デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第九六話『復讐の化身は愛に惑う』

 「兄様、あれを見てください!」

 先行して進む真那が指を差したのはちょうど島の中心。

 そこには敵の拠点だとわかる城が周りとは明らかに異質さを放っていた。

 「あそこに夕陽がいるのか」

 「十中八九そうでいやがりますよ。絶対的な自信と勝利への確信があるからこそ今私達に攻撃すらしてきやがりません。全く舐められるにもほどがあるでいやがります」

 真那の言う通り舐められているのか、それともこちらとの戦闘を意識して力を温存しているのか、何にせよ突き進むしかないと士道達は突き進む。

 すると進んだ先に一閃の光が瞬く――

 「く、この光は……っ!」

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を横薙ぎに振るい防いだ十香はこの光線には見覚えがあった。

 何せその光線を放つ相手は一度ならず何度も戦い、普段からもあまり望んでいなかったもののずっと一緒にいた――

 

 「ここから先へは進ませない。例え士道であっても」

 

 「折紙……お前…………」

 現れたのは純白の霊装に身を包み、人間から精霊となった少女――鳶一折紙。

 士道とは普段からも一緒にいて馴染みの深い者がこうして精霊になってしまったのを見てしまえば士道も呆気に取られた表情を浮かべる。

 「折紙、お前どうして精霊に……?」

 「全てをやり直すために、私は六玄夕陽に協力する」

 「どうしちまったんだよ折紙! お前は五年前に家族が目の前で死ぬのを見たんだろ!? それがどれだけ苦しいことなのか知っていたのにどうして夕陽が皆を殺していくのを出来るのを黙って見ていられたんだ!」

 「もう問答は要らない。今の私ならば士道、()()()()()()()()

 折紙の目は本気だった。

 ここまで来てしまえばもう後ろへは振り向くことは出来ない。

 折紙に出来ることはここで士道達を殺し、霊結晶(セフィラ)を奪って夕陽の準備が整い次第世界をやり直す手順を行う。

 そのために最低でも三人分の霊結晶(セフィラ)の霊力が必要となるが夕陽側にいる精霊ですでにその人数を賄えている。後は保険のようなものなのだ。

 夕陽は琴里にあくまで復讐を成してから世界を組み替える気だ。この戦いも余興でしかない。

 折紙は頭上にある光の王冠を分離させれば<絶滅天使(メタトロン)>の戦闘態勢を整えていく。

 「……士道、私が――」

 「駄目だよ十香、ここはボクが行くよ」

 十香は士道の身体を真那に託し折紙との二戦目へ行こうとするがそれを制して前に出たのは二条だった。

 令音に渡された棺桶は別の遠い場所に置いてきて戻ってきたところ折紙が来ていたのだ。二条にとってこれは好都合なこと。

 「あなたは前に現れた……二番目の精霊」

 「二条沙耶って名前だよ。これからキミの相手をするから覚えてね」

 「そんなことは関係ない。私が全員殺す」

 淡々と述べた折紙は早くも<絶滅天使(メタトロン)>の分離した部位から光線を放つが二条はそれを<征服元帥(ラツィエル)>の杖を振るうと狙いとはまるで違う方向へ光線が飛んでいく。

 「過去ばっかり見るキミは可哀想だよ」

 「……あなたが私の何を知っているの……ッ!」

 「知らないよ、だから教えてキミのことを」

 「二条っ!」

 「先に行って十香、ここはボクが引き受けるから。早く!」

 二条が杖で指し示せば十香は逡巡するがやがて歯を食い縛って納得し、真那と共に城に向かって飛び立つ。

 意外にも折紙は十香達を追わなかった。

 いや、追えなかったと言う方が正しかったのか。

 杖を構え宙に浮遊する二条の<征服元帥(ラツィエル)>は折紙と二条の二人を囲うように重力場を作り出している。これによって折紙の身体は元の倍以上にも重たくされ、あれだけの速度で移動する十香達に初速で劣り追いつけないことは自明の理だった。

