デート・ア・ライブ―精霊喰いは精霊に恋する―   作:ホスパッチ

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第九四話『目覚める真の風霊』

 「あはははははははははっ!! ばっかじゃないのこんなのに騙されるなんてぇ!!」

 兆死の高く笑む声が夕弦には聞こえてこない。

 ペンデュラムから解放された兆死はそのまま夕弦から離れていき、悠然と二人を見下ろす。

 夕弦は急いで耶俱矢の元へ近付き、随分と軽くなってしまった身体を抱きとめる。

 べとりと嫌な感触がした。まるでペンキに触れたかのような嫌な手触り。

 見れば夥しい血が夕弦の手に付着している。

 「呼名。耶俱矢……耶俱矢……?」

 「が……っは……。こりゃあ、や、られたし……」

 喀血する量も酷くこんなに出血していれば失血死は避けられない。

 致命傷、頭のどこかでわかっていたが夕弦は否定して欲しかった。だが当の耶俱矢はすでに自分がどうなるかわかっているような、悟った声で話し出す。

 「……は、は。ご、めんね、あたし先に、リタイアっぽい……」

 「不明。何を、言っているのですか耶俱矢……? 夕弦達はいつも二人一緒、ですよね……?」

 否定して欲しいのに、死なないと。そう否定して欲しいのに、尚も耶俱矢は言葉を続ける。

 「ゆ、づる、あの子……救って、あげなよ。あの子は、慣れすぎた、んだし。誰かに……敵対される、ことに」

 「呆然。そんな、死ぬ前みたいなことを言わないでください……。夕弦を、一人にしないでください……」

 「……そういえば、ずっとさ。あたしら、どっちが……主人格になるかってずっと、争ってたけど……来ちゃったね」

 「呼名。耶俱矢……」

 流れる涙が留まるところを知らない。

 どれだけ心で否定しようとも頭はすでに理解し始めていた。

 耶俱矢がこれから死ぬということを、今から何をしようとしているのかを――

 「……そんな顔、しない、でよ。二人一緒は、変わら……ないって」

 「悔念。まだ夕弦は、耶俱矢と一緒にしたいことがいっぱいあります。だから――」

 その言葉に耶俱矢が答えることはなかった。

 夕弦に身を預けるようにしてうな垂れ、夕弦の言葉を返すことは二度とない。

 代わりに返すのは兆死の醜く歪んだ笑み。

 「ねぇねぇねぇ今のキモチ教えてよ。キザシのこと救うとか言って、見返りもなくむしろ失ってぇ……どんなキモチになった? キザシが憎い? ねぇ、ねぇ!?」

 「否定。いいえ、憎くありません。救いたいという気持ちにも変わりありません」

 「………………え?」

 かつて兆死に対し弟の仇として現れたシルヴィア・アルティーは確かに憎しみを抱いていた。

 他の誰もが家族や大切な者を奪えば兆死を憎み、恨み、負の感情を抱くのは必然だった。

 だが目の前にいる八舞夕弦は一向に兆死に向けて負の感情を抱かない。

 それがたまらなく不気味で――不安だった。

 「立証。耶俱矢は夕弦に教えてくれました。兆死は負の感情を向けられるのが当然で他の感情を知ることがなかった。『愛』を求めるが故にまた『愛』を恐れている」

 「キザシが、恐れてる……?」

 はっきりとした意思が宿った夕弦の双眸に兆死は一歩引き下がる。

 「肯定。だから兆死は先ほど夕弦を試しましたね。ですが本当に抱きしめられるとは思っていなかった。あなたの言う通り一人になってしまいましたが、夕弦は一人ではありません」

 夕弦の身体を中心に霊力の風が渦巻いていく。

 それは突風と化し、兆死は風に煽られ腕で顔を覆って夕弦を視界から外さないようにする。

 渦の中では耶俱矢の肉体が光の粒子に変換され夕弦の身体に取り込まれていく。まるで失った部分を取り戻すかのように夕弦の身体は霊力で満たされていく。

 人格が形成され、兆死は嵐の中一人の声を聞いた――

 

 「――哀れな子よ。生み出した固定概念に溺れ、雁字搦めになった今の貴様を(わたし)が何もかも砕ききってやろう」

 

