配るのかと思えば、当のグラッドは完全なてぶらである。生真面目な生徒なら気になるのは当然といえた。

 

「あぁ、この授業に教科書なんざいらん。悪魔に関しては大体頭の中に入っているから、お前達に教える分には別になくても必要ない」

 

「必要ないって……」

 

「さすがに羊皮紙と羽ペンくらい持ってきてるだろ? お前達は俺の授業内容をこの場で書き写していけばいい」

 

 彼の言っている言葉は真実であるが、全てではない。正直13年も監獄に閉じ込められていたわけである。現在どのような書籍が出ているのかなど把握していない。自分の脳内にある知識だけで十分というのもあながち間違っていないわけであるが。元々人間でありここの卒業生であるグラッドではあるが、悪魔を探求し今では自分自身が悪魔となってしまっている。少なくとも現在の魔法使いの世界では自分以上に悪魔について知っている者などいないという自負もある。グラッドの自身に溢れた言葉に、生徒の中で大丈夫なのかという思いが広がった。

 

「さて、まずはこの悪魔学というものについて説明しよう。この授業は呼んで字の如く、悪魔について知ってもらう。目標としては今年度の終わりにはお前達には自分の使い魔とする悪魔を呼び出してもらう」

 

「使い魔!?」

 

「おぉ、なんか凄そう!」

 

 グラッドの使い魔発言に、興奮を見せる生徒達。

 

「だが使い魔にするつもりで悪魔を召還しても、身の丈にあわない存在を召還して命を落とすこともある。お前達にはそういうことがないようにまずは召還までに知識を深めてもらう」

 

 一転、命を落とすという言葉に息を呑む生徒ににやりと笑うグラッド。三日月のように歪められた唇の隙間からのぞく乱杭歯が、凶暴な悪魔を想像させるのか女子生徒などは顔を青くさせている。

 

「では、まず悪魔とは何か」

 

 生徒の反応に気分を良くしたグラッドによる授業が始まった。

 最初に説明するのは基本中の基本、悪魔とは何か。現在の広義的な意味では仏道や神への信仰を妨げる存在の総称であり擬人的な表現にしたものだ。または残酷で非道な人間の例えとしても広く使われている。だがこの悪魔という呼び方や考え方は、宗教概念の台頭から始まった。信仰を獲得するために、崇める神の対立する存在が必要であったのだ。疫病や災害を悪魔の仕業とし、それらが流行るのは神への信仰心が薄いから、といった具合に都合の良い悪として作られたのである。基本的に善なる存在と対立してこその悪なのだ。

 また、他信仰のものを取り込んだり、迫害の正当化とするために悪魔へと堕とされた存在も多い。他の宗教で神として崇められていた存在や、果ては元々その土地に住み着く妖精や精霊を貶めて排除するのに都合の良い呼び方だったのだ。この行為が最も行われていたのが中世ヨーロッパ。俗にいう魔女狩りの時代である。

 本来、魔法使いが儀式を用いて人外のものを呼び出して交渉し契約することはシャーマニズムと同じであった。世界各地に点在するものたちと同じだ。呼び名は違えど精霊や先祖霊、幻獣など様々なものと交信するという点においては同じといってもいいだろう。

 

「はい、質問です」

 

「なんだ?」

 

「では悪魔というのはあくまで概念で、実際には存在しないのですか?」

 

「言ったろう? お前達には最終的に使い魔を召還してもらうと」

 

「じゃあいるんですか?」

 

 その問いに、グラッドはおもむろに口を開いて思いのほか長い舌をべろりと出した。すると、口の奥から舌を辿って緑色の虫が這い出てきた。よほどの都会にでも住んでいない限り、大抵のものは見たことがあるだろうイナゴだ。それが一匹、また一匹と口の奥から這い出てくる。その光景に女生徒などは「うげっ」といって顔をしかめた。一匹、二匹と数えていたものもいたようだが、20匹を超えたあたりで数えるのが追いつかなくなった。あっという間に教室の床一面を覆うほどのイナゴがざわざわと蠢いている現状が出来上がる。この光景は虫が特に苦手というわけでもない人間ですら遠慮したい状況だろう。現に生徒全員の顔がひきつっていた。

 

「これが俺の使い魔だ」

 

 正確には使い魔というよりも、グラッドが体内で作り出した分身だが悪魔の一部に変わりは無い。こちらの命令を忠実にきくということを考えれば使い魔といってもさしつかえないだろう。

 

「こいつらは俺の言うことをきくから怖がる必要はないぞ。基本的に俺の命令でなければ襲うことはない」

 

 そんなことを言われても安心できるものではない。大量のイナゴというのは天災と同じだ。発生すればたちまちその土地の全てを喰らい尽くす。しかもこの場にいるイナゴは普通のものよりも顎が以上に発達しているのか、ぎちぎちと顎を噛み合わせる音が聞こえてくる。

 

「このイナゴは地上界……マグルの世界を含むこの人間が住んでいる世界を地上界と呼ぶんだが、ここのものとは違う。こいつらは地獄に生息する虫だ」

 

 地獄の虫と聞いて、触ってみようと手を伸ばしていたものは慌てて手をひっこめた。

 

「悪魔でお前たちがイメージするのはこういった地獄に住む生物だろうな。だが、悪魔というのは人間が作った概念だ。こういった地獄の生物やそれ以外のものも含めて総称した名前だよ。もともとこいつらには悪という概念がない」

 

「えっと……じゃあ、別にこのイナゴは悪いものではないと?」

 

「良いも悪いもない。地獄に生きるものは単に自分の欲求に素直なだけさ。そこに善や悪という概念を挟むほうが間違っている。ただ、このイナゴたちは草食ではなく雑食だ。草だろうが肉だろうが石だろうがなんでも喰うぞ? 普通に人間も食べる」

 

 人間の価値観でいえば、間違いなく地獄に生きるものは悪だ。それは間違いない。

 

「だが、それをどう考えるかは個人によるだろうな。神や仏は信仰心で心を救ってくれるが、何かをして助けてくれるわけではない」

 

 しかし悪魔は違う。

 

「悪魔は嘘を平気でつき人を甘言で騙す。だが、そんな悪魔達も契約における事柄では嘘をつかない。契約を結んだ悪魔は相応の代価を払う代わりに時に召還したものに力を、知恵を、恵みを貸し与える。こうやって隷属して使い魔となるものもいる」

 

 それは、確かに甘言といっていい。神頼みで適わぬことも、代償次第では適うのである。命を代償とするような大きな望みでない限りは、代価と定めたものをきっちりと支払えば問題がない。金を支払って物を買うのと同じである、と生徒達の多くはそう感じた。そういった安易な考えから召還を繰り返し、次第に大きな望みを持って破滅する魔法使いというのは大昔から数多いのだが、今はそんなことを指摘してやるつもりはグラッドにはない。彼はダンブルドアとの契約で生徒に手を出すことはできないが、だからといって堕落させてはいけないという契約は受けていない。自分の生徒達が将来、破滅するもしないもどちらでもいい。ただ、面白いことが起きるかもしれないとにやりと笑みをこぼした。

 

「さて、お前たちはどちらを選ぶ?」

 

 神頼みだけであとは地道に努力するだけ。夢も希望も殆ど適わない道か。代価次第で様々なことができる。才能以上のことだって可能かもしれない道か。選ぶのは彼等次第。

 


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