デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第九七話『殉じた少女は血弾に踊る』

 「…………?」

 「どうしたの、夕陽?」

 「いや、どうもおかしいんだ」

 城の最奥にある玉座の間にて夕陽は外の様子を探っていたのだがどうにも様子がおかしい。

 「外で戦ってた八舞も、島で戦ってたはずの美九も四糸乃も折紙も二条も。反応が消えてる」

 生体が放つ電磁波を感じ居場所を特定できる夕陽はこの異常な事態に逸早く気付いていた。

 兆死は生きているのだが他の精霊はどれだけ反応を探そうにもいない。

 「どういうこと?」

 七罪もその事態に怪訝そうに首を傾げる。

 「兄貴、零那に精霊を殺すように言った?」

 夕陽が玉座から降りてみれば夕陽は壁にもたれるようにして座っている夕騎の元に近付けば夕騎はゆっくりと夕陽を見上げる。

 「いいや言ってないぞ」

 精霊を近づけるな、とは言ったもののそれ以上のことは言っていない。

 嘘を吐いているわけではないのでそう返せば夕陽はますます不審そうに顎に手を当てる。

 「だとしたら誰が……? <フラクシナス>にいる奴らは一人残さず吹っ飛ばしたから生体反応なし。もう地上には生きてる人間がいないし、兆死が接近したわけじゃない」

 どれだけ考えても答えは見つからない。

 もしかして、と思い夕陽はしゃがみ込んで夕騎の目を見る。

 「ねえ兄貴、ここから動いてないよね……?」

 「当たり前だろ、お前も知ってるだろ」

 「うん、ごめん」

 一瞬でも自分の兄である夕騎のことを疑ってしまった夕陽は申し訳なさそうにすると夕騎に頬を近づけて頬ずりをする。夕騎が復活して以降夕陽は少しでも不安になればこうして時々甘えるような行動を取るようになった。

 夕騎はそんな妹を愛おしく思いながらも頭を撫でてやる。

 「精霊が減ってもお前と七罪と狂三、それに琴里や十香がまだいる。お前の理想の世界はもうすぐそこまで来てるんだ。必ず叶うさ」

 「……うん」

 「兄妹仲睦まじいところ大変申し訳御座いませんが士道さん達が城内に侵入しましたわ」

 「っ! う、うん、わかってるよ」

 甘えている際に背後から急に声を掛けられれば夕陽の背中はビクっと震えて急いで立ち上がる。

 慌てた様子を見せる夕陽にくすくす笑む狂三。

 「な、何?」

 「うふふ。あの冷酷無慈悲な夕陽さんにも甘えたくなる時がありますのね、と思いまして」

 「う、うっさい! 『時の間』であんたは迎え撃つんでしょ! さっさといっちゃえ!」

 顔を真っ赤にして照れる夕陽は勢いで誤魔化そうとし、ますます狂三は愉快そうに笑むと夕騎の傍に寄る。

 「ええ、そのつもりですからそう怒らなくてもいいですわ。夕騎さん、しばしのお別れですが寂しがらないでくださいまし」

 「ああ、行ってこい」

 真似をするように夕騎の頬に自らの頬に当て温かさを感じると離し、口付けをする。

 狂三は満足そうにもう一度笑みを浮かべるとフリルが多いスカートを翻し扉へ向かって歩いていく。

 その背中を見れば夕騎は首にかけられているネックレスに目をやる。そこには変わらず黒色の霊結晶(セフィラ)がかけられている。

 一度はこの霊結晶(セフィラ)を狂三に返そうとしたのだが狂三はそれを望まなかった。

 (もしわたくしに何かあった場合、<刻々帝(ザフキエル)>を二つとも所持していては夕陽さんの理想の世界を創造するのに大きな支障を来たしますわ。それに例え同一でも一つの身体に複数の霊結晶(セフィラ)は流石に身体が持ちませんわ。ですからこれは夕騎さんが持っていてくださいまし)

 「…………」

 もし、狂三が言ったその言葉に夕騎は少しだけ不安が過ぎる。

 そんな目をしている夕騎に夕陽はどう声を掛ければいいのか考えていると、一つ新たな生命反応が現れる。

 「――この生命反応は……」

 城から離れた位置に突如として現れた反応、それは――

 

 ○

 

