ハリー・ポッターと暴食の悪魔   作:普段は読み専用

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 夜中に無断で校内を徘徊していた罰として、森番であるハグリッドの仕事を手伝う事を命じられたハリーとその一行。おまけにマルフォイも同様の罰則を受けている。

 深夜の森は暗く、光源である月や星も生い茂った木々に遮られて見えないため、光はハリー達の下までは届かない。いかにも何か出そうな雰囲気の場所というのは、それだけで年端もいかない彼らにとっては恐怖の対象になるには十分である。実際この森には危険な魔法界の生物が多く生息しており、今にもそこらの闇から何が飛び出してきてもおかしくはない。歩いているだけでも十分危険なのだから怖くないわけが無かった。

 今回の罰則はハグリッドの森番としての仕事の手伝いではあるが、11歳の子供に手伝えるほど簡単な仕事ではない。それはあくまで名目上で本当の狙いは子供達に適度に恐怖を与えることで、校則を破ると悪いことがあるということを身をもって教えることにある。親が子供を叱るのに頭に拳骨を落とすようなものだ。教師が生徒に体罰を与えるというのもあまりよろしくないのでこういった措置がとられたわけだが、下手をすれば命に関わる以上、こちらの方が問題があるともいえる。こういうところが魔法使い達のどこか矛盾しているところともいえるだろう。

 今回のハグリッドの仕事は夜間の森の巡回である。効率を良くする為、より恐怖心を仰ぐ為に子供達は二手に分かれて行動していた。ロンとハーマイオニーがハグリッドと共に、ハリーとマルフォイがハグリッドのペットである大型犬のファングと共に行動している。犬猿の仲であるハリーとマルフォイを組ませることは間違いではないのかと最初は皆が考えたが、この面子ではマルフォイは誰と組ませても上手くいかないだろう。

 

「全く、なんで僕まで……」

 

「そんなの、君が僕達のあとをつけまわしてたのが悪いんだろ?」

 

 悪態をつきながら歩くマルフォイの言葉に、自業自得だと告げるハリー。実際、マルフォイがハリー達が夜間に行動をしていることを告げ口しようとしてつけまわしていたからこそ今回の罰則に繋がったわけである。ハリー達からすれば本当に余計なことをしてくれたものだと思っていた。透明マントのせいで中々しっぽを掴ませないハリーを確実に捕まえるために自分も校則を破ってしまったマルフォイだが、彼は自分の行いを後悔はしていなかった。むしろ何故報告した自分までという思いで一杯である。

 こうして一緒に罰則を受けている身であるが、二人の心情は同じとはとても思えないほどに違った。

 ハリーは夜中抜け出していることで校則を破っていたことは事実であり、今回のことでグリフィンドールは一人50点、計150点もの減点を喰らうはめとなっている。自分達にはあのグラッドを監視するためという大義名分はあるものの、そんなことは他の生徒達には関係のない話である。事実、現在のハリー達は周囲から壮絶なバッシングを受けており針のむしろ状態であった。そのことも彼等の罪悪感を刺激しているのだろう。罰則を受けるのは仕方のないことだと受け入れていた。

 逆にマルフォイは、スリザリンと仲の悪いグリフィンドールから一夜にして150点もの減点を作り出したとして寮内ではちょっとした英雄扱いである。彼自身も50点減点されているものの、クィディッチでもスリザリンは優勝していることもあってそのくらいの減点では寮杯の獲得は揺るがない。スリザリンには彼を褒めこそすれ、非難する人間は一人もいなかった。そのため、マルフォイの中では「何故自分もこいつらと同じ罰を受けなければならないのか?」と理不尽に感じているのだ。

 

「いや違うね。最初に夜中に寮を抜け出していたのはお前達じゃないか、馬鹿なことをしたものだ」

 

「その馬鹿と同じ事して罰をうけている間抜けもいるみたいだけどな」

 

「……何が言いたい?」

 

「さぁね」

 

「喧嘩を売っているわけだね、いいだろう」

 

「先に喧嘩腰な態度をとっているのは君じゃないか。売っているのは君だよマルフォイ」

 

