ハリー・ポッターと暴食の悪魔   作:普段は読み専用

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一章 賢者の石 編
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 新年度が始まり、ホグワーツ魔法魔術学校の玄関ロビーには新入生達が集まっていた。

 これから7年間を暮らすことになる寮を決める組み分けの儀式があることで、皆の表情は不安が隠しきれていない。内容がわからないということもあるが、それ以上に大広間と思われる場所から聞こえてくる地の底から響いてくるような重低音に不安を掻き立てられているのが大きいかもしれない。

 グルルルル……とまるで猛獣がうなり声を上げているようで、まだ幼い新入生達はもしや組み分けの儀式において何がしかの猛獣と戦うのかと戦々恐々としていた。親兄弟たちは皆、それが慣わしなのか誰も組み分けの内容を教えてはくれない。そのために様々な憶測が飛び交っており、彼等は自分の中で妄想を膨らませては恐怖していた。

 青い顔をしているのは、数奇な運命にあるハリー・ポッターという少年も同じであった。黒い髪に眼鏡をかけた少年で、あまり裕福ではないのか弱冠痩せすぎな感も否めない。実際は家が貧乏というよりも、他の家族よりも差別されて扱いが悪かっただけであるが、どちらにせよあまり良い環境で育ったとはいいにくい少年である。彼は両親がグリフィンドールという寮の出身だったと聞かされていたので、ハリー自身もグリフィンドールに入りたいと思っていた。しかしそこは勇気と騎士道精神に溢れる人間が集うとされる寮。もしやこれから勇気を試すために見たことも無い猛獣と戦わされるのかと、ハリーも他の生徒と同様に不安に狩られていた。

 

「だ、大丈夫かな?」

 

「大丈夫だと思うんだけど……さすがに入学式で死にそうな目にあうことはないはずよ」

 

「だよな……だけどフレッドとジョージは痛いっていってたしな」

 

 ハリーの呟きに応えたのは、彼と同じく弱冠顔を青くしているハーマイオニ―・グレンジャーという少女だった。背丈はハリーよりも少し小柄である。栗色の髪の毛を腰まで伸ばしていて、外見に頓着しないのか手入れをあまりしていないらしくボサボサして広がるボリュームのある髪がどこか毛玉を想像させる。彼女の隣では一人の少年が実家で兄達に聞いていた内容を思い出して引きつった笑みを浮かべていた。彼の名前はロナウド・ウィーズリー。赤い髪にそばかすだらけの顔はどこか牧歌的な雰囲気を醸し出している。二人は学校にくるまでの汽車の中でハリーと知り合い顔見知りとなっていた。

 

「はぁ……まったく、とんでもない男が教師になったものです」

 

 新入生達が怖がる原因を作り出している相手を知っている、引率をしているミネルバ・マクゴナガルは不快そうな顔をつくってつぶやいた。自身が絶対の信頼を預けるダンブルドアの決定に異を唱えるつもりは無い。確かにハリー・ポッターという運命の子供に将来襲い掛かるであろう災難から彼を守るには腕の立つものがいるほうがいい。その点で考えればダンブルドアのように有名ではないがグラッドは有用だ。なにせあのヴォルデモートが恐れた存在が二人とも学校に揃うことになるわけなのだから。

 だがこの人選はどうなのだろうか?……とも考える自分がいることに彼女は気がついていた。明らかに教師に向いているとは思えない人間を教師にするとは。いや、彼はもう人間ではなく悪魔であったか。他にも腕が立つものならいくらでもいる。悪魔を学校におくなど、常に火種と火薬をそばに置いておくようなものだ。

 そこまで考えて彼女はここ数日でよく考える同じ結論に辿りつく。他の人間ではなく扱いづらい悪魔を学校に配置する理由。それはつまり、その悪魔が戦力として有事の際に最も有効な人選であるとダンブルドアが考えたということ。あの20世紀最高の魔法使いと称される彼がそこまで危険視する存在がなんなのか。そんなもの、いくつもあるわけではない。そこから導き出された危険な存在とはヴォルデモートしか考えられなかった。しかしヴォルデモートは10年前にハリーによって倒され死亡しているはず。それが魔法世界の現在の一般的な認識である。だが、あの闇の帝王が襲ってくることを想定しているということは、ダンブルドアはヴォルデモートは死んでいないか、何がしかの方法で復活すると考えているのだろう。

 なんにせよ、彼がマクゴナガルに全てを話さないのは時期尚早だからか、それとも杞憂で終わる可能性も考えてのことかはわからない。だが今は与えられた職務を全うするのみ。マクゴナガルはそのようなことを考えながらも背後にいる新入生達に視線を送り、何かあれば自分が彼らを守ると心に誓うのであった。

 

「ではみなさん。これから入学式の会場に入ります。ここで組み分けを行いますので名前を呼ばれた人間から返事をして前に出てください」

 