 「綺麗な装飾が反対に薄気味悪い城でいやがります」

 城の中に侵入した士道達は長い通路をひたすらに突き進んでいた。

 左右の壁は黄金に彩られ傷一つなく、通路を照らしているのはゆらりと炎が揺らめく灯火の数々。

 「あれは……」

 いつまでも続くのではないかわからない通路の先に大きな扉が現れる。

 その前に降り立った三人は扉を見上げるが扉には多くの時計が紋章として描かれている。

 「……悪趣味な」

 時計の紋章は真那にとって忌むべき者が扱う時計に瓜二つだった。

 おそらくこの中にいるのは――

 「真那、少々退くがいい。――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!!」

 真那を退かして前に出た十香がいきなり〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振るう。

 莫大な斬撃が扉に直撃し、整っていた扉が轟音と共に吹き飛ばされる。

 「む、無茶苦茶でいやがります……」

 いきなり高火力で急襲する十香に真那も驚きを隠せないがきひひと特徴的な声が中から響けば真那の表情が一変する。

 十香の後に続いて扉の中に入ってみればそこは広場になっており、見えたのは無数の時計だった。

 大小様々な時計はそれぞれ別の時間を指し示しており、四方八方全てに配置されている。今度は紋章ではなく全てが本物だ。

 「きひ、きひひひひひひひっ!! ようこそ士道さん、十香さん。わたくしの『時の間』へ」

 その部屋の中心に佇むのは最悪の精霊――時崎狂三。

 士道にも十香にも真那にも浅からぬ縁を持つ精霊は短銃と歩兵銃を持っており、すでにその姿は話し合う気など微塵も感じられない。

 身に纏う雰囲気にも確かな『敵意』と『殺気』に満ち溢れていた。

 「私もいるんですがね、<ナイトメア>」

 「あらあら真那さん、あなたもいらしたのですか? まァったく気付きませんでしたわ」

 「挑発のつもりでいやがりますか……」

 <ヴァナルガンド>のレイザーエッジを抜いた真那は今すぐにでも狂三に向かって突貫しようとするが士道が唐突に前に出る。

 「に、兄様!?」

 「待ってくれ真那。狂三、聞かせてくれないか?」

 「駄ァ目ですわよ士道さん、敵を前にして流暢に質問だなんて……と言いたいところですがいいでしょう」

 何かあればすぐにでも撃つ気だったが少しばかり時を過ごした仲だ。

 狂三は少しばかり時間をやってもいいと構えていた短銃と歩兵銃を下げる。

 「士道さんの質問は何ですの?」

 「……俺は、お前の目的が知りたい」

 狂三は他の精霊とは違ってずっと何か目的を持って行動していた。

 結局その目的が何かかわからず狂三は夕陽の元へと行ってしまった。だから知りたいのだ。

 問いかけられれば狂三は士道の真っ直ぐな目を見ればやがて静かに口を開く。

 「――仇討ちですわ。そしてわたくしは精霊のいない世界を心から望んでいますの。そもそもこの力は元々わたくしのものではありませんわ。<刻々帝(ザフキエル)>が()()()宿()()()()()()()()――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それ以上狂三は語らなかった。

 代わりに向けたのは銃口。これ以上話すことはないのだとそう示しているのだ。

 「どれだけ人間ぶっても所詮貴様は『人殺しの精霊』、相容れねー存在でいやがります。だからここで決着を着ける。兄様、十香さん、ここは真那に任せて先に行きやがってください」

 「どうしても、戦わないといけないのか……?」

 「ええ、そのようですわ。真那さんの言う通りわたくし達は相容れません。ですから殺し合うのは必至、ですわ」

 「珍しく気が合うじゃねーですか」

 レイザーエッジを構え真那は真剣な面持ちを作り、狂三もまたその目を見つめる。

 「――シドー!」

 「うわっ!?」

 すると、何かに勘付いた十香が後ろに振り向いて士道を横に突き飛ばす。

 不意に放たれた突きに十香は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を盾のようにして防げば、その容貌を見る。

 「貴様は――」

 「夕騎の元へは行かせない」

 現れたのは美九や四糸乃と戦っていたはずの零那だった――

 

 ○

 