 真の八舞の覚醒――その産声は轟々と荒れ狂う突風が高らかに上げる。

 合わさる前は拘束具のような霊装も二人掛け合わせたかのようなものとなり、背中には鋼の翼が一対となっている。

 構えられているのは持ち手がかなり短くなり最低限の箇所以外全て矛となっている突撃槍。その矛先はペンデュラムの先端と同じものとなっている。

 「は……ははははははははっ!!」

 霊装を再び顕現した兆死は初速から全速力で肉薄し、空間に歪みが生じたかと思えばその空間から(あぎと)が飛び出す。

 その姿は天使、と例えるには程遠いものだった。

 【死士(ライツェ)】と変わらず顔中縫合の痕があり、口は大きく裂けてまるで爬虫類のような口には乱杭歯が口内全体に乱立している。

 「かようなものが<死生爪獣(サリエル)>の頭部か」

 おぞましい天使の姿に八舞の感想はそれだけだった。

 一瞬。瞬きをする暇もなく<死生爪獣(サリエル)>が動きを止める。

 「…………?」

 「どうしたえ、そんな鳩が豆鉄砲でも食らったような素っ頓狂な顔をして? (わたし)の動きが見えなかったか?」

 「そんなことないッ!!」

 <死生爪獣(サリエル)>を動かそうにも一向に言うことを聞かないことに兆死は焦りを感じる。

 おかしい、そう思ってみれば<死生爪獣(サリエル)>は異常を来たしていた。

 顔面にいくつもの風穴を空けられ、まだ異空間から出していない全身にまでペンデュラムの先端が突き刺さり、身体が鎖で縛られている。

 「えらく珍妙な魚よのぅ」

 まるで釣りをする感覚で八舞はその華奢な肉体のどこに秘められているかわからない腕力で異空間から無理矢理<死生爪獣(サリエル)>を引きずり出す。

 マンションの全長の如く巨大な肉体をした<死生爪獣(サリエル)>の本体は出れば身体に様々な武器が突き刺さった身体が露わになる。

 八舞はそれを見れば呆れた声を出す。

 「人を殺せる武器(こんなもの)があるから貴様は生き方を縛られた。憎しみを向けられるだけの人生を進むことになったんよ。(わたし)が砕いてやろう」

 「やめっ――」

 兆死が言い切る前に<死生爪獣(サリエル)>の打ち込まれているペンデュラムが突撃槍の矛先が回転すると時を同じくして回転し<死生爪獣(サリエル)>を内側から裂いていく。