 無駄なことに体力を使うよりも目の前に現れた敵に集中する方が折紙にとって効率がいい話だ。

 「ねえ、さっきの話の続きだけどどうしてキミは世界のやり直しを望むの? 士道がいて、十香や他のみんながいて、それでも不満足だったの?」

 「……私の両親は五年前精霊に殺された。それに私が士道に抱いていた感情は『愛』じゃない。失った両親(もの)から目を逸らすために『依存』していただけ」

 いつもなら絶対に話さないはずなのにどうしてか、折紙にもわからないが折紙はこんな時だからか自身の本音を語りだす。

 「それに彼と過ごすうちに彼の周りには精霊が集まり、関わっていくうちに私は精霊を憎んでいたはずなのに認めてしまった。それは『妥協』だと言われた。その通りだった。精霊に復讐するために生きていたのに復讐心を忘れた時から私の『惰性』は始まっていた」

 「ん? ボクは『妥協』なんて思わないよ? それに『依存』も『愛』の形だと思うし。キミは前に進もうとしていたんだよ」

 「…………何?」

 二条の言葉に折紙は眉を顰める。

 「あのね、どう言えばいいかな。キミは士道達と一緒にいることで精霊に対する『復讐心』が薄れていくのが怖かったんでしょ? 死んでしまった『両親』が報われないって思ったんでしょ? でも、精霊と関わるうちに精霊を殺した先に何もないってわかっちゃったんだよね。先にあるとすれば精霊を失い悲しみに暮れる愛する人(士道)表情(カオ)だけ。優しいキミはそれを拒んだんだ」

 「…………」

 「そんな『優しさ』を『惰性』なんて言ったら駄目だよ。今のキミは五年越しで両親の死を認めたんだ。今までのキミはずっと両親の死から目を逸らしていただけの駄々っ子だったんだ」

 「……お父さんやお母さんは帰って来る。新しい世界でまた帰って来る……」

 二条の言葉が心に嫌なほど刺さってくる。

 このままではまた決意が揺らいでしまう。折紙は拳を握り締めれば頭に新たな世界を想像し、揺れそうになる感情を抑え込む。

 夕陽の言う通りにすればまた家族で暮らせる。両親の死を受け入れなくて済む。

 だから――折紙は再び<絶滅天使(メタトロン)>を配置する。

 二条も再度身構えた折紙を見てどこか悲しくなり拳を握り締める。どうしようとも折紙との戦闘は避けられないもののようだ。

 「【天翼(マルアク)】!」

 背中で翼状に結合した<絶滅天使(メタトロン)>は爆発的に加速し瞬きをする暇もなく二条へ接近すれば手を伸ばす。

 だが、そこにはすでに二条の拳が待っていた。

 重力が拳の周りで歪みを生み、その拳が振り下ろされ折紙の顔を捉え地面に叩き落とす。

 衝撃で地面は彼方までヒビ割れ、余波で地表が抉られていく。

 一撃で負ったとは思えないほどのダメージを負い、地に手をつく折紙の身体は大きく震える。

 その前に降り立つ二条は杖の柄頭を地面に突き立てる。

 「失ったものばかりを数えないで。今キミには何があるかをもう一度見直して」

 「……そんなもの、ない……ッ!!」

 後退し、離れた折紙に二条はそっと杖を構える――

 

 ○

 

 ――あの精霊の天使(ちから)は、重力を操るもの……範囲はわからない。だけど……ッ!

 折紙はさらに後退した。

 「<絶滅天使(メタトロン)>【日輪(シュメッシュ)】!!」

 雨の如く降り注ぐは光の弾丸。空を埋め尽くすほどの光量に思わず二条は目を細めるが遠距離戦を選んだとしても二条に対しては何ら影響はない。

 「【重力流(ウム・ラオフ)】」

 両腕を広げれば広げられる重力場。

 その範囲内に踏み入った光の弾丸は例外なく軌道を捻じ曲げられあれだけ夥しい数であろうが二条の身体を掠めすらしない。

 間髪入れずに放たれ続ける光の雨に二条はすぐさま折紙の狙っていることが『二条に傷を与える』ことではないということに気付く。

 今まで戦ってきた精霊――十香や狂三、零弥、四糸乃や八舞姉妹などの天使はこの目で目撃しているために射程距離はどれほどなのか情報は得ている。しかし二条を相手にする場合、まだ情報が不十分なのだ。