 足を止めて剣呑な雰囲気を作り出す二人に、案内役のファングはどうするべきか困ったような顔をしていた。だが、二人が懐から杖を取り出そうとしたそのとき、急に姿勢を低くして吠え立てた。

 

「な、なんだよ」

 

「いきなりどうしたのファング?」

 

 喧嘩をしている二人を仲裁しようとしているわけではないらしい。前方、森の奥深い方角へ向かって威嚇するように歯をむき出しにして吠えている。

 

「何かいるのか……?」

 

「怖いのかポッター、腰抜けめ」

 

「そんなわけないだろ、君こそ足が笑ってるよ」

 

 まさか凶暴なこの森の生き物がこちらを狙っているのではないか。そう思うと恐怖心が顔を出す。若干及び腰になるも、お互い相手に弱いところを見せるのは気に喰わない。相手との競争心から自身を叱咤して足を進める。大丈夫、お化けなんているはずがない。何かいたとしてもどうせこの森の動物だ。いかに危ない生物でもハグリッドがファングと一緒なら大丈夫だと太鼓判を押していたから問題はないはず。そうハリーは考えていた。だがハリーもマルフォイも犬の習性をよく知らない。この時のファングは尻尾を足の間に滑り込ませていたことに気がつかなかった。見るものが見れば解ったであろう、この犬が前方にいるだろう何かを怖がっていることに。

 

「馬鹿馬鹿しい、何も怖がる必要なんて……」

 

 マルフォイの言葉が止まる。少し進んだ先にあったのは、自然とできたであろう森の中の小さな広場。木々が生い茂る周囲と違い、そこはテントの一つくらいなら建てられる程度のスペースがあった。それゆえに、うっすらとした月の光が差し込んでその場にいたものの姿がはっきりと見えた。足元に横たわるのはユニコーンと思しき獣の死体とそこから流れ出る銀色の液体。そして、一心不乱にユニコーンの死体をむさぼる人型の何かだった。白いフードつきのローブに身を包み、背中を見せているために顔までは判別ができない。

 

「ひっ!?」

 

「ユニコーンを……食ってる!」

 

 その言葉に、聖なる獣を食べていたものは食事を中断してゆらり、と幽鬼のように立ち上がる。重心が定まっていないかのように上半身が揺れているその人物を、ハリーは最初はグラッドだと思った。しかしすぐに違うと気づく。確かに不気味な印象ではあるが、シルエットが違う。グラッドと同じく全体的に細身の印象を受けるが、彼のような異様に長い手足をしていない。白いローブの人物は挙動こそ不気味ではあるものの、その体型自体は人間離れはしていないように見受けられる。

 ゆっくりとこちらを振り返る人物の目がハリー達を捉えた。目深にフードをかぶっているために顔に影がかかり表情は見えない。しかし思いがけない獲物が自分から近づいてきたことを笑ったかのような気がした。ゆらり、とこちらに一歩を踏み出す白いローブの男。

 

「逃げるぞ!!」

 

 あれは危険なものだ。そう判断したハリーは隣を見やると、そこではマルフォイが腰を抜かしていた。あれだけこちらを煽っておいて自分はそれかと罵りたいところだが、あいにくそのような状況ではない。しかしここで彼を見捨てて自分だけ逃げるということもハリーにはできなかった。良くも悪くも正義感が強い表れだろう。

 

「ほら立って!」

 

 マルフォイの腕をとって立たせようとするも、完全に腰が抜けてしまっている彼は上手く立ち上がってはくれない。その間にも危険は一歩ずつこちらに近づいてきている。もう駄目か、さすがにぎりぎりまで頑張ったのだからマルフォイを見捨てても誰もハリーを責めたりはしないのではないかという思考が頭をよぎる。

 だが、あと2メートルといったところでピクリと白いローブの人物が何かに反応して動きを止める。耳を澄ませばザザザザ……と枝葉を掻き分け何かが近づいてくる音がする。その音も徐々に徐々に大きくなっている。かなりの速度で近づいてきているようだ。

 

「あべし!?」

 