 巻き起こる嵐に切り刻まれ、あれだけ巨体だった<死生爪獣(サリエル)>が初めからいなかったかのように姿を消す。

 「そ、んな……」

 「次はその面妖な翼、石版を砕いてやろうぞ」

 「あ、あああああああああああああああああああああッ!!」

 裂帛の気合いを持って兆死は異空間から取り出した人間の頭蓋骨を手にし、霊力を込める。

 頭蓋骨の眼窟が妖しく輝いたかと思えば放たれる幾多もの矢。

 夥しい一撃の数々に全て捌き切ろうと思えば八舞の武器は少々鈍重過ぎる。

 「その程度の速度、(わたし)は見切れる」

 突撃槍を上空に向かって投げれば八舞は真っ向から矢の雨に身体を進めていく。

 明らかに自殺行為に思えるが八舞は両拳を軽く握れば手の甲で矢を片っ端から弾く。

 「ほれ、もう着いたぞ」

 「う……ぐ……」

 兆死が握り締めていた頭蓋骨をひょいと手に取れば握り締め容易く砕く。

 <死生爪獣(サリエル)>が消されたことによって兆死が取れる攻撃がかなり制限されているが砕いた瞬間に兆死は八舞の顔に向かって手のひらを向ける。

 「【死哮(クヴァール)】っ!!」

 手のひらは視線誘導のためのフェイント。黄金の石版が目を見開けば圧倒的な邪気に包まれた怨念の咆哮が闇の光線となって直線上に放たれる。

 顔から飲み込まれた八舞だがそれでも兆死の手首を掴む。

 「ふぅむ、喇叭にしては豪快よのぅ。ほれ、その石版はもう要らんだろう」

 「な、何で……?」

 「何だ貴様、まだ気付いていないのか」

 例え耶俱矢と夕弦が一つになったところでこんなにも兆死を圧倒することは叶わない。

 八舞は気付いてしまったのだ。兆死自身が気付いていない重要な秘密に。

 そのおかげで兆死は今八舞に絶対に勝てない状態になってしまっている。

 考える間もなく夥しい翼や黄金の石版が上空から戻ってきた突撃槍に砕かれ光の粒子となって消えていく。

 「何で、何で何で何で何で何で何で何で何で!」

 「駄々を捏ねるように言うまいて。ここまで近付かれたら何も出来まいか?」

 「死ね死ね死ねぇッ!!」

 もはややけくそだった。異空間から次々に【死士(ライツェ)】を出そうとするが八舞の突撃槍はすでに異空間へ突き刺さっていた。

 「異空間への現実逃避はこれにて終いだ」

 渦巻く突風が嵐となって異空間内で暴れ狂う。

 仕舞ってあった【死士(ライツェ)】は全て修復不可能なまでに切り刻まれていき、残骸が宙を舞う。

 元々霊力で作られ不安定だった異空間は別種の精霊による霊力の介入によって綻びが生じ、自壊していく。

 これでもう兆死に抵抗の武器(すべ)がなくなった。

 「う、あ…………」

 「――制止。これでようやく場が整いました」

 「…………え」

 新たな力を求めようとした刹那、兆死の両頬に手を当てて八舞――夕弦は兆死の動きを制止する。

 「解明。今までの『八舞』は全て『演技』でした。どうですか、耶俱矢をイメージしたのですが上手かったでしょう?」

 そう。夕弦は耶俱矢と一体化しても人格は変わらずに兆死の無力化のためにあえて芝居を打っていた。

 無論、そうしなければならない理由があった。

 「説明。兆死は恐れられることに慣れすぎています。ですがそれこそ<死生爪獣(サリエル)>の能力だったのです」

 「…………?」

 「補足。兆死との一度目の戦闘では爪撃のリーチが長かった理由がわかりませんでした。ですが耶俱矢は今回の一撃目で違和感を感じ、死ぬ間際に気付いて夕弦と一つになる際に全てわかりました」

 耶俱矢が言っていた言葉。そして一つになった際に伝わった耶俱矢の記憶。

 そこから導きだされた答えは――

 「解答。兆死、あなたの<死生爪獣(サリエル)>は相手がどれだけあなたを恐れているのか、憎しみを抱いているのか、そんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 初めて兆死と戦った際、八舞姉妹は二人共どこかに『不安』を抱えていた。『不気味さ』も感じていた。

 そう言った負の感情を持っていたために兆死の<死生爪獣(サリエル)>の威力は底上げされていたのだ。

 反対に一切負の感情を抱いていなければ<死生爪獣(サリエル)>の能力は底抜けに下がる。

 兆死本人も気付かずままそういった<死生爪獣(サリエル)>の性質に利用され相手に憎まれるような行動をしていたのだろう。

 人口島で狂三と共に零那と戦ったがあの時の零那は二人を『敵』だと判断していたもののそう判断した時点で二人に対しただの排除すべき者だと認識して一切の感情を向けなかったからこそ力を発揮出来ていなかった。

 「抱擁。もうあなたに天使(ぶき)は必要ありません」

 「あ……」

 今度こそしっかり兆死のことを抱きしめる。

 夕弦から耶俱矢を奪ってしまった兆死はどうして夕弦がここまでしてくれるのかわからないが確かに理解した。

 「これが……愛されるってことなんだね」

 「肯定。はい、そうです」

 兆死の体長が徐々に縮まっていく。一七○センチあった身長は縮まっていき、最終的に一四○センチにも満たない小学生と同じような身長になる。

 これこそ兆死の本来の姿だった。無償の愛を得たからこそ、兆死は満たされた。

 「疑問。兆死がパパ、ママと言っていた人物は誰だったのですか?」

 「パパは『月明夕騎』でママは『時崎狂三』、だよ」

 「提案。それなら二人共あの島にいます。今の兆死なら大丈夫です。ありのまま自分が思ったことを伝えてみてはどうですか?」

 「ありのまま?」

 「首肯。はい、きっと兆死の思いは伝わります」

 「……うん、わかった! いってくる!」

 兆死を離すと島に向かって一直線に進んでいく。

 夕弦は少しだけその場で留まっていた。

 耶俱矢も夕弦も兆死が笑顔になれることを望んでいた。だが耶俱矢がいなくなってしまった以上、少しだけ夕弦は寂しくなって泣きたくなってしまったのだ。

 「落涙。耶俱矢、夕弦は――」

 『大丈夫さ、寂しくないよ』

 「――ッ!」

 直後、背中に何かが突き刺さる。

 見れば冷たい刃物のような、しかし生命を感じる不明瞭な切っ先が夕弦の背中から腹部を大きく貫く。

 『またすぐに皆に会える。だから、寂しくない』

 「……――――」

 「――――……?」

 先に進んでいた兆死は夕弦が来ないことを怪訝に感じ、後ろをゆっくり振り向いた。

 「…………? お姉さん? どこにいったの?」

 そこには光の粒子が残滓として空を舞うだけで誰も、いなかった――

 