 「情報集め、か」

 光の雨が降っている以上二条はその攻撃に対し防御しなければならない。まずはこの行為でどれだけ重力場を維持出来るのか確かめようとしているのだろう。

 しかし二条は少々折紙のことを侮っていた。

 「っ!」

 二条よりも少し右に落ちた光の弾丸から折紙が飛び出したのだ。

 反応するよりも早く分離した部位で作り上げた光の剣を振るい、二条はそれを杖で捌いて返しの一撃を与えようとするがその一撃に手応えがなく、見れば折紙は二条から直線上の位置に転移している。

 重力で圧す前に折紙は【天翼(マルアク)】で翼を作り上げたまま光線を何条にも渡って撃つ。

 それを重力操作で軌道を捻じ曲げるが光線で折紙の姿を捉えられなくなり、重力で圧すことが出来なくなる。

 そして軌道を曲げられて尚折紙の攻撃は続く。

 「【光仇(シャフト)】」

 曲げられたそれぞれの光線の先にあるのは<絶滅天使(メタトロン)>の分離した部位。

 前の十香戦でも見せた不意討ちが二条にも襲いかかる。

 「ぐ、いったいッ!!」

 気付いた時には遅く背中に複数直撃した二条は涙を目に浮かべて背中を擦る。

 この攻防で折紙はある仮定を得ることに成功した。

 「あなたの<征服元帥(ラツィエル)>はドーム範囲で尚且つ()()()()()()()()()()()()()に発動出来る。違う?」

 「……まさかここまですぐに見破られるなんて」

 まったくもって折紙の言う通りだった。

 <征服元帥(ラツィエル)>はドーム状の場を展開し、まず範囲を設定する。そして重力を操作するには必ずその目標をドーム内で視界に捉えなければいけないのだ。

 折紙に一撃を浴びせたあの時はどれだけ速く動こうとも折紙の『におい』を覚えていたのでどこに現れようとも認識は出来る。だがこうも光に邪魔をされればどうしようもない。

 だが、見破られても二条にはどこか余裕が感じ取れる。

 ――まだ何かあるの……?

 怪訝そうに二条を眺める折紙に二条は不敵に笑う。

 「――ふふ、甘いよ。ボクの<征服元帥(ラツィエル)>は視界に捉えさえすればいいんだからこうすればいいんだっ!」

 と言って突如としてその場で杖を上に放り投げて右足を軸に回り出す二条。

 確かにそうすれば全方位カバー出来なくともないが一分も持たずフラフラしては膝をつき、明らかに顔色を悪くする。

 「う、ぷ……っ。やっぱ無理……」

 まるで普段の十香を見ているような気分だった。

 しかし戦闘時の彼女でさえこんな馬鹿な真似はしない。折紙は心の中で呆れるもまた<絶滅天使(メタトロン)>で自分の姿を光で隠しながら二条に波状攻撃を仕掛ける。

 「ちょ、うっ、あぶっ!」

 二条はフラついた足で陽動用に飛ばされている光線すら危なっかしく躱し、あわわと声を出しながら逃げ惑う。

 戦闘ではなくまるで遊んでいるように逃げる二条に折紙は徐々に眉を顰め、二条の背後に回って光の剣を振るうが――

 

 「やーい、ひっかかったね」

 

 「っ!?」

 唐突に折紙の身体が地面に沈められる。

 まるで上から押されるように地面に食い込み、何が起こったかわからない折紙は目を丸くする。

 「ボクはその、賢くないけどそんなおバカじゃないもん。さっきの回転するのは杖を投げてもそっちに視線を向けさせないためだよ」

 不審げな表情を浮かべる折紙が周りを見てみれば、ドームの外側全てが水晶の壁のようなもので覆われていた。

 その水晶にはどの方向からも折紙の姿が鮮明に映し出されている。今も光を纏っているにも関わらず、だ。

 「どういうこと……?」

 「んー、ボクにもよくわからないけど杖は水晶の塊なんだ。これのおかげでボクが『対象』と見定めたものを鮮明に映してくれる。全力領域の範囲に合わせると物凄く薄くなっちゃうんだけどね」