 音が聞こえ始めて5秒と経たない間に、その場所に複数のケンタウロスが茂みを突き破るようにして現れた。全速力で走ってきたケンタウロスの一体の前足が綺麗に吸い込まれるようにして白ローブの顔に叩き込まれる。その衝撃で白ローブは弾き飛ばされ、近くの木に叩きつけられていた。

 

「……何故このような場所にニンゲンの子供がいるのだ!?」

 

 ハリー達に気がついた一体のケンタウロスが驚き声を出す。一応授業で存在するということは聞いていたが、はじめて見る彼らに一瞬呆ける。想像していた通り、鍛え抜かれた人間の上半身に腰から下は馬の身体。しかもこちらと同じ言語を話していることにも驚いた。

 

「あ、あの……助けていただきありがとうございます」

 

「そんなことはどうでもいい。お前達も早く逃げろ!」

 

 意図的にしろ偶然にしろ助けられた形となったハリーは、一応お礼を述べようと口にするもまともに聞いてもらえない。そればかりか彼等は何かから逃げてきたらしく、皆一様に怯えている。ハリーに声をかけてきたケンタウロスも礼などよりもこの場から早く逃げろと促してくる。その言葉の意味はすぐにわかった。

 

「来るぞ、奴だ!!」

 

 ケンタウロスを追いかけるようにしてその場に現れたのは、とても一言では形容しがたいものだった。否、一言で言い表すならば口だろう。大人一人を丸呑みにできそうな大きな口が正面にあり、真っ黒な身体の表面にはいたるところに大小さまざまな口があった。高さ3メートルほどの口だらけの肉の塊に異様に長い人間の手足が生えている。それ以外には目も鼻も耳も見当たらない。その異様な存在は、周囲の木々や岩も関係なく押し倒し、薙ぎ払い、噛み砕き嚥下して直進してきた。その通った後はまるでブルドーザーが走った跡のようである。二本の腕と二本の足で地面を這うようにして移動する口だらけの化物。くちゃくちゃと何かを咀嚼している口もあり、ところどころケンタウロスのものと思しき手足の先が垣間見えた。

 

「うぇぇ……」

 

 何より、正面から化物を見てしまったハリーはその咥内を直視してしまった。その口の中には噛み砕かれた複数のケンタウロスや、そのほかこの森に住んでいると思われる生物達の姿があった。噛み砕かれながら即死にいたることができなかったのか、化物の口の中にいる一体の若いケンタウロスと目が合う。合ってしまった。肘から先が無くなった彼の腕がまるで助けを求めるかのようにこちらに伸ばされる。唇が数かに動き、何かを伝えようとしていた。

 

「……あっ」

 

 だが、その若きケンタウロスはハリー達に何かを伝えることもできないまま、次の瞬間にはごくりと音を立てて化物の胃袋へと送られる。次に化物が口を開いたときにはもうそこには誰もいなかった。

 

「ひぎゃああああああああああああ!?」

 

 その絶叫は、先ほどケンタウロスに蹴り飛ばされた白いローブの物だった。ローブの上からは性別はわからなかったが、悲鳴を聞くに男であったらしい。先ほどまでの不気味さは霧散し、ハリー達やケンタウロスと同じくただ怯えているだけのようである。彼は一目散に逃げ出してあっという間に闇の中へと消えていった。化物は逃げていった男には興味が無いのか、それとも単純にこの場にいる獲物の方が数が多いと考えたからかは知らないが、白いローブの男を追おうとはしなかった。

 

「くっ、やはり逃げることは無理か……皆のもの、槍を持て! 弓を構えよ!」

 

 おそらくはケンタウロスの長だろう。他の固体よりも鍛え抜かれた筋肉をした一体が声を張り上げる。その言葉に、一様に逃げ惑っていたケンタウロスたちが足を止めて逃げるのをやめた。

 

「どこへ逃げようとこの悪魔は我らを追ってくるであろう!星の導きに我等の破滅が記されたときより、避けられる運命だったのかもしれぬ。だがこのままで終わってよいのか!? ただ獲物のように逃げ惑い捕まってこやつの腹を満たすだけの存在で終わっていいのか!!」

 

 長の言葉に、ケンタウロスたちの顔が恐怖から怒りに、弱者から戦士のそれに変化していく。

 