 ○

 

 「何とか着いたな……」

 障壁を無理矢理貫きそのまま不時着するように胴体着陸した<フラクシナス>は大きく傷ついていた。

 揺れも酷く本来なら重傷を負っていたかもしれないが二条の持つ<征服元帥(ラツィエル)>の重力操作によって艦内にいた全員が誰一人として怪我なく着陸に成功した。

 「ありがとう二条、おかげで助かった」

 「いいよこのぐらい。でも、ここからが厳しくなるよ」

 二条はにおいで感知していた。

 この人工島自体霊力がまるで気脈のように張り巡らされていて完全に相手の土俵だということに。

 

 「――ここに踏み入った以上、許さない」

 

 上部から二度ほど何かが触れるような音が鳴ったかと思えばまるで紙のように二つに引き裂かれる<フラクシナス>の艦体。

 悠然と艦内にいる者を眺めるのは夕騎という『個』を守る精霊――零那。

 「ここは夕騎がいる場所。あなた達が土足で踏み込んでいい領域じゃない」

 「私はだーりんに用があってここまで来たんですよー。ですから――【案内してくれませんかぁ?】」

 誰よりも先に前に出たのは意外にも美九だった。

 持ち前の<破軍歌姫(ガブリエル)>の声による洗脳で零那の脳を揺さぶって夕騎の居場所を吐かせ案内させようとする。

 しかし、零那にはまるで効かなかった。

 むしろ零那の中にある何か導火線のようなものに火を点けてしまったらしい。

 零那は表情ではわからないが明らかに不愉快そうな雰囲気を放つ。

 「夕騎のことを『だーりん』なんて下賎な雌め。その下品な乳袋で夕騎を誘惑したの?」

 「そうだそうだ!」

 「……二条ちゃん、相手に同意しちゃ駄目ですよー?」

 「ぎゃ、ちょ、やめっ!」

 さりげなく便乗した二条の横腹に何度か指で突けば美九は息を吐く。

 「いきなり失礼ですねー。でもだーりんは私のことを『ハニー』って呼んでくれてラブラブなんですよぉ? だーりんは私のために命だって張ってくれました。あなたにはそういう経験ありますぅ?」

 今度は反対に美九が挑発するように問いかければ零那は無表情ながらにぴくりと反応を示すが挑発には乗らない。

 「夕騎は私が守る。だから守られるなんてありえない。だけど守られた存在(あなた)はとても不愉快、まとめて消す」

 「はぁい、ここは私が引き受けるんでみなさんは先にいっちゃってくださーい」

 霊装を身に纏った美九はまるで踊り出すかのように前に一歩踏み出す。

 「み、美九さん……わ、私も手伝い、ます」

 『美九ちゃん一人だと心配だからねー』

 「あらーありがとうございますぅ。それでは<破軍歌姫(ガブリエル)>――【独唱(ソロ)】」

 「っ!」

 顕現されたパイプオルガンが美九の霊力入りの声を膨大化させ音の衝撃を零那にぶつける。

 とりあえず吹っ飛ばしたが零那はいつだって戻って来られる。

 <氷結傀儡(ザドキエル)>を顕現した四糸乃の後ろに跨る形で乗り込んだ美九は士道の方を見ては仕方ない様子で口を開く。

 「本当は私がだーりんに会いたかったですけど譲ります。ですから絶対にだーりん達を止めてくださいねー?」

 「ああ、わかってる」

 「み、美九っ!」

 <氷結傀儡(ザドキエル)>が飛び立つ前に二条が前に出て美九を見つめる。

 そしてやや照れを隠すように髪を何度か掻くとこの時しか言えないと思い素直に伝える。

 「ボクはキミのこと嫌いじゃないよ。『あいどる』としてステージに立って歌うキミを見てボクは『ふぁん』になったから――いなくならないで、ね……?」

 「はーい、大丈夫ですよー。まさか二条ちゃんからそんな言葉が聞けるなんてとぉっても嬉しいですぅ。帰ったらちゅーしてあげますねー」

 「要らないから! 四糸乃も頑張って!」

 「は、はい……っ!」

 美九と四糸乃は最後に笑って零那を追いかける――


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