 「く……っ」

 折紙はすぐにでも水晶を砕こうと光線を放つがすでに視界に入っているために<征服元帥(ラツィエル)>の能力圏内だ。光線は水晶に届くことはなく地面に撃墜される。

 「領域も狭めて……っと。これでキミはもう近接戦闘しか出来なくなった」

 「…………」

 「おいで、キミの今までの悔しさや悲しみを全部精霊(ボク)にぶつけていいよ。どの道キミがボクを倒さないとここから出れないんだし」

 折紙に押し当てていた重力を解除した二条は領域を狭めればそう言って折紙に手招きをする。

 招かれた折紙は土ごと拳を握り締めてはゆっくりと立ち上がる。

 「う、あ、あああああああああああああああああああああッ!!」

 言葉にもならない声を上げて折紙は二条に突貫する。

 今までどれだけ悔しかったか。

 精霊を憎みながらも一度たりとも討てず、傷すらつけられず、守りたい者さえ己の非力さのせいで守れなかったことを。

 今までどれだけ悲しかったか。

 両親を失い、家族を失ったことで家に帰っても誰も迎えてくれることはなかった。出来ることは感情を殺し、精霊への憎しみだけを糧として愛した士道までも討とうとしたことを。

 感情の吐露が拳となって二条を殴りつける。

 二条は何も抵抗しなかった。どれだけ殴られようとも折紙の思いを受け止め続ける。

 世界をやり直し、その先で折紙は新たな幸福を手に入れる。

 きっと、それでも、折紙は『幸せ』になれなかっただろう。

 どうしても頭を過ぎるのはあの一方的な虐殺の光景。

 自分が幸せでありたいがために折紙は他の全ての人間を見捨てた。助けを求める人々からまた目を逸らした。

 そんな屍の上に成り立つ『幸せ』など真っ赤な贋物なのだろう、誰に言われるまでもなくわかっていた。

 だがそれでも折紙はもう一度両親に会いたかった。

 悪魔に魂を売ってでも、もう一度だけでいい。両親に会いたかったのだ。

 それで自分は救われるのだと、もう精霊に『敵意』を、『復讐心』を向けなくて済むのだと。

 そうすればきっと――

 「――精霊をちゃんとした形で受け入れることが出来たんだね」

 「……あ、あぁ……」

 折紙の心のうちを読んでいるかのように二条はそっと折紙に声を掛ける。

 振るわれる拳にもはや威力なんてものはなかった。

 ぽすん、ぽすん、そんな空虚な音が小さく響くだけで二条には何の効果もない。

 「うん、もういい。キミはもう戦わなくていいんだ。つらかったら泣いていいんだよ」

 「……ぁ…………」

 そっと二条の服を掴んで額を押し当てれば折紙の動きはそこで止まった。

 動きを止めた折紙に二条はうんうんと頷き、その頭に手を置いて優しく撫でる。

 小さく震える折紙を宥める二条は何かに気付くとすぐに――折紙を突き飛ばした。

 「っ!?」

 急に突き放された折紙は驚愕の表情で見れば二条は――口端から血を零していた。

 

 『――お疲れさま、二条』

 

 「……に、逃げて…………」

 二条は『何か』に突き刺されようとも折紙の身を按じた。

 水晶の壁をすぐさま解き、折紙の逃げ道を用意するが折紙はそれを拒む。

 「嫌……嫌……」

 首を横に振るって今にも二条を助けようとするが、すでにもう遅かった。

 『君達の命は未来へ繋がれる。――新たな世界でまた会おう』

 <絶滅天使(メタトロン)>を振るう暇もなく異空間から溢れ出した『何か』に二条も折紙も飲み込まれていった――


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