 「ここは……?」

 目覚めた場所は草原が広がる場所だった。

 零弥は奇妙な棺桶のようなケースに入れられており、外を出ればこんな光景が広がっていた。

 自分は夕騎に大剣で突き刺され瀕死の重傷を負っていたはずだが見ればその傷は初めからなかったかのように見当たらない。

 周り見渡せば空が近く感じ、また大地を踏みしめているというのに妙な浮遊感がある。

 「まさか夕陽達がいる島に……」

 どういうわけかわからないがとにかく零弥は現在夕陽達の拠点となっている島にいるようだ。

 他の皆はいないがとにかく島に辿り着いているなら零弥の取るべき行動は一つ、夕陽達を止めるために動くことだ。

 『夕騎……夕騎……』

 「ッ!」

 唐突に頭に響く声。

 その声音はどこか寂しげで零弥も聞いたことがある。

 夕騎と再会する前に出会った<土寵源地(ゾフィエル)>を扱う精霊――零那だ。

 初めての邂逅以来、零那と零弥は経路(パス)のようなもので繋がっている。互いに名乗ってもいないというのに頭には相手の名前が浮かび、互いの性質を理解していた。

 さらに経路(パス)が日に日に強くなっているのか、目覚めてからというものの零那がいる位置まで特定出来るようになっている。

 場所はちょうど島の中心にある大きな城の内部。零弥はそこに目を向ける。

 何より一番伝わってくるのは零那が今何を思っているのか――だ。

 『私は夕騎を守る。夕騎の願いを叶える。でも、でも……』

 聞こえてくる声は何かに迷っている、そんな声だった。

 無表情で無感情に見える零那の心の声は感情に満ち溢れていた。

 しかし、次に語られるのは零那だけが夕騎から伝えられた悲しい事実――

 

 『その願いを叶えたら、夕騎だけが報わ(、、、、、、、)れない(、、、)夕騎だけがいなくなってしまう(、、、、、、、、、、、、、、)――』

 

 「……夕騎だけが、いなくなる……?」

 どうしても、その言葉の真意を確かめに行かなければならない。

 零弥は霊装を身に纏い、地を蹴って城に向かって飛び立った――

 

 ○

 

 「あらあら零那さん、お早いお帰りですわね」

 「…………」

 狂三の言葉に零那は当然のように答えない。

 夕騎以外と会話をしないことを知っていて話しかけたのだ。狂三の方も特に不快感を露わにすることもなくくすくす笑う。

 しかし、零那がここへやってきたということは――

 「美九と四糸乃は……?」

 「私が始末した。彼女達はここへは来ない」

 端的に事実だけを述べた零那はすでに倒した敵のことよりも今目の前にまだ立っている士道達に向けて細剣(レイピア)の切っ先を向ける。

 零那は一切の妥協なく夕騎の敵を討とうとしている。

 反射的に十香は士道を自らの後ろに下げて〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を構えるが相対しただけで零弥並の実力を秘めているのだとわかる。

 夕陽と戦うには十香も万全な状態でなければならない。ここで零那を退けることに成功したとしても夕陽との戦いで確実に体力の消耗は隠せないだろう。

 「くっ……」

 士道を抱えて先に進んだとしても必ず背後から打ってくるだろう。

 どうするべきか、次の動きに躊躇いが生まれる最中変化が舞い降りる――

 

 「――あなたの相手は私よ、零那!」

 

 「っ!」

 「零弥!」

 一歩踏み出そうとした零那に聖剣を振り下ろし鍔迫り合いを繰り広げたのは零弥だった。

 乱入者に零那はバツが悪そうに歯を食い縛り、十香は驚きと喜びを向ける。

 「無事だったのだな零弥!!」

 「ええ、でも遅れたわ。ごめんなさい、でもここから名誉挽回するわ。行きなさい二人共!」

 「行かせない……ッ!」

 この『時の間』では<土寵源地(ゾフィエル)>が思うように使えないのか零那は士道を抱えて先に進もうとする十香の背中を細剣(レイピア)で狙う。

 「させない!」

 だが零弥は具足の蹴りでそれを防ぐと零那の周りを<聖剣白盾(ルシフェル)>の白盾で隙間なく覆い、本来なら攻撃用である霊力による砲撃を利用して推進機のようにして白盾で零那を覆ったまま来た道を高速で戻らせる。

 「大胆ですわね、零弥さん」 

 「狂三、あなたにも話したいことがあったけど今は零那が先よ」

 零弥はそう言ってから真那の肩に軽く手を置く。

 「頑張って。あなたなら勝てるわ」

 「は、はいでいやがります!」

 元気良い返事を聞けば零弥は微笑み、零那を追って外に向かって出て行く。

 残されたのは狂三と真那、二人のみ。

 「きひ、ひひひひひ。零弥さんはまるで真那さんの勝利を確信しているような口振りでしたけどォ、この『時の間』では誰が相手でもぜェェェェェェェったいにわたくしに敵いませんわァ!!」