 ロビーの先、大扉を開けるとそこは巨大なホールとなっていた。食堂を兼任するそのホールには大扉の正面に教師陣の並ぶ長い机があった。校長が中心に座り、左右に広がるようにして教師達が座っている。大扉と教師陣の間の広い空間にはとてつもなく長い机が4つ設置され、それぞれの4つの寮生が各自の所属する寮の机に席をとっていた。広い空間を煌々と照らす数え切れないほどの蝋燭があちこちにあり、机にある金色の皿やゴブレットが光を反射して眩い。天井は吹き抜けのように(実際は天井に魔法で外の空を映し出している)夜空が広がって、星の輝きは驚くほどに鮮明である。その煌びやかな光景に感嘆の溜息を漏らす新入生達。何か恐ろしい怪物が現れるのを想像していたこともあり、このギャップはことさら彼らを驚かせた。

 そして、広間に入ればこの音が誰が出しているのかがわかった。教師陣の席の一番端、黒髪の細身の男性が出しているようで、他の教師達が迷惑そうに時折彼を横目で見ていた。しかし今は興味が新入生達にあるのか、その視線の大半はハリーたちに向けられていた。

 

「新入生諸君、よく来たの。わしが校長のダンブルドアじゃ」

 

 席を立ったダンブルドアはまずは自己紹介をすると、新入生を教師の席の前に並ぶように促した。それに応えてぞろぞろと部屋を進むハリーたちは先輩となる在校生の視線を浴びてどこか気恥ずかしそうだ。前に並ぶことで興味の視線に晒される中、組み分けの儀式が恥じまる。マクゴナガルは広間中央にどこからか持ってきた椅子を置くと、その上にそっと古ぼけた帽子をのせた。これこそが長年ホグワーツにおいて生徒達の寮を決めてきた組み分け帽子である。新入生の誰もが汚い帽子だと思っていると、突然それは声高らかに歌いだした。それは、この学校の創立から続く4つの寮を称える歌。それぞれの特色を示すものだった。グリフィンドールは勇気と騎士道精神に溢れるものが、レイブンクローは深き知識と探究心に優れたもの、ハッフルパフは慈愛に満ちた優しき心、スリザリンは目的を達成するためには手段を選ばぬ狡猾さ。教師の席で場をわきまえて大人しく聞いていたグラッドは、昔と変わらぬ歌に懐かしさを覚えた。13年間閉じ込められて世間がどのように変わったかなど知らぬ彼であったが、少なくともこの学校はあまり変わっていないらしい。ただ、大人しくはしていたが食事の時間を前にした彼の空腹を知らせる音が結局は歌の邪魔をしてしまっていて、他の生徒達は微妙な顔をしていた。

 

「それでは組み分けを始めます。名前を呼ばれた生徒は前に出るように」

 

 新入生には再度確認するために、在校生達にはこれから儀式を始めることを教えるために宣言するマクゴナガル。ABC順に名前を呼ばれた生徒達は前に出て椅子に座り帽子をかぶる。その都度、帽子は声を大にしてその生徒の才能や夢から最善と判断した寮の名前を口にする。

 

「ハリー・ポッター」

 

 その名前を呼ばれると、大広間中がざわついた。例のあの人とされるヴォルデモートを倒した人物として魔法世界では知らぬものはいない名前だ。生徒達は興味の視線を、教師陣の中には親しみをこめた慈愛のものから、複雑な心境なのか何かを思い出して眉をひそめるものもいた。その中でグラッドはにやりと口を歪めた。あれが、あれこそがハリー・ポッター。彼が老魔法使いとの契約により守護することになった少年。そして彼が狙っていたヴォルデモートを倒した人物。

 

「成程、あいつが……」

 

 契約した以上、彼を守るのがグラッドの仕事なわけだが、グラッドは本当に危なくなるまでは手を出すつもりは無い。あの老人が自分を呼んだということは死喰い人か、もしくはそれに連なるような相手がハリーを狙ってやってくる可能性が高い。もしくはもう既にこの学校に入り込んでいるか。どちらにせよ相手が姿を見せてくれることを考えて、性格にはその相手を食した時のことを考えて舌なめずりをするグラッドだった。契約でこの学校の生徒と、ここで働く人間は食べてはいけないと縛られているグラッドは、その契約の対象外となる相手が現れるのが待ち遠しくて仕方ないようであった。

 

「……」

 

 教師陣の反対側の端の席に座るクィリナス・クィレルという男は敏感に彼の捕食者を思わせる気配を察し、青い顔で汗をかいて小さく震えていた。元々が気の弱い人物であり、有名ではなくともグラッドの悪名は知っているものならば知っている。彼がアズカバンに文字通り封印される前に起こしたとされる数々の事件を想像するだけで、冷や汗が止まらないのであった。勿論、ただ彼の経歴が怖いだけでここまで恐れはしないのかもしれないが。

 


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