「我等は誇り高きケンタウロス。なれば死ぬときは餌として死ぬのではなく、せめて戦士として散ろうではないか!!」

 

「「「「おおおおおおおお!!」」」」」

 

 長の呼び声に呼応して雄たけびをあげる戦士達。彼等が逃げるのを止めたからか、化物はその場で動かずにじっとしていた。ただ、それは戦う意思を手にしたケンタウロスたちに怯えたり警戒したりして動かなかったのではない。ハリーには確かに化物の口がにやりと笑うのを見た。それはどこかあの悪魔学の教師の笑みを彷彿とさせる。もしや、あれはあのグラッドではないのか? そう考えるも心のどこかで、いくらなんでもあそこまで人間からかけ離れた存在が彼と同一なわけがないとささやいている。認めたくない。認めてしまえばこれから先、あの教師に立ち向かえるだけの勇気がわいてくる気がしない。

 

「ニンゲンの子供よ、あれの相手は我等がする。お前達はどこへなりとでも逃げるが良い」

 

「そんな!?」

 

「勘違いするなよ、お前達を助けるために戦うのではない。我等の誇りを守るために戦うのだ」

 

 長は手にしていた無骨な槍を一振りすると、化物を睨みつける。

 

「弓を射ろ!」

 

 掛け声と共に、化物を取り囲むように展開したケンタウロスたちから矢が放たれる。弓の名手と名高い彼らの弓は寸分たがわず化物の身体に吸い込まれるようにして命中した。矢が無くなるまで一斉に弓で射続ける。数十秒後には体中に矢が突き立ちハリネズミのような状態となった化物がいた。

 

「槍を構え、突撃!」

 

 長を筆頭に、槍を構えた戦士達が吶喊する。突進する威力そのままに槍を突き立てるケンタウロス。

 

「同胞を喰らいし罪を、その身でしかと思い知るが良い!!」 

 

 普通であれば体中弓で射られ槍で貫かれれば、生き物であれば死ぬのが普通である。しかし、この化物は普通ではない。他とは違うからこそ、あのような占星術の結果が出たのだから――ケンタウロス族の滅亡という結果が。

 

「くそっ、悪魔めぇええええええええええええええええ!」

 

 それは魂からの慟哭。彼等の攻撃は、化物に対して何も意味を成さなかった。矢や槍が突き立てられた場所から血を流すどころか、そこに突如新しい口が形成され、ばりぼりと音を立てて彼等の武器を瞬く間に食べてしまった。槍を突き立てていたケンタウロス達を、化物はその異様に長い両腕でかき抱くようにして拘束する。そこから先は捕食という名の陵辱が始まる。

 彼等の怒り、悲しみ、戦士としての誇り。それら一切をまるで何事もなかったかのように無視して生きたままただ捕食する。一度噛み付かれては逃げることは不可能。深々と牙をその身に突き立てられ、肉を噛み千切られ骨を噛み砕かれる。弓を放っていた個体も逃げるまもなく先ほどよりも長く伸びた腕が捕まえる。強靭な脚力を持つケンタウロスを赤子のように軽くあしらいながら鷲づかみ、そのまま口へと直行である。森の中の小さな広間は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 気がつけばハリーは保健室で寝かされていた。一体どうやって帰ってきたのかも覚えてはいない。森での出来事を思い出そうとするも、記憶に霧がかかったようにもやもやとして上手く思い出せない。彼の友人であるロンとハーマイオニーはひどく心配してくれたが、彼等も詳しくは知らないようであった。一緒に行動していたマルフォイも同様に保健室のベッドに寝かされていたが、次の日には彼の姿を校内で見かけることはなかった。その三日後、突然マルフォイがダームストラングという別の学校に転校したとしてホグワーツ内に衝撃が走った。直前にハリー達の深夜徘徊を発見した人物としてそれなりに有名になっていたこともあり、寮に関わらずその名前は誰もが知っていた。そのため、彼の転校理由はしばらくの間、様々な憶測を呼んでホグワーツ内でささやかれることとなるのはまた別の話。

 

 

 

 




マルフォイさんは、グラッドに目をつけられた可能性を心配したパパンに転校させられました。
もうたぶん登場しないかもしらんね

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