 「その自信が気味悪いでいやがりますね」

 「だってェ……わたくしの<刻々帝(ザフキエル)>の唯一の弱点と言えば使う際に代償として『寿命』を使うという点だけ。しかしこの『時の間』には! 人類総勢七三億人分の『時間』が刻み込まれていますの! 代償なしで<刻々帝(ザフキエル)>を使えますの! だァかァらァ……前にも言いましたが真那さんでは敵い――」

 「――貴様の弱点は『寿命』だけじゃねーですよ。敵を前にしてその『お喋り』も弱点でいやがります」

 「――っ!」

 初めから真那は狂三の話など聞いていなかった。

 ただ適当に相手を乗せるようなことを言って力に驕って図に乗らせ、注意を散漫にさせたのだ。

 気付けば狂三は真那の接近を許し、レイザーエッジの一撃で歩兵銃を持っていた腕が飛ばされる。

 完全な不意討ち。

 だが狂三の対応も速かった。

 「【七の弾(ザイン)】!」

 斬られると同時に銃弾を放ち、真那の動きは完全に止まる。

 「きひっ! きひひひひひひひひひひひひひ!! 真ァ那さん、詰めが甘いですわねェ!! 一撃で仕留められなかったからこそ同じ目に再び遭うんですわァ!!」

 そこから来禅高校の屋上での再現だった。

 短銃の引き金を連続で引いていき、真那の身体に数々の銃弾が撃ち込まれていく。

 最後には頭を撃ち抜けば狂三は凄絶な笑みを浮かべる。

 「あァ、あァ……因縁深き相手をこんなにも簡単に殺してしまうなんて残念ですわァ悲しいですわァ」

 「――それはどうでいやがりますかね!!」

 「何ですって!?」

 殺したはずの真那の声が頭上から響く。

 狂三は目の前の時を止めているはずの真那を見れば【七の弾(ザイン)】が解ければその姿は露と消える。

 質量を持った、残像――

 「でやぁっ!!」

 上から降り立った本物の真那が狂三の身体をレイザーブレイドで一刀両断する。

 頭から右腿まで斬られ血が噴水の如く溢れ出し、狂三は白目を剥くが最後の銃弾を真那に向かって撃ち出す。

 しかしその銃弾は掠りもせずに過ぎ去れば真那は構わずにさらにレイザーブレイドで狂三の身体を切り刻む。

 真那にはこの狂三が本物だと確信していた。

 何であれ分身体は歩兵銃や短銃を扱うことは出来ても<刻々帝(ザフキエル)>を扱うことは出来ないのだ。

 <刻々帝(ザフキエル)>を扱えるのは本体(オリジナル)のみ。

 もうどれがどこの部位なのかわからないほど切り刻んだ真那は肩で大きく息をする。

 「……だから言ったでしょう。貴様の弱点はその『お喋り』なところだと」

 【七の弾(ザイン)】を随意結界(テリトリー)で作り出した質量を持った分身にぶつけ、相手を油断させる。狂三ならば絶対に油断すると思っていたのだ。

 「これで終わりで、いやがります……」

 一瞬の攻防だったが真那に掛かる負担はとんでもないものだった。

 長かった因縁に片をつけた真那はすぐにでも士道達を追おうとするが――

 

 「――残念ですわね」

 

 一発の発砲音が『時の間』に響き渡る。

 真那が振り向く前に続いて数え切れないほど発砲音が響き渡り、真那の身体は踊らされる。

 周りにいたのは夥しい狂三の分身体。その中心にいたのは先ほど殺したはずの本体(オリジナル)

 「ど、うして……?」

 「本当に危なかったですわ。でェもォ、最後に撃った銃弾は【四の弾(アレフ)】を込めたものですわ」

 最後に撃った銃弾は真那の隣を過ぎ去ればすぐに影の中に潜り込み、影を通じてバラバラになった狂三を撃ち抜いた。それによって時間が巻き戻り狂三は死ななかったのだ。

 「それに影に収めている分身体の多くにすでに【四の弾(アレフ)】を装填させていますわ。ですから真那さんには一パーセントもわたくしに勝つことは出来ませんでしたの」

 「そん、な……」

 「さようなら真那さん、今まで楽しかったですわ」

 血塗れの真那の額に銃口が押し付けられ、最後に一発乾いた音が木霊した――


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